説明

切削工具

【課題】刃先に非晶質炭素被膜が施され、この非晶質炭素被膜に元素が添加される切削工具において、添加元素の添加量が少なくて済み且つ高硬度が保たれる切削工具を提供することを課題とする。
【解決手段】図(b)比較例での炭素被膜100は、緻密に集合された炭素原子101を主体とする。これらの炭素原子101のうち最表層の炭素原子101Tは1本のダングリングボンド102を有している。そのため、ダングリングボンド102に鉄系ワーク中のFeが化学的に結合する。非晶質炭素被膜100中の炭素原子101Tが剥ぎ取られ、結果、非晶質炭素被膜100が摩耗し、短寿命となる。この点、図(a)に示す実施例の炭素被膜20は、炭素原子21中にタンタル原子22が添加されている。このタンタル原子22が炭素原子21に化学的に結合する。結果、ダングリングボンドが発生しない。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
本発明は、鉄系材料の切削に好適な切削工具に関する。
【0002】
近年、DLC(Diamond-like Carbon)膜を、コーティングした切削工具が実用に供されている。DLC膜は極めて硬い膜であり、低摩耗及び低摩擦の特性を有する。切削工具の寿命を延ばすことができる。
【0003】
ところで、DLC膜に含まれるC(炭素)が、鉄系材料に含まれるFe(鉄)と接触すると、化学反応を起こし、Fe中にDLC膜中のCが拡散する。そのため、DLC膜が摩耗し、切削工具の寿命が短くなる。そのため、DLC膜付き切削工具は、鉄系材料の切削には適用できないと考えられてきた。
【0004】
上記化学反応を、電気的に抑制することは可能である。しかし、電気設備が必要であり、設備費が嵩むため、採用し難い。
【0005】
DLC膜に、ある種の金属元素を添加し、この金属元素で上記化学反応を抑制する手法が考えられる。この場合、電気設備が不要であり、設備費を抑えることができる。
別目的ではあるが、DLC膜に、ある種の金属元素を添加することが知られている(例えば、特許文献1(請求項1〜3、段落番号[0044])参照。)。
【0006】
特許文献1は、摺動部材の低摩擦化を目的とする発明に係る。特許文献1の請求項1によれば、摺動部材は、硬質炭素皮膜で被覆され、同請求項2によれば、硬質炭素皮膜は、25〜60at%の金属元素を含有し、同請求項3によれば、金属元素は、モリブデン、タングステン、ニオブ、チタン又は鉄である。
【0007】
また、特許文献1の段落番号[0044]に掲げられる表1によれば、実施例1〜6は成膜法(表1、第4欄)がプラズマCVD法であり、実施例7はイオンプレーティング方である。
【0008】
本発明者らが、検証したところ、特許文献1に開示される硬質炭素被膜(金属元素が添加されている硬質炭素被膜)を、切削工具に適用すると、金属元素の作用により、化学反応を抑制されることが分かった。
【0009】
しかし、モリブデンなどの元素は、高価であり、25〜60at%の金属元素を含有させると、切削工具の製造コストが高騰し、広い普及が望めなくなる。
そこで、金属元素の添加量の低減が求められる。
【0010】
また、特許文献1は、主たる成膜法にプラズマCVD法を採用する。プラズマCVD法では、不可避的に硬質炭素被膜に水素が含有される。この水素の存在により、硬度が低下する。摺動部材では問題にならないとしても、切削工具では、硬度が工具寿命に直結するために、硬度の低下は容認できない。
そこで、硬度低下を抑制することが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2001−316686公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、刃先に非晶質炭素被膜が施され、この非晶質炭素被膜に元素が添加される切削工具において、添加元素の添加量が少なくて済み且つ高硬度が保たれる切削工具を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1に係る発明は、少なくとも刃先に非晶質炭素被膜が施されている切削工具において、前記非晶質炭素被膜の炭素原子構造内に、タンタル、ニオブ、モリブデン、タングステン、ケイ素、ゲルマニウム、リンの何れかが添加されており、この添加元素の添加量が0.5〜10at%であることを特徴とする。
【0014】
