説明

光並列演算素子

【課題】学習による情報処理といった複雑な演算を高速に行うことができる光並列演算素子を提供する。
【課題手段】本光並列演算素子は、互いに隣接して設けられている複数の光学セル11を有し、各光学セル11は上部に光の入射部を有するとともに隔壁と底部で区画化された空間に光の情報を受けた時に応答する光応答性物質14を収容し、各光学セル11には、光応答性物質14に電子を与える還元剤15が同一の光学セル11に収容され、隣り合った光学セル11の間には、両者を電気的に接続する導電性部材16が設けられ、光照射により光学セル11の導電性が増加して光学セル11どうしの電気的なつながりが形成され、光の照射を行わない場合には、導電性の状態から非導電性の状態に徐々に戻ることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光照射により光学セルの導電性を変化させることで、学習機能を備えた配線網を実現させるための光並列演算素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の情報処理装置の高度化の要求に伴い、生物の神経系を模倣した学習機能を持つ素子が求められている。このため、学習したアナログ情報に応じて、入力情報をアナログ的に処理して出力する演算装置が必要になってくる。
【0003】
従来の学習機能を持つ素子では、学習させる情報を個々のアナログ情報を毎回デジタル信号に変換し、その情報を元に複数のスイッチを切り替えている。また、この素子に入力されたアナログ情報も毎回デジタル信号に変換し、学習した複数のスイッチで構成されたデジタル回路により、入力情報を処理していた。そのため、複数のアナログ信号の処理を並列に行うためには、入力回路数と同数のアナログ−デジタル回路が必要となってしまう。しかも、回路数が多くなればなるほど複数のアナログ−デジタル変換回路どうしの同期を取ることが難しくなると言った問題も生じてしまう。
【0004】
一方、光を用いて演算を行う素子が提案されている。図5に従来の光演算素子の構成を模式的に断面図で示す。この光演算素子は、二次元配列した複数の光学セル51を備え、それぞれの光学セル51は隔壁52と底部53よりなる区画に光の情報を受けたときに応答する光応答物質54を収容している。各光学セル51には演算光照射装置55により所定波長の光56が照射し、光56が照射された光学セル51内の光応答性物質54は光応答性を示し、その状態を検出することにより、演算が行われるようになっている。
【0005】
しかしながら、このような従来の光演算素子は、それぞれ独立した光学セル51を用いて情報の学習を行うことができるが、学習した情報による処理を行う場合には、学習を一旦止めて、学習した内容を読み取るなどの別の処理を行わなければならない。さらに、このような処理を並列に行うには、より複雑な機構が必要になるといった問題も生じてしまう。
【非特許文献1】坪村 宏、“光電気化学とエネルギー変換”、東京化学同人、p.201-227 (1980)
【非特許文献2】松重 和美、田中 一義、“分子テクノロジー”、化学同人、p.115-125 (2002)
【非特許文献3】Hiroshi Tsubomura, Yasuhiro Shimoura, and Shigeaki Fujiwara, “Chemical Processes and Electric Power in Photogalvanic Cells Containing Reversible or Irreversible Reducing Agents”, J. Am. Chem. Soc., 83, 2103 (1979)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような従来技術の問題点を解決するためになされたもので、学習による情報処理といった複雑な演算を高速に行うことができる光並列演算素子を提供することを課題にしている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するため、互いに隣接して設けられている複数の光学セルを有し、各光学セルは上部に光の入射部を有するとともに隔壁と底部で区画化された空間に光の情報を受けた時に応答する光応答性物質を収容し、各光学セルには、光応答性物質に電子を与える還元剤が同一の光学セルに収容され、隣り合った光学セルの間には、両者を電気的に接続する導電性部材が設けられ、光照射により光学セルの導電性が増加して光学セルどうしの電気的なつながりが形成され、光の照射を行わない場合には、導電性の状態から非導電性の状態に徐々に戻ることを特徴とする光並列演算素子を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、並列に配置された光学セル間での電荷による情報の遣り取りが加わったことにより、並列演算時の互いの情報による演算が可能になったため、学習による情報処理といった複雑な演算を高速に行うことができる演算素子を実現でき、係るアナログ演算素子の性能向上に寄与するところが大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0010】
