説明

光学素子およびその製造方法

【課題】光入射面内で任意の大きさと方向とを有する複屈折分布が形成された光学素子を提供する。
【解決手段】光学素子は、400〜1700nmの範囲の波長を有する光に対して0.001〜0.7の範囲の複屈折を有する媒質を含み、波長の0.01〜1倍の大きさを有した周期間隔を有した周期構造が表面に設けられ、媒質では複屈折の大きさと方向とが異なる複数の領域を有していることを特徴とする。これらの領域の各々では、媒質を構成する分子の配向方向と秩序とが異なっていることが好ましい。また、周期構造はナノインプリント技術により形成されることが好ましい。分子の配向方向と秩序とは、媒質に偏光照射を施し、さらに熱処理を施すことで制御されていることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細構造を備えた光学材料及び光学素子に関し、特に、微細構造による構造性複屈折と、この微細構造を成す媒質による複屈折(以下、媒質性複屈折)との双方を利用可能な光学素子及びその製造方法に関するものである。これにより、平面内の複屈折の設計自由度及び制御性が極めて高い光学素子が提供される。
【背景技術】
【0002】
身の回りにある電気製品には、光が利用されたものは数多くあり、光電界の振動方向である偏光状態を利用したものも多い。例えば、液晶ディスプレイは偏光を方向の制御によって、明暗を生み出しており、多くの偏光機能性フィルムによって構成されている。また、光磁気ディスクにおいては、入射光の偏光状態の変化によって、記録情報を読み取っている。したがって、個々の機器に最適な偏光を提供および利用するためには、光学素子平面内の複屈折分布の設計自由度が高くかつ高機能な光学素子が必要である(非特許文献1を参照)。
【0003】
ところで、物質(媒質)中に光が通過するとき,振動面の向きによってその進む速度が異なり、その結果、媒質から出た光は、通過速度の差の分だけ「位相差」が生じることになる現象を生じることがあり、これを一般に「複屈折」と呼ばれる。なお、ある材料で大きな位相差を示した場合、「この材料は複屈折が大きい。」或いは「この材料は光学的に異方性がある。」とも説明される。
【0004】
この複屈折を有する媒質に光波が入射すると、異方的な位相変化により、偏光状態が変化するため、複屈折の制御性の高い媒質を用いることが出来れば偏光制御性の高い光学素子が実現できる。これは以下の原理によって説明される。
【0005】
光電界ベクトル成分E,Eからなる波数kの光波が、方位角α方向に生じる異常光屈折率nおよび常光屈折率nを有する厚さdの媒体に入射した場合、この媒体から出射される光電界ベクトル成分E’,E’は、以下の式(1)で与えられる(非特許文献1、2を参照)。
【0006】
【数1】

【0007】
このとき、nとnの差を複屈折と呼び、一般的にΔn(=n−n)で表現される。したがって、この複屈折という物理現象は、その大きさであるΔnと誘起される方向αによって定義される。
【0008】
上記のように方向によって異なる屈折率を有する複屈折媒体あるいは媒質に光が入射すると、その方向の屈折率差に応じた位相差が光電界ベクトルの成分間に生じ、結果として偏光状態が変化することから、偏光制御素子として、特定の方向に一定の位相差を与える1/2波長板や1/4波長板が一般的に用いられている。これら従来の波長板は水晶板などを用いてその媒質性複屈折を利用して作られているが、その厚さは、適用波長に合わせて正確な精度が要求されるだけでなく、その厚さ自体も必要な位相差を確保するために非常に厚くなる。従って、複屈折の大きさと方向とを任意な分布を有する波長板を作製することは非常に難しかった。このように厚くて作製精度が要求される上記光学素子は素子の設計・生産上有益ではない。
【0009】
