説明

光電陰極、電子管及び光電子増倍管

【課題】実効的な量子効率を飛躍的に向上させるための構造を備えた光電陰極、電子管及び光電子増倍管を提供する。
【解決手段】当該光電陰極1A,1Bは、入射光を透過又は遮断する支持基板100と、支持基板100上に設けられたアルカリ金属を含む光電子放出層300と、支持基板100及び光電子放出層300の間に設けられた下地層200を備える。特に、下地層200は、酸化ベリリウムを含み、当該下地層200と光電子放出層300の厚み比が特定範囲に収まるよう、その厚みが調節されている。この構造により、飛躍的に向上した量子効率を有する光電陰極1A,1Bが得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、所定波長の光の入射に応答して光電子を放出する光電陰極(Photocathode)、それを含む電子管、及びそれを含む光電子増倍管に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光電陰極は、例えば特許文献1に記載されたように、入射光に応答して発生する電子(光電子)を放出するデバイスである。このような光電陰極は、光電子増倍管などの電子管に好適に適用される。また、光電陰極は、適用される支持基板材料の違いにより、透過型と反射型の2タイプがある。
【0003】
透過型光電陰極では、入射光を透過する材料からなる支持基板上に光電子放出層が形成され、光電子増倍管などの透明容器の一部が該支持基板として機能する。この場合、支持基板を透過した入射光が光電子放出層に到達すると、到達した該入射光に応答して該光電子放出層内で光電子が発生する。該光電子放出層から見て支持基板とは反対側に光電子取り出し用の電界が形成されることで、該光電子放出層内で発生した光電子は、該入射光の進行方向に一致した方向に向かって放出される。
【0004】
一方、反射型光電陰極では、入射光を遮断する材料からなる支持基板上に光電子放出層が形成され、該支持基板は光電子増倍管の透明容器の内部に配置される。この場合、支持基板は、光電子放出層を支持する補強部材として機能しており、入射光は該支持基板を避けて光電子放出層に直接到達する。光電子放出層内では、到達した該入射光に応答して光電子が発生する。該光電子放出層内で発生した光電子は、該光電子放出層から見て支持基板とは反対側に光電子取り出し用の電界が形成されることで、支持基板から見て該入射光が進行してきた側に放出される。
【特許文献1】米国特許第3,254,253号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者らは上述の従来技術を検討した結果、以下のような課題を発見した。すなわち、光電変換デバイスとしての光電陰極に要求される分光感度はより高い方が好ましい。この分光感度を高くするには、入射する光子の数に対する放出される光電子の数の割合を示す当該光電陰極の実効的な量子効率を高くする必要がある。例えば、上記特許文献1では、支持基板と光電子放出層との間に反射防止膜を備えた光電陰極が検討されている。しかしながら、近年、さらなる量子効率の向上が望まれている。
【0006】
この発明は、従来の光電陰極と比較して実効的な量子効率を飛躍的に向上させるための構造を備えた光電陰極、それを含む電子管、及びそれを含む光電子増倍管を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る光電陰極は、支持基板と、該支持基板に直接接触した状態で該支持基板上に設けられた下地層と、該下地層に直接接触した状態で該下地層上に設けられたアルカリ金属を含む光電子放出層を備える。当該光電陰極は、支持基板材料の違いにより透過型と反射型の2タイプがある。透過型光電陰極の場合、支持基板は入射光を透過する材料、例えば石英ガラスや硼珪酸ガラスなどのガラス材料からなる。また、反射型光電陰極の場合、支持基板は入射光を遮断する材料、例えばニッケル等の金属からなる。
【0008】
この発明に係る光電陰極は、透過型及び反射型のいずれにおいても、所定波長の光が入射される光入射面と、該光の入射に応答して光電子を放出する光電子出射面を有する。具体的に、当該光電陰極において、支持基板は、第1主面と該第1主面に対向する第2主面を有する。アルカリ金属を含む光電子放出層も同様に、第1主面と該第1主面に対向する第2主面を有する。また、光電子放出層は、当該光電子放出層の第1主面が支持基板の第2主面に対面するよう前記支持基板の第2主面上に設けられる。そして、下地層は、支持基板の第2主面と光電子放出層の第1主面と直接接触した状態でこれら支持基板及び光電子放出層の間に設けられる。