図1は、本発明の光並列演算素子における光学セルの構成を模式的に示す断面図、図2は、本発明の光並列演算素子の原理説明図である。
【0011】
光学セル11は、隔壁12と底部13で区画化された空間を有し、その空間に光の情報を受けたときに応答する光応答性物質14が収容されるようになっている。並列して配置される光学セル11には、光応答性物質14と電子を放出する還元剤15が溶媒に溶解して収容されている。また、隣り合った光学セル11の間には、両者を電気的に接続するための導電性部材16が設けられ、光学セル11に電圧をかけられるようになっている。光学セル11の上部は開口するように記載されているが、透明部材で封止するようにしてもよい。光学セル11内の光応答性物質14は上側から光の照射が行えるようになっている。なお、ここで上側とは、図面に示してある方向を指し、実際の仕様にあたっては任意の方向を向いていてよい。
【0012】
光学セル11の材料としては、例えば石英、サファイヤ、窒化シリコン、透明アルミナ等を用いることができる。例えば、光応答性物質14としては、RhodamineB, Thionine, Riboflavin, Proflavin等を用いることができる。また、還元剤15としてはTEA(triethanolamine), EDTA, Hydroquinone等を用いることができる。光応答性物質14を溶解する溶媒としては、水、メタノール、エタノール等を用いることができる。導電性部材16としては、金、銀、銅、アルミニウム等の電気伝導性の大きな金属、合金を用いることができる。
【0013】
演算動作は、まず、光学セル内での演算について述べると、図2(a)に示すように、光量Iの光を光学セル11の光応答性物質14に照射する。光照射前には光学セル11内に入れられた光応答性物質14と還元剤15は電気的に中性とであったとする。光照射により光応答性物質14の電子状態が変わり、還元剤15から光応答性物質14に電子を移すことで、光応答性物質14が−イオンに、還元剤15が+イオンに変わる。光照射前には非導電性であった光学セルが、光照射により発生したイオンがキャリアに成ることで導電性になる。また、光照射を止めると光学セル11は、導電性から非導電性に徐々に変化する。
【0014】
本発明は図2(c)に示すように、導電性部材16で接続された多数の光学セル11が二次元的に配列され、光が照射された光学セル11の光応答性物質14と還元剤15が導電性を示すことで、ニューラルネットに相当する配線が構成され、この二次元的に配列された光学セルに対して光照射することで、各光照射する光の光量Iに比例した導電性を各光学セルが持ち、これらの演算によって導電性を持つ光学セルがつながった配線が形成される。
【実施例】
【0015】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0016】
図3は本発明の実施例を係る光並列演算素子の構成を模式的に示す断面図である。図4(a)は実施例の原理説明図、図4(b)は実施例の光学セル内での化学反応の説明図、図4(c)は光学セルを2次元配置した構造での動作説明図である。図3,4では3つの光学セル31が示されているが、これは例示のためであり、実際には所要数の光学セルを二次元配列されたものである。本実施例の光応答性物質、還元剤、照射波長等の条件は、非特許文献3を参考にした。
【0017】
光学セルA,B,C(31)は石英を半導体微細加工して図3のように隔壁32と底部33で区画化された空間を形成した。光学セル31内には光応答性物質34として、光が照射されると電子状態が変わり、電子を受け取るThionine(5×10−5mol/l)と、電子を放出する還元剤35化合物であるTEA(1.0×10−2mol/l)を入れた。導電性部材36は、光照射で導電性になった光学セル31どうしを電気的に接続するもので、金薄膜を使用した。
【0018】
図4(a)に示すように光学セルAの片方の導電性部材36には直流電源37を接続し、光学セルCの片方の導電性部材36には電流を電圧に変換する電流−電圧変換回路38を接続して、光学セルA,B,Cで構成される配線の導電性を計測する。光学セルA,B,C(31)にそれぞれ演算用の波長620nmの光を選択的に照射するデジタルマイクロミラー素子(Digital Micromirror Device:以下、DMDとも称する)39を配置した。
【0019】
次に、図3の実施例の構成図と図4の実施例の原理説明図を用いて、この光並列演算素子の動作について説明する。
【0020】
DMD39より620nmの演算光を、光学セルA,B,C(31)内のThionineにそれぞれ強度I,I,Iで照射した。光学セル(31)に入ったThionine34は、光照射により、基底状態から第一励起状態に励起し、基底状態以外である中間状態に緩和する。この過程により、Thionine34は電子を受け取り負イオンになった。一方、電子を放出したTEA35は正イオンになった。
【0021】
