説明

切削工具

【課題】 ブレーカにおける酸化摩耗やクレータ摩耗を抑制でき、かつ切刃における被覆層のチッピングや剥離を抑制できる切削工具を提供する。
【解決手段】 基体2の表面が被覆層9で被覆され、すくい面3と逃げ面4との交差稜線部を切刃(前切刃5、横切刃7)とし、すくい面3の前切刃5に続く位置にブレーカ領域を備えたスローアウェイチップ1であって、ブレーカ領域8における基体2の表面に深さ0.5μm以内の窒素、炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素が多い基体表面冨化領域11が存在し、ブレーカ領域8以外の領域における基体2の表面には基体表面冨化領域11が存在しないとともに、ブレーカ領域における被覆層9の厚みがブレーカ領域8以外の領域における被覆層9の厚みよりも1.2〜3倍厚いスローアウェイチップ1である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基体の表面に被覆層が形成された切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、切削工具では耐摩耗性や摺動性、耐欠損性が必要とされるため、WC基超硬合金やTiCN基サーメット等の硬質基体の表面に様々な被覆層を成膜して切削工具の耐摩耗性、耐欠損性を向上させる手法が使われている。
【0003】
例えば、特許文献1では、基体の表面に被覆層(セラミックス膜)を成膜した部材について、被覆層の表面からイオン注入して被覆層の表面にイオン注入した金属原子の濃度富化層を形成することによって、切削抵抗の大きい被削材を切削する場合でもチッピングの発生を抑制できることが開示されている。
【0004】
また、特許文献2では、被覆層を成膜する前の基体の表面にNイオン注入を行い、その後に被覆層を成膜することによって、基体と被覆層との界面に発生する歪みを抑制できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−2107号公報
【特許文献2】特開2007−217771号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、すくい面の切刃に続く位置にブレーカを形成した切削工具において、上記特許文献1、2の構成の切削工具を用いた場合、加工条件によっては、ブレーカ領域における酸化摩耗やすくい面のクレータ摩耗が大きくなって、工具寿命に至るケースがあることがわかった。
【0007】
本発明は、ブレーカ領域における酸化摩耗やクレータ摩耗を抑制しつつ、切刃における被覆層のチッピングや剥離を抑制できる切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の切削工具は、基体の表面が被覆層で被覆され、すくい面と逃げ面との交差稜線部を切刃とし、前記すくい面の前記切刃に続く位置にブレーカ領域を備えたものであって、前記ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域における前記基体の表面に深さ0.5μm以内の窒素、炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素が多い基体表面冨化領域が存在し、前記ブレーカ領域以外の領域における前記基体の表面には前記基体表面冨化領域が存在せずに、前記ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域における前記被覆層の厚みが前記ブレーカ領域以外の領域における前記被覆層の厚みよりも1.2〜3倍厚いものである。
【0009】
ここで、前記被覆層中における窒素、炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素は、前記ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域の方がそれ以外の領域よりも多いことが望ましい。
【0010】
また、前記ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域における前記被覆層の表面にも深さ1μm以内の炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素が多い被覆層表面冨化領域が存在し、前記ブレーカ領域以外の領域には前記被覆層表面冨化領域が存在しないことが望ましい。
【0011】