【0009】
なお、当該光電陰極が透過型光電陰極である場合、支持基板の第1主面が光入射面として機能する一方、光電子放出層の第2主面が光電子出射面として機能する。一方、当該光電陰極が反射型光電陰極である場合、光電子放出層の第2主面が光入射面として機能するとともに光電子出射面としても機能する。
【0010】
特に、この発明に係る光電陰極は、支持基板と光電子放出層との間に、ベリリウム元素(Be)を含む下地層を設けることにより、当該光電陰極の実効的な量子効率を、従来の光電陰極と比較して飛躍的に向上させることを発明者らが発見したことにより達成されたものである。
【0011】
以上のように、この発明に係る光電陰極は、支持基板上に設けられる光電子放出層との間にベリリウム元素を含む下地層が設けられた単純構造を有するため、この下地層の存在により、当該光電陰極の製造工程における熱処理時に光電子放出層に含まれるアルカリ金属(例えば、K、Csなど)の支持基板側への拡散が抑制される。このため、光電子放出層における量子効率の低下が効果的に抑制される。さらに、この下地層は、光電子放出層内で発生した光電子のうち、支持基板側(光電子放出層の第1主面)へ向かう光電子の進行方向を該光電子放出層の第2主面側に反転させるよう機能していると推察される。このため、当該光電陰極全体の量子効率を飛躍的に向上すると考えられる。
【0012】
なお、この明細書において、実効的な量子効率とは、光電子放出層についてだけでなく、支持基板等を含む光電陰極全体での量子効率をいう。したがって、実効的な量子効率には、支持基板の透過率などの要素も反映されている。また、ベリリウム元素を含む当該光電陰極における下地層は、ベリリウム合金の酸化物や酸化ベリリウムからなる単層構造、主材料として酸化ベリリウムを含む層(BeO系下地)や酸化ベリリウム単層を含む多層構造など、種々の構造により実現可能である。例えば、当該下地層が酸化ベリリウム(BeO)と酸化マグネシウム(MgO)の混晶を含む場合、当該下地層が酸化ベリリウム(BeO)と酸化マンガン(MnO)の混晶を含む場合、当該下地層が酸化ベリリウム(BeO)と酸化イットリウム(Y)の混晶を含む場合、当該下地層が酸化ベリリウム(BeO)と酸化ハフニウム(HfO)の混晶を含む場合のいずれでも、高い量子効率が得られることを、発明者らは確認した。なお、当該下地層は、酸化ベリリウムと酸化マグネシウムの混晶からなる層、酸化ベリリウムと酸化マンガンの混晶からなる層、酸化ベリリウムと酸化イットリウムの混晶からなる層、又は酸化ベリリウムと酸化ハフニウムの混晶からなる層を含む多層構造であってもよい。また、当該下地層は、酸化ベリリウムを含む層と、この酸化ベリリウムを含む層と支持基板との間に位置する酸化ハフニウム膜を含む多層構造であってもよい。
【0013】
この発明に係る光電陰極において、光電子放出層は、アンチモン(Sb)とアルカリ金属との化合物からなるのが好ましい。また、アルカリ金属は、セシウム(Cs)、カリウム(K)及びナトリウム(Na)の少なくともいずれかを含むのが好ましい。
【0014】
この発明に係る光電陰極において、下地層の厚みは、該下地層の厚みに対する光電子放出層の厚みの比が0.1以上かつ100以下の範囲に収まるよう設定されるのが好ましい。
【0015】
この発明に係る光電陰極は、透過型及び反射型のいずれのタイプであっても、光電子増倍管(この発明に係る光電子増倍管)などの電子管(この発明に係る電子管)に好適に適用可能である。この場合、当該電子管は、上述のような構造を有する透過型又は反射型光電陰極と、該光電陰極から放出された電子を収集する陽極と、そして、該光電陰極及び該陽極を収納する容器を備える。また、当該光電子増倍管は、上述のような構造を有する透過型又は反射型光電陰極と、該光電陰極から放出された光電子をカスケード増倍するための電子増倍部と、該電子増倍部から放出された二次電子を収集する陽極と、そして、該光電陰極、該電子増倍部及び該陽極を収納する容器を備える。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、この発明に係る光電陰極によれば、従来の光電陰極と比較して実効的な量子効率が飛躍的に向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、この発明に係る光電陰極及び光電子増倍管(電子管に含まれる)の各実施形態を、図1〜5を参照して詳細に説明する。なお、図面の説明において、同一部位、同一要素には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0018】
