説明

加工による相変態を利用した傾斜機能材料の製造方法

【課題】加工によって生じる相変態を利用した傾斜機能材料の製造方法
【解決手段】ひずみ導入で相変態が生じる材料に対して、その表面に加工を加えることによって、材料表面近傍のみに相変態を生じさせることによって、材料組織、機械的特性あるいは機能が傾斜分布した傾斜機能材料を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料への表面加工によって生じる相変態を利用して傾斜機能材料を製造するための製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
傾斜機能材料は、複数の異なる素材が傾斜分散させることで、一つの材料内部で組成や組織が位置によって傾斜した材料のことである。この傾斜機能材料では、組成や組織が傾斜分散しているため、強度やその他の材料特性が材料内部で連続的に変化している特長をもつ(図1)。それゆえ、傾斜機能材料は、強度など材料特性が材料内部で不連続に変化する従来の複合材料に比べて、界面剥離によって生じる破壊の心配が少ない。
【0003】
このような傾斜機能材料の製造方法には、すでに多くの製造方法が提案されている。特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4および特許文献5で提案されている傾斜機能材料の製造方法は、母相となる素材を溶解し、その中の固相粒子を遠心力で傾斜分散させることによって連続的組成傾斜を持つ材料を作製する方法である。よって、この従来技術は、母材となる素材の融点が比較的低く、かつ母材の溶解装置および遠心力印加装置を用いないと傾斜機能材料の製造が困難である欠点を有する。
【0004】
一方で、特許文献6では、くさび形状のオーステナイト系ステンレス鋼に不均一圧縮加工を施すことにより、材料内部に不均一ひずみを生じさせ、それによって材料内部にマルテンサイト変態を不均一に生じさせることによって、硬さおよび磁性が傾斜分布した傾斜機能材料を製造する製造技術を提案している。特許文献6は、鉄鋼材料のような融点が比較的高い素材に対し、溶解装置および遠心力印加装置を利用せずに傾斜機能材料を製造できるが、素材の形状がくさび形状であるため、複雑な形状を有する製品の製造が困難である欠点を有している。さらに、特許文献6では、くさび形状の加工に圧縮加工装置が必要であるため、工業的に用いられている加工装置での製造が困難で、かつ量産への適用が困難である欠点を有していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−80972号公報
【特許文献2】特開2001−115224号公報
【特許文献3】特開2001−112263号公報
【特許文献4】特開2001−252753号公報
【特許文献5】特開2003−166028号公報
【特許文献6】特開2001−152247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記点に鑑みて、鉄鋼材料のような融点が高い素材で、複雑な形状を有する製品にも適応可能であり、かつ工業的に用いられている加工装置を用いて、材料組織、機械的性質および機能が傾斜した傾斜機能材料を製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載の発明では、材料の組織が傾斜分布した傾斜機能材料を得るために、変形によって相変態が生じる材料にショットピーニングや摩擦摩耗などのような任意の表面加工技術で表面近傍のみに加工を施し、それによって材料表面から内部へ向かってひずみ量が傾斜したひずみ分布を導入し、かつ導入したひずみによって相変態を生じせしめ、材料表面から内部へ向かって組織が傾斜分布した傾斜機能材料を製造することを特徴とする。このとき、表面加工技術は、材料表面にひずみを導入することが可能な技術であれば、どの加工技術でもよい。
【0008】
請求項2に記載の発明では、材料の機械的性質が傾斜分布した傾斜機能材料を得るために、請求項1に記載した手法を用いて、元の母相と機械的性質が異なる相を加工による相変態で生じさせ、かつ相変態で生じた相の分布が材料表面から内部へ向かって傾斜分布させることで、材料表面から内部へ向かって機械的性質が傾斜分布した傾斜機能材料を製造することを特徴とする。機械的性質は、代表例として強度や延性が挙げられるが、ここではすべての機械的性質を含む。また、請求項1と同様に、表面加工技術は、材料表面を変形させることが可能な技術であればいずれの加工技術でもよい。
請求項3に記載の発明では、材料の機能特性(磁性、電気抵抗など)が傾斜分布した傾斜機能材料を得るために、請求項1に記載した手法を用いて、元の母相と機能特性が異なる相を加工による相変態で生じせしめ、かつ相変態で生じた相の分布が材料表面から内部へ向かって傾斜分布させることで、材料表面から内部へ向かって機能特性(磁性、電気抵抗など)が傾斜分布した傾斜機能材料を製造することを特徴とする。
