説明

分離・回収装置および分離・回収方法

【課題】 デリケートな分離を行った後に、分離された成分の速やか且つ容易な回収を可能とする分離・回収装置および分離・回収方法を提供する。
【解決手段】 分離対象物を流動状態で供給するための分離対象物供給手段と、分離媒体を収容するための分離媒体容器と、前記分離媒体容器の温度を制御するための温度制御手段と、前記分離媒体から分離物を回収するための回収手段とを少なくとも含む分離・回収装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の試料(例えば、細胞および/又は生物等の生物由来の試料)を、該試料中に含まれる各成分の特性に応じて、簡便に分離・回収することが可能な分離・回収装置、および分離・回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明の分離・回収装置および分離・回収方法の適用可能な範囲は特に制限されないが、ここでは説明の便宜のために、生物関連試料の分離・回収(特に、デリケートな条件下における分離・回収が極めて好ましい)に関する背景技術について述べる。
【0003】
従来より、医療関連分野等においては、臨床検査装置等の生物関連試料(例えば、生化学的試料)の分離および/又は分析装置が頻繁に使用されて来た。このような分離・分析装置としては、一般に、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー等のクロマトグラフィー装置;血球ないしは人工粒子(例えばラテックス粒子)等の粒子の凝集反応を利用する分析装置;アミノ酸分析装置等の分析装置が典型的な例として挙げられる。このような分離および/又は分析装置においては、必要に応じて、それらの操作の少なくとも一部が自動化された回収ないし希釈装置(例えば、クロマトグラフィー装置と組み合わせられるべき自動化フラクションコレクター、または凝集反応装置と組み合わせられるべき自動化希釈装置)が併用されて来た(これら従来の分離および/又は分析装置の詳細に関しては、例えば、分析化学ハンドブック編集委員会編「分析化学ハンドブック」朝倉書店、1992年を参照することができる)。
【0004】
しかしながら、上記した従来の分離・分析装置を用いた際には、例えば、デリケートな条件下における分離(例えば、比較的微量な成分の分離、分解・変質し易い生物関連試料の分離)を行った後に、分離された成分を速やかに且つ容易に回収することが、必ずしも容易ではなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、上記した従来技術の欠点を解消できる分離・回収装置および分離・回収方法を提供することにある。
【0006】
本発明の他の目的は、従来の装置では困難であったような、デリケートな分離を行った後に、分離された成分の速やか且つ容易な回収を可能とする分離・回収装置および分離・回収方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は鋭意研究の結果、分離対象物を流体状態で、分離媒体に供給するための分離対象物供給手段、分離媒体を収容するための分離媒体容器、および分離媒体から分離物を回収するための回収手段を組み合わせるのみならず、更に分離媒体容器の温度を制御するための温度制御手段をも組み合わせることが、上記目的の達成のために極めて効果的なことを見出した。
【0008】
本発明の分離・回収装置は上記知見に基づくものであり、より詳しくは、分離対象物を流動状態で、分離媒体に供給するための分離対象物供給手段と、
【0009】
分離媒体を収容するための分離媒体容器と、
前記分離媒体容器の温度を制御するための温度制御手段と、
前記分離媒体から分離物を回収するための回収手段とを少なくとも含むことを特徴とするものである。
【0010】
本発明によれば、更に、低温でゾル状態、高温でゲル状態を呈する熱可逆的なゾル−ゲル転移を示すハイドロゲル形成性高分子の水溶液を用い、
【0011】
(1)該ゾル−ゲル転移温度より低温に保持した前記高分子の水溶液を、分離媒体容器に供給する工程、
【0012】
(2)分離媒体容器を加温して、高分子の水溶液をゲル化させる工程、
(3)分離媒体容器の温度を高分子水溶液のゾル−ゲル転移温度より高温に維持しつつ、該転移温度より高い温度に保持した分離対象物を含む流体を、分離媒体容器に供給して、該流体を前記ゲルと接触させる工程、および
【0013】
(4)前記ゾル−ゲル転移温度より高温を保持しつつ、分離対象物を第1の回収容器へ回収する工程、を少なくとも含むことを特徴とする分離・回収方法が提供される。
【0014】
本発明は、例えば、以下の態様を含む。
[1] 分離対象物を流動状態で、分離媒体に供給するための分離対象物供給手段と、
分離媒体を収容するための分離媒体容器と、
前記分離媒体容器の温度を制御するための温度制御手段と、
前記分離媒体から分離物を回収するための回収手段とを少なくとも含むことを特徴とする分離・回収装置。
【0015】
[2] 分離媒体を流動状態で、前記分離媒体容器に供給するための分離媒体供給手段を更に有する[1]に記載の分離・回収装置。
【0016】
[3] 前記分離媒体が、分離対象物の分離を行う際に固体状態である[1]または「2]に記載の分離・回収装置。
【0017】
[4] 前記分離媒体が、温度変化に応じた変化を生ずる媒体である[1]〜[3]のいずれかに記載の分離・回収装置。
【0018】
[5] 前記温度変化に応じた変化が、相変化、粘度の変化、分離能の変化、疎水性の変化、および架橋密度の変化からなる群から選ばれる少なくとも1種の変化である[4]に記載の分離・回収装置。
【0019】
[6] 前記相変化が、ゾル−ゲル転移である[5]に記載の分離・回収装置。
[7] 前記分離媒体が、分離対象物の分離を行う際にゲル状態である[1]〜[6]のいずれかに記載の分離・回収装置。
【0020】
[8] 前記分離媒体が、分離対象物の分離を行う際にゲル状態であり、且つ分離物を回収する際にゾル状態である[7]に記載の分離・回収装置。
【0021】
[9] 前記ゾル状態が、37℃以下の低温におけるゾル状態である[8]に記載の分離・回収装置。
【0022】
[10] 前記分離対象物が生体関連物質である[1]〜[9]のいずれかに記載の分離・回収装置。
【0023】
[11] 前記生体関連物質が細胞分散体である[10]に記載の分離・回収装置。
[12] 前記温度制御手段がペルチェ素子を含む[1]〜[11]のいずれかに記載の分離・回収装置。
【0024】
[13] 前記分離媒体容器がマルチウェルプレートである[1]〜[12]のいずれかに記載の分離・回収装置。
【0025】
[14] 低温でゾル状態、高温でゲル状態を呈する熱可逆的なゾル−ゲル転移を示すハイドロゲル形成性高分子の水溶液を用い、
(1)該ゾル−ゲル転移温度より低温に保持した前記高分子の水溶液を、分離媒体容器に供給する工程、
(2)分離媒体容器を加温して、高分子の水溶液をゲル化させる工程、
(3)分離媒体容器の温度を高分子水溶液のゾル−ゲル転移温度より高温に維持しつつ、該転移温度より高い温度に保持した分離対象物を含む流体を、分離媒体容器に供給して、該流体を前記ゲルと接触させる工程、および
(4)前記ゾル−ゲル転移温度より高温を保持しつつ、分離対象物を第1の回収容器へ回収する工程、を少なくとも含むことを特徴とする分離・回収方法。
【0026】
[15] 前記工程(4)の後に、分離媒体容器を前記ゾル−ゲル転移温度より低温に冷却してハイドロゲルをゾル状態とし、分離対象物を含む高分子水溶液を第2の回収容器へ回収する工程を更に含む[14]に記載の分離・回収方法。
【0027】
[16] 前記分離対象物が、細胞分散液である[14]または「15]に記載の分離・回収方法。
【0028】
[17] 前記高分子水溶液が、更に走化因子を含む[14]〜[16]のいずれかに記載の分離・回収方法。
【発明の効果】
【0029】
上記構成を有する本発明の分離・回収装置を用いた場合には、分離対象物を流動状態で、分離媒体に供給し、分離媒体で必要な分離を行うに際して、温度制御手段による適切な温度制御が可能となるため、デリケートな分離を行った後であっても、分離された成分の速やか且つ容易な回収が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ本発明を更に具体的に説明する。以下の記載において量比を表す「部」および「%」は、特に断らない限り質量基準とする。
【0031】
(分離・回収装置)
本発明の分離・回収装置は、分離対象物を流動状態で、分離媒体に供給するための分離対象物供給手段と;分離媒体を収容するための分離媒体容器と;前記分離媒体容器の温度を制御するための温度制御手段と;前記分離媒体から分離物を回収するための回収手段とを少なくとも含む。
【0032】
(好適な一態様)
図1〜図3は、本発明の分離・回収装置の好適な一態様の使用方法の一例を説明するための模式斜視図である。この態様例においては、低温でゾル状態、高温でゲル化する熱可逆的なゾル−ゲル転移現象を示すハイドロゲルを、分離媒体として用いている。
【0033】
図1(a)を参照して、上記したような熱可逆ハイドロゲル水溶液のゾル−ゲル転移温度より低温に保持した熱可逆ハイドロゲル水溶液の保管容器(分離媒体供給手段)1から、低温ゾル状態の走化因子(chemotactic factor)を含む熱可逆ハイドロゲル水溶液を所定量採取し、該低温に保持した分離媒体容器(分画容器)へ所定量を供給(ないし分注)する。次いで、図1(b)に示すように、温度制御手段(例えば、ペルチェ素子)3により、分離媒体容器2を加温してゾル−ゲル転移温度より高温とし、走化因子を含む熱可逆ハイドロゲル水溶液をゲル化させる。
【0034】
図2(a)を参照して、分離媒体容器2の温度を、温度制御手段(例えば、ペルチェ素子)3により、熱可逆ハイドロゲル水溶液のゾル−ゲル転移温度より高温に維持して、該転移温度より高い温度に保持した分離対象物供給手段(細胞分散液保管容器)4から、細胞分散液を所定量採取し、該高温に保持した分離媒体容器2へ所定量を分注する。次いで、図2(b)に示すように、該高温の分離媒体容器2内で所定時間、該ハイドロゲルと該細胞分散液を接触させる。この図2(b)の状態において、分離対象物たる細胞は、その走化性に基づき、ハイドロゲル(分離媒体)中に含まれる走化因子の濃度に応じて、該ハイドロゲル内部に移行する。
【0035】
更に、図3(a)を参照して、該高温のまま細胞分散液を分離媒体容器2から採取して第1の回収容器5へ分注する。更に、分離媒体容器2の温度を熱可逆ハイドロゲル水溶液のゾル−ゲル転移温度より低温に冷却して該ハイドロゲルをゾル状態とし、細胞を含む熱可逆ハイドロゲル水溶液を第2の回収容器6へ分注することができる。
【0036】
(各部の構成)
以下、本発明の分離・回収装置の各部ないしこれに使用すべき他の要素(例えば、分離媒体、分離対象物)の構成について述べる。なお、下記の構成要素のうち、分離媒体および分離媒体容器以外の要素の構成については、公知の構成(例えば、前述した「分析化学ハンドブック」(朝倉書店)、および中村洋監修「分析試料前処理ハンドブック」丸善、2003年に記載されているようなもの)を用いることができる。
【0037】
(分離対象物)
後述する分離媒体により分離が可能である限り、本発明において使用可能な分離対象物は特に制限されない。本発明において使用可能な分離対象物の例を、以下に列挙する。
【0038】
(1)生体試料(血液試料(血清、血しょう、血球)(アミノ酸、ペプチド、タンパク質;糖、糖アルコールおよび関連化合物;カルボン酸;ステロイド、胆汁酸;プロスタグランジンおよび関連化合物;脂質および関連化合物(コレステロール、トリグリセリド、リン脂質、遊離脂肪酸、過酸化脂質など);核酸および関連化合物;カテコールアミンおよび代謝物;セロトニンおよびトリプトファン代謝物;ヒスタミンおよびヒスチジン代謝物;ジアミンおよびポリアミン;ビタミンおよびビタミン様作用物質;カルボニル化合物;チオールおよび関連化合物;フェノールおよび関連化合物;生体内色素(ヘモグロビン、ビリルビン、ウロブリン体など);陽イオン;陰イオン;内分泌攪乱化学物質;ダイオキシン;尿試料;臓器;筋肉;皮膚;脂肪組織;唾液;胃液;髄液;汗;乳汁;毛髪・体毛;爪・歯・骨;吐瀉;その他)
【0039】
(2)医薬品試料(剤型別の前処理(錠剤;散剤、顆粒剤;カプセル剤;シロップ剤;エキス剤;トローチ剤、舌下錠;吸入薬;注射薬;点眼薬;軟膏、クリーム;座薬;貼付薬);生体試料中の医薬品(血液;尿;唾液;乳;毛髪);生薬(根・根茎など;葉類;花類;果実・種子類;茎枝類;皮類;木類;草類)
【0040】
(3)香粧品試料
(4)食品試料(主要成分(水分;タンパク質;脂質;炭水化物;食物繊維;無機成分(灰分、ミネラル);微量成分(ビタミン(水溶性;脂溶性;アミノ酸;脂肪酸;有機酸;核酸;ステロール類);その他(ダイオキシン、PCB;食品に残留する動物用医薬品;食品に残留する農薬;食品添加物;有害金属;魚介独毒;遺伝子組換え食品
【0041】
(5)水試料(無機;有機)
(6)大気試料(無機;有機)
(7)自動車・排ガス
(8)土壌・底質試料(無機;有機)
(9)岩石試料(無機;有機)
(10)香料
(11)高分子試料
(12)有機合成高分子試料
(13)電子材料(有機・無機)
(14)半導体・プロセス材料(無機;有機)
(15)鉄鋼材料
(16)非鉄金属材料
(17)セラミックス試料
(18)ガラス試料
(19)セメント・無機試料
【0042】
特に、上記した生体関連試料としては、生物(ヒト、動物、植物等)の細胞(癌細胞、胚性幹細胞、体性幹細胞、血管内皮細胞、肝細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、神経細胞、繊維芽細胞、造血幹細胞、膵島細胞、白血球、リンパ球等)が挙げられる。
【0043】
上記した中でも、本発明の装置によるデリケートな分離に適した点からは、生物関連試料に対する使用が、特に有利である。
【0044】
本発明において、分離対象物は、分離対象物供給手段により分離媒体に対して供給される際に流動状態となっていれば足りる。すなわち、貯蔵ないし保管されている状態においては、分離対象物は必ずしも流動状態であることは必須ではない。
【0045】
(分離対象物供給手段)
本発明において、分離対象物供給手段は、分離対象物を流動状態で、分離媒体に供給する機能を有する。このような機能を発揮することが可能な限り、分離対象物供給手段の構成は特に制限されない。例えば、分離対象物供給手段は、分離対象物を貯蔵ないし保管するための貯蔵容器、流動状態とした分離対象物を送液するための送液手段(例えばポンプ)、および流動状態とした分離対象物を分離媒体容器まで案内するための流路を含むことができる。
【0046】
(分離媒体供給手段)
本発明の装置は、必要に応じて、更に分離媒体供給手段を有していてもよい。この分離媒体供給手段は、分離媒体容器に、分離媒体を供給する機能を有する。このような機能を発揮することが可能な限り、分離媒体供給手段の構成は特に制限されない。例えば、分離媒体供給手段は、分離媒体を貯蔵ないし保管するための貯蔵容器、流動状態とした分離媒体を送液するための送液手段(例えばポンプ)、および流動状態とした分離媒体を分離媒体容器まで案内するための流路を含むことができる。
