説明

刺激応答型遺伝子スイッチ

【課題】より精度の高い遺伝子発現の「オン」及び/又は「オフ」制御が可能なスイッチを提供することを一つの目的真核細胞を提供する。
【解決手段】ガラクトース誘導系を備えるとともに、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域を備え、プロモーターと、前記DNA組換えタンパク質の作用部位と、以下の条件(a)及び(b)のいずれかで前記プロモーターと前記作用部位に対して配置される遺伝子と、を含む、第2のDNA領域と、を備える、遺伝子の発現の切替えするための遺伝子スイッチを備える真核細胞を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子発現のオン・オフのスイッチング技術に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子発現のオン・オフを所望のタイミングでスイッチングすることができれば、遺伝子機能の解明や新規な薬剤の開発、毒性の高いタンパク質や化学物質の生産が可能になる、と考えられている。そこで、ゲノム上のDNAを改変して、遺伝子発現のオン・オフを行う技術が検討されてきている。
【0003】
例えば、Galプロモーターを利用して遺伝子組換え酵素Creを発現させることを利用した技術がある(特許文献1)。また、CreなどのDNA組換え酵素を、タンパ、低分子リガンドを細胞に取り込ませることにより、DNA組換え酵素活性を有する技術も知られている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭62−175184号公報
【特許文献2】特表2002−539839号公報
【特許文献3】特表2000−506298号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Nature Methods(2006), 3, 461-467
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1に開示される技術では、遺伝子の発現を「オフ」できるものの「オン」することはできなかった。また、「オフ」にも、酵母において24時間を要していた。上記特許文献2及び非特許文献1に開示される技術では、遺伝子の「オン」「オフ」が可能であるが、精製した組換え酵素タンパク質が大量に必要となるため、莫大なコストを要する。また、「オフ」には24時間を要していた。さらに上記特許文献3に記載の技術は、遺伝子発現の「オン」「オフ」が可能であるが、いずれも数日を要するものであった。
【0007】
このように、外部からのシグナルで、遺伝子の発現の「オン」「オフ」をスイッチングすることはある程度可能であるというものの、シグナルの付与から現実的な遺伝子発現の「オン」「オフ」の精度は高くなかった。例えば、細胞集団に対して「オン」のシグナルを付与しなくても、いくらかの細胞では遺伝子発現が「オン」になってしまったり、反対に細胞集団に「オン」のシグナルを付与しても、いくらかの細胞は「オン」しなかったりすることがあった。このように、細胞の同調性という観点からの精度が低かった。また、遺伝子の「オン」「オフ」には、それぞれ相当の時間を要するものであった。
【0008】
そこで、本明細書の開示は、より精度の高い遺伝子発現の「オン」及び/又は「オフ」制御が可能なスイッチを提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、Gal誘導系を遺伝子の発現のスイッチングに用い、ガラクトース誘導性プロモーターの制御下でDNA組換えタンパク質の発現を制御することで、より精度の高い、すなわち、同調性に優れる遺伝子発現のスイッチングに成功した。また、Gal誘導系を改変することによってより迅速なスイッチングにも成功した。こうした知見によれば、以下の手段が提供される。
【0010】
本明細書の開示によれば、ガラクトース誘導系を備えるとともに、グルコースによる抑制効果が増強されたGAL1プロモーター等のガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域と、プロモーターと、前記DNA組換えタンパク質の作用部位と、以下の条件(a)及び(b)のいずれかで前記プロモーターと前記作用部位に対して配置される遺伝子と、を含む、第2のDNA領域と、を備える、遺伝子の発現の切替えするための遺伝子スイッチを備える真核細胞が提供される。
(a)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下から外れ発現停止となる
(b)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下で発現可能となる
【0011】
前記真核細胞においては、前記ガラクトース誘導性プロモーターは、2個以上のMig1結合配列を有していてもよい。また、前記ガラクトース誘導性プロモーターは、配列番号2で表される塩基配列を有するものであってもよい。
【0012】
前記第1のDNA領域は、前記DNA組換えタンパク質をコードするDNAの転写産物の寿命をCYC1遺伝子のターミネーターよりも短くすることができるターミネーターを備えていてもよい。さらに、前記ターミネーターは、MFA2遺伝子のターミネーターであってもよい。
【0013】
前記第2のDNA領域は、前記条件(a)で配置される遺伝子を第1の遺伝子として備えるとともに、前記条件(b)で配置される遺伝子を第2の遺伝子として備えることができる。
【0014】
前記真核細胞は、Gal1タンパク質及び/又はGal2タンパク質の発現が増強されているものであってもよい。また、前記真核細胞は、前記第1のDNA領域及び前記第2のDNA領域を、前記細胞の染色体上に備えるものであってもよい。さらに、前記真核細胞は、酵母細胞とすることができる。
【0015】
本明細書の開示によれば、また、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域を備える、遺伝子発現のスイッチング用真核細胞材料も提供される。
【0016】
本明細書の開示によれば、遺伝子の発現の切替えするための遺伝子スイッチングカセットであって、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域を、備える、カセットが提供される。
【0017】
本明細書の開示によれば、遺伝子発現スイッチング用材料であって、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域と、プロモーターと、前記DNA組換えタンパク質の作用部位と、以下の条件(a)及び(b)のいずれかで前記プロモーターと前記作用部位に対して配置される遺伝子と、を含む、第2のDNA領域と、を1又は2以上のベクター上に備える、材料が提供される。
(a)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下から外れ発現停止となる
(b)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下で発現可能となる
【0018】
前記遺伝子発現スイッチング用材料においては、前記1又は2以上のベクターは、構成的プロモーターの制御下に発現可能に連結されるGal1活性を有するタンパク質をコードするDNAと、構成的プロモーターの制御下の発現可能に連結されるGal2活性を有するタンパク質をコードするDNAと、備えるものであってもよい。
【0019】
本明細書の開示によれば、ガラクトースを用いた遺伝子発現のスイッチング方法であって、上記いずれかに記載の細胞に対してガラクトースを供給して、前記第2のDNA領域の前記遺伝子の発現をスイッチングする工程を備える、方法が提供される。前記スイッチング工程は、一時的にのみガラクトースを供給する工程であってもよい。
【0020】
本明細書の開示によれば、有用物質を生産する方法であって、上記いずれかに記載の細胞であって前記有用物質を生産する細胞に対してガラクトースを供給して、前記第2のDNA領域の前記遺伝子の発現をスイッチングして、前記有用物質を生産する工程を備える、方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本明細書の開示に用いるコンストラクトの概要を示す図である。
【図2】本明細書の開示におけるスイッチングプロセスの一例を示す図である。
【図3】本明細書の開示におけるガラクトース誘導の一例を示す図である。