この一連の反応において、各光学セルに照射した光量I,I,Iに対応した量の光応答性物質34、還元剤35がイオン化してキャリアになり、光学セルA,B,Cに照射した光量I,I,Iに対応した抵抗値を示す導電性を持つ光学セルA,B,Cに変化し、直列に接続した光学セルA,B,Cを通して電流−電圧変換回路38に流れる電流が光量により決められる。光照射を止めると、導電性を持つ光学セルが非導電性の状態に徐々に戻る。Thionine(5×10−5mol/l)、TEA(1.0×10−2mol/l)を用いた本実施例ではキャリア消滅の時定数は、だいたい20minであった。ただし、光応答性物質14と還元剤15を変えることで、時定数を長くしたり短くすることが可能である。図4(a)下左図に示すような、キャリア数に依存した電圧を発生する。キャリア数は、光照射中はキャリア発生と消滅との競合で決まり、光照射停止でキャリア消滅のみになる。キャリア消滅は前述の時定数を持って減衰する指数関数と考えてよい。図4(a)下右図はセルの一つに照射する光量を半減させた例である。この例でも光照射中と光照射停止での出力電圧の時間依存性は同じ振る舞いをする。ただし、光量半減のセルだけはキャリア数が概ね半分となり、他のセルの倍の抵抗を持つことになる。このため大幅に出力電圧が低下する。
【0022】
図4(c)に示すように、Thionine34とTEA35が入った光学セル31を二次元的に配置した構造に、図4(c)の矢印で示した光学セルに光を照射すると回路2に接続された光学セルまで導電性の配線が現れる。この図4(c)−Aの期間に光照射を行うと回路2からVOUT2の電圧が出力される。次に、光照射をやめた図4(c)−Bの期間では電圧が下がり、光照射する光学セルを変えた図4(c)−Cの期間ではオペアンプ1からVOUT1の電圧が出力される。最後に、光照射をやめた図4(c)−Dの期間ではVOUT1の電圧が下がっていく。電圧の時間依存性は、図4(a)で説明したものと同じ振る舞いである。
【0023】
また、上記のThionine34とTEA35の代わりにProflavin34とEDTA35の組み合わせについても上記と同様の計測を行ったところ、同様な結果が得られた。
【0024】
以上説明したように、配線のようなつながりをもつ光を二次元に配列した光学セルに照射することで、配線網を形成する。しかも、光照射が無くなると配線網が消えていく。これらの働きにより、外部からの刺激が続くとニューロ配線が太くなることで流れる情報量が多くなり、刺激がなくなるとニューロ配線が細くなり、最終的には消滅していくことにより流れる情報量が少なくなる。この働きは生物が持つニューロ配線機能を模倣した素子機能を実現可能であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の光並列演算素子における光学セルの構成を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の光並列演算素子の原理説明図である。
【図3】本発明の実施例に係る光並列演算素子の構成を模式的に示す断面図である。
【図4(a)】(a)は本発明の実施例に係る光並列演算素子の原理説明図である。
【図4(b)】(b)は同実施例の光並列演算素子の光学セル内での光化学反応の説明図である。
【図4(c)】(c)は同実施例の光並列演算素子の光学セルを2次元配置した構造での動作説明図である。
【図5】従来の光演算素子の構成を模式的に示す断面図である。
【符号の説明】
【0026】
11,31 光学セル
12,32 隔壁
13,33 底部
14,34 光応答性物質
15,35 還元剤
16,36 導電性部材
37 直流電源
38電流−電圧変換回路
39 デジタルマイクロミラー素子(DMD)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに隣接して設けられている複数の光学セルを有し、各光学セルは上部に光の入射部を有するとともに隔壁と底部で区画化された空間に光の情報を受けた時に応答する光応答性物質を収容し、各光学セルには、光応答性物質に電子を与える化合物が同一の光学セルに収容され、隣り合った光学セルの間には両者を電気的に接続する導電性部材が設けられ、光照射により光学セルの導電性が増加して光学セルどうしの電気的なつながりが形成され、光の照射を停止することにより、導電性の状態から非導電性の状態に徐々に戻ることを利用して光並列演算を行うことを特徴とする光並列演算素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4(a)】
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【図4(b)】
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【図4(c)】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−42313(P2009−42313A)
【公開日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−204751(P2007−204751)
【出願日】平成19年8月6日(2007.8.6)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(504258527)国立大学法人 鹿児島大学 (284)
【Fターム(参考)】