説明

冷間成形による建築用低降伏比鋼管の製造法

【目的】 冷間成形により製作された厚み100mm以下、t/D(t:板厚、D:鋼管外径)≦10%でYR≦80%の鋼管の製造法を提供する。
【構成】 重量%でC:0.01〜0.20%、Si:0.5%以下、Mn:0.5〜1.6%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Ti:0.005〜0.025%、Al:0.1%以下、N:0.006%以下を含有した鋼片を900〜1200℃の温度範囲に再加熱して、900℃以下の累積圧下量が30%以上かつ圧延温度がAr3 +120℃以下Ar3 −20℃以上となるように圧延を行った後、鋼板をAr3 −20℃〜Ar3 −100℃まで空冷し、続いてこの温度から直ちに常温まで焼入し、Ac1変態点以下温度範囲で焼戻処理を施した鋼板を、t/D≦10%の範囲で冷間成形により鋼管を製作し、その後500から650℃の温度範囲で焼鈍することにより、厚み100mm以下の低降伏比鋼管製造する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は建築、土木分野において、各種構造物に用いる冷間成形による低降伏比鋼管の製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】一般的に、鋼材に対し冷間加工を加えると加工硬化によりYP,TSが上昇し、TSに比べYPの上昇が大きいため降伏比(以下YRと呼ぶ)も上昇してしまい、冷間成形による鋼管は降伏後の塑性変形能力が小さいため建築構造物には適用しにくいという欠点があった。
【0003】一方、低YR鋼管の製造法としては遠心鋳造法、鋼管での熱処理(焼入、焼戻)等があるが、遠心鋳造法はその生産性の低さ、経済性の面で、鋼管の熱処理ではその経済性、鋼管の寸法精度の面で、鋼板の冷間成形により製造した鋼管に比べ劣っていた。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、鋼板の冷間成形によるYRが低い鋼管の製造技術を提供するものである。本発明法に基づいて製造した鋼管は、低YRで且つ高い生産性、経済性及び寸法精度を有している。
【0005】
【課題を解決するための手段】前述の課題を克服し目的を達成するもので、その具体的手段を下記(1),(2)に示す。(1)重量比でC:0.01〜0.20%、Si:0.5%以下、Mn:0.5〜1.6%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Ti:0.005〜0.025%、Al:0.1%以下、N:0.006%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼を900〜1200℃の温度範囲に再加熱して、900℃以下の累積圧下量が30%以上かつ仕上温度がAr3 +120℃以下Ar3 −20℃以上となるように圧延を行った後、鋼板をAr3 −20℃〜Ar3 −100℃まで空冷し、続いてこの温度から直ちに常温まで焼き入れし、Ac1 変態点以下の温度範囲で焼戻処理を施した鋼板を、板厚をtとし、鋼管外径をDとして、t/D≦10%の範囲で冷間成形により鋼管を製作し、その後500から650℃の温度範囲で板厚25mmあたり1時間の保定で焼鈍することを特徴とする板厚100mm以下、管軸方向のYRが80%以下である建築用低降伏比鋼管の製造法。