【図4】コンストラクト1を示す図である。
【図5】コンストラクト2を示す図である。
【図6】コンストラクト3を示す図である。
【図7】実施例5で用いたガラクトース・パルス誘導を従来の誘導方法と対比して示す図である。Aに、従来の誘導方法を示し、Bにガラクトース・パルス誘導を示す。ガラクトース・パルス誘導では、誘導開始後t_1でガラクトースを含まない培地に換え培養を継続する。なお、培養液:a,グルコース液体培地。b,ガラクトース液体培地。c,グルコース液体培地。
【図8】ガラクトース・パルス誘導によるGFPからmKO2へのスイッチングの顕微鏡観察結果を示す図である。左側は、誘導前のC22株の顕微鏡観察イメージを示し、右側は誘導開始後10時間後のイメージを示す。
【図9】ガラクトース・パルス誘導によるGFP出力からmKO2出力へのスイッチングのフローサイトメトリーを示す図である。C22株の出力変化。Aは、標準株の差分表示を示し、Bは、出力重心の移動を示し、Cは、誘導前の出力分布を示し、Dは誘導開始後10時間の出力分布を示す。軸は出力(FL1/SS及びFL2/SS)の対数で示す。いずれもGFP(緑)、mKO2(赤)。CとDには、標準株における細胞の分布領域を点線でかこって示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本明細書の開示は、遺伝子発現のスイッチングに関し、詳しくは、ガラクトース誘導系を用いた遺伝子発現のスイッチングに関する。本明細書の開示によれば、所望の遺伝子のスイッチングをガラクトースの供給というシグナルに対して良好な精度で行うことができる。すなわち、より良好な同調性で所望の遺伝子のスイッチングが可能となり、さらには、より迅速なスイッチングが可能となる。本明細書の開示におけるかかる効果の発現については、以下の推論が成り立つと考えられる。ただし、以下の推論は本明細書の開示を拘束するものではない。
【0023】
すなわち、本明細書に開示される、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域を備える真核細胞においては、グルコースの存在下では、前記DNA組換えタンパク質の発現が抑制される。一方、ガラクトースの存在下では、グルコースによる抑制が解除されることにより、DNA組換えタンパク質が発現される。この組換えタンパク質が、当該タンパク質の作用部位に作用すると、遺伝子は、その設置条件が上記条件(a)のときには、その発現が「オフ」となり、設置条件が上記条件(b)のときには、その発現が「オン」となる。
【0024】
本明細書に開示される細胞においては、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターを用いているため、ガラクトースの供給に先立つガラクトース誘導性プロモーターの作動が抑制されているため、DNA組換えタンパク質の意図しない発現を効果的に抑制できる。結果として、明瞭なスイッチングが可能となっている。さらに、こうしたDNA組換えタンパク質が、ガラクトースの供給に反応してその作用部位に作用し、その結果、所望の遺伝子を発現させることができる。本明細書の開示によれば、以上の結果、所望の遺伝子のスイッチングをガラクトースの供給というシグナルに対して良好な同調性で行うことができる。
【0025】
さらに、DNA組換えタンパク質の発現量を調整することにより、例えば、その発現量を低くし、あるいはその発現期間を短くすることで、より迅速に所望の遺伝子のスイッチングを行うことが可能となる。また、ガラクトース誘導系において、Gal1タンパク質及び/又はGal2タンパク質の発現を増強することにより、ガラクトースの供給に対する反応性を高めることができる。この結果、より反応性よくDNA組換えタンパク質を発現させることができる。そして、より迅速に所望の遺伝子のスイッチングを行うことができる。
【0026】
(遺伝子スイッチを備える真核細胞)
(ガラクトース誘導系)
本明細書に開示される真核細胞は、ガラクトース誘導系を有している。本明細書において、ガラクトース誘導系とは、栄養源としてのガラクトースによって転写活性化されるガラクトース代謝に関連する遺伝子群を意味している。ガラクトース誘導系としては、例えばサッカロマイセス・セレビシエ酵母が備えるGAL遺伝子群が知られている。サッカロマイセス・セレビシエにおけるGAL遺伝子群としては、GAL4及びGAL4の遺伝子産物であるGal4によって正に制御されるGAL1、GAL2、GAL5、GAL7及びGAL10が挙げられる。また、同様にGal4によって正に制御されるGAL80、GAL3及びMEL1が挙げられる。なお、ガラクトース誘導系を構成するコンポーネントには、これら構造遺伝子のほか、プロモーターやそのGal4結合部位などの調節領域が含まれる。
【0027】
本真核細胞が備えるガラクトース誘導系は、宿主細胞が本来的に有するガラクトース誘導系であることが好ましい。すなわち、宿主細胞としてガラクトース誘導系を有する細胞を用いることが好ましい。こうした細胞は、ガラクトース誘導系を備える細胞であればよく、サッカロマイセス・セレビシエのほか、サッカロマイセス・ポンベ、カルルスベンゲルス、ノルベンシス、ジアストチクス、オビホルミス、ウバルム、ロウキシ、モンタヌス、クルイベリ、エロンギスポルス等の他の種であってもよい。また、ピキア、クルイベロミセス等の他の属の酵母であってもよい。さらに、カンジダ・アルビカンスなどのカンジダ属であってもよい。ガラクトース誘導系を備える真核細胞を宿主細胞として用いることで真核細胞へ導入する外来遺伝子数を抑制できる。
【0028】
なお、真核細胞の有するガラクトース誘導系は、宿主細胞の内在性遺伝子からなるガラクトース誘導系であってもよいが、一部又は全部が人工的に構築されていてもよい。すなわち、宿主細胞は、ガラクトース誘導系を本来的に有する細胞のほか、ガラクトース誘導系を遺伝子工学的手法により構築された細胞を用いることができる。例えば、ガラクトース誘導系のない宿主細胞にガラクトース誘導系を構築可能な外来遺伝子群を導入したり、ガラクトース代謝能力を有するがガラクトース誘導的でない場合においてガラクトース誘導的に改変したり、宿主のガラクトース誘導系の構造遺伝子や調節領域の一部又は全部を外来性遺伝子で置換したりしてもよい。また、ガラクトース誘導系のコンポーネントは、ガラクトース誘導的にガラクトース代謝が可能である限り、内在性の構造遺伝子や転写調節領域等が改変されていたり、欠損されていたりしてもよい。例えば、サッカロマイセス・セレビシエのガラクトース誘導系におけるGal4やGal80を改変してGal4活性タンパク質やGal80活性タンパク質を発現するように改変されていてもよい。また、ガラクトース誘導系は、その全てが宿主染色体上にある必要はなく、機能可能に宿主染色体及び/又は宿主染色体外に保持されていればよい。
【0029】
(第1のDNA領域)
本真核細胞は、第1のDNA領域を備えることができる。第1のDNA領域は、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含んでいる。
【0030】
(ガラクトース誘導性プロモーター)
第1のDNA領域に含まれる、ガラクトース誘導性プロモーターとしては、グルコースによる抑制効果を増強可能されたガラクトース誘導性プロモーターであればよい。ガラクトース誘導性プロモーターとしては、GAL誘導系遺伝子であるGAL1、GAL2、GAL3、GAL5、GAL7、GAL10及びMEL1の各遺伝子のプロモーターが挙げられる。ガラクトース誘導性プロモーターとしては、好ましくは、GAL1、GAL2、GAL7及びGAL10のいずれかのプロモーターであり、より好ましくは、GAL1プロモーターである。
【0031】
また、他のガラクトース誘導性プロモーターとしては、ガラクトース代謝遺伝子以外の内在性プロモーター又は外来性プロモーターを改変してガラクトース誘導性プロモーターとして用いることができる。いわゆるガラクトース誘導性プロモーターでないプロモーターであっても、その一部ないしその上流側にGal4結合部位(Galactose Upstream Activating Sequnce:UASg)を備えることでガラクトース誘導性プロモーターとして機能することはよく知られている。例えば、宿主細胞が本来的に有するプロモーターの上流側にGal4結合部位を保持させることで該内在性プロモーターをガラクトース誘導性プロモーターとして利用できる。ガラクトース誘導的でない外来性プロモーターについても同様である。こうした内在性プロモーター及び外来性プロモーターとしては、CYC1プロモーターを好ましく用いることができる。
