説明

光学物品およびその製造方法

【課題】シート抵抗の低い反射防止層を備えた反射防止フィルムを提供する。
【解決手段】フィルム基材1と、このフィルム基材1の上にハードコート層2を介して形
成された透光性の反射防止層3と、反射防止層3の1つの層32に添加された炭素、シリ
コンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかにより低抵抗化した表層域33とを含む反
射防止フィルム10を提供する。この反射防止フィルム10は、シート抵抗が、ごみの付
着が懸念される1×1012Ω/□よりも十分に低くなり、優れた帯電防止性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止機能を備えた、または反射防止機能を付与するための光学物品およ
びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
CRT、液晶表示装置、プラズマディスプレイパネル(PDP)等の光学表示装置にお
ける外光の表示画面上への写り込みを低減するために、可視光領域の光に対して反射率の
低い反射防止用のフィルム(積層体)を光学表示装置の前面に設けることが行われる。光
学表示装置のみならず、窓ガラス、眼鏡、ゴーグル等においても同様である。反射防止フ
ィルムに導電性を持たせることにより、電磁波シールド性能を付与できることも公知であ
る。例えば、電磁波シールド性を付与した反射防止フィルムをPDPの画像表示部の前面
に設けることにより、PDP内部から発生する不要電磁波をシールドすることができる。
また、電磁波シールド性を付与した反射防止フィルムを、無線LANを用いた施設の窓ガ
ラスに貼ることにより、建物の外から侵入してくる電磁波をシールドし、通信の混線を防
止することができる。
【0003】
このような反射防止フィルムとしては、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層とが、高屈折
率透明薄膜層と金属薄膜層との組み合わせを繰り返し単位として3回以上6回以下繰り返
して積層され、さらにその上に高屈折率透明薄膜層が積層された積層構造を有するものが
公知である。しかしながら、この反射防止積層体は、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層と
の組み合わせ回数が3回以上であるため、厚膜になって透明性が低下し、また、成膜工程
が増えるため、生産性が悪くなる。一方、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層との組み合わ
せ回数を減らすと、可視光領域の低波長側および高波長側の光に対する反射率が高くなり
、反射率が充分に低くなる光の波長の範囲が狭くなってしまう。
【0004】
このため、特許文献1には、透明基材と、高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層とが交互に
設けられた導電性反射防止層と、該導電性反射防止層の最外層の高屈折率透明薄膜層に接
する低屈折率透明薄膜層とを有する反射防止積層体、およびその反射防止積層体を有する
光学機能性フィルタが開示されている。高屈折率透明薄膜層と金属薄膜層とが交互に設け
られた導電性反射防止層に接するように低屈折率透明薄膜層を設けることにより、導電性
反射防止層の層数を減らすことができ、結果として、透明性および生産性が向上するとし
ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−184849号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された技術においても、高屈折率透明薄膜層と金属薄
膜層と、高屈折率透明薄膜層とを組み合わせる繰り返しが少なくとも1回は必要である。
さらに、特許文献1に開示された技術における金属薄膜層は、金、銀、銅、白金、アルミ
ニウム、パラジウム等の金属、これら金属の2種類以上を含んだ合金の層であり、これら
のうち、銀、銀を含む合金、銀を含む混合物が好適であるとされている。これらの金属は
低コストであるとは言えず、さらに、金は一般的に密着性が低く膜の剥れが発生する恐れ
がある。また、銀は腐食されやすく、酸化により導電性が低下するといった問題を含んで
いる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、可撓性の光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射
防止層を有する光学物品の製造方法である。この製造方法は、反射防止層に含まれる第1
の層を形成することと、第1の層の表面に、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なく
ともいずれかを添加することによりシート抵抗を低抵抗化することとを有する。炭素、シ
リコンおよびゲルマニウムは、身近な製品の素材、半導体基板の素材などとして使用され
ており、比較的低コストで入手可能な素材である。また、蒸着(イオンアシスト蒸着)、
スパッタリングなどの比較的簡単な方法で層の表面に添加できる。さらに、層の表面に添
加することにより、層の表面が炭素、シリコンおよびゲルマニウムのアモルファス金属に
より改質されると、その層の表面(表層域)を低抵抗化できる。また、炭素、シリコンお
よびゲルマニウムは、遷移金属と化合物を形成し、そのほとんどが低抵抗なものである。
このため、第1の層の表面に炭素、シリコンおよびゲルマニウムを添加し、第1の層の表
層域に化合物を形成することにより、表層域を低抵抗にすることが可能となる。
【0008】
さらに、第1の層の表面を改質することにより、第1の層の光学的性能に及ぼす影響を
最小限に止めることができる。炭素、シリコン(ケイ素)およびゲルマニウムの添加によ
り、第1の層の光吸収率の低下があるとしても、その低下を反射防止層の光学的性質の許
容範囲内に止めるように添加量を調整できる。
【0009】
また、炭素、シリコンおよびゲルマニウムを第1の層の表面に添加し、第1の表層域を
低抵抗にするので、金属薄膜層のような剥れの発生を抑制でき、また、銀などに比較して
炭素、シリコンおよびゲルマニウムのアモルファス金属および化合物は耐食性が高い。た
とえば、シリコンは、HF以外のほとんどの薬品に対して耐食性が高い。
【0010】
したがって、この製造方法を採用することにより、反射防止層の光学的性能に与える影
響を最小限に止めながら、シート抵抗(抵抗率)を下げることが可能となる。このため、
