説明

冷陰極蛍光ランプ用電極

【課題】高温の熱履歴が加わる環境下でも二次再結晶化といわれる結晶粒の粗大化を防止して製品寿命を向上させるとともに、高輝度化や低消費電力化のためより一層の放電特性を向上させた有底円筒状の冷陰極蛍光ランプ用電極を提供する。
【解決手段】MoまたはWの基地中に、金属炭化物と気孔が分散する金属組織を呈し、金属炭化物の量が1〜50体積%で、かつ密度比が80〜96%とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、照明用光源や、パソコンのモニタ、液晶テレビ、カーナビゲイションシステム用の液晶ディスプレイ等のバックライト等に用いられる冷陰極蛍光ランプに係り、特にこれに好適な冷陰極蛍光ランプ用電極に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冷陰極蛍光ランプは、図1に示すように、ガラス管1内に、端子2で外部に接続された電極3が両端に配置された構造をしており、このガラス管1の内面に蛍光体4を塗布するとともに、希ガスと微量の水銀からなる封入ガス5を封入して構成されている。この両端の電極3に高電界を加えて低圧の水銀蒸気中でグロー放電を発生させ、この放電により励起された水銀が紫外線を発生するとともに、この紫外線によりガラス管1内面の蛍光体4を励起して発光させるものである。ここで用いられる電極は、近年ではホローカソード効果が得られる有底円筒状に形成したものが用いられている。この場合、端子2は有底円筒状電極3の底部にろう付け等で接着される。
【0003】
このような仕組みの冷陰極ランプは、近年、液晶ディスプレイのバックライト用光源として用いられており、また、最近では、液晶テレビやカーナビゲイションシステムの液晶ディスプレイ等にも適用され、ますますその需要が拡大している。さらに、1製品に使用される冷陰極蛍光ランプの本数も15インチ以下の液晶ディスプレイ等では概ね1本であるが、大型モニタやテレビ用では必要な輝度が得られないことから複数本の冷陰極蛍光ランプが使用される。このため需要の拡大は急激に行われている。
【0004】
上記のように需要が拡大している冷陰極蛍光ランプではあるが、液晶ディスプレイ等の性能向上の要求において、冷陰極蛍光ランプおよびこれに用いられる電極について、下記の事項が要求されている。
(1)製品の薄型化および軽量化の要求から、冷陰極蛍光ランプについても、小径化が要求されているとともに、それにともない、電極についてもより一層の小型化の要求がなされており、造形性が優れていることが求められる。
(2)液晶ディスプレイ等においては低消費電力化が求められ、冷陰極蛍光ランプの高効率化が求められている。ランプの輝度はランプ内径にほぼ反比例して増加することから小型化が進められていることに加え、電極については、より電子放出性の高い材料、すなわち仕事関数が低く陰極降下電圧の低い材料の適用が求められている。
(3)液晶ディスプレイ等においてはランプ1本につきインバータが1台必要となる。このため、冷陰極蛍光ランプが高輝度化すれば液晶ディスプレイ1台あたりのランプ使用数を低減でき同時にコスト低減ができる。この観点からも冷陰極蛍光ランプについて高輝度化が求められ、電極については陰極効果電圧の低い材料の適用が求められている。
(4)液晶ディスプレイの製品寿命は、冷陰極蛍光ランプの寿命が主要因となるため、冷陰極蛍光ランプにはより一層の長寿命が要求されている。このため電極としてはスパッタされ難い材料の適用が望まれている。
(5)液晶ディスプレイ等においては、製造各社の競争が激しく、上記(1)〜(4)の特性を満足しても、高コストであっては製品として成り立たないため、できるだけ安価であることが望まれている。
【0005】
冷陰極蛍光ランプ用の電極材料としては、従来、加工が容易で安価なニッケルが用いられてきたが、ニッケル電極では、高輝度化のため電子放出量を増加させようとして放電電流を上昇させると、ニッケル電極が管内の気体イオンによりスパッタされ、電極の消耗が激しく寿命が短くなってしまうといった問題を有している。また、放電電流の上昇は、消費電力の増加を招き、このことからもニッケルに変わる、より陰極降下電圧の低い材料の電極への適用が求められている。