さらに、前記ブレーカ領域に、エネルギーを小さくした指向性のイオン注入を施すことによって局所的に前記被覆層の追加成膜を行うことが望ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の切削工具によれば、基体の表面のブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域のみにイオン注入などの手法によって深さ0.5μm以内の窒素、炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素が多い基体表面冨化領域を存在させることによって、ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域における被覆層の厚みをブレーカ領域以外のすくい面における被覆層の厚みよりも1.2〜3倍に厚く成膜しても、切屑が延び易い高速切削加工条件での切削において、耐摩耗性が求められるブレーカ領域においては被覆層が厚くても剥離せずかつ摩耗しにくく、かつ被覆層が剥離しやすい切刃においては被覆層の剥離を防止できる構成として、耐摩耗性および耐欠損性を兼ね備えたものとからなる。
【0013】
また、前記ブレーカ領域には、全体の成膜の他に、エネルギーを小さくした指向性のイオン注入を別途施すことによって局所的な成膜が可能でなり、ブレーカ領域における被覆層の厚みを他の部分よりも局所的に厚くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の切削工具の好適例であるスローアウェイチップの一例を示す概略斜視図である。
【図2】図1のスローアウェイチップのa−a線についての概略断面図であり、(a)凸状のブレーカ(ブレーカ突起)、(b)凹状のブレーカ(ブレーカ溝)の例である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の切削工具の一例について、その好適例であるスローアウェイチップ(以下、単にチップと略す。)についての概略斜視図である図1、図1のチップ1についてのa−a断面図である図2を基に説明する。
【0016】
図1、2によれば、チップ1は、主面が略平板状を呈する基体2のすくい面3をなす主面および逃げ面4、6をなす側面との交差稜線が切刃(前切刃5、横切刃7)をなしている。そして、すくい面3の前切刃5に続く位置にブレーカ領域8が形成されている。
【0017】
ここで、図2に示すように、チップ1は、基体2の表面が被覆層9で被覆され、すくい面3と逃げ面4との交差稜線部が前切刃5をなしており、ブレーカ領域8の少なくとも前切刃5側の領域における基体2の表面に深さ0.5μm以内の窒素、炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素が多い基体表面冨化領域11が存在し、ブレーカ領域8以外のすくい面3における基体2の表面には基体表面冨化領域11が存在せず、ブレーカ領域8の少なくとも前切刃5側の領域における被覆層9の最大厚みがブレーカ領域8以外のすくい面3における被覆層9の平均厚みよりも1.2〜3倍厚い構成となっている。
【0018】
これによって、切屑が延び易くブレーカ領域8における被覆層9の摩耗が激しくなるような切削条件において、耐酸化性と耐摩耗性が求められるブレーカ領域8においては被覆層9が厚くても剥離せずかつ摩耗しにくく、被覆層9が剥離しやすい切刃(前切刃5、横切刃7)においては被覆層9の剥離を防止できる構成となり、チップ1は耐摩耗性および耐欠損性を兼ね備えた構成となる。
【0019】
なお、本発明のブレーカ領域8は、図2(a)に示すような凸状のブレーカ(ブレーカ突起)8であってもよく、図2(b)に示すような凹状のブレーカ(ブレーカ溝)10であってもよい。
【0020】
また、被覆層9は、TiC、TiN、TiCN、Al、TiAlN等が好適に使用可能である。特に、TiAlNについては、単純なTi1−aAlNにて構成されていても良いが、例えば、Ti1−a−bAl(C1−x)(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素およびSiの群から選ばれる1種以上であり、0≦a<1、0<b≦1、0≦x≦1である。)にて構成されていることが望ましい。なお、被覆層9の組成はエネルギー分散型X線分光(EDS)分析法またはX線光電子分光分析法(XPS)にて測定できる。さらに、被覆層9の一部として、エネルギーを小さくした指向性のイオン注入を別途施すことによって局所的に成膜された追加層12が形成されることもあるが、追加層12の具体的な種類としては、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、窒化チタン、窒化クロムおよび炭窒化チタン等が挙げられる。
【0021】
また、基体2としては、炭化タングステンや、炭窒化チタンを主成分とする硬質相とコバルト、ニッケル等の鉄族金属を主成分とする結合相とからなる超硬合金やサーメットの他、窒化ケイ素や、酸化アルミニウムを主成分とするセラミック、多結晶ダイヤモンドや立方晶窒化ホウ素からなる硬質相と、セラミックスや鉄族金属等の結合相とを超高圧下で焼成する超高圧焼結体等の硬質材料が好適に使用される。
