説明

効率的な人工多能性幹細胞の樹立方法

本発明は、体細胞、特にLin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞に、Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸を導入する工程を含む、iPS細胞の樹立効率改善方法を提供する。また、本発明は、体細胞にLin28BまたはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質とを導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法を提供する。さらに、該方法により得られうる、Lin28Bをコードする核酸を含むiPS細胞、該iPS細胞に分化を誘導することによる体細胞の製造方法も提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工多能性幹細胞(以下、iPS細胞という)の樹立効率の改善方法およびそのための薬剤に関する。より詳細には、本発明は、体細胞にLin28BまたはLin28Bをコードする核酸を導入する工程を含むiPS細胞の樹立効率改善方法、Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸を含有してなるiPS細胞の樹立効率改善剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マウスおよびヒトのiPS細胞が相次いで樹立された。Yamanakaらは、マウス由来の線維芽細胞に、Oct3/4, Sox2, Klf4およびc-Myc遺伝子を導入し強制発現させることによって、iPS細胞を誘導した[WO 2007/069666 A1; Takahashi, K. and Yamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006)]。その後、c-Myc遺伝子を除いた3因子によってもiPS細胞を樹立できることが明らかとなった[Nakagawa, M. et al., Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008)]。さらにYamanakaらは、ヒトの皮膚由来線維芽細胞にマウスと同様の4遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した[WO 2007/069666 A1; Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007)]。一方、Thomsonらのグループは、Klf4とc-Mycの代わりにNanogとLin28を使用してヒトiPS細胞を樹立した[WO 2008/118820 A2; Yu, J. et al., Science, 318: 1917-1920 (2007)]。具体的には、Oct3/4、Sox2およびNanogの3因子にLin28を加えることでiPS細胞のコロニー数(樹立効率)が上昇することが示されており[WO 2008/118820 A2; Yu, J. et al., Science, 318: 1917-1920 (2007)]、Lin28は初期化に不可欠ではないが、初期化効率を改善する因子であると述べられている[WO 2008/118820 A2]。
【0003】
Lin28ファミリーのメンバーとしてLin28Bが知られている。Lin28Bはもともと肝細胞癌(hepatocellular carcinoma)で過剰発現している遺伝子としてクローニングされた[Guo Y. et al., Gene, 384: 51-61 (2006)]。Lin28BはLin28と同様のRNA結合タンパクであり、マイクロRNAであるlet-7の成熟化を阻害してES細胞の分化と増殖に影響を及ぼすことが知られている[Lu L. et al., Eur. J. Cancer, 45(12): 2212-2218 (2009)]。またLin28Bは卵巣癌の進行に関与することも示唆されている[Lu L. et al., Eur. J. Cancer, 45(12): 2212-2218 (2009)]。しかしながらLin28BのiPS細胞誘導への関与については、これまで何ら開示も示唆もなされていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、iPS細胞の新規な樹立効率改善方法、樹立効率改善剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、初期化因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)にLin28またはそのファミリーメンバーであるLin28Bを加えた4遺伝子を体細胞に導入することによりiPS細胞の樹立を試みた結果、Lin28BはiPS細胞の樹立効率を改善する(コロニー数を上昇させる)効果を有しており、該効果はLin28と同等かそれ以上であることを明らかにした。また本発明者らは、体細胞の中にはLin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が認められないか、もしくは非常に低い細胞が存在することを初めて見出し、さらに驚くべきことにLin28Bは、このようなLin28の効果のない(あるいは少ない)細胞に対しても効果を有することを明らかにし、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1] 体細胞にLin28BまたはLin28Bをコードする核酸を導入する工程を含む、iPS細胞の樹立効率改善方法。
[2] 体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、上記[1]記載の方法。
[3] Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸を含有してなる、iPS細胞の樹立効率改善剤。
[4] Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞に対して導入するための、上記[3]記載の剤。
[5] 体細胞にLin28BまたはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質とを導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法。
[6] 核初期化物質がLin28およびLin28をコードする核酸以外の物質である、上記[5]記載の方法。
[7] 核初期化物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Klfファミリーのメンバー、MycファミリーのメンバーおよびNanog、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、上記[5]記載の方法。
[8] 核初期化物質が、Oct3/4、Sox2およびKlf4、またはそれらをコードする核酸を含む、上記[5]記載の方法。
[9] 体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、上記[5]〜[8]のいずれかに記載の方法。