反射防止機能に加え、電磁波シールド、帯電防止効果などを備え、耐久性の高い光学物品
を、経済的に提供することが可能となる。
【0011】
第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成
可能な遷移金属を含む層であることが好ましい。低抵抗化のために添加された組成と、第
1の層に含まれる組成とにより導電性の表層域が形成されるので、形成された表層域と第
1の層とは機械的および/または化学的な相違は小さい可能性が高く、機械的および/ま
たは化学的により安定した反射防止層を備えた光学物品を製造しやすい。
【0012】
低抵抗化することは、さらに、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれ
かと化合物を形成する遷移金属を第1の層の表面に添加することを含んでもよい。化合物
が第1の層の表面(表層域)に形成されるようにすることで、さらにシート抵抗(抵抗率
)を下げたり、表層の機械的および/または化学的な安定性を向上できる可能性がある。
【0013】
反射防止層の典型的なものの1つは第1の層を含む多層膜である。本発明の製造方法は
、さらに第1の層に重ねて多層膜の他の層を形成することを含んでもよい。添加された組
成と、第1の層に含まれる組成とにより化合物が形成される場合は、第1の層に重ねて形
成される他の層との機械的および/または化学的な相違も小さくできる可能性が高く、低
抵抗で安定した性能の反射防止層を備えた光学物品を提供できる。
【0014】
本発明の光学物品の典型的なものは、反射防止用のフィルム(積層体)である。したが
って、本発明の光学物品の製造方法は、光学基材の反射防止層と反対側の面に粘着性の層
を形成することを含んでもよい。粘着性の層を備えた光学物品は、表示装置などに貼り付
けできる。
【0015】
本発明の他の態様の1つは、可撓性の光学基材と、光学基材の上に直にまたは他の層を
介して形成された反射防止層とを有する光学物品である。反射防止層は、炭素、シリコン
およびゲルマニウムの少なくともいずれかの添加により低抵抗化された表層域を含む第1
の層を備えている。この光学物品においては、第1の層の表面を炭素、シリコンおよびゲ
ルマニウムの少なくともいずれかを添加することにより、その層を含む反射防止層を備え
た光学物品のシート抵抗(抵抗率)を低減できる。したがって、反射防止機能に加え、電
磁波シールド、帯電防止などの機能を備えた光学物品を提供できる。
【0016】
さらに、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかの添加により低抵抗
化された表層域は反射防止層の第1の層および他の層との剥れは発生しにくく、炭素、シ
リコンおよびゲルマニウムを含むアモルファス金属および/または化合物を含む表層域は
、銀などからなる金属薄膜や透明な導電層の1つであるITO層と比較して、酸やアルカ
リなどの薬品に対して比較的耐久性が高い。
【0017】
第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成
可能な遷移金属を含む層であることが好ましい。低抵抗化のために添加された組成と、第
1の層に含まれる組成とにより低抵抗な化合物が形成できる。このため、表層域に含まれ
る化合物と第1の層とは機械的および/または化学的な相違を小さくできる可能性が高く
、機械的および/または化学的に安定した反射防止層を備えた光学物品を提供できる可能
性がある。
【0018】
表層域は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと遷移金属との化
合物を含むことが望ましい。表層域に化合物が形成されている場合、第1の層に含まれる
組成とによる化合物でもよく、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれか
とともに添加された金属との化合物であってもよい。化合物により、炭素、シリコンおよ
びゲルマニウムの少なくともいずれかのアモルファス金属よりも、さらにシート抵抗(抵
抗率)を下げたり、表層域の機械的および/または化学的な安定性を向上できる可能性が
ある。
【0019】
反射防止層の典型的なものの1つは多層膜であり、第1の層は、多層膜を構成する1つ
の層である。多層膜を構成する層の典型的なものは酸化物層であり、第1の層は、炭素、
シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む
層、典型的には酸化物層であることが好ましい。
【0020】
本発明の光学物品の典型的なものは、反射防止用のフィルム(積層体)である。光学基
材の反射防止層と反対側の面に形成された粘着性の層を備えている光学物品は、表示装置
などに貼り付けることにより反射防止機能に加え、電磁波シールド機能などを付加できる
。本発明の光学物品は、粘着性の層により光学基材が貼り付けられた基板を有してもよい
。透光性の基板を含み、反射防止機能に加え、電磁波シールド機能などを備えた光学物品
を提供できる。
【0021】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を介して光を入
力および/または出力するための光学装置とを有するシステムである。このシステムの典
型的なものは、CRTディスプレイ、液晶表示装置、プラズマディスプレイパネルなどで
ある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】反射防止層を含む反射防止フィルムの構造を示す断面図。
【図2】反射防止層の層構造を示す図。
【図3】反射防止層の層構造(タイプA)および評価結果を示す図。
【図4】反射防止層の層構造(タイプB)および評価結果を示す図。
【図5】図5(A)は、シート抵抗を測定する様子を示す断面図、図5(B)は平面図。
【図6】図6(A)は、耐薬品性試験の擦傷工程に使用される試験装置の外観を示す図、図6(B)は試験装置の内部構造を示す図。
【図7】耐薬品性試験の擦傷工程に使用される試験装置を回転することを示す図。
【図8】耐湿性試験におけるむくみを判定する装置の概略を示す図。
【図9】図9(A)は、サンプル表面にむくみのない状態を模式的に示す図、図9(B)はサンプル表面にむくみのある状態を模式的に示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の幾つかの実施形態を説明する。図1に、本発明の実施形態の反射防止フィルム
の構成を断面図により示している。反射防止フィルム10は、透光性で可撓性の光学基材