【0032】
こうしたガラクトース誘導性プロモーターは、天然由来の当該プロモーターよりも、グルコースによる抑制効果が増強されている。すなわち、プロモーターグルコースによる抑制効果、すなわち、作動可能に連結される構造遺伝子の転写のグルコースによる抑制効果が増強されている。こうした増強効果は、例えば、Mig1リプレッサーが結合する結合部位を付与あるいは導入することによって得られる。こうしたガラクトース誘導性プロモーターを備えることで、グルコース存在下でのガラクトース誘導性プロモーターの制御下の遺伝子の発現を効果的に抑制できる。
【0033】
なお、本明細書において、例えば、ADH1プロモーターと記載した場合、このプロモーターの塩基配列の一部のみからなる改変体や塩基配列の一部が置換,欠失、挿入等された改変体などの各種の改変体も含んでいる。
【0034】
Mig1結合部位は、一般に、UASgと転写開始部位との間に存在している。したがって、当該領域においてMig1結合部位を導入したり、Mig1のpseudo結合部位をMig1結合部位に置換したりすることができる。Mig1結合部位は、2以上備えられていることが好ましい。Mig1結合部位として特定される塩基配列は、プロモーターとして特定される鎖の相補鎖にあってもよい。Mig1結合部位の配列としては、例えば、配列番号3で表される塩基配列が知られているほか、各種配列が公知である。例えば、酵母におけるMig1結合部位としては、AAT AAAAA T GCGGGG AA(SUC2A), GGA AATTA T CCGGGG GC(SUC2B),GCC TTATT T CTGGGG TA(GAL1A),TAT GAATA C CTGGGG TA(GAL3),GCT GAAAA T CTGGGG AA(GAL4),GAC ATTAA T GTGGGG GG(MEL1)等が挙げられる(Molecular and cellular Biology, Mar. 1994, p.1979-1985)
【0035】
例えば、GAL1プロモーターは、配列番号1で表される塩基配列を有することができ、改変されたGAL1プロモーターは、配列番号2で表される塩基配列を有することができる。なお、GAL1遺伝子は、S. cerevisiaeのGal1(Genbankアクセス番号:Z35889)が挙げられる。また、GAL1遺伝子はS. cerevisiaeのGAL1に相当する他の種又は属の酵母等のタンパク質であってもよい。
【0036】
なお、本明細書において、例えば、Gal4タンパク質などと表記するとき、該名称に係るタンパク質のほか、該名称に係るタンパク質以外のタンパク質であって該名称に係るタンパク質の生理活性のうち本発明に必要な生理活性を有しているタンパク質も包含している。したがって、こうした生理活性を有している限り、該名称に係る天然のタンパク質を改変したり人工的に合成したタンパク質も包含される。また、当該タンパク質がサッカロマイセス・セレビジエに由来する場合には、サッカロマイセス・セレビシエ以外の他の細胞のガラクトース誘導系におけるGal4に相当するタンパク質も包含される。なお、タンパク質を改変するには、天然タンパク質における生理活性部位についての情報が必要である。生理活性部位の情報は、部位特異的変異の挿入等の手法を用いて特定することができる。また、天然タンパク質のホモログ、オルソログ又はパラログを公知の相同性検索システムを用いて検索し、これらのタンパク質間において可能性ある生理活性部部位を特定することによっても得ることができる。
【0037】
(DNA組換えタンパク質)
第1のDNA領域は、グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されたDNA組換えタンパク質をコードするDNAを含んでいる。第1のDNA領域の一例を図1(a)に示す。図2に示すように、DNA組換えタンパク質は、入力信号としてのガラクトースシグナルの付与により、発現される。
【0038】
DNA組換えタンパク質は、DNA組換えを生じさせる作用部位を備えている。こうしたDNA組換えタンパク質としては、種々のタンパク質が既に知られている。例えば、以下のDNA組換えタンパク質が挙げられる。Cre:バクテリオファージP1由来のタンパク質(AbremskiおよびHoess、J.Biol.Chem. 259(3):1509−1514(1984))は、loxP(交叉の遺伝子座)部位と呼ばれる34bp DNA配列間の交換を触媒することが知られている(Hoessら、Nucl.Acids Res. 14(5):2287 (1986)を参照のこと)。Creは、マグネシウムまたはスペルミジンのいずれかを含む単純な緩衝液中で働く。多くの変異体loxP部位が記載されている(Hoessら)。
【0039】
他の組換え系、種々の生物由来の多くの組換え系もまた、本明細書中に提供される教示およびガイダンスに基づいて、使用され得る。例えば、Hoessら、NucleicAcids Research 14(6):2287(1986);Abremskiら、J.Biol.Chem. 261(1):391 (1986);Campbell、J.Bacteriol. 174(23):7495(1992);Qianら、J.Biol.Chem. 267(11):7794(1992);Arakiら、J.Mol.Biol.225(1):25(1992)を参照のこと。これらの多くは、リコンビナーゼのインテグラーゼファミリーに属する(Argosら、EMBO J.5:433−440 (1986))。おそらく、これらのうち、バクテリオファージλ由来のインテグラーゼ/att系(Landy,A. (1993)Current Opinions in Genetics and Devel.3:699−707)、バクテリオファージP1由来のCre/loxP系(HoessおよびAbremski (1990) Nucleic Acidsand Molecular Biology、第4巻、EcksteinおよびLilley編、Berlin−Heidelberg:Springer−Verlag;90−109頁)、およびSaccharomycescerevisiae2μ環状プラスミド由来のFLP/FRT系(Broachら、Cell29:227−234 (1982))が挙げられる。
【0040】
λIntに類似の他の部位特異的リコンビナーゼおよびP1 Creに類似の他の部位特異的リコンビナーゼは、IntおよびCreを置換してもよい。このようなリコンビナーゼは公知である。
【0041】
DNA組換えタンパク質は、真核細胞での発現を考慮してコドン用法が用いる真核細胞において最適化されていることが好ましい。
【0042】
(ターミネーター)
第1のDNA領域は、DNA組換えタンパク質をコードするDNAについてターミネーターを備えることができる。こうしたターミネーターとしては、真核細胞で利用可能な各種のターミネーターが既に知られている。ましくは、ターミネーターは、当該DNAの転写産物の寿命をCYC1遺伝子のターミネーターよりも短くすることができるターミネーターである。こうしたターミネーターを用いることで、DNA組換えタンパク質のmRNAを、より一過的に存在させることができる。そして、迅速なガラクトース誘導が可能となる。なお、mRNAの寿命はマイクロアレイなどを利用して計測できる(PNA(2002), 99, 5860-5865)。
【0043】
こうしたターミネーターとしては、特に限定しないが、例えば、MFA2遺伝子のターミネーターや当該遺伝子と同等程度のmRNAの寿命を有する遺伝子のターミネーターを用いることができる。
【0044】
本真核細胞は、このような第1のDNA領域を1又は2以上備えることができる。第1のDNA領域は、好ましくは、染色体上に備えられる。第1のDNA領域を複数備える場合、異なる第1のDNA領域には、それぞれ異なるガラクトース誘導性プロモーターが含まれていてもよい。また、異なる第1のDNA領域には、それぞれ異なるDNA組換えタンパク質が含まれていてもよい。本真核細胞は、このような第1のDNA領域を、通常、外来DNAとして備えている。
【0045】
(第2のDNA領域)
第2のDNA領域は、プロモーターと、DNA組換えタンパク質の作用部位と、以下の条件(a)及び(b)のいずれかで前記プロモーターと前記作用部位に対して配置される遺伝子と、を含むことができる。第2のDNA領域の一例を図1(b)に示す。条件(a)は、ガラクトースによる遺伝子発現の「オン」から「オフ」へのスイッチングのための条件であり、条件(b)は、ガラクトースによる遺伝子発現の「オフ」から「オン」へのスイッチングのための条件である。