【0047】
(分離媒体容器)
分離媒体容器は、分離媒体を収容する機能を有する。このような機能を発揮することが可能な限り、分離媒体容器の構成(例えば、材質、形状、個数、サイズ等)は特に制限されない。例えば、一本の試験管、ビーカー、フラスコ、ペトリ皿等を分離媒体容器として使用することも、もちろん可能である。
【0048】
本発明に好適な分離媒体容器の材質、形状、個数、サイズは、以下の通りである。
材質:ガラス、ステンレス、プラスチック
形状:円柱状、直方体状、球状
個数:1〜3000
サイズ:1μL〜100L
本発明においては、必要に応じて、生化学的測定ないし臨床検査において頻繁に使用される、いわゆるマルチウェルプレートを分離媒体容器として使用することもできる。このようなマルチウェルプレートは、例えば、個々が分離媒体容器に相当するウェルの数が、6〜384個程度、サイズが5〜15cm(縦)×10cm〜30cm(横)程度、厚さが0.5〜5cm程度のものが好適に使用可能である。このようなマルチウェルプレートの市販品としては、例えば、ベクトン・ディッキンソン社製の商品名「ファルコン マルチウェルプレート」の製品を挙げることができる。
【0049】
なお、いわゆるコンビナトリアル化学等において好適に使用可能な、マイクロ反応空間を与えるマイクロリアクター、マイクロチャネル、マイクロプラント等の微小な溝を有する容器を、本発明において使用することもできる。
【0050】
(分離媒体)
本発明において、分離媒体は、分離対象物を分離するための場(field)を与える機能を有する。また、必要に応じて、この分離媒体は、その中に1種以上の添加物(例えば、上記した細胞の走化因子)を含んでいてもよい。本発明においては、結果として分離対象物の分離が実現できる限り、その途中の経過は問わない(例えば、この分離に際して、分離対象物の1種以上の反応が伴うことも許容される)。
【0051】
本発明において、分離媒体は、上記の機能を発揮することが可能である限り、その種類、化学的組成、量等は特に制限されない。本発明においては、例えば、固体、比較的に高粘度の流動体、ゲル等が好適に使用可能である。以下に、本発明において使用可能な分離媒体の例を列挙する。
【0052】
(1)固体:炭酸カルシウム、イオン交換樹脂、セルロース類、シリカゲル、等
(2)高粘度の液体:親水性高分子水溶液、油、シリコーン油、パラフィン油、等
(3)ハイドロゲル:アクリルアミドゲル、アガロースゲル、寒天ゲル、等
上記した中でも、温度変化に基づく相変化により、分離媒体の好適な移送、回収、および分離操作が可能な点からは、後述するような、温度可逆的なゾル−ゲル変化を示すハイドロゲルを用いることが好ましい。
【0053】
(温度制御手段)
本発明において、温度制御手段は、分離媒体容器の温度を制御する機能を有する。このような機能を発揮することが可能である限り、その種類、構成、個数等は特に制限されない。以下に、本発明において使用可能な温度制御手段の例を列挙する。
【0054】
(1)加熱手段としては、例えば、通電により発熱する性質を有するもの(ニクロム、酸化スズ、酸化インジウム、炭素等)で直接的に分離媒体容器を加熱するか、または空気や水等の熱媒体を介して、間接的に分離媒体容器を加熱する方法等を選択できる。
【0055】
(2)冷却手段としては、例えば、液体の気化熱を利用したいわゆるヒートポンプや、固体の融解熱(例えば、氷)を直接利用したり、冷媒を介して間接的に冷却する方法等を選択できる。
【0056】
(3)温度制御素段としては、例えば、熱電対やサーミスタ等のセンサーで温度を検知して、加熱手段および/又は冷却手段のON/OFF等を選択できる。
【0057】
上記した中でも、加熱および冷却が可能であり、且つ冷媒等の媒体が不要(したがって装置が簡潔化が可能)な点からは、電気的ないし電子的な素子(例えばペルチェ素子)が好適に使用可能である。
【0058】
(回収手段)
本発明において、回収手段は、前記分離媒体から分離物(必要に応じて、分離媒体とともに)を回収する機能を有する。このような機能を発揮することが可能である限り、その種類、構成、個数等は特に制限されない。例えば、回収手段は、分離媒体を回収ないし貯蔵するための回収容器、分離物を送液するための送液手段(例えばポンプ)、および分離物を回収容器まで案内するための流路を含むことができる。
【0059】
本発明の装置は、必要に応じて、2個以上の回収手段を有していてもよい。このように本発明の装置が2個以上の回収手段を有している場合には、それぞれの回収手段に分離に関連する異なる分離後の成分を回収(更にはリサイクル)することが容易となる。
【0060】
(分離・回収装置の一態様)
図4は、本発明の分離・回収装置の一態様を示す模式平面図であり、図5は、その模式斜視図である。図4および図5において、参照記号は、それぞれ以下のような関連性を有する部分を示す。
【0061】
分離媒体容器:24−ウェルプレート 50
温度制御手段:ペルチェ・ユニット44、ケーブル42/43、ヒータ温調ユニット45、氷冷却ユニット46、
【0062】
分離対象物供給/回収手段:分注ポンプ41、分注ポンプ移動レール49、1000μLチップ×96本 47、チップ廃棄ボックス48
【0063】
本発明の分離・回収装置および分離・回収方法は上記した構成を有するが、このような装置ないし方法において好適に使用可能な分離媒体(ゲル)等の材料、およびこれらの装置等と必要に応じて組み合わせて使用可能な各種の方法について、以下に述べる(説明の便宜上、走化性に関連する細胞等の分離に本発明を応用する態様を中心に述べる)。
【0064】
(ゲル)
本発明は、例えば、細胞および/又は生物(以下、「細胞・生物」という)を、化学走性または場の性質の強弱に従って移動する性質(電気走性、磁気走性、光走性、温度走性、粘度走性など)を利用して、細胞、微生物等を分離するためのハイドロゲル、およびこのようなハイドロゲルを利用する細胞・生物の分離方法に応用することができる。
【0065】
より詳しくは、本発明は、多くの生物に本質的に備わっている生理活性物質の濃度に従って移動する性質(化学走性)、または場の性質の強弱に従って移動する性質を利用して、細胞、微生物等を選択的に移動させ、これにより該細胞・生物を分離する(すなわち、分離(分画、分別、ないし分取)等の、選択的な移動を伴う操作を行う)ためのハイドロゲルおよびこのようなハイドロゲルを利用する細胞・生物の分離方法に応用することができる。
【0066】
本発明の装置等を利用して、例えば、アトピー性皮膚炎、アレルギー、リウマチ等の免疫疾患に関連する因子に対する化学走性能の差異によって細胞を分離(分画、分別、ないし分取等)することが可能となる。
【0067】
更には、本発明の装置等を利用して、例えば、癌の治療法に関連し癌細胞の転移現象等に関連する因子に対する化学走性能の差異によって細胞を分離(分画、分別、ないし分取等)することが可能となる。
【0068】
更には、本発明の装置等を利用して、例えば、再生医療の分野に関連し血管、神経等の組織、臓器の誘導、形成、再生等に関連する因子に対する化学走性能の差異によって細胞を分離(分画、分別、ないし分取等)することが可能となる。
【0069】
更には、本発明の装置等を利用して、例えば、優良精子の選別技術等に関連し運動能等の差異によって細胞を分離(分画、分別、ないし分取等)することが可能となる。
【0070】
更には、本発明の装置等を利用して、例えば、電場に対する走性(電気泳動度等)の差異を利用して細胞を分離(分画、分別、ないし分取等)することが可能となる。
【0071】
一般的に、運動能を有する生物(ないしは、その部分)が、外部からの刺激に反応して運動を起こし、その運動性に一定の方向性が認められる場合、この生物の有する性質を走性と呼び、一般によく知られた性質である。この刺激が物質である場合には、その性質は化学走性と呼ばれる。他方、その刺激が物理的刺激の場合には、その物理的刺激に応じて、電気走性、磁気走性、光走性、温度走性、粘度走性等と呼ばれている。
【0072】
上述したような運動能を有する生物としては下等動物、植物、微生物、細胞・生物が挙げられ、地球上のほとんどの生物が走性能を有していると考えられる。近年、種々の走性に関する研究の発展に伴い、生物の走性、特に細胞の走性が生体の重要な機能を荷っていることが判明してきた。
【0073】
例えば、血管の誘導、再生には血管内皮細胞の増殖が必要であり、血管内皮細胞増殖因子濃度に勾配があるような場に応じて血管が誘導、再生されること即ち血管内皮細胞の化学走性能によって誘導、再生が行われていることが判明している。また、栄養要求性の高い癌細胞は、血管内皮細胞増殖因子を分泌することにより、ホストの血管から癌組織へ血管を誘導することが良く知られている。更に、血管系は酸素濃度の勾配によっても誘導、再生されることが判明している。血管系の重要な機能が組織、臓器に酸素を供給することであることから、低酸素領域に血管系を誘導、再生し酸素濃度をコントロールするための機能と考えられる。即ち、血管内皮細胞は酸素に対して負の化学走性能を示すことになる。
【0074】
同様に神経網の誘導、再生も、生体内では場に神経細胞増殖因子の濃度勾配を付与することにより巧妙に行われている。また、アレルギー反応を惹起するアレルゲンに反応して白血球等の免疫関連細胞の化学走性が発揮され、白血球等が反応部位に集積されることは良く知られている。更には、癌の転移現象についても化学走性能の高い癌細胞によって起こる可能性が高まっている。
【0075】
他方、新しい抗癌剤の開発に於いて、免疫関連細胞に対して化学走性を惹起する性質を有し、且つ癌組織に選択的に集積する薬剤が注目を集めている。即ち、化学走性を利用した薬剤の開発が期待されている。
【0076】
上記したような化学走性以外に、物理的刺激による走性も良く知られている。例えば、植物の光の方向への成長は走光性として良く知られている。また、細胞電気泳動に於いて種々の電気走性能を示す細胞が知られている。更には、精子等の運動能の高い細胞は、その運動能と機能との高い相関性を有することが判明してきている。
【0077】
以上のように生物、特に細胞の有する走性能、特に化学走性能は生体の機能制御にとって非常に重要な性質であり、生命現象を理解しようという観点から、更には、前述したように各種の免疫疾患、癌等に対する新しい治療法の開発、更には病変または欠損している組織、器官を誘導、再生する為の再生医療の開発という観点から、近年、大いに注目を集めている。
【0078】
このように重要な生物の機能である走性能を測定する装置に関しては従来から研究開発が行われており、細胞懸濁液と化学走性因子溶液との間に微孔性の膜を設置し、該膜の微孔を通過して因子側に移行する細胞数を測定するボイデンチャンバー方式と、微孔性膜のかわりに細胞がギリギリ通過できる微少流路をシリコン単結晶基板上に多数形成したアレイを用いて、細胞懸濁液と化学走性因子溶液とを接触させ該微少流路を通過する細胞数を顕微鏡観察によって測定する方法等である。しかしながら、従来、開発されてきたこれらの装置、または方法を用いた場合には、特定の化学走性因子に対してある閾値以上の化学走性能を有する細胞の数のみの測定しかできない。
【0079】
我々の生体を構成している組織、臓器は非常に多くの種類の細胞から形成されている。更に細胞はその環境によって絶えず変化していると考えられている。例えば、免疫担当細胞群も多種の細胞から成っていて、リンパ球とマクロファージに大別される。リンパ球にはBリンパ球とTリンパ球があり、Bリンパ球は外部刺激により多くの形質細胞へと分化する。一方、Tリンパ球はその機能によってキラーT細胞、ヘルパーT細胞、サプレッサーT細胞等、生物の多様なT細胞サブポピュレーション(subpopulation)に分類される。また、マクロファージについても、多様なサブポピュレーションが存在することが明らかになりつつある。
【0080】
また、癌組織中の癌細胞も多様で、薬剤または放射線耐性、増殖能、転移性等に大きな分布が存在することが判明している。更には、骨髄中に存在する幹細胞は環境によって多様な細胞に分化することも良く知られている。
【0081】
当然のことながら、これらの多種多様な細胞群はそれぞれ独自の走性能を有しており、それぞれの走性能毎に細胞の分画ができ、更に、それぞれの走性能を有する細胞を分別、分取することが可能となれば、細胞機能の解明に向かって大きな前進となる。そして今日、有効な治療法のない免疫関連疾患、癌等の新しい治療法の開発、およびより効率の良い組織・器官の再生医療技術の開発が可能になるものと考えられる。
【0082】
しかしながら、前述したように、現在の細胞走性能の測定技術では、多様な走性能を有する細胞・生物の分離(分画、分別ないし分取等)は実際には不可能である。
【0083】
この本発明の態様によれば、上記した従来技術の欠点を解消するように、細胞・生物分離用ハイドロゲル等と併用することができる。
【0084】
この本発明の態様によれば、更に、上述したように従来の技術では達成し得なかった多様な走性能を有する細胞・生物の分離(分画、分別ないし分取等)を可能にするように、ハイドロゲル等と併用することができる。
【0085】
この本発明の態様によれば、更に、ハイドロゲルを用いて、それぞれの走性能に応じて細胞・生物を分離するように、ハイドロゲル等と併用することができる。
【0086】
この本発明の態様においては、特定の構成を有するハイドロゲル、ないしは特定の物質のゲル内またはゲル内外の濃度差を実現できるハイドロゲルを利用して、細胞・生物の分離を行うことができる。
【0087】
本態様で用いる細胞・生物分離用ハイドロゲルは、生理活性物質の濃度差に応じて、細胞の選択的な移動を可能とする細胞・生物分離用ハイドロゲルである。
【0088】
本態様では、例えば、低温でゾル状態、高温でゲル化する熱可逆的なゾル−ゲル転移現象を示し、且つゾル−ゲル転移温度より高い温度で該ゲルは実質的に水不溶性である上記細胞・生物分離用ハイドロゲルを使用することができる。
【0089】
本態様では、更に、水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0090】
前記ゲル形成性の組成物のゾル−ゲル転移温度より高い温度で、ゲル状態の該組成物の一方の面側に生理活性物質を含有する水溶液を接触させ、且つ、該ゲル状態の組成物の他方の面側に細胞・生物の懸濁液を接触させる工程、
【0091】
ゲル状態の組成物内に生理活性物質の濃度勾配を形成しつつ、該濃度勾配によって惹起される化学走性によって、前記懸濁液から細胞・生物をゲル状態の組成物内に移行させる工程、
【0092】
該細胞・生物が移行したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0093】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法を使用することができる。
【0094】
本態様では、更に、水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0095】