請求項2に係る発明では、非晶質炭素被膜は、固体カーボン材料を用いて成膜されたものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1に係る発明では、添加元素の添加量は0.5〜10at%の範囲から選択する。高価な添加元素を採用しても、添加量が少ないため、切削工具の製造コストの上昇を抑えることができる。
【0016】
請求項2に係る発明では、非晶質炭素被膜は、固体カーボン材料を用いて成膜される。この成膜法であれば、被膜に水素が含まれる心配はなく、硬度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】切削工具の一例を示す図である。
【図2】図1の2部拡大模式図である。
【図3】第1の成膜装置の原理図である。
【図4】図3の平面図である。
【図5】第1の成膜装置で作製された膜の成分を示すグラフである。
【図6】第2の成膜装置の原理図である。
【図7】第2の成膜装置で作製された膜の成分を示すグラフである。
【図8】異元素の添加率と摩耗比の相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。
【実施例】
【0019】
本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
図1に示されるように、切削工具の一種であるバイト10は、ホルダ11と、このホルダ11の一端に留め具12で取り外し可能に固定されるスローアウェイチップ13とからなる。さらに、スローアウェイチップ13の少なくとも刃先14には、次に述べる構成の非晶質炭素被膜が施されている。
【0020】
図2(a)は図1の2部拡大模式図に相当する実施例であり、図2(b)は比較例である。
先に(b)に基づいて説明すると、比較例での非晶質炭素被膜100は、緻密に集合された炭素原子101を主体とする。これらの炭素原子101のうち最表層の炭素原子101Tは1本のダングリングボンド102を有している。
【0021】
ダングリングボンド(dangling bond)は、次のように定義される。
表面の欠陥部位にある原子は、内部にある原子と異なり不飽和となるため、一部の結合が切れた状態になる。この切れた結合をダングリングボンドという。そこへ原子や分子が近づくと、容易に結合をつくる。
【0022】
そのため、ダングリングボンド102に鉄系ワーク中のFeが化学的に結合する。非晶質炭素被膜100中の炭素原子101Tが剥ぎ取られ、結果、非晶質炭素被膜100が摩耗し、短寿命となる。
【0023】
この点、(a)に示す実施例の非晶質炭素被膜20は、炭素原子21中に異元素、例えばタンタル(Ta)原子22が添加されている。このタンタル原子22が炭素原子21に化学的に結合する。結果、ダングリングボンドが発生しない。
ダングリングボンドが無い又は微量であるため、切削加工中に、炭素原子21が鉄系ワーク中のFeに化学的に結合する心配はなく、非晶質炭素被膜20の長寿命化が図れる。
【0024】
なお、非晶質炭素被膜20は、DLC膜が好適である。
また、タンタル原子22は、ニオブ原子、モリブデン原子、タングステン原子、ケイ素原子、ゲルマニウム原子であってもよい。
さらには、バイト10はエンドミル、ドリル、フライス、リーマ、ブローチ、ダイス、タップであってもよく、切削工具であれば、種類は問わない。
【0025】
以上に述べた非晶質炭素被膜20の製造方法(成膜方法)を、次に説明する。
図3に示すように、第1の成膜装置30を準備する。この第1の成膜装置30は、密閉容器31と、この密閉容器31に収納され基板32(図1に示すスローアウェイチップ13など)を保持する基板ホルダ33と、密閉容器31に収納されるスパッタカソード34及び固体カーボン材料35と、密閉容器31内へアルゴンガスを供給するガス源36と、密閉容器31内を真空引きする真空ポンプ37と、固体カーボン材料35と密閉容器31間にアーク電流を供給するアーク電源38と、基板32と基板ホルダ33間にバイアス電圧を掛けるバイアス電源39と、スパッタカソード34と基板ホルダ33間にスパッタ電圧を掛けるスパッタ電源41とからなる。
【0026】
スパッタカソード34には、ニオブ(Nb)などの異元素を用いる。
基板32は、炭化タングステン(WC)を主成分とするK10種超鋼合金工具とした。
【0027】
好ましくは、図4に示すように、スパッタカソード34は基板ホルダ33を挟むように配置され、固体カーボン材料35はスパッタカソード34の隣に配置され且つ基板ホルダ33を挟むように配置される。
