説明

内皮前駆細胞(EPC)の増殖・分化誘導方法

【課題】本発明は、内皮前駆細胞(EPC)の増殖効率や内皮細胞への分化効率がより高く、より安全でより低コストな、EPCの増殖・分化方法を提供することを目的とする。
【解決手段】プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリン存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養することにより、EPCの増殖効率を向上させると共に、内皮細胞への分化効率を向上させることが可能となった。この知見を利用することにより、上記課題を解決することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内皮前駆細胞(EPC)の増殖・分化誘導方法や、虚血性疾患の予防・治療剤や、EPCの増殖促進剤・分化誘導剤に関する。
【背景技術】
【0002】
内皮前駆細胞(EPC)は、血管新生あるいは障害血管修復に作用する細胞であり、臓器虚血疾患の病態や臓器再生などに重要な役割を果たすことが知られている(非特許文献1)。また、既存の治療法に難治性の臓器虚血疾患において、自己由来のEPCを体内へ導入すると、拒絶反応を起こすことなく一定の治療効果があることが示されている(非特許文献2)。しかし、その治療効果は、未だ十分満足するものではないのが現状である。その大きな理由として、(1)EPCの量を十分に確保できない、(2)血管内皮への分化効率の高いEPCが得られない、ことが挙げられる。
【0003】
上記(1)の点に関して、EPCの限られた細胞分裂の回数を増やすべく、テロメラーゼ遺伝子をEPCに導入して、十分なEPC量を確保する試みがなされているが(非特許文献3)、遺伝子導入によるEPCの形質変化(特にがん化)などに対する安全性の問題が残る。一方、上記(2)の点に関して、EPCの増殖や分化を促進する物質として、様々な増殖因子(VEGFやHGFなど)がこれまで明らかにされており、これらの増殖因子の遺伝子を臓器やEPC自体に導入することによってEPCの分化効率を高めようとする試みがなされている(非特許文献4)。しかし、これらの増殖因子導入法は、その増殖因子自体の効果が十分とはいえず、また、増殖因子の遺伝子導入の効率などの技術的問題や、遺伝子導入自体の安全性の問題などが指摘されている。以上のような状況下、効率のよいEPC増殖法や、血管内皮への分化効率の高いEPCの作製法が強く求められていた。
【0004】
一方、プロスタサイクリンは、プロスタグランジン類の一種であり、生体内において主として血管内皮で産生される局所ホルモンとして知られる。プロスタサイクリンは、血管拡張作用、血圧降下作用、血小板凝集抑制作用等の生理活性を有しているため、プロスタサイクリンやそのアナログは、閉塞性動脈硬化、肺高血圧症、虚血性心疾患、糖尿病性大血管障害、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症等の治療に利用されている(例えば特許文献1)。
【0005】
また、ヘパリン(ヘパリン酸)は、特異的な抗凝血性を有する、高度に硫酸化された右旋性ムコ多糖類であり、特に手術後の血栓症を予防するために広く用いられている。この物質は、多数の哺乳類の種において、種々の組織、特に肝臓及び肺臓の天然成分として存在し、色々の供給源から単離した製品が、遊離または医薬上許容される塩の形、例えば種々のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の形で市販されている。
【0006】
しかし、プロスタサイクリンとヘパリンとの組み合わせによって、EPCの増殖効率や、EPCから血管内皮への分化効率を向上させ得ることは全く知られていなかった。
【0007】
【特許文献1】特表2007−519604号公報
【非特許文献1】Angiogenesis and vasculogenesis as therapeutic strategies for postnatal neovascularization. J. Clin. Invest. 103; 1231-1236, 1999.
【非特許文献2】Therapeutic stem and progenitor cell transplantation for organ vascularization and regeneration. Nature Med. 9: 702-712, 2003.
