説明

光ファイバ分布型温度測定装置

【課題】光ファイバに入射するパワーが変動しても、光ファイバ全体で信号対ノイズ比を改善し高精度に測定できる光ファイバ分布型温度測定装置を実現する。
【解決手段】光ファイバ増幅器から出力される光パルス列を入射する光ファイバから得られる後方ラマン散乱光よりストークス光とアンチストークス光に分波抽出して電気信号に変換した夫々の受光信号のレベルを、前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動に応じて補正するレベル補正部と、レベル補正された夫々の受光信号に対して相関処理を施して復調する相関処理部と、夫々の相関処理部の出力に基づいて温度信号を算出する温度演算部と、を具備する光ファイバ分布型温度測定装置において、
前記夫々の相関処理部で前記光パルス列に対応して設定される係数を、前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動に応じて補正する係数補正手段を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバ増幅器から出力される光パルス列を入射する光ファイバから得られる後方ラマン散乱光よりストークス光とアンチストークス光に分波抽出して電気信号に変換した夫々の受光信号のレベルを、前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動に応じて補正するレベル補正部と、レベル補正された夫々の受光信号に対して相関処理を施して復調する相関処理部と、夫々の相関処理部の出力に基づいて温度信号を算出する温度演算部と、を具備する光ファイバ分布型温度測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図4は、光ファイバへのパルス入射光に対する散乱光スペクトルを説明する模式図である。入射光と同一波長でレイリー散乱光が発生し、入射光と所定波長離れた長波側及び短波側にブルリアン散乱光が発生し、入射光と更に所定波長離れた長波側及び短波側にラマン散乱光が発生する。長波側のラマン散乱光はストークス光、短波側のラマン散乱光はアンチストークス光と称される。
【0003】
光ファイバ分布型温度測定装置の原理は、温度依存性のある後方ラマン散乱光の2成分(ストークス光、アンチストークス光)の強度を測定し、その強度比から温度を算出する装置である。
【0004】
図5は、ストークス光とアンチストークス光による温度演算を説明する模式図である。図5(A)に示すストークス光強度の測定値LAと(B)に示すアンチストークス光強度の測定値LBの強度比の演算に基づいて(C)に示す距離に対する温度Tを測定する。このような原理に基づく光ファイバ分布型温度測定装置については、特許文献1に詳細な技術開示がある。
【0005】
図6は、従来の光ファイバ分布型温度測定装置の構成例を示す機能ブロック図である。温度測定対象に所定長に渡り敷設され、温度センサとして機能する光ファイバ1の一端側より、レーザ光源2の出力に対して符号生成回路3で符号変調した光パルス列を、光ファイバ増幅器4、光カプラ5、サーキュレータで構成される波長分波器6を介して入射する。
【0006】
光パルスを光ファイバ1に入射させて得られる後方散乱光を波長分波器6で後方ラマン散乱光の2成分であるストークス光LA、アンチストークス光LBに分波して抽出する。抽出されたストークス光LA、アンチストークス光LBは、受光回路で電気信号EA及びEBに変換され、増幅回路9を介してA/D変換回路10でデジタル信号に変換される。
【0007】
タイミング発生回路11は、A/D変換回路10及び符号生成回路3にタイミング信号を供給する。符号化された光パルス列に対応して測定される電気信号EA及びEBのデジタル変換信号は、平均化処理部12で平均化処理され、レベル補正部12に入力する。
【0008】
光ファイバ増幅器4は、一般にEDFA(Erbium Doped Fiber Amplifier)で実現される。EDFAは、測定のダイナミックレンジを改善させるために備えるが、その出力特性により光パルス列のパワーが変動して不均一となり、温度測定の精度に影響を及ぼす。
【0009】
このパワー変動に起因する出力特性aをフォトダイオード7で検出し、レベル補正部13において出力特性aに応じた係数a1,a2,a3,…aNを各パルス列信号に乗算することによってレベル補正を実行し、波形歪や雑音を抑制する。
【0010】
レベル補正部13により補正された信号SA(s1,s2,s3,…sN)及びSB(s1,s2,s3,…sN)は、相関処理部14A及び14Bに入力する。相関処理により復調された信号DA(d1,d2,d3,…dN)及びDB(d1,d2,d3,…dN)は、温度演算部15に入力され、算出された温度信号Tが温度表示部16に渡されて表示され、または上位装置に通知される。