【0006】(2)重量比でC:0.01〜0.20%、Si:0.5%以下、Mn:0.5〜1.6%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、Ti:0.005〜0.025%、Al:0.1%以下、N:0.006%以下さらにCu:0.05〜0.5%、Ni:0.05〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、Mo:0.05〜1.0%、Nb:0.005〜0.03%、V:0.005〜0.5%、Ca:0.001〜0.006%の1種または2種以上を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼を900〜1200℃の温度範囲に再加熱して、900℃以下の累積圧下量が30%以上かつ仕上温度がAr3 +120℃以下Ar3 −20℃以上となるように圧延を行った後、鋼板をAr3 −20℃〜Ar3 −100℃まで空冷し、続いてこの温度から直ちに常温まで焼き入れし、Ac1 変態点以下の温度範囲で焼戻処理を施した鋼板を、板厚をtとし、鋼管外径をDとして、t/D≦10%の範囲で冷間成形により鋼管を製作し、その後500から650℃の温度範囲で板厚25mmあたり1時間の保定で焼鈍することを特徴とする板厚100mm以下、管軸方向のYRが80%以下である建築用低降伏比鋼管の製造法。
【0007】
【作用】以下、本発明について説明する。
【0008】発明者らの研究によれば、冷間加工後のYRを低くするには冷間加工前の鋼板の材質制御、特にYRを低く制御することと冷間加工後の適切な熱処理(焼鈍)を組み合わせることが必要であることを見いだした。
【0009】そこで本発明のポイントは■冷間加工に供する鋼板を必要なYR値以下に制御する製造法と、■その鋼板を冷間加工した後の熱処理による材質制御技術にある。
【0010】再加熱温度を900〜1200℃の範囲に限定した理由は、加熱時のオーステナイト粒を小さく保ち圧延組織の細粒化を図るためである。1200℃は加熱時のオーステナイト粒が極端に粗大化しない上限温度であって、加熱温度がこれを超えるとオーステナイト粒が粗大混粒化し、変態後の組織が粗大なベイナイト組織となるため鋼の靱性が著しく劣化する。一方加熱温度が低すぎると、圧延終了温度が下がりすぎるため、十分な材質向上効果が期待できない。またNb,Vなどの析出硬化元素添加時には、これらが十分に固溶せず強度、靱性バランスが劣化する。このために下限を900℃とする必要がある。
【0011】上述のような条件で加熱したスラブを、900℃以下の未再結晶域での累積圧下量を30%以上とし、仕上温度がAr3 +120℃以下Ar3 −20℃以上となるように圧延する。これは未再結晶域での圧延を行うことによってオーステナイト粒の細粒化を図るためである。仕上温度の下限をAr3 −20℃としたのは、過度の変態点以下の(γ+α)域圧延によって靱性を劣化させないためである。一方、仕上温度が余りにも高すぎるとオーステナイト粒の微細化効果が期待できず靱性が劣化する。このために上限をAr3 +120℃とする必要がある。
【0012】次に圧延後の冷却条件であるが、これは圧延終了後空冷し鋼板温度がAr3 −20℃〜Ar3 −100℃の間から常温まで焼入し、その後Ac1 変態点以下の温度範囲で焼戻処理を行う必要がある。この理由は適量の初析フェライトを析出せしめた後、炭素が濃縮された未変態オーステナイトを焼入することによって最終組織をフェライト−ベイナイト−マルテンサイトとするためである。冷却開始温度の下限をAr3 −100℃としたのは、これ以下の温度であるとフェライトの析出量が多くなり、強度が低下するためである。また、上限をAr3 −20℃としたのは、これ以上の温度であるとフェライト析出量が少なく降伏強度が低くならず、低降伏比鋼が得られないからである。
【0013】次に成分範囲の限定理由について説明する。
【0014】Cは母材の強度を確保するために必要であるが、多量に含有させると靱性あるいは溶接性を損なうために適量の添加が必要となる。このような観点からCは0.01〜0.2%とした。
【0015】Siは脱酸上、鋼に必然的に含まれる元素であるが、SiはHAZ靱性及び溶接性上好ましくない元素であるため、その上限を0.5%とした。
【0016】Mnは強度、靱性を同時に向上せしめる極めて重要な元素であり、0.5%以上は必要であるが、多量に添加すると溶接性、母材及びHAZの靱性劣化を招くためその上限を1.6%とした。