【0009】
請求項4に記載の発明では、請求項1、請求項2および請求項3に記載した傾斜機能材料の製造手法において、材料表面の加工条件を変化させることによって、その加工で形成する相変態で生じる相の傾斜分布を制御し、材料表面から内部へ向かった組織および機能特性および機械的性質の傾斜分布を制御できることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】傾斜機能材料の特徴を示す図である。左図は従来の複合材料であり、右図は傾斜機能材料の模式図である。具体例として、セラミックスと金属の組み合わせを示している。
【図2】サブゼロ処理を施したFe−33mass%Ni合金の摩耗前の組織を示した光学顕微鏡写真である。
【図3】サブゼロ処理を施したFe−33mass%Ni合金における摩耗後の摩耗表面近傍の写真である。右図が光学顕微鏡写真であり、中央が後方散乱電子線回折法で得られた逆極点図を示し、結晶方位分布を示している。この図では組織の細かさを示している。左図は、マルテンサイト相およびオーステナイト相の分布を示した相の分布図である。
【図4】サブゼロ処理を施したFe−33mass%Ni合金における摩耗表面から内部へ向けたビッカース硬さ分布を示している。
【図5】オーステナイト化処理を施したFe−30mass%Ni合金の摩耗前の組織を示した光学顕微鏡写真である。
【図6】オーステナイト化処理を施したFe−30mass%Ni合金における摩耗後の摩耗表面近傍の写真である。右図が光学顕微鏡写真であり、中央が後方散乱電子線回折法で得られた逆極点図、左図が相の分布図を示している。
【図7】オーステナイト化処理を施したFe−30mass%Ni合金における摩耗表面から内部へ向けたビッカース硬さ分布を示している。
【図8】サブゼロ処理を施したFe−33mass%Ni合金にショットピーニング処理を施した後の表面近傍の組織写真である。右図が光学顕微鏡写真であり、中央が後方散乱電子線回折法で得られた逆極点図、左図が相の分布図を示している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本実施形態は、加工によって相変態が可能な材料に対し、ショットピーニング、摩擦摩耗などのような方法で表面に加工を施し、材料表面および表面近傍で局所的なひずみを導入することによって相変態を生じさせ、材料表面から内部に向けて組織、機械的性質および材料機能(磁性、電気特性や耐腐食性など)が傾斜分布した傾斜機能材料を作製するものである。このとき、材料表面への加工方法は、ショットピーニングや摩擦摩耗以外の加工法であっても構わない。さらに、作製する傾斜機能材料の組織、機械的性質および材料機能の傾斜分布は、加工条件を変化させることによって制御可能である。本実施形態では、Fe−Ni合金に対して摩擦摩耗あるいはショットピーニングを施す方法を用いるが、これが材料系や加工法を限定するものではない。
図2は、サブゼロ処理を施したFe−33mass%Ni合金における摩擦摩耗前の組織写真である。摩擦摩耗前におけるマルテンサイト相およびオーステナイト相の体積分率は、それぞれ83.5%および16.5%である。このとき、マルテンサイト相はbccの結晶構造を有し、オーステナイト相はfccの結晶構造を有する。摩擦摩耗前の試料は、マルテンサイト相が多い。図3は、図2で示した試料に摩擦摩耗を施した試料の摩耗表面近傍の組織写真である。図3より組織は、材料内部から摩耗表面に向かうにつれて微細になっている。また、摩耗表面近傍におけるマルテンサイト相およびオーステナイト相の体積分率は0.2%および99.8%であった。一方、材料内部はマルテンサイト相が多い。この結果から、マルテンサイト相を多く有するFe−33mass%Ni合金は、摩擦摩耗中に、摩耗表面での局所的な変形に起因した組織微細化および摩擦熱によるマルテンサイト相からオーステナイト相への逆変態(相変態)が生じていることが分かる。図4は、摩耗表面からの距離に伴う硬さ変化を示している。この図より、摩耗表面に近づくにつれて硬さが向上している。それゆえ、マルテンサイト相を多く有するFe−33mass%Ni合金に摩擦摩耗を施して局所的なひずみを加えて同時に相変態を生じさせることによって、材料内部から表面に向けて組織が微細化して硬さも向上し、かつオーステナイト相の体積分率も大きくなる傾斜機能材料を製造することが可能となった。
