説明

免疫寛容の測定方法

【課題】本発明は、臓器移植後の患者について免疫寛容が誘導されたか否かを客観的に判定しうる指標に基づいた測定方法を提供することを課題とする。
【解決手段】ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞が臓器移植後の免疫寛容の誘導の程度を判定するための指標となり得る。具体的には、臓器移植後に採取した血液中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞を指標とすることを特徴とする、臓器移植後の免疫寛容の測定方法による。さらには血液中のCD4T細胞中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合を指標とすることによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臓器移植後の免疫寛容の測定方法に関する。具体的には、臓器移植後の患者の血液中のナイーブ表現型を有するCD4陽性(CD4)CD25陽性(CD25)T細胞を指標とすることによる、免疫寛容を測定する方法に関する。また、本発明は、免疫寛容の誘導の程度を測定することによる、臓器移植後の患者に対する免疫抑制剤の減量や投与中止可否の判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
臓器移植の術後、拒絶反応を抑制するために免疫抑制製剤が使用される。この免疫抑制剤の使用により患者の免疫が抑制されるため、しばしば感染症が惹起されるという問題や、免疫抑制剤を長期に亘って使用することによる副作用の問題が指摘されている。一方、臓器移植後に免疫寛容、すなわち免疫抑制剤を使用せずに移植臓器が十分に機能する状態を獲得するに至る場合があることが報告されている(非特許文献1)。こうした状況下で、免疫寛容がどのようなメカニズムで成立するのか、また免疫寛容をどのようにして積極的に誘導するのかについての研究が移植医療の領域では大きな柱となってきている。
【0003】
内在性制御性T細胞は、CD25分子を発現しており、正常動物末梢CD4T細胞の約5−10%を占めるCD25T細胞を除去すると、甲状腺炎、糖尿病などの様々な自己免疫病が自然発症し、正常CD4CD25細胞を補えば発症を阻止できる。このようなCD4CD25制御性T細胞の少なくとも一部は、正常胸腺で機能的に成熟した状態で産生される。CD4CD25制御性T細胞の発生・機能発現を制御するマスター制御遺伝子のひとつとしてFoxp3が知られている。Foxp3CD4CD25制御性T細胞は腫瘍細胞中に多く浸潤しており、悪性腫瘍に対する免疫応答を抑制しているとの報告もある(非特許文献2)。
【0004】
臓器移植後に免疫寛容が誘導された患者は、末梢血中にCD4CD25制御性T細胞(以下「CD4CD25Treg」ともいう)が増加していることが報告されている(非特許文献3、4)。ヒトTregは、細胞表面CD4及びCD25high+、Foxp3発現、細胞内CTLA-4、細胞表面GITR、TNFR11型−CD45ROによって特徴付けられる(非特許文献5−11)。Tregは胸腺内に起源し、末梢に向かって移出して末梢免疫寛容の成立に関与していると考えられている。ヒト胸腺中のCD4CD25T細胞は、Foxp3を発現し、不応答性/免疫抑制能の特性を示すにもかかわらず、ナイーブ細胞の表現型であるCD45RAを呈する(非特許文献12)。そして、末梢では不応答性/免疫抑制能の特性を示すCD4CD25CD45RAT細胞がTregを代表している。
【0005】
一方、末梢血中に不応答性の特性も免疫抑制能の特性も示さない乃至弱いCD4CD25CD45RAT細胞が存在することが示されている(非特許文献10)。これは、胸腺や臍帯血中のCD4CD25T細胞の有するナイーブ細胞の表現型であるCD45RAを共有しており(非特許文献13、14)、興味深い細胞である。
【0006】
免疫寛容が誘導されることは患者にとって大変望ましいことであり、免疫寛容誘導剤についての報告も多くなされている。本発明者らは、このナイーブ表現型を有する末梢CD4CD25T細胞に着目して研究を行っており、先に当該末梢CD4CD25T細胞から制御性T細胞を製造する方法(特許文献1)や制御性T細胞を誘導し得る化合物のスクリーニング方法を提案している(特許文献2)。
【0007】
免疫寛容が誘導されるに至った患者に対しては、なるべく早期に免疫抑制剤の投与を中止することが好ましい。現在、免疫抑制剤中止可否の判定は、免疫抑制剤の量を徐々に減量させて拒絶反応などの様子を観察しながら行われているが、その方法は危険を伴うので客観的な指標による判定方法の開発が望まれている。しかしながら、免疫抑制剤を安全に中止するための有力な指標はまだ見いだされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006-280307号公報
