光触媒体の製造装置
【課題】光触媒特性が優れ、生産性も向上でき、同時に暗所維持特性も良好な光触媒体の製造に用いて好適な光触媒体の製造装置を提供する。
【解決手段】大気よりも減圧された雰囲気中で基体の上に非晶質状の酸化チタンを堆積可能な光触媒体の製造装置であって、大気よりも減圧された雰囲気中で前記基体の上に酸化物からなる層を堆積可能とした堆積手段と、酸素を含む雰囲気中で前記基体を加熱可能とした熱処理チャンバと、をさらに備え、前記基体の上に前記非晶質状の酸化チタンを堆積した後に、前記熱処理チャンバにおいて加熱することにより前記酸化チタンの少なくとも一部を結晶化させ、しかる後に前記堆積手段により前記酸化物からなる被覆層を堆積可能としたことを特徴とする光触媒体の製造装置を提供する。
【解決手段】大気よりも減圧された雰囲気中で基体の上に非晶質状の酸化チタンを堆積可能な光触媒体の製造装置であって、大気よりも減圧された雰囲気中で前記基体の上に酸化物からなる層を堆積可能とした堆積手段と、酸素を含む雰囲気中で前記基体を加熱可能とした熱処理チャンバと、をさらに備え、前記基体の上に前記非晶質状の酸化チタンを堆積した後に、前記熱処理チャンバにおいて加熱することにより前記酸化チタンの少なくとも一部を結晶化させ、しかる後に前記堆積手段により前記酸化物からなる被覆層を堆積可能としたことを特徴とする光触媒体の製造装置を提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒体の製造装置に関し、特に、光の照射により活性種の生成を促進する光触媒作用を有する光触媒体の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化チタンを用いた光触媒性薄体が注目を集めている。「光触媒」とは、半導体的な物性を有し、その伝導電子帯と荷電子帯のバンドギャップエネルギーより大きいエネルギーを有する光が照射されると励起状態となり、電子・正孔対を生成する物質のことである。
アナターゼ型結晶構造の二酸化チタンでは、387nm以下の波長の光が照射されると光励起され、酸化還元反応に基づく分解反応と、その分解反応(活性)とはことなる親水化反応を同時に引き起こす。現在のところ、この二つの反応を同時に引き起こす金属酸化物として、酸化チタン、酸化錫及び酸化亜鉛が知られており、分解反応のみを引き起こす金属酸化物としては、チタン酸ストロンチウム及び酸化第二鉄が、親水化反応のみを引き起こす金属酸化物としては、三酸化タングステンが知られている。
【0003】
そして、これらの作用を利用して自己洗浄作用や、脱臭作用、抗菌作用等を得ることができ、光触媒体を被覆した各種の部材、商品群が提案されている。
このような光触媒体の製造方法としては、バインダー法、ゾルゲル法、真空蒸着法などの各種の方法が提案されている。
【0004】
バインダー法は、接着性を有するバインダー中に微粒子状の酸化チタンを分散させ、所定の基体上に塗布した後、加熱乾燥させる方法である。しかし、この方法によると、微粒子状の酸化チタンがバインダーの間に埋もれてしまうため、光触媒作用が損なわれやすいという問題がある。
【0005】
また、ゾルゲル法は、チタンを含有するチタンキレートやチタンアルコキシドなどの液剤を所定の基体の上に塗布し、乾燥させた後に500℃以上の高温で焼成することにより光触媒膜を得る方法である。しかし、500℃以上という高温の焼成工程が必要とされるため、耐熱性の点で基体として用いることができるものが極端に限定されてしまうという問題があった。
【0006】
またさらに、これらバインダー法やゾルゲル法などのいわゆる「湿式法」による場合、光触媒膜の耐久性が劣るという問題もあった。またさらに、これら湿式法による場合、膜の結晶性を高めて良好な光触媒作用を得るためには、その膜厚を400nm〜600nm程度とすることが必要であり、可視光帯における干渉作用によって「色むら」が生じやすいという問題もあった。
【0007】
これらの形成方法に対して、真空蒸着法やスパッタリング法などのいわゆる「乾式法」を用いた形成方法が提案されている。
例えば、特許第2901550号公報においては、真空蒸着法により酸化チタンと酸化シリコンとの積層構造を形成した光触媒体が開示されている。
また、特開2000−126613号公報においては、反応性スパッタリング法を用いて酸化シリコンを堆積する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第2901550号公報
【特許文献2】特開2000−126613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、これら乾式法による場合においても、成膜条件と得られる光触媒膜の性能との関係には不明の点が多く、いまだ改善の余地があった。またさらに、これらの方法による場合、一般的に成膜速度が低いために、生産性やコストの点で改善すべき点があった。
【0010】
本発明はかかる知得に基づいてなされたものであり、その目的は、光触媒特性が優れ、生産性も向上でき、同時に暗所維持特性も良好な光触媒体の製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の実施の形態によれば、大気よりも減圧された雰囲気中で基体の上に非晶質状の酸化チタンを堆積可能な光触媒体の製造装置であって、大気よりも減圧された雰囲気中で前記基体の上に酸化物からなる層を堆積可能とした堆積手段と、酸素を含む雰囲気中で前記基体を加熱可能とした熱処理チャンバと、をさらに備え、前記基体の上に前記非晶質状の酸化チタンを堆積した後に、前記熱処理チャンバにおいて加熱することにより前記酸化チタンの少なくとも一部を結晶化させ、しかる後に前記堆積手段により前記酸化物からなる被覆層を堆積可能としたことを特徴とする光触媒体の製造装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図であり、
【図2】図2は、本発明の光触媒膜の製造方法を表すフローチャートであり、
【図3】図3は、本発明において得られる非晶質状の金属酸化物から得られるX線回折パターンの典型例を表すグラフ図であり、
【図4】図4は、本発明の光触媒膜の製造方法に用いて好適な製造装置の要部構成を表す模式図であり、
【図5】図5は、スパッタリング中の基体100の温度変化を例示するグラフ図であり、
【図6】図6は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と放電電圧との関係を表すグラフ図であり、
【図7】図7は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と堆積速度との関係を表すグラフ図であり、
【図8】図8は、図3に表したものと同様の非晶質状の酸化チタンを熱処理した後に測定したX線回折パターンの典型例を表すグラフ図であり、
【図9】図9は、本発明により得られた光触媒膜10のワックス分解親水化試験の結果の一例を表すグラフ図であり、
【図10】図10は、熱処理温度と光触媒作用との関係を表すグラフ図であり、
【図11】図11は、スパッタ時の全圧が1Paの場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図12】図12は、スパッタ時の全圧を3.5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図13】図13は、スパッタ時の全圧を5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図14】図14は、図11乃至図13に表した結果を纏めたグラフ図であり、
【図15】図15は、スパッタ時の酸素分圧と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図16】図16は、本発明の第2の実施の形態によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図であり、
【図17】図17は、本発明の光実施形態の光触媒体の製造方法を表すフローチャートであり、
【図18】図18は、比較例としての製造方法を表すフローチャートであり、
【図19】図19は、本発明の第2実施形態の製造方法により製造した光触媒体と、図18に表した比較例の製造方法により製造した光触媒体の光触媒特性を評価した結果を例示するグラフ図であり、
【図20】図20は、被覆層30を設けた光触媒体の暗所維持特性を例示するグラフ図であり、
【図21】図21は、本発明の製造装置の具体例を表す概念図であり、
【図22】図22は、本発明の製造装置の第2の具体例を表す概念図であり、
【図23】図23は、本発明の具体例の製造装置を用いた場合の成膜プロセス時の基体100の温度履歴の一例を表すグラフ図であり、
【図24】図24は、本発明の製造装置の第3の具体例を表す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、独自に行った試作検討の結果、酸化チタンなどの光触媒材料をスパッタリングなどの方法により非晶質(アモルファス)状に形成し、しかる後に特定の条件で熱処理を施すと、極めて活性な光触媒膜が得られることを見いだした。
【0014】
この方法によれば、極めて高い生産性で低コストに光触媒膜を提供できるようになり、しかも、その膜厚が数10nmという薄膜でも高い光触媒作用を示すため、いわゆる「色むら」などの問題も解消することができる。
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、具体例を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の第1の実施の形態によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図である。
この光触媒体は、基体100の上に薄膜状に被覆された光触媒膜10を有する。基体100は、ガラスやセラミクスなどの無機材料、ステンレスなどの金属材料、あるいは高分子材料などの有機材料などの各種の材料からなり、各種の形状、サイズを有するものを用いることができる。
【0016】
一方、光触媒膜10の材料としては、金属の酸化物を主成分とする半導体を用いることができる。そのような半導体としては、例えば、酸化チタン(TiOx)、酸化亜鉛(ZnOx)、酸化スズ(SnOx)などの金属酸化物を挙げることができる。これらのうちでも、特に、酸化チタンは、光触媒として活性であり、また、安定性や安全性などの点でも優れる。そこで、以下、金属酸化物として酸化チタンを用いた場合を例に挙げて説明する。
【0017】
また、この光触媒膜10と基体100との間には、必要に応じてバッファ層20を設けることができる。バッファ層20は、基体100の表面状態を改善し、光触媒膜10の付着強度、膜質、耐久性などを改善する役割を有する。バッファ層20の材料としては、例えば、酸化シリコン(SiO2)を用いることができる。
【0018】
すなわち、このようなバッファ層20を設けることにより、基体100から光触媒膜10に不純物が混入することを防ぐことができる。また、基体100の表面状態を改質し、光触媒膜10の堆積や、後に説明する熱処理による結晶化の初期段階をより理想的な状態に制御するとが可能となる。
【0019】
例えば、基体100としてソーダライムガラスなどを用いる場合、ガラスに含有されているナトリウム(Na)などのアルカリ元素が光触媒膜10に拡散すると、光触媒特性が低下することがある。このような場合に、酸化シリコンなどからなるバッファ層20を設けることにより、不純物の拡散を防止し、光触媒特性の低下を防ぐことができる。
【0020】
また、基体100の表面がミクロな凹凸を有するような場合も、適度な厚みのバッファ層20を設けることにより、表面の凹凸を緩和させ、光触媒膜10の堆積の初期段階をより理想的な状態に近づけることができる。
【0021】
またさらに、光触媒膜10の上には、必要に応じて被覆層30を積層してもよい。被覆層30は、光触媒膜10の表面を保護し、さらに、暗所においても親水性を維持する役割などを有するものとすることができる。すなわち、光触媒膜10は、光の照射により親水性や分解力を発揮するが、光が照射されていない状態においては、これらの作用は停止する。これに対して、被覆層30の材料や膜厚を適当な範囲に設定すると、このような暗所においても、光触媒膜10により得られた親水性を維持することが可能となる。被覆層30としては、例えば、膜厚が数nm〜10nm程度の範囲の酸化シリコン(SiO2)を用いることができる。
【0022】
図2は、本発明の光触媒膜の製造方法を表すフローチャートである。
本発明においては、まず、基体100の上にバッファ層20を介して、あるいは介することなく直接に、光触媒膜10となるべき金属酸化物の層を形成する。この際に、本発明においては、金属酸化物を非晶質状に形成する。
【0023】
図3は、本発明において得られる非晶質状の金属酸化物から得られるX線回折パターンの典型例を表すグラフ図である。すなわち、同図は、反応性スパッタ法により得られた膜厚約50nmの非晶質状の酸化チタン膜の評価結果である。その成膜条件は、全圧1Pa、DC投入電力2kW、酸素添加率30%とした。また、ここでは、膜厚が薄いために、微小角入射法を用いてX線回折パターンを5回積算測定した結果を例示する。
【0024】