【非特許文献3】Constitutive human telomerase reverse transcriptase expression enhances regenerative properties of endothelial progenitor cells. Circulation, 106: 1133-1139, 2002
【非特許文献4】Endothelial progenitor cell vascular endothelial growth factor gene transfer for vascular regeneration. Circulation, 105: 732-738, 2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、内皮前駆細胞(EPC)の増殖効率や内皮細胞への分化効率がより高く、より安全でより低コストな、EPCの増殖・分化誘導方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記背景技術に記載したように、従来の方法では、EPCの増殖効率や内皮細胞への分化効率を始めとして、安全性やコスト面でも実用上問題があった。そこで本願発明者らは、鋭意検討した結果、EPCの増殖効率や内皮細胞への分化効率との関連の全く知られていないプロスタサイクリン(又はプロスタサイクリンアナログ)と、ヘパリンとを併用することによって、上記課題を解決しうることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、(1)プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養する工程を有することを特徴とするEPCの増殖方法や、(2)プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする上記(1)に記載のEPCの増殖方法に関する。
【0011】
また本発明は、(3)プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養する工程を有することを特徴とするEPCの分化誘導方法や、(4)プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする上記(3)に記載のEPCの分化誘導方法に関する。
【0012】
さらに本発明は、(5)プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養して得られるEPCを含有することを特徴とする虚血性疾患の予防・治療剤や、(6)プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする上記(5)に記載の虚血性疾患の予防・治療剤に関する。
【0013】
またさらに本発明は、(7)プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンを含有することを特徴とするEPCの増殖促進剤や、(8)プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする上記(7)に記載のEPCの増殖促進剤に関する。
【0014】
また本発明は、(9)プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンを含有することを特徴とするEPCの分化誘導剤や、(10)プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする上記(9)に記載のEPCの分化誘導剤に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の内皮前駆細胞(EPC)の増殖方法によれば、より安全に、かつ、著しく効率よくEPCを増殖させることができる。また、本発明の増殖方法により得られるEPCは、分化度が高く、内皮細胞への分化効率が著しく高いと考えられる。さらに、本発明のEPCの増殖・分化誘導方法によれば、少量のEPCから十分な量及び質(内皮細胞への分化効率等)のEPCを増殖・分化させることができるため、臓器虚血疾患などに対して、より効果的で患者への負担の少ない再生治療が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の内皮前駆細胞(EPC)の増殖方法や分化誘導方法(以下、「本発明の増殖・分化誘導方法」ともいう。)は、プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ(以下、「プロスタサイクリン等」ともいう。)、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養する工程を有する限り特に制限されない。ここで、プロスタサイクリン等、及び、ヘパリンの存在下とは、インビトロ培養の際に用いる培地に、プロスタサイクリン等又はプロスタサイクリン等含有組成物と、ヘパリン又はヘパリン含有組成物とを添加することを意味する。前記培地中のプロスタサイクリン等の濃度は特に制限されないが、好ましくは0.1〜100nMであり、より好ましくは1〜10nMとすることができ、前記培地中のヘパリンの濃度は特に制限されないが、好ましくは0.1〜100U/mlであり、より好ましくは1〜10U/mlとすることができる。
【0017】
前述の内皮前駆細胞(EPC)の起源としてはマウス、ラット、イヌ、ブタ、サル、ヒトなど特に限定されないが、ヒトを好適に例示することができ、ヒトEPCの場合、ドナー由来であってもよいが、拒絶反応などの問題がないことから、自己由来であることが特に好ましい。これらEPCは、起源となる動物の骨髄や末梢血から常法により単離することができる。また、EPCを単離する方法としては特に制限されないが、例えば、骨髄や末梢血に対して、濃度勾配遠心分離を行って、単核細胞(MNC)を得、次いで、magnetic sorting systemを用いて単核細胞から、EPCを単離することができる。EPCとしては特に制限されないが、lineage陰性でcKit/Sca1陽性のEPCを好適に例示することができる。