(a)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下から外れ発現停止となる
(b)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下で発現可能となる
【0046】
プロモーターは、真核細胞で作動するプロモーターを適宜選択して利用できる。こうしたプロモーターは公知であるが、例えば、酵母にあっては、ADH1プロモーター、TDH3プロモーター、HIS3プロモーター、CYC1プロモーター及びHOR7プロモーターなどの構成的プロモーターを好ましく用いることができる。
【0047】
DNA組換えタンパク質の作用部位とは、DNA組換えタンパク質が認識してDNAの切り出し等の組換えを生じさせる部位である。既に説明したように、DNA組換えタンパク質に応じて種々の作用部位が知られている。例えば、Creに対しては、loxPが知られている。こうした部位を特定する塩基配列は公知である。
【0048】
スイッチングしようとする遺伝子を条件(a)で備えるためには、DNA組換えタンパク質の作用部位への作用により、当該遺伝子が切り出されるか、あるいは逆位させるように、遺伝子と作用部位を配置すればよい。例えば、遺伝子を切り出すためには、同方向に配置した2つのloxPの間に遺伝子を配置する。また、遺伝子を逆位させるには、異なる方向に配置した2つのloxP配列の間に遺伝子を配置する。いずれの場合においても、上流にあるプロモーターの制御下から外れて遺伝子の発現は停止される。
【0049】
また、遺伝子を条件(b)を備えるためには、DNA組換えタンパク質の作用部位への作用により、プロモーターの制御下で発現するように前記遺伝子を逆位させるように遺伝子と作用部位とを配置すればよい。あるいは、予めプロモーターと遺伝子との間に、遺伝子のプロモーターによる発現を妨げる障害領域を備えておき、前記作用により、障害領域が切り出しされるように、遺伝子と作用部位とを配置すればよい。例えば、前者の場合には、異なる方向の2つのloxPの間に遺伝子をあらかじめ逆方向に配置し、Creが作用することで、遺伝子が逆位してプロモーターに対して順方向に連結されるようにする。また、後者の場合には、同方向の二つのloxPの間に障害領域を備えておき、下流のloxPに下流に、プロモーターの制御下で作動可能に遺伝子を配置する。なお、障害領域は、マーカー遺伝子であってもよいし、なんらコードしない領域であってもよい。
【0050】
本真核細胞は、1又は2以上の第2のDNA領域を備えることができる。第2のDNA領域を2以上備える場合、複数の遺伝子を同時に「オン」から「オフ」にスイッチングしたり、逆に複数の遺伝子を同時に「オフ」から「オン」にスイッチングすることができる。また、複数の遺伝子のうちある遺伝子を「オン」から「オフ」にスイッチングし、他の遺伝子を「オフ」から「オン」にスイッチングすることができる。
【0051】
また、一つの第2のDNA領域は、2つの遺伝子につき一方を条件(a)でスイッチングし、他方を条件(b)でスイッチングするように構成してもよい。例えば、グルコース供給時(Creの非作用時)において、プロモーターの制御下に第1の遺伝子を発現可能に配置する。この第1の遺伝子は、二つのloxPを同方向で配置した間に配置する。一方、下流側のloxPの下流に、Cre作用時において、プロモーターの制御下に発現可能に第2の遺伝子を配置する。こうすることで、一つの第2のDNA領域によって、第1の遺伝子の「オン」〜「オフ」と第2の遺伝子の「オフ」〜「オン」を同時に実現できる。こうした第2のDNA領域を図1(b)に示す。こうした第2のDNA領域を備えることで、図2に示すように、GFPからmKOへのスイッチングを同時に行うことができる。なお、こうしたスイッチングは、2以上の第2のDNA領域によっても実現される。
【0052】
なお、第2のDNA領域における遺伝子は、それぞれ、真核細胞の転写開始位置となるTATAボックス配列やターミネーターを備えることができる。また、DNA組換えタンパク質の作用の有無を確認するための栄養要求性や薬剤耐性などのマーカー遺伝子を備えていてもよい。第2のDNA領域は好ましくは、染色体上に備えられる。
【0053】
(第3のDNA領域)
本真核細胞は、Gal1タンパク質及び/又はGal2タンパク質の発現が増強されていることが好ましい。これらのタンパク質は、いずれも、転写因子であるGal4タンパク質による転写活性化を促進するものとして知られている(特開2007−89512号公報)。本明細書の開示において、これらを発現させることで、GAL1プロモーターの制御下にある遺伝子の発現を、ガラクトースシグナルに対して応答性よく促進できる。これらのタンパク質は、いずれか一方であってもよいが、双方でもよい。双方の発現が増強されていることがより好ましい。さらに、Gal3タンパク質の発現が増強されていることも好ましい。こうしたGal1タンパク質等の発現を増強するには、それぞれ構成的プロモーターの制御下にこれらをコードするDNAを発現可能に備える第3のDNA領域を、本真核細胞に保持させることが好ましい。好ましくは、こうしたDNA領域は、本真核細胞の染色体上に備えられる。
【0054】
こうした第3のDNA領域の一例を図1(c)に示す。第3のDNA領域を備えることで、図2に示すように、入力信号としてのガラクトースシグナルを、本来のシグナル伝達経路に加えて、Gal2タンパク質及びGal1タンパク質を介して強化することで、Gal4タンパク質による転写活性化を効果的に促進することができる。
【0055】
なお、Gal1タンパク質としては、Gal1(Genbankアクセス番号:Z35889)のほか。なお、Gal1活性タンパク質とは、サッカロマイセス・セレビシエのGal1のほか、Gal80結合活性及び/又はガラクトカイネース活性を有して、Gal80活性タンパク質のGal4活性タンパク質に対する転写活性阻害作用を解除できるものであればよく、人工的に構築又は改変されたタンパク質であってもよい。また、Gal1に相当する他の種又は属の酵母等のタンパク質であってもよい。Gal2タンパク質としては、Gal2(Genbankアクセス番号:Z73253)のほか、Gal2のガラクトーストランスポーター活性を有するタンパク質を用いることができる。なお、Gal2活性タンパク質とは、サッカロマイセス・セレビシエのGal2のほか、ガラクトーストランスポーター活性を有するものであればよく、人工的に構築又は改変されたタンパク質であってもよい。また、Gal2に相当する他の種又は属の酵母等のタンパク質であってもよい。Gal3タンパク質とは、サッカロマイセス・セレビシエのGal3(Genbankアクセス番号:Z74305)のほか、Gal80結合活性を有して、Gal80タンパク質のGal4タンパク質に対する転写活性阻害作用を解除できるものであればよく、人工的に構築又は改変されたタンパク質であってもよい。また、Gal3に相当する他の種又は属の酵母等のタンパク質であってもよい。
【0056】
本真核細胞は、Gal4タンパク質をガラクトース誘導的に発現するものであってもよい。すなわち、ガラクトース誘導性プロモーターの制御下にGal4タンパク質をコードするDNAを保持していてもよい。上記したGal1、Gal2及びGal3タンパク質等を構成的に発現させるとともに、Gal4タンパク質をガラクトース誘導的に発現させることで、ガラクトース誘導系の誘導の応答性を高め、発現強度を増強できる。Gal4の全アミノ酸配列(Genbankアクセス番号:Z73604)及びDNA結合活性部位、転写活性化部位等は知られており(D. Lohr et al,TheFASEB Journal (1995), p.777-787)、こうした配列に基づいて人工的なタンパク質を作製するのは当業者であれば容易に行うことができる。ガラクトース誘導性プロモーターとしては、既に開示したプロモーターを用いることができる。好ましくは、GAL1、GAL2、GAL7及びGAL10のいずれかのプロモーターであり、より好ましくは、GAL10プロモーターを用いる。
【0057】
上記各種態様のDNAは、例えば、既に知られた塩基配列やアミノ酸配列に基づいて設計したプライマーを用いて、酵母等の真核微生物等から抽出したDNA、各種cDNAライブラリ又はゲノムDNAライブラリ等由来の核酸を鋳型としたPCR増幅を行うことにより、核酸断片として得ることができる。また、上記ライブラリ等由来の核酸を鋳型とし、目的とするDNAの一部であるDNA断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことにより、核酸断片として得ることができる。あるいは、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0058】