処理中は、基板ホルダ33は回転し、この基板ホルダ33上の基板32も独自に回転する。したがって、基板32は公転しつつ自転することになる。これで、基板32は多方位から満遍なく処理が施される。
【0028】
図3において、真空ポンプ37により密閉容器31内を真空雰囲気にする。次に、密閉容器31内にアルゴンガスを所定量封入する。
次に、固体カーボン材料35と密閉容器31間に50Aのアーク電流を流す。すると、固体カーボン材料35から炭素イオンが放出される。
【0029】
併せて、スパッタカソード34に470Wのスパッタ電力を入力する。すると、アルゴンガスがイオン化され、発生したアルゴンイオンがスパッタカソード34に衝突する。この衝突により、スパッタカソード34を構成するニオブなどの異元素がイオンの形態で放出される。
【0030】
結果、炭素イオンと異元素イオン(この例ではNbイオン)とが混合し、混合イオンが密閉容器31内に充満する。
基板32と基板ホルダ33間に100Vのバイアス電圧を掛けると、混合イオンが基板32に到達する。結果、基板32上に非晶質炭素被膜が成膜される。
【0031】
得られた非晶質炭素被膜を、SIMS分析法(二次イオン質量分析法)で分析した。
図5(a)に示すように、表面から2μm強までが、非晶質炭素被膜であり、それより深い部位は炭化タングステン(WC)を主成分とするK10種超鋼合金工具である。
表面から2μm強までの非晶質炭素被膜には、98〜99at%の炭素(C)元素が含有される。
【0032】
図5(b)にニオブ(Nb)の含有率が示され、表面から2μm強までの非晶質炭素被膜には、0.4〜1.6at%のニオブ(Nb)が含有される。
これで非晶質炭素被膜は、炭素原子が主体であり、これにニオブ(Nb)原子が添加されていることが確認された。
【0033】
次に別の製造方法(成膜方法)を説明する。
図6に示すように、第2の成膜装置50を準備する。この第2の成膜装置50は、密閉容器51と、この密閉容器51に収納される基板52と、この基板52にバイアス電圧を掛けるバイアス電源53と、密閉容器51に収納されタンタル(Ta)などの異元素が添加されている固体カーボン材料54と、この固体カーボン材料54と密閉容器51との間にアーク電流を供給するアーク電源55と、密閉容器51内を真空引きする真空ポンプ56とからなる。
【0034】
固体カーボン材料54は、炭素に異元素を添加するため、材料中に不可避的に空隙が増加し、体積密度が低下する。体積密度が低下するとアーク放電が不安定になる。
対策として、ホットプレス法とCIP法で緻密化を図ることにした。試料01〜03にHP(ホットプレス)を施し、試料04〜06にCIPを施し、体積密度を測定した。その結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
試料01では、99at%の炭素に1at%のTaを添加して得られた固体カーボン材料を、ホットプレス(HP)法により、緻密化を図った。得られた体積密度は1.79g/cmであった。この固体カーボン材料にアーク実験を行ったところ、放電結果はやや良(△)であった。
【0037】
99at%炭素+1at%Taの固体カーボン材料での理論密度は、2.84g/cmである。相対密度=(体積密度測定値/理論密度)×100と定義する。(1.79/2.84)×100=63.1の計算により、試料01の相対密度は63.1%であった。
【0038】
試料02では、99at%の炭素に1at%のNbを添加して得られた固体カーボン材料を、ホットプレス(HP)法により、緻密化を図った。得られた体積密度は1.61g/cmであった。この固体カーボン材料にアーク実験を行ったところ、放電結果はやや良(△)であった。
【0039】
99at%炭素+1at%Nbの固体カーボン材料での理論密度は、2.52g/cmである。(1.61/2.52)×100=64.0の計算により、試料02の相対密度は64.0%であった。
【0040】
試料03では、99at%の炭素に1at%のTaを添加して得られた固体カーボン材料を、CIP法により、緻密化を図った。得られた体積密度は1.95g/cmであった。この固体カーボン材料にアーク実験を行ったところ、放電結果は良(○)であった。
【0041】
99at%炭素+1at%Taの固体カーボン材料での理論密度は、2.84g/cmである。(1.95/2.84)×100=68.8の計算により、試料03の相対密度は68.8%であった。
【0042】