図5は、オーステナイト化処理して水冷のみを施したFe−30mass%Ni合金における摩擦摩耗前の組織写真である。摩擦摩耗前におけるマルテンサイト相およびオーステナイト相の体積分率は、それぞれ33.6%および66.4%である。図6は、図5で示した試料に摩擦摩耗を施した試料の摩耗表面近傍の組織写真である。図6より組織は、摩耗表面に向かうにつれて微細になっている。摩耗表面近傍におけるマルテンサイト相およびオーステナイト相の体積分率は1.6%および98.4%であった。一方、材料内部では、マルテンサイト相の体積分率がほぼ100%に近い。これは、Fe−30mass%Ni合金は、室温で変形によってマルテンサイト変態が生じるためである(加工誘起マルテンサイト変態)。この結果から、Fe−30mass%Ni合金は、摩耗中の変形によって加工誘起マルテンサイト変態が生じると同時に、摩耗表面での局所的な変形に起因した組織微細化および摩擦熱によるマルテンサイト相からオーステナイト相への逆変態が生じていることが分かる。その結果、この組成を有する合金でも、摩擦摩耗によって形成した組織は、摩耗表面から内部に向かうにつれてオーステナイト相が多い組織からマルテンサイト相が多い組織へと傾斜分布していることがいえる。図7は、摩耗表面からの距離に伴う硬さ変化を示している。この図より、摩耗表面に近づくにつれて硬さが向上している。以上の結果より、Fe−30mass%Ni合金に摩擦摩耗を施して局所的な変形を加えて相変態を生じさせることによって、材料内部から表面に向けて組織が微細化して硬さも向上し、かつオーステナイト相の体積分率も大きくなる傾斜機能材料を製造することが可能である。
図8は、サブゼロ処理を施すことによってマルテンサイト相を多く有するFe−33mass%Ni合金にショットピーニング処理を施した試料における摩耗表面近傍の微細組織である。ショットピーニング表面近傍の組織は微細化しており、内部へ向かうにつれて粗大になる。また、ショットピーニング表面では、オーステナイト相が多く存在しており、内部ではマルテンサイト相を多く有する。さらに、材料の硬さは内部に向かうにつれて小さくなっている。この結果からも、ショットピーニングという表面加工方法で材料表面のみに加工を施すと、材料表面で生じる局所的なひずみおよび相変態が生じることによって、組織および機械的性質が傾斜分布した傾斜機能材料の製造が可能であることが分かる。
例えばオーステナイト系ステンレス鋼などの場合、オーステナイト相は常磁性であり、マルテンサイト相は強磁性である。そのため、上記実施例で得る材料は、材料の加工表面から内部に向かって常磁性を有する相の多い組織から強磁性を有する相の多い組織へ磁性が傾斜した傾斜機能材料を製造することが可能となる。さらに、オーステナイト相は耐腐食性に優れ、マルテンサイト相は耐腐食性に優れていない。このことから、上記実施例で得る材料は、材料の加工表面から内部に向かって耐腐食性が傾斜した傾斜機能材料を製造することが可能となる。
また、上記実施例で得た材料の組織、機械的性質および機能特性の傾斜度合いは、表面の加工条件を変化させて相変態の発生を意図を持って制御することで、コントロールすることが可能である。
【0012】
本発明は上記実施例に制限されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して適用可能である。例えば、実施例はFe−Ni合金を用いたがステンレス鋼、炭素鋼などの他の合金を用いてもよい。また、実施例では摩擦摩耗およびショットピーニングによる表面加工を行ったが、その他の加工法によっても実施可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ひずみ導入で相変態が生じる材料に対し、ショットピーニングや摩擦摩耗のような任意の表面加工技術を用いて材料表面近傍に局所的なひずみを導入し、材料表面付近に相変態を生じさせることによって材料組織が傾斜した傾斜機能材料を得る製造方法。
【請求項2】
ひずみ導入で相変態が生じる材料に対し、ショットピーニングや摩擦摩耗のような任意の加工技術を用いて材料表面近傍に局所的なひずみを導入し、材料表面付近に相変態を生じさせることによって材料の強度および延性が連続的に変化した傾斜機能材料を得る製造方法。
【請求項3】
ひずみ導入で相変態が生じる材料に対し、ショットピーニングや摩擦摩耗のような任意の加工技術を用いて材料表面近傍に局所的なひずみを導入し、材料表面付近に相変態を生じさせることによって磁性、電気特性や耐腐食性など材料の機能特性が連続的に変化した傾斜機能材料を得る製造方法。
【請求項4】
ひずみ導入で相変態が生じる材料に対し、ショットピーニングや摩擦摩耗のような任意の加工技術を用いて材料表面近傍に局所的なひずみを導入して材料表面付近に相変態を生じさせる際に、加工条件を制御することによってことによって、材料内部における組織、機械的性質および機能特性の傾斜分布を制御する方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−214019(P2011−214019A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80243(P2010−80243)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度採択課題、文部科学省、知的クラスター創成事業「東海広域ナノテクものづくりクラスター」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)