説明

光学活性マンデル酸又はその誘導体溶液の精製方法

【課題】着色の低減した光学活性マンデル酸又はその誘導体、及びそれら化合物の簡便かつ高収率な工業的に好適な精製方法を提供する。
【解決手段】光学活性マンデル酸又はその誘導体を含む水溶液をKOH等のアルカリ水溶液で、pH1.5〜4.5とした後、活性炭と接触させ脱色処理することにより、着色の少ない、具体的にはAPHHA200以下の光学活性マンデル酸又はその誘導体の溶液を得ることができる。さらに好ましくは、上記活性炭処理を上記条件に加え、50〜80℃で処理することにより着色の少ない光学活性マンデル酸又はその誘導体溶液が効率よく製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬原料、液晶材料及び光学分割剤として有用な光学活性マンデル酸又はその誘導体の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マンデル酸又はその誘導体は、マンデロニトリル又はその誘導体を、鉱酸で加水分解することにより得られる。しかしながら、この鉱酸加水分解によって、着色成分が副生するという問題があった。
【0003】
この着色成分の脱色法については、例えば、特許文献1及び特許文献2には塩酸を用いて光学活性シアノヒドリンを加水分解した後、マンデル酸又はその誘導体を炭化水素溶媒により抽出する方法が報告されている。しかしながら、前記有機溶媒による抽出は、有機溶媒の取り扱いなど操作が煩雑になり、必ずしも工業的に好適な方法であるとはいえない。
【特許文献1】特開2001−342165号公報
【特許文献2】特開2001−354616号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、着色の低減した光学活性マンデル酸又はその誘導体を簡便かつ高収率で得るために好適な工業的精製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、ある特定のpH範囲で活性炭処理を行うことにより、課題が解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0007】
(1)APHA200以下の光学活性マンデル酸又はその誘導体溶液。
【0008】
(2)上記溶液より得られる光学活性マンデル酸又はその誘導体結晶。
【0009】
(3)光学活性マンデル酸又はその誘導体水溶液をpH1.5〜4.5で活性炭処理することを含む、光学活性マンデル酸又はその誘導体の精製方法。
【0010】
(4)活性炭での処理の温度が50〜80℃でである上記(3)の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、着色の低減した光学活性マンデル酸又はその誘導体を簡便かつ高収率に得られる。本方法は工業的に使用されうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明は、「光学活性マンデル酸又はその誘導体水溶液をpH1.5〜4.5で活性炭で処理することを含む、光学活性マンデル酸又はその誘導体の精製方法」である。
【0014】
上記方法に供される光学活性マンデル酸又はその誘導体は、その前駆体であるマンデロニトリル又はその誘導体を加水分解することにより得ることができる。ここで前駆体であるマンデロニトリル又はその誘導体は、例えば、アルデヒド類にシアン化合物を付加して製造することができる。
【0015】
アルデヒド類としては、次式(I)で示される化合物が挙げられる。
【化1】

【0016】
式(I)中、Ar基としては、例えば、フェニル、ベンジル、ナフチル、ピリジル、フリル等が挙げられる。置換されたAr基の場合、置換基としては、例えば、(保護されていても良い)ヒドロキシ、C〜Cアルキル、C〜Cアルコキシ、アルキルチオ、ハロゲン、置換されたフェニル、フェノキシ、アミノまたはニトロが挙げられる。好ましくは、Ar基はアリール基、特に好ましくはフェニル基である。それらAr基は無置換、あるいはC〜Cアルキル、C〜Cアルコキシ、(保護されていても良い)ヒドロキシ、アセトキシ、Cl、Br、フェニル、フェノキシまたはフルオロフェノキシによって置換されていてもよい。
【0017】
具体的には、ベンズアルデヒド、m−フェノキシベンズアルデヒド、p−アセトキシベンズアルデヒド、p−メチルベンズアルデヒド、o−クロロベンズアルデヒド、m−クロロベンズアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒド、m−ニトロベンズアルデヒド、3,4−メチレンジオキシベンズアルデヒド、2,3−メチレンジオキシベンズアルデヒド、フルフラール、ピリジン−2−カルバルデヒド等の芳香族アルデヒドが挙げられる。好ましくは、ベンズアルデヒド、m−フェノキシベンズアルデヒド、p−メチルベンズアルデヒド、o−クロロベンズアルデヒド、m−クロロベンズアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒド、m−ニトロベンズアルデヒド、3,4−メチレンジオキシベンズアルデヒド、2,3−メチレンジオキシベンズアルデヒドであり、特に好ましくは、ベンズアルデヒド、o−クロロベンズアルデヒド、m−クロロベンズアルデヒド、p−クロロベンズアルデヒドが挙げられる。
【0018】
次にシアン化合物としては、好ましくは、青酸又は青酸を発生し得るシアン化合物が適当である。シアン化合物としては、例えば、青酸、KCN、NaCN、アセトンシアノヒドリン((CH3)2C(OH)CN)が挙げられる。
【0019】
マンデロニトリル又はその誘導体の合成は、化学的触媒又は生物学的触媒の存在下で立体選択的な付加反応で合成される。化学的触媒としては、環状ジペプチド等が挙げられる。生物学的触媒としては、生物体由来の(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼ、(R)−ヒドロキシニトリルリアーゼ等を含む粗酵素、精製酵素、固定化酵素が挙げられる。これらの酵素は、該酵素をコードする遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え微生物によって生産されたものであっても良い。
【0020】
(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼには、例えばトウダイグサ科に属する植物であるキャッサバ(Manihot esculenta)由来のもの(EC 4.1.2.37)、パラゴムノキ(Hevea brasiliensis)由来のもの(EC 4.1.2.39)、あるいはイネ科に属する植物であるモロコシ(Sorghum bicolor)由来のもの(EC 4.1.2.11)等が挙げられる。
【0021】
以上、式(I)のアルデヒド類に、青酸を付加させた場合、式(II)で示されるマンデロニトリル又はその誘導体が得られる。
【化2】