【0006】
また、有底円筒状ニッケル電極の内周面に、ニッケルより仕事関数の低い物質層を設け、電子の放出量を増加させたものが提案されている(例えば、特許文献1及び2参照。)。ただし、このような電極においては、仕事関数の低い物質層を被覆する工程が必要であり、また、電極の基材がニッケルであるため損耗し易く、最近では底厚を大きくすることで製品化したものが登場してきているが、上記の要求事項の全てを満足するものではない。
【0007】
さらに、仕事関数が低く、かつスパッタリングされ難い高融点の金属として、モリブデンやタングステンを電極材料に適用する試みもなされている。具体的には、電極材料としてモリブデンを適用した冷陰極蛍光ランプ用の電極は、モリブデンの圧延板から打ち抜き−深絞りによって有底円筒状に造形したものであり、ニッケルより高融点かつ放電特性に優れるため、上記(1)〜(5)の要求を満足するものである。
【0008】
しかしながら、モリブデンの圧延板は異方性が出やすいことや、延性に乏しいことから塑性加工が困難であり、さらに材料歩留まりが悪いことから高コストとなっており、上記(5)については要求を満たすものではない。また、造形法の制限から円筒部と底部の厚さの比がおよそ1:2のものしか得られず、形状の設計自由度が制限がある。また、タングステンの電極への適用は、タングステンが硬くかつ延性に乏しいため、深絞り加工が不可能で、現実には量産に至っていない。
【0009】
【特許文献1】特開平10−144255号公報
【特許文献2】特開2002−289138号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
近年、液晶ディスプレイ等においては、上記(1)〜(5)の要求、すなわち小型化・高輝度化・低消費電力化がより高まってきており、放電特性に優れた電極材料が待ち望まれている。
【0011】
ところで、上記のモリブデンやタングステンについて、その放電特性を調査すべく、テストサンプルレベルで上記のモリブデンまたはタングステンの圧延板により一端が開口した有底円筒形状の電極を作成して放電試験を行ったところ、一部の電極において底部でスパッタリングによると考えられる大きな破壊孔を示すものが認められた。この原因について調査したところ、モリブデンやタングステンは高融点金属であるが、一端が開口した有底円筒形状の電極においては水銀蒸気が電極底部まで届き難く、希ガス放電となって電極に高温の熱履歴が加えられ、この高温の熱履歴により二次再結晶化といわれる結晶粒の粗大化が生じたこと、またこのように粗大化された結晶粒を呈する電極では、放電電流が上昇すると、高融点金属を用いているにもかかわらず、容易にスパッタリングによる材料の飛散が発生し、上記の破壊が生じたことが判明した。
【0012】
そこで、本発明は、高温の熱履歴が加わる環境下でも二次再結晶化といわれる結晶粒の粗大化を防止して製品寿命を向上させるとともに、高輝度化や低消費電力化のためより一層の放電特性を向上させた有底円筒状の冷陰極蛍光ランプ用電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の冷陰極蛍光ランプ用電極は、MoまたはWの基地中に、金属炭化物と気孔が分散する金属組織を呈し、前記金属炭化物の量が1〜50体積%で、かつ密度比が80〜96%であることを特徴としている。また、本発明の冷陰極蛍光ランプ用電極の他の態様は、Wを含有するMo合金相と、Moを含有するW合金相とからなる斑状組織の基地中に、金属炭化物と気孔が分散する金属組織を呈し、MoとWの量は、体積比で、Mo:W=10:90〜90:10であるとともに、前記金属炭化物の量が1〜50体積%であり、かつ密度比が80〜96%であることを特徴としている。
【0014】
