説明

加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板

【課題】加工後の耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、Cr:10.5〜30.0%を含有するステンレス鋼板基材の表面に、外層が水和クロム酸化物層で内層が金属クロム層から成る防食めっき層を有し、前記防食めっき層の厚みが0.01〜0.10μmであることを特徴とし、好ましくは、防食めっき層は、大気開放状態の30℃,3.5%NaCl溶液中で測定されるカソード電流密度が、銀/塩化銀標準電極基準−0.6Vの条件において、2.5μA/cm以下である加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外層が水和クロム酸化物層で内層が金属クロム層から成る防食めっき層を有する耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板に関し、特に当該鋼板に冷間加工を施した後にも優れた耐食性を発揮するクロムめっきステンレス鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ステンレス鋼材に、めっき、塗装、化成処理などの各種表面処理を施して耐食性を高める技術が知られている。中でも、クロムめっきステンレス鋼材に関しては、意匠性の点からも好ましく、自動車用部品などの過酷な環境で使用されている。このような高耐食性クロムめっきステンレス鋼材に関して次の技術が開示されている。
【0003】
下記特許文献1には、ステンレス鋼製品表面に厚さ0.1〜1.0μmのクロムめっきを直接施し、0.25規定塩酸(50℃)中でのアノード分極曲線の電流密度100μA/cmに対応する電位V100.t.p.が0.5V(Ag/AgCl)以上になるように、大気中で加熱処理を施すなどの処理を加える方法が記載されている。ここで、耐食性評価方法とされたアノード分極曲線の測定条件(0.25規定塩酸、50℃)が過酷過ぎるため、目標とするV100.t.p.を得るのは容易でなく、クロムめっき後48時間以内(望ましくはめっき直後)に100〜300℃の大気中に0.5〜24時間放置する加熱処理を必要とする。このような特殊の付帯要件を伴った製品は用途によっては過剰品質である上、工程が煩雑であるため生産性を阻害するとの問題があった。
【0004】
また、下記特許文献2には、クロムめっきと酸化皮膜から成るクロムめっき製品の、5%NaCl、pH:10〜11における自然電位が−0.3V(vs.Ag/AgCl)以上になるように、陽極電解酸化処理や化学酸化処理などの湿式酸化処理を施す方法が記載されている。この方法は、特許文献1と比べて耐食性評価方法に違いがあるものの、付帯工程を必要とする点では特許文献1と同じであり、湿式処理を必要としているので廃液処理も必要となる問題があった。
【0005】
また、下記特許文献3には、クロムめっきと酸化皮膜から成るクロムめっき製品の、5%NaCl、pH:10〜11における自然電位が−0.3V(vs.Ag/AgCl)以上になるように、クロムめっきの後にプラズマ処理を施す方法が記載されている。この方法は、特許文献1、2と同様に、付帯工程を必要としていた。
【0006】
さらに、前記の従来技術は、いずれも加工、成形された製品を対象としてめっきを施す場合の技術であり、前もってクロムめっきを施した製品を加工した後の耐食性に関するものではなかった。
【0007】
一般に、クロムめっき層にはピンホールやミクロ亀裂も多く導入され、また硬質で延性に乏しく冷間加工によって損傷を受けやすいという欠点もある。各種自動車部品を始め、建材、厨房器具などの広範囲の用途に対応するには、めっき後に冷間加工が施された場合にも十分な耐食性を有することが重要であり、とりわけ広範囲の用途に供されるステンレス鋼板については十分な加工後耐食性を備えることが不可欠の要素となる。しかしながら、この点に関して、従来の技術では明らかにされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第2687014号公報
【特許文献2】特開2005−232529号公報
【特許文献3】特開2007−56282号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、加工後の耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
