説明

光学活性化合物

【課題】光照射で旋光度が変化する新化合物の提供。
【解決手段】光学活性化合物(1)。


(X14は-NH2等、a,bは1〜6の整数、R1及びR2は炭化水素基)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性化合物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光を照射したときの旋光度の変化を利用して、記録の非破壊読み出しをすることを可能とするための光記録材料が報告されている(特許文献1)。
【0003】
非特許文献1には、光異性化による比旋光度([α])変化が0°〜約−1400°であるジアリールエテン及びヘリセノイドを用いた物質が記載されている。
【0004】
ところで、特許文献2にはビナフチル骨格とアゾベンゼン骨格とを連結した化合物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−60424号公報(1998年3月3日公開)
【特許文献2】特開2007−238510号公報(2007年9月20日公開)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】横山 泰ら, Jounal of Organic Chemistry, 2006年9月30日, vol. 72, p 1634-1638 (2006).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
前述した旋光度の変化を利用する物質については、いずれも実用的な応用研究まで進んでいない。一方で、このような物質は光学機器等の様々な分野での利用が期待されており、旋光度(値及び/又は正負)が変化する新たな物質が要求されている。
【0008】
そこで本発明は、光を照射することで旋光度が変化する新たな化合物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討した結果、アゾベンゼン骨格とビナフチル骨格を有するキラル分子とを環状に連結し、ビナフチル骨格におけるアゾベンゼン骨格と連結されている位置から見てオルト位に所定の置換基を導入することにより、光を照射することで旋光度が変化する化合物となるという知見を見出した。本発明はかかる新たな知見に基づいて成されたものである。
【0010】
即ち、本発明に係る光学活性化合物は、前記の課題を解決するために、下記一般式(1)で示されるものである。
【0011】
【化1】

【0012】
(X1、X2、X3及びX4は、それぞれ独立に、−NH2、−N(CH32、−H、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−F、−I、−Br、−Cl、−COOH、−COOCt2t+1、−CONH2、COCH3、−CHO、−NO2又は−CN(ただし、p、q、r、s及びtは、それぞれ独立に1〜10の範囲の整数である)を示し、a及びbは、それぞれ独立に、1〜6の範囲の整数であり、R1及びR2は、それぞれ独立に、炭化水素基を示す)
さらに、本発明に係る光学活性化合物では、前記a及びbは、それぞれ独立に1〜3の範囲の整数であることがより好ましい。
【0013】
さらに、本発明に係る光学活性化合物では、前記R1及びR2は、それぞれ独立して、主鎖の炭素数が1〜20であり、置換基を有してもよいアルキル基であることがより好ましい。
【0014】
さらに、本発明に係る光学活性化合物では、前記R1及びR2は、−CH3、−CH(C652、又は−CH265であり、前記a及びbは3であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、光を照射することで旋光度が変化する新たな化合物を提供できる。また、旋光度は、当該化合物が吸収を持たない波長での測定が可能であるため、非破壊読み取りが可能である。よって、本発明によれば、新たなメモリー及びスイッチ機能を有するデバイス開発が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施例1に係る光学活性化合物のトランス−シス異性化によるCDスペクトル変化を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
〔本発明に係る光学活性化合物〕
本発明に係る光学活性化合物は下記一般式(1)で示される光学活性化合物である。
【0018】
【化2】