図3を見ると、回折角度2θが約24度の付近を中心としたブロードなハロー・パターンのみが観察され、結晶に起因するシャープなピークの存在は認められない。つまり、この酸化チタン膜は、実質的な非晶質状であることが分かる。
【0025】
なお、本願明細書において「非晶質状」とは、実質的に結晶質ではない状態をいい、これは例えば、図3に例示したようなX線による回折評価において、結晶に起因する有意なピークが得られない状態をいう。従って、金属原子と酸素原子とが完全に無秩序に配列した構造を「非晶質状」とすることはもちろんであるが、それ以外にも、原子オーダで見た場合に、短距離秩序(Short Range Order)構造や微結晶、あるいは微細な結晶核などが含有されたような状態も、「非晶質状」であるものとする。
【0026】
このような非晶質状の金属酸化物を形成する方法のひとつとして、「反応性スパッタリング法」を挙げることができる。
図4は、本発明の光触媒膜の製造方法に用いて好適な製造装置の要部構成を表す模式図である。すなわち、この装置はスパッタ装置であり、真空チャンバ101の内部には、チタンなどの金属を主成分とするターゲット102が陰極103に接続して設けられる。一方、陽極104側には、光触媒膜を堆積する基体100が設置される。
【0027】
成膜に際しては、まず、真空排気ポンプ106によりチャンバ101内を真空状態にして、ガス供給源107からアルゴン(Ar)および酸素(O2)の放電ガスを導入する。そして、電源110により陽極104と陰極103との間に電界を印加し、プラズマ放電108を開始する。すると、ターゲット102の表面がスパッタリングされ、金属チタンと酸素とが基体100の上で結合して酸化チタン膜10が形成される。ここで、電源110から投入する電力は、DC(直流)電力でもよく、RF(高周波)電力でもよい。
【0028】
さらに、基体100を保持する陽極104には、冷却機構120が設けられ、スパッタリング中あるいはその前後において、基体100を冷却して所定の温度範囲に維持可能とされている。この冷却機構120は、例えば、水あるいはフロン系絶縁性流体などの冷却用熱媒体を流す構造とすることができる。または、これら流体の代わりに冷却用媒体として気体を流してもよい。
【0029】
スパッタリング前に、脱ガス処理などのために予め基体を加熱し、あるいは、バッファ層20などを堆積した場合には、基体100の温度は室温よりも高い状態となっている。このような場合に、後に詳述するように、冷却機構120によって基体100を所定の温度まで冷却した後に、金属酸化物の堆積を開始することができる。
以上説明したようなスパッタリング装置においては、プラズマ放電のための投入電力、スパッタリング時の雰囲気ガスの圧力および組成、基体温度などを調節することにより、非晶質状の金属酸化物の薄膜が得られる。
【0030】
本発明者は、図4の構成において、ターゲット102として金属チタンを用い、ガス供給源107から酸素ガス(O2)とアルゴン(Ar)を導入して反応性スパッタリングにより酸化チタンを堆積した場合の成膜条件について詳細に検討した。
【0031】
以下に説明する具体例においては、特に明記しない限り、DC電源を用いたDCスパッタリング法により光触媒膜を形成した。また、スパッタリングに際して、基体100は、チャンバ101(接地電位)からフローティング状態とした。なお、基体100の温度は、サーモラベル109をその上に貼付して確認した。
図3に例示したような非晶質状の金属酸化物を得るためには、基体100の温度を低く維持し、成膜速度を上げることが望ましい。
【0032】
図5は、スパッタリング中の基体100の温度変化を例示するグラフ図である。ここでは、成膜条件A〜Cについて、基体100が室温の状態からスパッタリングを開始した場合の温度変化を表した。それぞれの条件は、以下の通りである。
【0033】
条件 投入DC電力 堆積速度 全圧 酸素添加率
A 2kW 18nm/分 1Pa 30%
B 2kW 22nm/分 3.5Pa 30%
C 3kW 36nm/分 5Pa 30%
図5からわかるように、基体100の温度が室温の状態からスパッタリングを開始した場合、スパッタ源からの熱輻射などにより、基体の温度は、時間とともに上昇し、投入電力に応じた飽和温度に到達する傾向が見られる。
その飽和温度は、主に投入電力に依存し、電力が2kWの場合は、概ね230℃、電力が3kWの場合は概ね300℃であった。
【0034】
但し、本発明においては、形成する薄膜の膜厚が薄いので、この飽和温度に到達するよりもはるか前に薄膜の堆積を終了する。例えば、条件Cの堆積速度は、36nm/分であるので、膜厚25nmの酸化チタンを成膜する所要時間は40秒程度となり、室温から堆積を開始した場合の基体100の最大温度は、50℃以下である。このように低い温度において高速で堆積した金属酸化物は、図3に例示したような非晶質状となる。
【0035】
図6は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と放電電圧との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、図4に例示したようなスパッタ装置において、投入DC電力を2kW、スパッタ時の全圧を1Paとした時に、ターゲット102と基体100との間に生ずる電圧を表す。
図6から分かるように、酸素を導入することにより、放電電圧は急激に上昇する。これは、チタン(Ti)ターゲット102の表面が酸化されるからである。そして、酸素添加率がある程度のレベルとなると、ターゲット102の表面は酸化膜に覆われた状態を維持するようになり、放電電圧は一定の値を示すようになる。
【0036】
図7は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と堆積速度との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、図4に例示したようなスパッタ装置において、投入DC電力を2kW、スパッタ時の全圧を1Paとした時の、酸素添加率に対する酸化チタン膜の堆積速度の関係を表す。
図7から分かるように、酸素添加率が約10%未満の場合に堆積速度は高く、酸素添加率が10%を越えると堆積速度はほぼ一定値となる。これは、概ね図6に表した放電電圧の変化に対応するものであり、酸素添加率によってチタンターゲット102の表面の状態が変化するからであると推測される。
【0037】
すなわち、酸素添加率が低い条件においては、チタンターゲット102の表面は十分に酸化されず、スパッタリング率が高いために、薄膜の堆積速度も上がる。これに対して、酸素添加率レベルがある程度以上になると、チタンターゲット102の表面は、実質的に酸化膜により覆われた状態となり、スパッタリング率が低下して、薄膜の堆積速度が低下するものと考えられる。
但し、後に詳述するように、最終的に得られる光触媒膜の光触媒作用は、成膜度の酸素添加率が10%以上の範囲においても良好であった。
以上、図3乃至図7を参照しつつ、非晶質状の金属酸化物を堆積するプロセス(ステップS1)の具体例について説明した。
【0038】
再び図2に戻って説明を続けると、本発明においては、このようにして得られた非晶質状の金属酸化物を、酸素を含有する雰囲気において熱処理する(ステップS2)。この熱処理は、酸素とそれ以外のガスとを所定の割合で混合することにより制御された雰囲気において実施してもよい。しかし、実用上は、大気雰囲気中で熱処理を実施することが最も容易であり且つ確実である。そこで、以下、大気雰囲気において熱処理する場合を中心に説明する。
【0039】
図8は、図3に表したものと同様の非晶質状の酸化チタンを熱処理した後に測定したX線回折パターンの典型例を表すグラフ図である。すなわち、同図は、膜厚約50nmの非晶質状の酸化チタン膜を、大気雰囲気において、600℃で60分間熱処理した後に、微小角入射法を用いてX線回折パターンを5回積算測定したものである。
【0040】
図8を見ると、図3と同様のハロー状のバックグラウンドを背景として、結晶質のピークが観察される。これらのピークは、アナターゼ構造の酸化チタン(TiO2)の、(101)、(200)、(211)、(105)、(204)回折ピークに対応するものである。つまり、熱処理によって、X線の干渉長(coherent length)のオーダあるいはそれ以上のサイズを有する酸化チタンの結晶粒が形成されたことが分かる。このようなアナターゼ構造を有する酸化チタンは、バンドギャップが約3.2eVの半導体であり、光触媒作用を示す。
【0041】
本発明者は、このようにして得られた光触媒膜10の光触媒作用を、「ワックス(WAX)分解親水化試験」により評価した。この試験は、光触媒膜10が有する光触媒作用のうちの、「分解作用」と「親水化作用」を併せて評価する試験である。「分解作用」とは、光触媒膜の表面で生ずる水酸基ラジカルやスーパーオキサイドなどの活性酸素種などによってワックスなどの有機材料が分解される作用のことである。また、「親水化作用」とは、光触媒膜の表面における親水性が向上する作用のことである。本発明者が実施したワックス分解親水化試験の内容は、概略以下の如くである。
【0042】
(1)光触媒膜10の表面を中性洗剤により洗浄して親水化させる。
(2)光触媒膜10の表面に固形ワックスを塗布し、室温で1時間乾燥させる。ここで用いた固形ワックスは、シュアラスター社製の商標名「ヒーロ」であり、その主成分は、カルナバロウである。
(3)光触媒膜10の表面を中性洗剤により洗浄した後、50℃で乾燥させる。
【0043】
(4)ブラックライト(BLB)を照射しながら、定期的に光触媒膜10の表面に形成した水滴の接触角を測定する。光触媒膜10の表面に形成されたワックスは、ブラックライトの照射による光触媒作用で分解される。表面にワックスが残留している状態では水滴の接触角は大きいが、ワックスが分解されると、水滴の接触角は小さくなる。
従って、ブラックライトの照射強度が低くても接触角が低下し、あるいは所定時間照射後の水滴の接触角が小さいほど、光触媒作用が活性であるといえる。
【0044】
図9は、本発明により得られた光触媒膜10のワックス分解親水化試験の結果の一例を表すグラフ図である。すなわち、同図の横軸はブラックライトの照射時間、縦軸は水滴の接触角をそれぞれ表し、光触媒膜10として、酸化チタンの膜厚をそれぞれ25nm、50nm、100nmとした3種類のサンプルについてプロットした。
【0045】
これらのサンプルは、図5に関して前述した条件B、すなわち投入電力が2kW、全圧が3.5Pa、酸素添加率が10%の条件で非晶質状の酸化チタンを成膜し、しかる後に、大気雰囲気において、600℃、60分間の熱処理を施して得られたものである。またここで、ブラックライトの照射強度は、50μW/cm2とした。
【0046】
図9を見ると、いずれの膜厚のサンプルにおいても、ブラックライトの照射と同時に接触角は急速に低下し、1時間後には10度を下回っている。そして、5時間後には4度(50nm、100nm)にまで低下し、25時間後には全てのサンプルで4度にまで低下している。つまり、光の照射と同時に顕著な光触媒作用が得られていることが分かる。
【0047】
しかも、膜厚が25nmと極めて薄いサンプルにおいても、光を1時間照射した接触角が10度を下回り、良好な光触媒作用が得られていることが分かる。このように膜厚を薄くすれば、成膜時間を短縮するができ高い生産性が得られる。またさらに、可視光の波長帯よりも一桁近く薄いために、「色むら」を解消することができる。その結果として、例えば、自動車のバックミラーや浴室の防湿鏡、窓ガラスなどに応用しても良好な視界を確保できる点で極めて大きな効果が得られる。
【0048】
なお、図9に表したデータにおいては、ブラックライトの照射強度を50μW/cm2としたが、通常、このようなワックス分解親水化試験においては、ブラックライトの照射強度を500μW/cm2とする場合が多い。つまり、本発明において、通常の条件よりも1桁低い強度を採用しても良好な分解特性が得られたことも特筆に値する。
【0049】
以下、同様のワックス分解親水化試験により評価した光触媒作用と、光触媒膜の形成条件との関係について説明する。
図10は、熱処理温度と光触媒作用との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図の横軸は酸化チタン膜の熱処理温度であり、縦軸は得られた光触媒膜をワックス分解親水化試験により評価してブラックライトを1時間照射した後の接触角を表す。
【0050】
ここで評価した光触媒膜は、いずれもソーダライムガラスの上に酸化シリコンからなるバッファ層20を介して反応性スパッタリング法により成膜した酸化チタン膜である。酸化シリコンバッファ層と酸化チタン層の膜厚は、それぞれ50nmとした。また、酸化チタン層の成膜条件は、投入DC電力を2kW、全圧を3.5Pa、酸素添加率を10%とした。また、熱処理は、いずれも大気雰囲気中で行い、その時間は60分とした。
【0051】
図10を見ると、熱処理温度が200℃を越えると接触角が下がり、光触媒作用が活性になることが分かる。熱処理温度が300℃以上においては、ブラックライト1時間照射後の接触角は6度にまで低下し、極めて活性な光触媒作用が得られていることが分かる。これは、300℃以上の熱処理によって、非晶質状態の酸化チタンからアナターゼ構造の結晶質の酸化チタンが形成されたことに対応するものと考えられる。
【0052】
次に、スパッタ成膜条件と光触媒特性との関係について説明する。