金属材料の耐食性は腐食環境の過酷度に依存する。マイルド環境では低級材でも充分な耐食性が得られ、過酷な環境では高級材でないと充分な耐食性が得られない。そこで、本発明においては適用されるべき腐食環境を大きく2つに分けて取り扱うことにした。すなわち、自動車部品や屋外建材など屋外で使用される場合の過酷環境を再現する手段として、乾湿繰り返しサイクルが付加される複合サイクル腐食試験(以後、CCTと略す)によって評価することとし、家電品、厨房、屋内用建材など屋内で使用される場合のマイルド環境を模擬する手段として、塩水噴霧試験(以後、SSTと略す)を用いて評価することにした。以後、過酷環境、マイルド環境の順で説明する。
【0011】
(過酷な腐食環境に対する技術)
本発明者らは、先ず、従来から知られている標準的なクロムめっき浴であるサ−ジェント浴を用いて電気めっき法でCr含有量17%のフェライト系ステンレス鋼板にクロムめっきを施し、電解時間を変化させてめっき厚みを変えた鋼板サンプルを作製し、このサンプルから採取した試験片にドロービード加工を加えた後、耐食性試験に供してクロムめっき厚みと加工後耐食性の関係を調査した。その結果を図1に示す。なお、めっき浴組成はクロム酸:100g/L、硫酸:1.0g/Lで、浴温度は50℃、電流密度は、20A/dm、電解時間を0.5〜15secとした。めっき層の厚みは、グロー放電発光分光分析装置を用いてクロムと酸素の厚み方向元素濃度プロファイルを測定して求めた。ドロービード加工は、ビード部R=4mm、ビード高さ4mmのSKD11金型を800kgで押し付けながら板厚減少率20%の引き抜き加工を施す方法を適用した。耐食性評価方法としては、JASO M610−92に準じたCCT試験とし、発銹の程度をJIS G 0595「ステンレス鋼の表面さび発生程度評価方法」(2004)に記されたRNを指標として評価した。
【0012】
図1より、めっき厚みによって加工後耐食性が支配されることがわかる。加工後耐食性には、めっき厚みは薄いほうが有利である。めっき厚みが厚いと加工によるめっき層損傷が激しくなるためである。しかしながら、同一のめっき厚みでも加工後耐食性の変動が大きいことがわかる。
【0013】
本発明者等は、この原因について調査した結果、加工後耐食性の変動は加工前のクロムめっき層の性状に依存することがわかった。すなわち、図2に示すように、加工前サンプルのカソード電流密度と加工後耐食性に明瞭な相関関係があることを知見した。
【0014】
クロムめっき材の加工後耐食性は、めっき層が局部破壊されて露出された地鉄の面積率に支配される。クロムめっき層にはピンホールやミクロ亀裂などの潜在欠陥が含まれており、加工によってこれらを起点としためっき層破壊が生じて地鉄露出に至る。したがって、めっきままの状態で潜在欠陥が少なければ加工後の地鉄露出も少なく、結果として加工後耐食性もより良好となる。
【0015】
そして、この潜在欠陥の寡多はカソード電流密度で表現できる。めっき層の外層は水和クロム酸化物であり、ここではカソード反応がほとんど起こらない。この外層に欠陥があって下地の金属クロム層あるいはさらに下地の地鉄が露出していればカソード反応が起こる。したがって、カソード電流密度の大小はめっき層外層の欠陥面積率に対応するものであり、これがクロムめっき層全体における潜在欠陥の量と相関関係にある。
【0016】
以上より、良好な加工後耐食性を得るためには、めっき層厚みが適正であることが必要で、加えて、めっきままの状態でのカソード電流密度が適正であること、がより望ましいとの結論を得た。
【0017】
次に、素材の影響について検討した。鋼成分を種々変化させた実験室溶製材を用いて冷延板を作製し、サージェント浴を用いた電気めっき法でクロムめっきを施し、めっき厚み0.02μm、カソード電流密度0.3〜0.6μA/cmのクロムめっきサンプルを作製し、前記と同様の方法で加工後耐食性を調査した。結果の一例を図3に示す。
【0018】
これより、素材のCr含有量が不十分の場合には、満足すべき加工後耐食性が得られないことがわかる。この理由は、加工時のめっき層局部破壊部位でガルバニック腐食が生じるためである。したがって、素材の自然電位はめっき層の電位より貴であることが必要であり、これを満たすためにはCr含有量が、質量%で、少なくとも15.0%以上でなければならない。
(マイルドな腐食環境に対する技術)