1と、光学基材1の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層3とを有する光
学物品の一例である。図1に示した反射防止フィルム10は、透明なフィルム基材1と、
フィルム基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成さ
れた透光性の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。また、
この反射防止フィルム10は、フィルム基材1の反射防止層3と反対側の面に形成された
粘着層5を含む。
【0024】
1. 反射防止フィルム
1.1 フィルム基材
フィルム基材1は、透明性および可撓性を備えている基材であればよく、その材質は、
例えば、トリアセチルセルロース、ジアセチルセルロース、アセテートブチレートセルロ
ース、ポリエーテルサルホン、ポリアクリル系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル
、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエーテル、トリメチルペンテン、ポリエーテル
ケトン、(メタ)アクリロニトリル等を例示できる。これらの中では一軸又は二軸延伸ポ
リエステル、特に、ポリエチレンテレフタレート(PET)が透明性及び耐熱性に優れ、
光学的に異方性が無い点でフィルム基材1として好適なものの1つである。
【0025】
1.2 ハードコート層(プライマー層)
フィルム基材1の表面に形成されるハードコート層2は、反射防止フィルム10の耐擦
傷性を向上するためのものである。ハードコート層2に使用される材料として、アクリル
系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹
脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、
スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等を挙げること
ができる。ハードコート層2の一例は、シリコーン系樹脂であり、金属酸化物微粒子およ
びシラン化合物からなるコーティング組成物を塗布し硬化させてハードコート層を形成で
きる。このコーティング組成物にはコロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等
の成分が含まれていてもよい。
【0026】
金属酸化物微粒子の具体例は、SiO2、Al23、SnO2、Sb25、Ta25、C
eO2、La23、Fe23、ZnO、WO3、ZrO2、In23、TiO2等の金属酸化
物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子である。これら
の微粒子を、分散媒たとえば水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒にコロイド状に
分散させたものをコーティング組成物に混合できる。
【0027】
フィルム基材1とハードコート層2との密着性を確保するために、フィルム基材1とハ
ードコート層2との間にプライマー層を設けてもよい。プライマー層を形成するための樹
脂としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリ
ビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニ
ルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共
重合体等が挙げられる。密着性を持たせるためのプライマー層としてはウレタン系樹脂お
よびポリエステル系樹脂が好適である。
【0028】
ハードコート層2およびプライマー層の製造方法の典型的なものは、ディッピング法、
スピンナー法、スプレー法、フロー法によりコーティング組成物を塗布し、その後、40
〜200℃の温度で数時間加熱乾燥する方法である。
【0029】
1.3 反射防止層
ハードコート層2の上に形成される反射防止層3の典型的なものは無機系の反射防止層
と有機系の反射防止層である。無機系の反射防止層は多層膜で構成され、例えば、屈折率
が1.3〜1.6である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とを交
互に積層して形成することができる。層数としては、5層あるいは7層程度である。反射
防止層を構成する各層に使用される無機物の例としては、SiO2、SiO、ZrO2、T
iO2、TiO、Ti23、Ti25、Al23、TaO2、Ta25、NdO2、NbO
、Nb23、NbO2、Nb25、CeO2、MgO、SnO2、MgF2、WO3、HfO2
、Y23などが挙げられる。これらの無機物は単独で用いるかもしくは2種以上を混合し
て用いる。
【0030】
反射防止層3を形成する方法としては、乾式法、例えば、真空蒸着法、イオンプレーテ
ィング法、スパッタリング法などが挙げられる。真空蒸着法においては、蒸着中にイオン
ビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いることができる。
【0031】
有機系の反射防止層の製造方法の1つは湿式法である。例えば、内部空洞を有するシリ
カ系微粒子(以下、「中空シリカ系微粒子」ともいう)と、有機ケイ素化合物とを含んだ
反射防止層形成用のコーティング組成物を、ハードコート層、プライマー層と同様の方法
でコーティングして形成することもできる。中空シリカ系微粒子を用いるのは、内部空洞
内にシリカよりも屈折率が低い気体または溶媒が包含されることによって、空洞のないシ
リカ系微粒子に比べてより屈折率が低減し、結果的に、優れた反射防止効果を付与できる
からである。中空シリカ系微粒子は、特開2001−233611号公報に記載されてい
る方法などで製造することができるが、平均粒子径が1〜150nmの範囲にあり、かつ
屈折率が1.16〜1.39の範囲にあるものを使用することができる。この有機系の反
射防止層の層厚は、50〜150nmの範囲が好適である。この範囲より厚すぎたり薄す
ぎたりすると、十分な反射防止効果が得られないおそれがある。
【0032】
1.3.1 低抵抗化された表層域
さらに、本発明の実施形態の反射防止フィルム10においては、反射防止層3に含まれ
る少なくとも1つ層の表面に、炭素(カーボン)、ケイ素(シリコン)およびゲルマニウ
