説明

光電陰極、電子管及び光電子増倍管

【課題】 実効的な量子効率を向上させることができる光電陰極、そのような光電陰極を備える電子管及び光電子増倍管を提供する。
【解決手段】 光電陰極1A,1Bにおいては、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200が支持基板100A,100Bと光電子放出層300との間に設けられ、光電子放出層300に接触している。これにより、例えば光電陰極1A,1Bの製造工程における熱処理時に、光電子放出層300に含まれるアルカリ金属の支持基板100A,100B側への拡散が抑制される。更に、この下地層200は、光電子放出層300で発生した光電子eのうち支持基板100A,100B側へ向かう光電子の進行方向をその反対側に反転させるよう機能していると推察される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の入射に応答して光電子を放出する光電陰極(Photocathode)、そのような光電陰極を備える電子管及び光電子増倍管に関する。
【背景技術】
【0002】
光電陰極は、例えば特許文献1,2に記載されたように、入射光に応答して発生する電子(光電子)を放出するデバイスである。このような光電陰極は、光電子増倍管等の電子管に好適に適用される。また、光電陰極は、適用される支持基板材料の違いにより、透過型と反射型の2タイプがある。
【0003】
透過型光電陰極では、入射光を透過する材料からなる支持基板上に光電子放出層が形成され、光電子増倍管等の透明容器の一部が該支持基板として機能する。この場合、支持基板を透過した入射光が光電子放出層に到達すると、到達した該入射光に応答して該光電子放出層内で光電子が発生する。該光電子放出層から見て支持基板とは反対側に光電子取り出し用の電界が形成されることで、該光電子放出層内で発生した光電子は、該入射光の進行方向に一致した方向に向かって放出される。
【0004】
一方、反射型光電陰極では、入射光を遮断する材料からなる支持基板上に光電子放出層が形成され、該支持基板は光電子増倍管の透明容器の内部に配置される。この場合、支持基板は、光電子放出層を支持する補強部材として機能しており、入射光は該支持基板を避けて光電子放出層に直接到達する。光電子放出層内では、到達した該入射光に応答して光電子が発生する。該光電子放出層内で発生した光電子は、該光電子放出層から見て支持基板とは反対側に光電子取り出し用の電界が形成されることで、支持基板から見て該入射光が進行してきた側に放出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第3254253号明細書
【特許文献2】特公平5−52444号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは上述の従来技術を検討した結果、以下のような課題を発見した。すなわち、光電変換デバイスとしての光電陰極に要求される分光感度はより高い方が好ましい。この分光感度を高くするには、入射する光子の数に対する放出される光電子の数の割合を示す当該光電陰極の実効的な量子効率を高くする必要がある。例えば、上記特許文献1,2では、支持基板と光電子放出層との間に反射防止膜や中間層を備えた光電陰極が検討されている。しかしながら、近年、更なる量子効率の向上が望まれている。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、実効的な量子効率を向上させることができる光電陰極、そのような光電陰極を備える電子管及び光電子増倍管を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る光電陰極は、光の入射に応答して光電子を放出する光電陰極であって、支持基板と、支持基板上に設けられた下地層と、下地層上に設けられ、アルカリ金属を含む材料からなる光電子放出層と、を備え、下地層は、酸化ランタンを含む結晶性の材料からなり、光電子放出層と接触していることを特徴とする。
【0009】