図11は、スパッタ時の全圧が1Paの場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、ソーダライムガラスの上に酸化シリコンバッファ層を介して酸化チタン層を形成したサンプルをワックス分解親水化試験により評価した結果を表す。ここで、酸化シリコンバッファ層と酸化チタン層の膜厚はいずれも50nmとした。また、酸化チタン層の成膜条件は、DCスパッタ法により投入電力を2kW、スパッタ時の全圧を1Paとした。そして、熱処理時間を60分、熱処理温度を300℃及び600℃とした場合のデータをそれぞれプロットした。
【0053】
図11を見ると、全圧1Paの場合、酸素添加率が10%においては得られる光触媒膜の接触角は60度前後と高いが、酸素添加率が30%に増加すると接触角は10度以下に低下し、さらに酸素添加率を50%に増加しても接触角は10度以下であることが分かる。
つまり、酸素添加率が10%よりも高い範囲において、光触媒作用が良好となる。全圧が1Paの場合、酸素添加率が10%以下であると、得られる酸化チタン膜における酸素の含有量が不足することが推測される。
【0054】
図12は、スパッタ時の全圧を3.5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。同図については、全圧以外の条件は、図11に表したものと同一とした。
図12を見ると、全圧が3.5Paの場合には、酸素添加率が0.2%よりも高く50%よりも低い範囲において光触媒膜の接触角は10度未満となり、良好な光触媒作用が得られることが分かる。また、この傾向は、熱処理温度が300℃でも600℃でもほぼ同一であることが分かる。全圧が3.5Paの場合、酸素添加率が0.2%以下であると得られる酸化チタン膜における酸素の含有量が不足し、酸素添加率が50%以上であると形成される酸化チタン膜の膜質が劣化することが推測される。
【0055】
図13は、スパッタ時の全圧を5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。同図についても、全圧以外の条件は、図11及び図12に表したものと同一とした。
図13を見ると、熱処理温度が300℃の場合には酸素添加率が13%から30%に上がるにつれて接触角も高くなることが分かる。これに対して、熱処理温度が600℃の場合は、酸素添加率が13%から30%の範囲において接触角は10度未満であり、良好な光触媒作用が得られることが分かる。
【0056】
全圧を5Paまで高くすると、得られる酸化チタン膜における非晶質度も大きくなることが推測される。つまり、酸化チタン膜中における原子の配列の無秩序性が増し、あるいは多量の欠陥が導入された状態となることが考えられる。また、スパッタリングの際の酸素の添加量が過多になると膜質がさらに劣化することが推測される。従って、このような薄膜を熱処理して結晶粒を得るためには、高い熱処理温度が必要となる。そして、300℃の熱処理ではスパッタリング雰囲気における酸素添加率の過多の傾向があらわれてしまうことが推測される。
【0057】
図14は、図11乃至図13に表した結果を纏めたグラフ図である。すなわち、同図の横軸はスパッタ時の全圧、縦軸は酸素添加率をそれぞれ表す。そして、同図において、プロットにより囲まれたハッチ部分は、ワックス分解親水化試験により良好な結果が得られた領域に対応する。つまり、この領域内の条件において酸化チタン膜を成膜すると、その後に熱処理を施すことにより良好な光触媒特性が得られる。
【0058】
以上、スパッタ時の全圧を1Pa、3.5Pa、5Paとした場合の酸素添加率についてそれぞれ説明した。しかし、これらの結果は、スパッタ時の「酸素分圧」として整理することができる。
【0059】
図15は、スパッタ時の酸素分圧と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、図11乃至図14に表したデータのうちで、熱処理温度を600℃とした場合のものをまとめてプロットしたグラフである。図15を見ると、スパッタ時の全圧には関係なく、酸素分圧が0.1Paよりも高く、1.75Paよりも低い範囲において、良好な光触媒特性が得られることが分かる。
【0060】
本発明者は、これらのサンプルについて、光電子分光法(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis:ESCA)によりチタン(Ti)と酸素(O)との組成比を調べた。その測定により得られた各ピークの存在比を以下にまとめる。
【0061】
サンプル番号 酸素分圧 Ti1 Ti2 Ti3 Ti4
1 0.1Pa 12 5 17 66
2 0.3Pa 1 1 1 97
3 0.5Pa 1 1 1 97
4 1.5Pa 1 1 2 96
5 1.75Pa 1 1 2 96
上記したTi1〜Ti4は、それぞれTi2pスペクトルの波形解析において採用した設定ピークを表し、それぞれ以下の結合状態に対応する。
【0062】
ピーク 結合状態 ピーク形状
Ti1 Ti 金属チタンの標準スペクトル
Ti2 TiO等 金属チタンの標準スペクトル
Ti3 Ti2O3等 金属チタンの標準スペクトル
Ti4 TiO2等 TiO2の標準スペクトル
この結果を見ると、サンプル1においては、TiO2に対応するTi4ピークの存在比が66%と低く、金属チタンTiに対応するTi1ピークの存在比が12%、TiO2に対応するTi2ピークの存在比が5%、Ti2O3に対応するTi3ピークの存在比が17%である。つまり、サンプル1は、平均組成をTiOxと表した場合の組成比xが約1.63と低いことが分かる。そして、このサンプルは、図15から分かるように、光触媒特性がやや不十分である。
【0063】
これに対して、サンプル2乃至4においては、いずれもTiO2に対応するTi4ピークの存在比が96%と高く、その平均組成をTiOxとした場合の組成比xは、1.96以上でTiO2に極めて近い組成比を有することが分かる。また、これらのサンプルは、熱処理を施すことにより、図15に表したように、極めて活性な光触媒特性を示す。
【0064】
これらの結果から、TiOxの組成比xを実質的に2とした非晶質状態の酸化チタンを形成し、これを熱処理すると極めて活性な光触媒特性が得られることが分かった。
【0065】
またさらに、サンプル5についてみると、TiO2に対応するTi4ピークの存在比は96%と高く、その平均組成をTiOxとした場合の組成比xは、1.96以上でTiO2に極めて近い組成比を有することが分かる。しかし、このサンプルに熱処理を施しても、図15に表したように、活性な光触媒特性は得られない。これは、酸素が過多の雰囲気で成膜した場合でも、得られる酸化チタンの平均的な組成は化学量論的な値に近いが、多量の欠陥を含むなどの理由により膜質が劣化し、熱処理を施しても半導体としての物性が十分に得られないためであると推測される。
【0066】
以上の結果を纏めると、本発明において活性な光触媒膜を得るためには、酸化が過多でない雰囲気において、化学量論的な組成を有する非晶質状の酸化チタンを成膜することが必要であるといえる。
【0067】
つまり、このようにしてスパッタ成膜した非晶質状の酸化チタン膜は、熱処理によりアナターゼ構造の結晶を形成し、活性な光触媒特性を示す。酸素分圧が0.1Pa以下の場合には、得られる酸化チタン膜の酸素の含有量が不足するために活性な光触媒特性が得られない。また、酸素分圧が1.75Pa以上の場合には、得られる酸化チタン膜の膜質が劣化するために、やはり活性な光触媒作用が得られない。
【0068】
以上説明したように、本発明の第1の実施形態によれば、所定の条件により非晶質状の酸化チタン膜を形成し、しかる後にこれを熱処理することにより、結晶状の酸化チタンを形成し、活性な光触媒作用を得ることができる。
【0069】
しかも、本発明によれば、極めて薄い光触媒膜でも、活性な光触媒作用を得ることができ、高い生産性を実現するとともに、可視光帯における「色むら」を解消でき、幅広い用途に光触媒体を適用することが可能となる。
【0070】
次に、本発明の第2の実施の形態として、光触媒膜の上に酸化シリコンなどからなる被覆層を設けた光触媒体の製造方法について説明する。
図16は、本発明の第2の実施の形態によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図である。
すなわち、本実施形態による光触媒体も、図1に関して前述したものと同様に、基体100の上に、酸化シリコンなどのバッファ層20を適宜介して、光触媒膜10が設けられる。これら基体100、バッファ層20、光触媒膜10については、第1実施形態に関して前述したものと同様とすることができるので、同一の符号を付して詳細な説明は省略する。
【0071】
さて、本実施形態においては、光触媒膜10の上に、さらに被覆層30が設けられる。被覆層30は、光触媒膜10の表面を、その光触媒作用が阻害されない範囲で、その表面を保護するとともに、親水性を維持させる作用を有する。すなわち、光が照射されている状態では、図1乃至図16に関して前述したように、光触媒膜10が活発な光触媒作用を発揮し、付着物を分解して高い親水性を維持する。しかし、光が照射されていない状態においては、光触媒膜10の光触媒作用は停止する。これに対して、適当な膜厚及び材料の被覆層30を形成すると、このような暗所においても、光触媒膜10により得られた親水性を維持することが可能となる。被覆層30の材料としては、親水性にすぐれた酸化物を用いることが望ましい。またさらに、長期間に亘る安定性や耐久性、あるいは紫外線などに対する耐光性及び耐候性の観点からは、無機酸化物を用いることが望ましい。このような無機酸化物としては、酸化シリコンや酸化アルミニウムを挙げることができる。本発明者の実験によれば、膜厚が数nm〜10nm程度の範囲の酸化シリコン(SiO2)を用いると良好な結果が得られることが判明した。
【0072】
図17は、本発明の光実施形態の光触媒体の製造方法を表すフローチャートである。
本実施形態においても、まず、ステップS1として、基体100の上にバッファ層20を介して、あるいは介することなく直接に、光触媒膜10となるべき非晶質状の金属酸化物の層を形成する。
【0073】
そして、次に、ステップS2として、酸素を含有した雰囲気中で熱処理を施す。
これらステップS1及びS2の内容は、第1実施形態に関して前述したものと同様とすることができるので、詳細な説明は省略する。
【0074】
さて、本実施形態においては、この次に、ステップS3として、被覆層30を形成する。本実施形態の製造方法は、これらステップS2とS3を実施する順番に、ひとつの特徴を有する。すなわち、図16に表したような光触媒体を製造する方法としては、光触媒膜10となる非晶質状の金属酸化物を堆積し、さらに、被覆層30を堆積した後に、熱処理を施すという順番も考えられる。
【0075】
図18は、このような順序による比較例としての製造方法を表すフローチャートである。
しかしながら、本発明者の検討の結果、図18に表したように被覆層30を堆積(ステップS2)してから熱処理(ステップS3)を施すと、光触媒特性が低下することが判明した。
【0076】
図19は、本実施形態の製造方法により製造した光触媒体と、図18に表した比較例の製造方法により製造した光触媒体の光触媒特性を評価した結果を例示するグラフ図である。すなわち、同図は、ワックス分解親水化試験の結果を表し、その横軸はブラックライトの照射時間、縦軸は表面における水滴の接触角をそれぞれ表す。
ここで製造した光触媒体は、基体100としてソーダライムガラス、バッファ層20として膜厚20nmの酸化シリコン、光触媒膜30として膜厚50nmの酸化チタン、被覆層30として膜厚7nmの酸化シリコンをそれぞれ用いたものである。
【0077】
ここで、酸化チタンはアルゴン(Ar)と酸素(O2)の混合ガスを用いた反応性スパッタリング法により堆積し、その成膜条件は、投入電力を2kW、全圧を3.5Pa、酸素添加率を10%とした。
また、被覆層30もアルゴン(Ar)と酸素(O2)の混合ガスを用いた反応性スパッタリング法により堆積し、その成膜条件は、投入電力を300W、全圧を3.5Pa、酸素添加率を30%とした。
また、熱処理(ステップS2)の条件は、いずれも、大気雰囲気中で600℃で1時間とした。
また、ワックス分解親水化試験におけるブラックライトの照射強度は、500μW/cm2とした。
【0078】
図19から、本発明による光触媒体は、初期の接触角が約27度と低く、ブラックライトの照射に伴って接触角が急速に低下し、図9に例示したものとほぼ同様の優れた触媒特性が得られていることが分かる。
【0079】
これに対して、比較例による光触媒体は、接触角の初期値は約26度と良好であったが、光を照射しても接触角の低下は緩慢で、光触媒特性が低下していることが分かる。これは、被覆層30として酸化シリコンを堆積した後に熱処理を施すと、被覆層30の膜質が変化して光触媒膜10の光触媒作用を阻害するためであると考えられる。
より具体的には、おそらく熱処理によって被覆層30の膜質が変化し、光触媒膜10の光触媒作用を阻害してしまうものと考えられる。
本発明の製造方法によれば、図17に表したように、熱処理を施した後に被覆層30を堆積することにより、光触媒膜10の光触媒作用の低下を防ぐことができる。
【0080】