ゾル−ゲル転移温度より低い温度で、ゾル状態の前記ゲル形成性の組成物に細胞・生物を添加して、該組成物内に細胞・生物を懸濁させる工程、
【0096】
細胞・生物が懸濁した前記ゾル状態の組成物を、そのゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル化させ、細胞・生物が実質的に均一に内部に分散したゲル状態の組成物を形成する工程、
【0097】
ゾル−ゲル転移温度より高い温度で、前記ゲル状態の組成物を、生理活性物質を含有する水溶液に接触させる工程、
【0098】
前記ゲル状態の組成物内に生理活性物質を移行させて、組成物中に生理活性物質の濃度勾配を形成させつつ、該濃度勾配にしたがって該組成物中の細胞・生物を、その化学走性能の違いによってゲル状態の組成物内で再配置させる工程、
【0099】
該細胞・生物が再配置したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0100】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法を使用することができる。
【0101】
本態様では、更に、水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0102】
前記ゲル形成性の組成物を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度でゾル状態とし、該ゾル状態の組成物中に生理活性物質を実質的に均一に混合する工程、
【0103】
該ゾル状態の組成物をゾル−ゲル転移温度より高い温度で、所定の形状を付与したゲル状態とする工程、
【0104】
ゾル−ゲル転移温度より高い温度で、該ゲル状態の組成物を細胞・生物の懸濁液と接触させて、該懸濁液から細胞・生物をゲル状態の組成物内に移行させる工程、
【0105】
細胞・生物が移行したゲル状態の組成物を、細胞・生物の懸濁液から分離する工程、および、
【0106】
分離したゲル状態の組成物をゾル−ゲル転移温度より低い温度でゾル状態とし、該ゾル状態の組成物から、該組成物内に移行した細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法を使用することができる。
【0107】
本発明によれば、更に、水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0108】
ゲル状態の前記ゲル形成性の組成物を、物理的性質が連続的に変化する場に配置し、該物理的性質の勾配を該ハイドロゲル内に形成する工程、
【0109】
該ゲル状態の組成物を細胞・生物の懸濁液に接触させ、それぞれの性質の勾配によって惹起される走性によって、該細胞・生物の懸濁液から該ゲル状態の組成物内に細胞・生物を移行させる工程、
【0110】
該細胞・生物が移行したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0111】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法を使用することができる。
【0112】
本態様では、更に、水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0113】
前記ゲル形成性の組成物をゾル−ゲル転移温度より低い温度でゾル状態とし、該ゾルに細胞・生物を添加して、細胞・生物が懸濁した組成物を形成する工程、
【0114】
該細胞・生物が懸濁した組成物をゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル化させ、該細胞・生物が実質的に均一に内部に分散したゲル状態の組成物を形成する工程、
【0115】
該ゲル状態の組成物を物理的性質が連続的に変化する場に配置して、該組成物中にそれぞれの物理的性質の勾配を形成する工程、
【0116】
該物理的性質の勾配に従って、ゲル状態の組成物中に実質的に均一に分布していた細胞・生物を、それぞれの物理的性質に対する走性能の違いによってゲル状態の組成物で再配置させる工程、
【0117】
該細胞・生物が再配置したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0118】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法を使用することができる。
【0119】
(具体的なゲル・方法)
より具体的には、本発明は、以下のようなゲルないし方法と組み合わせて、好適に使用可能である。
【0120】
[1] 生理活性物質の濃度差に応じて、細胞の選択的な移動を可能とする細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0121】
[2] 前記選択的な移動が、前記ゲルと外部環境との間の移動である[1]に記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0122】
[3] 前記選択的な移動が、前記ゲル内における移動である[1]に記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0123】
[4] 前記ハイドロゲルが、低温でゾル状態、高温でゲル化する熱可逆的なゾル−ゲル転移現象を示し、且つゾル−ゲル転移温度より高い温度で該ゲルは実質的に水不溶性である[1]〜[3]のいずれかに記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0124】
[5] 前記ハイドロゲルが0℃より高く45℃以下のゾル−ゲル転移温度を有する[4]に記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0125】
[6] 前記ハイドロゲルが生理活性物質を含有し、且つ該生理活性物質がハイドロゲルの内部と外部で濃度差を有する[1]〜[5]のいずれかに記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0126】
[7] 前記ハイドロゲルが生理活性物質を実質的に含有せず、且つ該生理活性物質がハイドロゲルの内部と外部で濃度差を有する[1]〜[5]のいずれかに記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0127】
[8] 前記ハイドロゲルの内部で生理活性物質の濃度勾配が形成されている[1]〜[7]のいずれかに記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0128】
[9] 場(field)の物理的性質が勾配を有し、且つ該物理的性質の勾配に基づく走性の差異により細胞・生物が分離される[1]〜[7]のいずれかに記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0129】
[10] 前記ハイドロゲルが、水と、曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックとが結合してなるハイドロゲル形成性高分子とを含む[1]〜[9]のいずれかに記載の細胞・生物分離用ハイドロゲル。
【0130】
[11] 水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0131】
前記ゲル形成性の組成物のゾル−ゲル転移温度より高い温度で、ゲル状態の該組成物の一方の面側に生理活性物質を含有する水溶液を接触させ、且つ、該ゲル状態の組成物の他方の面側に細胞・生物の懸濁液を接触させる工程、
【0132】
ゲル状態の組成物内に生理活性物質の濃度勾配を形成しつつ、該濃度勾配によって惹起される化学走性によって、前記懸濁液から細胞・生物をゲル状態の組成物内に移行させる工程、
【0133】
該細胞・生物が移行したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0134】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法。
【0135】
[12] 水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0136】
ゾル−ゲル転移温度より低い温度で、ゾル状態の前記ゲル形成性の組成物に細胞・生物を添加して、該組成物内に細胞・生物を懸濁させる工程、
【0137】
細胞・生物が懸濁した前記ゾル状態の組成物を、そのゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル化させ、細胞・生物が実質的に均一に内部に分散したゲル状態の組成物を形成する工程、
【0138】
ゾル−ゲル転移温度より高い温度で、前記ゲル状態の組成物を、生理活性物質を含有する水溶液に接触させる工程、
【0139】
前記ゲル状態の組成物内に生理活性物質を移行させて、組成物中に生理活性物質の濃度勾配を形成させつつ、該濃度勾配にしたがって該組成物中の細胞・生物を、その化学走性能の違いによってゲル状態の組成物内で再配置させる工程、
【0140】
該細胞・生物が再配置したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0141】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法。
【0142】
[13] 水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0143】
前記ゲル形成性の組成物を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度でゾル状態とし、該ゾル状態の組成物中に生理活性物質を実質的に均一に混合する工程、
【0144】
該ゾル状態の組成物をゾル−ゲル転移温度より高い温度で、所定の形状を付与したゲル状態とする工程、
【0145】
ゾル−ゲル転移温度より高い温度で、該ゲル状態の組成物を細胞・生物の懸濁液と接触させて、該懸濁液から細胞・生物をゲル状態の組成物内に移行させる工程、
【0146】
細胞・生物が移行したゲル状態の組成物を、細胞・生物の懸濁液から分離する工程、および、
【0147】
分離したゲル状態の組成物をゾル−ゲル転移温度より低い温度でゾル状態とし、該ゾル状態の組成物から、該組成物内に移行した細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法。
【0148】
[14] 前記ハイドロゲル形成性の組成物が、0℃より高く45℃以下であるゾル−ゲル転移温度を有する[11]〜[13]のいずれかに記載の細胞・生物の分離方法。
【0149】
[15] 細胞・生物が移行または再配置されたゲル状の組成物から、走化性能または移行距離の異なる細胞・生物を含有する複数の部分をそれぞれ分離して、該複数の部分のゲル状の組成物から細胞・生物を回収する[11]〜[14]のいずれかに記載の細胞・生物の分離方法。
【0150】
[16] 前記ハイドロゲルに付与する所定の形状が、表面積(S)/体積(V)比が10(cm−1)以上の形状である[13]に記載の細胞・生物の分離方法。
【0151】
[17] 前記ハイドロゲルに付与する所定形状が、球状、細紐状、ファイバー状、フレーク状、板状、膜状、不定形状のいずれかである[16]に記載の細胞・生物の分離方法。
【0152】
[18] 水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0153】
ゲル状態の前記ゲル形成性の組成物を、物理的性質が連続的に変化する場に配置し、該物理的性質の勾配を該ハイドロゲル内に形成する工程、
【0154】
該ゲル状態の組成物を細胞・生物の懸濁液に接触させ、それぞれの性質の勾配によって惹起される走性によって、該細胞・生物の懸濁液から該ゲル状態の組成物内に細胞・生物を移行させる工程、
【0155】
該細胞・生物が移行したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0156】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法。
【0157】
[19] 水と、ハイドロゲル形成性高分子とを少なくとも含むゲル形成性の組成物であって;ゾル−ゲル転移温度より低い温度では可逆的にゾル状態となり、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度では実質的に水不溶性のゲル状態となるゲル形成性の組成物を用い;
【0158】
前記ゲル形成性の組成物をゾル−ゲル転移温度より低い温度でゾル状態とし、該ゾルに細胞・生物を添加して、細胞・生物が懸濁した組成物を形成する工程、
【0159】
該細胞・生物が懸濁した組成物をゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル化させ、該細胞・生物が実質的に均一に内部に分散したゲル状態の組成物を形成する工程、
【0160】
該ゲル状態の組成物を物理的性質が連続的に変化する場に配置して、該組成物中にそれぞれの物理的性質の勾配を形成する工程、
【0161】
該物理的性質の勾配に従って、ゲル状態の組成物中に実質的に均一に分布していた細胞・生物を、それぞれの物理的性質に対する走性能の違いによってゲル状態の組成物で再配置させる工程、
【0162】
該細胞・生物が再配置したゲル状態の組成物の少なくとも一部分を、該組成物の他の部分から分離する工程、および、
【0163】
前記ゲル状態の組成物の分離された部分を、そのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却してゾル化させ、該ゾル状態の組成物から細胞・生物を回収する工程を少なくとも含む細胞・生物の分離方法。
【0164】
[20] 前記物理的性質が、電界強度、磁界強度、光度、温度、および粘度から選ばれる1以上の物理的性質である[18]または[19]に記載の細胞・生物の分離方法。
【0165】
[21] 細胞・生物が移行または再配置されたゲル状の組成物から、走化性能または移行距離の異なる細胞・生物を含有する複数の部分をそれぞれ分離して、該複数の部分のゲル状の組成物から細胞・生物を回収する[18]〜[20]のいずれかに記載の細胞・生物の分離方法。
【0166】
[22] 前記ハイドロゲル形成性の組成物が、0℃より高く45℃以下であるゾル−ゲル転移温度を有する[18]〜[21]のいずれかに記載の細胞・生物の分離方法。
【0167】
(上記態様の効果)
上記構成を有する本発明の態様においては、ハイドロゲル(例えば、低温でゾル状態、高温でゲル化するゾル−ゲル転移現象を示し、該ゾル−ゲル転移が熱可逆的であり、且つ該ゾル−ゲル転移温度より高い温度で該ゲルは実質的に水不溶性であるハイドロゲル)を用いて、走性能に応じて細胞・生物を分離(分画、分別ないし分取等)することが可能となる。すなわち、本態様においては、例えば、細胞・生物に化学走性を惹起する生理活性物質(化学走性因子)の濃度勾配を該ハイドロゲル中に作り出す、あるいはハイドロゲルの内部と外部で生理活性物質の濃度差を持たせることによって、細胞・生物を化学走性の差異によって分離(分画、分別ないし分取等)することができる。