【0019】
(X1、X2、X3及びX4は、それぞれ独立に、−NH2、−N(CH32、−H、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−F、−I、−Br、−Cl、−COOH、−COOCt2t+1、−CONH2、COCH3、−CHO、−NO2又は−CN(ただし、p、q、r、s及びtは、それぞれ独立に1〜10の範囲の整数である)を示し、a及びbは、それぞれ独立に、1〜6の範囲の整数であり、R1及びR2は、それぞれ独立に、炭化水素基を示す)
軸性不斉を持つビナフチル骨格は広い不斉空間を有しており、軸方向には剛直であるが軸周りはある程度の柔軟性を有しており、その不斉環境を反映して旋光性を示す。一方アゾベンゼン骨格は、照射する光の波長によって、シス体からトランス体へ、又はトランス体からシス体へと異性化させ、どちらかに偏らせることが可能である。シス体とトランス体とでは分子長が劇的に変わるため、光駆動物質を研究する際に有用な骨格である。そこでアゾベンゼン骨格を有するビナフチル誘導体を合成し、アゾベンゼン骨格のシス−トランス異性化をビナフチル骨格の二面角の変化、すなわち不斉環境の変化へと転写させ、旋光度を変化させることができる化合物を本発明者らは検討して、本発明に想到したのである。
【0020】
旋光度は、その化合物が吸収を持たない波長での測定が可能であるため、非破壊読み取りが可能である。よって、本発明によれば、新たなメモリー及びスイッチ機能を有するデバイス開発が可能となる。旋光度の測定はJIS規格(K0063)に従って行なえばよい。
【0021】
なお、本発明に係る光学活性化合物のトランス体は下記一般式(2)で示され、シス体は下記一般式(3)で示される。
【0022】
【化3】

【0023】
(a、b、X1、X2、X3、X4、R1及びR2は前記一般式(1)と同義である。)
【0024】
【化4】

【0025】
(a、b、X1、X2、X3、X4、R1及びR2は前記一般式(1)と同義である。)
前記R1及びR2の炭化水素基としては、それぞれ独立して、主鎖の炭素数が1〜20であり、置換基を有してもよいアルキル基であることが好ましく、溶解性の観点からは当該炭素数は4以上であることが好ましい。主鎖の炭素数が1〜20であれば、合成が容易であるという理由及びゲル状になり難いことから取り扱いが容易であるという理由から好ましい。入手も容易であり、例えば1−アルキルハライドが市販されているため容易に入手できる。また、該置換基としてはアリール基(フェニル基等)、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−Br及びCOOCt2t+1等が挙げられる。
【0026】
一般式(1)で表される化合物の溶解性を高めて薄膜形成を容易にするという観点から、X1及びX2として好ましい基としては、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−Br及びCOOCt2t+1を例示できる。また、X1及びX2は、同一であっても異なっていてもよい。
【0027】
一般式(1)において、アゾベンゼン骨格のシス−トランス応答(シス体からトランス体への異性化)を促進するためには、X3及びX4は、一方が電子供与基であり他方が電子吸引基であることが好ましい。この点から好ましいX3とX4の組み合わせとしては、X3及びX4のいずれか一方が、電子供与基である−NH2、−N(CH32、−OCs2s+1、−SCq2q+1であり、他方が、電子供与基である−CN、−NO2、−COOCt2t+1、−COOH、−Cp2p+1である組み合わせを挙げることができる。なお、一方が電子供与基であり他方が電子吸引基である組み合わせであれば、X3及びX4のどちらへ電子供与基又は電子吸引基を導入してもよい。
【0028】
一般式(1)において、a及びbは、それぞれ独立に1〜6、好ましくは1〜3の範囲の整数である。a及びbが6以下にすることで、アゾベンゼン骨格とキラル部位との距離を短くして、アゾベンゼン骨格の構造変化をキラル部位に効率的に伝達することが容易となる。一般式(1)において、a及びbは同一であっても異なっていてもよいが、合成の容易性の観点からは、両者が同一であることが好ましい。
【0029】
本発明の光学活性化合物には、以下に示すように、ビナフチル部位の捻れ構造が異なるS体とR体がある。本発明に係る光学活性化合物は、S体であってもR体であっても光等に対して高速かつ高感度に応答し得る。S体は下記一般式(4)で示され、R体は下記一般式(5)で示される。
【0030】
【化5】