【0017】本発明鋼において不純物であるP,Sをそれぞれ0.03%,0.01%以下とした理由は、母材、溶接部の低温靱性をより一層向上させるためである。Pの低減は粒界破壊を防止し、S量の低減はMnSによる靱性の劣化を防止する。好ましいP,S量はそれぞれ0.01%,0.005%以下である。
【0018】Tiは炭窒化物を形成してHAZ靱性を向上させる。Al量が少ない場合、Tiの酸化物を形成しHAZ靱性を向上させるが、0.005%未満では効果がなく、0.025%を超えるとHAZ靱性に好ましくない影響があるため、0.005〜0.025%に限定する。
【0019】Alは一般に脱酸上鋼に含まれる元素であるが、Si及びTiによっても脱酸は行われるので本発明鋼については下限は限定しない。しかしAl量が多くなると鋼の清浄度が悪くなり、溶接部の靱性が劣化するので上限を0.06%とした。
【0020】Nは一般的に不可避的不純物として鋼中に含まれるものであるが、Nb,Vと結合して炭窒化物を形成して強度を増加させ、またTiNを形成して前述のようにHAZの性質を高める。このためN量として最低0.001%が必要である。しかしながらN量が多くなるとHAZ靱性の劣化や連続鋳造スラブの表面キズの発生等を助長するので、その上限を0.006%とした。
【0021】本発明鋼の基本成分は以上のとおりであり、十分に目的を達成できるが、さらに目的に対し特性を高めるため、以下に述べる元素即ちCu,Ni,Cr,Mo,Nb,V,Caを選択的に添加すると強度、靱性の向上について、さらに好ましい結果が得られる。
【0022】つぎに、前記添加元素とその添加量について説明する。Niは溶接性、HAZ靱性に悪影響を及ぼすことなく、母材の強度、靱性を向上させるが、0.05%以下では効果が薄く、1.0%以上では極めて高価になるため経済性を失うので、上限は1.0%とした。
【0023】CuはNiとほぼ同様な効果を持つほか、Cu析出物による強度の増加や耐食性や耐候性の向上にも効果を有する。この場合Cu量が0.5%を超えるとその析出効果が著しく、冷間成形後の熱処理において過度の析出効果によりYRの低下が困難になり、また0.05%以下では効果がないのでCu量は0.05〜0.5%に限定する。
【0024】Moは母材の強度、靱性を共に向上させる元素であるが、0.05%以下では効果が薄く、1.0%を超えると溶接部靱性及び溶接性の劣化を招き好ましくないため0.05〜1.0%に限定する。
【0025】Crは母材及び溶接部の強度を高める元素であり、Cr量が0.5%以上で耐候性も向上するが、1.0%を超えると溶接性やHAZ靱性を劣化させ、また0.05%以下では効果が薄い。従ってCr量は0.05〜1.0%とする。
【0026】Nbは微細な炭窒化物を形成し、強度を増加させ、またHAZ靱性を向上させる。しかし、0.005%以下では効果がなく、0.03%を超えると冷間成形後の熱処理で過度の析出効果によりYR低下の妨げになる。
【0027】VはNbとほぼ同じ効果をもつ元素であるが、Nbに比較して析出硬化能はやや劣る。0.005%以下では硬化が少なく、0.05%を超えると冷間成形後の熱処理で過度の析出効果によりYR低下の妨げになる。
【0028】Caは硫化物(MnS)の形態を制御し、シャルピー吸収エネルギーを増加させ低温靱性を向上させる効果がある。しかしCa量は0.001%未満では実用上効果がなく、0.006%を超えるとCaO,CaSが多量に生成して大型介在物となり、鋼の靱性のみならず清浄度も害し溶接性、耐ラメラテア性にも悪影響を与えるので、Ca添加量の範囲を0.001〜0.006%とする。
【0029】次に冷間成形(t/D≦10%)後の熱処理(焼鈍)温度は、冷間加工での歪を十分に開放し、YRの低下、靱性の回復を行わせるためその下限温度を500℃とする。また高すぎる温度での焼鈍は、冷間歪の開放だけでなく鋼材自体の軟化を起こし、強度不足、YRの上昇を招いてしまうためその上限温度を650℃とする。
【0030】