【0022】
上記式(II)で示されるマンデロニトリル又はその誘導体としては、例えば、マンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−フェニルアセトニトリル)、3−フェノキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−フェノキシフェニル)アセトニトリル)、4−アセトキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−アセトキシフェニル)アセトニトリル)、4−メチルマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(p−トリル)アセトニトリル)、2−クロロマンデロニトリル(2−(2−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−クロロマンデロニトリル(2−(3−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、4−クロロマンデロニトリル(2−(4−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−ニトロマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−ニトロフェニル)アセトニトリル)、3,4−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)、2,3−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(2,3−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)、2−(2−フリル)−2−ヒドロキシアセトニトリル、2−(2−ピリジル)−2−ヒドロキシアセトニトリル等の2−アリール−2−ヒドロキシアセトニトリル等が挙げられる。好ましくは、マンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−フェニルアセトニトリル)、3−フェノキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−フェノキシフェニル)アセトニトリル)、4−メチルマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(p−トリル)アセトニトリル)、2−クロロマンデロニトリル(2−(2−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−クロロマンデロニトリル(2−(3−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、4−クロロマンデロニトリル(2−(4−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−ニトロマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3−ニトロフェニル)アセトニトリル)、3,4−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(3,4−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)、2,3−メチレンジオキシマンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−(2,3−メチレンジオキシフェニル)アセトニトリル)であり、特に好ましくは、マンデロニトリル(2−ヒドロキシ−2−フェニルアセトニトリル)、2−クロロマンデロニトリル(2−(2−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、3−クロロマンデロニトリル(2−(3−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)、4−クロロマンデロニトリル(2−(4−クロロフェニル)−2−ヒドロキシアセトニトリル)が挙げられる。
【0023】
上記方法で得られたマンデロニトリル又はその誘導体を加水分解することによりマンデル酸又はその誘導体を含む水溶液(以下、単に「マンデル酸溶液」と称す)を製造する。加水分解により生成するマンデル酸又はその誘導体は、次式(III)で示される化合物である。
【化3】