【0031】
(a、b、X1、X2、X3、X4、R1及びR2は前記一般式(1)と同義である。)
【0032】
【化6】

【0033】
(a、b、X1、X2、X3、X4、R1及びR2は前記一般式(1)と同義である。)
一般式(1)で示される光学活性化合物の中でも、より好ましいものは前記R1及びR2は、−CH3、−CH(C652、又は−CH265であり、前記a及びbは3である化合物である。つまり、下記構造式(6)、(7)、(8)である。
【0034】
【化7】

【0035】
【化8】

【0036】
【化9】

【0037】
旋光度測定はナトリウムD線(589nm)が測定に広く利用されているが、構造式(6)〜(8)の化合物は、この波長の光を吸収せず、且つ、旋光度が大きく変化する(比旋光度が大きい)。
【0038】
また旋光性には右旋性(+)及び左旋性(−)があるが、それらが逆転する現象については、従来知られていなかった。しかしながら、構造式(6)〜(8)の化合物はこれを実現した。
【0039】
光異性化による比旋光度([α])変化は、前述の通り特許文献1及び非特許文献1に報告されている。しかしこれらのナトリウムD線における旋光度変化はいずれも変化形態が0°付近〜右旋性(又は左旋性)であり、右旋性と左旋性とが逆転する変化は達成されていなかった。一方で、よりシャープな信号として読み出すためには右旋性と左旋性とが逆転する変化が望まれる。
【0040】
構造式(6)〜(8)の化合物は光照射によってシス−トランス異性化が起こり、それに伴って旋光度が変化する。その変化は、右旋性及び左旋性が逆転する変化であり、比旋光度変化量(Δ[α])は、構造式(6)の化合物で約600°、構造式(7)の化合物で約500°、構造式(8)の化合物で約1000°であり極めて大きい。またそれぞれの値は軸性不斉化合物としては非常に大きく、さらに構造式(7)の化合物は近い絶対値のまま正負の逆転が可能な特異な化合物である。さらにこれらは高濃度においてもナトリウムD線を吸収しないので、新規メモリー及びスイッチ機能分子となりうる。
【0041】
ところで、本発明に係る光学活性化合物はアゾベンゼン骨格が有する置換基によって、吸収極大波長が異なる。一例を挙げると以下の表1に示す通りである。
【0042】
【表1】

【0043】
なお、表1においてλmax(nm)は極大吸収を示す波長である。また、表1のX3とX4とは入れ替わってもよい。アゾベンゼン骨格と吸収極大波長との関係は、Norio Nishimura et al., Thermal Cis-to-Trans Isomerization of Substituted Azobenzenes II. Substituent and Solvent Effects, BULLETIN OF THE CHEMICAL SOCIETY OF JAPAN, vol. 49(5), 1976, 1381-1387も参照できる。このように、ナトリウムD線、又は、これに限らず吸収特性のない波長の光を用いて構造変化に伴う旋光度の変化をシグナルとして読み取れば、非破壊読み取りが可能となる。
【0044】
〔本発明に係る光学活性化合物の合成〕
本発明に係る光学活性化合物を合成する方法の一例を以下に示す。
【0045】
例えば、一般式(1)において、a=bであり、X1、X2、X3、X4がいずれも水素原子であり、R1、R2が−CH(C652である場合について説明する。この場合、まず、2,2’−ジヒドロキシアゾベンゼン(下記構造式(9))を適当な溶媒(例えばジメチルホルムアミド、アセトニトリル等)中で、炭酸セシウム及びジベンゾ−18−クラウン−6の存在下、下記一般式(10)で示される化合物と反応させることにより、下記一般式(11)で示されるアゾベンゼン誘導体を得る。
【0046】
【化10】

【0047】
【化11】

【0048】
(A及びA’は、それぞれ独立にハロゲン原子等の反応性基を示し、aは一般式(1)と同義である。)
【0049】
【化12】

【0050】
(a、A及びA’は一般式(10)と同義である。)
次いで、得られたアゾベンゼン誘導体を、適当な溶媒(ジメチルホルムアミド、アセトニトリル等)中で、炭酸カリウムの存在下、下記構造式(12)で示されるビナフチル誘導体と反応させることにより、下記一般式(13)を得ることができる。
【0051】
【化13】