さらに、本発明の冷陰極蛍光ランプ用電極においては、さらに5質量%以下のNiを含むものであることが好ましく、また、平均結晶粒径が3〜10μmであり、最大結晶粒径が20μm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の冷陰極蛍光ランプ用電極によれば、MoまたはWの基地中に、もしくはWを含有するMo合金相とMoを含有するW合金相とからなる斑状組織の基地中に、仕事関数の小さい金属炭化物を分散させた金属組織を形成させることにより、放電特性をより一層向上させるとともに、高温の熱履歴が加わる環境下でも二次再結晶化といわれる結晶粒の粗大化を抑制し、放電電流の上昇に伴うスパッタリングの発生を防ぐことができ、これにより、電極の製品寿命を向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の冷陰極蛍光ランプ用電極においては、基地として仕事関数が低くかつ高融点のモリブデンまたはタングステンを用いることで電極の放電特性を確保するとともに、仕事関数がより低くかつ安定な金属炭化物を基地中に分散させることで電極の放電特性をより向上させるとともに、基地中に分散する金属炭化物のピンニング効果により結晶粒の二次再結晶化を抑制することができる。
【0017】
このような金属組織を呈する冷陰極蛍光ランプ用電極は、仕事関数が低くかつ高融点のモリブデン粉末またはタングステン粉末に炭化物粉末を混合した原料粉末を焼結することで得ることができる。また、原料粉末を焼結することで得られる冷陰極蛍光ランプ用電極は、原料が金属粉末であることに由来する気孔と凹凸を有する表面となり、圧延板からの打ち抜き−深絞りにより造形したものに比して表面積が大きくなる結果、電離効果が大きくなる。また、基地中に残留する気孔が結晶粒の粗大化をピン止め効果により抑制するため、結晶粒の二次再結晶化を防止する効果も得られる。ただし、密度比が96%を超えると焼結体に残留する気孔が乏しく、かつ、独立気孔が増えることにより電離効果向上の効果が乏しくなるとともに、気孔による各々の相の二次再結晶化を防止する効果が乏しくなり、圧延板からの打ち抜き−深絞りにより造形したものに近くなる。一方、密度比が80%に満たない場合は、電極の機械的強度が著しく弱くなり、その後のランプ製造工程における取扱い時に破損が生じ易くなる。これらのことから冷陰極蛍光ランプ用電極としては密度比が80〜96%であることが望ましい。
【0018】
上記の金属炭化物の分散量が1体積%に満たないと、放電特性の向上が乏しくかつピンニング効果による結晶粒の成長抑制効果が乏しくなる。一方、金属炭化物の量が50体積%を上回ると、基地を形成するモリブデン粉末やタングステン粉末が焼結により拡散結合することを阻害し電極の密度が著しく低下することとなる。
【0019】
上記のように本発明の冷陰極蛍光ランプ用電極においては、金属炭化物が基地中に分散することにより結晶粒の二次再結晶化を抑制するが、原料粉末として粗大な粉末を用いるとその部分で結晶粒の二次再結晶化が生じるため、原料粉末として粒径が10μm以下の粉末を用いることが好ましい。一方粒径が1μmに満たない粉末は金型の隙間に噛み込み易くなる。したがって原料粉末の粒径は1〜10μmの範囲が適当である。このような原料粉末を用いると焼結後に得られる基地の結晶粒は、平均結晶粒径が3〜10μmであり、最大結晶粒径が20μm以下の微細な結晶粒となり、このような結晶粒を上記の金属炭化物がピンニング効果により二次再結晶化を抑制して維持するため、優れた放電特性をより長時間維持できる。
【0020】
さらに、本発明においては、原料粉末としてモリブデン粉末とタングステン粉末の混合粉末を用い、基地をWを含有するMo合金相とWを含有するMo合金相の斑状組織とすると、互いの合金相により結晶粒の二次再結晶化が防止できるため一層好ましい。この時、MoとWの量は、体積比で、Mo:W=10:90〜90:10とすることが好ましい。MoとWの量がこの範囲を逸脱するといずれか一方の合金相が過多となって、他方の合金相による結晶粒の二次再結晶化抑制の効果が乏しくなるからである。
【0021】