【0011】
相関処理部14A及び14Bは、光パルス列の数に対応したN個のシフトレジスタR1,R2,R3,…RNと、これらシフトレジスタの出力に相関係数k1,k2,k3,…kNを乗算する乗算手段M1,M2,M3,…MNと、これら乗算手段の出力を加算して復調した信号を出力する加算手段Sよりなる。相関係数には入力する符号と同じものを使用し、入力した符号と整合したとき最大出力信号レベルを得る。
【0012】
レベル補正部13及び相関処理部14の動作の詳細については、信号処理内容が共通する、レイリー散乱光やフレネル反射光を用いる光ファイバ試験装置に関する特許文献2に技術開示がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2007−240174号公報
【特許文献2】特開2009−156718号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従来装置では次のような問題がある。
(1)従来技術のレベル補正手法では、入射するパワーが不均一となる光ファイバ両端部分において段階的に係数を乗算する(特許文献2、図3参照)。段階的に係数を乗算した部分においては波形歪や雑音が抑制されるが、光ファイバ両端以外の部分においては一定の係数を乗算しているのみであるため、波形歪や雑音は抑制されない。従って光ファイバ両端以外の部分が測定対象となるような温度測定の場合、従来技術では波形歪や雑音抑制の効果は少ない。
【0015】
(2)信号対ノイズ比の観点でみると、従来技術ではレベル補正において受光信号に係数を乗算していることから、基本的に補正前後で信号対ノイズ比は変わらず、光ファイバ全体で高精度に測定するには至らない。
【0016】
本発明の目的は、光ファイバに入射するパワーが変動しても、光ファイバ全体で信号対ノイズ比を改善し高精度に測定できる光ファイバ分布型温度測定装置を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
このような課題を達成するために、本発明は次の通りの構成になっている。
(1)光ファイバ増幅器から出力される光パルス列を入射する光ファイバから得られる後方ラマン散乱光よりストークス光とアンチストークス光に分波抽出して電気信号に変換した夫々の受光信号のレベルを、前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動に応じて補正するレベル補正部と、レベル補正された夫々の受光信号に対して相関処理を施して復調する相関処理部と、夫々の相関処理部の出力に基づいて温度信号を算出する温度演算部と、を具備する光ファイバ分布型温度測定装置において、
前記夫々の相関処理部で前記光パルス列に対応して設定される係数を、前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動に応じて補正する係数補正手段を備えることを特徴とする光ファイバ分布型温度測定装置。
【0018】
(2)前記光ファイバに入射する光パルス列にゴーレイ符号による符号変調を行う符号生成回路を備えることを特徴とする(1)に記載の光ファイバ分布型温度測定装置。
【0019】
(3)前記光ファイバ増幅器は、EDFA(Erbium Doped Fiber Amplifier)であることを特徴とする(1)または(2)に記載の光ファイバ分布型温度測定装置。
【0020】
(4)前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動を予め記憶する記憶手段からの補正情報に基づいて、前記レベル補正部のレベル補正と前記相関処理部の係数補正を実行することを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の光ファイバ分布型温度測定装置。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、従来構成の相関処理部14A及び14Bにおいて固定で設定されている相関係数k1,k2,k3,…kNを、レベル補正部13において用いた、光ファイバ増幅器4の出力特性aに応じた係数a1,a2,a3,…aNと同一係数により補正することで、信号対ノイズ比を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明を適用した光ファイバ分布型温度測定装置の一実施例を示す機能ブロック図である。
【図2】本発明の効果を説明する波形図である。
【図3】ノイズ印加時の本発明の効果を説明する波形図である。