【0168】
更に、本態様においては、細胞・生物に電場、磁場、光度、温度、粘度等の諸性質の勾配を該ハイドロゲル中に作り出すことによって細胞・生物をそれぞれの性質に対する走性の差異によって分離(分画、分別ないし分取等)することができる。
【0169】
本態様の1つの好ましい例においては、例えば、上記のハイドロゲルを用いて、そのゾル−ゲル転移温度より高い温度で、生理活性物質を含有する水溶液と分別用細胞・生物の懸濁液を隔離し、該ハイドロゲル内に該生理活性物質の濃度勾配を作製し、該濃度勾配によって惹起される化学走性によって該細胞・生物懸濁液から該ハイドロゲル内に細胞・生物を移行させることができる。その結果、分別用細胞・生物の化学走性能の違いによって各種細胞・生物のハイドロゲル内への移行性または移行距離が異なるため、該細胞・生物が移行したハイドロゲル、または走化性能の異なる即ち移行距離の異なる細胞・生物を含有する部分のハイドロゲルを切り出して、該ハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却することにより、細胞・生物を含有するゾル状態を作製することができる。次いで大量の細胞・生物培養液または保存液を該ゾルに加え、ゾル−ゲル転移温度より高い温度でもゲル化しないように高分子溶液を希釈した後、遠心分離または膜分離等の通常の分別方法で細胞・生物を分離(分画、分別ないし分取等)することが可能である。
【0170】
本態様の他の好ましい例においては、上記ハイドロゲルをゾル−ゲル転移温度より低い温度にすることによってゾル状態にし、分別用細胞・生物を添加し細胞・生物懸濁液を作製することができる。次いで該細胞・生物懸濁液を上記のゾル−ゲル転移温度より高い温度にすることによってゲル化させ、分別用細胞・生物が実質的に均一に内部に分散したハイドロゲルを作製する。次いで該ハイドロゲルを生理活性物質(化学走性因子)を含有する水溶液に接触させ該ハイドロゲル中に該生理活性物質を移行させることによって、該ハイドロゲル中に該生理活性物質の濃度勾配を作製する。該濃度勾配にしたがって該ハイドロゲル中に実質的に均一に分布していた細胞・生物が化学走性能の違いによってハイドロゲル内の各部位に再配列される。次いで上記のハイドロゲルの各部位を切り出し、上述した方法と同様の方法によって、細胞・生物を化学走性能の違いによって分離(分画、分別ないし分取等)することが可能である。
【0171】
本態様の更に他の好ましい例においては、上記のハイドロゲルをゾル−ゲル転移温度より低い温度にすることによってゾル状態の水溶液とし、該ゾル状態の水溶液に生理活性物質を実質的に均一に混合する工程、該ゾル状態の混合液を該ゾル−ゲル転移温度より高い温度に昇温して所定の形状を付与したハイドロゲルとする工程、該所定形状のハイドロゲルを該ゾル−ゲル転移温度より高い温度で細胞・生物の懸濁液と接触させる工程、細胞・生物が移行した所定形状のハイドロゲルを細胞・生物の懸濁液から回収する工程、回収した所定形状のハイドロゲルを該ゾル−ゲル転移温度より低い温度にすることによってゾル状態の水溶液として、分画、分別された細胞・生物を回収する工程によって目的の細胞・生物を分離(分画、分別、ないし分取等)することも可能である。
【0172】
本態様の更に他の好ましい例においては、該ハイドロゲルを電界強度、磁界強度、光度、温度、粘度等から選ばれる物理的性質が連続的に変化する場に設置し該性質の勾配を該ハイドロゲル内に作製し、次いで該ハイドロゲルを分別用細胞・生物の懸濁液に接触させ、それぞれの性質の勾配によって惹起される走性によって該細胞・生物懸濁液から該ハイドロゲル内に細胞・生物を移行させることができる。該分別用細胞・生物のそれぞれの物理的性質に対する走性能の違いによって各種細胞・生物のハイドロゲル内への移行性または移行距離が異なる。次いで細胞・生物が移行したハイドロゲルまたは走性能の異なる、即ち移行距離の異なる細胞・生物を含有する部分のハイドロゲルを切り出し該ハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度より低い温度に冷却することにより細胞・生物を含有するゾル状態を作製する。次いで大量の細胞・生物培養液または保存液を該ゾルに加え、ゾル−ゲル転移温度より高い温度でもゲル化しないように高分子溶液を希釈した後、遠心分離または膜分離等の通常の分別方法で細胞・生物を分離(分画、分別、ないし分取等)することが可能である。
【0173】
本態様の更に他の好ましい例においては、該ハイドロゲルをゾル−ゲル転移温度より低い温度にすることによってゾル状態にし、分別用細胞・生物を添加し細胞・生物懸濁液を作製することができる。次いで該細胞・生物懸濁液を上記のゾル−ゲル転移温度より高い温度にすることによってゲル化させ、分別用細胞・生物が実質的に均一に内部に分散したハイドロゲルを作製する。次いで該ハイドロゲルを電界強度、磁界強度、光度、温度、粘度から選ばれる性質が連続的に変化する場に設置し該ハイドロゲル中にそれぞれの性質の勾配を作製する。該勾配に従って該ハイドロゲル中に実質的に均一に分布していた細胞・生物がそれぞれの性質に対する走性能の違いによってハイドロゲル内の各部位に再配列される。次いで上記のハイドロゲルの各部位を切り出し上記の方法と同様の方法によってそれぞれの走性能の違いによって細胞・生物を分離(分画、分別、ないし分取等)することが可能である。
【0174】
本発明者らの知見によれば、本発明の細胞・生物分離(分画、分別、ないし分取等)用のハイドロゲルは、疎水結合を架橋の少なくとも一部に利用していると推定される。疎水結合は種々の物理的結合の中で唯一、温度昇すると結合が強くなる結合である。この疎水結合を架橋結合に用いると、低温で溶液状態(ゾル)で高温でゲル化する本発明に好適に用いられるハイドロゲルを合成することが可能である。また、架橋点の疎水結合力を変えることによって、該ハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度を変えることが可能である。本発明に使用可能なハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度は、0℃より高く45℃以下であることが好適である。例えば、上記したハイドロゲルの物性が、細胞・生物、微生物、組織・器官等を該ハイドロゲルの中に埋入し、且つ、該ハイドロゲルから回収する工程を、熱的損傷または酵素による損傷を実質的に与えることなく実施することを可能にする。
【0175】
これに対して、従来より細胞・生物・組織培養に使用されてきた寒天ゲル(正の温度−溶解度変化を示す)は、架橋が主として結晶化構造によって形成されているため、結合力が強くゲルがゾルに転移する温度は約95℃で生理的温度範囲(通常は0℃〜40℃)よりも著しく高いため細胞・生物、微生物、組織・器官等の寒天ゲル中への埋入、回収は不可能であった。従来のアルギン酸ゲル(正の温度−溶解変化を示す)の場合は、架橋がイオン結合によって形成されているために結合力が強く、生理的条件下でゲルをゾルに転移させることは困難であり、細胞・生物等を該ゲル中に埋入、回収することはできなかった。更に、従来のコラーゲン、ゼラチンゲル(いずれも、正の温度−溶解度変化を示す)の場合は架橋が結晶化構造、またはイオン結合によって形成されているためにゲルをゾル化するためにコラゲナーゼ、ゼラチナーゼ等の酵素を必要とする。従って、生理的条件下(コラゲナーゼ、ゼラチナーゼ等の使用は生物体組織に酵素反応による損傷を与える)で細胞・生物、組織・器官等を回収することが困難であった。
【0176】
一方、本態様で用いるハイドロゲルのもう1つの重要な性質は、該ハイドロゲル中で細胞・生物、微生物、組織・器官等が、(ある程度まで)動くことができることである。上記の物性を獲得するためには上記のハイドロゲルの三次元網目構造の架橋点結合が強すぎないことが不可欠である。一般的にハイドロゲルの三次元網目の架橋点の結合エネルギーを△Fとすると、架橋点の寿命(τ)は次式で表される。τ=τ exp(△F/KT)
【0177】
ここで架橋点寿命がτの三次元網目構造を有するハイドロゲルの場合は、1/τ(sec−1)よりも高い周波数を有する動作に対しては該ハイドロゲルの架橋点は結合した状態、即ち架橋構造体として対応し、1/τ(sec−1)よりも低い周波数を有する動作に対しては該ハイドロゲルの架橋点は非結合の状態、即ち架橋構造を有さない液体として対応する。これは、該ハイドロゲルは非常に速い動作に対しては固体として、非常にゆっくりした動作に対しては液体としてそれぞれ振舞うことを意味している。これは細胞・生物、微生物、組織等を埋入した該ハイドロゲルを運搬する、または切断する際に生ずる動作(通常、動きの周波数は高く、約10−2sec−1オーダーを越える)に対しては該ハイドロゲルは固体として振舞うのに対して、該ハイドロゲル中で細胞・生物、微生物、組織等が、移動する、または増殖するような周波数の低い、約10−4sec−1オーダーより小さいゆっくりした動作に対しては液体として振舞う。従って、該ハイドロゲル中で細胞・生物、微生物、組織等がそれぞれの走性能によって移動することが可能である。
【0178】
上記等の性質を有する三次元網目構造を形成する架橋点の結合エネルギーとしては生理的温度範囲(0℃〜40℃)における熱エネルギー(RT)と同等度であることが好ましく、数十〜数百kcal/molと結合エネルギーの高い共有結合、結晶化構造、イオン結合による架橋構造によって形成される三次元網目構造体は本発明に使用可能なハイドロゲルとしては不適であり、数kcal/molの結合エネルギーを有する分散力による結合、水素結合または疎水結合による三次元網目構造体が本発明に使用可能なハイドロゲルとして好適に使用可能である。
【0179】
前述したように、疎水結合によって形成される三次元網目構造体、即ちハイドロゲルは、疎水結合は温度の上昇と共に強くなるという性質を有するために、低温でゾル、高温でゲル化する。従って、他の結合、例えば水素結合、分散力等による結合を利用したハイドロゲルとはゾル−ゲル転移の温度依存性が逆になる。疎水性結合を利用したハイドロゲルの物性は、細胞・生物を低温ゾル状態で包埋することができるため、包埋時の熱的損傷を回避できるという点で従来のハイドロゲルよりも本発明の細胞・生物分画用ハイドロゲルとしては好適に使用可能である。更に、疎水性結合を利用したハイドロゲルの転移は熱的に可逆的であるため、該ゲルに包埋した細胞・生物から該ゲルを除去する際にも低温でゲルを溶解でき、容易に且つ熱的損傷を与えることなく該ゲルから細胞・生物を回収することが可能である。
【0180】
上述したように本発明の上記した態様によれば、多様な走性能を有する細胞・生物の分離(分画、分別ないし分取等)を可能にするハイドロゲルが提供される。
【0181】
(細胞・生物分離用ハイドロゲル)
本発明の上記した態様において、特に好適に使用可能なゲルについて以下に述べる。
本態様の細胞・生物分離(分画、分別、ないし分取等)用ハイドロゲルは、その水溶液がゾル−ゲル転移温度を有するハイドロゲル形成性の高分子を含み、より低い温度でゾル状態、より高い温度でゲル化する熱可逆的なゾル−ゲル転移を示す。本発明において、「細胞・生物」とは、「細胞および/又は生物」の意味であり、任意の生理活性物質に対して何らかの走性を示す限り、1以上の細胞を含む生物(植物および動物)に関連するかないしは由来する任意の細胞および細胞集合体を含む。本発明において、この細胞および細胞集合体の形態は特に制限されず、例えば、単細胞、多細胞の生物又はその器官、微生物、精子、卵子等を包含する。
【0182】
(分離)
本発明において「分離」とは、分離対象物(本態様においては、上記した細胞・生物)を、それらの有する任意の特性(例えば、走性)の差異に基づいて、それらの空間的な位置に差異をつけることを言う。本発明において、この「空間的な位置に差異をつける」形態は特に制限されない。
【0183】
他の観点からは、本発明において、「分離」とは、分離対象物の特性(本態様においては、上記した細胞および/又は生物の化学走性または物理的性質に対応する走性)に基づく、分離媒体(本態様においては、ゲル)内および/又は分離媒体−外部環境の間の選択的な移動を利用して、該細胞および/又は生物の配置に何らかの選択性を実現できる任意の分離操作を言う。本発明における「分離」としては、例えば、分画、分別、ないし分取等が挙げられる。
【0184】
(ゾル−ゲル転移温度)
本発明において「ゾル状態」、「ゲル状態」および「ゾル−ゲル転移温度の定義および測定は、文献(H. Yoshioka ら、Journal of Macromolecular Science,A31(1),113(1994))に記載された定義および方法に基づく。即ち、観測周波数1Hzにおける試料の動的弾性率を低温側から高温側へ徐々に温度を変化(1℃/1分)させて測定し、該試料の貯蔵弾性率(G´、弾性項)が損失弾性率(G”、粘性項)を上回る点の温度をゾル−ゲル転移温度とする。一般に、G”>G´の状態がゾルであり、G”<G´の状態がゲルであると定義される。このゾル−ゲル転移温度の測定に際しては、下記の測定条件が好適に使用可能である。
【0185】
<動的・損失弾性率の測定条件>
測定機器(商品名):ストレス制御式レオメーターCSL700、Carri-Med社製
試料溶液(ないし分散液)の濃度(ただし「ゾル−ゲル転移温度を有する高分子化合物」の濃度として):10(重量)%
【0186】
試料溶液の量:約0.8 g
測定用セルの形状・寸法:アクリル製平行円盤(直径4.0cm)、ギャップ600μm
【0187】
測定周波数:1Hz適用ストレス:線形領域内。
【0188】
本発明においては、細胞・生物の熱的損傷を防ぐ点から、上記ゾル−ゲル転移温度は0℃より高く、45℃以下であることが好ましく、更には、0℃より高く42℃以下(特に4℃以上40℃以下である)ことが好ましい。
【0189】
このような好適なゾル−ゲル転移温度を有するハイドロゲルは、後述するような具体的な化合物の中から、上記したスクリーニング方法(ゾル−ゲル転移温度測定法)に従って容易に選択することができる。本発明に使用可能なハイドロゲルを用いて細胞・生物分離(分画、分別、ないし分取等)するという一連の操作においては、上記したゾル−ゲル転移温度(a℃)を細胞・生物分画、分別時の温度(b℃)と、分取するための冷却時の温度(c℃)との間に設定することが好ましい。すなわち、上記した3種の温度a℃、b℃、およびc℃の間には、b>a>cの関係があることが好ましい。より具体的には、(b−a)は1〜40℃、更には2〜30℃であることが好ましく、また(a−c)は1〜40℃、更には2〜30℃であることが好ましい。
【0190】
(細胞選択能)
本発明で好ましく用いられるハイドロゲルは、好適な細胞選択能を示す点からは、下記の測定法により測定される細胞選択能R/Rが2以上、より好ましくは5以上、更に好ましくは10以上のハイドロゲルであることが好ましい。細胞選択能R/Rの測定は以下のようにして行う。
【0191】