図20は、被覆層30を設けた光触媒体の暗所維持特性を例示するグラフ図である。すなわち、同図は、図19に表したようにワックス分解親水化試験においてブラックライトを24時間照射した後に、ブラックライトの照射を停止して暗所状態とし、その後の水滴の接触角の変化を逐次測定した結果を表す。
【0081】
図20から、被覆層30を設けない(SiO2:0nm)光触媒体の場合には、光照射を停止した後に、接触角は順次増加し、8日後には約45度にまで増加していることが分かる。これに対して、被覆層30を設けた(SiO2:7nm)場合には、光照射を停止した後の接触角の増加は少なく、8日後でも約7度、30日後でも10度以下と、極めて優れた親水性を維持していることが分かる。
【0082】
以上説明したように、本発明によれば、図17に表したように熱処理を施した後に被覆層30を堆積することにより、光触媒膜10の光触媒作用を阻害することなく、極めてすぐれた暗所維持作用が得られる。その結果として、光が照射されている状態においても、光が微弱あるいは遮断された状態においても、表面の親水性を高いレベルに維持することができる光触媒体を実現できる。
以上、本発明の第1及び第2の実施形態として、光触媒体の製造方法について説明した。
【0083】
次に、本発明の光触媒体の製造に用いて好適な製造装置の具体例について説明する。
図21は、本発明の製造装置の具体例を表す概念図である。同図については、図4に関して前述したものと同様の要素には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。なお、図21においては、排気ポンプ106やガス供給源107は省略した。
【0084】
本具体例の装置は、酸化チタンなどの光触媒膜を堆積するチャンバ101と、加熱脱ガス処理を行う予備チャンバ201とが、ゲートバルブ301で連結された構造を有する。予備チャンバ201には、基体100を保持するステージ204が設けられ、ここに冷却機構120が備えられている。基体100は、光触媒膜の堆積に先だってステージ204に保持され、ランプやヒータなどの加熱機構210により加熱され、脱ガス処理をうけることができる。
この後、ゲートバルブ301を解放して図示しない搬送機構により基体100をチャンバ101の陽極104の上に移動し、光触媒膜を堆積する。
【0085】
この装置の場合、ステージ204に冷却機構102を設けることにより、脱ガス処理の後に、基体100を速やかに冷却して堆積工程を開始することができる。つまり、本発明においては、非晶質状の金属酸化物を堆積する必要があり、そのためには、堆積時に基体100の温度を低く維持することが重要である。これに対して、本具体例の装置の場合、ステージ204に冷却機構120を設けることにより、脱ガス加熱後の基体100を直ちに冷却して堆積を開始することができるので、成膜工程のスループットを上げることができる。
また、予備チャンバ201の内部を、大気などの酸素を含んだ雰囲気として基体100及びその上に堆積した非晶質状の金属酸化物の層を加熱することにより、本発明の製造方法における熱処理を行うこともできる。
【0086】
図22は、本発明の製造装置の第2の具体例を表す概念図である。同図についても、図4あるいは図21に関して前述したものと同様の要素には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。なお、図22においても、排気ポンプ106やガス供給源107は省略した。
【0087】
本具体例の装置は、チャンバ101に、チタンなどの光触媒膜を堆積するためのターゲット102とは別に、酸化シリコンのターゲット402を備えている。すなわち、酸素を含有した雰囲気中で陰極403に高周波電源410から高周波バイアスを印加することにより、プラズマ408を形成する。このようにして酸化シリコンターゲット402をスパッタリングして基体100の上に酸化シリコンを堆積することができる。
【0088】
図23は、本具体例の製造装置を用いた場合の成膜プロセス時の基体100の温度履歴の一例を表すグラフ図である。すなわち、同図の横軸はプロセス経過時間(秒)を表し、縦軸は基板(基体100)の温度を表す。
図23に例示した具体例の場合、(1)加熱プロセス、(2)搬送時間、(3)バッファ層20の堆積、(4)冷却、(5)金属酸化物の堆積、という一連のステップが実行される。
【0089】
まず、(1)加熱プロセスにおいては、基体100が予備チャンバ201において加熱機構210により真空中で加熱され、昇温される。このプロセスにより、基体100の表面に吸着したガス分子や水分が放出され、表面が清浄化される。図6に表した具体例の場合、基体100を約300℃まで加熱している。但し、このステップにおける最大加熱温度は、基体100の材質や、表面の清浄度、あるいは成膜工程に要求されるスループットなどの観点から適宜決定することができる。
【0090】
次に、(2)搬送あるいは待機のステップにおいて、図示しない搬送機構により、チャンバ101に基体100を搬送する。この間に、図示したように基体100の温度は少し低下する。
次に、(3)SiO2すなわちバッファ層20を堆積する。SiO2の堆積も、スパッタリング法により行うことができる。この時に、スパッタ源からの熱輻射などによって基体100の温度はやや上昇し、その後に飽和する傾向を示す。
【0091】
次に、(4)冷却する。すなわち、陽極404の上に基体100を保持した状態で、冷却機構120を動作させることにより、基体100を迅速に冷却することができる。但し、この冷却は陽極404の上に保持した状態で行う必要はなく、陽極104に基体100を搬送し、この上において冷却してもよい。
【0092】
基体100を所定の温度まで冷却したら、(5)TiO2すなわち金属酸化物を堆積する。この時に、図5に関して前述したように、スパッタ源からの熱輻射などにより、基体100の温度は上昇する。しかし、堆積に先だって基体100を冷却し、開始温度を十分に下げてあるので、基体を低温に維持しつつ堆積を完了することができる。図23に表した具体例の場合、堆積開始温度は50℃以下で、金属酸化物の堆積が終了した時点の最高温度は約100℃に抑えられている。
【0093】
このように、本発明においては、冷却機構120あるいはこれと同等な冷却機構を設けることにより、金属酸化物を堆積する前に加熱処理を施したり、あるいはバッファ層20を堆積しても、基体100を迅速に冷却し、十分に低温に維持した状態で堆積することにより、非晶質状の金属酸化物を得ることができる。つまり、脱ガス処理などを行っても急速に冷却して直ちに非晶質状の薄膜を堆積することができ、成膜プロセスのスループットを上げることができる。
【0094】
なお、図23に表した成膜プロセスはひとつの具体例に過ぎず、この他にも多様な手順が同様に可能である。例えば、予備チャンバ201において脱ガス加熱後に、ステージ204の冷却機構120によって基体100を直ちに冷却してもよい。
【0095】
次に、本発明の第2の実施の形態にかかる製造方法を実施するのに好適な製造装置について説明する。
図24は、本発明の製造装置の第3の具体例を表す概念図である。同図についても、図4、図21あるいは図22に関して前述したものと同様の要素には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。なお、図24においても、排気ポンプ106やガス供給源107は省略した。
【0096】
本具体例の装置は、チャンバ101に連結された熱処理用チャンバ601をさらに有する。熱処理用チャンバ601は、ステージ604と加熱機構610とを有する。そして、基体100をステージ604に保持した状態で、チャンバ601内を酸素を含む雰囲気にし、加熱機構610により熱処理を施すことができる。
【0097】
この装置を用いた光触媒体の製造手順の一例を説明すると、以下の如くである。
【0098】
まず、基体100をチャンバ201に導入し、脱ガス加熱処理を施す。この際には、図21に関して前述したように、加熱処理を真空中で行うことが望ましい。
【0099】
次に、基体100をステージ404に搬送し、バッファ層20として、例えば酸化シリコンを堆積する。しかる後に、基体100をステージ104に搬送し、光触媒膜10として、例えば非晶質状の酸化チタンを堆積する。
次に、基体100をステージ604に搬送し、酸素を含む雰囲気中で熱処理を施すことにより、酸化チタンなどの金属酸化物の少なくとも一部を結晶化させ、結晶を含有する活性な光触媒膜を得る。
次に、基体を再びステージ404に搬送し、被覆層30として、例えば酸化シリコンを堆積する。
以上説明したように、本具体例によれば、加熱脱ガス用チャンバ201、堆積用チャンバ101、熱処理用チャンバ601をそれぞれ設けることにより、これら各工程を連続的に並行して実施することが可能となる。その結果として、本発明の製造方法を極めて効率よく実施でき、高性能の光触媒体を高い生産効率で製造することが可能となる。
【0100】
また、脱ガス加熱用チャンバ201と熱処理用チャンバ601とを別々に設けることにより、真空中での脱ガス加熱処理と、酸素を含有した雰囲気における結晶化のための熱処理とを独立して実施できるとともに、脱ガス加熱用チャンバ201の内部の酸化も回避することができる。
【0101】
以上具体例を参照しつつ本発明の実施の形態について説明した。しかし、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。
例えば、本発明における光触媒膜としては、酸化チタン(TiOx)に限定されず、酸化チタンに所定の元素を添加したものや、その他、光触媒作用を有する金属酸化物を用いて同様の効果を得ることができ、これらも本発明の範囲に包含される。
【0102】
また、本発明の光触媒体において、基体100として適用しうるものは、例えば、自動車用のバックミラー、ボディあるいは窓ガラス、また、その他バスルーム用などの各種の鏡、建築用外壁材、バスルーム用内壁材、便器、流し、道路標識、各種表示体の外装材などさまざまなものを包含する。
【0103】
さらにまた、本発明の製造方法において光触媒膜の堆積方法として用いる方法は、DCスパッタリング法には限定されず、RFスパッタリング法や、真空蒸着法など、非晶質状の金属酸化物を得ることができるすべての方法を包含する。
【産業上の利用可能性】
【0104】
以上詳述したように、本発明によれば、非晶質状の金属酸化物を形成し、酸素を含有する雰囲気中で熱処理することにより、良好な光触媒作用を有する光触媒体を得ることができる。
しかも、本発明によれば、膜厚が25nmと極めて薄い光触媒膜の場合も、良好な光触媒作用が得られるので、成膜時間を短縮するができ高い生産性が得られる。
【0105】
またさらに、本発明によれば、このように光触媒膜の膜厚を光可視光の波長帯よりも一桁近く薄くすることができるために、「色むら」を解消することができる。その結果として、例えば、自動車のバックミラーや浴室の防湿鏡、窓ガラスなどに応用しても良好な視界を確保できる点で極めて大きな効果が得られる。
【0106】
自動車用のバックミラーなどに応用した場合には、光触媒膜が有する流滴作用や防曇作用により明瞭な視界が得られ安全性が確保される。また、自動車のボディや道路標識、建築用外壁材などに応用した場合には、降雨による自己浄化作用が得られる。
【0107】
一方、本発明によれば、スパッタリング装置において基体を冷却する手段を設けることにより、基体の温度を十分に低温に維持した状態で金属酸化物の堆積を行うことができ、本発明の実施に必要な非晶質状の金属酸化膜を迅速に行うことが可能となる。
つまり、本発明によれば、高性能の光触媒体を安価に提供することが可能となり、これを用いた各種の被覆体を市場に供給できる点で産業上のメリットは多大である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒体の製造装置に関し、特に、光の照射により活性種の生成を促進する光触媒作用を有する光触媒体の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化チタンを用いた光触媒性薄体が注目を集めている。「光触媒」とは、半導体的な物性を有し、その伝導電子帯と荷電子帯のバンドギャップエネルギーより大きいエネルギーを有する光が照射されると励起状態となり、電子・正孔対を生成する物質のことである。
アナターゼ型結晶構造の二酸化チタンでは、387nm以下の波長の光が照射されると光励起され、酸化還元反応に基づく分解反応と、その分解反応(活性)とはことなる親水化反応を同時に引き起こす。現在のところ、この二つの反応を同時に引き起こす金属酸化物として、酸化チタン、酸化錫及び酸化亜鉛が知られており、分解反応のみを引き起こす金属酸化物としては、チタン酸ストロンチウム及び酸化第二鉄が、親水化反応のみを引き起こす金属酸化物としては、三酸化タングステンが知られている。
【0003】
そして、これらの作用を利用して自己洗浄作用や、脱臭作用、抗菌作用等を得ることができ、光触媒体を被覆した各種の部材、商品群が提案されている。
このような光触媒体の製造方法としては、バインダー法、ゾルゲル法、真空蒸着法などの各種の方法が提案されている。
【0004】
バインダー法は、接着性を有するバインダー中に微粒子状の酸化チタンを分散させ、所定の基体上に塗布した後、加熱乾燥させる方法である。しかし、この方法によると、微粒子状の酸化チタンがバインダーの間に埋もれてしまうため、光触媒作用が損なわれやすいという問題がある。
【0005】