ムの少なくともいずれかを添加することにより、その層の表層域を低抵抗化している。図
1に示す反射防止フィルム10においては、最上層の低屈折率層31の下の高屈折率層3
2、すなわち、最上層の高屈折率層32の表面に、炭素(カーボン)、ケイ素(シリコン
)およびゲルマニウムの少なくともいずれかを添加することにより、その高屈折率層32
の表層域33を低抵抗化している。
【0033】
低抵抗化することは、低抵抗化の対象層(この例では高屈折率層)32の表層域33に
、炭素(カーボン)、ケイ素(シリコン)およびゲルマニウムのアモルファス金属領域を
設けることを含む。さらに、表層域33に、炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくと
もいずれかを含む化合物の領域を設けることを含む。特に、低抵抗化する対象層32が炭
素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかと化合物を形成可能な遷移金属を
含む場合は、炭素、ケイ素およびゲルマニウムを表面に注入、添加、あるいは打ち込むこ
とにより、表層域33を、化合物を含む領域に改質することができる。
【0034】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む化合物の1つは、シリサ
イドなどと称される遷移金属ケイ化物(金属間化合物)である。シリサイドの例としては
、ZrSi、CoSi、WSi、MoSi、NiSi、TaSi、NdSi、Ti3Si
、Ti5Si3、Ti5Si4、TiSi、TiSi2、Zr3Si、Zr2Si、Zr5Si3
、Zr3Si2、Zr5Si4、Zr6Si5、ZrSi2、Hf2Si、Hf5Si3、Hf3
2、Hf4Si3、Hf5Si4、HfSi、HfSi2、V3Si、V5Si3、V5Si4
VSi2、Nb4Si、Nb3Si、Nb5Si3、NbSi2、Ta4.5Si、Ta4Si、T
3Si、Ta2Si、Ta5Si3、TaSi2、Cr3Si、Cr2Si、Cr5Si3、C
3Si2、CrSi、CrSi2、Mo3Si、Mo5Si3、Mo3Si2、MoSi2、W3
Si、W5Si3、W3Si2、WSi2、Mn6Si、Mn3Si、Mn5Si2、Mn5Si3
、MnSi、Mn11Si19、Mn4Si7、MnSi2、Tc4Si、Tc3Si、Tc5Si
3、TcSi、TcSi2、Re3Si、Re5Si3、ReSi、ReSi2、Fe3Si、
Fe5Si3、FeSi、FeSi2、Ru2Si、RuSi、Ru2Si3、OsSi、Os
2Si3、OsSi2、OsSi1.8、OsSi3、Co3Si、Co2Si、CoSi2、Rh
2Si、Rh5Si3、Rh3Si2、RhSi、Rh4Si5、Rh3Si4、RhSi2、Ir
3Si、Ir2Si、Ir3Si2、IrSi、Ir2Si3、IrSi1.75、IrSi2、I
rSi3、Ni3Si、Ni5Si2、Ni2Si、Ni3Si2、NiSi2、Pd5Si、P
9Si2、Pd4Si、Pd3Si、Pd9Si4、Pd2Si、PdSi、Pt4Si、Pt
3Si、Pt5Si2、Pt12Si5、Pt7Si3、Pt2Si、Pt6Si5、PtSiを挙
げることができる。
【0035】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む化合物の他の1つは、ゲ
ルマニドなどと称される遷移金属ゲルマニウム化物(金属間化合物)である。ゲルマニド
の例としては、NaGe、AlGe、KGe4、TiGe2、TiGe、Ti6Ge5、Ti
5Ge3、V3Ge、CrGe2、Cr3Ge2、CrGe、Cr3Ge、Cr5Ge3、Cr11
Ge8、MnGe、Mn5Ge3、CoGe、CoGe2、Co5Ge7、NiGe、CuGe
、Cu3Ge、ZrGe2、ZrGe、RbGe4、NbGe2、Nb2Ge、Nb3Ge、N
5Ge3、Nb3Ge2、NbGe2、Mo3Ge、Mo3Ge2、Mo5Ge3、Mo2Ge3
MoGe2、CeGe4、RhGe、PdGe、AgGe、Hf5Ge3、HfGe、HfG
2、TaGe2、PtGeを挙げることができる。
【0036】
炭素、ケイ素およびゲルマニウムの少なくともいずれかを含む化合物のさらに異なる他
の1つは、カーバイドなどと称される有機遷移金属である。有機遷移金属の例としては、
SiC、TiC、ZrC、HfC、VC、NbC、TaC、Mo2C、W2C、WC、Nd
2、LaC2、CeC2、PrC2、SmC2が挙げられる。
【0037】
1.4 防汚層
反射防止層3の上に撥水膜、または親水性の防曇膜(防汚層)4を形成することが多い
。防汚層4は、光学物品(反射防止フィルム)10の表面の撥水撥油性能を向上させる目
的で、反射防止層3の上に、フッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる層を形成したも
のである。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301
208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合
物を好適に使用することができる。
【0038】
含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液(防汚層
形成用のコーティング組成物)として用いることができる。防汚層は、この撥水処理液(
防汚層形成用のコーティング組成物)を反射防止層上に塗布することにより形成すること
ができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法などを用いることができ
る。なお、撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を金属ペレットに充填した
後、真空蒸着法などの乾式法を用いて、防汚層を形成することも可能である。
【0039】
防汚層4の層厚は、特に限定されないが、0.001〜0.5μmの範囲が適している
。より好適なのは0.001〜0.03μmである。防汚層の層厚が薄すぎると撥水撥油
効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので適していない。また、防汚層の厚さが
0.03μmより厚くなると反射防止効果が低下する可能性がある。
【0040】
1.5 粘着層
粘着層5は、可視光領域の波長の光を透過し、かつ粘着性を有するものである。粘着層
5は、光学的性能の観点から、波長500〜600nmの光の屈折率が1.45〜1.7
であり、消衰係数がほぼ0であることが好ましい。粘着層5の材料としては例えば、ポリ