図1において、(a)は、この発明に係る光電陰極として、透過型光電陰極の断面構造を示す図である。また、(b)は、この発明に係る光電陰極として、反射型光電陰極の断面構造を示す図である。
【0019】
図1(a)に示された透過型光電陰極1Aは、所定波長の入射光hνを透過する支持基板100Aと、該支持基板100A上に設けられた下地層200と、該下地層200上に設けられた光電子放出層300を備える。支持基板100Aは、当該透過型光電陰極1Aの光入射面として機能する第1主面101aと、該第1主面101aに対向する第2主面102aを有する。光電子放出層300は、支持基板100Aの第2主面102aに対面する第1主面301aと、該第1主面301aに対向するとともに当該透過型光電陰極1Aの光電子出射面として機能する第2主面302aを有する。また、下地層200は、支持基板100Aの第2主面102aと光電子放出層300の第1主面301aに直接接触した状態でこれら支持基板100A及び光電子放出層300の間に配置される。すなわち、この透過型光電陰極1Aは、支持基板100A側から入射光hνが入射され、該入射光hνに応答して光電子放出層300側から光電子eが放出される。
【0020】
透過型光電陰極1Aにおいて、支持基板100Aは、波長300nm〜1000nmの光を透過する材料からなるのが好ましい。このような支持基板材料としては、例えば石英ガラス、硼珪酸ガラスが適している。
【0021】
一方、図1(b)に示された反射型光電陰極1Bは、所定波長の入射光hνを遮断する支持基板100Bと、該支持基板100B上に設けられた下地層200と、該下地層200上に設けられた光電子放出層300を備える。支持基板100Bは、第1主面101bと、該第1主面101bに対向する第2主面102bを有する。光電子放出層300は、支持基板100Bの第2主面102bに対面する第1主面301bと、該第1主面301bに対向するとともに当該反射型光電陰極1Bの光入射面及び光電子出射面の双方として機能する第2主面302bを有する。また、下地層200は、支持基板100Bの第2主面102bと光電子放出層300の第1主面301bに直接接触した状態でこれら支持基板100B及び光電子放出層300の間に配置される。すなわち、この反射型光電陰極1Bは、光電子放出層300から支持基板100Bに向かって入射光hνが到達すると、該入射光hνに応答して支持基板100Bから光電子放出層300に向かう方向に光電子eが放出される。
【0022】
このような反射型光電陰極1Bにおいて、支持基板100Bは、光電子放出層300を支持する補強部材として機能するため、ニッケル支持基板等の金属材料からなるのが好ましい。
【0023】
上述のような透過型光電陰極1A、反射型光電陰極1Bのいずれにおいても、下地層200及び光電子放出層300は同様の構造を有してもよい。
【0024】
すなわち、下地層200は、Be元素を含む。具体的には、下地層200は、Be合金の酸化物やBeOからなる単層構造、主材料としてBeOを含む層(BeO系下地)やBeO単層を含む多層構造など、種々の構造により実現可能である。例えば、BeO単層の他に、BeOとMgOの混晶(BeMg)、BeOとMnOの混晶(BeMn)、BeOとYの混晶(Be)、BeOとHfOの混晶(BeHf)でもよい。このような構造を有する下地層200は、BeとMg、BeとMn、BeとY、BeとHfのいずれかが基板に同時に蒸着された後に酸化される。あるいは、下地層200は、Beの蒸着に続けて、Mg、Mn、Y及びHfのうちいずれかの蒸着が行われた後に酸化されることでも得られる(Beが先の蒸着された後に他の金属材料が蒸着されると該Beの酸化が不十分になる可能性があるので、このような製造方法では下地層の総質量に対する該他の金属材料の質量比率を20%以下に抑えるのが好ましい)。なお、混晶の場合、Beの割合は、他の金属材料を含む混晶全体に対する質量比率で50%よりも大きくしておくのが好ましい。これは、製造時に用意されるBeの質量をMg、Mn等の他の金属材料の総質量に対して多くしておくことにより実現可能である。