前記の過酷環境の場合と同じ手法で、Cr含有量13%のフェライト系ステンレス鋼板にクロムめっきを施し、電解時間を変化させてめっき厚みを変えた鋼板サンプルを作製し、このサンプルから採取した試験片にドロービード加工を加えた後、耐食性試験に供してクロムめっき厚みと加工後耐食性の関係を調査した。その結果を図5に示す。耐食性評価方法としては、JIS Z 2371に記されたSST試験とし、発銹の程度をJIS G 0595「ステンレス鋼の表面さび発生程度評価方法」(2004)に記されたRNを指標として評価した。
【0019】
図5より、前記のCCT試験結果と同様に、めっき厚みによって加工後耐食性が支配され、また、図6に示すように、加工前サンプルのカソード電流密度と加工後耐食性に明瞭な相関関係があることも、前記のCCT試験結果と同様である。
【0020】
以上より、過酷環境の場合と同様に、マイルド環境においても、めっき層厚みが適正であれば良好な耐食性が得られ、加えて、めっきままの状態でのカソード電流密度が適正であれば、より望ましいとの結論を得た。
過酷環境の場合と異なるのは、基材の必要条件である。鋼成分を種々変化させた実験室溶製材から作製した冷延板に、めっき厚みとカソード電流密度が適正なクロムめっきを施し、前記と同様の方法で加工後耐食性を調査した。結果の一例を図7に示す。
【0021】
これより、基材のCr含有量が10.5%以上であれば満足すべき加工後耐食性が得られることがわかり、前記の過酷環境におけるCr含有量15.0%より少なくなくて済む。
【0022】
本発明は前記知見に基づいて構成したものであり、その要旨は特許請求の範囲に記載した通りの下記内容である。
(1)質量%で、Cr:15.0〜30.0%を含有するステンレス鋼板基材の表面に、外層が水和クロム酸化物層で内層が金属クロム層から成る防食めっき層を有し、
前記防食めっき層の厚みが0.01〜0.10μmであることを特徴とする、加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。
(2)前記防食めっき層は、大気開放状態の30℃,3.5%NaCl溶液中で測定されるカソード電流密度が、銀/塩化銀標準電極基準−0.6Vの条件において、2.5μA/cm以下であることを特徴とする、(1)に記載の加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。
(3)質量%で、Cr:10.5〜15.0%を含有するステンレス鋼板基材の表面に、外層が水和クロム酸化物層で内層が金属クロム層から成る防食めっき層を有し、この防食めっき層の厚みが0.01〜0.10μmであることを特徴とする加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。
(4)前記防食めっき層は、大気開放状態の30℃,3.5%NaCl溶液中で測定されるカソード電流密度が、銀/塩化銀標準電極基準−0.6Vの条件において、2.5μA/cm以下であることを特徴とする(3)に記載の加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0023】
以上述べたように、本発明によれば、加工後の耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板を提供することができ、産業上有用な著しい効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】めっき層厚みと加工後のCCT耐食性の関係を示す図である。
【図2】めっきまま状態でのカソード電流密度と加工後のCCT耐食性の関係を示す図である。
【図3】素材のCr含有量と加工後のCCT耐食性の関係を示す図である。
【図4】ドロービード加工に用いる工具の形状を示す図である。
【図5】めっき層厚みと加工後のSST耐食性の関係を示す図である。
【図6】めっきまま状態でのカソード電流密度と加工後のSST耐食性の関係を示す図である。
【図7】素材のCr含有量と加工後のSST耐食性の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0026】
先ず、本発明におけるステンレス鋼板素材について説明する。
【0027】