イソプレンゴム、ポリイソブチレンゴム、スチレンブタジエンゴム、ブタジエンアクリロ
ニトリルゴム等のゴム系樹脂、(メタ)アクリル酸エステル系樹脂、ポリビニルエーテル
系樹脂、ポリ酢酸ビニル系樹脂、ポリ塩化ビニル/酢酸ビニル系共重合体系樹脂、ポリス
チレン系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリ塩素化オレフィン系樹脂、ポリビニルブチラーレ
樹脂、シリコン系樹脂、ウレタン系樹脂などである。これらの樹脂に適当な粘着付与剤、
例えばロジン、ダンマル、重合ロジン、テルペン変性体、石油系樹脂、シクロペンタジエ
ン系樹脂を適宜添加してもよい。粘着層(接着層)5の膜厚は、1μm以上100μm以
下が好ましく、より好ましくは5μm以上500μm以下である。
【0041】
2. サンプルの製造
2.1 実施例1(サンプルS1)
2.1.1 フィルム基材の選択およびハードコート層の成膜
フィルム基材1としては、屈折率1.57の透明なポリエチレンテレフタレート(PE
T)フィルムを用いた。
【0042】
ハードコート層2を形成するための塗布液(コーティング液)を次のように調製した。
エポキシ樹脂−シリカハイブリッド(商品名:コンポセラン(登録商標)E102(荒川
化学工業(株)製))20重量部に、酸無水物系硬化剤(商品名:硬化剤液(C2)(荒
川化学工業(株)製))4.46重量部を混合、攪拌して塗布液(コーティング液)を得
た。このコーティング液を所定の厚さになるようにスピンコーターを用いて基材1の上に
塗布してハードコート層2を成膜した。塗布後のフィルム基材1を125℃で2時間焼成
した。
【0043】
2.1.2 反射防止層の成膜
一般的なイオンアシストを用いた電子ビーム蒸着(いわゆるIAD法)によりハードコ
ート層2の上に無機多層膜の反射防止層3を形成した。実施例1の反射防止層3の層構造
は、図2に示すタイプAである。すなわち、実施例1の反射防止層3の高屈折率層32は
、酸化チタン(TiO2)層であり、低屈折率層31は二酸化ケイ素(SiO2)層である
。具体的には、ハードコート層2が形成されたサンプルS1を真空蒸着チャンバー(図示
せず)内に入れ、真空蒸着チャンバー内の下部に蒸着材料を充填したるつぼを配置し、電
子ビームにより蒸発させた。同時にイオン銃によりイオン化した酸素(TiO2の成膜時
はArを付加する)を加速照射することにより、タイプAの構成でTiO2層32とSi
2層31とを交互に成膜した。
【0044】
TiO2層とSiO2層との成膜条件は以下の通りである。
<SiO2層の成膜条件>
成膜速度:2.0nm/sec
材料加熱の電子ビーム条件
加速電圧:7000V
加速電流:100mA
イオンアシストなし
成膜温度:60℃
<TiO2層の成膜条件>
成膜速度:0.2nm/sec
イオンアシスト条件
加速電圧:1000V
加速電流:150mA
2流量:20sccm
(Arは導入なし)
成膜温度:60℃
【0045】
2.1.3 低抵抗化
7層構造のタイプAの反射防止層3のうち、第6層(TiO2層)32を成膜後、第7
層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置を用い、Si(金属シリコン)を、アル
ゴンイオンを用いたイオンアシスト蒸着により第6層の表面に添加した。この処理により
、第6層32の表層域33をシート抵抗(表面抵抗率)が低下するように改質した。低抵
抗化の条件は以下の通りである。なお、第6層32の表層域33を低抵抗化した後に、第
6層32の表層域33に重ねて、最上層の低屈折率層31を第7層として成膜した。
<低抵抗化の条件(実施例1(サンプルS1))>
添加対象層:TiO2
添加組成:ケイ素
処理時間:10秒
加速電圧:1000V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
処理温度:60℃
【0046】
2.1.4 防汚層の成膜
反射防止層3を形成した後、酸素プラズマ処理を施し、蒸着装置内で、分子量の大きな
フッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)
を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500℃で加熱し、KY−130を蒸発さ
せて、防汚層4を成膜した。蒸着時間は、約3分間程度とした。酸素プラズマ処理を施こ
すことにより最終のSiO2層の表面にシラノール基を生成できるので、反射防止層3と
防汚層4との化学的密着性(化学結合)を向上できる。これにより、フィルム基材1の片
面にハードコート層2、タイプAの層構造の反射防止層であって1つの層の表層域が低抵
抗化された反射防止層3、および防汚層4を備えたサンプルS1が得られた。
【0047】
2.2 他の実施例(タイプA)
以下の実施例については、実施例1と同様にサンプルをそれぞれ製造した。ただし、低
抵抗化の条件のうち、以下の点をそれぞれ変更した。なお、以下では実施例1の低抵抗化
の条件と相違するものを中心として示しており、記載されていない条件は実施例1の低抵
抗化の条件と同じである。
【0048】
(実施例2(サンプルS2))
イオンアシスト条件
加速電圧:500V
Ar流量:20sccm
(実施例3(サンプルS3))
イオンアシスト条件
加速電圧:250V
2流量:20sccm
Ar流量:20sccm
(実施例4(サンプルS4))
添加組成:遷移金属ケイ化物(TiSi2化合物)
処理時間:10秒(成膜レート:0.08nm/sec相当)
材料加熱の電子ビーム条件
加速電圧:7000V
加速電流:200mA
イオンアシストなし
Ar流量およびO2流量:0
(実施例5(サンプルS5))
添加組成:ゲルマニウム
処理時間:10秒
イオンアシスト条件
加速電圧:800V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
(実施例6(サンプルS6))
添加組成:ゲルマニウム
処理時間:10秒
イオンアシスト条件
加速電圧:500V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
(実施例7(サンプルS7))
添加組成:ゲルマニウム
処理時間:40秒(成膜レート:0.1nm/sec相当)
材料加熱の電子ビーム条件
加速電圧:7000V
加速電流:300mA
イオンアシストなし
Ar流量およびO2流量:0
【0049】
2.3 他の実施例(タイプB)
以下の実施例については、実施例1と同様にフィルム基材1を選択し、ハードコート層