fMLPを10−6M含有し、S/V比10〜15のハイドロゲル1gを14mLのディスポーザブル遠沈管内でクエン酸加ヒト全血10mLと37℃で4時間接触させ、ハイドロゲル中に取り込まれた赤血球数(E)と白血球数(L)の比R=L/Eを測定する。予め測定されたクエン酸加ヒト全血中の赤血球数(E)と白血球数(L)の比R=L/Eと、上記Rの比R/Rを求め、細胞選択能とする。
【0192】
(ハイドロゲル内での細胞・生物等の移動性)
本発明に使用可能なハイドロゲルは、その中で細胞・生物、微生物等が自由に移動できる点から、より高い周波数に対しては固体的な挙動を示し、他方、より低い周波数に対しては液体的な挙動を示すことが好ましい。より具体的には、該ハイドロゲル内の細胞・生物等の移動性は以下の方法で好適に測定することが可能である。
【0193】
(ハイドロゲル内での細胞・生物等の移動性測定方法)
本発明に使用可能なハイドロゲル(ハイドロゲルとして1mL)をゾル状態(ゾル−ゲル転移温度より低い温度)で内径1cmの試験管に入れ、該ハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度よりも充分高い温度(たとえば該ゾル−ゲル転移温度よりも約10℃高い温度)とした水溶中で上記試験管を12時間保持し、該ハイドロゲルをゲル化させる。次いで、該試験管の上下を逆にした場合に溶液/空気の界面(メニスカス)が溶液の自重で変形するまでの時間(T)を測定する。ここで1/T(sec−1)より低い周波数の動作に対しては該ハイドロゲルは液体として振舞い、1/T(sec−1)より高い周波数の動作に対しては該ハイドロゲルは固体として振舞うことになる。本発明に使用可能なハイドロゲルの場合にはTは1分〜24時間、好ましくは5分〜10時間である。
【0194】
(定常流動粘度)
本発明に使用可能なハイドロゲルのゲル的性質は、定常流動粘度の測定によっても好適に測定可能である。定常流動粘度η(イータ)は、例えばクリープ実験によって測定することができる。クリープ実験では一定のずり応力を試料に与え、ずり歪の時間変化を観測する。一般に粘弾性体のクリープ挙動では、初期にずり速度が時間とともに変化するが、その後ずり速度が一定となる。この時のずり応力とずり速度の比を定常流動粘度ηと定義する。この定常流動粘度は、ニュートン粘度と呼ばれることもある。ただし、ここで定常流動粘度は、ずり応力にほとんど依存しない線形領域内で決定されなければならない。
【0195】
具体的な測定方法は、測定装置としてストレス制御式粘弾性測定装置CSL型レオメーター(CSL500、米国キャリーメド社製)を、測定デバイスにアクリル製円盤(直径4cm)を使用し、試料厚み600μmとして少なくとも5分間以上の測定時間クリープ挙動(遅延曲線)を観測する。サンプリング時間は、最初の100秒間は1秒に1回、その後は10秒に1回とする。
【0196】
適用するずり応力(ストレス)の決定にあたっては、10秒間ずり応力を負荷して偏移角度が2×10−3rad以上検出される最低値に設定する。解析には5分以降の少なくとも20以上の測定値を採用する。本発明に使用可能なハイドロゲルは、そのゾル−ゲル転移温度より約10℃高い温度において、ηが5×10〜5×10Pa・secであることが好ましく、更には8×10〜2×10Pa・sec、特に1×10Pa・sec以上、1×10Pa・sec以下であることが好ましい。
【0197】
上記ηが5×10Pa・sec未満では短時間の観測でも流動性が比較的高くなり、ゲルによる細胞・生物の自由拡散運動の抑制効果が不十分となったり、ゲルによる生理活性物質の濃度勾配形成が不十分となる等の不都合が生じる。他方、ηが5×10Pa・secを超えると、長時間の観測でもゲルが流動性をほとんど示さなくなる傾向が強まり、ゲル内で細胞・生物が走性によって移動することが困難となる。また、ηが5×10Pa・secを超えるとゲルが脆さを呈する可能性が強まり、わずかの純弾性変形の後、一挙にもろく破壊する脆性破壊が生起しやすい傾向が強まる。
【0198】
(動的弾性率)
本発明に使用可能なハイドロゲルのゲル的性質は、動的弾性率によっても好適に測定可能である。該ゲルに振幅γ、振動数をω/2πとする歪みγ(t)=γcosωt(tは時間)を与えた際に、一定応力をσ、位相差をδとするσ(t)=σcos(ωt+δ)が得られたとする。|G|=σ/γとすると、動的弾性率G’(ω)=|G|cosδと、損失弾性率G”(ω)=|G|sinδとの比(G”/G’)が、ゲル的性質を表す指標となる。
【0199】
本発明に使用可能なハイドロゲルは、ω/2π=1Hzの歪み(速い動作に対応する)に対しては固体として挙動し、且つ、ω/2π=10−4Hzの歪み(遅い動作に対応する)に対しては固体として挙動する。より具体的には、本発明に使用可能なハイドロゲルは、以下の性質を示すことが好ましい(このような弾性率測定の詳細については、例えば、文献:小田良平ら編集、近代工業化学19、第359頁、朝倉書店、1985を参照することができる)。
【0200】
ω/2π=1Hz(ゲルが固体として挙動する振動数)の際に、(G”/G’)=(tan δ)が1未満であることが好ましい(より好ましくは0.8以下、特に好ましくは0.5以下)。
【0201】
ω/2π=10−4Hz(ゲルが液体として挙動する振動数)の際に、(G”/G’)=(tan δ)が1以上であることが好ましい(より好ましくは1.5以上、特に好ましくは2以上)。
【0202】
上記(tan δ)と、(tan δ)との比{(tan δ)/(tan δ)}が1未満であることが好ましい(より好ましくは0.8以下、特に好ましくは0.5以下)。
【0203】
<測定条件>
ハイドロゲル形成性高分子の濃度:約8質量%
温度:ハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度より約10℃高い温度
測定機器:ストレス制御式レオメータ(機種名:CSL 500、米国キャリーメド社製)
【0204】
(ハイドロゲル形成性の高分子)
上述したような熱可逆的なゾル−ゲル転移を示す(すなわち、ゾル−ゲル転移温度を有する)限り、本発明に使用可能なハイドロゲル形成性の高分子は特に制限されない。生理的温度(0〜42℃程度)において好適なゾル−ゲル変化を示すことが容易な点からは、例えば、該ハイドロゲル形成性の高分子中の曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックの曇点、両ブロックの組成および両ブロックの疎水性度、親水性度、および/または分子量等をそれぞれ調整することによって達成することが好ましい。その水溶液がゾル−ゲル転移温度を有し、該転移温度より低い温度で可逆的にゾル状態を示す高分子の具体例としては、例えば、ポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとのブロック共重合体等に代表されるポリアルキレンオキサイドブロック共重合体;メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等のエーテル化セルロース;キトサン誘導体(K. R. Holme.et al. Macromolecules,24,3828(1991))等が知られている。
【0205】
ポリアルキレンオキサイドブロック共重合体として、ポリプロピレンオキサイドの両端にポリエチレンオキサイドが結合したプルロニック(Pluronic)F−127(商品名、BASF Wyandotte Chemicals Co.製)ゲルが開発されている。このプルロニックF−127の高濃度水溶液は、約20℃以上でハイドロゲルとなり、これより低い温度で水溶液となることが知られている。しかしながら、この材料の場合は約20質量%以上の高濃度でしかゲル状態にはならず、また約20質量%以上の高濃度でゲル化温度より高い温度に保持しても、更に水を加えるとゲルが溶解してしまう。また、プルロニックF−127は分子量が比較的小さく、約20質量%以上の高度のゲル状態で非常に高い浸透圧を示すのみならず細胞膜を容易に透過するため、細胞または、生物体組織に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0206】
一方、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等に代表されるエーテル化セルロースの場合は、通常は、ゾル−ゲル転移温度が高く約45℃以上である(N. Sarkar,J.Appl.Polym.Science,24,1073,1979)。これに対して、細胞・生物等の分画、分別は殆ど37℃近辺またはそれ以下の温度で実施されるため、上記エーテル化セルロースはゾル状態であり、該エーテル化セルロースを用いる方法では細胞・生物等の分画、分別は事実上は困難である。
【0207】
上記したように、その水溶液中がゾル−ゲル転移点を有し、且つ該転移温度より低い温度で可逆的にゾル状態を示す従来の高分子の問題点は、1)ゾル−ゲル転移温度より高い温度で一旦ゲル化しても、更に水を添加するとゲルが溶解してしまうこと、2)ゾル−ゲル転移温度が細胞・生物の分画、分別温度(37℃近辺またはそれ以下)よりも高く、分画、分別温度ではゾル状態であること、3)ゲル化させるためには、水溶液の高分子濃度を非常に高くする必要があること、等である。
【0208】
これに対して、本発明者の検討によれば、例えば、その水溶液が好ましくは0℃より高く42℃以下であるゾル−ゲル転移温度を有するハイドロゲル形成性の高分子(例えば、曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックが結合してなり、その水溶液がゾル−ゲル転移温度を有し、且つ、ゾル−ゲル転移温度より低い温度で可逆的にゾル状態を示す高分子)を用いて細胞・生物等の分離(分画、分別、ないし分取等)用基材を構成した場合に、上記問題は好適に解決可能であることが判明している。
【0209】
(好適なハイドロゲル形成性の高分子)
本発明の細胞・生物等の分離(分画、分別、ないし分取等)用基材として好適に使用可能な疎水結合を利用したハイドロゲル形成性の高分子は、曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックが結合してなることが好ましい。該親水性のブロックは、ゾル−ゲル転移温度より低い温度で該ハイドロゲルが水溶性になるために存在することが好ましく、また曇点を有する複数のブロックは、ハイドロゲルがゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル状態に変化するために存在することが好ましい。換言すれば、曇点を有するブロックは該曇点より低い温度では水に溶解し、該曇点より高い温度では水に不溶性に変化するために、曇点より高い温度で、該ブロックはゲルを形成するための疎水結合からなる架橋点としての役割を果たす。すなわち、疎水性結合に由来する曇点が、上記ハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度に対応する。ただし、該曇点とゾル−ゲル転移温度とは必ずしも一致しなくてもよい。これは、上記した「曇点を有するブロック」の曇点は、一般に、該ブロックと親水性ブロックとの結合によって影響を受けるためである。
【0210】
本発明に用いるハイドロゲルは、疎水性結合が温度の上昇と共に強くなるのみならず、その変化が温度に対して可逆的であるという性質を利用したものである。1分子内に複数個の架橋点が形成され、安定性に優れたゲルが形成される点からは、ハイドロゲル形成性の高分子が「曇点を有するブロック」を分子内に複数個有することが好ましい。一方、上記ハイドロゲル形成性の高分子中の親水性ブロックは、前述したように、該ハイドロゲル形成性の高分子がゾル−ゲル転移温度よりも低い温度で水溶性に変化させる機能を有し、上記転移温度より高い温度で疎水性結合力が増大しすぎて上記ハイドロゲルが凝集沈澱してしまうことを防止しつつ、含水ゲルの状態を形成させる機能を有する。
【0211】
(曇点を有する複数のブロック)
曇点を有するブロックとしては、水に対する溶解度−温度係数が負を示す高分子のブロックであることが好ましく、より具体的には、ポリプロピレンオキサイド、プロピレンオキサイドと他のアルキレンオキサイドとの共重合体、ポリN−置換アクリルアミド誘導体、ポリN−置換メタアクリルアミド誘導体、N−置換アクリルアミド誘導体とN−置換メタアクリルアミド誘導体との共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物からなる群より選ばれる高分子が好ましく使用可能である。上記の高分子(曇点を有するブロック)の曇点が4℃より高く45℃以下であることが、本発明に用いる高分子(曇点を有する複数のブロックと親水性のブロックが結合した化合物)のゾル−ゲル転移温度を4℃より高く40℃以下とする点から好ましい。ここで曇点の測定は、例えば、上記の高分子(曇点を有するブロック)の約1重量%の水溶液を冷却して透明な均一溶液とした後、除々に昇温(昇温速度約1℃/min)して、該溶液がはじめて白濁する点を曇点とすることによって行うことが可能である。
【0212】
本発明に使用可能なポリN−置換アクリルアミド誘導体、ポリN−置換メタアクリルアミド誘導体の具体的な例を以下に列挙する。ポリ−N−アクロイルピペリジン;ポリ−N−n−プロピルメタアクリルアミド;ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド;ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド;ポリ−N−イソプロピルメタアクリルアミド;ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド;ポリ−N−アクリロイルピロリジン;ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド;ポリ−N−シクロプロピルメタアクリルアミド;ポリ−N−エチルアクリルアミド。上記の高分子は単独重合体(ホモポリマー)であっても、上記重合体を構成する単量体と他の単量体との共重合体であってもよい。このような共重合体を構成する他の単量体としては、親水性単量体、疎水性単量体のいずれも用いることができる。一般的には、親水性単量体と共重合すると生成物の曇点は上昇し、疎水性単量体と共重合すると生成物の曇点は下降する。従って、これらの共重合すべき単量体を選択することによっても、所望の曇点(例えば4℃より高く45℃以下の曇点)を有する高分子を得ることができる。
【0213】
(親水性単量体)
上記親水性単量体としては、N−ビニルピロリドン、ビニルピリジン、アクリルアミド、メタアクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、ヒドロキシエチルメタアクリレート、ヒドロキシエチルアクリレート、ヒドロキシメチルメタアクリレート、ヒドロキシメチルアクリレート、酸性基を有するアクリル酸、メタアクリル酸およびそれらの塩、ビニルスルホン酸、スチレンスルホン酸等、並びに塩基性基を有するN,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N−ジエチルアミノエチルメタクリート、N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドおよびそれらの塩等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0214】