試料04では、99at%の炭素に1at%のNbを添加して得られた固体カーボン材料を、CIP法により、緻密化を図った。得られた体積密度は1.73g/cmであった。この固体カーボン材料にアーク実験を行ったところ、放電結果は良(○)であった。
【0043】
99at%炭素+1at%Nbの固体カーボン材料での理論密度は、2.52g/cmである。(1.73/2.52)×100=68.7の計算により、試料04の相対密度は68.7%であった。
【0044】
試料05、06については、表1記載の通りであり、説明を省略する。
アーク放電の良否が成膜に影響することから、相対密度は68%以上が推奨され、処理法はCIP法が推奨される。
【0045】
図6において、真空ポンプ56で密閉容器51内を真空引きする。次に、50Aのアーク電流を供給しながら100Vのバイアス電圧を印可する。これで、固体カーボン材料54から炭素イオンとタンタルイオンが発生する。炭素イオンとタンタルイオンの混合イオンが基板52に到達し、結果、非晶質炭素被膜が成膜される。
【0046】
得られた非晶質炭素被膜を、RBS分析法(ラザフォード後方錯乱分光法)で分析した。
図7(a)に示すように、表面から150nm強までが、非晶質炭素被膜であり、それより深い部位は炭化タングステン(WC)を主成分とするK10種超鋼合金工具である。
表面から150nm強までの非晶質炭素被膜には、98〜99at%の炭素(C)元素が含有される。
【0047】
図7(b)にタンタル(Ta)の含有率が示され、表面から150nm強までの非晶質炭素被膜には、0.5〜1.5at%のタンタル(Ta)が含有される。
これで非晶質炭素被膜は、炭素原子が主体であり、これにタンタル(Ta)原子が添加されていることが確認された。
【0048】
以上に説明した第1・第2の成膜装置で、切削工具を複数個作成し、鋳鉄を切削し、切削工具の耐摩耗性能を比較するために、次に述べる実験を実施した。
【0049】
(実験例)
本発明に係る実験例を以下に述べる。なお、本発明は実験例に限定されるものではない。
【0050】
○共通条件:
・母材:K10種超鋼合金
・非晶質炭素被膜:DLC膜
・成膜方法:図3又は図6に基づく。
・異元素:タンタル(Ta)又はニオブ(Nb)
【0051】
○切削実験:
・工具の形態:図1に基づく。
・被切削材:鋳鉄(FC250)丸棒
・被切削材の回転速度:150m/分(切削面の周速)
・切削工具の送り速度:被切削材1回転当たり0.3mm
・切削長さ(延べ長さ):500m
・摩耗量の測定:500m切削後に刃の摩耗量を測定する。
【0052】
・実験番号01:
比較対象のために、図2(b)に示すサンプルを準備し、膜の硬度を測定し、切削を実施し、刃の摩耗量を求める。結果を、表2に示す。
【0053】
【表2】

【0054】
摩耗量は、実験02以降の基準とするために1.0とした。
【0055】
○実験番号02〜06:
図3の成膜方法により、Taの添加率を変更した切削工具につき、摩耗量を求め、摩耗比を算出する。
表2に示すように、実験02は、図3に示す方法で、異元素であるTaは0.3at%を含むサンプルを作製した。膜厚は1200nm(1.2μm)であり、それの硬度は51GPaで、実験01の摩耗量を1.0としたときに、摩耗比は0.98であった。
【0056】
同様に、異元素であるTaの添加率を増加傾向に変更してサンプルを作製し、実験03〜06を実施し、表2に示す膜厚、硬度、摩耗比が得られた。
【0057】
図8は異元素と摩耗比の相関を示すグラフであり、表2での異元素を横軸に、摩耗比を縦軸に取ったところ、黒点(・)を結んでなるV字グラフが得られた。
【0058】
○実験番号07〜11:
図6の成膜方法により、Taの添加率を変更した切削工具につき、摩耗量を求め、摩耗比を算出した。結果を、表3に示す。
【0059】
【表3】

【0060】
表3での異元素を横軸に、摩耗比を縦軸に取ったところ、図8中、小丸(○)を結んでなるV字グラフが得られた。
【0061】
○実験番号12〜16:
図3の成膜方法により、Nbの添加率を変更した切削工具につき、摩耗量を求め、摩耗比を算出した。結果を、表4に示す。
【0062】
【表4】

【0063】
表4での異元素を横軸に、摩耗比を縦軸に取ったところ、図8中、三角(△)を結んでなるV字グラフが得られた。
【0064】
○実験番号17〜21:
図6の成膜方法により、Nbの添加率を変更した切削工具につき、摩耗量を求め、摩耗比を算出した。結果を、表5に示す。
【0065】