【実施例】周知の転炉、連続鋳造、厚板工程により鋼板を製造し、その後冷間成形で鋼管を製作、焼鈍熱処理を施し、その強度、靱性について調査した。
【0031】表1の1〜9に本発明鋼、10〜20に比較鋼の化学成分を示す。表1において鋼1,2,4,6,7,8,9はTS60kgf/mm2クラス、鋼3はTS70kgf/mm2 クラス、鋼5はTS80kgf/mm2 クラス目標にしたものである。
【0032】表2に本発明鋼と比較鋼の鋼板製造条件とその機械的性質を示す。表2の本発明鋼1〜9は、鋼管での強度、靱性がバランスよく達成できており、YRも80%以下となっている。
【0033】これに対し比較鋼10では冷間加工度(t/D)が12%と大きすぎるため、YRが高くなっている。比較鋼11は仕上温度が高いために結晶粒の細粒化が十分になされておらず、靱性が劣化している。比較鋼12では900℃以下の圧下率が低いために結晶粒の細粒化が十分になされておらず、靱性が劣化している。比較鋼13では加熱温度が高いために結晶粒の細粒化が十分になされておらず、靱性が劣化している。比較鋼14では冷却開始温度が低いために強度が低下している。比較鋼15では焼鈍温度が低いために、YRが高く、靱性が劣化している。比較鋼16では冷却開始温度が高いために、YRが高くなっている。比較鋼17では仕上温度が低いために、靱性が劣化している。比較鋼18では焼鈍温度が高いために、YRが高くなっている。比較鋼19ではNbが高いために、YRが高くなっている。比較鋼20ではVが高いために、YRが高くなっている。
【0034】
【表1】


【0035】
【表2】


【0036】
【発明の効果】本発明の化学成分及び製造法で製造した鋼管は、YRが低く降伏後の塑性変形能力に優れた鋼管である。その結果、建築、橋梁等の構造物の安全性を大きく高めることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 重量比でC :0.01〜0.20%、Si :0.5%以下、Mn :0.5〜1.6%、P :0.03%以下、S :0.01%以下、Ti :0.005〜0.025%、Al :0.1%以下、N :0.006%以下、を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼を、900〜1200℃の温度範囲に再加熱して、900℃以下の累積圧下量が30%以上かつ仕上温度がAr3 +120℃以下Ar3 −20℃以上となるように圧延を行った後、鋼板をAr3 −20℃〜Ar3 −100℃まで空冷し、続いてこの温度から直ちに常温まで焼き入れし、Ac1 変態点以下の温度範囲で焼戻処理を施した鋼板を、板厚をt、鋼管外径をDとしてt/D≦10%の範囲で冷間成形により鋼管を製作し、その後500から650℃の温度範囲で焼鈍することを特徴とする建築用低降伏比鋼管の製造法。
【請求項2】 重量比でC :0.01〜0.20%、Si :0.5%以下、Mn :0.5〜1.6%、P :0.03%以下、S :0.01%以下、Ti :0.005〜0.025%、Al :0.1%以下、N :0.006%以下さらにCu :0.05〜0.5%、Ni :0.05〜1.0%、Cr :0.05〜1.0%、Mo :0.05〜1.0%、Nb :0.005〜0.03%、V :0.005〜0.5%、Ca :0.001〜0.006%、の1種または2種以上を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる鋼を、900〜1200℃の温度範囲に再加熱して、900℃以下の累積圧下量が30%以上かつ仕上温度がAr3 +120℃以下Ar3 −20℃以上となるように圧延を行った後、鋼板をAr3 −20℃〜Ar3 −100℃まで空冷し、続いてこの温度から直ちに常温まで焼き入れし、Ac1 変態点以下の温度範囲で焼戻処理を施した鋼板を、板厚をt、鋼管外径をDとしてt/D≦10%の範囲で冷間成形により鋼管を製作し、その後500から650℃の温度範囲で焼鈍することを特徴とする建築用低降伏比鋼管の製造法。