2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、実施例1と同様の蒸着装置を用い、図2のタ
イプBの層構造で示すように、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31とし、酸化
ジルコニウム(ZrO2)層を高屈折率層32として反射防止層3を成膜した。ZrO2
の成膜条件は以下の通りである。
<ZrO2層の成膜条件>
成膜速度:0.4nm/sec
(ガス導入無し)材料加熱の電子ビーム条件
加速電圧:7000V
加速電流:300mA
成膜温度:60℃
【0050】
さらに、5層構造のタイプBの反射防止層3のうち、第4層(ZrO2層)32を成膜
後、第5層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置を用い、Si(金属シリコン)
を、アルゴンイオンを用いたイオンアシスト蒸着により第4層の表面に添加した。この処
理により、第4層32の表層域33をシート抵抗(表面抵抗率)が低下するように改質し
た。低抵抗化の条件は以下の2通りである。なお、第4層32の表層域33を低抵抗化し
た後に、第4層32の表層域33に重ねて、最上層の低屈折率層31を第5層として成膜
した。
<低抵抗化の条件(実施例8(サンプルS8))>
添加対象層:ZrO2
添加組成:ケイ素
処理時間:10秒
加速電圧:1000V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
処理温度:60℃
<低抵抗化の条件(実施例9(サンプルS9))>
添加対象層:ZrO2
(ただし、添加対象層の表面に、TiOx(本例ではx=1.7)をイオンアシストせず
に10秒間蒸着(成膜レート0.2nm/sec)して下地処理した。)添加組成:ケイ

処理時間:10秒
加速電圧:500V
加速電流:150mA
Ar流量:20sccm
処理温度:60℃
【0051】
上記の条件で第4層の表層域33が低抵抗化された反射防止層3を形成した後、実施例
1と同様に防汚層4を成膜した(2.1.4参照)。
なお、上記では、下地処理にTiOxを用いた例で説明したが、TiOxの代わりにTi
2を用いてもよい。
【0052】
2.4 比較例
上記の実施例により得られたサンプルと比較するために、実施例1と同様にフィルム基
材1を選択してハードコート層2を成膜し、さらに、タイプAの反射防止層3と、タイプ
Bの反射防止層3とをそれぞれ備えたサンプルR1およびR2とを製造した。さらに、反
射防止層3に重ねて防汚層4を成膜した。
【0053】
これらのサンプルS1〜S9およびR1、R2の層構造を図3および図4にまとめて示
している。
【0054】
3. サンプル評価
上記により製造されたサンプルS1〜S9およびR1、R2について、シート抵抗、耐
薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)について評価した。それ
らの結果を図3および図4にまとめて示している。なお、以下の測定では、各サンプルS
1〜S9およびR1およびR2の反射防止フィルム10に粘着層5を設け、さらに、反射
防止フィルム10を透明なガラス基板100の上に粘着層5を介して貼り付けて評価基板
101を製造し、それらの評価基板101を用いた。
【0055】
3.1 シート抵抗
図5(A)および(B)に、各サンプルの表面のシート抵抗を測定する様子を示してい
る。この例では、測定対象の評価基板101の表面に貼り付けられたフィルムサンプル1
0の表面10Aにリングプローブ61を接触させ、シート抵抗を測定した。測定装置60
は、三菱化学(株)製高抵抗抵抗率計ハイレスタUP MCP−HT450型を使用した
。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有し、外側のリン
グ電極61aは外径18mm、内径10mmであり、内側の円形電極61bは直径7mm
である。それらの電極間に1000V〜10Vの電圧を印加し、各サンプルのシート抵抗
を計測した。
【0056】
図3および図4に測定結果を示している。サンプルR1およびR2の測定結果が示すよ
うに、低抵抗化していない場合はシート抵抗の測定値は5×1013Ω/□である。これに
対し、低抵抗化したサンプルS1〜S9のシート抵抗の測定値は、5×107Ω/□〜9
×1010Ω/□であり、抵抗値が従来のサンプルに比較し、2桁〜6桁(102〜106
程度小さくなる。すなわち、シート抵抗が1/102〜1/106になる。したがって、シ
リコン(ケイ素)およびゲルマニウムを添加することにより反射防止層3の1つの層の表
層域33を改質するだけでも大幅にシート抵抗が低下することが分かる。
【0057】
光学物品のシート抵抗を低減することにより幾つかの効果が得られる。典型的な効果は
、帯電防止および電磁遮蔽である。たとえば、帯電防止性の有無の目安は、シート抵抗が
1×1012Ω/□以下であると考えられており、サンプルS1〜S9は非常に優れた帯電
防止性を備えていることが分かる。
【0058】
3.2 耐薬品性および剥離
各サンプルの表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行い、反射防止層の剥がれの有無を
観察して耐薬品性を評価した。
(1)擦傷工程
図6(A)に示す容器(ドラム)71の内壁に図6(B)に示すように評価基板101
を4つ貼り付け、擦傷用として不織布73とオガクズ74を入れる。蓋をした後、図7に
示すようにドラム71を30rpmで30分間回転させる。
(2)薬液浸漬工程
人の汗を模した薬液(純水に乳酸を50g/L、塩を100g/L溶解した溶液)を用
意した。(1)の擦傷工程を経た評価基板101を、50℃に保持した薬液に100時間
浸漬した。
(3)評価
上記の工程を経た評価基板101を従来のサンプルであるサンプルR1およびR2を基
準に(リファレンスとして)目視により評価した。判断基準は以下の通りである。
○:基準のサンプルと比較し、傷がほとんど見えず、同等の透明性がある。
△:基準のサンプルに対して傷が見え、透明性が劣る。
×:基準のサンプルに対して層の剥離および多数の傷が見え、透明性が著しく低下した

【0059】
図3および図4に示すように、サンプルS1〜S9の評価はすべて○であり、低抵抗化
による剥がれの発生の増加、耐薬品性能の低下は見られなかった。したがって、本発明に
おける低抵抗化を採用した反射防止層を含む光学物品では、金などの金属薄膜層を採用し
た構成における剥がれの心配は少なく、銀などの金属薄膜層を採用した構成における腐食