そのため、媒質性複屈折を利用した光学素子として、用途によっては位相差フィルムと呼ばれた透明薄膜も使用されている(非特許文献1を参照)。この位相差フィルムは、例えば、高分子フィルムを一方向に延伸したものであり、高分子材料の配向を利用する。しかしながら、このような位相差フィルムは、(1)一般的に波長分散を有しており、また、上記フィルム作製原理のためにフィルム平面内の複屈折は一様に均一な分布になり易く、結果として上述の波長板と同様に(2)複屈折の大きさと方向とを任意な分布を有するように設計し作製することは非常に難しいといった問題点があった。
【0010】
また、別の従来技術として、構造性複屈折を利用した光学素子も知られている(非特許文献3及び特許文献1、2を参照)。このような光学素子では、対象となる光の波長よりも十分に小さな周期構造(可視光の波長域を例にすると、100nm程度の微細な溝状の周期構造)があれば、その溝に平行な方向と直行した方向との間に有効屈折率の差が生じ、複屈折(つまり、構造に起因した複屈折)を発現する。適応波長帯域と溝周期の寸法との関係を考慮しながら素子を設計すれば、上記問題点の一つであった波長分散の影響を排除できるという利点はある。
【0011】
しかしながら、平面内で生じる複屈折の大きさと方向を任意の分布で得るという上記別の課題を解決するためには、各溝の深さやピッチが異なる複雑な溝構造を設計し作製する必要があり、迅速かつ柔軟な微細加工プロセスの開発が必要となる(特許文献3及び4を参照)。例えば、特許文献4に開示されたサブ波長複屈折光学素子は、構造性複屈折効果を用いて入射光の偏光方向による位相差を制御するものであるが、所望の複屈折分布を実現するには、素子の微細凹凸構造の高さ又は深さを素子の面内において一様でないように構成する必要があるため、実際に素子を設計・製作できる範囲は限られてくる。このような従来技術では、例えば、微細な構造を有しながらもその構造に起因した構造性複屈折を抑制したり、あるいは、その構造に形成される誘電率の境界に対してねじれた方向に複屈折を発現させたりすることはできない。
【0012】
以上のように、従来の偏光制御素子では、平面内で任意の大きさと方向とを有する複屈折分布を得ることは難しく、結果として偏光制御素子を利用した機器の高性能化や高機能化の実現が難しかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2004−170623号公報
【特許文献2】特開2008−96892号公報
【特許文献3】特開2006−106726号公報
【特許文献4】特開2008−14993号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】井出 文雄 監修、「ディスプレイ用光学フィルムの開発動向」、株式会社シーエムシー出版、2008年11月23日
【非特許文献2】青木 貞雄 著、「光学入門」、共立出版株式会社、2004年2月20日
【非特許文献3】Max Born,Emil Wolf 著、「Principles of Optics」、Cambrdge university press、2006年
【非特許文献4】平井 義彦 編集、「ナノインプリントの最新技術と装置・材料・応用」、株式会社フロンティア出版、2008年7月8日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、以上の状況を鑑みてなされたものであり、その目的は、平面内で任意の大きさと方向とを有する複屈折分布を形成可能な光学素子及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本願の発明者らは、媒質性複屈折を利用可能な液晶高分子材料を用意し、この材料表面にナノインプリントプロセスを適用することで周期構造を形成し構造性複屈折を発現させつつ、さらに偏光照射を行って材料内の分子配向を制御することで、任意の大きさと方向とを有する複屈折分布を材料平面に形成した光学素子を提供できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0017】
すなわち、本発明は次の構成を特徴とするものである。
[1] 400〜1700nmの範囲の波長を有する光に対して0.001〜0.7の範囲の複屈折を有する媒質を含み、前記波長の0.01〜1倍の大きさを有した周期間隔を有した周期構造が表面に設けられ、前記媒質では前記複屈折の大きさと方向とが異なる複数の領域が形成されていることを特徴とする光学素子。