また、ゾルゲル法は、チタンを含有するチタンキレートやチタンアルコキシドなどの液剤を所定の基体の上に塗布し、乾燥させた後に500℃以上の高温で焼成することにより光触媒膜を得る方法である。しかし、500℃以上という高温の焼成工程が必要とされるため、耐熱性の点で基体として用いることができるものが極端に限定されてしまうという問題があった。
【0006】
またさらに、これらバインダー法やゾルゲル法などのいわゆる「湿式法」による場合、光触媒膜の耐久性が劣るという問題もあった。またさらに、これら湿式法による場合、膜の結晶性を高めて良好な光触媒作用を得るためには、その膜厚を400nm〜600nm程度とすることが必要であり、可視光帯における干渉作用によって「色むら」が生じやすいという問題もあった。
【0007】
これらの形成方法に対して、真空蒸着法やスパッタリング法などのいわゆる「乾式法」を用いた形成方法が提案されている。
例えば、特許第2901550号公報においては、真空蒸着法により酸化チタンと酸化シリコンとの積層構造を形成した光触媒体が開示されている。
また、特開2000−126613号公報においては、反応性スパッタリング法を用いて酸化シリコンを堆積する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第2901550号公報
【特許文献2】特開2000−126613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、これら乾式法による場合においても、成膜条件と得られる光触媒膜の性能との関係には不明の点が多く、いまだ改善の余地があった。またさらに、これらの方法による場合、一般的に成膜速度が低いために、生産性やコストの点で改善すべき点があった。
【0010】
本発明はかかる知得に基づいてなされたものであり、その目的は、光触媒特性が優れ、生産性も向上でき、同時に暗所維持特性も良好な光触媒体の製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の実施の形態によれば、大気よりも減圧された雰囲気中で基体の上に非晶質状の酸化チタンを堆積可能な光触媒体の製造装置であって、大気よりも減圧された雰囲気中で前記基体の上に酸化物からなる層を堆積可能とした堆積手段と、酸素を含む雰囲気中で前記基体を加熱可能とした熱処理チャンバと、をさらに備え、前記基体の上に前記非晶質状の酸化チタンを堆積した後に、前記熱処理チャンバにおいて加熱することにより前記酸化チタンの少なくとも一部を結晶化させ、しかる後に前記堆積手段により前記酸化物からなる被覆層を堆積可能としたことを特徴とする光触媒体の製造装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図であり、
【図2】図2は、本発明の光触媒膜の製造方法を表すフローチャートであり、
【図3】図3は、本発明において得られる非晶質状の金属酸化物から得られるX線回折パターンの典型例を表すグラフ図であり、
【図4】図4は、本発明の光触媒膜の製造方法に用いて好適な製造装置の要部構成を表す模式図であり、
【図5】図5は、スパッタリング中の基体100の温度変化を例示するグラフ図であり、
【図6】図6は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と放電電圧との関係を表すグラフ図であり、
【図7】図7は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と堆積速度との関係を表すグラフ図であり、
【図8】図8は、図3に表したものと同様の非晶質状の酸化チタンを熱処理した後に測定したX線回折パターンの典型例を表すグラフ図であり、
【図9】図9は、本発明により得られた光触媒膜10のワックス分解親水化試験の結果の一例を表すグラフ図であり、
【図10】図10は、熱処理温度と光触媒作用との関係を表すグラフ図であり、
【図11】図11は、スパッタ時の全圧が1Paの場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図12】図12は、スパッタ時の全圧を3.5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図13】図13は、スパッタ時の全圧を5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図14】図14は、図11乃至図13に表した結果を纏めたグラフ図であり、
【図15】図15は、スパッタ時の酸素分圧と光触媒特性との関係を表すグラフ図であり、
【図16】図16は、本発明の第2の実施の形態によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図であり、
【図17】図17は、本発明の光実施形態の光触媒体の製造方法を表すフローチャートであり、
【図18】図18は、比較例としての製造方法を表すフローチャートであり、
【図19】図19は、本発明の第2実施形態の製造方法により製造した光触媒体と、図18に表した比較例の製造方法により製造した光触媒体の光触媒特性を評価した結果を例示するグラフ図であり、
【図20】図20は、被覆層30を設けた光触媒体の暗所維持特性を例示するグラフ図であり、
【図21】図21は、本発明の製造装置の具体例を表す概念図であり、
【図22】図22は、本発明の製造装置の第2の具体例を表す概念図であり、
【図23】図23は、本発明の具体例の製造装置を用いた場合の成膜プロセス時の基体100の温度履歴の一例を表すグラフ図であり、
【図24】図24は、本発明の製造装置の第3の具体例を表す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、独自に行った試作検討の結果、酸化チタンなどの光触媒材料をスパッタリングなどの方法により非晶質(アモルファス)状に形成し、しかる後に特定の条件で熱処理を施すと、極めて活性な光触媒膜が得られることを見いだした。
【0014】
この方法によれば、極めて高い生産性で低コストに光触媒膜を提供できるようになり、しかも、その膜厚が数10nmという薄膜でも高い光触媒作用を示すため、いわゆる「色むら」などの問題も解消することができる。
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、具体例を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の第1の実施の形態によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図である。
この光触媒体は、基体100の上に薄膜状に被覆された光触媒膜10を有する。基体100は、ガラスやセラミクスなどの無機材料、ステンレスなどの金属材料、あるいは高分子材料などの有機材料などの各種の材料からなり、各種の形状、サイズを有するものを用いることができる。
【0016】
一方、光触媒膜10の材料としては、金属の酸化物を主成分とする半導体を用いることができる。そのような半導体としては、例えば、酸化チタン(TiOx)、酸化亜鉛(ZnOx)、酸化スズ(SnOx)などの金属酸化物を挙げることができる。これらのうちでも、特に、酸化チタンは、光触媒として活性であり、また、安定性や安全性などの点でも優れる。そこで、以下、金属酸化物として酸化チタンを用いた場合を例に挙げて説明する。
【0017】
また、この光触媒膜10と基体100との間には、必要に応じてバッファ層20を設けることができる。バッファ層20は、基体100の表面状態を改善し、光触媒膜10の付着強度、膜質、耐久性などを改善する役割を有する。バッファ層20の材料としては、例えば、酸化シリコン(SiO2)を用いることができる。
【0018】
すなわち、このようなバッファ層20を設けることにより、基体100から光触媒膜10に不純物が混入することを防ぐことができる。また、基体100の表面状態を改質し、光触媒膜10の堆積や、後に説明する熱処理による結晶化の初期段階をより理想的な状態に制御するとが可能となる。
【0019】
例えば、基体100としてソーダライムガラスなどを用いる場合、ガラスに含有されているナトリウム(Na)などのアルカリ元素が光触媒膜10に拡散すると、光触媒特性が低下することがある。このような場合に、酸化シリコンなどからなるバッファ層20を設けることにより、不純物の拡散を防止し、光触媒特性の低下を防ぐことができる。
【0020】
また、基体100の表面がミクロな凹凸を有するような場合も、適度な厚みのバッファ層20を設けることにより、表面の凹凸を緩和させ、光触媒膜10の堆積の初期段階をより理想的な状態に近づけることができる。
【0021】
またさらに、光触媒膜10の上には、必要に応じて被覆層30を積層してもよい。被覆層30は、光触媒膜10の表面を保護し、さらに、暗所においても親水性を維持する役割などを有するものとすることができる。すなわち、光触媒膜10は、光の照射により親水性や分解力を発揮するが、光が照射されていない状態においては、これらの作用は停止する。これに対して、被覆層30の材料や膜厚を適当な範囲に設定すると、このような暗所においても、光触媒膜10により得られた親水性を維持することが可能となる。被覆層30としては、例えば、膜厚が数nm〜10nm程度の範囲の酸化シリコン(SiO2)を用いることができる。
【0022】
図2は、本発明の光触媒膜の製造方法を表すフローチャートである。
本発明においては、まず、基体100の上にバッファ層20を介して、あるいは介することなく直接に、光触媒膜10となるべき金属酸化物の層を形成する。この際に、本発明においては、金属酸化物を非晶質状に形成する。
【0023】
図3は、本発明において得られる非晶質状の金属酸化物から得られるX線回折パターンの典型例を表すグラフ図である。すなわち、同図は、反応性スパッタ法により得られた膜厚約50nmの非晶質状の酸化チタン膜の評価結果である。その成膜条件は、全圧1Pa、DC投入電力2kW、酸素添加率30%とした。また、ここでは、膜厚が薄いために、微小角入射法を用いてX線回折パターンを5回積算測定した結果を例示する。
【0024】
図3を見ると、回折角度2θが約24度の付近を中心としたブロードなハロー・パターンのみが観察され、結晶に起因するシャープなピークの存在は認められない。つまり、この酸化チタン膜は、実質的な非晶質状であることが分かる。
【0025】
なお、本願明細書において「非晶質状」とは、実質的に結晶質ではない状態をいい、これは例えば、図3に例示したようなX線による回折評価において、結晶に起因する有意なピークが得られない状態をいう。従って、金属原子と酸素原子とが完全に無秩序に配列した構造を「非晶質状」とすることはもちろんであるが、それ以外にも、原子オーダで見た場合に、短距離秩序(Short Range Order)構造や微結晶、あるいは微細な結晶核などが含有されたような状態も、「非晶質状」であるものとする。
【0026】
このような非晶質状の金属酸化物を形成する方法のひとつとして、「反応性スパッタリング法」を挙げることができる。
図4は、本発明の光触媒膜の製造方法に用いて好適な製造装置の要部構成を表す模式図である。すなわち、この装置はスパッタ装置であり、真空チャンバ101の内部には、チタンなどの金属を主成分とするターゲット102が陰極103に接続して設けられる。一方、陽極104側には、光触媒膜を堆積する基体100が設置される。
【0027】
成膜に際しては、まず、真空排気ポンプ106によりチャンバ101内を真空状態にして、ガス供給源107からアルゴン(Ar)および酸素(O2)の放電ガスを導入する。そして、電源110により陽極104と陰極103との間に電界を印加し、プラズマ放電108を開始する。すると、ターゲット102の表面がスパッタリングされ、金属チタンと酸素とが基体100の上で結合して酸化チタン膜10が形成される。ここで、電源110から投入する電力は、DC(直流)電力でもよく、RF(高周波)電力でもよい。
【0028】
さらに、基体100を保持する陽極104には、冷却機構120が設けられ、スパッタリング中あるいはその前後において、基体100を冷却して所定の温度範囲に維持可能とされている。この冷却機構120は、例えば、水あるいはフロン系絶縁性流体などの冷却用熱媒体を流す構造とすることができる。または、これら流体の代わりに冷却用媒体として気体を流してもよい。
【0029】
スパッタリング前に、脱ガス処理などのために予め基体を加熱し、あるいは、バッファ層20などを堆積した場合には、基体100の温度は室温よりも高い状態となっている。このような場合に、後に詳述するように、冷却機構120によって基体100を所定の温度まで冷却した後に、金属酸化物の堆積を開始することができる。
以上説明したようなスパッタリング装置においては、プラズマ放電のための投入電力、スパッタリング時の雰囲気ガスの圧力および組成、基体温度などを調節することにより、非晶質状の金属酸化物の薄膜が得られる。
【0030】
本発明者は、図4の構成において、ターゲット102として金属チタンを用い、ガス供給源107から酸素ガス(O2)とアルゴン(Ar)を導入して反応性スパッタリングにより酸化チタンを堆積した場合の成膜条件について詳細に検討した。
【0031】
以下に説明する具体例においては、特に明記しない限り、DC電源を用いたDCスパッタリング法により光触媒膜を形成した。また、スパッタリングに際して、基体100は、チャンバ101(接地電位)からフローティング状態とした。なお、基体100の温度は、サーモラベル109をその上に貼付して確認した。