また、本発明における金属炭化物は、基地のモリブデン(仕事関数:4.2eV)やタングステン(仕事関数:4.5eV)よりも仕事関数の低いチタン炭化物(仕事関数:3.5eV)、モリブデン炭化物(仕事関数:3.8eV)、タングステン炭化物(仕事関数:3.7eV)、バナジウム炭化物(仕事関数:3.8eV)、ジルコニウム炭化物(仕事関数:3.4eV)、ニオブ炭化物(仕事関数:3.8eV)、タンタル炭化物(仕事関数:3.8eV)、ハフニウム炭化物(仕事関数:3.4eV)のうちの少なくとも1種を用いることができ、これらの中でも安定性に優れるチタン炭化物が好ましい。
【0022】
本発明においては、低融点のニッケルを少量含有することにより、電極の寿命と電極の放電特性をさほど低減することなく、焼結温度を低減することが可能となり、好適である。ニッケルは、モリブデン粉末および/またはタングステン粉末に、ニッケル粉末の形態で添加することが簡便である。すなわち、ニッケル粉末の形態で添加されたNiは、MoやWよりも融点が低いため、焼結時に溶融してモリブデン粉末およびタングステン粉末表面に濡れて表面を活性化して粉末間のネックの形成、成長を促進する。ニッケル粉末の添加量が増加するほど低温で焼結することができるようになり、0.4質量%程度の添加で1450℃程度まで焼結温度を低下しても密度比80%以上の電極が得られるようになり、焼結工程で消費する熱エネルギーを削減できるとともに、炉の損耗も抑制することが可能となる。しかしながら、冷陰極蛍光ランプ用電極中のNi量が5質量%を超えると、Ni濃度の高い部分(Niリッチ相)が電極表面に現れるようになり、モリブデンおよびタングステンの面積が減少して電子放出性が低下する。したがって、冷陰極蛍光ランプ用電極中のNi量は0を超え5質量%以下とする必要がある。
【0023】
また、本発明の冷陰極蛍光ランプ用電極は、従来公知の方法により製造することができるが、例えば、原料粉末に通常の押型法で与える以上の多量のバインダー等を与えた原料を用いて押型成形する方法により、好適に製造することができる。以下、この方法による製造工程について具体的に説明する。
【0024】
上記のような製造方法では、微小な金型を用い、この金型の隙間にモリブデン粉末およびタングステン粉末からなる金属粉末を流動させることが求められるため、金属粉末をタップした時の空隙率以上のバインダーを金属粉末に添加し混練することが好ましい。バインダーの添加量としては、40体積%以上が好適である。バインダー量が40体積%に満たないと、原料の流動性が不十分となり、均一な金属粉末の充填が行えなくなる。一方、60体積%を超えてバインダーを添加すると、後の脱バインダー工程が長時間となって製造コストの増加を招くこととなる。また、成形体中に過剰なバインダー分を含むため、かえって金属粉末の均一な充填が行えなくなるとともに、脱バインダー工程および焼結工程における形状安定性が損なわれて、型くずれが生じやすくなる。したがって、バインダーの添加量は40〜60体積%であることが好ましい。
【0025】
このようなバインダーは、熱可塑性樹脂とワックスからなるとさらに好適である。熱可塑性樹脂は、原料に可塑性を付与するために用いられ、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアセタール、ポリエチレンビニルアセテート等が用いられる。ワックスは原料、特に金属粉末と金型(ダイスおよびパンチを含む)との間の金属接触を防止して加圧成形時に金属粉末の均一な流動を実現するとともに、抜き出し時の成形体と金型間の摩擦を低減して抜き出しやすくするために添加され、パラフィンワックス、ウレタンワックス、カルナバワックス等が用いられる。このような作用を有する熱可塑性樹脂とワックスは、20:80〜60:40の範囲で構成すると好適なバインダーとなる。
【0026】