を有する)
[2] 前記領域の各々は、前記媒質を構成する分子の配向方向と秩序とが異なっていることを特徴とする[1]に記載の光学素子。
[3] 前記周期構造はナノインプリント技術により形成されることを特徴とする[1]又は[2]に記載の光学素子。
[4] 前記媒質は、シンナメート基とメソゲンとを側鎖に有する光架橋性高分子液晶であることを特徴とする[1]〜[3]のいずれか1項に記載の光学素子。
[5] 前記媒質を構成する分子の配向方向と秩序とは、前記媒質に偏光分布を有した紫外光を照射し、さらに前記媒質に熱処理を施すことで制御されていることを特徴とする[2]〜[4]のいずれか1項に記載の光学素子。
[6] 周期構造を表面に有するモールドで光架橋性高分子液晶材料を加圧する工程と、
前記材料に偏光分布を有した紫外光を照射する工程と、
前記材料に熱処理を施す工程と、
を備え、
400〜1700nmの範囲の波長を有する光に対して0.001〜0.7の範囲の複屈折を有した媒質で形成され、
前記周期構造は、前記波長の0.01〜1倍の大きさを有した周期間隔を有し、
前記媒質では、前記複屈折の大きさと方向とが異なる複数の領域が形成されていることを特徴とする光学素子の製造方法。
【0018】
ここで、本発明の光学素子に適用可能な入射光の波長域は、400〜1700nmであり、より好適には、素子を構成する媒質が透明である場合にはその複屈折値は一般に赤外波長域では減少するため、可視光の波長域である400〜700nmである。
【0019】
また、本発明の光学素子の表面に設けられる周期構造の周期間隔は、一定であり、かつ、使用される入射光の波長に対して0.01〜1倍の大きさを有する。定量的には、周期間隔は4〜1700nmであり、作製上の容易性の理由から100〜1700nmが更に好ましい。
【0020】
また、本発明の光学素子を構成する媒質の複屈折は、0.001〜0.7の範囲、好ましくは0.25〜0.7の範囲、さらに好ましくは、0.4〜0.7の範囲の大きさを有する。このような複屈折値を有する材料として、以下の実施例で説明する光架橋性高分子液晶材料が挙げられるが、必ずしもこれに限定されない。例えば、0.5〜0.7程度の比較的高い複屈折値を有する材料としてアゾベンゼン構造の液晶高分子も公知である(Okano 他2名、Advanced Materials、2006、18、p.523−527)。なお、複屈折値が0.001より小さいと、本発明の光学素子を厚くする必要があるため好ましくなく、一方、複屈折値が0.7より大きいと、光吸収が大きくなることが予想されるため好ましくない。
【発明の効果】
【0021】
本発明の光学素子によれば、対象波長域の光に対して構造性複屈折を発現する単調な微細構造を有する媒体において、これを構成する媒質が有する媒質性複屈折が制御されているため、素子平面内に任意の大きさと方向とを有する複屈折分布を得ることができる。これにより、入射光に対して空間的な位相分布や偏光状態の分布等の変調が可能となる。
【0022】
また、例えば、媒質性複屈折を完全に抑制することで、表面に微細構造を有しながらも、光学的に等方的な(Δn=0)媒体を得ることも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】構造性複屈折を発現する構造を示した図である。
【図2】本発明の光学素子の作製手順の概要を示した図である。
【図3】本発明の光学素子の数値解析モデルを示した図である。
【図4】本発明の光学素子全体として得られる複屈折の大きさを示した図である。
【図5】本発明の光学素子全体として誘起される複屈折の方向を示した図である。
【図6】実際に作製された実施例1の光学素子の表面を原子間力顕微鏡で観察した図である。
【図7】実施例2の光学素子の数値解析結果を示した図である。
【図8】実施例3の光学素子の数値解析結果を示した図である。
