説明

光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法

【課題】本発明は、生体内の脂肪酸代謝に関係するL−カルチニンの前駆体として有用なL−カルニチンアミドハロゲン化物などの光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を簡便な方法で制御する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を晶析することにより、得られるカルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を晶析に供されるカルニチンアミドハロゲン化物の光学純度に対して変化させることができ、上記課題を解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法に関する。特には、本発明は生体内で脂肪酸の代謝に関係しているL−カルニチンの中間体化合物として有用なL-カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L−カルニチンアミドハロゲン化物は、下記式:
【化4】

で表されるL−カルニチンの前駆体として有用な化合物である。L−カルニチンはビタミンBTとも言われ、生体内で脂肪酸の代謝に関係している重要な化合物であり、心臓疾患治療剤(特許文献1:特開昭54−76830号公報参照)、過類脂質血症治療剤(特許文献2:特開昭54−113409号公報参照)、静脈疾患治療剤(特許文献3:特開昭58−88312号公報参照)などとして注目されてきた。
【0003】
また、カルニチンアミドの光学活性体(本明細書では「光学活性カルニチンアミド」という。)を得る方法として、特許文献4(特開昭55−13299号公報)には、D−樟脳酸を光学分割剤として用いてD,L−カルニチンアミド塩化物から光学活性なD−樟脳酸−L−カルニチンアミドを得、塩化水素ガスを用いてL−カルニチンアミド塩酸塩を得る方法が開示されている。また、特許文献5(特開平4−320679号公報)には、微生物学的方法で得られたL−カルニチン−アミダーゼを用いてD,L−カルニチンアミドからL−カルニチンアミドを選択的に加水分解し、L−カルニチンとD−カルニチンアミドとを得る方法が開示されている。
しかしながら、従来の光学分割剤を用いた光学分割法又は酵素を用いた選択的加水分解による光学純度の制御は、操作が煩雑であり、製造効率が悪いといった問題があった。
【特許文献1】特開昭54−76830号公報
【特許文献2】特開昭54−113409号公報
【特許文献3】特開昭58−88312号公報
【特許文献4】特開昭55−13299号公報
【特許文献5】特開平4−320679号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような状況において、簡便な操作で、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物、特にL−カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を制御する方法の提供が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を晶析させることにより、晶析前と晶析後とで、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度が変化することを見出した。これを利用することにより、簡便な操作で、より光学純度の高いL−カルニチンアミドハロゲン化物を得ることが可能である。
【0006】
すなわち、本発明は、以下に示したような光学活性L−カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法を提供するものである。
[1]下記式:
【化5】

[式中、Xはハロゲン原子を表し、※は光学活性体を表す。]で示される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を晶析させることにより、得られる光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を、晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度に対して変化させる、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法。
[2]前記式(1)において、Xが塩素原子である、[1]記載の方法。
[3]前記得られる光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の結晶の光学純度が、前記晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度よりも高い、[1]又は[2]記載の方法。
[4]前記晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物において、下記式:
【化6】

で表されるL−カルニチンアミドハロゲン化物が、下記式:
【化7】

で表されるD−カルニチンアミドハロゲン化物に対して過剰に存在する、[1]〜[3]のいずれか記載の方法。
[5]前記晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度が70%e.e.以上である、[1]〜[4]のいずれか記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、従来の光学分割剤又は酵素等を使用する方法と比べて煩雑な操作を行う必要はなく、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を晶析させるといった簡便な操作で光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を制御することができる。本発明の好ましい態様によれば、より光学純度の高いL−カルニチンアミドハロゲン化物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法について詳細に説明する。
【0009】
本発明の光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法は、下記式:
【化8】

[式中、Xはハロゲン原子を表し、※は光学活性体を表す。]で示される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を晶析させることにより、得られる光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を、晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度に対して変化させることを特徴とする。
【0010】
本発明でいう光学活性カルニチンアミドハロゲン化物は、カルニチンアミドハロゲン化物の光学活性体であり、下記式:
【化9】