[10] Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質とを含有してなる、体細胞からのiPS細胞の誘導剤。
[11] 核初期化物質がLin28およびLin28をコードする核酸以外の物質である、上記[10]記載の剤。
[12] 核初期化物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Klfファミリーのメンバー、MycファミリーのメンバーおよびNanog、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、上記[10]記載の剤。
[13] 核初期化物質が、Oct3/4、Sox2およびKlf4、またはそれらをコードする核酸を含む、上記[10]記載の剤。
[14] 体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、上記[10]〜[13]のいずれかに記載の剤。
[15] Lin28Bをコードする外来性核酸を含む、iPS細胞。
[16] Lin28Bをコードする外来性核酸がゲノムに組み込まれている、上記[15]記載のiPS細胞。
[17] 上記[15]または[16]記載のiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させることを含む、体細胞の製造方法。
[18] 下記の工程:
(1) 上記[5]〜[9]のいずれかに記載の方法によりiPS細胞を製造する工程、および
(2) 上記工程(1)で得られたiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させる工程、
を含む、体細胞の製造方法。
[19] iPS細胞の樹立効率改善のための、Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸の使用。
[20] Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞に対して導入するための、上記[19]記載の使用。
[21] iPS細胞の製造のためのLin28BまたはLin28Bをコードする核酸の使用であって、核初期化物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、使用。
[22] 核初期化物質が、Lin28またはLin28をコードする核酸以外の物質である、上記[21]記載の使用。
[23] 核初期化物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Klfファミリーのメンバー、MycファミリーのメンバーおよびNanog、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、上記[21]記載の使用。
[24] 核初期化物質が、Oct3/4、Sox2およびKlf4、またはそれらをコードする核酸を含む、上記[21]記載の使用。
[25] 体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、上記[21]〜[24]のいずれかに記載の使用。
[26] 体細胞の製造における、上記[15]または[16]記載のiPS細胞の使用。
[27] 体細胞の製造における細胞ソースとしての、上記[15]または[16]記載のiPS細胞。
【発明の効果】
【0007】
前述のようにLin28Bは、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果が低い体細胞に対しても効果を有するため、体細胞を選ぶことなく幅広くiPS細胞誘導に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】図1は、実施例1の結果を示すグラフである。図中、縦軸はiPS細胞のコロニー数を示す。図中「O」はヒトOct3/4を、「S」はヒトSox2を、「K」はヒトKlf4を、「M」はヒトc-Mycを、「L」はヒトLin28を、「B」はヒトLin28Bを、「MsL」はマウスLin28を、それぞれ示す。
【図2】図2は、実施例2の結果を示すグラフである。図中、縦軸はiPS細胞のコロニー数を示す。O、S、K、B、Lは、図1と同じものを示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、体細胞の核初期化工程において、Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸を該体細胞に導入することによる、iPS細胞の樹立効率の改善方法を提供する。ここで体細胞の核初期化は、体細胞に核初期化物質を導入することにより行われるので、本発明はまた、体細胞にLin28BまたはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質とを導入することによる、iPS細胞の製造方法を提供する。尚、本明細書では、核初期化物質のみではiPS細胞が樹立できず、Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸とともに体細胞に導入することによりiPS細胞が樹立される場合も、「樹立効率の改善」に該当するものとして取り扱う。
【0010】
(a) 体細胞ソース
本発明においてiPS細胞作製のための出発材料として用いることのできる体細胞は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ウシ、ブタ、ラット、イヌ等)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞(組織前駆細胞)等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞(体性幹細胞も含む)であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0011】
体細胞を採取するソースとなる哺乳動物個体は特に制限されないが、得られるiPS細胞がヒトの再生医療用途に使用される場合には、拒絶反応が起こらないという観点から、患者本人またはHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から体細胞を採取することが特に好ましい。ここでHLAの型が「実質的に同一」とは、免疫抑制剤などの使用により、該体細胞由来のiPS細胞から分化誘導することにより得られた細胞を患者に移植した場合に移植細胞が生着可能な程度にHLAの型が一致していることをいう。たとえば主たるHLA(例えばHLA-A、HLA-BおよびHLA-DRの3遺伝子座)が同一である場合などが挙げられる(以下同じ)。また、ヒトに投与(移植)しない場合、例えば、患者の薬剤感受性や副作用の有無を評価するためのスクリーニング用の細胞のソースとしてiPS細胞を使用する場合には、同様に患者本人または薬剤感受性や副作用と相関する遺伝子多型が同一である他人から体細胞を採取することが望ましい。
【0012】
用いられる体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である場合、Lin28BもしくはLin28Bをコードする核酸を該体細胞に導入する本発明の方法は特に有用である。