本発明における素材としては、過酷な腐食環境に対しては、質量%で、Cr:15.0〜30.0%を含有するステンレス鋼板とし、マイルドな腐食環境に対してはCr:10.5〜15.0%を含有するステンレス鋼板とする。クロムめっきステンレス鋼板の加工後耐食性を確保する基本元素であるCrの含有量が前記範囲であれば、鋼板の金属組織は問わない。フェライト系、オーステナイト系、マルテンサイト系あるいはこれらの混合組織鋼のいずれであってもよい。また、Cr以外の耐食性に寄与するMo,Ni,Cu,Ti,Nb,C,Nなどの合金元素は、従来技術を参照して必要に応じて調整すればよい。
【0028】
以下に本発明で適用すべきスレンレス鋼板のCr含有量の限定理由を説明する。
【0029】
Crは素材の耐食性を支配する主要元素であり適量を含有させる。加工によって、めっき層が局部的に破壊されて一部で地鉄が露出する部位が形成されるが、当該部の発銹および腐食進展を極力抑制するには、めっき層と地鉄の間の電位差を極力小さくしておく必要がある。このために必要最小のCr含有量は、過酷環境に対しては質量%で15.0%、マイルド環境に対しては10.5%であり、これを下回るとガルバニック腐食が生じ、図3や図5に示すように満足すべき加工後耐食性は得られない。Cr含有量の上限は、耐食性の観点からは特に規定する必要はないが、素材自体の加工性やコスト等を考慮して、過酷環境に対しては質量%で30.0%を、マイルド環境に対しては15.0%を上限とするのが良い。
【0030】
前記組成のステンレス鋼板は、転炉や電気炉などで溶製、精錬された鋼片を熱間圧延、酸洗、冷延、焼鈍、仕上酸洗等を施す通常のステンレス鋼板の製造方法によって製造される。
【0031】
次に、本発明における防食めっき層について説明する。
【0032】
本発明における防食めっき層は、下層(内層)が金属クロム層で上層(外層)が水和クロム酸化物層から成り、0.01〜0.10μmの厚みを有するものとする。
【0033】
めっき層の上層(外層)に水和クロム酸化物層を配するのは、この表面ではカソード反応が生じないためである。加工によって地鉄露出に至るめっき欠陥が生じると当該部が腐食起点となる。ここで腐食が継続、成長していくには地鉄部のアノード溶解を支えるカソードがある面積で必要である。しかしながら欠陥周辺が水和クロム酸化物層で覆われていれば、ここではカソード反応が起こらないので、アノード溶解を支えられず、地鉄が露出していても極めて小規模で地鉄露出面上でのカソード反応が小さい場合には、腐食は容易に成長しない。このように、水和クロム酸化物層は、腐食の成長を抑止するために極めて重要な役割を果たす。なお、水和クロム酸化物層の存在は、X線光電子分光(XPS)やX線吸収端微細構造解析(EXAFS)などの表面分析法を用いて金属―酸素、金属―酸素―水素の結合を同定することによって確認できる。また、簡便には、オージェ電子分光(AES)やグロー放電電子分光(GDS)を用いて、めっき層厚み方向の元素濃度分布を測定することによって、水和クロム酸化物層の存在と厚みを把握できる。
【0034】
めっき層の厚みを規定するのは、良好な加工後耐食性を確保するためである。すなわち、図1や図5に示すように、めっき層厚みが0.10μmを超えると満足すべき耐食性が得られなくなる。これは、めっき層が厚くなることによって、ミクロ亀裂などの潜在欠陥への歪集中が増大して大規模なめっき層損傷を引き起こし地鉄露出面積が大きくなるためである。地鉄露出面積が大きくなれば、周囲が水和クロム酸化物で覆われていても地鉄面上でカソード反応が進むようになるので、腐食が成長し耐食性は劣化する。一方、めっき層厚みが0.01μm未満ではピンホールが増大して地鉄露出が増えるので耐食性も不十分となる。
【0035】
したがって、めっき層厚みは、厚すぎず薄すぎず、0.01〜0.10μmの範囲に制御するのが良く、より好ましい耐食性を得るには0.01〜0.05μmの範囲に留めるのが良い。なお、本発明で規定するめっき層厚みは、下層(内層):金属クロム層と上層(外層):水和クロム酸化物層の厚みの総和である。
【0036】
さらに、加工前のめっき層に含まれる潜在欠陥は可及的に少ないことが望ましい。潜在欠陥が多ければ、それだけ加工によってめっき層が損傷され易くなるからである。この潜在欠陥の多寡は、カソード電流密度を指標として知ることができる。めっき層の上層を被覆する水和クロム酸化物層上ではカソード反応は生じず、下層の金属クロム層あるいは地鉄上でのみカソード反応が起こるので、カソード電流密度を測定することによって潜在欠陥の程度を知ることができ、図2や図6に示すように、耐食性のより良好なめっき層を得ることができる。なお、ここで言うカソード電流密度は潜在欠陥面積率に対応するため、主にはめっき条件に依存するが、形成させるめっき厚みが極めて薄いため、めっき後のハンドリング等によって導入されるキズをも含んだ指標である。本発明で設定した望ましい条件は、大気開放状態の30℃,3.5%NaCl溶液中で測定されるカソード電流密度が、銀/塩化銀標準電極基準−0.6Vの条件において2.5μA/cm以下である。