【0018】
上記プロスタサイクリンとしては、天然のものであってもよいし、合成して得られたものであってもよい。また、上記プロスタサイクリンアナログとしては、(1)プロスタサイクリン受容体と相互作用する性質と、(2)ヘパリンと共に含有させた培地においてEPCを培養した場合に、EPCの増殖や分化を促進する活性とを有している限り特に制限されず、薬学的に許容されるプロスタサイクリンの塩又は誘導体のほか、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentan(それぞれ特開2005−120069号)、ONO54918(15-cis-(4-n-propylcyclohexyl)-16,17,18,19,20-pentanor-9-deoxy-6,9-alpha-nitriloprostaglandin F1 (Brain Research Bulletin 60, 2003, 275-281参照);小野薬品工業株式会社製)等のプロスタサイクリンアナログ又は薬学的に許容されるその塩若しくは誘導体を好ましく例示することができる。本発明の増殖・分化誘導方法において、プロスタサイクリン等として1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。前述のEPCの増殖や分化を促進する活性は、後述の実施例に記載されたアッセイによって容易に確認することができる。
【0019】
上記ヘパリンとしては、天然のものであってもよいし、合成して得られたものであってもよいが、プロスタサイクリン等と共に含有させた培地においてEPCを培養した場合に、EPCの増殖や分化を促進する活性を有している限り、薬学的に許容されるヘパリンの塩又は誘導体も本発明におけるヘパリンに便宜上含まれる。
【0020】
本発明の増殖・分化誘導方法におけるインビトロ培養の方法としては、内皮前駆細胞(EPC)を、プロスタサイクリン等及びヘパリンの存在下でインビトロ培養する限り特に制限されないが、フィブロネクチンでコートしたプラスチックプレート上で、プロスタサイクリン等及びヘパリンの存在下、EPCを37℃、5%CO条件化にて培養し、3〜4日間ごとに新鮮な培地に置換する方法を好ましく例示することができる。上記インビトロ培養の際の培地としては、プロスタサイクリン等及びヘパリンを含有し、かつ、適当な炭素源及び窒素源を含有する培地である限り特に制限されないが、α−MEM(GIBCO社製)培地[10質量%ウシ胎児血清、100μg/ml内皮細胞成長因子(Sigma社製)、100ng/mlマウス組換えVEGF(Sigma社製)、10U/mlヘパリン硫酸塩(Sigma社製)、100U/mlペニシリン、100g/mlストレプトマイシンを含有し、かつ、プロスタサイクリン受容体刺激薬(ONO54918;小野薬品工業株式会社製)を所定の濃度で含有するか又は含有しない]を特に好ましく例示することができる。
【0021】
本発明の虚血性疾患の予防・治療剤(以下、単に「本発明の予防・治療剤」ともいう。)としては、プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養して得られるEPC(以下、「本発明におけるEPC」ともいう。)を含有することを特徴とする。本発明におけるEPCは、本発明の増殖・分化誘導方法により得られるEPCであり、従来法により得られるEPCと比較して分化度が高いため、内皮細胞への分化効率が高く、再生医療に好適に用いることができる。本発明の予防・治療剤を患者の血管内に投与すると、本発明におけるEPCが体内の血管障害部位や虚血部位において内皮細胞に分化し、血管修復や血管新生を促進して、虚血性疾患を予防・治療することができる。
【0022】
本発明の予防・治療剤の予防・治療対象となる疾患としては、EPCの投与により予防又は治療し得る疾患である限り特に制限されないが、閉塞性動脈硬化、肺高血圧症、虚血性心疾患、糖尿病性大血管障害、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、虚血性脳疾患(脳梗塞、脳出血など)等の虚血性疾患を好適に例示することができる。
【0023】
本発明の予防・治療剤中のEPCの濃度は、EPCの増殖効率や分化誘導効率、あるいは、患者に投与して得られる治療効果等を指標として、対象とする患者やその疾患の種類等に応じて適宜調整することができる。
また、本発明の予防・治療剤は、EPCの増殖や分化を阻害しない範囲で、上記の成分以外に、任意成分を有していてもよい。上記任意成分としては、血管内への投与剤として通常用いられる担体や、プロスタサイクリン等及びヘパリン以外のEPC増殖促進又は分化促進成分を例示することができる。
【0024】
本発明の予防・治療剤の剤型は、特に制限されないが、血管内へ投与する注射剤とすることが好ましい。なお、本発明における予防・治療剤とは、予防剤又は治療剤を意味する。
【0025】
本発明における虚血性疾患の予防・治療方法としては、投与対象(哺乳動物等の動物)に本発明の予防・治療剤を投与する方法である限り特に制限されない。上記投与対象としては、虚血性疾患に罹患した動物であってもよいし、虚血性疾患に未だ罹患していない動物であってもよい。本発明の予防・治療剤の投与量、投与間隔等は、適宜調整することができる。
【0026】
本発明のEPCの増殖促進剤や分化誘導剤(以下、「本発明の増殖促進剤又は分化誘導剤」ともいう。)としては、プロスタサイクリン等及びヘパリンを含有している限り特に制限はされず、EPCの増殖や分化を妨げない範囲で他に任意成分を有していてもよい。上記任意成分としては、EPCの増殖や分化に必要な成分を好適に例示することができる。上記の増殖促進剤又は分化誘導剤に含有されるプロスタサイクリン等やヘパリンの濃度は適宜調整することができる。