【特許文献2】国際公開2007-037544号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】日本臨床, 65 (3), 557-67 (2007)
【非特許文献2】実験医学, 25 (18), 2868-74 (2007)
【非特許文献3】Am J Transpl., 4, 2118 (2004)
【非特許文献4】Transplantation Proceedings, 37, 37-39 (2005)
【非特許文献5】Annu. Rev. Immunol., 22, 531(2004)
【非特許文献6】J. Exp. Med., 193, 1285(2001)
【非特許文献7】J. Exp. Med., 193, 1295(2001)
【非特許文献8】Blood, 98, 2736(2001)
【非特許文献9】Eur. J. Immunol., 32, 1621(2002)
【非特許文献10】Int. Immunol., 16, 1643(2004)
【非特許文献11】Exp. Hematol., 32, 622(2004)
【非特許文献12】Blood, 102, 4107(2003)
【非特許文献13】Immunology, 106, 190(2002)
【非特許文献14】Exp. Hematol., 32, 622(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記事情に鑑み、本発明は、臓器移植後の患者について免疫寛容が誘導されたか否かを客観的に判定しうる指標に基づいた測定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、末梢血中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞に着目して免疫寛容との関係について研究を重ねた結果、ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞が臓器移植後の免疫寛容の誘導の程度を判定するための指標となり得ることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち本発明は、以下よりなる。
1.臓器移植後に採取した血液中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞を指標とすることを特徴とする、臓器移植後の免疫寛容の測定方法。
2.血液中のCD4T細胞中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合を指標とする前項1に記載の測定方法。
3.健常者における血液中のCD4T細胞中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合を基準とし、当該基準と同等又はそれ以上の割合でCD4CD25T細胞が存在する場合に、臓器移植後の免疫寛容が誘導されていると判断する前項2に記載の測定方法。
4.以下の工程を含む臓器移植後の免疫寛容の測定方法:
1)臓器移植後に採取した血液から、ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞を分離取得する工程;
2)CD4T細胞を、上記工程1)で得られたナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の存在下及び不存在下で、抗原提示細胞と共に培養してCD4T細胞の増加量を測定する工程;
3)次いで、下記式により得られるナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞存在下でのCD4T細胞の増殖抑制割合(X)を算出する工程。
A=ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞不存在下のCD4T細胞の増加量
B=ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞存在下のCD4T細胞の増加量
X=(A−B)/A
5.(ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞):(CD4T細胞)の割合を1:5の条件で培養したときのXの値が、パーセント表示で30%以上の場合に、免疫寛容が誘導されていると判断する、前項4に記載の測定方法。
6.当該ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞が、CD4CD25++CD45RAT細胞である前項1〜5のいずれか1に記載の測定方法。