(疎水性単量体)
一方、上記疎水性単量体としては、エチルアクリレート、メチルメタクリレート、グリシジルメタクリレート等のアクリレート誘導体およびメタクリレート誘導体、N−n−ブチルメタアクリルアミド等のN−置換アルキルメタアクリルアミド誘導体、塩化ビニル、アクリロニトリル、スチレン、酢酸ビニル等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0215】
(親水性のブロック)
一方、上記した曇点を有するブロックと結合すべき親水性のブロックとしては、具体的には、メチルセルロース、デキストラン、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリN−ビニルピロリドン、ポリビニルピリジン、ポリアクリルアミド、ポリメタアクリルアミド、ポリN−メチルアクリルアミド、ポリヒドロキシメチルアクリレート、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリビニルスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸およびそれらの塩;ポリN,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、ポリN,N−ジエチルアミノエチルメタクリレート、ポリN,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドおよびそれらの塩等が挙げられる。
【0216】
曇点を有するブロックと上記の親水性のブロックとを結合する方法は特に制限されないが、例えば、上記いずれかのブロック中に重合性官能基(例えばアクリロイル基)を導入し、他方のブロックを与える単量体を共重合させることによって行うことができる。また、曇点を有するブロックと上記の親水性のブロックとの結合物は、曇点を有するブロックを与える単量体と、親水性のブロックを与える単量体とのブロック共重合によって得ることも可能である。
【0217】
また、曇点を有するブロックと親水性のブロックとの結合は、予め両者に反応活性な官能基(例えば水酸基、アミノ基、カルボキシル基、イソシアネート基等)を導入し、両者を化学反応により結合させることによって行うこともできる。この際、親水性のブロック中には通常、反応活性な官能基を複数導入する。
【0218】
また、曇点を有するポリプロピレンオキサイドと親水性のブロックとの結合は、例えば、アニオン重合またはカチオン重合で、プロピレンオキサイドと「他の親水性ブロック」を構成するモノマー(例えばエチレンオキサイド)とを繰り返し逐次重合させることで、ポリプロピレンオキサイドと「親水性ブロック」(例えばポリエチレンオキサイド)が結合したブロック共重合体を得ることができる。
【0219】
このようなブロック共重合体は、ポリプロピレンオキサイドの末端に重合性基(例えばアクリロイル基)を導入後、親水性のブロックを構成するモノマーを共重合させることによっても得ることができる。更には、親水性のブロック中に、ポリプロピレンオキサイド末端の官能基(例えば水酸基)と結合反応し得る官能基を導入し、両者を反応させることによっても、本発明に用いる高分子を得ることができる。
【0220】
また、ポリプロピレングリコールの両端にポリエチレングリコールが結合した、プルロニック F−127(商品名、旭電化工業(株)製)等の材料を連結させることによっても、本発明に用いるハイドロゲル形成性の高分子を得ることができる。
【0221】
この曇点を有するブロックを含む態様における本発明の高分子は、曇点より低い温度においては、分子内に存在する上記「曇点を有するブロック」が親水性のブロックとともに水溶性であるため、完全に水に溶解し、ゾル状態を示す。しかし、この高分子の水溶液の温度を上記曇点より高い温度に加温すると、分子内に存在する「曇点を有するブロック」が疎水性となり、疎水的相互作用によって、別個の分子間で会合する。一方、親水性のブロックは、この時(曇点より高い温度に加温された際)でも水溶性であるため、本発明の高分子は水中において、曇点を有するブロック間の疎水性会合部を架橋点とした三次元網目構造を持つハイドロゲルを生成する。このハイドロゲルの温度を再び、分子内に存在する「曇点を有するブロック」の曇点より低い温度に冷却すると、該曇点を有するブロックが水溶性となり、疎水性会合による架橋点が解放され、ハイドロゲル構造が消失して、本発明の高分子は、再び完全な水溶液となる。このように、好適な態様における本発明の高分子のゾル−ゲル転移は、分子内に存在する曇点を有するブロックの該曇点における可逆的な親水性、疎水性の変化に基づくものであるため、温度変化に対応して、完全な可逆性を有する。
【0222】
(ゲルの溶解性)
上述したようにその水溶液がゾル−ゲル転移温度を有する高分子を少なくとも含む本発明に使用可能なハイドロゲルは、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度(d℃)で実質的に水不溶性を示し、ゾル−ゲル転移温度より低い温度(e℃)で可逆的に水可溶性を示す。上記した高い温度(d℃)は、ゾル−ゲル転移温度より1℃以上高い温度であることが好ましく、2℃以上(特に5℃以上)高い温度であることが更に好ましい。また、上記「実質的に水不溶性」とは、上記温度(d℃)において、水100mLに溶解する上記高分子の量が、5.0g以下(更には0.5g以下、特に0.1g以下)であることが好ましい。一方、上記した低い温度(e℃)は、ゾル−ゲル転移温度より(絶対値で)1℃以上低い温度であることが好ましく、2℃以上(特に5℃以上)低い温度であることが更に好ましい。また、上記「水可溶性」とは、上記温度(e℃)において、水100mLに溶解する上記高分子の量が、0.5g以上(更には1.0g以上)であることが好ましい。更に「可逆的に水可溶性を示す」とは、上記ハイドロゲル形成性の高分子の水溶液が、一旦(ゾル−ゲル転移温度より高い温度において)ゲル化された後においても、ゾル−ゲル転移温度より低い温度においては、上記した水可溶性を示すことをいう。
【0223】
上記高分子は、その10%水溶液が5℃で、10〜3,000センチポイズ(更には50〜1,000センチポイズ)の粘度を示すことが好ましい。このような粘度は、例えば以下等の測定条件下で測定することが好ましい。
【0224】
粘度計:ストレス制御式レオメータ(機種名:CSL 500、米国 キャリーメド社製)
【0225】
ローター直径:60mm ローター形状:平行平板 測定周波数:1Hz(ヘルツ)
【0226】
本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子の水溶液は、上記ゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル化させた後、多量の水中に浸漬しても、該ゲルは実質的に溶解しない。上記細胞・生物等の分離(分画、分別、ないし分取等)用基材の上記特性は、例えば、以下のようにして確認することが可能である。すなわち、本発明に使用可能なハイドロゲル形成性の高分子0.15gを、上記ゾル−ゲル転移温度より低い温度(例えば氷冷下)で、蒸留水1.35gに溶解して10W%の水溶液を作製し、該水溶液を径が35mmのプラスチックシャーレ中に注入し、37℃に加温することによって、厚さ約1.5mmのゲルを該シャーレ中に形成させた後、該ゲルを含むシャーレ全体の重量(fグラム)を測定する。次いで、該ゲルを含むシャーレ全体を250mL中の水中に37℃で10時間静置した後、該ゲルを含むシャーレ全体の重量(gグラム)を測定して、ゲル表面からの該ゲルの溶解の有無を評価する。この際、本発明に使用可能なハイドロゲル形成性の高分子においては、上記ゲルの重量減少率、すなわち(f−g)/fが、5.0%以下であることが好ましく、更には1.0%以下(特に0.1%以下)であることが好ましい。本発明に使用可能なハイドロゲル形成性の高分子の水溶液は、上記ゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル化させた後、多量(体積比で、ゲルの0.1〜100倍程度)の水中に浸漬しても、長期間に亘って該ゲルは溶解することがない。このような本発明に用いる高分子の性質は、例えば、該高分子内に曇点を有するブロックが2個以上(複数個)存在することによって達成される。これに対して、ポリプロピレンオキサイドの両端にポリエチレンオキサイドが結合してなる前述のプルロニックF−127を用いて同様のゲルを作成した場合には、数時間の静置で該ゲルは完全に水に溶解することを、本発明者らは見出している。
【0227】
非ゲル化時の細胞毒性をできる限り低いレベルに抑える点からは、水に対する濃度、すなわち{(高分子)/(高分子+水)}×100(%)で、20%以下(更には15%以下、特に10%以下)の濃度でゲル化が可能なハイドロゲル形成性の高分子を用いることが好ましい。
【0228】
(生理活性物質)
本発明中の生理活性物質とは、細胞や生物に対して結合性、反応性、あるいは誘引性のある物質をいう。例えば、走化性因子(化学走性因子)、抗体、サイトカインおよびその受容体、細胞接着因子等を挙げることができる。
【0229】
化学走性とはある化学物質(化学走性因子)の濃度差が刺激となって細胞、または微生物が該濃度差に従って集合したり逃避したりする性質である。化学走性は多くの微生物、白血球、癌細胞、精子等の細胞が有している性質であり微生物、細胞・生物がそれぞれ特異的な化学走性因子を認識する能力を有している。例えば典型的な化学走性因子としては好中球、マクロファージに働く免疫グロブリン由来因子等、好中球に働く補体由来因子であるC3a、C5a、N−ホルミル−Met−Leu−Phe(fMLP)等、マクロファージに働くリンパ球由来因子であるリンホカイン等、好酸球に働くペプチド性因子、エカレクチン等が挙げられる。これらはアレルギー反応に関連する免疫担当細胞に対する化学走性因子である。
【0230】
先に述べたように最近では血管の誘導、再生に関連する血管内皮細胞増殖因子、神経網の誘導、再生に関連する神経細胞増殖因子等の各種細胞増殖因子も化学走性因子と考えられている。また血管系は酸素濃度の勾配によっても誘導、再生されることが分かっていて、酸素は負の走化性因子と言える。また、癌細胞の転移に関しても化学走性因子がかかわっていることが分かってきた。以上のように細胞に直接、作用する免疫関連、癌関連薬剤は多くの場合、化学走性を有するものと考えることができる。
【0231】
(物理走性因子)
物理走性とはある物理的因子の強度差が刺激となって細胞、あるいは微生物が該強度差に従って集合したり、逃避したりする性質である。物理走性は多くの微生物細胞が有している性質であり、それぞれ特異的な物理走性因子を認識する能力を有している。例えば、典型的な物理走性因子としては、電場、磁場、重力場、光度、温度、粘度等である。
【0232】
(走化因子)
本発明において、走化因子は、対象とする細胞について下記の測定法により測定される細胞誘引能N/Nが1.2以上、より好ましくは2以上、更に好ましくは10以上の走化因子であることが好ましい。細胞誘引能の測定は、例えば以下のようにして行うことができる。
【0233】
後述の製造例8で得られる本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−5)1gを走化因子を含有する9gの生理食塩水に4℃で溶解し、本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子濃度10wt%の水溶液を調製する。ここでハイドロゲル形成性高分子水溶液中の走化因子の濃度は、対象となる細胞を誘引しうる範囲に設定する必要があり、通常は10−6M〜10−5Mの範囲とする。この水溶液1gを37℃に昇温して表面積10〜15cm(S/V比:10〜15)のハイドロゲルとする。具体的には例えば、該水溶液を23Gの注射針付き1mLシリンジに充填して4℃に冷却し、これを37℃の生理食塩水100mL中に5〜10秒間で押し出す。この時得られる細紐状のハイドロゲルの直径は約3mm、長さ約14cmとなるので、表面積約13cmのハイドロゲルが得られる。上記の走化因子10−6M〜10−5Mを含むS・V比10〜15のハイドロゲル1gと、対象となる細胞の懸濁液(細胞数:10個/mL)を14mLのディスポーザブル遠沈管内で接触させ、37℃で4時間ゆるやかに回転攪拌する。ハイドロゲルを残してデカンテーションにより細胞懸濁液を除去、37℃の生理食塩水10mLを新たに加えて、ハイドロゲル表面に付着した細胞を洗浄除去する。この洗浄操作3回繰り返した後、4℃に冷却してハイドロゲルを溶解し、ハイドロゲル中に遊走した細胞数Nを測定する。一方、走化因子を含有しない本発明に使用可能なハイドロゲルについて上記と同様の測定を行い、ハイドロゲル中に遊走した細胞数Nを測定し、遊走因子の細胞誘引能N/Nを求める。
【0234】
(化学走性能により細胞・生物を分離する装置および方法)
本発明に使用可能なハイドロゲルを用いて化学走性能により細胞を分離(分画、分別、ないし分取等)する装置および方法はハイドロゲル内で細胞・生物を遊走させるまでの手段により、例えば次の3種類に大別される。1)生理活性物質を含有する水溶液と分別用細胞・生物の懸濁液をハイドロゲルで隔離し、該ハイドロゲル内に該生理活性物質の濃度勾配を作製し、該濃度勾配によって惹起される化学走性によって該細胞・生物懸濁液から該ハイドロゲル内に細胞・生物を移行させる方法、2)細胞・生物が実質的に均一に内部に分散したハイドロゲルを作製し、次いで該ハイドロゲルを該ゾル−ゲル転移温度より高い温度で生理活性物質を含有する水溶液に接触させ該ハイドロゲル中に該生理活性物質を移行させることによって該ハイドロゲル中に該生理活性物質の濃度勾配を形成させ、該濃度勾配にしたがって該ハイドロゲル中に実質的に均一に分布していた細胞・生物が化学走性能の違いによってハイドロゲル内の各部に再配列される方法、3)ゾル状態のハイドロゲル形成性高分子の水溶液に生理活性物質を均一に混合し、該ゾル状態の混合液を該ゾル−ゲル転移温度より高い温度に昇温して所定の形状を付与したハイドロゲルとして、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度で細胞・生物の懸濁液と接触させ、細胞・生物を所定形状のハイドロゲル中へ移行させる方法である。
【0235】
上記1)および2)の方法による本発明の態様を模式的に示したものが図6であり、上記3)の方法による態様を模式的に示したものが図7である。上記のいずれの方法を採用するかは、目的の細胞・生物の種類等によって適宜選択すれば良い。ハイドロゲルの形状も目的に応じて適宜選択すれば良く、円柱状、円盤状、直方体状、球状、細紐状、ファイバー状、フレーク状、板状、膜状、不定形状等任意の形状とすることができる。