【0013】
哺乳動物から分離した体細胞は、核初期化工程に供するに先立って、細胞の種類に応じてその培養に適した自体公知の培地で前培養することができる。そのような培地としては、例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられるが、それらに限定されない。Lin28BもしくはLin28Bをコードする核酸、並びに核初期化物質(さらに必要に応じて、後述する他のiPS細胞の樹立効率改善物質)との接触に際し、例えば、カチオニックリポソームなど導入試薬を用いる場合には、導入効率の低下を防ぐため、無血清培地に交換しておくことが好ましい場合がある。
【0014】
(b) Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸
本発明におけるLin28Bは、配列番号:2で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質である。Lin28Bタンパク質は、ヒトや他の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、サル、ブタ、イヌなど)の細胞・組織[例えば、胸腺、骨髄、脾臓、脳、脊髄、心臓、骨格筋、腎臓、肺、肝臓、膵臓もしくは前立腺の細胞・組織、これら細胞の前駆細胞、幹細胞または癌細胞など]から、自体公知のタンパク質分離精製技術により単離・精製されるものであってもよいし、Lin28Bをコードする核酸を用いて、自体公知の遺伝子組換え技術で製造される組換えタンパク質、あるいは無細胞タンパク質合成により製造されるタンパク質であってもよい。
【0015】
「配列番号:2で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含むタンパク質」としては、配列番号:2で表されるヒトLin28Bのアミノ酸配列と約80%以上、より好ましくは約90%以上、いっそう好ましくは約95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つ配列番号:2で表されるアミノ酸配列と同質の活性を有するタンパク質である。ここで「活性」とは、iPS細胞の樹立効率改善効果であり、「実質的に同質」とは、当該効果が任意の体細胞に対してLin28Bによる効果と同等もしくはそれ以上であることを意味する。iPS細胞の樹立効率改善効果は、所定の初期化因子(例えば、Oct3/4、Sox2およびKlf4の3因子)のみを体細胞に導入した場合と、該初期化因子に加えてLin28B(もしくはLin28)を導入した場合とで、出現するiPS細胞のコロニー数を比較することにより検証することができる。
【0016】
また、本発明におけるLin28Bとして、例えば、(i)配列番号:2で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(例えば1〜10個程度、好ましくは1〜数個(5、4、3もしくは2個))のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、(ii)配列番号:2で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(例えば1〜10個程度、好ましくは1〜数個(5、4、3もしくは2個))のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、(iii)配列番号:2で表されるアミノ酸配列に1または2個以上(例えば1〜10個程度、好ましくは1〜数個(5、4、3もしくは2個))のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列、(iv)配列番号:2で表されるアミノ酸配列中の1または2個以上(例えば1〜10個程度、好ましくは1〜数個(5、4、3もしくは2個))のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、または(v)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含有し、且つ配列番号:2で表されるアミノ酸配列と同質の活性を有するタンパク質も含まれる。上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置は、iPS細胞の樹立効率改善効果が保持される限り、特に限定されない。
【0017】
Lin28Bタンパク質の好ましい例としては、例えば、配列番号:2で表されるアミノ酸配列からなるヒトLin28B(RefSeq Accession No. NP_001004317.1)、あるいは他の哺乳動物におけるそのオルソログ(例えば、GenBankにRefSeq Accession No. NP_001026942.1として登録されているマウスオルソログ、RefSeq Accession No. XP_001069344.1として登録されているラットオルソログ等)、さらにはそれらの天然のアレル変異体や多型などがあげられる。導入対象である体細胞の動物種に応じて、これと同種のLin28Bを用いることが望ましい。
【0018】
Lin28Bタンパク質の体細胞への導入は、自体公知の細胞へのタンパク質導入方法を用いて実施することができる。そのような方法としては、例えば、タンパク質導入試薬を用いる方法、タンパク質導入ドメイン(PTD)もしくは細胞透過性ペプチド(CPP)融合タンパク質を用いる方法、マイクロインジェクション法などが挙げられる。タンパク質導入試薬としては、カチオン性脂質をベースとしたBioPOTER Protein Delivery Reagent(Gene Therapy Systmes)、Pro-JectTM Protein Transfection Reagent(PIERCE)およびProVectin(IMGENEX)、脂質をベースとしたProfect-1(Targeting Systems)、膜透過性ペプチドをベースとしたPenetrain Peptide(Q biogene)およびChariot Kit(Active Motif)、HVJエンベロープ(不活化センダイウイルス)を利用したGenomONE(石原産業)等が市販されている。導入はこれらの試薬に添付のプロトコルに従って行うことができるが、一般的な手順は以下の通りである。Lin28Bを適当な溶媒(例えば、PBS、HEPES等の緩衝液)に希釈し、導入試薬を加えて室温で5-15分程度インキュベートして複合体を形成させ、これを無血清培地に交換した細胞に添加して37℃で1ないし数時間インキュベートする。その後培地を除去して血清含有培地に交換する。
【0019】