【図9】実施例4の光学素子の数値解析結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照しながら本発明を実施するための形態について説明するが、本発明は以下の具体的な実施形態に何等限定されるものではない。
【0025】
(媒質性複屈折)
先ず本発明の光学素子の特徴を明確にするために、一般的に利用されている媒質性複屈折の発生原理を説明する。媒質性複屈折は、媒質を構成する原子及び分子がその化学構造に起因して又は分子配列によって誘電率異方性を発現する場合に生じる。分子配列による例としてセロハンテープが挙げられ、延伸加工時の分子配向によって複屈折を生じる。しかしながら、このような発生原理に従う媒質性複屈折を空間的に微細に制御するのが困難なことは明らかである。また、このような媒質は、一般に波長分散特性を有しており、短波長域において吸収と複屈折が大きくなってしまう。
【0026】
(構造性複屈折)
次に、図1を参照しながら一般的な構造性複屈折について説明する。図1に示すように、対象となる波長λより小さな周期構造(図中、周期Λ)においても、その周期構造に起因した構造性複屈折(構造異方性とも呼ばれる)が生じる。この場合、適用する波長域λよりも十分に周期Λを小さくすることで、波長分散特性を極めて低くすることができる。ここで、上記周期構造は異なる誘電率を有する2種類の媒質(例えば、高分子材料とこの材料間に介在する空気)で構成されるが、入射光が上記周期構造を透過することが必要条件となる。このような周期構造を用いて、平面内に任意の複屈折分布を形成するためには、その周期構造の深さ、方向、幅、及び屈折率の全てを完全に制御しなければならないため、高度な微細加工技術と光学的設計技術が必要となることが欠点として挙げられる(非特許文献1及び特許文献4を参照)。
【0027】
本発明の光学素子は、媒質性複屈折と構造性複屈折との双方の長所を利用しつつ、下記のような構成を採用するため、上記のような課題を解決し、光入射面(素子平面)内に任意の複屈折分布を形成することが可能となる。
【0028】
(光学素子の構成)
本発明の光学素子は、分子配向制御可能な所定の高分子材料(媒質)に対して下記の独創的な工程を含んだナノインプリント技術を施すことによって提供される。具体的には、本発明のナノインプリント技術において、適正な加熱条件下で、所望の微細構造に対応した反転構造を有するモールドを媒質に押し付けることで、数10nmレベルの微細構造を形成することができる。リソグラフィーに代表される従来の微細加工技術のような多段のエピタキシャルプロセスとは異なり、素子構造の形成が一回の転写によって完了することがメリットである。なお、上記加熱条件下で、材料を極端に軟化させながらモールドに密着させることが必要となる。さらに、本発明のナノインプリント技術では、モールドを媒質に押し当て密着させた段階で、この媒質に偏光を照射して軸選択的な(つまり、照射された光の偏光方向に基づいた)分子の架橋反応を生ずる事が重要である。従って、本発明のナノインプリント技術は、光と熱を利用したナノインプリント技術であるといえる。
【0029】
本発明の光学素子の原料となる高分子材料として、例えば、以下の化学式1を有する材料が好ましい。
【0030】
【化1】

【0031】
この材料は、主鎖にメタクリレート、側鎖末端にシンナメート基を含んだ側鎖型高分子液晶である。この材料は、側鎖末端にあるシンナメート基が紫外偏光照射した際に軸選択的な光架橋反応を誘起する役割を果たすため、本発明の光学素子を構成する媒質として好ましい。光架橋反応後に分子が軟化し液晶相となる温度までこの材料を加熱すると、未反応分子が光架橋済みの部位に沿って自己組織的に配列する。したがって、紫外偏光の方向によって未反応分子を配向制御することが可能であり、任意に付与した紫外偏光方向に複屈折を誘起できる。また、その複屈折値はナノインプリント時の露光量で調整することができる。上記化学式1で示される材料において、可視光波長域で最終的に誘起される複屈折の最大値は約0.25である。
【0032】