【表5】

【0066】
表5での異元素を横軸に、摩耗比を縦軸に取ったところ、図8中、プラス(+)を結んでなるV字グラフが得られた。
【0067】
切削工具では、摩耗量が少ないほど寿命が長くなり、好まれる。
従来よりも20%摩耗量が少なければ、工具コストは20%低減できる。
そこで、図8において、摩耗比=0.8の線を横軸に平行に描き、これを「判定線」とする。この判定線よりも0に近ければ、摩耗量が少なくなり、良好である。判定線より1.0に近ければ、摩耗量が期待値に到達していないとして、不可とする。
図8にて、横軸目盛りで0.5〜10at%の範囲であれば、異元素がTaとNbの何れであっても且つ成膜方法が図3と図6の何れであっても、摩耗比が0.8以下となる。
【0068】
したがって、Ta(タンタル)又はNb(ニオブ)の添加量は0.5〜10at%の範囲に設定することが望まれる。
【0069】
以上の実験により、異元素としてタンタルとニオブが有効であることが確認できた。異元素は、その他の元素でも代替が可能である。以下、その説明を行う。
【0070】
既に説明したように、非晶質炭素被膜が施されている切削工具で、鉄系材料を切削することはできない。
一方、非晶質炭素被膜が施されている切削工具で、アルミニウムや銅系材料を切削することは差し支えない。
【0071】
この点に注目して、本発明者らは添加元素と被切削材との間の化学結合エネルギーを、ケース1〜ケース13について計算した。その結果を表6に示す。
【0072】
【表6】

【0073】
ケース1に示すように、炭素−鉄間の化学結合エネルギーは、−890kJ/molである。
ケース2に示すように、アルミニウム−鉄間の化学結合エネルギーは、−548kJ/molである。
ケース3に示すように、銅−鉄間の化学結合エネルギーは、−629kJ/molである。
ケース1は耐摩耗性が×であり、ケース2、3は○であることから、異元素(添加元素)−鉄間の化学結合エネルギーが、−629kJ/molより0に近ければ、良いことが分かる。
【0074】
ケース4に示すように、タンタル−鉄間の化学結合エネルギーは、−137kJ/molで、−629kJ/molより0に十分に近い。
ケース5に示すように、ニオブ−鉄間の化学結合エネルギーは、−257kJ/molで、−629kJ/molより0に十分に近い。
【0075】
ケース6〜ケース10に示すように、モリブデン、タングステン、ケイ素、ゲルマニウム、リンは鉄間の化学結合エネルギーが、−629kJ/molより0に近い。したがって、モリブデン、タングステン、ケイ素、ゲルマニウム、リンは、添加元素に適していると言える。
【0076】
一方、ケース11〜ケース13に示すように、チタン、窒素、ボロンなどは、鉄間の化学結合エネルギーが、−629kJ/molより0に近くない。したがって、チタン、窒素、ボロンなどは、添加元素に適していないと言える。
【0077】
尚、本発明の非晶質炭素被膜を、切削工具の刃先だけでなく、刃全体に施すことは差し支えない。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、刃先に非晶質炭素被膜が施されている切削工具に好適である。
【符号の説明】
【0079】
10…切削工具(バイト)、13…スローアウェイチップ、14…刃先、20…非晶質炭素被膜、21…炭素原子、22…添加元素(タンタル原子)、35、54…固体カーボン材料。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも刃先に非晶質炭素被膜が施されている切削工具において、
前記非晶質炭素被膜の炭素原子構造内に、タンタル、ニオブ、モリブデン、タングステン、ケイ素、ゲルマニウム、リンの何れかが添加されており、この添加元素の添加量が0.5〜10at%であることを特徴とする切削工具。
【請求項2】
前記非晶質炭素被膜は、固体カーボン材料を用いて成膜されたものであることを特徴とする請求項1記載の切削工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−94914(P2013−94914A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241319(P2011−241319)
【出願日】平成23年11月2日(2011.11.2)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】