この光電陰極においては、酸化ランタン(La)を含む結晶性の材料からなる下地層が支持基板と光電子放出層との間に設けられ、光電子放出層に接触している。これにより、例えば光電陰極の製造工程における熱処理時に、光電子放出層に含まれるアルカリ金属の支持基板側への拡散が抑制される。そのため、光電子放出層における量子効率の低下が効果的に抑制される。更に、この下地層は、光電子放出層で発生した光電子のうち支持基板側へ向かう光電子の進行方向をその反対側に反転させるよう機能していると推察される。そのため、光電陰極全体の量子効率が飛躍的に向上すると考えられる。以上により、この光電陰極によれば、実効的な量子効率を向上させることができる。なお、実効的な量子効率とは、光電子放出層についてだけでなく、支持基板等を含む光電陰極全体での量子効率をいう。つまり、実効的な量子効率には、支持基板の透過率等の要素も反映される。
【0010】
また、下地層の厚さに対する光電子放出層の厚さの比が0.06〜400であれば、実効的な量子効率をより一層向上させることができる。
【0011】
また、光電子放出層が、アルカリ金属とアンチモン(Sb)との化合物を含む材料からなっていても、更に、セシウム(Cs)、カリウム(K)及びナトリウム(Na)の少なくとも1つをアルカリ金属として含む材料からなっていても、高い量子効率が得られる。
【0012】
また、下地層が、酸化ランタンと酸化ベリリウム(BeO)との混晶を含む材料、酸化ランタンと酸化マグネシウム(MgO)との混晶を含む材料、及び酸化ランタンと酸化マンガン(MnO)との混晶を含む材料のいずれか1つの材料からなっていても、高い量子効率が得られる。下地層は、酸化ランタンと希土類元素との混晶を含む材料、酸化ランタンとアルカリ土類元素との混晶を含む材料、及び酸化ランタンとチタン族元素との混晶を含む材料のいずれか1つの材料からなっていてもよい。
【0013】
また、支持基板と下地層との間に、酸化ハフニウム(HfO)及び酸化イットリウム(Y)の少なくとも1つを含む材料からなる反射防止膜が設けられていれば、光電子放出層に光をより効率良く入射させることができる。
【0014】
また、支持基板が、光を透過する材料からなり、光電子放出層が、支持基板側から光を入射させ、支持基板の反対側に光電子を放出する、いわゆる透過型の光電陰極であってもよいし、或いは、支持基板が、光を遮断する材料からなり、光電子放出層が、支持基板の反対側から光を入射させ、支持基板の反対側に光電子を放出する、いわゆる反射型の光電陰極であってもよい。
【0015】
また、本発明に係る電子管は、上述した光電陰極と、光電陰極から放出された光電子を収集する陽極と、光電陰極及び陽極を収納する容器と、を備えることを特徴とする。
【0016】
更に、本発明に係る光電子増倍管は、上述した光電陰極と、光電陰極から放出された光電子をカスケード増倍するための電子増倍部と、電子増倍部から放出された二次電子を収集する陽極と、光電陰極、電子増倍部及び陽極を収納する容器と、を備えることを特徴とする。
【0017】
これらの電子管や光電子増倍管は、上述した光電陰極を備えているので、実効的な量子効率を向上させることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、実効的な量子効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係る光電陰極の実施形態の断面図である。
【図2】図1(a)の透過型光電陰極が適用された光電子増倍管の断面構造を示す図である。
【図3】図1(b)の反射型光電陰極が適用された光電子増倍管の断面構造を示す図である。
【図4】本発明に係る光電陰極の実施例として用意されたサンプルに適用されている下地層構造の種類及び光電子放出層構造の種類を説明するための表である。
【図5】本発明に係る光電陰極の実施例として用意されたサンプルの分光感度特性、及び比較例として用意されたサンプルの分光感度特性を示すグラフである。
【図6】酸化ランタンのX線回折の結果及びランタンガラスのX線回折の結果を示すグラフである。
【図7】本発明に係る光電陰極の他の実施例として用意されたサンプルに適用されている下地層構造の種類を説明するための表である。
【図8】本発明に係る光電陰極の他の実施例として用意されたサンプルの分光感度特性、及び他の比較例として用意されたサンプルの分光感度特性を示すグラフである。
【図9】本発明に係る光電陰極の他の実施例として用意されたサンプルの分光感度特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、各図において同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0021】
