説明

刺繍用ポリエステルミシン糸

【課題】良好な光沢を有しつつ縫製時にタオル目の発生の懸念がなく、優れた縫目外観を与える刺繍用ポリエステルミシンン糸を提供すること。
【解決手段】単繊維繊度が1.7〜9.0dtexのポリエステルマルチフィラメントからなる刺繍用ミシン糸であって、該マルチフィラメントを構成する単繊維横断面の外周部の少なくとも一部が連続的に鏡面反射光を生じせしめる平坦面で構成され、かつ該単繊維が下記の一般式(式中、R1 及びR2 は1価の有機基、Xは金属、nは1又は0を示す)で表されるリン化合物とアルカリ土類金属化合物とを反応させることにより析出させた内部析出系微細粒子を0.45重量%以上含み、且つ該単繊維表面に直径5〜200nmの微細な凹凸を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は縫製時にタオル目やパッカリングの発生が少なく,光沢の優れた刺繍用ポリエステルミシン糸に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、ポリエステルミシン糸は強力が大きく、可縫性に優れているので各種用途に多く用いられている。通常、ミシン糸は縫製品の中で目立たないことが望まれる場合が多いので、鏡面反射を起こしにくい、単繊維断面が円形のポリエステルミシン糸が用いられている。また、フォーマルウエア等濃色が使用されることが多い用途においては、単繊維表面に可視光の波長領域にある微細な凹凸を形成させ、縫製素材との同色性を高めるといった工夫もなされている(例えば特開平3−241028号公報など)。
一方、飾り縫いや刺しゅう縫いの場合には縫目ができるだけ目立った方が良く、これまで光沢の良い絹ミシン糸や、レーヨンミシン糸が多く用いられてきた。
【0003】
最近、このような用途に適した光沢の良いポリエステルミシン糸を得るために、単繊維横断面が3〜6角形のポリエステルマルチフィラメントミシン糸が提案されている。該ミシン糸は確かに光沢の面では優れているが、縫製時の縫製張力が弱い場合は縫目締りが悪く、極端な場合は縫目がループ状にたるむ(以下タオル目と言う)といった重大欠点が発生し、製品の外観を著しく損なうという問題があった。
【0004】
これらの問題を解決するため、本発明者らは先に、糸条表面に微小なループ状張り出し部を形成させたポリエステルミシン糸を提案した(特開平1−321942号公報)が、特に縫製張力が弱い場合には、充分な効果が発揮できなかったのが実情である。
また、繊維表面に微細な凹凸を付与したポリエステルミシン糸も提案した(特開平6−173133号公報)が、糸を均一にアルカリ減量する必要があり、その品質制御に難があった。
【0005】
【特許文献1】特開平3−241028号公報
【特許文献2】特開平1−321942号公報
【特許文献3】特開平6−173133号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、上記従来技術の有する問題点を解決し、良好な光沢を有しつつ縫製時にタオル目の発生の懸念がなく、優れた縫目外観を与える刺繍用ポリエステルミシンン糸を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は上記目的を達成するため鋭意検討した結果、単繊維横断面の外周部の少なくとも一部が平坦面で構成される繊維表面に微細な凸部を形成することにより、良好な光沢とタオル目の発生防止を両立し得ることを究明した。
【0008】
かくして本発明によれば、単繊維繊度が1.7〜9.0dtexのポリエステルマルチフィラメントからなる刺繍用ミシン糸であって、該マルチフィラメントを構成する単繊維横断面の外周部の少なくとも一部が連続的に鏡面反射光を生じせしめる平坦面で構成され、かつ該単繊維が下記の一般式(式中、R1 及びR2 は1価の有機基、Xは金属、nは1又は0を示す)で表されるリン化合物とアルカリ土類金属化合物とを反応させることにより析出させた内部析出系微細粒子を0.50重量%以上含み、且つ該単繊維表面に直径5〜200nmの微細な凹凸を有することを特徴とする刺繍用ポリエステルミシン糸が提供される。
【0009】
【化1】