上記のバインダーを上記のモリブデン粉末または/およびタングステン粉末からなる金属粉末に添加し混練することで原料Mが得られる。この原料Mを図2(a)〜(f)に示す金型によって成形する。まず、所定量の原料Mをダイ14の型孔14a内に充填した後(図2(a))、図2(b),(c)に示すように、型孔14a内の原料を電極形状成形体の底部を形成する第1パンチ11と、電極形状成形体の内径部を形成する第2パンチ12と、電極形状成形体の開口端面を加圧する第3パンチ13とを用い、第1パンチ11をダイ14に対して固定し、かつ、第2パンチ12を原料に押し込むように加圧するとともに、第3パンチ13により原料に背圧を加えながら成形する。得られた電極形状成形体15を抜き出すには、まず、第1パンチ11、第2パンチ12および第3パンチ13を電極形状成形体15とともにダイ14から上方へ抜き出し(図2(d))、次いで、第2パンチ12を電極形状成形体15から上方へ抜き出す(e)。次いで、第2、第3パンチ12,13を上昇させて電極形状成形体15から離間させる(f)。なお、図2(b),(c)に記載したものは、後方押し出しによる成形であるが、第1パンチ11を上昇させて前方押し出しとしてもかまわない。ただし、いずれの場合も第3パンチ13により原料に背圧を加えながら成形すると、電極形状成形体の端部の高さが均一に成形できるとともに、原料の密度が成形体中で均一となるため好ましい。
【0027】
上記の成形工程において、原料は流動して微小な金型の隙間を充填する必要があることから、原料は加圧に先立ちバインダーに含まれる熱可塑性樹脂の軟化点以上の温度に加熱されている必要がある。加熱なし、あるいは加熱しても熱可塑性樹脂の軟化点に満たない温度であれば、原料の流動性が乏しく、原料を微小な金型の隙間に均一かつ緻密に充填することができない。また、原料の流動性が最大となる熱可塑性樹脂の融点以上の温度に加熱するとより好ましい。この加熱は金型内部にヒータを設置する等して、原料を金型に充填した後に加熱してもよく、原料を予め加熱して供給してもよい。
【0028】
原料は、一般の押型法で扱えるように、ある程度の大きさの造粒粉末として、フィーダ(粉箱)等の粉末供給装置による充填方法を用いて供給してもよい。しかしながら、目標とする冷陰極蛍光ランプ用電極を成形するための押型の型孔が微小であるため、一般の押型法で用いる粉末供給装置に適した粉末の大きさに造粒すると均一かつ緻密に造粒粉末を充填することが難しい。一方、造粒粉末の粒径を小さくすると、原料粉末の流動性が低下することとなり、好適な大きさの造粒粉末に調整することが難しい。このため原料は図2(a)に示すように、1回の充填量に相当する量を、型孔に入る大きさの1個のペレットとしてまとめておき、ペレット単位で原料を供給することが好ましい。また原料をペレット単位で供給する場合、原料を予め加熱しておいても供給が容易であるため、この点からも好ましい。
【0029】
上記のようにして得られた電極形状成形体は、バインダー成分が40〜60体積%含まれるため、これを除去するため電極形状成形体をバインダー成分の熱分解温度に加熱して脱バインダー工程を行う。バインダーは、熱可塑性樹脂とワックスからなるが、熱可塑性樹脂およびワックスの熱分解温度近傍の昇温速度が速いと、熱可塑性樹脂およびワックスが急激にガス化して膨張し、成形体の型くずれを引き起こすので、少なくとも熱可塑性樹脂およびワックスの熱分解温度近傍の昇温はゆっくり行う必要がある。この観点から脱バインダー工程は、第1段階としてワックスの昇華温度近辺で一旦保持してバインダー成分中のワックス分を除去した後、第2段階として熱可塑性樹脂の熱分解温度近辺で再度保持して熱可塑性樹脂分を除去する、2段階の加熱保持工程とすることが好ましい。また、熱分解にともなうガス発生を徐々に行うため、熱可塑性樹脂およびワックスは熱分解温度の異なる複数のものを配合して用いることが好ましい。
【0030】
ただし、この工程において全てのバインダー成分が除去されると、その時点では金属粉末どうしの結合が始まっていないため角部等の金属粉末が脱落する。したがって、バインダー成分のごく一部は残留させる必要がある。残留させたバインダー成分は、後述するように焼結体に残留し、残留したバインダー成分に含まれるCが含有成分となる。したがって、Cの含有量を測定することにより、残留したバインダーの量を同定することができる。焼結体中に残留するC量が0.01質量%に満たない場合は、残留するバインダー成分が乏しく金属粉末の脱落が生じる。このため、焼結体中のC量が0.01質量%以上となるようバインダー成分を残留させる必要がある。一方、後述するように焼結体中のC量の上限は0.5質量%とする必要がある。このようなC量の調整は、例えば上記2段階の加熱保持工程における保持時間を調整することにより制御することができ、各々の段階での保持時間を30〜180分の範囲とすることで達成することができる。