図1(a)は、本発明に係る光電陰極の一実施形態である透過型光電陰極の断面図である。図1(a)に示されるように、透過型光電陰極1Aは、所定波長の入射光hνを透過する支持基板100Aと、該支持基板100A上に設けられた下地層200と、該下地層200上に設けられた光電子放出層300と、を備える。支持基板100Aは、当該透過型光電陰極1Aの光入射面として機能する第1主面101aと、該第1主面101aに対向する第2主面102aと、を有する。光電子放出層300は、支持基板100Aの第2主面102aに対面する第1主面301aと、該第1主面301aに対向すると共に当該透過型光電陰極1Aの光電子出射面として機能する第2主面302aと、を有する。下地層200は、支持基板100Aの第2主面102aと光電子放出層300の第1主面301aとに直接接触した状態で、支持基板100Aと光電子放出層300との間に配置される。
【0022】
この透過型光電陰極1Aでは、支持基板100A側から入射光hνが入射され、該入射光hνに応答して光電子放出層300側から光電子eが放出される。つまり、光電子放出層300は、支持基板100A側から光hνを入射させ、支持基板100Aの反対側に光電子eを放出する。支持基板100Aは、波長300nm〜1000nmの光を透過する材料からなることが好ましい。このような支持基板材料としては、例えば石英ガラスや硼珪酸ガラス等のガラス材料が適している。
【0023】
一方、図1(b)は、本発明に係る光電陰極の他の実施形態である反射型光電陰極の断面図である。図1(b)に示されるように、反射型光電陰極1Bは、所定波長の入射光hνを遮断する支持基板100Bと、該支持基板100B上に設けられた下地層200と、該下地層200上に設けられた光電子放出層300と、を備える。支持基板100Bは、第1主面101bと、該第1主面101bに対向する第2主面102bと、を有する。光電子放出層300は、支持基板100Bの第2主面102bに対面する第1主面301bと、該第1主面301bに対向すると共に当該反射型光電陰極1Bの光入射面及び光電子出射面の双方として機能する第2主面302bと、を有する。下地層200は、支持基板100Bの第2主面102bと光電子放出層300の第1主面301bとに直接接触した状態で、支持基板100Bと光電子放出層300との間に配置される。
【0024】
この反射型光電陰極1Bでは、光電子放出層300から支持基板100Bに向かって入射光hνが到達すると、該入射光hνに応答して支持基板100Bから光電子放出層300に向かう方向に光電子eが放出される。つまり、光電子放出層300は、支持基板100Bの反対側から光hνを入射させ、支持基板100Bの反対側に光電子eを放出する。支持基板100Bは、光を遮断する材料からなることが好ましい。このような支持基板材料としては、支持基板100Bが光電子放出層300を支持する補強部材として機能するため、例えばニッケル等の金属材料が適している。
【0025】
上述したような透過型光電陰極1A及び反射型光電陰極1Bのいずれにおいても、下地層200及び光電子放出層300は、次のような同様の構造を有してもよい。
【0026】
すなわち、下地層200は、Laを含む結晶性の材料からなる。具体的には、下地層200は、Laからなる単層構造、主材料としてLaを含む層(La系下地)やLa単層を含む多層構造等、種々の構造により実現可能である。例えば、下地層200は、LaとBeOとの混晶(LaBe)を含む材料、LaとMgOとの混晶(LaMg)を含む材料、及びLaとMnOとの混晶(LaMn)を含む材料のいずれか1つの材料からなっていてもよい。このような構造を有する下地層200は、La及びBe、La及びMg、並びにLa及びMnのいずれか1組の元素が同時に或いは順次に基板に蒸着された後に酸化されることで形成される。ただし、下地層200は、Laを含む結晶性の材料からなり、光電子放出層300と接触していることが必要である。
【0027】
また、光電子放出層300は、アルカリ金属とSbとの化合物を含む材料からなることが好ましい。更に、アルカリ金属は、Cs、K及びNaの少なくとも1つを含むことが好ましい。このような光電子放出層300は、当該光電陰極1A,1Bの活性層として機能する。
【0028】