【0025】
光電子放出層300は、アンチモン(Sb)とアルカリ金属との化合物からなるのが好ましい。また、アルカリ金属は、セシウム(Cs)、カリウム(K)及びナトリウム(Na)の少なくともいずれかを含むのが好ましい。このような光電子放出層300は、当該光電陰極1Aの活性層として機能する。
【0026】
なお、以下の説明において、透過型及び反射型光電陰極1A、1Bのいずれにも限定せずに単に支持基板と言う場合には、参照番号として“100”と明記する。
【0027】
図2は、この発明に係る光電陰極のうち上述の透過型光電陰極1Aが適用される光電子増倍管(この発明に係る電子管に含まれる)の断面構造を示す図である。
【0028】
この透過型光電子電子管10Aは、入射光hνを透過する入射面板を有する透明容器32を備える。この透明容器32の入射面板が、当該透過型光電陰極1Aの支持基板100Aとして機能する。透明容器32内には下地層200を介して光電子放出層300が配置されるとともに、放出された光電子を増倍部40へ導く集束電極36、二次電子を増倍する増倍部40、及び増倍された二次電子を収集する陽極38が設けられている。このように、透明容器32は、当該透過型光電陰極1Aの少なくとも一部及び陽極38を収納する。
【0029】
集束電極36と陽極38との間に設けられる増倍部40は、複数段のダイノード(電極)42で構成されている。各ダイノード42は、容器32を貫通するように設けられたステムピン44と電気的に接続されている。
【0030】
一方、図3は、この発明に係る光電陰極のうち上述の反射型光電陰極1Bが適用される光電子増倍管(この発明に係る電子管に含まれる)の断面構造を示す図である。
【0031】
この反射型光電子電子管10Bは、入射光hνを透過する入射面板を有する透明容器32を備えるが、当該反射型光電陰極1Bは、支持基板100Bを含む全体が透明容器32内に配置される。さらに、透明容器32内には、反射型光電陰極1Bから放出された光電子を増倍する増倍部40、増倍部40で増倍された二次電子を収集する陽極38が設けられている。このように、透明容器32は、当該反射型光電陰極1B全体及び陽極38を収納する。
【0032】
反射型光電陰極1Bと陽極38との間に設けられる増倍部40は、複数段のダイノード(電極)42で構成されている。各ダイノード42は、図2に示された透過型光電子増倍管10Aと同様に、透明容器32を貫通するように設けられたステムピンと電気的に接続されている。
【0033】
次に、この発明に係る光電陰極として用意された複数サンプルについて説明する。なお、用意されたサンプルは透過型光電陰極であるが、反射型光電陰極の特性については、透過型光電陰極の場合と同様の特性が期待できることが容易に推測できるため、省略する。図4(a)は、当該透過型光電陰極1Aとして用意された複数サンプル(以下、透過型サンプルという)に適用されている下地層構造の種類を説明するための表である。また、図4(b)は、用意された複数の透過型サンプルに適用される光電子放出層構造の種類を説明するための表である。すなわち、用意された透過型サンプルの種類は、5種類の下地層200と4種類の光電子放出層300の組み合わせにより得られる20種類である。
【0034】
図4(a)の表に示されたように、下地層200の構造No.1は、BeO単層である。下地層200の構造No.2は、MgO単層とBeO単層の2層構造であり、これらMgO単層とBeO単層の界面には合金(BeO−MgO)が形成されている。なお、この構造No.2では、いずれの単層が支持基板100に接触してもよい。また、この構造No.2の製造では、MgOの形成後にBeOが形成されてもよく、MgOとBeOが同時に蒸着されてもよい。下地層200の構造No.3は、MnO単層とBeO単層の2層構造であり、これらMnO単層とBeO単層の界面には合金(BeO−MnO)が形成されている。この構造No.3においても、いずれの単層が支持基板100に接触してもよい。また、この構造No.3の製造でも、MnOの形成後にBeOが形成されてもよく、MnOとBeOが同時に蒸着されてもよい。下地層200の構造No.4は、Be合金の酸化物からなる単層である。下地層200の構造No.5は、支持基板100上にHfOやYなどの薄膜を設け、この薄膜上にBeO系下地(上記構造No.1〜No.4のいずれでもよい)が設けられている。この薄膜は入射光に対する反射防止膜(anti-reflection(AR)コート)として機能させることができる。また、HfOやYの膜厚は、30Å〜2000Åの範囲内で選択される。