【0031】
上記のバインダーの除去を行った後の電極形状成形体では、金属粉末どうしは未だ拡散しておらず、金属的に結合していない状態であり、極めて脆いものである。そこで金属粉末どうしを金属的に拡散結合させるため焼結を行う。焼結温度は1500℃以上が適当である。なお、Niを含有した態様においては、焼結温度は1450℃以上が好ましい。焼結工程では、金属粉末として上記のように微細でかつ凹凸の少ないものを用いていることから金属粉末の接触面積が大きく、そのため焼結による緻密化が進行しやすく、上記温度で密度比が80%以上の緻密な焼結体が得られる。しかしながら、焼結温度が上記温度範囲下限を下回ると焼結による緻密化が進行せず、低密度かつ強度の低い焼結体しか得られなくなる。一方、焼結温度が1800℃を超えると、炉の損耗が激しくなるため、焼結温度上限は上記の温度とすることが望ましい。焼結雰囲気は、酸素あるいは炭素を含有すると金属粉末表面が酸化あるいは炭化して焼結が進行しにくくなり、水素を含有するとモリブデン粉末が水素を吸蔵して膨張するため、これらを含有しない不活性ガスあるいは真空雰囲気(減圧雰囲気)を用いる必要がある。また減圧雰囲気においては圧力が1MPa以上の減圧雰囲気の場合はキャリアガスとして不活性ガスを導入して上記不具合を避ける必要がある。
【実施例】
【0032】
モリブデン粉末、タングステン粉末、金属炭化物粉末およびニッケル粉末として表1および2に示す粒径のものを用意した。また、バインダーとしてポリアセタール(軟化点:110℃、融点:180℃)とパラフィンワックス(軟化点:39℃、融点61℃)を4:6の比で混合したものを用意した。これらを表1または2に示す割合で配合、混練して原料を調製し、これをペレットに形成した。このペレットを200℃に加熱して予め140℃に加熱した金型に供給して圧粉成形を行い、40℃に冷却した後、抜き出しを行って電極形状圧粉体を作製した。得られた圧粉体を250℃まで加熱して60分間保持した後、さらに昇温し450℃で60〜120分間保持して脱バインダーを行った。次いで、アルゴンガス雰囲気中表1および表2に示した温度で60分保持して焼結を行った。得られた電極形状成形体について、EPMAによる元素分析、密度比および断面光顕写真による平均結晶粒径を測定した。また、得られた電極形状成形体を用いて冷陰極蛍光ランプを組み立て、電極間距離:100mm、封入したアルゴンガスの圧力:100torrの下で、放電電流6mAを得るために必要な放電電圧の測定を行った。さらに、電極形状成形体を用いて0.07torrのアルゴンガス圧力下で、放電電圧DC3kV、放電電流10mA、電極間距離50mmとして電極にスパッタ放電を5時間続けて与えた後のスパッタ量(損耗量)を測定し、モリブデン100%の電極の場合を100とする指数で評価した。なおスパッタ指数は低いほどスパッタされ難く良好な電極となることを示す指数である。これらの結果について表1および表2に併せて示す。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
さらに、得られた電極形状成形体の試料番号11および08について、アルゴンガス雰囲気中1400℃で60分保持して結晶粒成長試験を行った。これらの断面光顕写真を図3および4に示した。なお、(a)が結晶粒成長試験前のものであり、(b)が結晶粒成長試験後のものである。
【0036】