PTDとしては、ショウジョウバエ由来のAntP、HIV由来のTAT(Frankel, A. et al, Cell 55, 1189-93 (1988); Green, M. & Loewenstein, P.M. Cell 55, 1179-88 (1988))、Penetratin (Derossi, D. et al, J. Biol. Chem. 269, 10444-50 (1994))、Buforin II (Park, C. B. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 97, 8245-50 (2000))、Transportan (Pooga, M. et al. FASEB J. 12, 67-77 (1998))、MAP (model amphipathic peptide) (Oehlke, J. et al. Biochim. Biophys. Acta. 1414, 127-39 (1998))、K-FGF (Lin, Y. Z. et al. J. Biol. Chem. 270, 14255-14258 (1995))、Ku70 (Sawada, M. et al. Nature Cell Biol. 5, 352-7 (2003))、Prion (Lundberg, P. et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 299, 85-90 (2002))、pVEC (Elmquist, A. et al. Exp. Cell Res. 269, 237-44 (2001))、Pep-1 (Morris, M. C. et al. Nature Biotechnol. 19, 1173-6 (2001))、Pep-7 (Gao, C. et al. Bioorg. Med. Chem. 10, 4057-65 (2002))、SynBl (Rousselle, C. et al. MoI. Pharmacol. 57, 679-86 (2000))、HN-I (Hong, F. D. & Clayman, G L. Cancer Res. 60, 6551-6 (2000))、HSV由来のVP22等のタンパク質の細胞通過ドメインを用いたものが開発されている。PTD由来のCPPとしては、11R (Cell Stem Cell, 4:381-384(2009)) や9R (Cell Stem Cell, 4:472-476(2009))等のポリアルギニンが挙げられる。
【0020】
Lin28BのcDNAとPTD配列もしくはCPP配列とを組み込んだ融合タンパク質発現ベクターを作製して組換え発現させ、融合タンパク質を回収して導入に用いる。導入は、タンパク質導入試薬を添加しない以外は上記と同様にして行うことができる。
【0021】
マイクロインジェクションは、先端径1μm程度のガラス針にタンパク質溶液を入れ、細胞に穿刺導入する方法であり、確実に細胞内にタンパク質を導入することができる。
【0022】
その他、エレクトロポレーション法、セミインタクトセル法(Kano, F. et al. Methods in Molecular Biology, Vol. 322, 357-365(2006))、Wr-t ペプチドによる導入法(Kondo, E. et al., Mol. Cancer Ther. 3(12), 1623-1630(2004))などのタンパク質導入法も用いることができる。
【0023】
タンパク質導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、または1回以上5回以下等)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回または4回)繰り返して行うことができる。導入操作を繰り返し行う場合の間隔としては、例えば6〜48時間、好ましくは12〜24時間が挙げられる。
【0024】
本発明におけるLin28Bをコードする核酸は、上記いずれかの本発明におけるLin28Bタンパク質をコードするものであれば特に制限はない。該核酸はDNAであってもRNAであってもよく、あるいはDNA/RNAキメラであってもよい。好ましくはDNAが挙げられる。また、該核酸は二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNA:RNAのハイブリッドでもよい。
【0025】
Lin28BをコードするDNAは、例えば、ヒトもしくは他の哺乳動物 (例えば、マウス、ラット、サル、ブタ、イヌなど) の細胞・組織[例えば、胸腺、骨髄、脾臓、脳、脊髄、心臓、骨格筋、腎臓、肺、肝臓、膵臓もしくは前立腺の細胞・組織、これら細胞の前駆細胞、幹細胞または癌細胞など]由来のcDNAから、常法に従ってクローニングすることができる。
【0026】
Lin28Bをコードする核酸としては、例えば、配列番号:1で表される塩基配列を含有する核酸、または配列番号:1で表される塩基配列の相補鎖配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る塩基配列を含有し、前記したLin28Bと実質的に同質の活性を有するタンパク質をコードする核酸が挙げられる。配列番号:1で表される塩基配列の相補鎖配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし得る核酸としては、配列番号:1で表される塩基配列と約80%以上、好ましくは約90%以上、さらに好ましくは約95%以上の同一性を有する塩基配列を含有する核酸が用いられる。ストリンジェントな条件としては、例えば、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons,6.3.1-6.3.6, 1999に記載される条件、例えば、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)/45℃でのハイブリダイゼーション、次いで0.2×SSC/0.1% SDS/50〜65℃での一回以上の洗浄等が挙げられるが、当業者であれば、これと同等のストリンジェンシーを与えるハイブリダイゼーションの条件を適宜選択することができる。
【0027】
Lin28Bをコードする核酸は、好ましくは、配列番号:1で表されるヒトLin28Bをコードする塩基配列を含有する核酸 (RefSeq Accession No. NM_001004317.2)、あるいは他の哺乳動物におけるそのオルソログ(例えば、GenBankにRefSeq Accession No. NM_001031772.1として登録されているマウスオルソログ、RefSeq Accession No. XM_001069344.1として登録されているラットオルソログ等)、さらにはそれらの天然のアレル変異体や多型などがあげられる。導入対象である体細胞の動物種に応じて、これと同種のLin28Bをコードする核酸を用いることが望ましい。
【0028】
Lin28Bをコードする核酸の体細胞への導入は、自体公知の細胞への遺伝子導入方法を用いて実施することができる。Lin28Bをコードする核酸は、宿主となる体細胞で機能し得るプロモーターを含む適当な発現ベクターに挿入される。発現ベクターとしては、例えば、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。
用いるベクターの種類は、得られるiPS細胞の用途に応じて適宜選択することができる。例えば、アデノウイルスベクター、プラスミドベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが使用され得る。
【0029】