【0037】
前記要件を満たす防食めっき層は、通常の電気めっき法で得られる。めっき浴組成は特に限定する必要はなく、従来から知られているサージェント浴などを用いることができる。めっき浴としては、クロム酸:100〜400g/L、硫酸:1.0〜4.5g/Lの組成が好ましく、めっき条件としては、温度:45〜55℃、電流密度:10〜80A/dmの条件が好ましい。なお、クロム酸を主体とするめっき浴を用いて電気めっきを行えば、めっき層構造は自動的に下層が金属クロム層で上層が水和クロム酸化物層の2層構造となる。
【0038】
めっき層の厚みは、グロー放電発光分光分析法によって求められるCrとOの厚み方向濃度分布データから求めるものとする。すなわち、表面から1.0μm深さにおけるクロム濃度を基材中のクロム濃度とし、これより5.0%高く、かつ酸素濃度が10.0%未満の値を示す表面からの深さ位置をめっき厚みとして定義する。本発明で用いた機器は、JOBIN YVON社製JY5000RF−PSS型であり、分析条件としては、Current Method Program:CNBisteel−05NNN−0、Mode:Constant Electric Power 40W、Ar Pressure:775MPa、Analytical Time:90sec、Sampling Time:0.020(sec/point)、とした。
【0039】
また、カソード電流密度の測定は、静止状態かつ大気開放状態の30℃,3.5%NaCl溶液中で、銀/塩化銀標準電極を参照電極としてポテンシオスタットを用いた動電位法によって測定されるカソード分極曲線から求めるものとする。本発明では、東方技研(株)製ポテンシオスタットPS−08型を用い、試験片を前記溶液に浸漬後1分経過時点から掃引速度20mV/minでカソード分極曲線を測定し、銀/塩化銀標準電極基準−0.6Vにおける電流密度を本発明で言うカソード電流密度として求めた。
【0040】
また、加工後耐食性の評価方法としては、幅40mmの短冊試験片にドロービード加工を施し、脱脂・端面シールを施した後にCCT試験またはSST試験を行って評価するものとする。ドロービード加工は、短冊試験片に予め潤滑油(カストロールNo.122)を塗布し、図4に示す形状の1対の工具を荷重800kgで押し付けながら引き抜き速度:200mm/minで板厚減少率20%の引き抜き加工を施すものとする。CCT試験は、JASO M610−92に規定される条件で行い、30サイクル経過後の発銹の程度をJIS G0595に規定のRNを指標として評価し、RN6.5点以上を合格とする。また、SST試験は、JIS Z 2371に記されたSST試験とし、1000Hr暴露した後の発銹程度をJIS G 0595規定のRNを指標として評価し、RN6.5以上を合格とする。
【実施例】
【0041】
(実施例1)
表1に示す組成のステンレス鋼を150kg真空溶解炉で溶製し、50kg鋼塊に鋳造した後、熱延−熱延板焼鈍−酸洗−冷延−中間焼鈍−酸洗−冷延−仕上焼鈍−仕上酸洗の工程を通して板厚0.8mmの鋼板を作製した。
【0042】
このステンレス鋼板を素材とし、サージェント浴を用いた電気めっき法で防食めっき層を形成させた。このサンプルのめっき層厚み、カソード電流密度を測定すると共に、ドロービード加工を施した後の耐食性を評価した。
【0043】
めっき浴組成はクロム酸:100g/L、硫酸:1.0g/Lで、浴温度は50℃、電流密度は、20A/dmとし電解時間を0.5〜15secの範囲で変化させてめっき層厚みを変えた。
【0044】
めっき層の厚みは、前記の方法で、グロー放電発光分光分析装置を用いてクロムと酸素の厚み方向元素濃度プロファイルから求め、下層(内層):金属クロム層と上層(外層):水和クロム酸化物層の厚みの総和である。
【0045】
ドロービード加工は、予め潤滑油(カストロールNo.122)を塗布した幅40mmの短冊試験片に、図4に示す形状の1対の工具を800kgで押し付けながら引き抜き速度:200mm/minで板厚減少率20%の引き抜き加工を施す方法を取った。