以上説明したように、光電陰極1A,1Bにおいては、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200が支持基板100A,100Bと光電子放出層300との間に設けられ、光電子放出層300に接触している。これにより、例えば光電陰極1A,1Bの製造工程における熱処理時に、光電子放出層300に含まれるアルカリ金属の支持基板100A,100B側への拡散が抑制される。そのため、光電子放出層300における量子効率の低下が効果的に抑制される。更に、この下地層200は、光電子放出層300で発生した光電子eのうち支持基板100A,100B側へ向かう光電子の進行方向をその反対側に反転させるよう機能していると推察される。そのため、光電陰極1A,1B全体の量子効率が飛躍的に向上すると考えられる。従って、光電陰極1A,1Bによれば、実効的な量子効率を向上させることができる。
【0029】
次に、以上のように構成された光電陰極1A,1Bが適用された光電子増倍管について説明する。なお、以下の説明において、透過型光電陰極1A及び反射型光電陰極1Bのいずれにも限定せずに単に支持基板と言う場合には、参照番号として“100”と明記する。
【0030】
図2は、図1(a)の透過型光電陰極が適用された光電子増倍管の断面構造を示す図である。図2に示されるように、透過型光電子増倍管(電子管)10Aは、入射光hνを透過する入射面板を有する透明容器32を備える。この透明容器32の入射面板が、当該透過型光電陰極1Aの支持基板100Aとして機能する。透明容器32内には下地層200を介して光電子放出層300が配置されると共に、放出された光電子eを増倍部40へ導く集束電極36、二次電子を増倍する増倍部40、及び増倍された二次電子を収集する陽極38が設けられている。このように、透明容器32は、当該透過型光電陰極1Aの少なくとも一部及び陽極38を収納する。
【0031】
集束電極36と陽極38との間に設けられる増倍部40は、光電陰極1Aから放出された光電子eをカスケード増倍するための電子増倍部であって、複数段のダイノード(電極)42で構成されている。各ダイノード42は、容器32を貫通するように設けられたステムピン44と電気的に接続されている。
【0032】
一方、図3は、図1(b)の反射型光電陰極が適用された光電子増倍管の断面構造を示す図である。図3に示されるように、反射型光電子増倍管(電子管)10Bは、入射光hνを透過する入射面板を有する透明容器32を備えるが、当該反射型光電陰極1Bは、支持基板100Bを含む全体が透明容器32内に配置される。更に、透明容器32内には、反射型光電陰極1Bから放出された光電子eを増倍する増倍部40、増倍部40で増倍された二次電子を収集する陽極38が設けられている。このように、透明容器32は、当該反射型光電陰極1B全体及び陽極38を収納する。
【0033】
反射型光電陰極1Bと陽極38との間に設けられる増倍部40は、光電陰極1Bから放出された光電子eをカスケード増倍するための電子増倍部であって、複数段のダイノード(電極)42で構成されている。各ダイノード42は、図2に示された透過型光電子増倍管10Aと同様に、透明容器32を貫通するように設けられたステムピンと電気的に接続されている。
【0034】
次に、本発明に係る光電陰極の実施例として用意されたサンプルについて説明する。なお、用意されたサンプルは透過型光電陰極であるが、反射型光電陰極の特性については、透過型光電陰極の場合と同様の特性が期待できることが容易に推測できるため、省略する。
【0035】
図4(a)は、実施例として用意されたサンプルに適用されている下地層構造の種類を説明するための表である。また、図4(b)は、実施例として用意されたサンプルに適用されている光電子放出層構造の種類を説明するための表である。つまり、実施例として用意されたサンプルは、6種類の下地層200と4種類の光電子放出層300との組合せにより得られる24種類である。
【0036】
図4(a)に示されるように、下地層200の構造No.1は、結晶構造を有するLa単層である。下地層200の構造No.2は、結晶構造を有するLa単層とBeO単層との2層構造(La/BeO)であり(ただし、La単層が光電子放出層300に接触している)、これらLa単層とBeO単層との界面には合金(La−BeO)が形成されている。なお、この構造No.2の製造では、La及びBeOが同時に蒸着されてもよいし、順次に蒸着されてもよい。
【0037】