発現ベクターにおいて使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
【0030】
発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0031】
Lin28Bをコードする核酸は、単独で発現ベクター上に組み込んでもよいし、1以上の初期化遺伝子とともに1つの発現ベクターに組み込んでもよい。遺伝子導入効率の高いレトロウイルスやレンチウイルスベクターを用いる場合は前者が、プラスミド、アデノウイルス、エピソーマルベクターなどを用いる場合は後者を選択することが好ましい場合があるが、特に制限はない。
【0032】
上記においてLin28Bをコードする核酸と1以上の初期化遺伝子を1つの発現ベクターに組み込む場合、これら複数の遺伝子は、好ましくはポリシストロニック発現を可能にする配列を介して発現ベクターに組み込むことができる。ポリシストロニック発現を可能にする配列を用いることにより、1種類の発現ベクターに組み込まれている複数の遺伝子をより効率的に発現させることが可能になる。ポリシストロニック発現を可能にする配列としては、例えば、口蹄疫ウイルスの2A配列(配列番号:6; PLoS ONE3, e2532, 2008、Stem Cells 25, 1707, 2007)、IRES配列(U.S. Patent No. 4,937,190)など、好ましくは2A配列を用いることができる。
【0033】
Lin28Bをコードする核酸を含む発現ベクターは、ベクターの種類に応じて、自体公知の手法により細胞に導入することができる。例えば、ウイルスベクターの場合、該核酸を含むプラスミドを適当なパッケージング細胞(例、Plat-E細胞)や相補細胞株(例、293細胞)に導入して、培養上清中に産生されるウイルスベクターを回収し、各ウイルスベクターに応じた適切な方法により、該ベクターを細胞に感染させる。例えば、ベクターとしてレトロウイルスベクターを用いる具体的手段が WO2007/69666、Cell, 126, 663-676 (2006) および Cell, 131, 861-872 (2007) に開示されており、ベクターとしてレンチウイルスベクターを用いる場合については、Science, 318, 1917-1920 (2007) に開示がある。iPS細胞を再生医療のための細胞ソースとして利用する場合、Lin28Bの発現(再活性化)またはLin28B遺伝子が組み込まれた近傍に存在する遺伝子の活性化は、iPS細胞由来の分化細胞から再生された組織における発癌リスクを高める可能性があるので、Lin28Bをコードする核酸は細胞の染色体に組み込まれず、一過的に発現することが好ましい。かかる観点からは、染色体への組込みが稀なアデノウイルスベクターの使用が好ましい。アデノウイルスベクターを用いる具体的手段は、Science, 322, 945-949 (2008) に記載されている。また、アデノ随伴ウイルスも染色体への組込み頻度が低く、アデノウイルスベクターと比べて細胞毒性や炎症惹起作用が低いので、別の好ましいベクターとして挙げられる。センダイウイルスベクターは染色体外で安定に存在することができ、必要に応じてsiRNAにより分解除去することができるので、同様に好ましく利用され得る。センダイウイルスベクターについては、J. Biol. Chem., 282, 27383-27391 (2007) や特許第3602058号に記載のものを用いることができる。
【0034】
レトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターを用いる場合は、いったん導入遺伝子のサイレンシングが起こったとしても、後に再活性化される可能性があるので、例えば、Cre/loxPシステムを用いて、不要となった時点でLin28Bをコードする核酸を切り出す方法が好ましく用いられ得る。即ち、該核酸の両端にloxP配列を配置しておき、iPS細胞が誘導された後で、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞にCreリコンビナーゼを作用させ、loxP配列に挟まれた領域を切り出すことができる。また、LTR U3領域のエンハンサー−プロモーター配列は、挿入突然変異によって近傍の宿主遺伝子を上方制御する可能性があるので、当該配列を欠失、もしくはSV40などのポリアデニル化配列で置換した3’-自己不活性化(SIN)LTRを使用して、切り出されずゲノム中に残存するloxP配列より外側のLTRによる内因性遺伝子の発現制御を回避することがより好ましい。Cre-loxPシステムおよびSIN LTRを用いる具体的手段は、Soldner et al., Cell, 136: 964-977 (2009)、Chang et al., Stem Cells, 27: 1042-1049 (2009) などに開示されている。
【0035】
一方、非ウイルスベクターであるプラスミドベクターの場合には、リポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。ベクターとしてプラスミドを用いる具体的手段は、例えばScience, 322, 949-953 (2008) 等に記載されている。
【0036】
プラスミドベクターやアデノウイルスベクター等を用いる場合、遺伝子導入は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、または1回以上5回以下など)行うことができる。2種以上の発現ベクターを体細胞に導入する場合には、これらの全ての種類の発現ベクターを同時に体細胞に導入することが好ましいが、この場合においても、導入操作は1回以上の任意の回数(例えば、1回以上10回以下、または1回以上5回以下など)行うことができ、好ましくは導入操作を2回以上(たとえば3回または4回)繰り返して行うことができる。
【0037】
尚、アデノウイルスやプラスミドを用いる場合でも、導入遺伝子が染色体に組み込まれることがあるので、結局はサザンブロットやPCRにより染色体への遺伝子挿入がないことを確認する必要がある。そのため、上記Cre-loxPシステムのように、いったん染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、該遺伝子を除去する手段を用いることは好都合であり得る。別の好ましい一実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる。piggyBacトランスポゾンを用いる具体的手段は、Kaji, K. et al., Nature, 458: 771-775 (2009)、Woltjen et al., Nature, 458: 766-770 (2009) に開示されている。
【0038】
別の好ましい非組込み型ベクターとして、染色体外で自律複製可能なエピゾーマルベクターが挙げられる。エピゾーマルベクターを用いる具体的手段は、Yu et al., Science, 324, 797-801 (2009)に開示されている。必要に応じて、エピソーマルベクターの複製に必要なベクター要素の5’側および3’側にloxP配列を同方向に配置したエピソーマルベクターにLin28Bをコードする核酸を挿入した発現ベクターを構築し、これを体細胞に導入することもできる。