7.抗CD4抗体及び抗CD25抗体を少なくとも含む、前項1〜6のいずれかに記載の測定方法に用いる臓器移植後の免疫寛容の測定用キット。
8.さらに、抗CD45RA抗体を含む前項7に記載の測定用キット。
【発明の効果】
【0013】
本発明の測定方法により、免疫寛容が誘導されているか否かを客観的に判断することができる。その結果、免疫寛容が誘導されていると判断されている場合に、臓器移植後の免疫抑制剤の減量や投与の中止の可否を判定することができる。従来では、免疫抑制剤中止可否の判定は、免疫寛容が誘導されているか否かが不明のまま、免疫抑制剤の量を徐々に減量させて拒絶反応などの様子を観察しながら行われており、その方法は危険を伴っていたのに対し、本発明の方法によると、客観的に免疫寛容の誘導が確認される移植患者について免疫抑制剤を減量させたり中止させることができ、有用である。また、免疫寛容が誘導された患者にとっては、免疫抑制剤の投与を中止することで、免疫抑制剤による副作用の危惧も回避することができ、大変有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】CD4CD25CD45RAT細胞及びCD4CD25++CD45RAT細胞の基準を模式的に示す図である。
【図2】実施例1及び比較例1〜3における免疫寛容が誘導されなかった患者(免疫寛容非獲得群)13名、免疫寛容が誘導された患者(免疫寛容獲得群)23名、免疫抑制剤を減量しつつある患者(免疫抑制剤減量群)7名、臓器移植を行なっていない者(健常者群)10名の各グループ間の年齢について、有意差はないことを示す図である。
【図3】各被験者について、CD4CD25++CD45RAを指標として測定した結果を示す図である。(実施例1)
【図4】各被験者について、CD4CD25high+(メモリーTreg及びナイーブTregの一部を含む)を指標として測定した結果を示す図である。(比較例1)
【図5】各被験者について、CD4CD25high and low+(TregとエフェクターT細胞を含む)を指標として測定した結果を示す図である。(比較例2)
【図6】各被験者について、CD4CD25+++CD45RA(メモリーTreg)を指標として測定した結果を示す図である。(比較例3)
【図7】CD4CD25+++CD45RA、CD4CD25++CD45RA及びCD4CD25+++CD45RAとCD4CD25++CD45RA(総Tregs)を指標とし、CD4T細胞の増殖抑制割合を計測することにより測定した結果を示す図である。(実施例2)
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明は、臓器移植後の免疫寛容の測定方法に関する。具体的には、臓器移植後の患者の血液中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞を指標とすることによる、当該患者の免疫寛容の誘導の程度を測定する方法に関する。また、本発明は、臓器移植後患者の免疫寛容を測定することによる、当該患者に対する免疫抑制剤の投与中止可否の判定方法に関する。ここにおいて、臓器移植とは、拒絶反応が危惧される移植であれば特に限定されないが、例えば肝臓移植、小腸移植、膵臓移植、膵島移植、肺移植、腎移植、骨髄移植、心臓移植、角膜移植等が挙げられる。
【0016】
本明細書において、細胞の表現型をマーカー分子(抗原)発現の有無や強弱で表す場合、特に断りのない限り、当該マーカー分子に対する抗体による特異的結合の有無や強弱で細胞の表現型が表記される。マーカー分子の発現の有無や強弱による細胞の表現型の決定は、通常、当該マーカー分子に対する特異的抗体等を用いたフローサイトメトリー(FACS)解析等により行われる。マーカー分子の発現が「陽性」とは、いわゆる当業者が一般的に判断しうる概念で用いられており、該マーカー分子が細胞表面上(或いは細胞内)に発現しており、当該マーカー分子に対する抗体による特異的結合が確認できることをいう。例えば、CD25をマーカー分子とする場合は、CD25で表すことができ、CD25にはCD25++やCD25+++も含まれていても良い。このうち「強陽性」についても、いわゆる当業者が一般的に判断しうる概念で用いられており、比較対照である他の細胞(又は細胞集団)と比べて、マーカー分子の発現量が相対的に高い、マーカー分子の発現量の高い細胞集団が相対的に多い、マーカー分子を発現している細胞集団の割合が相対的に多いこと等をいい、例えばCD25++やCD25+++などで表すことができる。また、場合によっては、CD25high+と表現する場合もある。「弱陽性」とは、比較対照である他の細胞(又は細胞集団)と比べて、マーカー分子の発現量が相対的に低い、マーカー分子の発現量の低い細胞集団が相対的に多い、マーカー分子を発現している細胞集団の割合が相対的に少ないこと等をいい、例えばCD25low+などで表すことができる。また、「陰性」とは、マーカー分子の発現が認められないものをいい、CD25で表すことができる。ここで、発現レベルの比較は、FACS解析により行なうことができ、例えば縦軸に細胞数を、横軸に発現強度(蛍光強度)を取ったグラフ中のヒストグラムのピークにおける発現強度を比較することにより行うことができる。