の心配も少ないと考えられる。
【0060】
3.3 むくみの発生(耐湿性)の評価
(1)恒温恒湿度環境試験
作製した各サンプルを恒温恒湿度環境(60℃、98%RH)で8日間放置した。
(2)むくみの判定方法
上記の恒温恒湿度環境試験を経た各サンプルの表面または裏面の表面反射光を観察し、
むくみの有無を判断した。具体的には、図8に示すように、この測定では、凸面のガラス
基板100の表面にサンプル10を貼り付けた評価基板101を作った。この評価基板1
01の凸面10Aにおける蛍光灯75の反射光を観察した。図9(A)に示すように、蛍
光灯75の反射光76の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と
判定した。一方、図9(B)に示すように、蛍光灯75の反射光77の像の輪郭がぼやけ
ている、またはかすれて観察できるときは「むくみ有り」と判定した。
(3)評価 図3および図4に示すように低抵抗化したサンプルS1〜S9についてはむ
くみの発生は観測されず、すぐれた耐湿性を示した。たとえば、透明な導電膜であるIT
O(酸化インジウムと酸化スズとの混合物)を用いて抵抗値を低下することが考えられる
が、ITOは上記の実験でむくみが発生し、酸やアルカリなどの溶液に対して、耐性が乏
しいという問題がある。本発明における低抵抗化を採用した反射防止層を含む光学物品で
は、ITOを採用した構成におけるむくみの心配も少ないと考えられる。
【0061】
3.4 考察
実施例1〜9により得られたサンプルS1〜S9は、シート抵抗が低く、ケイ素または
ゲルマニウムを表面に添加することにより、優れた電磁シールド効果および帯電防止効果
を備えた反射防止フィルムを得られることがわかった。
【0062】
ケイ素(シリコン)を例に説明すると、高屈折率層であるTiO2層32の表面にSi
(金属シリコン、金属ケイ素)を適当なエネルギーでイオンアシスト蒸着することにより
、TiO2層32の表面あるいは表面を含む近傍、たとえば、サブナノから1nmあるい
はそれ以上の厚みの領域(表層域)33にアモルファスシリコンの領域あるいは部分が生
成される可能性がある。アモルファスシリコンは金属性なのでシート抵抗が低く、帯電防
止性能が得られる。
【0063】
さらに、TiO2層32の表面からサブナノから1nm前後程度あるいはそれ以上の厚
みの部分にSi原子が注入(添加)されることにより、層32を構成しているTiO2
シリコンとがミキシングされ、化学反応を起こしている可能性がある。すなわち、TiO
2層32にSi原子が添加され(叩き込まれ、打ち込まれ)、下地の材料であるTiO2
と化学反応を起こし、表面の近傍の領域33が改質される。その結果、表層域33の少な
くとも一部において、TiO2層のTi原子とSi原子とが反応し化合物であるTiSi
、TiSi2などのチタンシリサイドが形成される可能性がある。チタンシリサイド(た
とえば、TiSi2)の抵抗率は15〜20μΩ・cm(シート抵抗(20nm)は12
〜18Ω/□)と低く、導電性を向上でき、優れた電磁シールド性能および帯電防止性能
が得られる。
【0064】
さらに、アモルファスシリコンおよびシリサイドは、HF以外には溶けにくく化学的な
安定性が高い。また、TiO2層32に積層されるSiO2層31と同系統の組成なので、
多層膜である反射防止層3の機械的な安定性も損なわれにくい。さらに、TiO2層32
の表層域33をシリサイドに改質することによりSiO2層31との密着性を向上できる
可能性もある。したがって、シリコンを添加して低抵抗化することにより、剥がれが発生
しやすくなったり、腐食しやすくなったりする恐れは少ない。
【0065】
このように、TiO2層32の表面にシリコン(ケイ素)を添加することにより、Ti
2層32の表層域33の全体にわたり、あるいは部分的に、アモルファスシリコン、ま
たは、チタンシリサイド、さらにはチタンシリサイドの酸化物という領域を形成すること
ができ、それらの微小な導電領域(低抵抗な領域)の存在により反射防止層3の抵抗値を
低減でき、導電性を向上できると考えられる。このため、シリコンを添加する層は、反射
防止層3を構成する多層の特定の層に限定されることなく、いずれかの層でよく、さらに
、複数の層の表面にシリコンを注入しても同様の結果が得られると考えられる。
【0066】
また、シリコンの注入方法も、イオンアシスト蒸着に限らず、他の方法、たとえば、通
常の真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング等を用いて導入・混合することに
より反射防止層3を低抵抗化でき、帯電防止性能を向上できると考えられる。
【0067】
さらに、この方式では、TiO2層32の表面からサブナノから1nm前後程度の厚さ
、あるいは数nmの厚さの部分をシリコン注入により改質するだけで、十分な帯電防止性
能を発揮できる程度に低抵抗にすることができる。このため、シリコン注入により改質ま
たは形成される組成の光吸収率が高い場合であっても、表層域33による光吸収などを、
反射防止フィルム10の光学的性能にほとんど影響を与えない程度にとどめることができ
る。さらに、シリコンの注入により改質される表層域33が非常に薄く、光学的な性能に
与える影響が小さいので、反射防止層3の膜設計を変える必要も生じないであろう。
【0068】
サンプルS5〜S7の評価結果より、シリコンに代わり、ゲルマニウムを注入して低抵
抗化できることが分かる。ゲルマニウムを添加した場合の現象も、シリコンと同様に考え
ることができる。たとえば、特開平6−302542号公報には、チタンゲルマニド(T
iGe)の抵抗率(シート抵抗)が20μΩ/cm2であることが記載されている。ニッ
ケルゲルマニド(NiGe)の抵抗率は、14μΩ・cmであり上記のチタンシリサイド
(たとえば、TiSi2)と同等レベルの抵抗率である。
【0069】
シリコン、ゲルマニウムの代わりに炭素を添加してもよい。たとえば、SiCの抵抗率
は107〜200μΩ・cmであり、TiCの抵抗率は68μΩ・cmであり、ZrCの
抵抗率は63μΩ・cmである。
【0070】
ゲルマニウムおよび炭素は、シリコンと同じ第IV族元素であり、同様の電子構造を持
ち、周期律表のシリコンの上下に位置する組成である。ゲルマニウム、炭素は単体で、シ
リコンと同様にシート抵抗が小さく、さらに、シリコンと同様に遷移金属と低抵抗の化合
物を形成する。すなわち、シリコン、ゲルマニウムあるいは炭素を注入することにより表
層域33を低抵抗化することが可能であり、化学的および機械的に安定で、帯電防止性能