耐食性評価方法としては、JASO M610−92のCCT試験とし、試験期間は30サイクルとした。発銹の程度をJIS G0595規定のRNを指標として評価し、RN6.5点以上を合格として評価した。
【0046】
試験の条件と結果を表2に示す。本発明No.1〜7、No,11〜13,15は、素材のCr含有量とめっき層厚みが適正であり、カソード電流密度も望ましい範囲にあるため、優れた加工後耐食性を示した。本発明No.14、16,17は、カソード電流密度のみが、望ましい範囲を外れているので、本発明No.13.15に比べて耐食性は若干劣位となるが充分に満足できるレベルにある。一方、比較例No.101〜103は、素材のCr含有量が少なすぎ、比較例No.108、109は、めっき層厚みが不適切であり、比較例No.104〜107はめっき厚み、カソード電流密度ともに不適切であるため、満足すべき加工後耐食性が得られない。なお、比較例No.201、202は、めっきを施さない場合のステンレス鋼板自体の耐食性を示す。これらを基準に17%Cr鋼板を素材とした本発明No.No.3、12〜17を比較すると、本発明のクロムめっきによって17Cr−1.2Mo鋼板(比較例No.202)を超える加工後耐食性が得られることがわかる。
(実施例2)
表3に示すステンレス鋼素材を用いた点と耐食性評価試験としてJIS Z 2371に記されたSST試験(試験時間1000Hr)を用いた点、以外は前記実施例1と同じ内容の試験を行った。
【0047】
試験の条件と結果を表4に示す。本発明No.301〜309は、素材のCr含有量とめっき層厚みが適正であり、カソード電流密度も望ましい範囲にあるため、優れた加工後耐食性を示した。本発明No.310〜312は、カソード電流密度のみが、望ましい範囲を外れているので、本発明No.303.307〜309に比べて耐食性は若干劣位となるが充分に満足できるレベルにある。一方、比較例No.501、502は、素材のCr含有量が少なすぎ、比較例No.507、508は、めっき層厚みが不適切であり、比較例No.503〜506はめっき厚み、カソード電流密度ともに不適切であるため、満足すべき加工後耐食性が得られない。なお、比較例No.509、510は、めっきを施さない場合の13〜14%Cr系ステンレス鋼板自体の耐食性を示す。防食めっきが施されていないため耐食性は不十分である。以上の実施例により、本発明の効果が確認された。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
【表3】

【0051】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:15.0〜30.0%を含有するステンレス鋼板基材の表面に、
外層が水和クロム酸化物層で内層が金属クロム層から成る防食めっき層を有し、
前記防食めっき層の厚みが0.01〜0.10μmであることを特徴とする、加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。
【請求項2】
前記防食めっき層は、大気開放状態の30℃,3.5%NaCl溶液中で測定されるカソード電流密度が、銀/塩化銀標準電極基準−0.6Vの条件において、2.5μA/cm以下であることを特徴とする、請求項1に記載の加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。
【請求項3】
質量%で、Cr:10.5〜15.0%を含有するステンレス鋼板基材の表面に、
外層が水和クロム酸化物層で内層が金属クロム層から成る防食めっき層を有し、
前記防食めっき層の厚みが0.01〜0.10μmであることを特徴とする加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。
【請求項4】
前記防食めっき層は、大気開放状態の30℃,3.5%NaCl溶液中で測定されるカソード電流密度が、銀/塩化銀標準電極基準−0.6Vの条件において、2.5μA/cm以下であることを特徴とする請求項3に記載の加工後耐食性に優れたクロムめっきステンレス鋼板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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