【0024】
次に得られたマンデル酸溶液の着色成分を除去するために、活性炭と接触させる(以下、「活性炭処理」という)。この際、本発明では、pHを調整した元で当該処理を実施する。 ここで、「活性炭と接触させる」とは、マンデル酸又はその誘導体を含む反応溶液中に活性炭を添加して、攪拌することである。
【0025】
pH調整には、通常、アルカリ水溶液を使用する。アルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、アンモニア水等が挙げられる。好ましくは、水酸化ナトリウム水溶液である。
【0026】
pHは、pH1.5〜4.5に調整することが好ましい。この範囲内であるとマンデル酸又はその誘導体の水に対する溶解度が上がり、活性処理中に結晶が析出し難い。また、酸析の際に副生する無機塩が結晶中に析出し難い。さらに、ステンレス製の装置を腐食させることなく、活性炭のろ過処理ができる。さらに好ましくはpH2.0〜4.0である。
【0027】
pHは、活性炭を溶液に投入する前に上記の範囲に調整してもよいし、活性炭を投入後、調整を行ってもよい。好ましくは、活性炭を投入する前に調整する。
【0028】
脱色処理に使用する活性炭としては、粒状活性炭や粉末活性炭などが挙げられる。
【0029】
活性炭の使用量は、反応溶液中のマンデル酸又はその誘導体に対して、0.1から10.0質量%とすることが好ましい。この範囲内であると脱色が十分進行し、ろ過時の負荷も軽くなる。
【0030】
活性炭処理中の温度は、40〜80℃とすることが好ましく、50〜70℃とすることが特に好ましい。この範囲内であると結晶が析出し難く、活性炭をろ過するときに収率が低下し難い。また、光学純度の低下が起きないだけでなく、活性炭を含むマンデル酸又はその誘導体から、加圧ろ過器などを使って活性炭を除去する時の温度変化で結晶が析出し難い。
【0031】
上記の方法で得られたマンデル酸溶液は、着色のない、具体的には、APHA200以下の溶液である。このような溶液から晶析等、通常の方法によりマンデル酸及びその誘導体の結晶を得ることができる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例及び比較例により本発明をさらに詳しく説明する。
【0033】
なお、ベンズアルデヒド、マンデル酸又はその誘導体の下記の分析条件で決定した。
【0034】
<ベンズアルデヒドの定量>
試料調製方法: 試料200mgをキャリヤー25mLに溶解
装置: カラムオーブン 日本分光社製 865−CO
UV 日本分光社製 870−UV
ポンプ 日本分光社製 880−PU
インテグレーター 島津製作所社製 C−R3A
カラム: ODS−2(GLサイエンス社製)
キャリヤー: アセトニトリル:水=3/7(リン酸にてpH3.0に調整)
カラム温度: 40℃
流速: 1mL/min
波長: 220nm
<硝酸銀滴定法>
200ml三角フラスコに、純水を50mlはかりとる。次に、5%水酸化ナトリウム及び4%アンモニアに調整した水溶液を20ml添加する。サンプル10gを精秤して、指示薬の4−ジメチルアミノベンジリデンロダニン(0.02%アセトン溶液)を加える。0.01規定の硝酸銀水溶液で滴定し、マンデロニトリル含量を定量する。
【0035】
<着色度合い>
比色管によりAPHA標準色と比較することで数値化(ハーゼン色数、定量限界は500番)した。
【0036】
[調製例1]
(S)-マンデロニトリルの合成
1L容フラスコに(S)−ヒドロキシニトリルリアーゼ酵素(EC 4.1.2.37)水溶液(1072U/mL)9.0g、50mMリン酸水素ナトリウム/50mMクエン酸緩衝液(pH6.0)64.5g及びターシャルブチルメチルエーテル(和光純薬工業社製)260.0gを仕込んだ。これを16〜18℃で攪拌しながら、シアン化水素70.6g(2.62モル)及びベンズアルデヒド(和光純薬工業社製)180.2g(1.70モル)を2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後、18℃で4時間撹拌した。その後、HPLCの分析によりベンズアルデヒドの実質的消失を確認した。次いで、98%硫酸0.7gを添加し、生成したマンデロニトリルを安定化させた後、ターシャルブチルメチルエーテル及び50mMリン酸水素ナトリウム/50mMクエン酸緩衝液中の水分をエバポレーターで留去し、90質量%(S)−マンデロニトリル水溶液を得た。
【0037】
[調製例2]
攪拌機および温度計を付した1000ml三口フラスコに、35%塩酸166.6gを入れた。次いで、調整例1で得られたS−マンデロニトリル133.2gを35℃で1時間かけて該フラスコ中に滴下した。その後、この溶液を35〜40℃で5時間攪拌した。マンデロニトリルが実質的に消失したのを0.01規定の硝酸銀滴定により確認した。マンデロニトリルが実質的に消失した溶液に純水333.0gを添加し、70℃で3時間攪拌した。攪拌後のS-マンデル酸水溶液のpHは0以下で、収率は、98.5%であった。
【0038】
[実施例1]
調製例2で得られたS-マンデル酸水溶液に48%水酸化ナトリウム溶液75.8gを加えてpH2.6に調整した。次いで、活性炭(クラレケミカル社製)を1.0g添加した。その後、60℃で1時間攪拌し脱色処理を行った。脱色処理した溶液を吸引ろ過して、色調を測定した。吸引ろ過後のろ液の温度は、50℃であり、結晶の析出はなかった。得られたS−マンデル酸水溶液の色調は、APHA200以下であった。
【0039】
[実施例2]
調製例2で得られたS-マンデル酸水溶液を48%水酸化ナトリウム水溶液を119.2g加えてpH3.5に調整した。次いで、活性炭(クラレケミカル社製)を1.0g添加した。その後、70℃で1時間攪拌し脱色処理を行った。脱色処理した溶液を吸引ろ過して、色調を測定した。吸引ろ過後のろ液の温度、63℃であり、結晶の析出はなかった。得られたS−マンデル酸水溶液の色調は、APHA200以下であった。
【0040】
[比較例1]
pH調整を行わなかった以外は、実施例1と同様の方法で行った。脱色処理した溶液を吸引ろ過して、色調を測定しようとしたが、途中で結晶が析出し、ろ過不能となった。吸引ろ過中のろ液の温度は50℃であった。
【0041】
[比較例2]
pHを5.0に調整した以外は、実施例1と同様の方法で行った。70℃で脱色処理をしようとしたが、結晶が完全に溶解せず、脱色処理を行うことができなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
APHA200以下の光学活性マンデル酸又はその誘導体溶液。
【請求項2】
請求項1より得られる光学活性マンデル酸又はその誘導体結晶。
【請求項3】
光学活性マンデル酸又はその誘導体水溶液をpH1.5〜4.5で活性炭処理することを含む、光学活性マンデル酸又はその誘導体の精製方法。
【請求項4】
活性炭処理の温度が50〜80℃でである請求項3記載の方法。

【公開番号】特開2007−277205(P2007−277205A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−109557(P2006−109557)
【出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】