【0027】
本発明の増殖促進剤又は分化誘導剤は、EPCのインビトロ培養用の培地に添加し、その培地でEPCをインビトロ培養することにより用いることができる。増殖促進剤や分化誘導剤を培地に添加する量は、その後の培養におけるEPCの増殖効率や分化誘導効率等を基準に適宜調整することができる。
【0028】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0029】
[内皮前駆細胞(EPC)の単離]
野生型マウスから採取した骨髄に対して、Histopaque 1083(登録商標)(Sigma社製)を用いて濃度勾配遠心分離を行い、単核細胞を得た。次いで、magnetic sorting system(Lineage deletion kit及びMulti-sorting system; Miltenyi Biotec社製))をその製造プロトコルにしたがって用いて、単核細胞から、lineage陰性でcKit/Sca1陽性の細胞を単離した。得られたLin-/cKit+/Sca1+細胞をEPCとして以後の実験で用いた。
【実施例2】
【0030】
[EPCの増殖アッセイ]
実施例1で得られたEPCを、フィブロネクチンでコートしたプレート上のα−MEM(GIBCO社製;#12571-063)培地[10質量%ウシ胎児血清、100μg/ml内皮細胞成長因子 E2759(Sigma社製)、100ng/mlマウス組換えVEGF(Sigma社製)、10U/mlヘパリン硫酸塩(Sigma社製)、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシンを含有し、かつ、プロスタサイクリン受容体刺激薬(ONO54918;小野薬品工業株式会社製)を所定の濃度で含有する]に播種し、5質量%CO存在下、37℃にて7日間培養した。培養した細胞のマイトジェン活性は、形成された1コロニー当たりの細胞数をその細胞の増殖度の指標として評価するコロニー形成アッセイにより調べた。すなわち、EPCをDiI-acLDL and FITC-lectinで染色して同定し、それぞれのコロニー内の細胞数を計測した(wild/heparin)。その結果を図1に示す。
【実施例3】
【0031】
また、上記実施例2記載の増殖アッセイ方法において、上記培地に代えて、ヘパリン硫酸塩及びプロスタサイクリン受容体刺激薬を含まない従来法の培地を用いたこと以外は、同一の方法で増殖アッセイを行った(wild/cont)。従来法の培地としては、フィブロネクチンでコートしたプレート上のα−MEM(GIBCO社製;#12571-063)培地[10質量%ウシ胎児血清、100μg/ml内皮細胞成長因子 E2759(Sigma社製)、100ng/mlマウス組換えVEGF(Sigma社製)、10U/mlヘパリン硫酸塩(Sigma社製)、100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシンを含有する]を用いた。さらに、上記実施例2記載の増殖アッセイ方法において、EPCに代えて、プロスタサイクリン受容体を欠損したEPC(IP-/-)を用いたこと以外は、それと同一の方法で増殖アッセイを行った(IP-/-/heparin)。またさらに、上記実施例2記載の増殖アッセイにおいて、EPCに代えてプロスタサイクリン受容体を欠損した(IP-/-)を用い、かつ、上記 の従来法の培地を用いたこと以外は、それと同一の方法で増殖アッセイを行った(IP-/-/cont)。これらの増殖アッセイに続いて、上記実施例2記載のコロニー形成アッセイを行った。それらの結果を図1に示す。図1の結果から分かるように、プロスタサイクリン受容体を欠損していない通常のEPC(wild)を用い、かつ、ヘパリン共存下である場合(wild/heparin)にのみ、プロスタサイクリン受容体刺激薬に濃度依存的にEPC増殖が促進した。それに対して、ヘパリンの共存、及び、プロスタサイクリン受容体のいずれか一方又は両方を欠いていると、プロスタサイクリン受容体刺激薬の濃度が変化しても、EPCの増殖度合いに有意な変化は見られなかった。
【実施例4】
【0032】
[EPCの分化アッセイ]
実施例1で得られたEPCを、フィブロネクチンでコートしたプレート上のα−MEM(GIBCO社製)培地[10質量%ウシ胎児血清、100μg/ml内皮細胞成長因子(Sigma社製)、100ng/mlマウス組換えVEGF(Sigma社製)、10U/mlヘパリン硫酸塩(Sigma社製)、100U/mlペニシリン、100g/mlストレプトマイシンを含有し、かつ、プロスタサイクリン受容体刺激薬(ONO54918;小野薬品工業株式会社製)を所定の濃度で含有するか又は含有しない]に播種し、5質量%CO存在下、37℃にて21〜28日間培養した。培地は、3〜4日間ごとに新鮮な培地に置換した。培養で得られたこの細胞を、後述のRT−PCR用のサンプル細胞(EPC(IP agonist))として用いた。
【実施例5】
【0033】
後述のRT−PCR用の他のサンプル細胞として、以下の(1)〜(4)の方法で得た細胞を用いた。
(1)実施例1で得られたEPCを、前述の従来法の培地に播種し、5質量%CO存在下で10〜14日間培養した。培地は、3〜4日間ごとに新鮮な培地に置換した。この培養により、サンプル細胞(EPC(control))を得た。
(2)実施例1で得られた単核細胞から、magnetic sorting system(Lineage deletion kit及びMulti-sorting system; Miltenyi Biotec社製))を用いて、lineage陽性の成熟リンパ球細胞を単離した。この成熟リンパ球細胞を上記実施例4の方法と同様の方法で培養し、サンプル細胞(Lin+)を得た。
(3)実施例1で得られた単核細胞(MNC)から、magnetic sorting systemによりLin+細胞を単離し、サンプル細胞(MNC)を得た。