下地層200の構造No.3は、結晶構造を有するLa単層とMgO単層との2層構造(La/MgO)であり(ただし、La単層が光電子放出層300に接触している)、これらLa単層とMgO単層との界面には合金(La−MgO)が形成されている。なお、この構造No.3の製造では、La及びMgOが同時に蒸着されてもよいし、順次に蒸着されてもよい。下地層200の構造No.4は、結晶構造を有するLa単層とMnO単層との2層構造(La/MnO)であり(ただし、La単層が光電子放出層300に接触している)、これらLa単層とMnO単層との界面には合金(La−MnO)が形成されている。なお、この構造No.4の製造では、La及びMnOが同時に蒸着されてもよいし、順次に蒸着されてもよい。
【0038】
下地層200の構造No.5は、結晶構造を有するLa合金の酸化物からなる単層である。下地層200の構造No.6は、支持基板100上にHfOやY等の薄膜が設けられ、この薄膜にLa系下地(上記構造No.1〜No.4のいずれかでもよい)が設けられたものである。この薄膜は入射光hνに対する反射防止膜(anti-reflection(AR)コート)として機能させることができる。また、HfOやY等の膜厚は、30Å〜2000Åの範囲内で選択される。
【0039】
このように、支持基板100と下地層200との間に、HfO及びYの少なくとも1つを含む材料からなる反射防止膜が設けられていれば、光電子放出層300に光hνをより効率良く入射させることができる。なお、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200を反射防止膜として機能させるためには、下地層200の膜厚は、350Å〜450Åの範囲内で選択されることが好ましい。
【0040】
一方、図4(b)に示されるように、光電子放出層300の構造No.1は、K−CsSb(KCsSb)単層である。光電子放出層300の構造No.2は、Na−KSb(NaKSb)単層である。光電子放出層300の構造No.3は、Cs−Na−KSb(Cs(NaK)Sb)単層である。光電子放出層300の構造No.4は、Cs−Te(CsTe)単層である。
【0041】
上述したMnO、MgO等は、波長300nm〜1000nmの光を透過する材料として知られている。また、薄膜材料であるHfOは、波長300nm〜1000nmの光に対して高い透過率を示す。
【0042】
以上、下地層200の構造No.1〜No.5と光電子放出層300の構造No.1〜No.4との組合せの各サンプルについて分光感度特性を測定した結果、優れた分光感度特性が得られた。
【0043】
図5は、本発明に係る光電陰極の実施例として用意されたサンプルの分光感度特性、及び比較例として用意されたサンプルの分光感度特性を示すグラフである。実施例として用意されたサンプルにおいては、下地層が上記構造No.1であり、光電子放出層が上記構造No.1である。一方、比較例として用意されたサンプルにおいては、光電子放出層が上記構造No.1であるが、下地層がMnOからなる。なお、両サンプルは、支持基板が硼珪酸ガラスからなる透過型光電陰極として用意されたものである。
【0044】
実施例として用意されたサンプルにおいて、下地層200の厚さは200Åであり、光電子放出層300の厚さは160Åであって、下地層200の厚さに対する光電子放出層300の厚さの比は0.8である。また、比較例として用意されたサンプルにおいて、下地層の厚さは30Åであり、光電子放出層の厚さは160Åであって、下地層の厚さに対する光電子放出層の厚さの比は5.3である。なお、下地層の好適な厚さは5〜800Åであり、光電子放出層の好適な厚さは50〜2000Åである。
【0045】
図5から分かるように、実施例として用意されたサンプルは、比較例として用意されたサンプルに比べ、使用波長領域の大部分において量子効率が向上している。特に、波長360nmにおける量子効率は、比較例として用意されたサンプルでは26.9%であるのに対し、実施例として用意されたサンプルでは37.9%であり、およそ4割程度の感度増加が確認された。
【0046】
このように実効的な量子効率を飛躍的に向上させるためには、光電陰極1A,1Bにおいて、下地層200の厚さに対する光電子放出層300の厚さの比が0.06〜400であることが好ましい。このとき、下地層200の厚さは、5Å〜800Åの範囲に収まるように設定され、光電子放出層300の厚さは、50Å〜2000Åの範囲に収まるよう設定されることが好ましい。
【0047】