【0236】
特に上記3)の方法を採用する場合は、生理活性物質(走化因子)を含有するハイドロゲルとその周囲に配置された細胞懸濁液中の細胞との接触頻度を高めるために、ハイドロゲルに付与する所定の形状は単位体積当たりの表面積を大きくすることが有利であり、球状、細紐状、ファイバー状、フレーク状、板状、膜状、不定形状のいずれかとすることが望ましい。また、このハイドロゲルに付与する所定形状が、表面積(S)/体積(V)比が10(cm−1)以上の形状であることが好ましく、特に30(cm−1)以上、更には60(cm−1)以上であることが好ましい。
【0237】
また3)の方法を採用する場合は、ハイドロゲルとその周囲に配置された細胞懸濁液中の細胞との接触頻度を高めるために、細胞懸濁液を攪拌あるいは循環させることが好ましい。また、ハイドロゲルとその周囲に配置された細胞懸濁液の組を多数並列に処理することもできる。この時、各組においてハイドロゲル中の走化因子濃度を変えたり、各組のハイドロゲルと細胞懸濁液との接触時間を変えたりすることにより、目的とする細胞・生物を分画・回収することができる。
【0238】
以下に本発明の具体的な態様を挙げて説明する。
(白血球の分画・回収)
fMLP(N−formyl-methionyl-leucyl-phenylalanine:分子量 437.6,chemotactic peptides)、LPS(Lipopolysaccharide)等は白血球(好中球)の走化因子として知られている。これらの走化因子の濃度勾配を本発明に使用可能なハイドロゲル中に形成させ、白血球を含む細胞群(例えば末梢血)と接触させると、これら走化因子によって惹起される走化性の高い細胞と低い細胞がハイドロゲル中の走化因子の濃度に応じてハイドロゲル内で分離される。その後、目的の細胞が存在するハイドロゲルの部分を切り出し、冷却してハイドロゲルをゾル化させ、生理食塩水等で希釈して遠心分離等の方法で目的とする細胞のみを回収することができる。
【0239】
また、fMLPやLPSに親和性を有する細胞を血液中から大量に回収したい場合は、これらの走化因子を低温ゾル状態の本発明に使用可能なハイドロゲル水溶液に溶解し、例えばこの水溶液をそのゾル−ゲル転移温度より高い温度の生理食塩水中に滴下して微小液滴の形状のままゲル化させ、この走化因子を含有する微小な本発明に使用可能なハイドロゲルをゾル−ゲル転移温度より高い温度に保持して生理食塩水から回収し、これを血液中に分散させる。そのまま、該ゾル−ゲル転移温度より高い温度に保持して攪拌すると、fMLPやLPSに親和性を有する細胞のみが微小液滴形状の本発明に使用可能なハイドロゲル中に取り込まれる。該ゾル−ゲル転移温度より高い温度に保持して細胞を取り込んだ本発明に使用可能なハイドロゲルを遠心操作により回収し、それを洗浄する。その後、転移温度より低い温度にして細胞を取り込んだ本発明に使用可能なハイドロゲルをゾル化させ、生理食塩水等で希釈し、更に洗浄を繰り返すことによって本発明に使用可能なハイドロゲルを取り除き、目的細胞を回収する。この方法の特徴は、細胞浮遊液中で細胞だけでなく、走化因子を含んだ本発明に使用可能なハイドロゲルも自由に動くことができ、更に本発明に使用可能なハイドロゲルの大きさ・形状から非常に高い単位量当たりの表面積が生み出されることから、細胞と本発明に使用可能なハイドロゲルとの高頻度の接触性が期待できる。また種々の走化因子を本発明に使用可能なハイドロゲルに封入したり、時間、温度等の条件に変化を与えることにより、小型でマルチプレックスタイプでの機能的回収が期待できる。
【0240】
(幹細胞移植用高定着性細胞の分画・回収)
ヒト造血幹細胞移植においては、造血細胞の中のCD34陽性細胞中に多分化能を有する造血幹細胞が含まれていることが知られており、移植ドナーの造血細胞中CD34陽性率が造血幹細胞移植の評価のひとつとして利用されている。最近では、このCD34陽性細胞の中でもケモカイン受容体CXCR−4のリガンドであるStromal cell derived factor−1(SDF−1)等のケモカインに対して遊走能を示す細胞が移植レシピエントの骨髄へのhoming活性が高いことが注目されている。SDF−1に対して高い遊走能を示す細胞の数が多いほど、移植ドナー細胞のレシピエント骨髄への定着率が高いという報告もある。CD34陽性細胞中のSDF−1に対する反応性を評価し、またSDF−1に反応する細胞を分離するためにSDF−1を含有した本発明に使用可能なハイドロゲルを利用する。移植ドナーの骨髄液、末梢血、あるいは臍帯血より採取した造血細胞よりCD34陽性細胞を磁気ビーズ法により分離し、そのCD34陽性細胞浮遊液中にSDF−1を含有した本発明に使用可能なハイドロゲルを共浮遊させ、一定時間撹拌培養し、SDF−1に反応して本発明に使用可能なハイドロゲル内に入り込んだCD34陽性細胞を分離回収する。その回収率はSDF−1反応性細胞率をあらわし、ドナー細胞のhoming活性を評価しうることが期待できる。更にこの分離した細胞はそのままhigh-homing活性を持った造血幹細胞として移植が可能である。
【0241】
(精子の走化性を利用した機能的分離および体外受精法)
精子は受精のために特殊化した細胞で、鞭毛を有し、洗練された運動機能である走化性を示す、生物の一生のなかで唯一個体を離れて重要な役割を果たす細胞である。この走化性が受精を可能にしている。この走化性に基づく遊走能の高い精子のみを卵細胞との受精に利用するために本発明に使用可能なハイドロゲルを利用する。採取した精液を洗浄後、その精子を少量のゾル状態の本発明に使用可能なハイドロゲルに浮遊させ、そのままそのゾル−ゲル転移温度より高い温度でゲル化させる。更にその精子を含む微小ゲル状の本発明に使用可能なハイドロゲルの周りを、別途用意した適当な量で適当な濃度の本発明に使用可能なハイドロゲルで覆う。この外側の本発明に使用可能なハイドロゲルの量・濃度は遊走能の高い精子のみがハイドロゲル内を移動することが可能で、しかも一定時間内にこの本発明に使用可能なハイドロゲルから外部の浮遊液中に出られるように調整する。培養液中に卵細胞を置いたプラスチックシャーレ内に精子を含んだ本発明に使用可能なハイドロゲルをそのゾル−ゲル転移温度より高い温度で浮遊させる。運動機能の高い精子のみが本発明に使用可能なハイドロゲル内で高い走化性を示し、本発明に使用可能なハイドロゲル内で機能的に選択された高い走化性を示す精子のみが培養液中へ湧出してくる。したがって、卵細胞は走化性の高い精子とのみ受精することができるようになる。
【0242】
以下に実施例を示し、本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲は特許請求の範囲により限定されるものであり、以下の実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0243】
製造例1
(分離媒体の製造例)
ポリプロピレンオキサイド−ポリエチレンオキサイド共重合体(プロピレンオキサイド/エチレンオキサイド平均重合度約60/180、旭電化工業(株)製:プルロニックF−127)10gを乾燥クロロホルム30mLに溶解し、五酸化リン共存下、ヘキサメチレンジイソシアネート0.13gを加え、沸点還流下に6時間反応させた。溶媒を減圧留去後、残さを蒸留水に溶解し、分画分子量3万の限外濾過膜(アミコンPM−30)を用いて限外濾過を行い、高分子量重合体と低分子量重合体を分画した。得られた水溶液を凍結して、F−127高重合体およびF−127低重合体を得た。
【0244】
上記により得たF−127高重合体(本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子、TGP−1)を、氷冷下、8質量%の濃度で蒸留水に溶解した。この水溶液をゆるやかに加温していくと、21℃から徐々に粘度が上昇し、約27℃で固化して、ハイドロゲルとなった。このハイドロゲルを冷却すると、21℃で水溶液に戻った。この変化は、可逆的に繰り返し観測された。一方、上記F−127低重合体を、氷点下8質量%の濃度で蒸留水に溶解したものは、60℃以上に加熱しても全くゲル化しなかった。
【0245】
製造例2
トリメチロールプロパン1モルに対し、エチレンオキサイド160モルをカチオン重合により付加して、平均分子量約7000のポリエチレンオキサイドトリオールを得た。
【0246】
上記により得たポリエチレンオキサイドトリオール100gを蒸留水1000mLに溶解した後、室温で過マンガン酸カリウム12gを徐々に加えて、そのまま約1時間、酸化反応させた。固形物を濾過により除いた後、生成物をクロロホルムで抽出し、溶媒(クロロホルム)を減圧留去してポリエチレンオキサイドトリカルボキシル体90gを得た。
【0247】
上記により得たポリエチレンオキサイドトリカルボキシル体10gと、ポリプロピレンオキサイドジアミノ体(プロピレンオキサイド平均重合度約65、米国ジェファーソンケミカル社製、商品名:ジェファーミンD−4000、曇点:約9℃)10gとを四塩化炭素1000mLに溶解し、ジシクロヘキシルカルボジイミド1.2gを加えた後、沸点還流下に6時間反応させた。反応液を冷却し、固形物を濾過により除いた後、溶媒(四塩化炭素)を減圧留去し、残さを真空乾燥して、複数のポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとが結合した本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−2)を得た。これを氷冷下、5質量%の濃度で蒸留水に溶解し、そのゾル−ゲル転移温度を測定したところ、約16℃であった。
【0248】
製造例3
N−イソプロピルアクリルアミド(イーストマンコダック社製)96g、N−アクリロキシスクシンイミド(国産化学(株)製)17g、およびn−ブチルメタクリレート(関東化学(株)製)7gをクロロホルム4000mLに溶解し、窒素置換後、N,N’−アゾビスイソブチロニトリル1.5gを加え、60℃で6時間重合させた。反応液を濃縮した後、ジエチルエーテルに再沈(再沈殿)した。濾過により固形物を回収した後、真空乾燥して、78gのポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−コ−N−アクリロキシスクシンイミド−コ−n−ブチルメタクリレート)を得た。
【0249】
上記により得たポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−コ−N−アクリロキシスクシンイミド−コ−n−ブチルメタクリレート)に、過剰のイソプロピルアミンを加えてポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−コ−n−ブチルメタクリレート)を得た。このポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−コ−n−ブチルメタクリレート)の水溶液の曇点は19℃であった。
【0250】
前記のポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−コ−N−アクリロキシスクシンイミド−コ−n−ブチルメタクリレート)10g、および両末端アミノ化ポリエチレンオキサイド(分子量6,000、川研ファインケミカル(株)製)5gをクロロホルム1000mLに溶解し、50℃で3時間反応させた。室温まで冷却した後、イソプロピルアミン1gを加え、1時間放置した後、反応液を濃縮し、残渣をジエチルエーテル中に沈澱させた。濾過により固形物を回収した後、真空乾燥して、複数のポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−コ−n−ブチルメタクリレート)とポリエチレンオキサイドとが結合した本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−3)を得た。
【0251】
このようにして得たTGP−3を氷冷下、5質量%の濃度で蒸留水に溶解し、そのゾル−ゲル転移温度を測定したところ、約21℃であった。
【0252】
製造例4(滅菌方法)
上記した本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−3)の2.0gを、EOG(エチレンオキサイドガス)滅菌バッグ(ホギメディカル社製、商品名:ハイブリッド滅菌バッグ)に入れ、EOG滅菌装置(イージーパック、井内盛栄堂製)でEOGをバッグに充填し(EOG濃度:900mg/L程度)、室温にて一昼夜放置した。更に40℃で半日放置した後、EOGをバッグから抜き、エアレーションを行った。バッグを真空乾燥器(40℃)に入れ、時々エアレーションしながら半日放置することにより滅菌した。
【0253】
この滅菌操作により高分子のゾル−ゲル転移温度が変化しないことを、別途確認した。
製造例5
N−イソプロピルアクリルアミド37gと、n−ブチルメタクリレート3gと、ポリエチレンオキサイドモノアクリレート(分子量4,000、日本油脂(株)製:PME−4000)28gとを、ベンゼン340mLに溶解した後、2,2´−アゾビスイソブチロニトリル0.8gを加え、60℃で6時間反応させた。得られた反応生成物にクロロホルム600mLを加えて溶解し、該溶液をエーテル20L(リットル)に滴下して沈澱させた。得られた沈殿を濾過により回収し、該沈澱を約40℃で24時間真空乾燥した後、蒸留水6Lに再び溶解し、分画分子量10万のホローファイバー型限外濾過膜(アミコン社製H1P100−43)を用いて10℃で2Lまで濃縮した。該濃縮液に蒸留水4Lを加えて希釈し、上記希釈操作を再度行った。上記の希釈、限外濾過濃縮操作を更に5回繰り返し、分子量10万以下のものを除去した。この限外濾過により濾過されなかったもの(限外濾過膜内に残留したもの)を回収して凍結乾燥し、分子量10万以上の本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−4)60gを得た。
【0254】
上記により得た本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−4)1gを、9gの蒸留水に氷冷下で溶解した。この水溶液のゾル−ゲル転移温度を測定したところ、該ゾル−ゲル転移温度は25℃であった。
【0255】
製造例6
製造例3の本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−3)を10質量%の濃度で蒸留水に溶解し、37℃におけるηを測定したところ、5.8×10 Pa・secであった。一方、寒天を2質量%の濃度で蒸留水に90℃で溶解して、10℃で1時間ゲル化させた後、37℃におけるηを測定したところ、そのηは機器の測定限界(1×10Pa・sec)を越えていた。
【0256】
製造例7