【0022】
本発明の切削工具は、切削工具として種々の切削条件で使用することができるが、特に、切屑による摩耗量が多い切削速度が100m/分を超える高速の旋削加工に対して優れた耐摩耗性および耐欠損性を示す。
【0023】
(製造方法)
次に、本発明の切削工具の製造方法の一例について説明する。
【0024】
まず、工具形状の基体を成形、焼成し、この基体に対して、所望によりすくい面、またはすくい面および逃げ面に研削加工を施す。ブレーカ領域は成形時点で金型にその形状を形成することもできるが、焼成後の研削加工時に形成することも可能である。
【0025】
次に、この基体表面のブレーカ領域のみにイオン注入を行う。すなわち、基体表面の特定の部位のみに局所的にイオン注入を行う。
【0026】
その後、基体の表面に、被覆層を成膜する。被覆層の成膜方法として、イオンプレーティング法やスパッタリング法等の物理蒸着(PVD)法が好適に適応可能である。成膜方法の一例についての詳細について説明すると、被覆層をイオンプレーティング法で作製する場合には、金属チタン(Ti)、金属アルミニウム(Al)、金属M(ただし、MはTiを除く周期表第4、5、6族元素、希土類元素およびSiから選ばれる1種以上)をそれぞれ独立に含有する金属ターゲットまたは複合化した合金ターゲットに用いる。
【0027】
成膜条件としては、このターゲットを用いて、アーク放電やグロー放電などにより金属源を蒸発させイオン化すると同時に、窒素源の窒素(N)ガスや炭素源のメタン(CH)/アセチレン(C)ガスと反応させる条件が好適に採用できる。このとき、窒素(N)ガスやアルゴン(Ar)ガスを用いて、イオンプレーティング法またはスパッタリング法によって、成膜温度450〜550℃、スパッタ電力6kW〜9kWまたはバイアス電圧30〜200Vにて被覆層を成膜する。
【0028】
なお、成膜に際して、ブレーカ領域へイオン注入を併用しながら成膜処理を行うことも可能であり、これによって、ブレーカ領域における被覆層の厚みを厚くしても剥離しにくい被覆層を成膜することが可能である。また、成膜した後に、ブレーカ領域の被覆層表面からイオン注入を行うことも可能である。さらに、成膜する際には、工具の逃げ面がターゲットに対向する向きに基体をセットして成膜を行うことが望ましく、これによって、逃げ面における被覆層の厚みを厚くすることができて、逃げ面摩耗を抑制することもできる。
【0029】
本発明によれば、ブレーカ領域においては成膜前のイオン注入によって内部応力が低くなっているために、被覆層の厚みを増加させても内部応力の蓄積による耐チッピング性の低下などが生じにくい傾向にある。そのため、より厚い被覆層の成膜が可能となり、その場合でも加工中における脆性的な剥離も抑制され、切削工具による耐摩耗性向上の効果を発揮させることができる。
【0030】
また、上記被覆層を成膜する際に、ブレーカ領域にエネルギーを小さくした指向性のイオン注入を施して局所的に被覆層9の追加成膜を行って、追加層12を形成することによってブレーカ領域8における被覆層9の厚みを他の部分よりも厚くすることができる。さらに、ブレーカが凹形状のブレーカ溝である場合には、被覆層を成膜した後で被覆層の表面をブラシ研磨することにより、ブレーカ溝の底部における被覆層の厚みを他の部分よりも厚くすることができる。
【実施例1】
【0031】
平均粒径0.8μmの炭化タングステン(WC)粉末を主成分として、平均粒径1.5μmの金属コバルト(Co)粉末を9質量%、平均粒径1.0μmの炭化バナジウム(VC)粉末を0.2質量%、平均粒径1.0μmの炭化クロム(Cr)粉末を0.6質量%の割合で添加し混合して、プレス成形によりスローアウェイチップ形状(京セラ製スローアウェイチップ型番GBA43L300−030MY、図1のブレーカを形成した形状)に成形した後、脱バインダ処理を施し、0.01Paの真空中、1460℃で1時間焼成して超硬合金を作製した。
【0032】
また、各試料のすくい面表面をブラシ加工およびブラスト加工によって研磨加工するとともに、切刃にブラシ加工を施して刃先処理(ホーニング処理)を行った。そして、表1の方向からイオン注入を行った(照射条件:20keV)。
【0033】
【表1】

【0034】
次に、このようにして作製した基体に対して、アークイオンプレーティング法により成膜温度500℃で表1に示す条件でTiAlN組成の被覆層を成膜してスローアウェイチップを作製した。なお、成膜後に表1に記載した方向から照射エネルギー1keVで指向性のイオン注入を行って局所的に被覆層9の追加成膜を行った。
【0035】