【0052】
【化14】

【0053】
(aは一般式(1)と同義である。)
なお、一般式(13)は本発明に係る光学活性化合物の一形態である。また、この反応については、Michell, D. K.; Sauvage, J. -P. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1988, 27, 930. Lee, J. C.; Yuk, J. Y.; Cho, S. H. Synth. Commun. 1995, 25, 1367.を参照できる。
【0054】
前記反応において、反応溶液中の構造式(12)のビナフチル誘導体とアゾベンゼン誘導体との濃度及び混合比は、適宜設定することができる。当該混合比(モル比)は、例えば1:1程度とすることができる。また、反応は、例えば20℃(室温)〜100℃で行なうことができ、反応時間は例えば24〜72時間とすることができる。
【0055】
前記反応に使用する原料化合物は、公知の方法で入手することができ、また市販品としても入手可能である。なお、原料のビナフチルとしてS体又はR体のいずれかを選択することにより、ビナフチル部位に所望の捻れ構造を有する目的物を得ることができる。
【0056】
また、構造式(12)の代わりに、一般式(1)におけるR1、R2が所望の炭化水素基であるビナフチル誘導体を用いることで所望の本発明に係る光学活性化合物を得ることができる。また、例えば以下の方法を適用すればより効率的に、R1、R2が所望の炭化水素基である本発明に係る光学活性化合物を得ることができる。
【0057】
まず、一般式(13)を適当な溶媒(ジクロロメタン等)中、四塩化チタンと反応させることにより下記一般式(14)で示される化合物を得ることができる。
【0058】
【化15】

【0059】
(aは一般式(1)と同義である。)
次いで、一般式(14)で示される化合物と、R1、R2に導入する所望の炭化水素基を有するハロゲン化合物を炭酸カリウム存在下で反応させることで、R1、R2が所望の炭化水素基である本発明に係る光学活性化合物を得ることができる(例えば、実施例3及び4を参照できる)。
【0060】
目的物である一般式(1)で表される光学活性化合物は、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等の公知の方法で精製することができる。目的物が得られたことは、NMR、質量分析、元素分析等で確認することができる。
【0061】
本発明に係る光学活性化合物の例を以下に示す。なお、以下に示す例において、ビナフチル部位はR体であってもよく、S体であってもよい。
【0062】
【化16】