上述したように、実施例として用意されたサンプルが比較例として用意されたサンプルよりも著しく分光感度が向上するのは、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200がバリア層として機能することに起因していると考えられる。すなわち、当該光電陰極の製造工程における熱処理時に光電子放出層300に含まれるアルカリ金属(例えば、K、Cs等)は、拡散によって当該光電子放出層300に隣接する層に移動してしまうと考えられる。この場合、実効的な量子効率の低減はその結果によるものと推察される。一方、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200が隣接層として光電子放出層300に接触した状態で設けられると、製造工程における熱処理時に光電子放出層300に含まれるアルカリ金属(例えば、K、Cs等)の拡散が効果的に抑制されると考えられる。Laを含む結晶性の材料からなる下地層200を備えた光電陰極において高い実効的量子効率を実現できるのは、その結果によるものと推察される。更に、この下地層200は、光電子放出層300内で発生した光電子のうち、支持基板100側へ向かう光電子の進行方向を該光電子放出層300側に反転させるよう機能していると推察される。このため、当該光電陰極全体の量子効率を飛躍的に向上すると考えられる。
【0048】
光電子放出層300に含まれるアルカリ金属の種類が複数の場合、複数回に渡ってアルカリ蒸気を送らなければならない。そのため、熱処理による量子効率の低減が抑制されることは、非常に有効である。
【0049】
次に、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200(光電子放出層300に直接接触)を備える光電陰極1A,1Bが、ランタンガラスからなる下地層(光電子放出層に直接接触)を備える光電陰極に比べ、優位であることについて説明する。
【0050】
図6は、酸化ランタン(La)のX線回折の結果及びランタンガラスのX線回折の結果を示すグラフである。図6に示されるように、ランタンガラスには、結晶性を示すピーク値が存在しない。これはランタンガラスが非晶質の材料であることを示している。一方、Laには、Lanth(110)のピーク値が存在する。これは、Laが(110)面で結晶化した材料であることを示している。このLanth(110)のピーク値は、Laに他の元素が混合されていても、理論的には存在し得るものである。なお、使用したX線回折装置は、メーカー名:株式会社リガク、装置名:薄膜用X線回折装置(SmartLab)であり、使用条件は、管電圧:45kV、管電流:200mA、In-Plane測定である。
【0051】
このように、ランタンガラスからなる下地層は、非晶質である点で、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200と相違している。これにより、Laを含む結晶性の材料からなる下地層200(光電子放出層300に直接接触)を備える光電陰極1A,1Bは、ランタンガラスからなる下地層(光電子放出層に直接接触)を備える光電陰極に比べ、次のような優位点を有している。
【0052】
すなわち、ランタンガラスの屈折率は1.8未満であるのに対し、Laの屈折率は1.95であることから、Laからなる下地層200は、反射防止膜として適切である。また、ランタンガラスは酸化バリウム(Ba)やアルカリ土類金属の酸化物等の不純物の含有率が高いのに対し、Laは不純物の含有率を低く抑えることが可能であるため、直接接触する光電子放出面に悪影響が生じるのを防止することができる。また、ランタンガラスは、直接接触する光電子放出面からのアルカリ金属の移動を誘起するのに対し、Laは、直接接触する光電子放出面からのアルカリ金属の移動を抑制するので、感度の低下を防止することができる。更に、ランタンガラスは数mm以下の厚さに薄く製膜することが困難であるのに対し、Laは数Åオーダで薄く製膜することが可能であるため、紫外領域等の光の吸収を抑制することができる。
【0053】
図7は、他の実施例として用意されたサンプルに適用されている下地層構造の種類を説明するための表である。つまり、他の実施例として用意されたサンプルは、図7に示される4種類の下地層200と図4(b)に示された4種類の光電子放出層300との組合せにより得られる16種類である。
【0054】