得られたチップに対して、被覆層の表面からSIMS(二次イオン質量分析)にて組成分析を行った。また、基体と被覆層との界面における組成分析をXPS(X線光電子分光分析)にて行った。さらに、切削工具のブレーカ突起の中央を通る断面を走査型電子顕微鏡にて観察して、ブレーカ領域以外のすくい面の平均厚みおよびブレーカ領域における被覆層の最大厚みを測定した。
【0036】
また、各チップをホルダ(京セラ製スローアウェイチップ用ホルダ型番KGBAL22−25)用いて下記条件で切削試験を行った。
切削方法:浅溝入れ
被削材 :S45C
切削速度:200m/min
送り :0.1mm/rev
切り込み:2.0mm
切削状態:湿式
評価方法:120分間切削した時点で、前切刃のチッピング状態の観察を行うと共に、工具寿命となるまでに加工できた切削時間(分)を測定した。
【0037】
【表2】

【0038】
表1、2より、ブレーカ領域に基体表面冨化領域が存在しない試料No.9では、ブレーカ領域における摩耗が大きくて耐溶着性が悪くなり、加工時間は短くなった。また、すくい面全体に基体表面冨化領域が存在する試料No.6では、刃先の欠損が生じた。さらに、ブレーカ領域における被覆層の厚みと前切刃における被覆層の厚みとの比率が1.2よりも小さい試料No.7では、摩耗量が大きくなり、逆に、ブレーカ領域における被覆層の厚みと前切刃における被覆層の厚みとの比率が3よりも大きい試料No.8では、チッピングが発生した。
【0039】
これに対し、本発明に従う試料No.1〜5では、切削性能に優れたものであった。
【実施例2】
【0040】
実施例1の基体を用いて、表3の被覆層を成膜した。なお、試料作製に関しては、成膜後にブレーカ領域にエネルギーを小さくした指向性のイオン注入(照射条件:1keV)を施して追加成膜した。
【0041】
得られたチップに対して、実施例1と同じ方法を用いて組成分析を行った。また、切削工具のブレーカ突起の中心を通る断面を走査型電子顕微鏡にて観察して、ブレーカ領域以外のすくい面の平均厚みおよびブレーカ領域における被覆層の最大厚みを測定した。
【0042】
また、このチップをホルダに装着して下記条件で切削試験を行った。結果は表4に示した。
切削方法:浅溝入れ
被削材 :A7075
切削速度:250m/min
送り :0.1mm/rev
切り込み:2.0mm
切削状態:湿式
評価方法:180分間切削した時点で、前切刃のチッピング状態の観察を行うと共に、工具寿命となるまでに加工できた切削時間(分)を測定した。
【0043】
【表3】

【0044】
【表4】

【0045】
表3、4より、本発明に従い、ブレーカ領域に基体表面冨化領域が存在し、すくい面全体に基体表面冨化領域が存在する試料No.11、12では、切削性能に優れたものであった。
【符号の説明】
【0046】
1 スローアウェイチップ(チップ)
2 基体
3 すくい面
4 前逃げ面
5 前切刃
6 横逃げ面
7 横切刃
8、10 ブレーカ領域
9 被覆層
11 基体表面冨化領域
12 追加層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体の表面が被覆層で被覆され、すくい面と逃げ面との交差稜線部を切刃とし、前記すくい面の前記切刃に続く位置にブレーカ領域を備えた切削工具であって、前記ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域における前記基体の表面に深さ0.5μm以内の窒素、炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素が多い基体表面冨化領域が存在し、前記ブレーカ領域以外の領域における前記基体の表面には前記基体表面冨化領域が存在しないとともに、前記ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域における前記被覆層の最大厚みが前記ブレーカ領域以外の領域における前記被覆層の平均厚みよりも1.2〜3倍厚い切削工具。
【請求項2】
前記被覆層中における窒素、炭素、硼素、珪素およびチタンの群から選ばれる1種以上の元素が、前記ブレーカ領域の少なくとも切刃側の領域のほうがそれ以外の領域よりも多い請求項1記載の切削工具。
【請求項3】
前記ブレーカ領域に、エネルギーを小さくした指向性のイオン注入を施して局所的に前記被覆層の追加成膜を行うことによって、前記ブレーカ領域における前記被覆層の厚みを他の部分よりも厚くした請求項1または2記載の切削工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−93019(P2011−93019A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−247263(P2009−247263)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】