【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、良好な光沢を有しつつ縫製時にタオル目の発生の懸念がなく、優れた縫目外観を与える刺繍用ポリエステルミシンン糸が提供されるので、各種刺繍用途に好適に使用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のミシン糸は、良好な光沢を得るために、単繊維横断面の外周部の少なくとも一部が、連続的に鏡面反射光を生じせしめる平坦面で構成される必要がある。即ち、光が物体に当たった場合、その一部は正反射(入射角度と反射角度が等しい)するが、この時、正反射光が連続的な鏡面反射光であれば、それは物体の光沢としてより強く視認されるからである。具体的な単繊維横断面としては、偏平断面、三角断面、四角断面、五角断面、六角断面やその変形断面等が挙げられる。特に、三角断面は刺繍用ポリエステルミシン糸用として最も好適である。
【0012】
前記したように、良好な光沢を得るために、単繊維横断面の少なくとも一部に平坦面を有するポリエステルフィラメント糸を用いた場合、平坦面と平坦面が接触した時に接触面積が大きくなり、糸/糸の摩擦抵抗を大きくして、タオル目の発生を促進させる欠点がある。本発明者等は繊維表面に微細な凹凸部を形成することにより良好な光沢付与とタオル目の発生防止を両立させた。
【0013】
前述の、繊維表面の微細な凹凸部とは繊維表面を電子顕微鏡等で拡大(約50000倍)した時に観察される凹凸部であって、その大きさは、タオル目を防止し、かつ光沢を保持するためには直径5〜200nmの範囲が好ましい。
【0014】
刺繍用ポリエステルミシン糸の単繊維繊度は、小さ過ぎると、前記平坦面の単繊維あたりの面積が小さくなり、鏡面反射光が少なく肉眼に光沢として視認されない。逆に単繊維繊度が大き過ぎると、平坦面と平坦面の接触面積が大となってタオル目が防止できない。すなわち、本発明による、ポリエステルミシン糸の適正単繊維繊度は1.7〜9.0dtexである。
【0015】
本発明のポリエステルミシン糸を得るには、下記の一般式(式中、R1 及びR2 は1価の有機基、Xは金属、nは1又は0を示す)で表されるリン化合物とアルカリ土類金属化合物とを反応させることにより析出させた内部析出系微細粒子を0.50重量%以上含むポリエチレンテレフタレートを、直線部を有する形状(例えば三角形)の孔をもつ紡糸用キャップを用いて常法により紡糸し、延伸することにより繊維表面に5〜200nmの微細な凹凸部を有するポリエステルマルチフィラメント糸を得、引き続きこれに下撚を施して単糸となし、該単糸の複数本を引揃えて上撚を施して合撚糸となし、かくして得られた糸条を染色し、平滑性油剤(シリコン系油剤等)を付与して刺繍用ミシン糸を得る方法が例示される。
【0016】
【化2】

【0017】
かくして得られた本発明のポリエステルミシン糸は、単繊維表面に微細な凹凸を有しているので、単繊維横断面の外周部の一部に平坦面を有するにもかかわらず、タオル目やパッカリングの発生を著しく低下させることが可能である。
【0018】
図1は縫製メカニズムを説明する図であり、上糸が下糸ボビン5をくぐり抜けて引き上げられる時の状態を示している。引き上げられる側(ミシン針6側)の上糸2と縫目側の上糸1とはミシン針であけられた縫製布7の穴4の中で相互に接触している。この時に相互の糸の接触摩擦抵抗が大きいと上糸1と2が一緒に上昇して上糸1が縫製布7の上部にたるみ(タオル目3)を発生させる。特に、飾り縫いや刺しゅう縫いの場合、細いミシン針で厚い布を縫製するので4の穴が細長く、上糸1と2には強い圧力がかかり、タオル目が発生しやすい。
【0019】
もし上糸2を引き上げる張力(縫製張力)が強い場合は一端発生したタオル目も縫製張力により引き戻されて解消するが、今度は縫製張力により縫製布7が引締められ座屈してパッカリングが発生する。縫製張力が弱い場合は、パッカリングの発生は少ないがタオル目が解消されない。すなわち、タオル目とパッカリングの両者を防止するには、相互の糸の接触摩擦抵抗を小さくして上糸1と2が一緒に上昇することを防止しなければならない。
【0020】