この材料に上述したインプリントプロセスを適用すると、微細構造を有しつつ微細構造を構成する媒質分子が任意の方向に配向された光学素子が提供される。言い換えれば、任意の大きさと方向とを有する複屈折分布を材料平面に形成した光学素子が提供されるのである。
【0033】
図2は、本発明の光学素子の作製手順の概要を示した図である。高分子材料(好ましくは、上記高分子材料)からなる薄膜上に所望の微細構造に対応した構造を有したモールドを押し当てながらその材料の軟化点以上の温度まで加熱して、モールドパターンを付与する(図2(a)を参照)。つぎに、成型された材料平面に紫外偏光分布を照射する(図2(b)を参照)。これにより、光照射部位に光架橋部位(配向の軸となる部位)が形成される。その後、さらにこの材料を加熱する(図2(c)を参照)。これにより光架橋が起こらなかった周辺の未反応分子も光架橋部位に沿って自己組織的に配向されるようになる。そして、所望の分子配向分布を得た後、加熱を止め、モールドを離型すれば、本発明にかかる光学素子を得ることができる(図2(d)を参照)。
【0034】
上述のナノインプリントプロセスに適した高分子材料として、上記化学式1の材料の他、下記の化学式2及び化学式3に示される材料を利用してもよい。下記の材料でも、上記化学式1の材料と同様に偏光照射・加熱により偏光照射による軸選択的な分子配向を誘起可能である。
【0035】
【化2】

【0036】
上記化学式2に示す材料は、2つのトラン基からなるメソゲンを側鎖に有する光架橋性の高分子液晶であり、可視光波長域で0.4程度の大きな複屈折を発現することが可能である。なお、この材料は、化学式1に示す材料と同様に光架橋性反応を好適に誘起するシンナメート基を側鎖末端に有するが、メソゲンの構造が異なっているため複屈折値が異なっている。
【0037】
【化3】

【0038】
上記化学式3に示す材料は、水素結合構造のメソゲンを側鎖に有する光架橋性の高分子液晶であり、複屈折は可視光波長域で0.15程度であるものの、薄膜形成に適し、かつ、水素結合部を再構成することで複数回の分子配向制御が可能である。なお、この材料は、化学式1及び化学式2に示す材料と同様に光架橋性反応を好適に誘起するシンナメート基を側鎖部に有するが、メソゲンの構造が異なっているため複屈折値が異なっている。
【0039】
以上のような分子配向制御によって複屈折が生じる場合、その分子の長軸方向に屈折率が大きくなる。この分子の長軸方向を「異常光方向」と呼ぶのに対し、これと直交する方向を「常光方向」と呼ぶ。この異常光方向の屈折率と常光方向の屈折率との差が複屈折となる。
【0040】
(光学シミュレーション)
次に、本発明の実施形態の光学素子が発現し得る機能を検証するために、光学シミュレーションを行った。数値解析手法には、時間領域有限差分法(Finite Difference Time Domain method、FDTD法)を採用した。なお、FDTD法とは、マックスウェルの方程式を時間領域および空間領域で差分化して、光伝播を数値解析する手法である。
【0041】
図3(a)は、前記シミュレーションを実施するための解析モデルである。図示のように、光の進行方向はz軸に平行であり、媒質Aと媒質Bとによって画定される周期構造の周期はx軸方向に沿って定義され、y軸方向には一様である。ここで、媒質Aは、上述のような光架橋性高分子材料であり、図3(b)に示すように、xy平面内において角度βの方向に異常光方向を定義する。図示の場合、複屈折は異常光屈折率nと常光屈折率nとの差で定義される。一方、媒質Bは空気である。
【0042】
このように周期構造とそれを構成する媒質(例えば媒質A)の両者によって複屈折を生ずる光学素子において、素子全体として生じる複屈折の詳細を図4および5に示す。図4では、横軸は媒質Aの異常光方向角度βを示し、縦軸は角度βに対応した素子全体の複屈折の絶対値(大きさ)を示している。一方、図5では、横軸は図4の横軸と同様に媒質Aの異常光方向角度βを示し、縦軸は角度βに対応した素子全体の複屈折の異常光方向(つまり、複屈折が誘起されている方向)を示している。なお、図4及び図5に示す各曲線は媒質Aが有する複屈折の設定値Δn(=n−n)を変化させてみた結果であり、具体的には、白抜き丸印、黒色丸印、及び黒色三角印で示した曲線は、それぞれ、媒質Aの複屈折Δnを0.4、0.2、及び0.001に設定した場合の解析結果を示している。