【図4】光ファイバへのパルス入射光に対する散乱光スペクトルを説明する模式図である。
【図5】ストークス光とアンチストークス光による温度演算を説明する模式図である。
【図6】従来の光ファイバ分布型温度測定装置の構成例を示す機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下本発明を、図面を用いて詳細に説明する。図1は、本発明を適用した光ファイバ分布型温度測定装置の一実施例を示す機能ブロック図である。図4で説明した従来構成と同一要素には同一符号を付して説明を省略する。
【0024】
図1において、本発明を適用した相関処理部を100A及び100Bで示す。図4で示した従来構成における相関処理部14A及び14Bとの相違点は、相関係数k1,k2,k3,…kNに対する係数補正手段101,102,103,…10Nを追加した構成にある。
【0025】
これら係数補正手段101,102,103,…10Nは、光ファイバ増幅器4のパワー変動に起因する出力特性aに応じた係数a1,a2,a3,…aNを、相関処理部14A及び14Bの相関係数k1,k2,k3,…kNの設定値に乗算して補正する。
【0026】
各相関処理部14A及び14Bの最大出力信号レベルは、入力信号s1,s2,s3,…sN、相関係数k1,k2,k3,…kNとすると式(1)で示される。
信号レベル=(s1×k1)+(s2×k2)+(s3×k3)…+(sN×kN) (1)
【0027】
一方、ノイズn1,n2,n3,…nNが入力された場合の出力は、整合しないので平方和となり式(2)で示される。
ノイズレベル=√{(n1×k1)2+(n2×k2)2+(n3×k3)2+…+(nN×kN)2} (2)
【0028】
光ファイバ増幅器4のパワー変動により、相関処理後の信号レベルが減衰し、信号対ノイズ比が劣化する場合がある。本発明では、相関係数k1,k2,k3,…kNに、光ファイバ増幅器4の出力特性aに応じた係数a1,a2,a3,…aNを乗算して補正をすることで、信号対ノイズ比を改善する。これによって、入力信号と相関係数が整合するため、信号対ノイズ比を改善することができる。
【0029】
具体的に図1に示した相関処理部100Aの信号対ノイズ比を算出し、本発明の効果を確認する。通常、光ファイバ分布型温度測定装置の相関処理部への入力信号は、光ファイバ全箇所からの反射信号の重ね合わせであるが、ここでは全箇所中1箇所の反射信号に着目して考える。
【0030】
まず、光ファイバ増幅器4のパワー変動の影響がない理想的な場合を考える。相関処理部100Aに(1,1,-1,-1,1,-1,1,-1)の符号が入力し、相関係数を符号列と同じとすると、式(1)より最大出力信号レベルは8となる。一方、レベルσのノイズが入力した場合は、式(2)より√8σとなる。よって理想的な相関処理後の信号対ノイズ比は、2.8×1/σとなる。
【0031】
次に、光ファイバ増幅器4のパワー変動の影響があり、その出力特性が0.5を底とする指数関数である場合を考える。出力特性によって(1,0.5,-0.25,-0.125,...)が入力され、本発明の補正をしない場合、相関処理後の最大出力信号レベルは式(1)より約2.0となる。ノイズレベルは変わらないので、信号対ノイズ比は、0.7×1/σとなる。
【0032】
本発明では、相関係数k1,k2,k3,…kNに、光ファイバ増幅器4の出力特性aに応じた係数a1,a2,a3,…aNを乗算して相関処理を行う。相関係数は(1,0.5,-0.25,-0.125,...)となり、そのときの最大出力信号レベルは式(1)より約1.2となる。
【0033】
ノイズレベルは、相関係数に応じて式(2)より約1.1σとなる。よって、信号対ノイズ比は1.1×1/σとなり、本発明の補正によって改善が得られることがわかる。
【0034】
上記の具体例により、光ファイバ1箇所からの反射信号の信号対ノイズ比の改善が確認できた。光ファイバ全体においては、各箇所からの反射信号の重ね合わせであるため、この算出手法を適用することができる。
【0035】
しかし、実際は相関処理時に発生するサイドローブと呼ばれる不要信号による干渉があるため、理想的な改善は得られないことがある。このため、一般的には、光ファイバ分布型温度測定装置に用いられるレーザ光のパルス列符号は、理想的にはサイドローブのないゴーレイ符号等が用いられる。
【0036】
実際には、波形の振幅の変化や本発明のように相関係数に補正をかけること等でサイドローブが発生するが、ゴーレイ符号を使用することによりこのサイドローブを低減できると考えられる。
【0037】