単繊維横断面形状の一部に平坦面を有しない場合、例えば丸断面の場合は相互の糸の接触(微細にみれば単繊維と単繊維の接触)は図2に示すように点接触で接触摩擦抵抗は小さく縫製張力が弱い場合でもタオル目の発生はほとんどない。しかし、単繊維横断面形状の一部に平坦面を有する場合、例えば三角断面の場合は相互の糸の接触(微細にみれば単繊維と単繊維の接触)は図3に示すように面接触となり接触摩擦抵抗が極めて大きくタオル目が発生しやすい。
【0021】
本発明のポリエステルミシン糸は、単繊維横断面の外周部に平坦面を有するが、該単繊維表面に微細な凸部が付与されており、例えば図4に示すように相互の糸の接触(微細にみれば単繊維と単繊維の接触)は点接触となり接触摩擦抵抗が小さく、縫製張力が弱い場合(パッカリングの発生が少ない)でもタオル目の発生を防止することができる。
【0022】
前述のように、特開平3−241028号公報においても、繊維表面に可視光の波長領域にある微小な凹凸を設けたミシン糸が提案されている。しかし、この提案の意図するところは、微小な凹凸で光の鏡面反射を防止して濃色のミシン糸を得、縫い目を目立たなくさせようとするものであり、鏡面反射量をできるだけ増やそうとする本発明とはその技術思想が全く逆である。さらに、本発明のミシン糸の繊維表面の微細な凹凸はタオル目を防止せんとするものであって、前記の提案にはこのような考え方は一切示されていない。
【0023】
さらに、本発明のポリエステルミシン糸は、単繊維表面に微細な凸部を有していても優れた光沢を得ることができる。即ち、凹凸部のサイズが可視光の波長領域(400〜700nm)より小さいため光の反射への影響が少なく、かつ本発明のポリエステルミシン糸は、単繊維横断面の外周部に平坦面を有し、しかも単繊維デニールを適正化することにより平坦面を大きくし、連続的に生じた鏡面反射光を強めることができるからである。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を挙げて本発明の構成および効果をさらに詳細に説明する。なお、実施例における縫目外観、光沢は下記の方法で測定したものである。
【0025】
(1)縫目外観
本縫いミシンを用い、縫製速度500rpm、ミシン針#7、15ステッチ/cmの縫目ピッチで、縫製張力を50gに一定させて、サージを70cm縫製した。得られた縫目について縫目外観を視感判定した。
【0026】
(2)光沢
ポリエステルミシン糸で各々平編地を編成して光沢測定用の試料とし、島津(株)製分光光度計UV3100Sを用いて、該試料の波長500nm(可視光波長領域)における反射率(%)を測定した。光沢の良いミシン糸を得るには、65%以上の反射率が必要である。
【0027】
[実施例1]
(a)ポリマーの製造
テレフタル酸ジメチル100部、エチレングリコール60部、酢酸カルシウム1水塩0.06部(テレフタル酸ジメチルに対して0.066モル%)をエステル交換缶に仕込み、窒素ガス雰囲気下4時間かけて140℃から230℃まで昇温して生成するメタノールを系外に留去しながらエステル交換反応を行った。
【0028】
続いて得られた反応生成物に、0.4部のリン酸トリメチル(テレフタル酸ジメチルに対して0.554モル%)と0.25部の酢酸カルシウム1水塩(リン酸トリメチルに対して1/2倍モル)とを6.8部のエチレングリコール中で120℃の温度において全還流下60分間反応せしめて調整したリン酸ジエステルカルシウム塩の透明溶液8.3部に室温下0.5部の酢酸カルシウム1水塩(リン酸トリメチルに対して0.9倍モル%)を溶解せしめて得たリン酸ジエステルカルシウム塩と酢酸カルシウムとの混合透明溶液8.8部を添加し、次いで三酸化アンチモン0.04部を添加して重合缶に移した。
【0029】
次いで1時間かけて760mmHgから1mmHgまで減圧し、同時に1時間30分かけて230℃から285℃まで昇温した。1mmHg以下の減圧下、重合温度285℃で更に3時間、合計4時間30分重合して、極限粘度0.640、軟化点259℃のポリマーを得た。反応終了後ポリマーを常法に従いチップ化した。このチップ中の内部析出系微細粒子の含有量は0.51重量%であった。
【0030】
(b)ポリエステルマルチフィラメント糸の製造
前記のチップを常法により溶融紡糸し、1090m/分の巻き取り速度で巻き取った。次いで通常の方法で延伸を行ない、三角断面、133dtex/48フィラメントのポリエステルマルチフィラメント糸を得た。