および電磁シールド性能に優れ、ごみの付着を抑制でき、さらに、光学的性質の低下もほ
とんどない反射防止フィルムを提供できる。
【0071】
シリコン、ゲルマニウムおよび炭素については、サンプルS4に示すように、これらの
金属と、シリサイドなどの化合物を形成する遷移金属とを共に注入してもよい。また、サ
ンプルS8およびS9に示すように、シリコン、ゲルマニウムまたは炭素を注入する対象
となる層はTiO2層に限定されることはなくZrO2層であってもよく、さらに、他の金
属酸化物層であってもよい。したがって、TiO2/SiO2、ZrO2/SiO2に限定さ
れることはなく、Ta25/SiO2、NdO2/SiO2、HfO2/SiO2、Al23
/SiO2など反射防止層3を構成するのに適した層構造に対し本発明を適用し低抵抗化
することができる。なお、上記の実施例で示した反射防止層の層構造は幾つかの例にすぎ
ず、本発明がそれらの層構造に限定されることはない。たとえば、3層以下、あるいは9
層以上の反射防止層に本発明を適用することも可能である。
【0072】
無機系の反射防止層だけでなく、有機系の反射防止層にも本発明を適用することが可能
である。たとえば、基材1の上に有機系の反射防止層を成膜する。サンプルS9に示すよ
うに、反射防止層の上に、イオンアシストを実施せず、厚さ数nm程度のTiOx層(或
いはTiO2層)を作る下地処理を行い、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくと
もいずれかをイオンアシスト蒸着により添加することによって、有機系の反射防止層の表
面を改質することができる。
【0073】
また、炭素およびケイ素(シリコン)は、身近な製品に多用されている低コストの素材
である。また、ゲルマニウムも、シリコンとともに半導体基板などの工業材料として多く
用いられている。したがって、炭素、ケイ素(シリコン)、または、ゲルマニウムを用い
て低抵抗化することにより、低コストで帯電防止性能および電磁シールド性能の優れた反
射防止フィルムを提供できる。
【0074】
反射防止フィルム10は、上述したように、CRTディスプレイ、液晶表示装置、プラ
ズマディスプレイパネルなどのシステムに用いることができる。また、光学表示装置に限
らず、窓ガラス、メガネ、ゴーグルなどの光学製品にも用いることができる。反射防止フ
ィルム10を用いることにより、外光の写り込みを抑制し、視認性を向上でき、さらに、
帯電防止機能および電磁波遮蔽機能を向上できる。この反射防止フィルム10は、可撓性
のフィルムの光学物品としても、剛性の高いガラス基板やプラスチック基板に貼り付けた
光学物品としても提供できる。
【符号の説明】
【0075】
1 フィルム基材、 2 ハードコート層、 3 反射防止層、4 防汚層、 5 粘着
層10 反射防止フィルム。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可撓性の光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層を有する光学
物品の製造方法であって、
前記反射防止層に含まれる第1の層を形成することと、
前記第1の層の表面に、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかを添
加することにより低抵抗化することとを有する、光学物品の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくとも
いずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層である、光学物品の製造方法。
【請求項3】
請求項1において、前記低抵抗化することは、さらに、炭素、シリコンおよびゲルマニ
ウムの少なくともいずれかと化合物を形成する遷移金属を前記第1の層の表面に添加する
ことを含む、光学物品の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、前記反射防止層は多層膜であり、
さらに、前記第1の層に重ねて前記多層膜の他の層を形成することを有する、光学物品
の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、さらに、前記光学基材の前記反射防止層と反対
側の面に粘着性の層を形成することを有する、光学物品の製造方法。
【請求項6】
可撓性の光学基材と、
前記光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された反射防止層とを有し、
前記反射防止層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともいずれかの添加に
より低抵抗化された表層域を含む第1の層を備えている光学物品。
【請求項7】
請求項6において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくとも
いずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層である、光学物品。
【請求項8】
請求項6において、前記表層域は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくともい
ずれかと遷移金属との化合物を含む、光学物品。
【請求項9】
請求項6ないし8のいずれかにおいて、前記反射防止層は多層膜であり、前記第1の層
は、前記多層膜を構成する1つの層である、光学物品。
【請求項10】
請求項9において、前記第1の層は、炭素、シリコンおよびゲルマニウムの少なくとも
いずれかと化合物を形成可能な遷移金属を含む層である、光学物品。
【請求項11】
請求項6ないし10のいずれかにおいて、さらに、前記光学基材の前記反射防止層と反
対側の面に形成された粘着性の層を有する、光学物品。
【請求項12】
請求項11において、さらに、前記粘着性の層により前記光学基材が貼りつけられた基
板を有する、光学物品。
【請求項13】
請求項6ないし12に記載の光学物品と、
前記光学物品を介して光を入力および/または出力する光学装置とを有するシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−231171(P2010−231171A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−199464(P2009−199464)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】