図3に例示したような非晶質状の金属酸化物を得るためには、基体100の温度を低く維持し、成膜速度を上げることが望ましい。
【0032】
図5は、スパッタリング中の基体100の温度変化を例示するグラフ図である。ここでは、成膜条件A〜Cについて、基体100が室温の状態からスパッタリングを開始した場合の温度変化を表した。それぞれの条件は、以下の通りである。
【0033】
条件 投入DC電力 堆積速度 全圧 酸素添加率
A 2kW 18nm/分 1Pa 30%
B 2kW 22nm/分 3.5Pa 30%
C 3kW 36nm/分 5Pa 30%
図5からわかるように、基体100の温度が室温の状態からスパッタリングを開始した場合、スパッタ源からの熱輻射などにより、基体の温度は、時間とともに上昇し、投入電力に応じた飽和温度に到達する傾向が見られる。
その飽和温度は、主に投入電力に依存し、電力が2kWの場合は、概ね230℃、電力が3kWの場合は概ね300℃であった。
【0034】
但し、本発明においては、形成する薄膜の膜厚が薄いので、この飽和温度に到達するよりもはるか前に薄膜の堆積を終了する。例えば、条件Cの堆積速度は、36nm/分であるので、膜厚25nmの酸化チタンを成膜する所要時間は40秒程度となり、室温から堆積を開始した場合の基体100の最大温度は、50℃以下である。このように低い温度において高速で堆積した金属酸化物は、図3に例示したような非晶質状となる。
【0035】
図6は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と放電電圧との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、図4に例示したようなスパッタ装置において、投入DC電力を2kW、スパッタ時の全圧を1Paとした時に、ターゲット102と基体100との間に生ずる電圧を表す。
図6から分かるように、酸素を導入することにより、放電電圧は急激に上昇する。これは、チタン(Ti)ターゲット102の表面が酸化されるからである。そして、酸素添加率がある程度のレベルとなると、ターゲット102の表面は酸化膜に覆われた状態を維持するようになり、放電電圧は一定の値を示すようになる。
【0036】
図7は、酸化チタンの反応性スパッタリング法における酸素添加率と堆積速度との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、図4に例示したようなスパッタ装置において、投入DC電力を2kW、スパッタ時の全圧を1Paとした時の、酸素添加率に対する酸化チタン膜の堆積速度の関係を表す。
図7から分かるように、酸素添加率が約10%未満の場合に堆積速度は高く、酸素添加率が10%を越えると堆積速度はほぼ一定値となる。これは、概ね図6に表した放電電圧の変化に対応するものであり、酸素添加率によってチタンターゲット102の表面の状態が変化するからであると推測される。
【0037】
すなわち、酸素添加率が低い条件においては、チタンターゲット102の表面は十分に酸化されず、スパッタリング率が高いために、薄膜の堆積速度も上がる。これに対して、酸素添加率レベルがある程度以上になると、チタンターゲット102の表面は、実質的に酸化膜により覆われた状態となり、スパッタリング率が低下して、薄膜の堆積速度が低下するものと考えられる。
但し、後に詳述するように、最終的に得られる光触媒膜の光触媒作用は、成膜度の酸素添加率が10%以上の範囲においても良好であった。
以上、図3乃至図7を参照しつつ、非晶質状の金属酸化物を堆積するプロセス(ステップS1)の具体例について説明した。
【0038】
再び図2に戻って説明を続けると、本発明においては、このようにして得られた非晶質状の金属酸化物を、酸素を含有する雰囲気において熱処理する(ステップS2)。この熱処理は、酸素とそれ以外のガスとを所定の割合で混合することにより制御された雰囲気において実施してもよい。しかし、実用上は、大気雰囲気中で熱処理を実施することが最も容易であり且つ確実である。そこで、以下、大気雰囲気において熱処理する場合を中心に説明する。
【0039】
図8は、図3に表したものと同様の非晶質状の酸化チタンを熱処理した後に測定したX線回折パターンの典型例を表すグラフ図である。すなわち、同図は、膜厚約50nmの非晶質状の酸化チタン膜を、大気雰囲気において、600℃で60分間熱処理した後に、微小角入射法を用いてX線回折パターンを5回積算測定したものである。
【0040】
図8を見ると、図3と同様のハロー状のバックグラウンドを背景として、結晶質のピークが観察される。これらのピークは、アナターゼ構造の酸化チタン(TiO2)の、(101)、(200)、(211)、(105)、(204)回折ピークに対応するものである。つまり、熱処理によって、X線の干渉長(coherent length)のオーダあるいはそれ以上のサイズを有する酸化チタンの結晶粒が形成されたことが分かる。このようなアナターゼ構造を有する酸化チタンは、バンドギャップが約3.2eVの半導体であり、光触媒作用を示す。
【0041】
本発明者は、このようにして得られた光触媒膜10の光触媒作用を、「ワックス(WAX)分解親水化試験」により評価した。この試験は、光触媒膜10が有する光触媒作用のうちの、「分解作用」と「親水化作用」を併せて評価する試験である。「分解作用」とは、光触媒膜の表面で生ずる水酸基ラジカルやスーパーオキサイドなどの活性酸素種などによってワックスなどの有機材料が分解される作用のことである。また、「親水化作用」とは、光触媒膜の表面における親水性が向上する作用のことである。本発明者が実施したワックス分解親水化試験の内容は、概略以下の如くである。
【0042】
(1)光触媒膜10の表面を中性洗剤により洗浄して親水化させる。
(2)光触媒膜10の表面に固形ワックスを塗布し、室温で1時間乾燥させる。ここで用いた固形ワックスは、シュアラスター社製の商標名「ヒーロ」であり、その主成分は、カルナバロウである。
(3)光触媒膜10の表面を中性洗剤により洗浄した後、50℃で乾燥させる。
【0043】
(4)ブラックライト(BLB)を照射しながら、定期的に光触媒膜10の表面に形成した水滴の接触角を測定する。光触媒膜10の表面に形成されたワックスは、ブラックライトの照射による光触媒作用で分解される。表面にワックスが残留している状態では水滴の接触角は大きいが、ワックスが分解されると、水滴の接触角は小さくなる。
従って、ブラックライトの照射強度が低くても接触角が低下し、あるいは所定時間照射後の水滴の接触角が小さいほど、光触媒作用が活性であるといえる。
【0044】
図9は、本発明により得られた光触媒膜10のワックス分解親水化試験の結果の一例を表すグラフ図である。すなわち、同図の横軸はブラックライトの照射時間、縦軸は水滴の接触角をそれぞれ表し、光触媒膜10として、酸化チタンの膜厚をそれぞれ25nm、50nm、100nmとした3種類のサンプルについてプロットした。
【0045】
これらのサンプルは、図5に関して前述した条件B、すなわち投入電力が2kW、全圧が3.5Pa、酸素添加率が10%の条件で非晶質状の酸化チタンを成膜し、しかる後に、大気雰囲気において、600℃、60分間の熱処理を施して得られたものである。またここで、ブラックライトの照射強度は、50μW/cm2とした。
【0046】
図9を見ると、いずれの膜厚のサンプルにおいても、ブラックライトの照射と同時に接触角は急速に低下し、1時間後には10度を下回っている。そして、5時間後には4度(50nm、100nm)にまで低下し、25時間後には全てのサンプルで4度にまで低下している。つまり、光の照射と同時に顕著な光触媒作用が得られていることが分かる。
【0047】
しかも、膜厚が25nmと極めて薄いサンプルにおいても、光を1時間照射した接触角が10度を下回り、良好な光触媒作用が得られていることが分かる。このように膜厚を薄くすれば、成膜時間を短縮するができ高い生産性が得られる。またさらに、可視光の波長帯よりも一桁近く薄いために、「色むら」を解消することができる。その結果として、例えば、自動車のバックミラーや浴室の防湿鏡、窓ガラスなどに応用しても良好な視界を確保できる点で極めて大きな効果が得られる。
【0048】
なお、図9に表したデータにおいては、ブラックライトの照射強度を50μW/cm2としたが、通常、このようなワックス分解親水化試験においては、ブラックライトの照射強度を500μW/cm2とする場合が多い。つまり、本発明において、通常の条件よりも1桁低い強度を採用しても良好な分解特性が得られたことも特筆に値する。
【0049】
以下、同様のワックス分解親水化試験により評価した光触媒作用と、光触媒膜の形成条件との関係について説明する。
図10は、熱処理温度と光触媒作用との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図の横軸は酸化チタン膜の熱処理温度であり、縦軸は得られた光触媒膜をワックス分解親水化試験により評価してブラックライトを1時間照射した後の接触角を表す。
【0050】
ここで評価した光触媒膜は、いずれもソーダライムガラスの上に酸化シリコンからなるバッファ層20を介して反応性スパッタリング法により成膜した酸化チタン膜である。酸化シリコンバッファ層と酸化チタン層の膜厚は、それぞれ50nmとした。また、酸化チタン層の成膜条件は、投入DC電力を2kW、全圧を3.5Pa、酸素添加率を10%とした。また、熱処理は、いずれも大気雰囲気中で行い、その時間は60分とした。
【0051】
図10を見ると、熱処理温度が200℃を越えると接触角が下がり、光触媒作用が活性になることが分かる。熱処理温度が300℃以上においては、ブラックライト1時間照射後の接触角は6度にまで低下し、極めて活性な光触媒作用が得られていることが分かる。これは、300℃以上の熱処理によって、非晶質状態の酸化チタンからアナターゼ構造の結晶質の酸化チタンが形成されたことに対応するものと考えられる。
【0052】
次に、スパッタ成膜条件と光触媒特性との関係について説明する。
図11は、スパッタ時の全圧が1Paの場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、ソーダライムガラスの上に酸化シリコンバッファ層を介して酸化チタン層を形成したサンプルをワックス分解親水化試験により評価した結果を表す。ここで、酸化シリコンバッファ層と酸化チタン層の膜厚はいずれも50nmとした。また、酸化チタン層の成膜条件は、DCスパッタ法により投入電力を2kW、スパッタ時の全圧を1Paとした。そして、熱処理時間を60分、熱処理温度を300℃及び600℃とした場合のデータをそれぞれプロットした。
【0053】
図11を見ると、全圧1Paの場合、酸素添加率が10%においては得られる光触媒膜の接触角は60度前後と高いが、酸素添加率が30%に増加すると接触角は10度以下に低下し、さらに酸素添加率を50%に増加しても接触角は10度以下であることが分かる。
つまり、酸素添加率が10%よりも高い範囲において、光触媒作用が良好となる。全圧が1Paの場合、酸素添加率が10%以下であると、得られる酸化チタン膜における酸素の含有量が不足することが推測される。
【0054】
図12は、スパッタ時の全圧を3.5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。同図については、全圧以外の条件は、図11に表したものと同一とした。
図12を見ると、全圧が3.5Paの場合には、酸素添加率が0.2%よりも高く50%よりも低い範囲において光触媒膜の接触角は10度未満となり、良好な光触媒作用が得られることが分かる。また、この傾向は、熱処理温度が300℃でも600℃でもほぼ同一であることが分かる。全圧が3.5Paの場合、酸素添加率が0.2%以下であると得られる酸化チタン膜における酸素の含有量が不足し、酸素添加率が50%以上であると形成される酸化チタン膜の膜質が劣化することが推測される。
【0055】
図13は、スパッタ時の全圧を5Paとした場合の酸素添加率と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。同図についても、全圧以外の条件は、図11及び図12に表したものと同一とした。
図13を見ると、熱処理温度が300℃の場合には酸素添加率が13%から30%に上がるにつれて接触角も高くなることが分かる。これに対して、熱処理温度が600℃の場合は、酸素添加率が13%から30%の範囲において接触角は10度未満であり、良好な光触媒作用が得られることが分かる。
【0056】
全圧を5Paまで高くすると、得られる酸化チタン膜における非晶質度も大きくなることが推測される。つまり、酸化チタン膜中における原子の配列の無秩序性が増し、あるいは多量の欠陥が導入された状態となることが考えられる。また、スパッタリングの際の酸素の添加量が過多になると膜質がさらに劣化することが推測される。従って、このような薄膜を熱処理して結晶粒を得るためには、高い熱処理温度が必要となる。そして、300℃の熱処理ではスパッタリング雰囲気における酸素添加率の過多の傾向があらわれてしまうことが推測される。
【0057】
図14は、図11乃至図13に表した結果を纏めたグラフ図である。すなわち、同図の横軸はスパッタ時の全圧、縦軸は酸素添加率をそれぞれ表す。そして、同図において、プロットにより囲まれたハッチ部分は、ワックス分解親水化試験により良好な結果が得られた領域に対応する。つまり、この領域内の条件において酸化チタン膜を成膜すると、その後に熱処理を施すことにより良好な光触媒特性が得られる。