表1の試料番号01〜21の試料は、金属炭化物(TiC)の含有量の影響を調べた例である。TiCを含有していない試料番号01および08では、最大結晶粒径が25μmとなり、放電電圧も430Vを超える大きい値であり、スパッタ指数も80を超える大きい値であった。一方、TiCを1体積%以上含有する試料番号02〜06、09〜13では最大結晶粒径が10μm以下と小さく、放電電圧も400V程度より低い良好な値であり、スパッタ指数も70程度より小さい良好な値であった。しかし、TiCを50体積%を超えて含有する試料番号07および14では、最大結晶粒径は4μmと小さいものの密度比が80%を下回り緻密化が進行しておらず、その結果放電電圧およびスパッタ指数が著しい増加傾向を示している。さらに、図3および4から、本発明の試料番号11では、結晶粒径の成長が見られなかったのに対し、試料番号08では、結晶粒径の成長が観測された。これらの結果からTiCを分散させると放電電圧およびスパッタ指数の低下に有効であるともに結晶粒の二次再結晶化防止に有効であること、およびTiCの分散量は1〜50体積%の範囲でそれらの効果が大きいことが確認された。
【0037】
表1の試料番号15〜21の試料はタングステン粉末とモリブデン粉末を混合して与えた場合(Mo:W=50:50(体積比))の金属炭化物(TiC)の含有量の影響を調べた例である。TiCを含有していない試料番号15では、Moを含有するW相とWを含有するMo相の斑状組織となり、基地がタングステンのみの単相の試料(試料番号01)もしくはモリブデンのみの単相の試料(試料番号08)のものより最大結晶粒径が小さく抑制され、放電電圧およびスパッタ指数も良好な値を示している。このような試料番号15の基地にTiCを1体積%以上分散させると、最大結晶粒径はさらに小さく抑制されるとともに、放電電圧およびスパッタ指数もさらに小さい値に低減される。しかしTiCを50体積%を超えて含有する試料番号21の試料では、密度比が80%を下回り緻密化が進行しておらず、その結果放電電圧およびスパッタ指数が著しい増加傾向を示している。これらの結果からMoを含有するW相とWを含有するMo相の斑状組織においてもTiCを1〜50体積%含有させることで結晶粒の微細化や放電電圧およびスパッタ指数の低減の効果があることが確認された。
【0038】
表1の試料番号11、18および22〜29の試料は、TiCを10体積%含有させた場合のタングステン粉末とモリブデン粉末の含有比率の影響を調べた例である。Mo:W=5:95の試料番号22では、焼結温度が1800℃では緻密化が進行せず密度比が80%を下回り放電電圧が400Vを超える値であった。一方、Mo:W=10:90〜90:10(体積比)の範囲内である試料番号18および23〜29では、密度比が80%を超えて向上し放電電圧が低減されるとともにスパッタ指数が低減され放電特性の改善が見られる。しかしMo:W=90:10(体積比)を超える試料番号29ではMo量が多くなってWを含まない試料番号11の試料と同等の放電特性となり放電特性改善の効果が見られない。これらのことからタングステン粉末とモリブデン粉末を混合して斑状組織とする場合に、MoとWの比率はMo:W=10:90〜90:10(体積比)の範囲内で斑状組織としない場合より放電特性が改善されることが確認された。
【0039】
表1の試料番号11および30〜36の試料は、金属炭化物の種類の影響を調べた例である。表1に示すように、金属炭化物はTiC,MoC,WC,ZrC,VC,TaC,NbCおよびHfCのいずれでも、密度比、最大結晶粒径、放電電圧、スパッタ指数が同等かつ良好な特性を示すことが確認された。
【0040】
表2の試料番号04,11,18および37〜51の試料はNiの含有の影響を調べた例である。ニッケル粉末を含有していない試料番号04,11および18でも、良好な特性が得られているが、試料番号37〜40,42〜45および47〜50のようにNiが含有されると、焼結温度を低下(Wの場合に1600℃、Moを含有する場合に1450℃)させても、密度比、最大結晶粒径、放電電圧およびスパッタ指数が良好であることが示された。一方、Niの含有量が5.0質量%を超える試料番号41,46および51の試料では、最大結晶粒径が20μmを超えて放電電圧およびスパッタ指数の増加が顕著となる。これらの結果からNiの含有量が5.0質量%以下である場合に焼結温度を低下させても緻密化が十分に進行して密度比が80%以上となり、良好な放電特性が発揮されることが確認された。
【0041】