【0039】
該エピゾーマルベクターとしては、例えば、EBV、SV40等に由来する自律複製に必要な配列をベクター要素として含むベクターが挙げられる。自律複製に必要なベクター要素としては、具体的には、複製開始点と、複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子であり、例えば、EBVにあっては複製開始点oriPとEBNA-1遺伝子、SV40にあっては複製開始点oriとSV40 large T antigen遺伝子が挙げられる。
【0040】
また、エピゾーマル発現ベクターは、Lin28Bをコードする核酸の転写を制御するプロモーターを含む。該プロモーターとしては、前記と同様のプロモーターが用いられ得る。また、エピゾーマル発現ベクターは、前記と同様に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子などをさらに含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0041】
本発明で使用されるloxP配列としては、バクテリオファージP1由来の野生型loxP配列(配列番号:3)の他、導入遺伝子の複製に必要なベクター要素を挟む位置に同方向で配置された場合に、組換えを起こしてloxP配列間の配列を欠失させ得る任意の変異loxP配列が挙げられる。変異loxP配列としては、例えば、5’側反復配列に変異のあるlox71(配列番号:4)、3’側反復配列に変異のあるlox66(配列番号:5)、スペーサー部分に変異のあるlox2272やlox511などが挙げられる。該ベクター要素の5’側および3’側に配置される2つのloxP配列は、同一であっても異なっていてもよいが、スペーサー部分に変異のある変異loxP配列の場合は同一のもの(例、lox2272同士、lox511同士)が用いられる。好ましくは、5’側反復配列に変異のある変異loxP配列(例、lox71)と3’側反復配列に変異のある変異loxP配列(例、lox66)との組合せが挙げられる。この場合、組換えの結果染色体上に残るloxP配列は5’側および3’側の反復配列に二重変異を有するため、Creリコンビナーゼに認識されにくく、不必要な組換えにより染色体の欠失変異を起こすリスクが低減される。lox71とlox66とを用いる場合、前記ベクター要素の5’側および3’側にいずれの変異loxP配列を配置してもよいが、変異部位がloxP配列の外端に配置されるような向きで変異loxP配列を挿入する必要がある。
【0042】
2つのloxP配列は、導入遺伝子の複製に必要なベクター要素(即ち、複製開始点、または複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子配列)の5’側および3’側に、同方向に配置される。loxP配列が挟むベクター要素は、複製開始点、または複製開始点に結合して複製を制御するタンパク質をコードする遺伝子配列のいずれか一方だけであってもよいし、両方であってもよい。
【0043】
エピソーマルベクターは、例えばリポフェクション法、リポソーム法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム共沈殿法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法、遺伝子銃法などを用いて該ベクターを細胞に導入することができる。具体的には、例えばScience, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0044】
iPS細胞から導入遺伝子の複製に必要なベクター要素が除去されたか否かの確認は、該ベクター要素内部および/またはloxP配列近傍の塩基配列を含む核酸をプローブまたはプライマーとして用い、該iPS細胞から単離したエピソーム画分を鋳型としてサザンブロット分析またはPCR分析を行い、バンドの有無または検出バンドの長さを調べることにより実施することができる。エピソーム画分の調製は当該分野で周知の方法と用いて行えばよく、例えば、Science, 324: 797-801 (2009)等に記載される方法を用いることができる。
【0045】
(c) 核初期化物質
本発明において「核初期化物質」とは、体細胞に導入することにより、あるいはLin28BまたはLin28Bをコードする核酸と共に体細胞に導入することにより、該体細胞からiPS細胞を誘導することができる物質(群)であれば、タンパク性因子またはそれをコードする核酸(ベクターに組み込まれた形態を含む)、あるいは低分子化合物等のいかなる物質から構成されてもよい。核初期化物質がタンパク性因子またはそれをコードする核酸の場合、好ましくは以下の組み合わせが例示される(以下においては、タンパク性因子の名称のみを記載する)。
(1) Oct3/4, Klf4, c-Myc
(2) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2(ここで、Sox2はSox1, Sox3, Sox15, Sox17またはSox18で置換可能である。また、Klf4はKlf1, Klf2またはKlf5で置換可能である。さらに、c-MycはT58A(活性型変異体), N-Myc, L-Mycで置換可能である。)
(3) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Fbx15, Nanog, Eras, ECAT15-2, TclI, β-catenin (活性型変異体S33Y)
(4) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, SV40 Large T antigen(以下、SV40LT)
(5) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E6
(6) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV16 E7
(7) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, HPV6 E6, HPV16 E7
(8) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, TERT, Bmil
(以上、WO 2007/069666を参照(但し、上記(2)の組み合わせにおいて、Sox2からSox18への置換、Klf4からKlf1もしくはKlf5への置換については、Nature Biotechnology, 26, 101-106 (2008)を参照)。「Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2」の組み合わせについては、Cell, 126, 663-676 (2006)、Cell, 131, 861-872 (2007) 等も参照。「Oct3/4, Klf2(またはKlf5), c-Myc, Sox2」の組み合わせについては、Nat. Cell Biol., 11, 197-203 (2009) も参照。「Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, hTERT, SV40LT」の組み合わせについては、Nature, 451, 141-146 (2008)も参照。)