【0058】
以上、スパッタ時の全圧を1Pa、3.5Pa、5Paとした場合の酸素添加率についてそれぞれ説明した。しかし、これらの結果は、スパッタ時の「酸素分圧」として整理することができる。
【0059】
図15は、スパッタ時の酸素分圧と光触媒特性との関係を表すグラフ図である。すなわち、同図は、図11乃至図14に表したデータのうちで、熱処理温度を600℃とした場合のものをまとめてプロットしたグラフである。図15を見ると、スパッタ時の全圧には関係なく、酸素分圧が0.1Paよりも高く、1.75Paよりも低い範囲において、良好な光触媒特性が得られることが分かる。
【0060】
本発明者は、これらのサンプルについて、光電子分光法(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis:ESCA)によりチタン(Ti)と酸素(O)との組成比を調べた。その測定により得られた各ピークの存在比を以下にまとめる。
【0061】
サンプル番号 酸素分圧 Ti1 Ti2 Ti3 Ti4
1 0.1Pa 12 5 17 66
2 0.3Pa 1 1 1 97
3 0.5Pa 1 1 1 97
4 1.5Pa 1 1 2 96
5 1.75Pa 1 1 2 96
上記したTi1〜Ti4は、それぞれTi2pスペクトルの波形解析において採用した設定ピークを表し、それぞれ以下の結合状態に対応する。
【0062】
ピーク 結合状態 ピーク形状
Ti1 Ti 金属チタンの標準スペクトル
Ti2 TiO等 金属チタンの標準スペクトル
Ti3 Ti2O3等 金属チタンの標準スペクトル
Ti4 TiO2等 TiO2の標準スペクトル
この結果を見ると、サンプル1においては、TiO2に対応するTi4ピークの存在比が66%と低く、金属チタンTiに対応するTi1ピークの存在比が12%、TiO2に対応するTi2ピークの存在比が5%、Ti2O3に対応するTi3ピークの存在比が17%である。つまり、サンプル1は、平均組成をTiOxと表した場合の組成比xが約1.63と低いことが分かる。そして、このサンプルは、図15から分かるように、光触媒特性がやや不十分である。
【0063】
これに対して、サンプル2乃至4においては、いずれもTiO2に対応するTi4ピークの存在比が96%と高く、その平均組成をTiOxとした場合の組成比xは、1.96以上でTiO2に極めて近い組成比を有することが分かる。また、これらのサンプルは、熱処理を施すことにより、図15に表したように、極めて活性な光触媒特性を示す。
【0064】
これらの結果から、TiOxの組成比xを実質的に2とした非晶質状態の酸化チタンを形成し、これを熱処理すると極めて活性な光触媒特性が得られることが分かった。
【0065】
またさらに、サンプル5についてみると、TiO2に対応するTi4ピークの存在比は96%と高く、その平均組成をTiOxとした場合の組成比xは、1.96以上でTiO2に極めて近い組成比を有することが分かる。しかし、このサンプルに熱処理を施しても、図15に表したように、活性な光触媒特性は得られない。これは、酸素が過多の雰囲気で成膜した場合でも、得られる酸化チタンの平均的な組成は化学量論的な値に近いが、多量の欠陥を含むなどの理由により膜質が劣化し、熱処理を施しても半導体としての物性が十分に得られないためであると推測される。
【0066】
以上の結果を纏めると、本発明において活性な光触媒膜を得るためには、酸化が過多でない雰囲気において、化学量論的な組成を有する非晶質状の酸化チタンを成膜することが必要であるといえる。
【0067】
つまり、このようにしてスパッタ成膜した非晶質状の酸化チタン膜は、熱処理によりアナターゼ構造の結晶を形成し、活性な光触媒特性を示す。酸素分圧が0.1Pa以下の場合には、得られる酸化チタン膜の酸素の含有量が不足するために活性な光触媒特性が得られない。また、酸素分圧が1.75Pa以上の場合には、得られる酸化チタン膜の膜質が劣化するために、やはり活性な光触媒作用が得られない。
【0068】
以上説明したように、本発明の第1の実施形態によれば、所定の条件により非晶質状の酸化チタン膜を形成し、しかる後にこれを熱処理することにより、結晶状の酸化チタンを形成し、活性な光触媒作用を得ることができる。
【0069】
しかも、本発明によれば、極めて薄い光触媒膜でも、活性な光触媒作用を得ることができ、高い生産性を実現するとともに、可視光帯における「色むら」を解消でき、幅広い用途に光触媒体を適用することが可能となる。
【0070】
次に、本発明の第2の実施の形態として、光触媒膜の上に酸化シリコンなどからなる被覆層を設けた光触媒体の製造方法について説明する。
図16は、本発明の第2の実施の形態によって製造される光触媒体の断面構造を例示する模式図である。
すなわち、本実施形態による光触媒体も、図1に関して前述したものと同様に、基体100の上に、酸化シリコンなどのバッファ層20を適宜介して、光触媒膜10が設けられる。これら基体100、バッファ層20、光触媒膜10については、第1実施形態に関して前述したものと同様とすることができるので、同一の符号を付して詳細な説明は省略する。
【0071】
さて、本実施形態においては、光触媒膜10の上に、さらに被覆層30が設けられる。被覆層30は、光触媒膜10の表面を、その光触媒作用が阻害されない範囲で、その表面を保護するとともに、親水性を維持させる作用を有する。すなわち、光が照射されている状態では、図1乃至図16に関して前述したように、光触媒膜10が活発な光触媒作用を発揮し、付着物を分解して高い親水性を維持する。しかし、光が照射されていない状態においては、光触媒膜10の光触媒作用は停止する。これに対して、適当な膜厚及び材料の被覆層30を形成すると、このような暗所においても、光触媒膜10により得られた親水性を維持することが可能となる。被覆層30の材料としては、親水性にすぐれた酸化物を用いることが望ましい。またさらに、長期間に亘る安定性や耐久性、あるいは紫外線などに対する耐光性及び耐候性の観点からは、無機酸化物を用いることが望ましい。このような無機酸化物としては、酸化シリコンや酸化アルミニウムを挙げることができる。本発明者の実験によれば、膜厚が数nm〜10nm程度の範囲の酸化シリコン(SiO2)を用いると良好な結果が得られることが判明した。
【0072】
図17は、本発明の光実施形態の光触媒体の製造方法を表すフローチャートである。
本実施形態においても、まず、ステップS1として、基体100の上にバッファ層20を介して、あるいは介することなく直接に、光触媒膜10となるべき非晶質状の金属酸化物の層を形成する。
【0073】
そして、次に、ステップS2として、酸素を含有した雰囲気中で熱処理を施す。
これらステップS1及びS2の内容は、第1実施形態に関して前述したものと同様とすることができるので、詳細な説明は省略する。
【0074】
さて、本実施形態においては、この次に、ステップS3として、被覆層30を形成する。本実施形態の製造方法は、これらステップS2とS3を実施する順番に、ひとつの特徴を有する。すなわち、図16に表したような光触媒体を製造する方法としては、光触媒膜10となる非晶質状の金属酸化物を堆積し、さらに、被覆層30を堆積した後に、熱処理を施すという順番も考えられる。
【0075】
図18は、このような順序による比較例としての製造方法を表すフローチャートである。
しかしながら、本発明者の検討の結果、図18に表したように被覆層30を堆積(ステップS2)してから熱処理(ステップS3)を施すと、光触媒特性が低下することが判明した。
【0076】
図19は、本実施形態の製造方法により製造した光触媒体と、図18に表した比較例の製造方法により製造した光触媒体の光触媒特性を評価した結果を例示するグラフ図である。すなわち、同図は、ワックス分解親水化試験の結果を表し、その横軸はブラックライトの照射時間、縦軸は表面における水滴の接触角をそれぞれ表す。
ここで製造した光触媒体は、基体100としてソーダライムガラス、バッファ層20として膜厚20nmの酸化シリコン、光触媒膜30として膜厚50nmの酸化チタン、被覆層30として膜厚7nmの酸化シリコンをそれぞれ用いたものである。
【0077】
ここで、酸化チタンはアルゴン(Ar)と酸素(O2)の混合ガスを用いた反応性スパッタリング法により堆積し、その成膜条件は、投入電力を2kW、全圧を3.5Pa、酸素添加率を10%とした。
また、被覆層30もアルゴン(Ar)と酸素(O2)の混合ガスを用いた反応性スパッタリング法により堆積し、その成膜条件は、投入電力を300W、全圧を3.5Pa、酸素添加率を30%とした。
また、熱処理(ステップS2)の条件は、いずれも、大気雰囲気中で600℃で1時間とした。
また、ワックス分解親水化試験におけるブラックライトの照射強度は、500μW/cm2とした。
【0078】
図19から、本発明による光触媒体は、初期の接触角が約27度と低く、ブラックライトの照射に伴って接触角が急速に低下し、図9に例示したものとほぼ同様の優れた触媒特性が得られていることが分かる。
【0079】
これに対して、比較例による光触媒体は、接触角の初期値は約26度と良好であったが、光を照射しても接触角の低下は緩慢で、光触媒特性が低下していることが分かる。これは、被覆層30として酸化シリコンを堆積した後に熱処理を施すと、被覆層30の膜質が変化して光触媒膜10の光触媒作用を阻害するためであると考えられる。
より具体的には、おそらく熱処理によって被覆層30の膜質が変化し、光触媒膜10の光触媒作用を阻害してしまうものと考えられる。
本発明の製造方法によれば、図17に表したように、熱処理を施した後に被覆層30を堆積することにより、光触媒膜10の光触媒作用の低下を防ぐことができる。
【0080】
図20は、被覆層30を設けた光触媒体の暗所維持特性を例示するグラフ図である。すなわち、同図は、図19に表したようにワックス分解親水化試験においてブラックライトを24時間照射した後に、ブラックライトの照射を停止して暗所状態とし、その後の水滴の接触角の変化を逐次測定した結果を表す。
【0081】
図20から、被覆層30を設けない(SiO2:0nm)光触媒体の場合には、光照射を停止した後に、接触角は順次増加し、8日後には約45度にまで増加していることが分かる。これに対して、被覆層30を設けた(SiO2:7nm)場合には、光照射を停止した後の接触角の増加は少なく、8日後でも約7度、30日後でも10度以下と、極めて優れた親水性を維持していることが分かる。
【0082】
以上説明したように、本発明によれば、図17に表したように熱処理を施した後に被覆層30を堆積することにより、光触媒膜10の光触媒作用を阻害することなく、極めてすぐれた暗所維持作用が得られる。その結果として、光が照射されている状態においても、光が微弱あるいは遮断された状態においても、表面の親水性を高いレベルに維持することができる光触媒体を実現できる。
以上、本発明の第1及び第2の実施形態として、光触媒体の製造方法について説明した。
【0083】
次に、本発明の光触媒体の製造に用いて好適な製造装置の具体例について説明する。
図21は、本発明の製造装置の具体例を表す概念図である。同図については、図4に関して前述したものと同様の要素には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。なお、図21においては、排気ポンプ106やガス供給源107は省略した。
【0084】
本具体例の装置は、酸化チタンなどの光触媒膜を堆積するチャンバ101と、加熱脱ガス処理を行う予備チャンバ201とが、ゲートバルブ301で連結された構造を有する。予備チャンバ201には、基体100を保持するステージ204が設けられ、ここに冷却機構120が備えられている。基体100は、光触媒膜の堆積に先だってステージ204に保持され、ランプやヒータなどの加熱機構210により加熱され、脱ガス処理をうけることができる。
この後、ゲートバルブ301を解放して図示しない搬送機構により基体100をチャンバ101の陽極104の上に移動し、光触媒膜を堆積する。
【0085】
この装置の場合、ステージ204に冷却機構102を設けることにより、脱ガス処理の後に、基体100を速やかに冷却して堆積工程を開始することができる。つまり、本発明においては、非晶質状の金属酸化物を堆積する必要があり、そのためには、堆積時に基体100の温度を低く維持することが重要である。これに対して、本具体例の装置の場合、ステージ204に冷却機構120を設けることにより、脱ガス加熱後の基体100を直ちに冷却して堆積を開始することができるので、成膜工程のスループットを上げることができる。
また、予備チャンバ201の内部を、大気などの酸素を含んだ雰囲気として基体100及びその上に堆積した非晶質状の金属酸化物の層を加熱することにより、本発明の製造方法における熱処理を行うこともできる。
【0086】
図22は、本発明の製造装置の第2の具体例を表す概念図である。同図についても、図4あるいは図21に関して前述したものと同様の要素には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。なお、図22においても、排気ポンプ106やガス供給源107は省略した。
【0087】