また、上記各種態様のDNAがタンパク質をコードするものであるとき、例えば、公知のアミノ酸の配列をコードするDNAを、慣用の突然変異誘発法、部位特異的変異法、エラープローンPCRを用いた分子進化的手法等によって改変することによって取得することができる。このような手法としては、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法が挙げられ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異が導入される。
【0059】
そのほか、当業者であれば、Molecular Cloning(Sambrook, J. et al., Molecular Cloning :a Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, 10 Skyline Drive Plainview, NY (1989))等を参照することにより、例えば、公知配列に基づいて、各種態様のDNAを取得することができる。
【0060】
本真核細胞は、第1のDNA領域、第2のDNA領域のほか、ガラクトース誘導系の構成タンパク質をコードするDNAが宿主細胞に導入されて得られる形質転換体であることが好ましい。
【0061】
形質転換体の宿主細胞は、真核細胞であればよく、特に限定されない。物質生産等を考慮すると、麹菌などのカビや酵母が挙げられる。麹菌としては、アスペルギルス・アキュリータス(Aspergillus aculeatus)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus orizae)等のアスペルギルス属が挙げられる。また、酵母としては、公知の各種酵母を利用できるが、サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)等のサッカロマイセス属の酵母、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等のシゾサッカロマイセス属の酵母、キャンディダ・シェハーテ(Candida shehatae)等のキャンディダ属の酵母、ピキア・スティピティス(Pichia stipitis)等のピキア属の酵母、ハンセヌラ(Hansenula)属の酵母、クロッケラ属(Klocckera)の酵母、スワニオマイセス属(Schwanniomyces)の酵母及びヤロイア属(Yarrowia)の酵母、トリコスポロン(Trichosporon)属の酵母、ブレタノマイセス(Brettanomyces)属の酵母、パチソレン(Pachysolen)属の酵母、ヤマダジマ(Yamadazyma)属の酵母、クルイベロマイセス・マーキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluveromyces lactis)等のクルイベロマイセス属の酵母、イサトケンキア・オリエンタリス(Issatchenkia orientalis)等のイサトケンキア属の酵母が挙げられる。なかでも、本来的にガラクトース誘導系を有する酵母などの単細胞真核生物が好ましい。こうした宿主細胞としては、なかでも、サッカロマイセス・セレビシエ、サッカロマイセス・ポンベ、カンジダ・アルビカンス、ピキア・パストリス、クルイベロミセス・ラクティスが好ましいものとして挙げられる。より好ましくは、サッカロマイセス・セレビシエ、クルイベロミセス・ラクティスである。
【0062】
少なくとも、第1のDNA領域を保持する真核細胞を、遺伝子発現のスイッチング用細胞材料とすることができる。また、当該細胞材料は、第3のDNA領域やGal4タンパク質をガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に保持していてもよい。本細胞材料には、こうしたDNA領域を染色体上に保持していてもよい。
【0063】
こうした形質転換体を得るには、第1のDNA領域等を保持する組換えベクターなどのDNA構築物を用いて宿主細胞を形質転換する。本明細書において、DNA構築物は、典型的には、組換えベクターのほか、DNA断片の形態も取ることができる。
【0064】
DNA構築物は、第1のDNA領域、第2のDNA領域及び第3のDNA領域から選択される1種又は2種以上を備える遺伝子カセットであてもよい。これら3種のDNA領域に加えて、Gal4タンパク質をガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に備えるDNA領域が組み合わされてもよい。このカセット又はこうしたDNA構築物が、第1のDNA領域の染色体における遺伝子置換、遺伝子破壊等、染色体への所望のDNA断片の組み込みを意図する場合は、染色体上の所定の領域との相同領域を有していてもよい。相同領域は、第1のDNA領域を含む所望のDNA断片を組み込む領域に応じて適宜選択される。こうした遺伝子カセットは、DNA断片の形態を取ることができる。
【0065】
DNA構築物は、、第1のDNA領域、第2のDNA領域及び第3のDNA領域から選択される1種又は2種以上を1又は2以上のベクター上に備える、遺伝子スイッチング用材料であってもよい。ベクターは、1又は2以上の上記DNA領域を備えることができる。さらに、ベクターは、Gal4タンパク質をガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に保持するDNA領域を組み合わせて備えていてもよい。ベクターとしては、真核細胞用等の種々の公知のベクターを利用できる。各DNA領域は、宿主染色体に当該DNA領域を組込み可能に相同領域を備えていてもよい。
【0066】
なお、こうした組換えベクター、DNA断片の作製、組換え体宿主としての酵母等の取り扱いに必要な一般的な操作は、当業者間で通常行われているものであり、たとえば、T.Maniatis,J. Sambrookらの実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)等を適宜参照することにより当業者であれば実施することができる。
【0067】
DNA構築物の宿主への導入方法としては、従来公知の各種方法、例えば、リン酸カルシウム法、トランスフォーメーション法や、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、酢酸リチウム法または他の方法が挙げられる。このような手法は、上記した実験書等に記載される。ベクターを導入した酵母等の真核細胞につき、マーカー遺伝子を用いた選抜及び活性発現による選抜により本真核細胞を得ることができる。
【0068】
以上説明した本明細書の開示によれば、遺伝子発現のスイッチングを精度よく行うことができる。すなわち、優れた同調性とともに迅速に遺伝子発現を切替することができる。本明細書の開示によれば、同調性に関しては、スイッチィングに先立つ意図しない「オン」又は「オフ」を効果的に抑制して厳密な遺伝子発現の「オン」又は「オフ」が可能となっている。さらに、ガラクトースシグナル対して応答性よくDNA組換えタンパク質が発現されるようになっているため、「オン」又は「オフ」へのスイッチングも高いレスポンスで確実に実現できる。また、迅速性に関しては、本明細書の開示によれば、好ましくは20時間以内、より好ましくは18時間以内、さらに好ましくは15時間以内、一層好ましくは12時間以内、より一層好ましくは10時間以内に遺伝子発現の「オン」及び/又は「オフ」を実現できる。こうした迅速性は、ガラクトースへの反応性が高められていることにより一層強調される。また、遺伝子発現の「オン」、「オフ」をそれぞれ実現できるとともに、遺伝子に関し「オン」から「オフ」と「オフ」から「オン」へのスイッチングを同時に実現できる。より具体的には、遺伝子Aの発現を「オン」から「オフ」とし、遺伝子Bの発現を「オフ」から「オン」とを同時に実現できるため、実質的には、A遺伝子の発現「オン」からB遺伝子の発現「オン」へのスイッチングを実現できる。
【0069】
(遺伝子発現のスイッチング方法)
本明細書に開示されるガラクトースを用いた遺伝子発現のスイッチング方法は、本真核細胞に対してガラクトースを供給して、前記第2のDNA領域の前記遺伝子の発現をスイッチングする工程を備えることができる。このスイッチング方法によれば、より精度のよい遺伝子発現のスイッチングが可能となっている。