【0043】
まず、媒質Aの複屈折が非常に小さい場合(Δn=0.001、図4及び図5の黒色三角印を参照)、横軸の角度βが変わっても、素子全体としての複屈折の大きさは0.1程度でほとんど変化せず(図4参照)、また、その誘起方向も90度で一定である(図5参照)。従って、この場合の媒質Aを採用した場合、素子全体の設計性・制御性はほとんど得られない。言い換えれば、素子全体としての複屈折は、素子の周期構造による構造性複屈折のベクトル成分が直接的に反映されたものとなっている。
【0044】
次に、媒質Aの複屈折Δnが0.2である場合(図4及び図5の黒色丸印を参照)を説明する。図4に示すように、横軸の角度βが90度の時に素子全体の複屈折の大きさは最大になり、複屈折が強調されている。一方、横軸の角度βが0度の場合には素子全体の複屈折の大きさが大幅に抑制されていることがわかる。また、図5を参照すると、素子全体として複屈折が誘起される方向は連続的に変化するものの、60〜90度の範囲に留まっている。従って、この場合の媒質を採用した場合、素子全体の複屈折の大きさに関しては有る程度制御可能であるが、その誘起方向に関しては制御性が若干低いことがわかる。
【0045】
次に、媒質Aの複屈折Δnが0.4である場合(図4及び図5の白抜き丸印を参照)を説明する。図4に示すように、横軸の角度βが90度の時に素子全体としての複屈折の大きさは最大になり、媒質Aの複屈折Δnが0.2である場合よりもさらに複屈折が強調されている。一方、角度βが0度の場合には素子全体のとしての複屈折が抑制されていることがわかる。また、図5を参照すると、素子全体として複屈折が誘起される方向は90度から0度までの広い範囲に亘って連続的に変化していることがわかる。従って、この場合の媒質を採用した場合には、その大きさと誘起方向とを効果的に制御できることがわかる。
【0046】
また、図4中の媒質の複屈折Δnが0.2の場合を例に取ると、その強調時(横軸βが90度近傍)には素子全体の複屈折値は約0.25にまで到達し、媒質性複屈折(Δn=0.2)と構造性複屈折(上述したように、Δn=0.001の場合の縦軸の値0.1)のどちらか一方の複屈折のみでは得られない大きな値が得られることがわかった。
【0047】
また、一様な周期構造を有し、これにより通常、一定の構造性複屈折の値(図4の例では、縦軸の値0.1)が発現するような構成の素子であっても、所定の複屈折を有する媒質Aを採用すれば、素子全体として複屈折値を構造性複屈折値以下に低減できることがわかった。図4では、例えばΔn=0.2の媒質Aに対して横軸の角度βを0度に設定したとき、素子全体の複屈折率値を0.02程度にまで低減できている。
【0048】
また、媒質Aにさらにより大きな複屈折を付与した場合(例えば、Δn=0.4の場合)には、構造性複屈折の方向(例:90度)と直交した方向(例:縦軸の角度βが0度)に、素子全体の複屈折を発現させることができることがわかった。
【0049】
本発明にかかる光学素子の利点は、上述のように媒質の複屈折制御性を介して素子全体での大きさと方向とをそれぞれ制御した複屈折の平面内分布を提供できる点にある。これにより、微小領域での空間的偏光制御を可能とする光学素子が実現できる。
【実施例1】
【0050】
化学式3に示す材料を有機溶媒に溶解し、ガラス基板上にスピンコートして厚さ数マイクロメートルの透明薄膜を作製した。これにピッチ2000nmのラインアンドスペースパターン(ラインとスペースとがそれぞれ1000nm)を有するモールドを用いたナノインプリントプロセスにより実施例1の光学素子を作製した。図6は、原子間力顕微鏡によって実際に観察した素子表面の画像であり、微細構造を有する光配向制御可能な媒質からなる光学素子を実現した。
【実施例2】
【0051】