【0035】
一方、図4(b)の表に示されたように、光電子放出層300の構造No.1は、K−CsSb(KCsSb)単層である。光電子放出層300の構造No.2は、Na−KSb(NaKSb)単層である。光電子放出層300の構造No.3は、Cs−Na−KSb(Cs(NaK)Sb)単層である。光電子放出層300の構造No.4は、Cs−TeSb(CsTeSb)単層である。
【0036】
上述のMnO、MgOなどは、波長300nm〜1000nmの光を透過する材料として知られている。また、薄膜材料であるHfOは、波長300nm〜1000nmの光に対して高い透過率を示す。
【0037】
以上、下地層200に適用される構造No.1〜No.5と、光電子放出層300に適用される構造No.1〜No.4の組み合わせのうち代表的な透過型サンプルについて分光感度特性を測定した結果、優れた分光感度特性が得られた。
【0038】
図5は、この発明に係る光電陰極として上述のような構造を備えた透過型サンプルの感度特性を、比較例に係る透過型光電陰極の比較サンプルの感度特性とともに示すグラフである。ここで、図5中のグラフG510は上述の下地層構造No.2(BeOとMgOの混晶(BeとMgの質量比率は9:1))と光電子放出層構造No.1の組み合わせを有する第1透過型サンプルの分光感度特性を示し、グラフG520は比較例に係る光電陰極である比較サンプルの分光感度特性を示し、そして、グラフG530は上述の下地層構造No.5(HfOコート上に、BeとMgの質量比率が9:1に設定されたBeOとMgOの混晶が形成される)と光電子放出層構造No.1の組み合わせを有する第2透過型サンプルの分光感度特性を示す。
【0039】
この発明に係る光電陰極1Aの第1透過型サンプルにおいて、支持基板100Aは硼珪酸ガラス、下地層200はBeとMgの質量比率が9:1に設定されたBeOとMgOの混晶(支持基板100A上にMgOとBeOが同時に蒸着される)、そして、光電子放出層300はK−CsSb層でそれぞれ構成されている。また、当該第1透過型サンプルにおいて、下地層200の厚みは100Å、光電子放出層300の厚みは160Åであり、下地層200の厚みに対する光電子放出層300の厚みの比は、1.6である。
【0040】
一方、比較サンプルにおいて、支持基板は硼珪酸ガラス、下地層はMnO単層、そして、光電子放出層はK−CsSb層でそれぞれ構成されている。また、この比較サンプルにおいて、下地層の厚みは30Å、光電子放出層の厚みは160Åであり、下地層の厚みに対する光電子放出層の厚みの比は、5.3である。
【0041】
さらに、この発明に係る光電陰極1Aの第2透過型サンプルにおいて、支持基板100Aは硼珪酸ガラスで構成されている。下地層200は、ARコートとして支持基板100A上に蒸着されたHfOと、Be系下地としてBeとMgの質量比率が9:1に設定されたBeOとMgOの混晶(HfOコート上にMgOとBeOが同時に蒸着される)により構成されている。そして、光電子放出層300はK−CsSb層でそれぞれ構成されている。また、当該第2透過型サンプルにおいて、下地層200の厚みは400Å(HfOが300Å、BeOとMgOの混晶が100Å)、光電子放出層300の厚みは160Åであり、下地層200の厚みに対する光電子放出層300の厚みの比は、0.4である。なお、BeOとMgOの混晶からなる層の厚みに対する光電子放出層300の厚みの比は、1.6である。
【0042】
図5から判るように、この発明に係る光電陰極として用意された透過型サンプルは、下地層200の少なくとも一部にBeOとMgOの混晶(BeとMgの質量比率は9:1)を含む領域が設けられたことにより、比較サンプルよりも全使用波長領域において量子効率が向上している。特に、波長360nmにおける量子効率は、比較サンプルが26.9%であるのに対し、第1透過型サンプルは40.8%、第2透過型サンプルでは44.8%となり、およそ50%程度又はそれ以上の感度増加が確認された。このように実効的な量子効率を飛躍的に向上させるためには、この発明に係る光電陰極において、下地層200の厚みは、該下地層200の厚みに対する光電子放出層300の厚みの比が0.1以上かつ100以下の範囲に収まるよう設定されるのが好ましい。また、下地層200の厚みは20Å〜500Åの範囲、光電子放出層300の厚みは50Å〜2000Åの範囲にそれぞれ収まるよう設定されるのが好ましい。