【0063】
〔本発明に係る光学活性化合物の用途:光記録用材料〕
本発明に係る光学活性化合物の用途として光記録用材料が挙げられる。本発明に係る光学活性化合物を用いた光記録用材料は、本発明に係る光学活性化合物からなるものであってもよいし、本発明に係る光学活性化合物を含み、適宜他の添加物をも含むものであってもよい。
【0064】
本発明に係る光学活性化合物はアゾベンゼン部位を含む。アゾベンゼンはシス体とトランス体があり、熱的に安定なものはトランス体である。棒状のトランス体は屈曲したシス体と比べて分子長が約40%長いため、シス体からトランス体への異性化及びトランス体からシス体への異性化により分子長が大きく変化する。本発明の光学活性化合物においては、このように異性化により分子長が大きく変化するアゾベンゼン骨格が、ビナフチル骨格と比較的近距離で環状に結合されているため、アゾベンゼン骨格の構造変化により、2つのナフタレン環を結合する単結合を回転させ、ビナフチル部位のキラリティーを高速かつ高感度にスイッチすることができる。
【0065】
アゾベンゼン部位がトランス体である本発明の光学活性化合物に対し、紫外光等の光(例えば波長300〜400nm)を照射すると、シス体への異性化を起こすことができ、その後、トランス−シス異性化に用いた光よりも長波長の光(例えば波長400〜550nm)を照射するか、又は加熱することにより、再びトランス体に変化させることができる。加熱温度は、例えば20〜100℃程度とすることができ、加熱温度が高いほど高速でシス−トランス異性化を起こすことができる。また、照射する光としては、例えば高圧水銀灯の輝線である313nm、365nm、407nm、436nm;YAGレーザーの第2及び第3高調波である355nm、532nm;又はアルゴンイオンレーザーの458nm、488nm、514nm等を用いることができる。光強度については、0.1〜100mW/cm2程度が好ましい。
【0066】
このように、本発明に係る光学活性化合物は、光照射等によりアゾベンゼン部位の異性化を可逆的に起こすことにより、ビナフチル部位のキラリティーを可逆的に変化させる(以下、「キラルスイッチング」ともいう)ことができる。このキラリティーの変化は、旋光度の変化として現れる。本発明に係る光学活性化合物は、この光照射によるスペクトル変化を利用して光書き換え可能な光記録用材料として用いることができる。また、本発明の光学活性化合物には、S体及びR体があり、S体及びR体は互いに対掌のキラリティーを有するため、得られる旋光度は左右対称になる。よって、S体及びR体を併せて利用することにより記録のバリエーションを増やすことができ、更に複数種の化合物を組み合わせて使用することにより、記録のバリエーションをより一層増やすことができる。また、本発明に係る光学活性化合物は、加工が容易であるという利点も有する。また、後述する実施例1に示す化合物のようにキラリティーの変化がCDスペクトルの変化として現れる物質もある。
【0067】
〔本発明に係る光学活性化合物の用途:光学フィルム、情報記録媒体〕
本発明に係る光学活性化合物の用途として光学フィルムが挙げられる。この場合、光学フィルムは本発明に係る光学活性化合物を含めばよい。
【0068】
本発明に係る光学活性化合物を含む光学フィルムは、例えば、本発明の光学活性化合物を、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン、クロロホルム等の適当な溶媒に溶解して調製した塗布液を、基板上に塗布、乾燥することにより作製することができる。前記基板としては、石英、ガラス、ポリメタクリル酸メチル、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリカーボネート、ポリイミド等の公知の基板を用いることができる。塗布方法としては、公知の方法を用いることができるが、中でも、スピンコート法を用いると、本発明の化合物を高分子等へ分散させることなく、均一な薄膜を容易に形成することができる。こうして形成された光学フィルムは、本発明に係る光学活性化合物を含み、好ましくは本発明に係る光学活性化合物からなるものである。但し、前記光学フィルムには、本発明に係る光学活性化合物以外にも、目的に応じて適宜、添加剤を添加することもできる。
【0069】
本発明に係る光学活性化合物の用途としては、基板上に光記録層を有する情報記録媒体を挙げることができる。この場合、情報記録媒体は、本発明に係る光学活性化合物を含めばよい。前記光記録層は、本発明に係る光学活性化合物を含むものである。前記光記録層及び前記基板は、前述した通りである。なお、前記光記録層の上に、例えば保護層等の更なる層を設けることも可能である。前記光学フィルム及び光記録媒体の厚さは、用途に応じて適宜決定すればよく、例えば10nm〜10μmとすることができる。
【0070】
本発明の光学活性化合物を用いた光学フィルム及び情報記録媒体に対し、光を照射することにより、光学フィルム又は光記録層に含まれる化合物中のアゾベンゼン部位をトランス体からシス体へ変化させることができ、再度光照射等を行なうことにより、シス体からトランス体へ変化させることができる。本発明では、この可逆的な異性化によってビナフチル部位のキラリティーを可逆的に変化させることにより、情報の記録、書き換えを容易に行なうことができる。また、本発明の光学活性化合物を用いた光学フィルムは、光照射によってビナフチル部位の捻れ構造を変化させることができるため、この性質を利用してカラーフィルター、偏光マスク等として使用することもできる。
【0071】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0072】
〔実施例1:化合物の合成1〕
以下の合成経路(I)に従って、化合物(R)−1を合成した。
【0073】
【化17】