【0017】
本発明において、臓器移植後の免疫寛容の指標となるCD4CD25T細胞は、ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞である。本発明のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞は、より好適には、CD4CD25++T細胞である。ナイーブ表現型とは、胸腺から移出し、抗原刺激を受けていないT細胞が有する表現型をいう。ナイーブ表現型としては、CD45RA、CD45ROlow+又はCD45RO、CD45RBhigh+、CD62Lhigh+、CD38等の表現型を挙げることができる。本発明の測定方法での指標となるナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞は、好ましくはCD4CD25CD45RAT細胞であり、特に好ましくはCD4CD25++CD45RAT細胞である。
【0018】
本明細書において、CD4CD25CD45RAT細胞とは、模式的には図1に示すように、被験血液についてFACS解析した際に、CD25ではCD25の強度が10〜10程度認められるものをいい、そのうちCD25++は、CD25の強度が50〜10程度認められるものをいう。同様にCD45RAは、CD45RAの強度が10〜10程度認められるものをいう。
【0019】
本発明の測定方法では、血液中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞数を指標とすることもできるが、当該血液中のCD4T細胞(CD25とCD25を含む)中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合(%)を指標とすると差異がより明確になるので好ましい。例えば、FACSでCD4T細胞をゲートした後、さらにFACSでCD25とCD45RAとに展開することによって、CD4T細胞中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合(%)を測定することができる。本発明においては、リンパ球数に対するナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合(%)を測定することもできる。この場合、リンパ球数にナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合(%)をかけることで、ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の数を求めることができる。その際、リンパ球数は、例えば、全自動血球算定装置Coulter LH750(TM)(ベックマン・コールター社)などを使用して全血算(Complete Blood Count, CBC)により測定することができる。基準値は、健常者についての血液中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合、好ましくは、CD4T細胞中の割合を測定することによって求めておくことができる。臓器移植後の患者の血液について、当該基準と同等又はそれ以上の割合でナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞が存在する場合に、臓器移植後の免疫寛容が誘導されていると判断することができる。
【0020】
健常者における血液中のCD4T細胞中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合は、異なる世代において異なり、20歳未満の子供では、CD4CD25++CD45RAT細胞分画は大きく、密集したクラスターを示すが、20歳を超えた成人においては、子供と比較してより小さく密度の低いクラスターを示したことが報告されている(特許文献1:特開2006-280307号公報)。また、CD4T細胞中のCD25++CD45RA細胞の割合は、5歳未満の幼児において最も高く、年齢依存的な様式で徐々に低下し、60歳を超えた成人において最も低かったことも報告されている(特許文献1)。このように、各世代により健常者についてCD4CD25++CD45RAT細胞の割合は各々異なることから、免疫寛容が誘導されているか否かの判断は、例えば同年齢の健常者の平均値と同等以上の値であった場合に免疫寛容が誘導されていると判断することが好ましい。