(9) Oct3/4, Klf4, Sox2(Nature Biotechnology, 26, 101-106 (2008)を参照)
(10) Oct3/4, Sox2, Nanog, Lin28(Science, 318, 1917-1920 (2007)を参照)
(11) Oct3/4, Sox2, Nanog, Lin28, hTERT, SV40LT(Stem Cells, 26, 1998-2005 (2008)を参照)
(12) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Nanog, Lin28(Cell Research (2008) 600-603を参照)
(13) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, SV40LT(Stem Cells, 26, 1998-2005 (2008)も参照)
(14) Oct3/4, Klf4(Nature 454:646-650 (2008)、Cell Stem Cell, 2:525-528(2008))を参照)
(15) Oct3/4, c-Myc(Nature 454:646-650 (2008)を参照)
(16) Oct3/4, Sox2 (Nature, 451, 141-146 (2008), WO2008/118820を参照)
(17) Oct3/4, Sox2, Nanog (WO2008/118820を参照)
(18) Oct3/4, Sox2, Lin28 (WO2008/118820を参照)
(19) Oct3/4, Sox2, c-Myc, Esrrb (ここで、EssrrbはEsrrgで置換可能である。Nat. Cell Biol., 11, 197-203 (2009) を参照)
(20) Oct3/4, Sox2, Esrrb (Nat. Cell Biol., 11, 197-203 (2009) を参照)
(21) Oct3/4, Klf4, L-Myc
(22) Oct3/4, Nanog
(23) Oct3/4 (Cell 136: 411-419 (2009)、Nature, 08436, doi:10.1038 published online(2009))
(24) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Nanog, Lin28, SV40LT(Science, 324: 797-801 (2009)を参照)
上記(1)-(24)において、Oct3/4に代えて他のOctファミリーのメンバー、例えばOct1A、Oct6などを用いることもできる。また、Sox2(またはSox1、Sox3、Sox15、Sox17、Sox18)に代えて他のSoxファミリーのメンバー、例えばSox7などを用いることもできる。さらに上記(1)-(24)において、Lin28を核初期化物質として含む場合、Lin28を除く残りの因子を組み合わせて用いることが好ましい。
【0046】
また、上記(1)-(24)には該当しないが、それらのいずれかにおける構成要素をすべて含み、且つ任意の他の物質をさらに含む組み合わせも、本発明における「核初期化物質」の範疇に含まれ得る。また、核初期化の対象となる体細胞が上記(1)-(24)のいずれかにおける構成要素の一部を、核初期化のために十分なレベルで内在的に発現している条件下にあっては、当該構成要素を除いた残りの構成要素のみの組み合わせもまた、本発明における「核初期化物質」の範疇に含まれ得る。
【0047】
これらの組み合わせの中で、Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc, NanogおよびSV40LTから選択される少なくとも1つ、好ましくは2つ以上、より好ましくは3つ以上が、好ましい核初期化物質の例として挙げられる。
とりわけ、得られるiPS細胞を治療用途に用いることを念頭においた場合、Oct3/4, Sox2およびKlf4の3因子の組み合わせ(即ち、上記(9))が好ましい。一方、iPS細胞を治療用途に用いることを念頭に置かない場合(例えば、創薬スクリーニング等の研究ツールとして用いる場合など)は、Oct3/4, Sox2およびKlf4の3因子のほか、それにc-Mycを加えた4因子、さらにそれにNanogを加えた5因子、さらにSV40 Large Tを加えた6因子などを例示することができる。
さらに、上記におけるc-MycをL-Mycに変更した組み合わせも、好ましい核初期化物質の例として挙げられる。
【0048】
上記の各タンパク性因子のマウス及びヒトcDNA配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照することにより取得することができ(Nanogは当該公報中では「ECAT4」との名称で記載されている。尚、Lin28、Esrrb、Esrrg、L-Mycのマウス及びヒトcDNA配列情報は、それぞれ下記NCBI accession numbersを参照することにより取得できる。)、当業者は容易にこれらのcDNAを単離することができる。
遺伝子名 マウス ヒト
Lin28 NM_145833 NM_024674
Esrrb NM_011934 NM_004452
Esrrg NM_011935 NM_001438
L-Myc NM_008506 NM_001033081
【0049】
核初期化物質としてタンパク性因子自体を用いる場合には、得られたcDNAを適当な発現ベクターに挿入して宿主細胞に導入し、該細胞を培養して得られる培養物から組換えタンパク性因子を回収することにより調製することができる。一方、核初期化物質としてタンパク性因子をコードする核酸を用いる場合、得られたcDNAを、上記Lin28Bをコードする核酸の場合と同様にして、ウイルスベクター、エピゾーマルベクターもしくはプラスミドベクターに挿入して発現ベクターを構築し、核初期化工程に供される。必要に応じて、上記Cre-loxPシステムやpiggyBacトランスポゾンシステムを利用することもできる。尚、核初期化物質として2以上のタンパク性因子をコードする核酸を細胞に導入する場合、各核酸を別個のベクターに担持させてもよいし、複数の核酸をタンデムに繋いでポリシストロニックベクターとすることもできる。後者の場合、効率的なポリシストロニック発現を可能にするために、口蹄疫ウイルスの2A self-cleaving peptideを各核酸の間に連結することが望ましい(Science, 322, 949-953, 2008など参照)。
【0050】
核初期化物質の体細胞への接触は、(a) 該物質がタンパク性因子である場合、上記Lin28Bタンパク質と同様にして、(b) 該物質が(a)のタンパク性因子をコードする核酸である場合、上記Lin28Bをコードする核酸と同様にして、実施することができる。一方、(c) 核初期化物質が低分子化合物である場合、該物質を適当な濃度で水性もしくは非水性溶媒に溶解し、ヒトまたは他の哺乳動物より単離した体細胞の培養に適した培地(例えば、約5〜20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地など)中に、核初期化物質濃度が核初期化に十分で且つ細胞毒性がみられない範囲となるように該物質溶液を添加して、細胞を一定期間培養することにより実施することができる。核初期化物質濃度は用いる核初期化物質の種類によって異なるが、約0.1nM〜約100nMの範囲で適宜選択される。接触期間は細胞の核初期化が達成されるのに十分な時間であれば特に制限はないが、通常は陽性コロニーが出現するまで培地に共存させておけばよい。