図7に示されるように、下地層200の構造No.11は、結晶構造を有するLa単層とランタンガラス単層との2層構造である(ただし、La単層が光電子放出層300に接触している)。すなわち、下地層200の構造No.11は、支持基板100上にランタンガラス単層が設けられ、このランタンガラス上にLa単層が形成されたものである。なお、この構造No.11の製造では、透明容器32の内面にランタンガラスを固定した状態で、このランタンガラス上にLaがスパッタリング蒸着される。
【0055】
下地層200の構造No.12は、LaとBeOとの混晶を含む層である。この構造No.12では、LaがBeOと共に光電子放出層300に接触している。なお、構造No.12の製造では、La及びBeが同時に或いは順次に支持基板100に蒸着され、その後酸化される。下地層200の構造No.13は、LaとYとの混晶を含む層である。この構造No.13では、LaがYと共に光電子放出層300に接触している。なお、構造No.13の製造では、La及びYが同時に或いは順次に支持基板100に蒸着され、その後酸化される。下地層200の構造No.14は、LaとHfOとの混晶を含む層である。この構造No.14では、LaがHfOと共に光電子放出層300に接触している。なお、構造No.14の製造では、La及びHfが同時に或いは順次に支持基板100に蒸着され、その後酸化される。
【0056】
以上、下地層200の構造No11〜No.14と光電子放出層300の構造No.1〜No.4との組合せの各サンプルについて分光感度特性を測定した結果、優れた分光感度特性が得られた。
【0057】
図8は、本発明に係る光電陰極の他の実施例として用意されたサンプルの分光感度特性、及び他の比較例(以下、第2比較例という)として用意されたサンプルの分光感度特性を示すグラフである。ここでは、他の実施例として、第2実施例〜第5実施例に相当する4種類のサンプルが用意された。
【0058】
第2実施例として用意されたサンプルにおいては、下地層が上記構造No.11である。第3実施例として用意されたサンプルにおいては、下地層が上記構造No.12である。第4実施例として用意されたサンプルにおいては、下地層が上記構造No.13である。第5実施例として用意されたサンプルにおいては、下地層が上記構造No.14である。また、第2実施例〜第5実施例として用意された各サンプルにおいては、光電子放出層が上記構造No.1である。一方、第2比較例として用意されたサンプルにおいては、光電子放出層が上記構造No.1であるが、下地層がランタンガラス単層からなる。なお、これら第2実施例〜第5実施例の各サンプル及び第2比較例のサンプルは、支持基板が硼珪酸ガラスからなる透過型光電陰極として用意されたものである。
【0059】
第2実施例として用意されたサンプルにおいて、下地層200の厚さは1mm+300Å(ランタンガラス1mm+結晶構造を有するLa300Å)であり、光電子放出層300の厚さは200Åである。また、第3実施例〜第5実施例として用意された各サンプルにおいて、下地層200の厚さは250Åであり、光電子放出層300の厚さは200Åである。また、第2比較例として用意されたサンプルにおいて、下地層の厚さは1mmであり、光電子放出層の厚さは200Åである。
【0060】
図8からわかるように、第2実施例として用意されたサンプルは、第2比較例として用意されたサンプルに比べ、使用波長領域の大部分において量子効率が向上している。特に、波長360nmにおける量子効率は、第2比較例として用意されたサンプルでは25.4%であるのに対し、第2実施例として用意されたサンプルでは30.1%であり、およそ2割程度の感度増加が確認された。このように、結晶構造を有するLa単層とランタンガラス単層との2層からなる下地層200(La単層が光電子放出層300に接触)を備える光電陰極1A,1Bが、ランタンガラス単層からなる下地層(ランタンガラス単層が光電子放出層に接触)を備える光電陰極に比べ、優位であることが確認された。
【0061】
また、図9からわかるように、第3実施例〜第5実施例として用意されたサンプルでも、優れた量子効率が得られた。特に、波長360nmにおける量子効率は、第3比較例として用意されたサンプルでは38.7%であり、第4比較例として用意されたサンプルでは41.0%であり、第5比較例として用意されたサンプルでは31.1%であった。このように、LaとBeOとの混晶、LaとYとの混晶、又はLaとHfOとの混晶を含む層からなる下地層200(いずれもLaが光電子放出層300に接触)を備える光電陰極1A,1Bが、ランタンガラス単層からなる下地層(ランタンガラス単層が光電子放出層に接触)を備える光電陰極に比べ、優位であることが確認された。