【0021】
本発明の免疫寛容の測定は、以下の1)〜3)工程を含む方法よっても行うことができる。
1)臓器移植後に採取した血液から、ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞を分離取得する工程;
2)CD4T細胞を、上記工程1)で得られたナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の存在下及び不存在下で、抗原提示細胞と共に培養してCD4T細胞の増加量を測定する工程;
3)次いで、下記式により得られるナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞存在下でのCD4T細胞の増殖抑制割合(X)を算出する工程。
A=ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞不存在下のCD4T細胞の増加量
B=ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞存在下のCD4T細胞の増加量
X=(A−B)/A
【0022】
また、上記においてナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の存在下及び不存在下での各種細胞の培養は、特許文献1の記載に従って行うことができる。また、培養時間は、5〜10日、好ましくは6〜7日とすることができる。次いで、上記により得られる各細胞数を基にして、上述の式に基づきナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞存在下でのCD4T細胞の増殖抑制割合(X)を算出することができる。上記において、(ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞):(CD4T細胞)の割合を、例えば後述の実施例2に示すように、1:5の条件で培養したときのXの値が、パーセント表示で、通常、30%以上、好ましくは40%以上の場合に、免疫寛容が誘導されていると判断することができる。これは、免疫寛容が誘導されない場合は、ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合が健常者と比べて減少しているのみならず、CD4T細胞の増殖を抑制する作用も低下乃至欠損していることを本発明者らが初めて見いだしたことにより可能となった。
【0023】
上記測定用に供される血液は、自体公知の方法により採取することができる。具体的には被験者である移植患者から末梢血を採取し、分離取得した単核球分画を調製して測定用試料とすることができる。単核球分画の調製は、例えば、Ficoll-HypaqueTM (Amersham Biosciences-Uppsala)等を用いた密度勾配遠心や、アフェレーシス等により行うことができる。
【0024】
ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の測定は、自体公知の方法を適用することができる。例えば、上述の測定用試料を、目的とする細胞の細胞表面に特異的に発現している抗原(CD4、CD25、CD45RA等のナイーブ表現型のマーカー抗原)に対する標識された特異的抗体を使用してFACS等により目的とする画分を単離して測定する。標識としては、蛍光色素や磁気ビーズ等が挙げられる。
【0025】
ここで、抗原提示細胞はCD4T細胞を増殖させるために使用することができる。抗原提示細胞としては、被験者のドナー(臓器提供者)から得られた血液から調製した、例えば末梢血単核球細胞(PBMC)、樹状細胞等を用いることができ、より好適にはPBMCを用いることができる。抗原提示細胞は、自体公知の方法、例えば放射線(ガンマ線等)照射や抗癌剤(マイトマイシンC等)処理等で不活化して使用される。
【0026】
本発明においては、上述したような測定方法により、免疫寛容が誘導されているか否かを客観的に判断することができ、その結果、免疫寛容が誘導されていると判断されている場合に、移植後の免疫抑制剤の投与中止の可否を判定することができる。
【0027】
本発明は、抗CD4抗体及び抗CD25抗体を少なくとも含む臓器移植後の免疫寛容の測定用キットにも及ぶ。当該キットには、さらには抗CD45RA抗体を含むこともできる。上記のほか、本発明の測定用キットにはナイーブ表現型の細胞を検出するための各種マーカーに対する抗体を含めてもよいし、測定に使用する器具、例えば試験管、細胞培養用の容器などを含めることができる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明の理解を深めるために実施例を示して本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではないことはいうまでもない。