【0074】
前記合成経路(I)に示す(R)−5(2.00g,4.02mmol)及び化合物6(1.92g,4.02mmol)をジメチルホルムアミド(300ml)に溶解させ、炭酸カリウム(1.22g,8.83mmol)を加え、窒素雰囲気下、50℃で一晩撹拌した。反応液にクロロホルムを加え、水(×2)、0.1N塩酸、水、飽和食塩水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;ヘキサン:クロロホルム=1:9)で粗精製して、ついでゲル浸透クロマトグラフィーによって精製し、目的物(R)−1(759mg,0.957mmol)をシス,トランス体の混合物として得た(収率24%)。HRMS (ESI)[M+H] calcd for 792.3278, found 793.3303.。また、NMRによる測定結果は次の通りである。1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 1.2−2.1 (m, 4H), 3.2−4.3 (m, 8H), 4.88, 5.19 (ABq, νAB = 61.7 Hz, JAB = 11.2 Hz,; s, 4H), 6.4−7.5 (m, 26H), 7.73, 7.78 (two d, J = 8.4 Hz, 8.4 Hz, 2H).。
【0075】
〔実施例2:化合物の合成2〕
以下の合成経路(II)に従って、化合物(R)−2を合成した。
【0076】
【化18】

【0077】
前記合成経路(II)に示す化合物(R)−1(400mg,0.504mmol)をジクロロメタン(20ml)に溶解させ、四塩化チタン(111μl,1.01mmol)を0℃で加えた。5分後クロロホルム、酢酸エチル、氷水を加え、水(×2)、飽和食塩水で洗浄した。有機層を硫酸マグネシウムにより乾燥させ、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;ヘキサン:クロロホルム:酢酸エチル=2:3:1)で精製し、(R)−2(281mg,0.459mmol)を得た(収率91%)。HRMS (ESI) Calcd for C383226Na (M+Na): 635.2158. Found: 635.2147.。また、NMRによる測定結果は次の通りである。1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 1.4−1.9 (m, 4H), 3.5−4.0 (m, 8H), 6.54 (br s, 2H), 6.7−7.5 (m, 16H), 7.62, 7.73 (two d, J = 8.4 Hz, 8.4 Hz, 2H).。
【0078】
〔実施例3:化合物の合成3〕
以下の合成経路(III)に従って、化合物(R)−3を合成した。
【0079】
【化19】

【0080】
(R)−2(64mg,0.104mmol)をジメチルホルムアミド(4.0ml)に溶解させ、α−ブロモジフェニルメタン(257mg,1.04mmol)、炭酸カリウム(72mg,0.522mmol)を加えた。この溶液を窒素下、50℃で一晩(14時間)撹拌した後、クロロホルム及び0.1N塩酸を加え、0.1N塩酸(×3)、水、飽和食塩水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮した。残渣をゲル浸透クロマトグラフィーによって精製し、目的物(R)−3(36mg,0.0381mmol)をシス,トランス体の混合物として得た(収率37%)。HRMS (FAB) [M+H]calcd for 945.3904, found 945.3893.。また、NMRによる測定結果は次の通りである。1H NMR (400 MHz, CDCl3) δ 1.2−2.0 (m, 4H), 3.2−4.4 (m, 8H), 6.07, 6.43 (two s, 2H), 6.4−7.5 (m, 36H), 7.56, 7.61 (two d, J = 8.4 Hz, 8.0 Hz, 2H).。
【0081】
〔実施例4:化合物の合成4〕
以下の合成経路(IV)に従って、化合物(R)−3を合成した。
【0082】
【化20】