【0043】
なお、K−CsSb光電子放出層300に対して下地層200の構造を変えことにより得られる種々の透過型サンプルの、波長360nmにおける量子効率は、以下のようになる。すなわち、下地層200がBeO単層の場合(構造No.1)、得られる透過型サンプルの量子効率は38.8%であった。また、MgOの蒸着後にBeOが蒸着された構造No.2の下地層200の場合、得られる透過型サンプルの量子効率は38%(波長360nm)であった。下地層200がBeOとMnOの混晶(BeとMnの質量比率は9:1)の場合(構造No.3)、得られる透過型サンプルの量子効率は38%であった。下地層200がBeOとYの混晶(BeとYの質量比率は9:1、)の場合、量子効率は41.2%であった。さらに、下地層200がBeOとHfOの混晶(BeとHfの質量比率は9:1)の場合、量子効率は39.6%であった。いずれの下地層構造を備えた透過型サンプルにおいても、比較サンプルと比較して感度増加が確認された。特に、第2透過型サンプル(硼珪酸ガラスの支持基板100A、HfOコート及びBeOとMgOの混晶で構成された下地層200、K−CsSb光電子放出層300で構成されている)の場合、図5に示されたようにピーク44.8%の高い量子効率が得られた。
【0044】
上述のようにこの発明に係る光電陰極として用意されたサンプルが比較サンプルよりも著しく分光感度が向上するのは、BeOを含む下地層200がバリア層として機能することに起因していると考えられる。すなわち、当該光電陰極の製造工程における熱処理時に光電子放出層300に含まれるアルカリ金属(例えば、K、Csなど)は、拡散するため当該光電子放出層300に隣接する層に移動してしまうと考えられる。この場合、実効的な量子効率の低減はその結果によるものと推察される。一方、BeOを含む下地層200が隣接層として光電子放出層300に接触した状態で設けられると、製造工程における熱処理時に光電子放出層300に含まれるアルカリ金属(例えば、K、Csなど)の拡散が効果的に抑制されると考えられる。BeOを含む下地層200を備えた光電陰極において高い実効的量子効率を実現できるのは、その結果によるものと推察される。さらに、この下地層200は、光電子放出層300内で発生した光電子のうち、支持基板100側へ向かう光電子の進行方向を該光電子放出層300側に反転させるよう機能していると推察される。このため、当該光電陰極全体の量子効率を飛躍的に向上すると考えられる。
【0045】
光電子放出層300に含まれるアルカリ金属の種類が複数の場合、複数回に渡ってアルカリ蒸気を送らなければならない。そのため、熱処理による量子効率の低減が抑制されることは、非常に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】(a)は、この発明に係る光電陰極として、透過型光電陰極の断面構造を示す図であり、(b)は、この発明に係る光電陰極として、反射型光電陰極の断面構造を示す図である。
【図2】この発明に係る光電陰極として、透過型光電陰極が適用された光電子増倍管(この発明に係る電子管に含まれる)の断面構造を示す図である。
【図3】この発明に係る光電陰極として、反射型光電陰極が適用された光電子増倍管(この発明に係る電子管に含まれる)の断面構造を示す図である。
【図4】(a)は、この発明に係る光電陰極として用意された複数サンプルに適用されている下地層構造の種類を説明するための表であり、(b)は、この発明に係る光電陰極として用意された複数サンプルに適用される光電子放出層構造の種類を説明するための表である。
【図5】この発明に係る光電陰極の分光感度特性を、比較例に係る光電陰極の分光感度特性とともに示すグラフである。
【符号の説明】
【0047】
1A、1B…光電陰極、10A、10B…光電子増倍管(電子管)、100、100A、100B…支持基板、200…下地層、300…光電子放出層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定波長の光が入射される光入射面と、該光の入射に応答して光電子を放出する光電子出射面を有する光電陰極であって、