[式中、Xはハロゲン原子を表し、※は光学活性体を表す。]で示される化合物である。ここで、Xはハロゲン原子を表し、ハロゲン原子としては、例えば、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられるが、中でも、入手が容易であることから、塩素であることが好ましい。
【0011】
本発明において、カルニチンアミドハロゲン化物の製法は特に限定されない。例えば、特開平1−287065号公報に示されているように、カルニチンニトリルハライドに塩基と過酸化水素とを作用させることにより、カルニチンアミドハロゲン化物を得る方法がある。この場合、前駆体のカルニチンニトリルハライドは、4−ハロ−3−ヒドロキシブチロニトリルにトリメチルアミンを作用させることにより得ることができる。また、特開昭55−13299号公報に示されているように、D−樟脳酸−L−カルニチンアミドをイソプロピルアルコールに溶解させ、これに塩化水素ガスを通じることによってカルニチンアミドハロゲン化物を得ることも可能である。また、カルニチン塩酸塩にp−トルエンスルホン酸存在下、アルコール中で加熱することでカルニチンエステルを合成し、続いてアンモニア水で処理することによって、カルニチンアミドハロゲン化物を得ることも可能である。
【0012】
本発明で使用する光学活性カルニチンアミドハロゲン化物は、カルニチンアミドハロゲン化物のD体またはL体のうちいずれか一方が他方よりも多く含まれている光学異性体の混合物である。一般に、カルニチンアミドハロゲン化物を製造するための出発化合物がある程度の光学純度を有していれば、光学活性体としてカルニチンアミドハロゲン化物を得ることができる。また、カルニチンアミドハロゲン化物のラセミ体から、光学分割剤を用いて光学活性体を得ることができる。その光学活性体をカルニチンアミドハロゲン化物のラセミ体に任意の量を混ぜることで、任意の光学純度を持った光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を得ることもできる。
【0013】
本発明において、晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物は、カルニチンアミドハロゲン化物のD体又はL体のいずれか一方が他方よりも多く含まれていれば特に制限はないが、光学純度が10%e.e.以上であることが好ましい。本発明により光学純度を向上させたい場合、晶析に供する光学活性体の光学純度としては、光学純度の向上効率の観点から、10%e.e.以上であることが好ましく、より好ましくは40%e.e.以上、さらに好ましくは70%e.e.以上、特に好ましくは90%e.e.以上である。
【0014】
本発明の主旨から明らかなように、純粋なL体、あるいはD体では本発明の効果は得られない。しかし、晶析中の操作でラセミ化等により光学純度の低下が生じるような条件で晶析させる場合は、本発明により、その低下分を補う、あるいはそれ以上の光学純度の向上を達成することが可能となる。
【0015】
なお、本明細書において、光学純度はエナンチオマー過剰率(%e.e.)で表す。エナンチオマー過剰率は、常法に従って測定することができる。例えば、堀場製作所製「SEPA−300」を使用し、25℃、10wt%の水溶液で測定することができる。
【0016】
晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物においては、D体又はL体のいずれが多く含まれていても構わないが、L体が多く含まれている方が、生体内で脂肪酸の代謝に関係している重要な化合物であるL−カルニチンへ導くことが容易であるためより好ましい。したがって、本発明で使用する光学活性カルニチンアミドハロゲン化物においては、下記式:
【化10】