【符号の説明】
【0062】
1A,1B…光電陰極、10A,10B…光電子増倍管(電子管)、32…容器、38…陽極、40…増倍部、100,100A,100B…支持基板、200…下地層、300…光電子放出層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光の入射に応答して光電子を放出する光電陰極であって、
支持基板と、
前記支持基板上に設けられた下地層と、
前記下地層上に設けられ、アルカリ金属を含む材料からなる光電子放出層と、を備え、
前記下地層は、酸化ランタンを含む結晶性の材料からなり、前記光電子放出層と接触していることを特徴とする光電陰極。
【請求項2】
前記下地層の厚さに対する前記光電子放出層の厚さの比は0.06〜400であることを特徴とする請求項1記載の光電陰極。
【請求項3】
前記光電子放出層は、前記アルカリ金属とアンチモンとの化合物を含む材料からなることを特徴とする請求項1又は2記載の光電陰極。
【請求項4】
前記光電子放出層は、セシウム、カリウム及びナトリウムの少なくとも1つを前記アルカリ金属として含む材料からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項5】
前記下地層は、前記酸化ランタンと酸化ベリリウムとの混晶を含む材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項6】
前記下地層は、前記酸化ランタンと酸化マグネシウムとの混晶を含む材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項7】
前記下地層は、前記酸化ランタンと酸化マンガンとの混晶を含む材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項8】
前記下地層は、前記酸化ランタンと希土類元素との混晶を含む材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項9】
前記下地層は、前記酸化ランタンとアルカリ土類元素との混晶を含む材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項10】
前記下地層は、前記酸化ランタンとチタン族元素との混晶を含む材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項11】
前記支持基板と前記下地層との間には、酸化ハフニウム及び酸化イットリウムの少なくとも1つを含む材料からなる反射防止膜が設けられていることを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項12】
前記支持基板は、前記光を透過する材料からなり、
前記光電子放出層は、前記支持基板側から前記光を入射させ、前記支持基板の反対側に前記光電子を放出することを特徴とする請求項1〜11のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項13】
前記支持基板は、前記光を遮断する材料からなり、
前記光電子放出層は、前記支持基板の反対側から前記光を入射させ、前記支持基板の反対側に前記光電子を放出することを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項記載の光電陰極。
【請求項14】
請求項1記載の光電陰極と、
前記光電陰極から放出された光電子を収集する陽極と、
前記光電陰極及び前記陽極を収納する容器と、を備えることを特徴とする電子管。
【請求項15】
請求項1記載の光電陰極と、
前記光電陰極から放出された光電子をカスケード増倍するための電子増倍部と、
前記電子増倍部から放出された二次電子を収集する陽極と、
前記光電陰極、前記電子増倍部及び前記陽極を収納する容器と、を備えることを特徴とする光電子増倍管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−257962(P2010−257962A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−85209(P2010−85209)
【出願日】平成22年4月1日(2010.4.1)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】