【0029】
(実施例1)CD4CD25++CD45RAを指標とする測定方法
本実施例では、CD4CD25++CD45RAを指標とし、免疫寛容の測定を行なった。具体的には、被験者血液中のCD4T細胞中のCD4CD25++CD45RAT細胞分画の割合を求め、免疫寛容の誘導の程度との関係を確認した。
【0030】
1)被験者
5〜28歳の範囲の異なる年齢の生体肝移植患者について測定を行なった。ここで、免疫寛容が誘導されなかった患者(免疫寛容非獲得群)は13名、免疫寛容が誘導された患者(免疫寛容獲得群)は23名、免疫抑制剤を減量しつつある患者(免疫抑制剤減量群)は7名であった。また、臓器移植を行なっていない者10名を対照(健常者群)とした。各グループ間の年齢に有意な差は認められなかった(図2)。上記被験者については、すべてインフォームドコンセントにより了解を得た。
【0031】
2)細胞調製
各被験者より採血し、血液中のPBMCをFicoll-HypaqueTM (Amersham Biosciences-Uppsala)密度勾配遠心により単離した。PBMC中の白血球画分は、全自動血球算定装置CoulterTM LH750(ベックマン・コールター社)を用いて計測した。
【0032】
3)FACS解析
上記単離した被験者由来のPBMCを、アロフィコシアニン(APC)抱合抗CD4モノクローナル抗体(mAb)、フィコエリスリン(PE)抱合抗CD25 mAb、及びフルオレッセインイソチオシアナート(FITC)抱合抗CD45RAmAbにより、30分間、4℃にて暗中で染色した後に、先ず、CD4T細胞を分画(ゲート)し、次いで、CD25とCD45RAとに展開してCD4CD25++CD45RAT細胞分画の細胞割合を、BD FACSキャリバーTM(Becton Dickinson社)を用いて計測した。全てのmAbは、Beckton Dickinson社、Immunotech社、又はGenzyme/Techne社より購入した。CD4T細胞中のCD4CD25++CD45RAT細胞分画の割合(%)を求めた。
【0033】
4)結果
上記の結果、免疫寛容非獲得群のみが、他の3群に比べてCD4CD25++CD45RAT細胞分画の割合が有意に低いことが確認された(図3)。従って、CD4CD25++CD45RAを指標として、免疫寛容が誘導されたか否かを判定することができることが分かった。
【0034】
(比較例1)CD4CD25high+を指標とする測定方法
本比較例では、CD4CD25high+を指標とし、免疫寛容の測定を行なった。具体的には、被験者血液中のCD4T細胞中のCD4CD25high+T細胞分画の割合を求め、免疫寛容の誘導との関係を確認した。ここで、CD4CD25high+T細胞分画には、血液中のナイーブ表現型(CD45RA)を有するCD4CD25++T細胞のほかにメモリー表現型(CD45RA)のCD4CD25+++T細胞も含まれる。
【0035】
本比較例では、1)被験者及び2)細胞調製については、実施例1に従った。3)FACS解析については、フルオレッセインイソチオシアナート(FITC)抱合抗CD45RAmAbを用いない以外は、実施例1と同手法により行なった。その結果、免疫寛容獲得群では他の3群に比べてCD4CD25high+T細胞分画は高い割合を示したが、免疫寛容非獲得群においても健常者群の平均値と比べてCD4CD25high+T細胞分画はほぼ同等あるいは若干高い割合を示した(図4)。従って、CD4+CD25high+を指標として、免疫寛容が誘導されたか否かを判定するのは適切ではないことが分かった。
【0036】
(比較例2)CD4CD25high+ and low+を指標とする測定方法
本比較例では、CD4CD25high+ and low+を指標とし、免疫寛容の測定を行なった。具体的には、被験者血液中のリンパ球に対するCD4CD25high+ and low+T細胞分画の割合を求め、免疫寛容の誘導との関係を確認した。ここで、CD4CD25high+ and low+T細胞分画には、制御性T細胞(Treg)のほかにエフェクターT細胞も含まれる。
【0037】
本比較例では、1)被験者及び2)細胞調製については、実施例1に従った。リンパ球の割合は白血球画分の計測によって求めた。3)FACS解析については、実施例2と同手法により行なった。その結果、各被験者群の間で有意な差を認めなかった(図5)。従って、CD4CD25high+ and low+を指標として、免疫寛容が誘導されたか否かを判定するのは適切ではないことが分かった。
【0038】
(比較例3)CD4CD25+++CD45RAを指標とする測定方法