【0070】
スイッチング工程は、本真核細胞を培養する工程のいずれかの段階において、グルコースが非存在でガラクトースが存在する状態(グルコース(−)及びガラクトース(+))を形成する工程である。当該状態が、ガラクトースシグナルである。ガラクトースシグナルが付与される前の状態は、グルコース(+)及びガラクトース(−)かあるいはグルコース(+)及びガラクトース(+)である。好ましくは、グルコース(+)及びガラクトース(−)である。ここで、グルコース(+)とは、少なくともグルコースが0.1w/v%以上存在することが好ましい。また、グルコース(−)は、0.01w/v%以下の濃度であることが好ましい。ガラクトース(+)とは、少なくともガラクトースが0.05w/v%以上存在することが好ましい。また、ガラクトース(−)は、0.01w/v%以下の濃度であることが好ましい。
【0071】
スイッチング工程は、図3Aに示すように、一旦、ガラクトースシグナルのある状態を継続してもよいが、図3Bに示すように、一時的にのみガラクトースシグナルを付与してもよい。すなわち、ガラクトースシグナルを付与後に、ガラクトース付与前の状態に戻すことが好ましい。すなわち、グルコース(+)及びガラクトース(−)かあるいはグルコース(+)及びガラクトース(+)である。好ましくは、グルコース(+)及びガラクトース(−)とする。一時的なガラクトースシグナルの付与によれば、より細胞の同調性に優れより迅速なスイッチングが可能となる。こうした一時的なガラクトースシグナルの付与は、ガラクトース濃度が0.1w/v%以上で行うことが好ましい。
【0072】
(有用物質を生産する方法)
本明細書に開示される有用物質を生産する方法は、本真核細胞であって前記有用物質を生産する細胞に対してガラクトースを供給して、前記第2のDNA領域の前記遺伝子の発現をスイッチングして、前記有用物質を生産する工程を備えることができる。本生産方法によれば、生産工程においてスイッチングを行うため、本真核細胞による有用物質の生産プロセスを最適化して、高効率な有用物質の生産を実現できるようになる。本生産方法における遺伝子発現のスイッチングに関しては、遺伝子発現のスイッチング方法の各種態様を適用することができる。
【0073】
本真核細胞は、培養により所望の有用物質を生産可能とすることができる。有用物質を生産可能な真核細胞は、有用物質生産に関する内因性遺伝子及び/又は外因性遺伝子を備えることができる。また、所定の内在性遺伝子が破壊されていてもよい。酵母等は通常嫌気性発酵によりエタノールを生産するが、適宜遺伝子工学的な改変等により他の有用物質を生産可能に形質転換体であってもよい。有用物質生産のための外来性遺伝子は、前記第2のDNA領域に含まれてスイッチングされる遺伝子とすることもできる。
【0074】
有用物質としては特に限定しないが、酵母が通常グルコースを利用して生産可能なものであればよい。有用物質は、酵母におけるグルコースからの代謝系の1種又は2種以上の酵素を遺伝子組換えにより置換、追加等して本来の代謝物でない化合物であってもよい。具体的には、エタノールなどの低級アルコール、乳酸、酢酸などの有機酸の他、1,3−プロパン−ジオール、プロパノール、ブタノール、コハク酸、エチレン及びグリセロールのほか、イソプレノド合成経路の追加によるテルペノイド系のファルネソール、ゲラニルゲラニオール、スクアレン、さらには、ファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。
【0075】
生産工程では、炭素源として、スイッチングシグナル付与時以外は、グルコース又はスクロースを含有する培地を用いることができる。生産工程では、本真核細胞に一般的に適用される培養条件を適宜選択して用いることができる。典型的には、発酵のための培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、数時間〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。
【0076】
こうした生産工程の実施により、用いた本発明の形質転換体が有している有用物質生産能力に応じて有用物質が生産される。例えば、本発明の形質転換体がエタノール生産能力を有している場合には、エタノールであり、乳酸を生産可能に改変されている場合には、乳酸等となる。発酵終了後、培養液から有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを精製又は濃縮する工程を実施することもできる。回収工程や精製等の工程は有用物質の種類等に応じて適宜選択される。
【実施例】
【0077】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、以下に述べる遺伝子組換え操作はMolecular Cloning: A Laboratory Manual (T. Maniatis, et al., Cold Spring Harbor Laboratory) に従い行った。
【実施例1】
【0078】
(第1のDNA領域を含むコンストラクトの作製)
本実施例では、改変されたGAL1プロモーターの制御下にCreDNA組換えタンパク質をコードするDNAを備える第1のDNA領域を含むコンストラクト1(図4参照)を作製した。このDNAコンストラクト1は、pSP73(プロメガ)ベクターのXhoI部位とBglII部位の間に、In-Fusion Advantage PCR Cloning Kit(クロンテック)を用い、以下に示す6つの遺伝子断片を順次導入することにより作製した。遺伝子断片1,4〜6は、酵母ゲノムDNAを鋳型とし、KOD plus ver.2(TOYOBO)を用いてPCR反応により合成した。遺伝子断片2である、酵母のコドンに最適化したCre DNA組換え酵素opCre(配列番号4)は委託して合成した。また、GAL1プロモーターのグルコース抑制能を高めるために、元来1つしかないMIG1リプレッサーの結合配列に加えて、pseudoの結合配列をMIG1リプレッサー結合配列へと置き換えた遺伝子断片3であるGAL1m1p(配列番号5)も委託して合成した。すなわち、GAL1プロモーター配列のMIG1のpseud結合配列(偽結合配列)(-272 to -256; GGCCCCACAAACCTTCA)からMIG1結合配列(TTCCCCGCATTTTTATT)へと置き換えた。opCreは遺伝子断片3、GAL1m1pは遺伝子断片2の鋳型として用いた。PCR反応条件は、pre-PCR:94℃ 2分の後、PCR反応:94℃で30秒、50℃で30秒、68℃で1kbpにつき1分、を、30サイクルとした。エクステンション反応は、68℃で5分とした。それぞれの遺伝子断片の作製とベクターへのpSP73ベクターへのクローニングには、次に示したPCRプライマーと制限酵素を用いた。
【0079】
遺伝子断片1:GPD1の5’上流配列(XhoI-SpeI, KpnI-ApaI)
プライマー1)TATAGGGAGACCGGCCTCGAGAAACTAGTTTTCCCAGGCAAGGT GAC(配列番号6)
プライマー2)CATCCAAAAAAAAAGTGGGCCCTTGGTACCAAGCCAGTCTACGT GCGAAT(配列番号7)
遺伝子断片2:GAL1m1pプロモーター(ApaI, BamHI)
プライマー1)ACGTAGACTGGCTTGGTACCAAGGGCCCACTTTTTTTTTGGATG GACG(配列番号8)
プライマー2)CAGGCAAGTATTTCGAGCTCAAAAGCTTAAGCATGCAAGGATCC TATAGTTTTTTCTCCTTGAC(配列番号9)
遺伝子断片3:opCre(BamHI, SphI)
プライマー1)AAAAACTATAGGATCCATAATGTCTAACTTGTTGACTG(配列番号10)
プライマー2)TCCTCGAAGCTTAAGCATGCTCAATCACCATCTTCCAAC(配列番号11)
遺伝子断片4:MFA2ターミネーター(SphI, HindIII)
プライマー1)AAGATGGTGATTGAGCATGCTTTTTGACGACAACCAAGAG(配列番号12)
プライマー2)GTTCTCCTCGAAGCTTGGAGGGAAAGGCGTATCAG(配列番号13)
遺伝子断片5:LEU2栄養要求性マーカー遺伝子(HindIII, SacI)
プライマー1)TTGCATGCTTAAGCTTCGAGGAGAACTTCTAGTA(配列番号14)