N−イソプロピルアクリルアミド71.0gおよびn−ブチルメタクリレート4.4gをエタノール1117gに溶解した。これにポリエチレングリコールジメタクリレート(PDE6000、日本油脂(株)製)22.6gを水773gに溶解した水溶液を加え、窒素気流下70℃に加温した。窒素気流下70℃を保ちながら、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)0.8mLと10%過硫酸アンモニウム(APS)水溶液8mLを加え30分間攪拌反応させた。更にTEMED0.8mLと10%APS水溶液8mLを30分間隔で4回加えて重合反応を完結させた。反応液を10℃以下に冷却後、10℃の冷却蒸留水5Lを加えて希釈し、分画分子量10万の限外ろ過膜を用いて10℃で2Lまで濃縮した。
【0257】
該濃縮液に冷却蒸留水4Lを加えて希釈し、上記限外ろ過濃縮操作を再度行った。上記の希釈、限外ろ過濃縮操作を更に5回繰り返し、分子量10万以下のものを除去した。この限外ろ過によりろ過されなかったもの(限外ろ過膜内に残留したもの)を回収して凍結乾燥し、分子量10万以上の本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−5)72gを得た。
【0258】
上記により得た本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−5)1gを、9gの蒸留水に氷冷下で溶解した。この水溶液のゾル−ゲル転移温度を測定したところ、該ゾル−ゲル転移温度は20℃であった。
【0259】
製造例8
N−イソプロピルアクリルアミド42.0gおよびn−ブチルメタクリレート4.0gをエタノール592gに溶解した。これにポリエチレングリコールジメタクリレート(PDE6000、日本油脂(株)製)11.5gを水65.1gに溶解した水溶液を加え、窒素気流下70℃に加温した。窒素気流下70℃を保ちながら、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)0.4mLと10%過硫酸アンモニウム(APS)水溶液4mLを加え30分間攪拌反応させた。更にTEMED0.4mLと10%APS水溶液4mLを30分間隔で4回加えて重合反応を完結させた。反応液を5℃以下に冷却後、5℃の冷却蒸留水5Lを加えて希釈し、分画分子量10万の限外ろ過膜を用いて5℃で2Lまで濃縮した。
【0260】
該濃縮液に冷却蒸留水4Lを加えて希釈し、上記限外ろ過濃縮操作を再度行った。上記の希釈、限外ろ過濃縮操作を更に5回繰り返し、分子量10万以下のものを除去した。この限外ろ過によりろ過されなかったもの(限外ろ過膜内に残留したもの)を回収して凍結乾燥し、分子量10万以上の本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−6)40gを得た。
【0261】
上記により得た本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−6)1gを、9gの蒸留水に氷冷下で溶解した。この水溶液のゾル−ゲル転移温度を測定したところ、該ゾル−ゲル転移温度は7℃であった。
【0262】
製造例9
N−イソプロピルアクリルアミド45.5gおよびn−ブチルメタクリレート0.56gをエタノール592gに溶解した。これにポリエチレングリコールジメタクリレート(PDE6000、日本油脂(株)製)11.5gを水65.1gに溶解した水溶液を加え、窒素気流下70℃に加温した。窒素気流下70℃を保ちながら、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)0.4mLと10%過硫酸アンモニウム(APS)水溶液4mLを加え30分間攪拌反応させた。更にTEMED0.4mLと10%APS水溶液4mLを30分間隔で4回加えて重合反応を完結させた。反応液を10℃以下に冷却後、10℃の冷却蒸留水5Lを加えて希釈し、分画分子量10万の限外ろ過膜を用いて10℃で2Lまで濃縮した。
【0263】
該濃縮液に冷却蒸留水4Lを加えて希釈し、上記限外ろ過濃縮操作を再度行った。上記の希釈、限外ろ過濃縮操作を更に5回繰り返し、分子量10万以下のものを除去した。この限外ろ過によりろ過されなかったもの(限外ろ過膜内に残留したもの)を回収して凍結乾燥し、分子量10万以上の本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−7)22gを得た。
【0264】
上記により得た本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−7)1gを、9gの蒸留水に氷冷下で溶解した。この水溶液のゾル−ゲル転移温度を測定したところ、該ゾル−ゲル転移温度は37℃であった。
【0265】
実施例1
(分析用手順)
(1)冷却24ウェルプレート各ウェルに、走化因子(4種類or 4濃度)を含む氷冷TGP水溶液(15mL遠沈管x4本)を400μLずつ分注(x6ウェル)する。チップ交換4回。
【0266】
(2)プレートを37℃に加温し、TGP水溶液をゲル化させる。
(3)37℃に加温した細胞懸濁液(50mL遠沈管x1本)をTGPゲル上に400μLずつ分注する(約10mL)。
【0267】
(4)プレートに蓋をして37℃で30分間静置する。
(5)プレートの蓋をはずし、37℃に加温した生食(50mL遠沈管x1本)を1mLずつ4ウェルに分注し、4ウェルについてそのまま1mLずつを吸引廃棄する。(チップは1本)
【0268】
(6)チップを交換し、上記4ウェルについて(5)と同じ操作を3回繰り返す。
(7)(5)の操作開始から15分後に次の4ウェルについて(5)(6)の操作を行う。
【0269】
(8)(7)の操作を残り16ウェル(4列)について、15分毎に行う。
(9)各ウェルに37℃の発色試薬を50μLずつ分注する。
(10)プレートに蓋をして37℃で24時間培養する。
(11)冷却振倒してプレートリーダーで吸光度(蛍光強度)を測定する。
実施例2
(分取用手順)
(1)冷却24ウェルプレート各ウェルに、走化因子(4種類または4濃度)を含む氷冷TGP水溶液(15mL遠沈管x4本)を400μLずつ分注(x6ウェル)する。チップ交換4回。
【0270】
(2)プレートを37℃に加温し、TGP水溶液をゲル化させる。
(3)7℃に加温した細胞懸濁液(50mL遠沈管x1本)をTGPゲル上に400μLずつ分注する(約10mL)。
【0271】
(4)プレートに蓋をして37℃で30分間(時間可変)静置する。
(5)プレートの蓋をはずし、37℃に加温した生食(50mL遠沈管x1本)を1mLずつ4ウェルに分注し、4ウェルについてそのまま1mLずつを吸引廃棄する。(チップは1本)
【0272】
(6)チップを交換し、上記4ウェルについて(5)と同じ操作を3回繰り返す。
(7)上記(5)(6)の操作を全てのウェルについて同様に続けて行う。
(8)プレートを4℃に冷却し、氷冷した生食(50mL遠沈管x1本)1mLをウェルに分注し、ウェルの細胞含有TGP溶液(1.4mL)を走化因子ごとに氷冷15mL遠沈管(4本)に回収する。
【0273】
(9)上記(8)の操作を繰り返す。
参考例1(好中球遊走能)
fMLP(N-formyl-methionyl-leucyl-phenylalanine:分子量 437.6,chemotactic peptides、SIGMA社製)を0M、10−6M、10−7M、10−8Mそれぞれ含む軟寒天培地(nacalai tesque社製軟寒天末濃度:0.6%となるようにD’MEM培地(Dulbecco's Modification Eagle's Medium,GIBCO社製、10%のFCS(Fetal Calf Serum)を含む)に溶解したもの)を42℃で調製し、直径35mmのポリスチレンディッシュ(SUMILON社製)に各1mL(厚さ約1mm)を入れて室温でゲル化させた。製造例8で得られた本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−5)を製造例4と同様にしてEOG滅菌し、その1gを9gのD’MEM培地に4℃で溶解し、上記の軟寒天ゲルの上にそれぞれ0.5mL(厚さ約0.5mm)ずつ注入し、室温でゲル化させた。このハイドロゲルのゾル−ゲル転移温度は18℃であった。上記の本発明に使用可能なハイドロゲル層の上に8.0μmのポアサイズのフィルター付tissue culture insert(NUNC社製)を付置し、その中にヒト末梢血白血球10個を含む細胞浮遊液0.5mLを入れ、37℃インキュベーター内に静置した。37℃で3時間静置した後、ディッシュをインキュベーターから取り出した。該ディッシュを氷上で冷却し、tissue culture insertを除去、本発明に使用可能なハイドロゲルをゾル化させた。氷冷下液状の本発明に使用可能なハイドロゲルを回収し、生理食塩水で希釈して遠心(3000rpm、5分間)した。沈降した細胞を20 μLの生理食塩水に再浮遊させて細胞数をカウントし、本発明に使用可能なハイドロゲル中へ移行した好中球の数を測定した。また、本発明に使用可能なハイドロゲルを除去した後、軟寒天中まで移行した細胞数を顕微鏡下で観察し、結果を表1にまとめた。
【0274】
(走化因子濃度とハイドロゲル中遊走細胞数)
【0275】
【表1】

【0276】
上記表1に示す結果は、走化因子であるfMLPのゲル中における濃度が高いほど、fMLP反応性細胞の遊走能が高くなることを示している。また該細胞はfMLP濃度の高い方向へ遊走することも示している。
【0277】
参考例2(好中球の選択的分画回収)
製造例8で得られた本発明に使用可能なハイドロゲル形成性高分子(TGP−5)を製造例4と同様にしてEOG滅菌し、その1gを9gのD’MEM培地(Dulbecco's Modification Eagle's Medium,GIBCO社製、10%Fetal Calf Serumを含む)に氷冷下で溶解した。この水溶液のゾル−ゲル転移温度を測定したところ、該ゾル−ゲル転移温度は18℃であった。
【0278】
fMLPを上記ハイドロゲル形成性高分子(TGP−5)のD’MEM培地に4℃で溶解した(濃度:10−6M)。このfMLP含有ハイドロゲル形成性高分子(TGP−5)D’MEM培地を23Gの注射針付1mLシリンジに入れ4℃に冷却した。この4℃の水溶液1mLをディスポーザブル遠沈管(ファルコン社製、14mL)に入れた37℃のリン酸緩衝食塩水(PBS)10mLに押し出し、細紐状のハイドロゲルを形成させた。37℃に保持しながら、細紐状のハイドロゲルを残してPBSをデカンテーションにより除去し、代わりにヘパリン加ヒト全血10mLを遠沈管内の細紐状のハイドロゲルに加えて37℃で4時間ゆるやかに回転攪拌した。37℃に保持しながら、ヘパリン加ヒト全血を除去、37℃に加温したPBSで細紐状のハイドロゲルを洗浄した。洗浄後、4℃に冷却して細紐状のハイドロゲルをゾル化させ、PBSで希釈、遠心洗浄し、ゲル中に取り込まれた細胞のライト・ギムザ染色標本を作製し顕微鏡観察した結果、fMLPに反応しゲル内に遊走した細胞のみが観察された。その細胞の分画は好中球および単球が優位で、赤血球や血小板等fMLPに非反応性の細胞はほとんど観察されなかった。
【0279】
比較参考例
fMLPをハイドロゲル中に含有させなかった以外は、参考例2と全く同様の実験を行った。この比較例で得られたハイドロゲル内に取り込まれた細胞を観察したところ、赤血球、血小板、白血球いずれもほとんど観察されなかった。
【図面の簡単な説明】
【0280】
【図1】本発明の装置を用いる分離方法の一態様(分離媒体を容器に供給する工程)を説明するための模式斜視図である。
【図2】本発明の装置を用いる分離方法の一態様(分離対象物を容器に供給する工程)を説明するための模式斜視図である。
【図3】本発明の装置を用いる分離方法の一態様(分離対象物を回収する工程)を説明するための模式斜視図である。
【図4】本発明の装置の一態様を示す模式平面図である。
【図5】本発明の装置の一態様を示す模式斜視図である。
【図6】本発明の好適な態様の模式斜視図である。
【図7】本発明の他の好適な態様の模式斜視図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分離対象物を流動状態で、分離媒体に供給するための分離対象物供給手段と、
分離媒体を収容するための分離媒体容器と、
前記分離媒体容器の温度を制御するための温度制御手段と、
前記分離媒体から分離物を回収するための回収手段とを少なくとも含むことを特徴とする分離・回収装置。
【請求項2】
分離媒体を流動状態で、前記分離媒体容器に供給するための分離媒体供給手段を更に有する請求項1に記載の分離・回収装置。
【請求項3】
前記分離媒体が、分離対象物の分離を行う際に固体状態である請求項1または2に記載の分離・回収装置。
【請求項4】
前記分離媒体が、温度変化に応じた変化を生ずる媒体である請求項1〜3のいずれかに記載の分離・回収装置。
【請求項5】
前記温度変化に応じた変化が、相変化、粘度の変化、分離能の変化、疎水性の変化、および架橋密度の変化からなる群から選ばれる少なくとも1種の変化である請求項4に記載の分離・回収装置。
【請求項6】
前記相変化が、ゾル−ゲル転移である請求項5に記載の分離・回収装置。
【請求項7】
前記分離媒体が、分離対象物の分離を行う際にゲル状態である請求項1〜6のいずれかに記載の分離・回収装置。
【請求項8】
前記分離媒体が、分離対象物の分離を行う際にゲル状態であり、且つ分離物を回収する際にゾル状態である請求項7に記載の分離・回収装置。
【請求項9】
前記ゾル状態が、37℃以下の低温におけるゾル状態である請求項8に記載の分離・回収装置。
【請求項10】
前記分離対象物が生体関連物質である請求項1〜9のいずれかに記載の分離・回収装置。
【請求項11】
前記生体関連物質が細胞分散体である請求項10に記載の分離・回収装置。
【請求項12】
前記温度制御手段がペルチェ素子を含む請求項1〜11のいずれかに記載の分離・回収装置。
【請求項13】
前記分離媒体容器がマルチウェルプレートである請求項1〜12のいずれかに記載の分離・回収装置。
【請求項14】
低温でゾル状態、高温でゲル状態を呈する熱可逆的なゾル−ゲル転移を示すハイドロゲル形成性高分子の水溶液を用い、
(1)該ゾル−ゲル転移温度より低温に保持した前記高分子の水溶液を、分離媒体容器に供給する工程、
(2)分離媒体容器を加温して、高分子の水溶液をゲル化させる工程、
(3)分離媒体容器の温度を高分子水溶液のゾル−ゲル転移温度より高温に維持しつつ、該転移温度より高い温度に保持した分離対象物を含む流体を、分離媒体容器に供給して、該流体を前記ゲルと接触させる工程、および
(4)前記ゾル−ゲル転移温度より高温を保持しつつ、分離対象物を第1の回収容器へ回収する工程、を少なくとも含むことを特徴とする分離・回収方法。
【請求項15】
前記工程(4)の後に、分離媒体容器を前記ゾル−ゲル転移温度より低温に冷却してハイドロゲルをゾル状態とし、分離対象物を含む高分子水溶液を第2の回収容器へ回収する工程を更に含む請求項14に記載の分離・回収方法。
【請求項16】
前記分離対象物が、細胞分散液である請求項14または15に記載の分離・回収方法。
【請求項17】
前記高分子水溶液が、更に走化因子を含む請求項14〜16のいずれかに記載の分離・回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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