【0031】
(c)ミシン糸用撚り糸の製造
上記のポリエステルマルチフィラメント糸2本に、それぞれ600T/MのS方向撚りを施して単糸とし、該単糸を2本を揃えて500T/MでZ方向に合撚して、ミシン糸用撚り糸を得た。
【0032】
(d)ミシン糸の製造
上記(c)で得られた撚り糸を染色用チューブに巻き、濃度35g/lの苛性ソーダ溶液で100℃、30分間のアルカリ減量処理を施した。その後、中和(酢酸0.3cc/l、10分)、水洗した後、130℃、60分の熱水処理(光沢を比較するため染料は用いず、染色条件と同条件で熱処理)を施し、乾燥した後、シリコン系油剤を3%付加してポリエステルミシン糸を得た。
【0033】
得られたポリエステルマルチフィラメント糸の単繊維繊度は2.5デシテックスで、さらに繊維表面を電子顕微鏡で50000倍に拡大して観察したところ、直径5〜200nmの微細な凹凸部が多数観察された。
【0034】
[比較例1]
実施例1において、内部析出剤を添加せず、常法にてポリエチレンテレフタレートポリマーを製造し、常法にて溶融紡糸、延伸を行って、三角断面、133dtex/48フィラメントのポリエステルマルチフィラメント糸を得た。該ポリエステルマルチフィラメント糸の単繊維繊度は2.8デシテックスで、さらに繊維表面を電子顕微鏡で50000倍に拡大して観察したところ、繊維表面は平滑であった。次いで、実施例1の(c)、(d)と同様の工程を経て刺繍用ポリエステルミシン糸を得た。
得られた刺繍用ポリエステルミシン糸の縫目外観、光沢の測定結果を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
第1表に示す通り、本発明のによる刺繍用ポリエステルミシン糸は、タオル目やパッカリングの発生がなく、しかも光の反射率が高く光沢に優れている。
これに比べ、比較例1の刺繍用ポリエステルミシン糸は、光の反射率が高く光沢に優れているものの、タオル目の発生が多く、刺繍外観品位の劣るものであった。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、良好な光沢を有しつつ縫製時にタオル目の発生の懸念がなく、優れた縫目外観を与える刺繍用ポリエステルミシンン糸が提供されるので、各種刺繍用途に好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】タオル目の発生機構を説明する為の斜視図。
【図2】丸断面繊維の接触状態を示す平面図。
【図3】三角断面繊維の接触状態を示す平面図。
【図4】本発明のポリエステルミシン糸を構成する単繊維の接触状態を示す平面図。
【符号の説明】
【0039】
1 縫目側の上糸
2 ミシン針側の上糸
3 タオル目
4 ミシン針であけられた縫製布の穴
5 下糸用ボビン
6 ミシン針
7 縫製布

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単繊維繊度が1.7〜9.0dtexのポリエステルマルチフィラメントからなる刺繍用ミシン糸であって、該マルチフィラメントを構成する単繊維横断面の外周部の少なくとも一部が連続的に鏡面反射光を生じせしめる平坦面で構成され、かつ該単繊維が下記の一般式(式中、R1 及びR2 は1価の有機基、Xは金属、nは1又は0を示す)で表されるリン化合物とアルカリ土類金属化合物とを反応させることにより析出させた内部析出系微細粒子を0.50重量%以上含み、且つ該単繊維表面に直径5〜200nmの微細な凹凸を有することを特徴とする刺繍用ポリエステルミシン糸。
【化1】

【請求項2】
単繊維横断面が三角形であることを特徴とする請求項1記載の刺繍用ポリエステルミシン糸。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−52507(P2006−52507A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−236479(P2004−236479)
【出願日】平成16年8月16日(2004.8.16)
【出願人】(303013268)帝人テクノプロダクツ株式会社 (504)
【Fターム(参考)】