【実施例6】
【0034】
上記実施例4及び実施例5で得られたそれぞれのサンプル細胞について以下の方法によりRT−PCRを行い、EPC等分化度等を調べた。
各のサンプル細胞からRNeasy kit (Qiagen社製)を用いてRNAを単離し、混入しているDNAをDNaseにて除去した。RT−PCRのサンプルの調製には、superscript one-step RT-PCR kit(Invitrogen社製)を用い、55℃30秒間のアニーリング反応及び72℃35秒間の伸長反応からなるサイクルを繰り返し、最後に72℃で5分間伸長反応を行った。
なお、上記RT−PCRには、検出対象となる遺伝子に応じて、以下のプライマーを用いた。IP(プロスタサイクリン受容体)遺伝子;IP forward(TTT CTG CTG CCT CTT CTG CTC ACT;配列番号1), IP reverse(ACC AGA ACT TGA GGC GTT GGA AGA;配列番号2)。Flk(VEGFR2)遺伝子;Flk forward(AGC GGA GAC GCT CTT CAT AA;配列番号3), Flk reverse(GCC CCT TTG CTC TTA TAG GG;配列番号4)。eNOS遺伝子;eNOS forward(AGG CAT CAC CAG GAA GAA GA;配列番号5), eNOS reverse(CAC AGA AGT GGG GGT ATG CT;配列番号6)。G6PDH遺伝子;G6PDH forward(GCC ATC AAC GAC CCC TTC ATT G;配列番号7), G6PDH reverse(TGC CAG TGA GCT TCC CGT TC;配列番号8)。上記のIP遺伝子はプロスタサイクリン受容体遺伝子であり、Flk遺伝子はEPCであることを示すマーカー遺伝子であり、eNOS遺伝子はEPCの分化度を示すマーカー遺伝子であり、G6PDH遺伝子は同量のサンプルを用いていることを確認するためのコントロール遺伝子である。
【0035】
前述のRT−PCRによって得られたPCR産物を、アガロースゲルにて電気泳動した結果を図2に示す。図2の結果から分かるように、MNCや成熟リンパ球細胞(Lin+)を、ヘパリン及びプロスタサイクリン受容体刺激薬存在下で培養しても、プロスタサイクリン受容体の発現やEPCの存在やEPCの分化は確認できなかったのに対し、EPC(IP agonist)やEPC(control)では、プロスタサイクリン受容体の発現やEPCの存在やEPCの分化が確認された。しかし、プロスタサイクリン受容体刺激薬及びヘパリンの存在下で培養したEPC(IP agonist)においては、それらの不存在下で培養したEPC(control)に比べて、eNOSの発現量が増加していた。このことから、プロスタサイクリン受容体刺激薬及びヘパリンの共在下で培養すると、EPCの分化が促進されることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】プロスタサイクリン等とヘパリンの組み合わせが、EPCの増殖に及ぼす作用を示す図である。
【図2】プロスタサイクリン等とヘパリンの組み合わせがEPCの分化に及ぼす作用を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養する工程を有することを特徴とするEPCの増殖方法。
【請求項2】
プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする請求項1に記載のEPCの増殖方法。
【請求項3】
プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養する工程を有することを特徴とするEPCの分化誘導方法。
【請求項4】
プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする請求項3に記載のEPCの分化誘導方法。
【請求項5】
プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンの存在下で、内皮前駆細胞(EPC)をインビトロ培養して得られるEPCを含有することを特徴とする虚血性疾患の予防・治療剤。
【請求項6】
プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする請求項5に記載の虚血性疾患の予防・治療剤。
【請求項7】
プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンを含有することを特徴とするEPCの増殖促進剤。
【請求項8】
プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする請求項7に記載のEPCの増殖促進剤。
【請求項9】
プロスタサイクリン又はプロスタサイクリンアナログ、及び、ヘパリンを含有することを特徴とするEPCの分化誘導剤。
【請求項10】
プロスタサイクリンアナログが、Carbaprostacyclin、Beraprost、Taprostene、Nileprost、Iloprost、Cicaprost、Ciprostene、Treprostinil、Bonsentanから選ばれる1種又は2種以上の物質であることを特徴とする請求項9に記載のEPCの分化誘導剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−15609(P2011−15609A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281161(P2007−281161)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(505210115)国立大学法人旭川医科大学 (17)
【Fターム(参考)】