本比較例では、CD4CD25+++CD45RAを指標とし、免疫寛容の測定を行なった。具体的には、被験者血液中のCD4T細胞中のCD4CD25+++CD45RAT細胞分画の割合を求め、免疫寛容の誘導との関係を確認した。ここで、CD4CD25+++CD45RAT細胞分画はメモリーTregを表す。
【0039】
本比較例では、1)被験者及び2)細胞調製については、実施例1に従った。3)FACS解析については、実施例1と同手法により行なった。その結果、免疫寛容非獲得群と同年代の健常者の間で有意な差を認めなかった(図6)。従って、CD4CD25+++CD45RAを指標として、免疫寛容が誘導されたか否かを判定するのは適切ではないことが分かった。
【0040】
(実施例2)CD4CD25++CD45RAT細胞のCD4T細胞増殖抑制能を指標とする測定方法
【0041】
1)被験者
免疫寛容が誘導されなかった患者(免疫寛容非獲得群)は7名、免疫寛容が誘導された患者(免疫寛容獲得群)は5名であった。上記被験者については、すべてインフォームドコンセントにより了解を得た。
【0042】
2)細胞調製
各被験者より採血し、血液中のPBMCをFicoll-Hypaque (Amersham Biosciences-Uppsala)密度勾配遠心により単離した。
【0043】
3)CD4CD25++CD45RAT細胞、CD4CD25+++CD45RAT細胞及びCD4T細胞の分離
上記単離した被験者由来のPBMCを、実施例1と同様にしてCD4T細胞を分画(ゲート)し、次いで、アロフィコシアニン(APC)抱合抗CD4モノクローナル抗体(mAb)、PeCy抱合抗CD25 mAb、及びフルオレッセインイソチオシアナート(FITC)抱合抗CD45RAmAbにより、30分間、4℃にて暗中で染色した後に、CD4CD25++CD45RAT細胞分画とCD4CD25+++CD45RAT細胞分画を、以下のBD FACSアリアTM(Becton Dickinson社)を用いて分離した。CD4T細胞画分については抗CD4mAbマイクロビーズ及び磁気細胞分離装置(MACS(R)、Miltenyi Biotec社)を用いて分離した。全てのmAbは、Beckton Dickinson、Immunotech、又はGenzyme/Techneより購入した。
【0044】
4)抗原提示細胞
抗原提示細胞(APCs)は、被験者のドナー(臓器提供者)の末梢血からPBMCを分離し、放射線照射(40Gy)処理して不活化して使用した。
【0045】
5)CD4CD25++CD45RAT細胞、CD4CD25+++CD45RAT細胞及びCD4T細胞の培養
多孔ウェルに、10%FBS又はヒトAB型血清、HEPES、ピルビン酸ナトリウム、L−グルタミン、2-ME、及び抗生物質・抗真菌薬(antibiotics-antimycotics)が添加されたRPMI−1640(インビトロジェン社)培地を導入した。この培地に、上記で調製した抗原提示細胞1×10細胞/ウェルと、下記(1)〜(3)の割合でCD4T細胞とCD4CD25++CD45RAT細胞及び/又はCD4CD25+++CD45RAT細胞を添加して、さらに[3H]-チミジンを添加して、5%CO雰囲気下、37℃で6日間培養した。
【0046】
(1)CD4T細胞2.5×10細胞/ウェル:CD4CD25++CD45RAT細胞5×10細胞/ウェル=5:1(ナイーブTregを添加)
(2)CD4T細胞2.5×10細胞/ウェル:CD4CD25+++CD45RAT細胞5×10細胞/ウェル=5:1(メモリーTregを添加)
(3)CD4T細胞2.5×10細胞/ウェル:(CD4CD25++CD45RAT細胞とCD4CD25+++CD45RAT細胞)5×10細胞/ウェル=5:1(ナイーブTreg及びメモリーTregを添加)
【0047】
培養6日後に[3H]-チミジンを添加し、さらに培養16時間後にMicro BetaTM TRILUX 1450 β-scintilation counter(Wallac社)を用いて細胞に取り込まれた[3H]-チミジンの量(cpm)を計測した。測定結果は、3つのウェルの測定結果の平均値で求めた。
【0048】
6)CD4T細胞の増殖抑制割合の測定
上記5)の(1)〜(3)により得られた細胞の増加量([3H]-チミジンの取り込み量)をもとにして、以下の式に当てはめCD4CD25++CD45RAT細胞及び/又はCD4CD25+++CD45RAT細胞存在下でのCD4+T細胞の増殖抑制割合(X)を算出した。
A=CD4CD25++CD45RAT細胞及び/又はCD4CD25+++CD45RAT細胞不存在下のCD4+T細胞の増加量
B=CD4CD25++CD45RAT細胞及び/又はCD4CD25+++CD45RAT細胞存在下のCD4T細胞の増加量
X=(A−B)/A
【0049】
7)結果