表2の試料番号11および52〜56の試料は、密度比の影響を調べた例である。焼結温度が1400℃である試料番号52では、密度比が71%であり、放電電圧が412Vと大きい値であった。一方、焼結温度が1550℃を超える試料番号21〜23では、密度比が80〜96%となり、放電電圧が400Vに満たないの良好な値を示しスパッタ指数も80を下回る良好な値を示している。しかし試料番号56においては、密度比が98%であり、最大結晶粒径が40μmと粗大化し、放電電圧が400Vを超え、スパッタ指数が80を超える大きい値であった。これらの結果から、密度比が80〜96%の範囲内で、良好な放電特性が発揮されることが確認された。
【0042】
表2の試料番号04,11,18および57〜68の試料は、モリブデン粉末およびタングステン粉末の粒径の影響を調べた例である。粒径が10μm以下の試料番号04および57〜59の試料(タングステンの例)、試料番号11および61〜63の試料(モリブデンの例)、試料番号18および65〜67の試料(タングステンとモリブデンの斑状組織の例)では、密度比、最大結晶粒径、放電電圧およびスパッタ指数が良好であるのに対し、粒径が10μmを超える試料番号60,64および68では、最大結晶粒径が20μmを超えて大きく、放電電圧が増加するとともにスパッタ指数も増加している。これらの結果から、モリブデン粉末およびタングステン粉末の粒径は10μm以下で、微細な結晶粒が得られ、良好な放電特性が発揮されることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】冷陰極線ランプの構造を示す断面図である。
【図2】本発明の冷陰極線ランプ用電極を好適に製造する充填工程、加圧成形工程および抜き出し工程を示す断面図である。
【図3】本発明の冷陰極線ランプ用電極の断面光顕微鏡写真であり、(a)が結晶粒成長試験前のものであり、(b)が結晶粒成長試験後のものである。
【図4】従来の冷陰極線ランプ用電極の断面光顕微鏡写真であり、(a)が結晶粒成長試験前のものであり、(b)が結晶粒成長試験後のものである。
【符号の説明】
【0044】
11…第1パンチ、12…第2パンチ、13…第3パンチ、14…金型

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MoまたはWの基地中に、金属炭化物と気孔が分散する金属組織を呈し、前記金属炭化物の量が1〜50体積%で、かつ密度比が80〜96%であることを特徴とする冷陰極蛍光ランプ用電極。
【請求項2】
Wを含有するMo合金相と、Moを含有するW合金相とからなる斑状組織の基地中に、金属炭化物と気孔が分散する金属組織を呈し、MoとWの量は、体積比で、Mo:W=10:90〜90:10であるとともに、前記金属炭化物の量が1〜50体積%であり、かつ密度比が80〜96%であることを特徴とする冷陰極蛍光ランプ用電極。
【請求項3】
さらに5質量%以下のNiを含むことを特徴とする請求項1または2に記載の冷陰極蛍光ランプ用電極。
【請求項4】
前記金属炭化物が、チタン炭化物、モリブデン炭化物、タングステン炭化物、バナジウム炭化物、ジルコニウム炭化物、ニオブ炭化物、タンタル炭化物、ハフニウム炭化物のうちの少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の冷陰極蛍光ランプ用電極。
【請求項5】
平均結晶粒径が3〜10μmであり、最大結晶粒径が20μm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の冷陰極蛍光ランプ用電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−108580(P2008−108580A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−290465(P2006−290465)
【出願日】平成18年10月25日(2006.10.25)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【出願人】(391051441)株式会社東京カソード研究所 (40)
【Fターム(参考)】