本具体例の装置は、チャンバ101に、チタンなどの光触媒膜を堆積するためのターゲット102とは別に、酸化シリコンのターゲット402を備えている。すなわち、酸素を含有した雰囲気中で陰極403に高周波電源410から高周波バイアスを印加することにより、プラズマ408を形成する。このようにして酸化シリコンターゲット402をスパッタリングして基体100の上に酸化シリコンを堆積することができる。
【0088】
図23は、本具体例の製造装置を用いた場合の成膜プロセス時の基体100の温度履歴の一例を表すグラフ図である。すなわち、同図の横軸はプロセス経過時間(秒)を表し、縦軸は基板(基体100)の温度を表す。
図23に例示した具体例の場合、(1)加熱プロセス、(2)搬送時間、(3)バッファ層20の堆積、(4)冷却、(5)金属酸化物の堆積、という一連のステップが実行される。
【0089】
まず、(1)加熱プロセスにおいては、基体100が予備チャンバ201において加熱機構210により真空中で加熱され、昇温される。このプロセスにより、基体100の表面に吸着したガス分子や水分が放出され、表面が清浄化される。図6に表した具体例の場合、基体100を約300℃まで加熱している。但し、このステップにおける最大加熱温度は、基体100の材質や、表面の清浄度、あるいは成膜工程に要求されるスループットなどの観点から適宜決定することができる。
【0090】
次に、(2)搬送あるいは待機のステップにおいて、図示しない搬送機構により、チャンバ101に基体100を搬送する。この間に、図示したように基体100の温度は少し低下する。
次に、(3)SiO2すなわちバッファ層20を堆積する。SiO2の堆積も、スパッタリング法により行うことができる。この時に、スパッタ源からの熱輻射などによって基体100の温度はやや上昇し、その後に飽和する傾向を示す。
【0091】
次に、(4)冷却する。すなわち、陽極404の上に基体100を保持した状態で、冷却機構120を動作させることにより、基体100を迅速に冷却することができる。但し、この冷却は陽極404の上に保持した状態で行う必要はなく、陽極104に基体100を搬送し、この上において冷却してもよい。
【0092】
基体100を所定の温度まで冷却したら、(5)TiO2すなわち金属酸化物を堆積する。この時に、図5に関して前述したように、スパッタ源からの熱輻射などにより、基体100の温度は上昇する。しかし、堆積に先だって基体100を冷却し、開始温度を十分に下げてあるので、基体を低温に維持しつつ堆積を完了することができる。図23に表した具体例の場合、堆積開始温度は50℃以下で、金属酸化物の堆積が終了した時点の最高温度は約100℃に抑えられている。
【0093】
このように、本発明においては、冷却機構120あるいはこれと同等な冷却機構を設けることにより、金属酸化物を堆積する前に加熱処理を施したり、あるいはバッファ層20を堆積しても、基体100を迅速に冷却し、十分に低温に維持した状態で堆積することにより、非晶質状の金属酸化物を得ることができる。つまり、脱ガス処理などを行っても急速に冷却して直ちに非晶質状の薄膜を堆積することができ、成膜プロセスのスループットを上げることができる。
【0094】
なお、図23に表した成膜プロセスはひとつの具体例に過ぎず、この他にも多様な手順が同様に可能である。例えば、予備チャンバ201において脱ガス加熱後に、ステージ204の冷却機構120によって基体100を直ちに冷却してもよい。
【0095】
次に、本発明の第2の実施の形態にかかる製造方法を実施するのに好適な製造装置について説明する。
図24は、本発明の製造装置の第3の具体例を表す概念図である。同図についても、図4、図21あるいは図22に関して前述したものと同様の要素には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。なお、図24においても、排気ポンプ106やガス供給源107は省略した。
【0096】
本具体例の装置は、チャンバ101に連結された熱処理用チャンバ601をさらに有する。熱処理用チャンバ601は、ステージ604と加熱機構610とを有する。そして、基体100をステージ604に保持した状態で、チャンバ601内を酸素を含む雰囲気にし、加熱機構610により熱処理を施すことができる。
【0097】
この装置を用いた光触媒体の製造手順の一例を説明すると、以下の如くである。
【0098】
まず、基体100をチャンバ201に導入し、脱ガス加熱処理を施す。この際には、図21に関して前述したように、加熱処理を真空中で行うことが望ましい。
【0099】
次に、基体100をステージ404に搬送し、バッファ層20として、例えば酸化シリコンを堆積する。しかる後に、基体100をステージ104に搬送し、光触媒膜10として、例えば非晶質状の酸化チタンを堆積する。
次に、基体100をステージ604に搬送し、酸素を含む雰囲気中で熱処理を施すことにより、酸化チタンなどの金属酸化物の少なくとも一部を結晶化させ、結晶を含有する活性な光触媒膜を得る。
次に、基体を再びステージ404に搬送し、被覆層30として、例えば酸化シリコンを堆積する。
以上説明したように、本具体例によれば、加熱脱ガス用チャンバ201、堆積用チャンバ101、熱処理用チャンバ601をそれぞれ設けることにより、これら各工程を連続的に並行して実施することが可能となる。その結果として、本発明の製造方法を極めて効率よく実施でき、高性能の光触媒体を高い生産効率で製造することが可能となる。
【0100】
また、脱ガス加熱用チャンバ201と熱処理用チャンバ601とを別々に設けることにより、真空中での脱ガス加熱処理と、酸素を含有した雰囲気における結晶化のための熱処理とを独立して実施できるとともに、脱ガス加熱用チャンバ201の内部の酸化も回避することができる。
【0101】
以上具体例を参照しつつ本発明の実施の形態について説明した。しかし、本発明は、これらの具体例に限定されるものではない。
例えば、本発明における光触媒膜としては、酸化チタン(TiOx)に限定されず、酸化チタンに所定の元素を添加したものや、その他、光触媒作用を有する金属酸化物を用いて同様の効果を得ることができ、これらも本発明の範囲に包含される。
【0102】
また、本発明の光触媒体において、基体100として適用しうるものは、例えば、自動車用のバックミラー、ボディあるいは窓ガラス、また、その他バスルーム用などの各種の鏡、建築用外壁材、バスルーム用内壁材、便器、流し、道路標識、各種表示体の外装材などさまざまなものを包含する。
【0103】
さらにまた、本発明の製造方法において光触媒膜の堆積方法として用いる方法は、DCスパッタリング法には限定されず、RFスパッタリング法や、真空蒸着法など、非晶質状の金属酸化物を得ることができるすべての方法を包含する。
【産業上の利用可能性】
【0104】
以上詳述したように、本発明によれば、非晶質状の金属酸化物を形成し、酸素を含有する雰囲気中で熱処理することにより、良好な光触媒作用を有する光触媒体を得ることができる。
しかも、本発明によれば、膜厚が25nmと極めて薄い光触媒膜の場合も、良好な光触媒作用が得られるので、成膜時間を短縮するができ高い生産性が得られる。
【0105】
またさらに、本発明によれば、このように光触媒膜の膜厚を光可視光の波長帯よりも一桁近く薄くすることができるために、「色むら」を解消することができる。その結果として、例えば、自動車のバックミラーや浴室の防湿鏡、窓ガラスなどに応用しても良好な視界を確保できる点で極めて大きな効果が得られる。
【0106】
自動車用のバックミラーなどに応用した場合には、光触媒膜が有する流滴作用や防曇作用により明瞭な視界が得られ安全性が確保される。また、自動車のボディや道路標識、建築用外壁材などに応用した場合には、降雨による自己浄化作用が得られる。
【0107】
一方、本発明によれば、スパッタリング装置において基体を冷却する手段を設けることにより、基体の温度を十分に低温に維持した状態で金属酸化物の堆積を行うことができ、本発明の実施に必要な非晶質状の金属酸化膜を迅速に行うことが可能となる。
つまり、本発明によれば、高性能の光触媒体を安価に提供することが可能となり、これを用いた各種の被覆体を市場に供給できる点で産業上のメリットは多大である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気よりも減圧された雰囲気中で基体の上に非晶質状の酸化チタンを堆積可能な光触媒体の製造装置であって、
大気よりも減圧された雰囲気中で前記基体の上に酸化物からなる層を堆積可能とした堆積手段と、
酸素を含む雰囲気中で前記基体を加熱可能とした熱処理チャンバと、
をさらに備え、
前記基体の上に前記非晶質状の酸化チタンを堆積した後に、前記熱処理チャンバにおいて加熱することにより前記酸化チタンの少なくとも一部を結晶化させ、しかる後に前記堆積手段により前記酸化物からなる被覆層を堆積可能としたことを特徴とする光触媒体の製造装置。
【請求項2】
前記基体を冷却する冷却手段と、
前記基体を加熱する加熱手段と、
をさらに備え、
前記基体を前記加熱手段により加熱した後に、前記冷却手段により冷却し、しかる後に、前記非晶質状の酸化チタンを堆積可能としたことを特徴とする請求項1記載の光触媒体の製造装置。
【請求項3】
前記基体を前記加熱手段により加熱した後に、前記堆積手段によりバッファ層を前記基体の上に堆積し、その後前記冷却手段により前記冷却し、しかる後に前記非晶質状の酸化チタンを堆積可能としたことを特徴とする請求項2記載の光触媒体の製造装置。
【請求項4】
前記加熱手段による前記基体の加熱を真空中で実施可能としたことを特徴とする請求項2または3に記載の光触媒体の製造装置。
【請求項5】
前記熱処理チャンバは、大気中で前記基体を加熱可能であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の光触媒体の製造装置。
【請求項6】
前記酸化チタンを反応性スパッタリング法により堆積することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の光触媒体の製造装置。
【請求項7】
前記被覆層を反応性スパッタリング法により堆積することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の光触媒体の製造装置。
【請求項1】
大気よりも減圧された雰囲気中で基体の上に非晶質状の酸化チタンを堆積可能な光触媒体の製造装置であって、
大気よりも減圧された雰囲気中で前記基体の上に酸化物からなる層を堆積可能とした堆積手段と、
酸素を含む雰囲気中で前記基体を加熱可能とした熱処理チャンバと、
をさらに備え、
前記基体の上に前記非晶質状の酸化チタンを堆積した後に、前記熱処理チャンバにおいて加熱することにより前記酸化チタンの少なくとも一部を結晶化させ、しかる後に前記堆積手段により前記酸化物からなる被覆層を堆積可能としたことを特徴とする光触媒体の製造装置。
【請求項2】
前記基体を冷却する冷却手段と、
前記基体を加熱する加熱手段と、
をさらに備え、
前記基体を前記加熱手段により加熱した後に、前記冷却手段により冷却し、しかる後に、前記非晶質状の酸化チタンを堆積可能としたことを特徴とする請求項1記載の光触媒体の製造装置。
【請求項3】
前記基体を前記加熱手段により加熱した後に、前記堆積手段によりバッファ層を前記基体の上に堆積し、その後前記冷却手段により前記冷却し、しかる後に前記非晶質状の酸化チタンを堆積可能としたことを特徴とする請求項2記載の光触媒体の製造装置。
【請求項4】
前記加熱手段による前記基体の加熱を真空中で実施可能としたことを特徴とする請求項2または3に記載の光触媒体の製造装置。
【請求項5】
前記熱処理チャンバは、大気中で前記基体を加熱可能であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の光触媒体の製造装置。
【請求項6】
前記酸化チタンを反応性スパッタリング法により堆積することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の光触媒体の製造装置。
【請求項7】
前記被覆層を反応性スパッタリング法により堆積することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の光触媒体の製造装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2009−101357(P2009−101357A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−15998(P2009−15998)
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【分割の表示】特願2003−547048(P2003−547048)の分割
【原出願日】平成14年11月29日(2002.11.29)
【出願人】(000002428)芝浦メカトロニクス株式会社 (907)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年1月27日(2009.1.27)
【分割の表示】特願2003−547048(P2003−547048)の分割
【原出願日】平成14年11月29日(2002.11.29)
【出願人】(000002428)芝浦メカトロニクス株式会社 (907)
【Fターム(参考)】
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