プライマー2)CAGGCAAGTATTTCGAGCTCGACTACGTCGTAAGGC(配列番号15)
遺伝子断片6:GPD1の3’下流配列(SacI, BglII)
プライマー1)TACGACGTAGTCGAGCTCGAAATACTTGCCTGGCATC(配列番号16)
プライマー2)GAACCAGATCTATTGGCCATTCAACAACTC(配列番号17)
【実施例2】
【0080】
本実施例では、第2のDNA領域を含むコンストラクト2(図5参照)を作製した。図5に示すコンストラクト2は、pSP73(プロメガ)のXhoI部位とBglII部位の間に、ライゲーション反応を用いて、以下に示す7種類の遺伝子断片を順次、ライゲーションによって導入して作製した。遺伝子断片1〜3及び7は、酵母ゲノムDNAを鋳型とし、PCR反応により合成した。次に示したPCRプライマーと制限酵素を用いた。遺伝子断片4〜6は委託して合成した。
【0081】
遺伝子断片1:PDC6の5’上流配列(BglII-ClaI, EcoRI)
プライマー1)AGATCTATCGATTCTTTCCTCACGGACCAT(配列番号18)
プライマー2)GAATTCGATCTAGGTGCAGATACAG(配列番号19)
遺伝子断片2:TDH3プロモーター1(-676 to -381)(EcoRI, EcoRI)
プライマー1)GAATTCGAGTTTATCATTATCAATAC(配列番号20)
プライマー2)GAATTCTTTACCTATGAACTGATG(配列番号21)
遺伝子断片3:TDH3プロモーター2(-676 to -381)(EcoRI, SacI)
プライマー1)GAATTCGAGTTTATCATTATCAATAC(配列番号22)
プライマー2)GAGCTCACCTATGAACTGATGGTTG(配列番号23)
遺伝子断片4:loxP- CYC1 TATA box(-123 to -1)-GFP+PEST-TPS1t合成配列(SacI, BamHI)(配列番号24)
遺伝子断片5:ハイグロマイシン耐性遺伝子(Hygr)合成配列(BamHI, BlnI-Pst)(配列番号25)
遺伝子断片6:loxP- CYC1 TATA box(-123 to -1)-mKO2-TPS1t合成配列(BlnI, PstI)(配列番号26)
遺伝子断片7:PDC6の3’上流配列(PstI, ApaI-XhoI)
プライマー1)CTGCAGCCATTAGTAGTGTACTCA(配列番号27)
プライマー2)CTCGAGTGGGCCCTGTGCAGATGCAGATGTG(配列番号28)
【実施例3】
【0082】
本実施例では、Gal1タンパク質及びGal2タンパク質を構成的に発現させるためのコンストラクト3(図6参照)を作製した。図6に示すコンストラクト3は、pBluescript SK-(Stratagene)のKpnI部位とSacI部位の間に、ライゲーション反応を用いて、以下に示す3つの遺伝子断片を順次、ライゲーションによって導入して作製した。遺伝子断片1と2は、委託して合成した。遺伝子断片3は、酵母ゲノムDNAを鋳型とし、PCR反応により合成した。次に示したPCRプライマーと制限酵素を用いた。
【0083】
遺伝子断片1:HIS3p (-311 to -1)-GAL1-CYC1t (+1 to +215)(KpnI, SalI)(配列番号29)
遺伝子断片2: HIS3p (-311 to -1)-GAL1-CYC1t (+1 to +215)(SalI, SalI)(配列番号30)
遺伝子断片3: URA3栄養要求性マーカー遺伝子(SalI, SacI)
プライマー1)GTCGACGATTCGGTAATCTCCGAAC(配列番号31)
プライマー2)GAGCTCGGGTAATAACTGATATAATTA(配列番号32)
【実施例4】
【0084】
(酵母への遺伝子導入)
本実施例では、野生型酵母W303-1aを親株として図6に示すコンストラクト3を導入した株に対して、図5に示すコンストラクト2を遺伝子導入した。続いて、図5及び6に示すコンストラクトが導入された株に対して、図4に示すコンストラクト1を導入した。具体的には以下の手順で行った。
【0085】
まず、宿主となる酵母をYPD液体培地を用いて、30℃で対数増殖期(OD660=0.4〜0.6)まで培養し、Frozen-EZ Yeast Transformation IIキット(ZYMO RESEARCH社)で処理してコンピテントセルを調整した。次いで、図5に示すコンストラクト2は制限酵素ClaI, ApaIで、図4に示すコンストラクト1は制限酵素BglII, SpeIで、図6に示すコンストラクト3は制限酵素NcoIでそれぞれ処理して断片化した。次いで、コンピテントセル50μLに断片化したコンストラクト50μgを加え、PEGバッファーで希釈した。これを45分間加温し、形質転換した。これらの形質転換酵母を洗浄後、コンストラクト2の場合は、3mlの2%YPAD培地を加えて30℃で3時間培養した後、培養液250μlをハイグロマイシン選択培地(150μg/ml)に塗布した。コンストラクト1の場合は、滅菌水に懸濁してロイシン選抜培地に塗布した。コンストラクト3の場合は、滅菌水に懸濁してウラシル選抜培地に塗布した。30℃で1昼夜静置培養して形質転換体のコロニーを得た。得られたコロニーをそれぞれの選択培地で培養し、生育能を安定に保持している株を選択して、コロニーPCRを行い、目的遺伝子の導入を確認し、コンストラクト1、2及び3の3つの遺伝子が導入された遺伝子組換え酵母をC22株とした。
【実施例5】
【0086】
本実施例では、サイリスタ様の遺伝子スイッチとしての特徴を生かすために、通常のガラクトース誘導は図7のAのように、誘導をかけた後は高ガラクトース状態を継続するところを、図7のBのようにパルス的に高ガラクトース状態を与えた。誘導終了時刻t_1は1時間に設定した。具体的には以下のように行った。すなわち、酵母C22株をグルコース液体培地に植菌し、濁度(Optical Density、660nm)が0.7-1.0まで培養した。培養液から菌体を回収してグルコース培地を除いて、ガラクトース液体培地に交換して(ガラクトース誘導)培養した。ガラクトース誘導を止めるために、再度グルコース液体培地に交換し振盪を続けた。ガラクトース液体培地への交換により、ガラクトース誘導を始めた時刻を0時とした。誘導開始後10時間まで、1時間ごとにサンプリングし、フローサイトメトリーを行った。また、適宜、顕微鏡観察も行った。
【0087】
(顕微鏡観察)
培養した酵母用液を遠心分離して菌体を回収し、これに、用いた培養液の1/5容量の生理的食塩水を加えて懸濁した。懸濁液をスライドグラスに取り、オールインワン蛍光顕微鏡BZ-9000(キーエンス)を用い観察した。視野と焦点を調節したあと、CCDカメラを用いた写真撮影を、光学像、緑色蛍光象、赤色蛍光象のそれぞれについて以下の条件で行った。また、イメージの記録はRGBモード(各色8bit)で行った。合成イメージは、赤色蛍光象のRレイヤーと緑色蛍光象のGレイヤーとをPhotoshop(Adobe社)を用いて重ね合わせた。結果を図8に示す。
【0088】
スライドグラス:MAS-GP typeA(Matsunami)
カバーグラス:18 x 18mm No.1(Matsunami)
対物レンズ:Plan Apo VC 60xH(Nikon)
励起光:水銀アークランプ
BPフィルターセット: 励起(475/20)、DCM(500)、BA(510/23)。
励起時間:光学像 1/30秒、緑色蛍光 2秒、赤色蛍光 1/2.5秒。
【0089】
図8左図に示すように、ガラクトース誘導開始時点で、若干の赤く光る細胞(mKO2発現細胞)が観察された。これは、培養中にCreがリークして発現したため、誘導を行う前に組み換えが起こった細胞であると考えられる。しかし、重ね合わせイメージでオレンジ色に光っているものは観察されず、両方の遺伝子が同時に発現している細胞はほとんど含まれていないと考えられた。以上のことから誘導開始前においては、Creの意図しない発現を効果的に抑制できていることがわかった。
【0090】
図8右図に示すように、誘導開始後10時間の顕微鏡像には、緑色に光る細胞(GFP発現細胞)及びオレンジ色(GFP及びMKO2発現細胞)に光る細胞が若干観察されるが、大部分が赤色に光っていた。緑色に光る細胞は、Creが誘導されておらず、組み換えが起こっていないと考えられる。また、オレンジ色に光る細胞では、組み換えが正常に起こっていない、あるいはGFPの分解が十分でないと考えられた。以上のことから、GFP遺伝子の「オン」から「オフ」へのスイッチング及びmKO2遺伝子の「オフ」から「オン」へのスイッチングは優れた同調性でかつ迅速に行われていることがわかった。