上記の結果、CD4CD25++CD45RAT細胞を指標とする場合に、免疫寛容非獲得群(ほとんどCD4T細胞増殖抑制能がみられない)と免疫寛容獲得群(約60%のCD4T細胞増殖抑制能がみられた)の間でCD4T細胞の増殖抑制割合に顕著な差が認められた(図7)。なお、本実施例においては、増殖抑制割合をパーセント表示(上記式で求めたXの値に100を乗じた値)で示した。このことから、CD4CD25++CD45RAT細胞の割合だけではなく、CD4CD25++CD45RAT細胞のCD4T細胞の増殖抑制能も免疫寛容の誘導の程度の指標となることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0050】
以上詳述したように、本発明の測定方法により、免疫寛容が誘導されているか否かを客観的に判断することができる。その結果、免疫寛容が誘導されていると判断されている場合に、臓器移植後の免疫抑制剤の投与の減量や中止の可否を判定することができる。従来では、免疫抑制剤中止可否の判定は、免疫寛容が誘導されているか否かが不明のまま、免疫抑制剤の量を徐々に減量させて拒絶反応などの様子を観察しながら行われており、その方法は危険を伴っていたのに対し、本発明の方法によると、客観的に免疫寛容の誘導が確認される移植患者について免疫抑制剤の量を減量させたり中止させることができ、有用である。また、免疫寛容が確認された患者にとっては、免疫抑制剤の投与を中止することで、免疫抑制剤による副作用の危惧も回避することができ、さらには免疫抑制剤にかかる医療費の節減も可能となり、大変有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
臓器移植後に採取した血液中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞を指標とすることを特徴とする、臓器移植後の免疫寛容の測定方法。
【請求項2】
血液中のCD4T細胞中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合を指標とする請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
健常者における血液中のCD4T細胞中のナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の割合を基準とし、当該基準と同等又はそれ以上の割合でCD4CD25T細胞が存在する場合に、臓器移植後の免疫寛容が誘導されていると判断する請求項2に記載の測定方法。
【請求項4】
以下の工程を含む臓器移植後の免疫寛容の測定方法:
1)臓器移植後に採取した血液から、ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞を分離取得する工程;
2)CD4T細胞を、上記工程1)で得られたナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞の存在下及び不存在下で、抗原提示細胞と共に培養してCD4T細胞の増加量を測定する工程;
3)次いで、下記式により得られるナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞存在下でのCD4T細胞の増殖抑制割合(X)を算出する工程。
A=ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞不存在下のCD4T細胞の増加量
B=ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞存在下のCD4T細胞の増加量
X=(A−B)/A
【請求項5】
(ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞):(CD4T細胞)の割合を1:5の条件で培養したときのXの値が、パーセント表示で30%以上の場合に、免疫寛容が誘導されていると判断する、請求項4に記載の測定方法。
【請求項6】
当該ナイーブ表現型を有するCD4CD25T細胞が、CD4CD25++CD45RAT細胞である請求項1〜5のいずれか1に記載の測定方法。
【請求項7】
抗CD4抗体及び抗CD25抗体を少なくとも含む、請求項1〜6のいずれかに記載の測定方法に用いる臓器移植後の免疫寛容の測定用キット。
【請求項8】
さらに、抗CD45RA抗体を含む請求項7に記載の測定用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−252761(P2010−252761A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−109777(P2009−109777)
【出願日】平成21年4月28日(2009.4.28)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】