図2は、本発明の効果を説明する波形図である。図2(A)の(イ),(ロ)は、理想的な相関処理前及び処理後の波形、図2(B)の(イ),(ロ)は、補正のない相関処理前及び処理後の波形、図2(C)の(イ),(ロ)は、補正のある相関処理前後の波形のシミュレーション例を示す。この例においては補正のあるないによらず、サイドローブは同等レベルと考えられる。
【0038】
図2(D)の(イ),(ロ)は、ゴーレイ符号等の使用による相関処理前及び処理後の波形のシミュレーション例を示し、サイドローブ処理が理想的に実行された場合の波形を示している。
【0039】
図3は、さらに同じ条件でノイズ印加時の本発明の効果を説明する波形図である。図3(A)の(イ),(ロ)は、ノイズを印加した場合の理想的な相関処理前及び処理後の波形、図3(B)の(イ),(ロ)は、ノイズを印加して補正のない場合の相関処理前及び処理後の波形、図3(C)の(イ),(ロ)は、ノイズを印加して補正のある場合の相関処理前及び処理後の波形のシミュレーション例を示す。
【0040】
図の波形においてピーク値を信号レベル、ピーク値を除く平方和をノイズレベルとして数値で比較すると以下のようになり、本発明による補正の効果を確認することができる。


【0041】
以上説明した実施例では、相関係数の補正値は、信号対ノイズ比を改善するため、パワー変動に起因する光ファイバ増幅器4の出力特性そのものを用いたが、光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動パターンを予め記憶保持する記憶手段からの補正情報に基づいて、前記レベル補正部のレベル補正と前記相関処理部の係数補正を行ってもよい。
【0042】
本発明を適用した相関処理部100A、100Bにおける相関係数の補正手法は、レイリー散乱光、フレネル反射光、ブリルアン散乱光等を用いた各種光ファイバ試験装置、測定装置に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0043】
1 光ファイバ
2 レーザ光源
3 符号生成回路
4 光ファイバ増幅器
5 光カプラ
6 波長分波器
7 フォトダイオード
8 受光回路
9 増幅回路
10 A/D変換回路
11 タイミング発生回路
12 平均化回路
13 レベル補正部
15 温度演算部
16 温度表示部
100A、100B 相関処理部
R1,R2,R3,…RN シフトレジスタ
M1,M2,M3,…MN 乗算手段
S 加算手段
a1,a2,a3,…aN 光ファイバ増幅器の出力特性係数
k1,k2,k3,…kN 相関係数
101,102,103,…10N 係数補正手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光ファイバ増幅器から出力される光パルス列を入射する光ファイバから得られる後方ラマン散乱光よりストークス光とアンチストークス光に分波抽出して電気信号に変換した夫々の受光信号のレベルを、前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動に応じて補正するレベル補正部と、レベル補正された夫々の受光信号に対して相関処理を施して復調する相関処理部と、夫々の相関処理部の出力に基づいて温度信号を算出する温度演算部と、を具備する光ファイバ分布型温度測定装置において、
前記夫々の相関処理部で前記光パルス列に対応して設定される係数を、前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動に応じて補正する係数補正手段を備えることを特徴とする光ファイバ分布型温度測定装置。
【請求項2】
前記光ファイバに入射する光パルス列にゴーレイ符号による符号変調を行う符号生成回路を備えることを特徴とする請求項1に記載の光ファイバ分布型温度測定装置。
【請求項3】
前記光ファイバ増幅器は、EDFA(Erbium Doped Fiber Amplifier)であることを特徴とする請求項1または2に記載の光ファイバ分布型温度測定装置。
【請求項4】
前記光ファイバ増幅器から出力される光パルス列のパワー変動を予め記憶する記憶手段からの補正情報に基づいて、前記レベル補正部のレベル補正と前記相関処理部の係数補正を実行することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の光ファイバ分布型温度測定装置。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−209121(P2011−209121A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−77330(P2010−77330)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【Fターム(参考)】