さらに本発明の光学素子の機能性を実証するため、前述したFDTD法によるシミュレーションを実施した。以下の実施例2〜4に示すように幾つかの解析モデルを構築し、評価を行った。実施例2〜4に共通した解析モデルとして、図3(a)に示すように、光の入射面内で周期280nmが繰り返される周期構造を形成し、約20μmの幅と、光の伝播方向に600nm厚さと、を有する光学素子を想定した。光学素子の機能性の評価は、この光学素子に入射させた入射光(波長633nmの円偏光)の状態と、入射後、素子全体の複屈折分布により位相変化を受けた出射光の状態と、を比較することにより行った。
【0052】
解析モデルの媒質Aとして、前述のような光架橋性の液晶高分子材料を想定し、媒質Bとして空気を想定した。なお、前述したように、媒質Aはその分子配向により、xy平面内でnに対するnの差である複屈折Δnを角度βの方向に誘起できる。
【0053】
実施例2では、媒質Aの複屈折Δn(=n−n)が0.25となり、分子配向方向の角度βが90度の領域と0度の領域とが隣接するように解析モデルを異なる隣接する2種類の領域し、解析を行った。
【0054】
図7は、実施例2の上記解析モデルをFDTD法により解析した結果を示す。図7(a)は入射光である円偏光を示し、グラフの横軸と縦軸はそれぞれ光電界ベクトル成分E,Eを示す。図7(b)及び(c)は、上述の各領域を通過した出射光を示し、グラフの横軸と縦軸はそれぞれ光電界ベクトル成分E’,E’を示す。なお、上記パラメータE,E,E’,E’は上述の数式1における複屈折による光電界の位相変化と同様であり、後述の実施例3,4の解析結果を示す図8及び図9も同様のパラメータで表現されている。
【0055】
ここで、図7(b)に示す出射光1は、角度βが90度に設定された領域を通過した出射光であり、偏光状態が大きく変わっている。これは、媒質性複屈折と構造性複屈折との両者によって得られた大きな複屈折によって異常光方向と常光方向の間で大きな位相差が生じた結果によるものである。一方、図7(c)に示す出射光2は、角度βが0度の領域を通過した出射光であり、偏光状態はほとんど変わっていない。媒質性複屈折と構造性複屈折とが互いに直交した方向に生じているため、互いに打ち消しあい、結果としてこの領域は光学的に等方的となる。
【0056】
上記の解析結果は、実施例2の光学素子が一様な周期構造を有するにもかかわらず、一部分は強調された複屈折を有し、他の部分は光学的に等方的な光学特性を有することを示している。
【実施例3】
【0057】
次に、実施例3として、媒質Aの複屈折Δn(=n−n)が0.25となり、分子配向方向の角度βが一様に−25度となるように解析モデルを構築し、解析を行った。
【0058】
図8は、実施例3の上記解析モデルをFDTD法により解析した結果を示す。図8(b)に示す出射光は、図8(a)に示す入射光が、角度βが−25度に設定された領域を通過した後の偏光状態である。この解析結果から、偏光方位角が±45度のいずれかの方向からずれており、周期構造に対してねじれた方向に素子の複屈折が誘起されていることがわかる。
【0059】
上記の解析結果は、実施例3の光学素子が一様な周期構造を有するにもかかわらず、媒質Aの分子を周期構造からねじれた方向に配向させることで、周期構造とは異なる方向に複屈折を発現できることを示している。
【実施例4】
【0060】
次に、実施例4として、複屈折Δnと角度βおよび幅が異なる3種類の領域が隣接するように解析モデルを構築し、解析を行った。ここで、領域1では角度βが0度でΔnが0.25であり、領域2では角度βが90度でΔnが0.08であり、領域3では角度βが90度でΔnが0.25である。
【0061】
図9は、実施例4の上記解析モデルをFDTD法により解析した結果を示す。図9(b)、(c)、及び(d)にそれぞれ示す出射光1〜3は、図9(a)に示す入射光が、上記領域1〜3をそれぞれ通過した後の偏光状態を示す。隣接しあう各領域から、多様な偏光状態の分布を得られていることがわかる。
【0062】
上記の解析結果は、実施例4の光学素子が一様な周期構造を有するにもかかわらず、媒質Aの分子の配向方向と配向秩序とを適宜制御することで、光学素子面内で多様な複屈折の分布を形成できることを示している。