で表されるL−カルニチンアミドハロゲン化物が、下記式:
【化11】

で表されるD−カルニチンアミドハロゲン化物に対して過剰に存在することが好ましい。なお、エナンチオマー過剰率の好ましい範囲は、前述したとおりである。
【0017】
本発明において、晶析操作は一般的な方法に従って実施することができ、特に制限はない。例えば、溶媒にカルニチンアミドハロゲン化物を常温又は加温下で溶解させ、その後に冷却させることにより析出させることができる。また、溶媒を一部留去することによって析出させることも可能である。また、カルニチンアミドハロゲン化物を良溶媒に溶かした後、貧溶媒を加えて溶解度を下げることによって析出させてもよい。さらには結晶を析出し易くするために、光学純度の高い結晶種、或いはラセミ体の結晶種を加えて結晶析出を促進させても良い。
【0018】
本発明において晶析操作に用いる溶媒は、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物と反応しないものであれば特に制限はなく、使用する原料の光学純度、目的とする光学純度、目的物の回収率を考慮して、適宜決定することができる。溶媒としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノールなどのアルコール系溶媒、アセトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒、酢酸エチル、プロピオン酸エチル、メタクリル酸メチルなどのエステル系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族系溶媒、ジクロロメタン、クロロホルムなどの塩素系溶媒、その他アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、水などが挙げられる。これらの混合溶媒を用いてもよい。また、混合溶媒を用いる場合、良溶媒に溶解させた後に貧溶媒として第2の溶媒を添加する形で使用しても構わない。
中でも、本発明においては、カルニチンアミドハロゲン化物の溶解度の関係から、アルコール系溶媒またはアルコール系溶媒を含む混合溶媒を使用することが好ましく、メタノールを使用することがより好ましい。
【0019】
晶析を行う際の温度は、使用する溶媒の沸点及び凝固点により決定される。通常は室温で光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を加え、溶媒を加熱し温度を上昇させて、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を溶解させる。その後、該溶液を冷却させて、過飽和状態にすることにより結晶を析出させることができる。なお、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物は常温で溶媒に溶解させてもよい。例えば溶媒としてメタノールを使用した場合、室温で光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を加えてメタノールを沸点(64℃)付近にまで上昇させて、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を溶解させる。その後、徐々に該溶液を冷却させて行き、好ましくは−20〜40℃で結晶を析出させる。なお、冷却する際に、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素系溶媒、アセトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン系溶媒、酢酸エチル、プロピオン酸エチル、メタクリル酸メチルなどのエステル系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族系溶媒などの貧溶媒として働き易い溶媒を加えても良い。
【0020】
晶析を行う際に溶媒に溶解させる光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の使用量は、使用する溶媒の種類及び晶析温度等によって異なるものではあるが、晶析温度における飽和溶液の1.1〜100倍(質量%)であることが好ましく、より好ましくは1.2〜50倍(質量%)、さらに好ましくは2〜10倍(質量%)である。例えば溶媒としてメタノールを使用し、温度による溶解度差を利用して晶析を試みた場合、該光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の使用量は、晶析温度における飽和溶液の1.1〜20倍(質量%)が好ましく、より好ましくは1.2〜10倍(質量%)、さらに好ましくは2〜5倍(質量%)である。
晶析に要する時間は、溶媒の種類又は濃度等によって適宜決定すればよく、特に制限はない。
【0021】
通常、このようにして析出した光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度は、晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度よりも高い。その場合、カルニチンアミドハロゲン化物の回収は、吸引濾過又は加圧濾過などの定法に従い回収することができる。一方、母液に残存溶解した光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度の方が、析出した光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度より高い場合は、析出した光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を定法により除去した後に、溶媒を減圧蒸留などによって除去して所望の光学純度を有する光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を回収することができる。
【0022】
回収した光学活性カルニチンアミドハロゲン化物は、溶媒で洗浄することにより晶析母液を洗い流すことができる。洗浄に使用する溶媒としては先に記したような有機溶媒が使用可能であるが、通常晶析操作で使用した溶媒を使用することが好ましい。
【実施例】
【0023】
次に、実施例を用いて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこの例のみに限定されるものではない。なお、本発明で、光学純度は旋光度を測定することによって確認した。旋光度の測定は堀場製作所製「SEPA−300」を使用し、25℃、10wt%の水溶液で測定した。
【0024】
[実施例1]
98%e.e.〔〔α〕D25=−17.5°(C=10)〕のL−カルニチンアミド塩化物3.00g(15.3mmol)をメタノール30mlに溶かし、60℃に加熱して3時間撹拌した。室温で放冷して、一晩放置することで結晶を析出させ、これを濾別して、結晶を冷メタノールで洗い、結晶を減圧乾燥させ、2.00gの白色結晶を得た。この化合物の旋光度を測定したところ、〔α〕D25=−17.8°(C=10)であることがわかった。
【0025】
[実施例2]
79%e.e.〔〔α〕D25=−14.1°(C=10)〕のL−カルニチン塩化物3.00g(15.3mmol)を実施例1と同様の方法で晶析を行い、2.01gの白色結晶を得た。この化合物の旋光度を測定したところ、〔α〕D25=−16.9°(C=10)(95%e.e.)であることがわかった。また濾液のメタノールを留去して得られた化合物も同様に旋光度を測定したところ、〔α〕D25=−8.5°(C=10)(48%e.e.)であることがわかった。
【0026】
[実施例3]
90%e.e.〔〔α〕D25=−16.0°(C=10)〕のL−カルニチン塩化物3.00g(15.3mmol)を実施例1と同様の方法で晶析を行い、1.98gの白色結晶を得た。この化合物の旋光度を測定したところ、〔α〕D25=−17.4°(C=10)(98%e.e.)であることがわかった。また濾液のメタノールを留去して得られた化合物も同様に旋光度を測定したところ、〔α〕D25=−13.2°(C=10)(74%e.e.)であることがわかった。
【0027】
以上示したように、本発明によれば、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を溶媒から晶析するといった簡便な方法により、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を制御することができる。また、本発明の好ましい態様によれば、簡便な方法でL−カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明によれば、心臓疾患治療剤、過脂肪質血症治療剤又は静脈疾患治療剤などとして有用なL−カルニチンの前駆体であるL−カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を簡便な方法で制御することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式:
【化1】

[式中、Xはハロゲン原子を表し、※は光学活性体を表す。]で示される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物を晶析させることにより、得られる光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度を、晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度に対して変化させる、光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の精製方法。
【請求項2】
前記式(1)において、Xが塩素原子である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記得られる光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の結晶の光学純度が、前記晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度よりも高い、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物において、下記式:
【化2】

で表されるL−カルニチンアミドハロゲン化物が、下記式:
【化3】

で表されるD−カルニチンアミドハロゲン化物に対して過剰に存在する、請求項1〜3のいずれか記載の方法。
【請求項5】
前記晶析に供される光学活性カルニチンアミドハロゲン化物の光学純度が70%e.e.以上である、請求項1〜4のいずれか記載の方法。

【公開番号】特開2008−231046(P2008−231046A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−74531(P2007−74531)
【出願日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】