【0091】
(フローサイトメトリー)
フローサイトメトリーは、Beckman-Coulter社のCell Lab Quanta SC MPLを用いた。蛍光はCell Lab Quanta SCに組み込みの488nmのレーザーで励起した。mKO2(及びGFP)に最適化したフィルターセットとして、表1のフィルター及びミラー(Opt Science社)を用いた。
【0092】
【表1】

【0093】
フローサイトメーターのゲインとフォトマル電圧は、標準株(B51)の出力(FL2/SS、後述)がおよそ1となるように調整した。また、FL1(蛍光1チャンネル)からの漏れこみを相殺するようにコンペンセーションを設定した。サンプル中のごみ及びノイズを除去するため、SS(側方散乱)、EV(電気体積)及びFL2(蛍光2チャンネル)にウインドウを設定し、データーを選別した。条件を満たす細胞がおよそ5000個(乃至10000個)になるまで測定を続けた。蛍光強度を酵母の細胞の大きさに因らない値で評価するため、SSが細胞の大きさに比例するとの仮定の下、FL1/SS、FL2/SSをそれぞれGFP出力、mKO2出力と定義した。出力の分布をIgor Pro(Wavemetrics社)を用いて以下のように計算した。
【0094】
【数1】

【0095】
なお、mKO2の相対蛍光出力が必要な場合は、GFPと同様の方法で計算した(GFPとmKO2を読み換え、FL1をFL2に読み替える)。また、出力分布を表示する場合、度数分布をイメージ表示した。すなわち、Z軸の値0→1が白→黒のグラデーションとなるように着色した。時系列の出力分布イメージをファイルに保存し、ImageMagick (http://www.imagemagick.org) を用いてGIFアニメーションを作成した。出力の経時変化を静的に表示する場合には、標準株の差分表示イメージ上に出力の重心をプロットした。さらに、二つの標準株の出力を同一のイメージに表示するため、差分表示を行った。GFP標準(ρGFP)とmKO2標準(ρmKO2)の度数分布の差ρdiff=ρmKO2−ρGFPを計算し、これをイメージ表示した。Z軸の値-1→0→1が緑→白→赤のグラデーションとなるように着色した。
【0096】
さらに、詳細にスイッチの切り替えに伴う遺伝子の出力の変化(GFPとmKO2の蛍光強度の変化)を解析するために、細胞の大きさを相殺することにより、体積あたりの蛍光強度の比較が可能なFL1/SS値とFL2/SS値を使って出力分布の変化を調べた。結果を図9に示す。
【0097】
図9に示すように、誘導前(図9C)及び誘導開始後10時間(図9D)の出力分布は、それぞれ、GFP標準株及びmKO2標準株のものとほぼ等しかった。また、出力の重心は図9Bのように移動した。以上のことから、GFP遺伝子の出力は、誘導開始後10時間でほぼ完全にmKO遺伝子の出力にスイッチングされたことがわかった。また、誘導開始から4時間後にGFPの出力が低下し始めた。7時間後には、GHP遺伝子の出力がほぼオフになることがわかった。また、別途行ったサザンハイブリダイゼーションの結果から誘導開始後、2時間で遺伝子型の切替えが生じていることがわかった。
【配列表フリーテキスト】
【0098】
配列番号2,5:改変したGAL1プロモーター
配列番号6〜23、27、28、31、32:プライマー
配列番号24、25、26、29、30:コンストラクト用DNA断片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラクトース誘導系を備えるとともに、
グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域と、
プロモーターと、前記DNA組換えタンパク質の作用部位と、以下の条件(a)及び(b)のいずれかで前記プロモーターと前記作用部位に対して配置される遺伝子と、を含む、第2のDNA領域と、
を備える、遺伝子の発現の切替えをするための遺伝子スイッチを備える真核細胞。
(a)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下から外れ発現停止となる
(b)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下で発現可能となる
【請求項2】
前記ガラクトース誘導性プロモーターは、2個以上のMig1レプレッサー結合部位を有する、請求項1に記載の細胞。
【請求項3】
前記ガラクトース誘導性プロモーターは、改変されたGAL1プロモーターである、請求項1又は2に記載の細胞。
【請求項4】
前記改変されたGAL1プロモーターは、配列番号2で表される塩基配列を有する、請求項3に記載の細胞。
【請求項5】
前記第1のDNA領域は、前記DNA組換えタンパク質をコードするDNAの転写産物の寿命をCYC1遺伝子のターミネーターよりも短くすることができるターミネーターを備えている、請求項1〜3のいずれかに記載の細胞。
【請求項6】
前記ターミネーターは、MFA2遺伝子のターミネーターである、請求項1〜5のいずれかに記載の細胞。
【請求項7】
前記第2のDNA領域は、前記条件(a)で配置される遺伝子を第1の遺伝子として備えるとともに、前記条件(b)で配置される遺伝子を第2の遺伝子として備える、請求項1〜6のいずれかに記載の細胞。
【請求項8】
Gal1活性を有するタンパク質とGal2活性を有するタンパク質の発現が増強されている、請求項1〜7のいずれかに記載の細胞。
【請求項9】
前記第1のDNA領域及び前記第2のDNA領域を、前記細胞の染色体上に備える、請求項1〜8のいずれかに記載の細胞。
【請求項10】
前記細胞は、酵母細胞である、請求項1〜9のいずれかに記載の細胞。
【請求項11】
グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域を備える、遺伝子発現のスイッチング用細胞材料。
【請求項12】
遺伝子の発現の切替えするための遺伝子スイッチングカセットであって、
グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、カセット。
【請求項13】
遺伝子発現スイッチング用材料であって、
グルコースによる抑制効果が増強されたガラクトース誘導性プロモーターと、前記ガラクトース誘導性プロモーターの制御下に発現可能に連結されるDNA組換えタンパク質をコードするDNAと、を含む、第1のDNA領域と、
プロモーターと、前記DNA組換えタンパク質の作用部位と、以下の条件(a)及び(b)のいずれかで前記プロモーターと前記作用部位に対して配置される遺伝子と、を含む、第2のDNA領域と、を1又は2以上のベクター上に備える、材料。
(a)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下から外れ発現停止となる
(b)前記DNA組換えタンパク質が前記作用部位に作用したときに、前記プロモーターの制御下で発現可能となる
【請求項14】
前記1又は2以上のベクターは、構成的プロモーターの制御下に発現可能に連結されるGal1活性を有するタンパク質をコードするDNAと、構成的プロモーターの制御下の発現可能に連結されるGal2活性を有するタンパク質をコードするDNAと、備える、請求項13に記載の材料。
【請求項15】
ガラクトースを用いた遺伝子発現のスイッチング方法であって、
請求項1〜10のいずれかに記載の細胞に対してガラクトースを供給して、前記第1の遺伝子の発現をスイッチングする工程を備える、方法。
【請求項16】
前記切替え工程は、一時的にのみガラクトースを供給する工程である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
有用物質を生産する方法であって、
請求項1〜10のいずれかに記載の細胞であって前記有用物質を生産する細胞に対してガラクトースを供給して、前記遺伝子の発現をスイッチングして、前記有用物質を生産する工程を備える、方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−24041(P2012−24041A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−167539(P2010−167539)
【出願日】平成22年7月26日(2010.7.26)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】