【0063】
以上、図面を参照しながら説明した本発明は、以下のような作用効果を奏する。本発明の光学素子は、素子面内で、空間的に複屈折の分布を設計し制御できる特徴を有しており、構造性複屈折と媒質性複屈折との両者を複合して利用可能である。
【0064】
本発明によれば、一様な周期しか持たない簡素なモールドで、面内複屈折分布のある光学素子を作製することができる。
【0065】
本発明によれば、表面構造を利用した高効率電極構造を備えつつ、入射偏光の制御が可能な透明薄膜を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の光学素子の製造方法は、簡素なモールドで利用して複雑な複屈折分布を形成した光学素子を安価に作製できる。また、このように作製された本発明の光学素子は、位相差板や液晶表示装置などの光学機器に広範囲に利用できる等、産業上の利用可能性が高い。
【0067】
単純な例では、空間を伝播する光の偏光状態の分布を撮影する偏光カメラの微細偏光子アレイに本発明を応用できる。また、本発明の方法で、反射防止膜等に用いられている微細構造に任意の偏光依存性を付加することによって、特定の偏光にのみ反射板として働く偏光分離素子を実現可能である。また、本発明の光学素子で作製した屈折率分布型レンズを搭載させることによって、複屈折分布を有する集光素子などが実現できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
400〜1700nmの範囲の波長を有する光に対して0.001〜0.7の範囲の複屈折を有する媒質を含み、前記波長の0.01〜1倍の大きさの周期間隔を有した周期構造が表面に設けられ、前記媒質では前記複屈折の大きさと方向とが異なる複数の領域が形成されていることを特徴とする光学素子。
【請求項2】
前記領域の各々は、前記媒質を構成する分子の配向方向と秩序とが異なっていることを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項3】
前記周期構造はナノインプリント技術により形成されることを特徴とする請求項1又は2に記載の光学素子。
【請求項4】
前記媒質は、シンナメート基とメソゲンとを側鎖に有する光架橋性高分子液晶であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項5】
前記媒質を構成する分子の配向方向と秩序とは、前記媒質に偏光分布を有した紫外光を照射し、さらに前記媒質に熱処理を施すことで制御されていることを特徴とする請求項2〜4のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項6】
周期構造を表面に有するモールドで光架橋性高分子液晶材料を加圧する工程と、
前記材料に偏光分布を有した紫外光を照射する工程と、
前記材料に熱処理を施す工程と、
を備え、
400〜1700nmの範囲の波長を有する光に対して0.001〜0.7の範囲の複屈折を有した媒質で形成され、
前記周期構造は、前記波長の0.01〜1倍の大きさを有した周期間隔を有し、
前記媒質では、前記複屈折の大きさと方向とが異なる複数の領域が形成されていることを特徴とする光学素子の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−232460(P2011−232460A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−101262(P2010−101262)
【出願日】平成22年4月26日(2010.4.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人応用物理学会、2010年春季 第57回応用物理学関係連合講演会「講演予稿集」、平成22年3月3日
【出願人】(304021288)国立大学法人長岡技術科学大学 (458)
【出願人】(592216384)兵庫県 (258)
【Fターム(参考)】