【0083】
(R)−2(30mg,0.0490mmol)をジメチルホルムアミド(1.5ml)に溶解させ、ヨウ化メチル(30μl,0.490mmol)、炭酸カリウム(34mg,0.245mmol)を加えた。この溶液を窒素下、室温で一晩(12時間)撹拌した後、クロロホルム及び水を加え、0.1N塩酸(×2)、水(×2)、飽和食塩水で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで乾燥し、減圧濃縮した。残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒;ヘキサン:クロロホルム:酢酸エチル=4:3:1→2:3:1)で粗精製し、目的物(R)−4(20mg,0.0312mmol)をシス,トランス体の混合物として得た(収率64%)。HRMS(ESI) [M+Na] calcd for 663.2471, found 663.2464.。また、NMRによる測定結果は次の通りである。1H NMR (300 MHz, CDCl3) δ 1.2−2.1 (m, 4H), 3.2−4.2 (m, 8H), 3.65, 3.83 (two s, 6H), 6.52, 6.61 (two d, J = 8.1 Hz, 8.1 Hz, 2H), 6.6−7.5 (m, 14H), 7.66, 7.71 (two d, J = 8.1 Hz, 8.1 Hz, 2H).。
【0084】
〔実施例5:光異性化反応〕
(R)−1、(R)−2、(R)−3、(R)−4をそれぞれクロロホルムに溶解させ、0.1g/dlの溶液を調製した。次にこの溶液を旋光度測定用の10cmセルへ注入した。ついでセルの長辺側へ365nm又は436nmの光を500秒間照射した。照射強度はいずれも10mW/cm2とした。異性化率の測定は高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)によって行なった(カラム;Intersil−100A,4.6×250mm,展開溶媒;ヘキサン:クロロホルム=1:1)。全てにおいてトランス体の方がシス体よりも保持時間が短いという結果が得られた。
【0085】
〔実施例6:比旋光度測定〕
(R)−1、(R)−3、(R)−4の比旋光度を測定した。旋光度の測定はJIS規格(K0063)に従った。測定波長はナトリウムD線(589nm)とし、測定温度は20℃で行なった。また、光照射はそれぞれ10回ずつ行なった。いずれの結果においても、再現性よく可逆的に変化した。表2に光照射後の比旋光度とそのときの異性体存在比率を示す。
【0086】
【表2】

【0087】
なお、(R)−2では大きな旋光度の変化は確認できなかった。このことから、前記一般式(1)の−OR1、−OR2のように、アルコキシ基であることによって大きな旋光度の変化を得ることができ、ここがヒドロキシル基であると十分な旋光度の変化が得られないことが示された。
【0088】
〔実施例7:トランス−シス異性化によるCDスペクトル変化〕
(R)−1のトランス−シス異性化によるCDスペクトル変化を測定した。365nmの光及び436nmの光をそれぞれ照射した以外は、特許文献2の実施例の段落〔0036〕の記載と同じ方法でCDスペクトルを測定した。結果を図1に示す。これにより、トランス−シス異性化によってキラリティーが変化することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、光スイッチング型デバイス材料等に利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される光学活性化合物。
【化1】

(X1、X2、X3及びX4は、それぞれ独立に、−NH2、−N(CH32、−H、−Cp2p+1、−SCq2q+1、−Cr2r+1、−OCs2s+1、−F、−I、−Br、−Cl、−COOH、−COOCt2t+1、−CONH2、COCH3、−CHO、−NO2又は−CN(ただし、p、q、r、s及びtは、それぞれ独立に1〜10の範囲の整数である)を示し、a及びbは、それぞれ独立に、1〜6の範囲の整数であり、R1及びR2は、それぞれ独立に、炭化水素基を示す)
【請求項2】
前記a及びbは、それぞれ独立に1〜3の範囲の整数である、請求項1に記載の光学活性化合物。
【請求項3】
前記R1及びR2は、それぞれ独立して、主鎖の炭素数が1〜20であり、置換基を有してもよいアルキル基である、請求項1又は2に記載の光学活性化合物。
【請求項4】
前記R1及びR2は、−CH3、−CH(C652、又は−CH265であり、前記a及びbは3である、請求項1に記載の光学活性化合物。

【図1】
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【公開番号】特開2010−209032(P2010−209032A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−58988(P2009−58988)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】