第1主面と該第1主面に対向する第2主面を有する支持基板と、
第1主面と該第1主面に対向する第2主面を有するとともにアルカリ金属を含む光電子放出層であって、当該光電子放出層の第1主面が前記支持基板の第2主面に対面するよう前記支持基板の第2主面上に設けられた光電子放出層と、そして、
前記支持基板の第2主面と前記光電子放出層の第1主面に直接接触した状態で前記支持基板と前記光電子放出層との間に設けられた下地層であって、ベリリウム元素を含む下地層とを備えた光電陰極。
【請求項2】
前記下地層の厚みは、該下地層の厚みに対する前記光電子放出層の厚みの比が0.1以上かつ100以下の範囲に収まるよう設定されていることを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項3】
前記光電子放出層は、アンチモンとアルカリ金属との化合物からなることを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項4】
前記アルカリ金属は、セシウム、カリウム及びナトリウムの少なくともいずれかを含むことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項5】
前記支持基板は、入射される前記所定波長の光を透過する材料からなり、そして、
当該光電陰極は、前記支持基板の第1主面が前記光入射面として機能する一方、前記光電子放出層の第2主面が前記光電子出射面として機能する透過型光電陰極を含むことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項6】
請求項5記載の光電陰極と、
前記光電陰極から放出された電子を収集する陽極と、そして、
前記光電陰極及び前記陽極を収納する容器を備えた電子管。
【請求項7】
前記支持基板は、入射される前記所定波長の光を遮断する材料からなり、そして、
当該光電陰極は、前記光電子放出層の第2主面が前記光入射面として機能するとともに前記光電子出射面としても機能する反射型光電陰極を含むことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項8】
請求項7記載の光電陰極と、
前記光電陰極から放出された電子を収集する陽極と、そして、
前記光電陰極及び前記陽極を収納する容器を備えた電子管。
【請求項9】
前記下地層は、酸化ベリリウムと酸化マグネシウムの混晶を含むことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項10】
前記下地層は、酸化ベリリウムと酸化マンガンの混晶を含むことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項11】
前記下地層は、酸化ベリリウムと酸化イットリウムの混晶を含むことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項12】
前記下地層は、酸化ベリリウムと酸化ハフニウムの混晶を含むことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項13】
前記下地層は、酸化ベリリウムを含む層と、該酸化ベリリウムを含む層と前記支持基板との間に位置に酸化ハフニウム膜を備えたことを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項14】
請求項5又は7記載の光電陰極と、
前記光電陰極から放出された光電子をカスケード増倍するための電子増倍部と、
前記電子増倍部から放出された二次電子を収集する陽極と、そして、
前記光電陰極、前記電子増倍部及び前記陽極を収納する容器を備えた光電子電子管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−166262(P2008−166262A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−305060(P2007−305060)
【出願日】平成19年11月26日(2007.11.26)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)