【0051】
(d) iPS細胞の樹立効率改善物質
従来iPS細胞の樹立効率が低いために、近年、その効率を改善する物質が種々提案されている。よって前記Lin28BもしくはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質とに加え、他の樹立効率改善物質を体細胞に接触させることにより、iPS細胞の樹立効率をより高めることが期待できる。
【0052】
iPS細胞の樹立効率改善物質としては、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(登録商標)(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば5’-azacytidine)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例、G9a siRNA(human) (Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発現阻害剤など]、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644) (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA (Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、UTF1(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、2i/LIF (2iはmitogen-activated protein kinase signallingおよびglycogen synthase kinase-3の阻害剤、PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))、ES細胞特異的miRNA(例えば、miR-302-367クラスター (Mol. Cell. Biol. doi:10.1128/MCB.00398-08)、miR-302 (RNA (2008) 14: 1-10)、miR-291-3p, miR-294およびmiR-295 (以上、Nat. Biotechnol. 27: 459-461 (2009)))等が挙げられるが、それらに限定されない。前記で核酸性の発現阻害剤はsiRNAもしくはshRNAをコードするDNAを含む発現ベクターの形態であってもよい。
【0053】
尚、前記核初期化物質の構成要素のうち、例えばSV40 large T等は、体細胞の核初期化のために必須ではなく補助的な因子であるという点において、iPS細胞の樹立効率改善物質の範疇にも含まれ得る。核初期化の機序が明らかでない現状においては、核初期化に必須の因子以外の補助的な因子について、それらを核初期化物質として位置づけるか、あるいはiPS細胞の樹立効率改善物質として位置づけるかは便宜的であってもよい。即ち、体細胞の核初期化プロセスは、体細胞への核初期化物質およびiPS細胞の樹立効率改善物質の接触によって生じる全体的事象として捉えられるので、当業者にとって両者を必ずしも明確に区別する必要性はないであろう。
【0054】
iPS細胞の樹立効率改善物質の体細胞への接触は、該物質が(a) タンパク性因子である場合、(b) 該タンパク性因子をコードする核酸である場合、あるいは(c) 低分子化合物である場合に応じて、核初期化物質についてそれぞれ上記したと同様の方法により、実施することができる。
【0055】
Lin28BもしくはLin28Bをコードする核酸を含む、iPS細胞の樹立効率改善物質は、該物質の非存在下と比較して体細胞からのiPS細胞樹立効率が有意に改善される限り、核初期化物質と同時に体細胞に接触させてもよいし、また、どちらかを先に接触させてもよい。一実施態様において、例えば、核初期化物質がタンパク性因子をコードする核酸であり、iPS細胞の樹立効率改善物質が化学的阻害物質である場合には、前者は遺伝子導入処理からタンパク性因子を大量発現するまでに一定期間のラグがあるのに対し、後者は速やかに細胞に作用しうることから、遺伝子導入処理から一定期間細胞を培養した後に、iPS細胞の樹立効率改善物質を培地に添加することができる。別の実施態様において、例えば、核初期化物質とiPS細胞の樹立効率改善物質とがいずれもウイルスベクターやプラスミドベクターの形態で用いられる場合には、両者を同時に細胞に導入してもよい。
【0056】
(e) 培養条件による樹立効率の改善
体細胞の核初期化工程において低酸素条件下で細胞を培養することにより、iPS細胞の樹立効率をさらに改善することができる。本明細書において「低酸素条件」とは、細胞を培養する際の雰囲気中の酸素濃度が、大気中のそれよりも有意に低いことを意味する。具体的には、通常の細胞培養で一般的に使用される5-10% CO2/95-90%大気の雰囲気中の酸素濃度よりも低い酸素濃度の条件が挙げられ、例えば雰囲気中の酸素濃度が18%以下の条件が該当する。好ましくは、雰囲気中の酸素濃度は15%以下(例、14%以下、13%以下、12%以下、11%以下など)、10%以下(例、9%以下、8%以下、7%以下、6%以下など)、または5%以下(例、4%以下、3%以下、2%以下など)である。また、雰囲気中の酸素濃度は、好ましくは0.1%以上(例、0.2%以上、0.3%以上、0.4%以上など)、0.5%以上(例、0.6%以上、0.7%以上、0.8%以上、0.95以上など)、または1%以上(例、1.1%以上、1.2%以上、1.3%以上、1.4%以上など)である。
【0057】
細胞の環境において低酸素状態を創出する手法は特に制限されないが、酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーター内で細胞を培養する方法が最も容易であり、好適な例として挙げられる。酸素濃度の調節可能なCO2インキュベーターは、種々の機器メーカーから販売されている(例えば、Thermo scientific社、池本理化学工業、十慈フィールド、和研薬株式会社などのメーカー製の低酸素培養用CO2インキュベーターを用いることができる)。
【0058】
低酸素条件下で細胞培養を開始する時期は、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、体細胞へのLin28BもしくはLin28Bをコードする核酸および核初期化物質の接触より前であっても、該接触と同時であっても、該接触より後であってもよいが、例えば、体細胞にLin28BもしくはLin28Bをコードする核酸および核初期化物質を接触させた直後から、あるいは接触後一定期間(例えば、1ないし10(例、2,3,4,5,6,7,8または9)日)おいた後に低酸素条件下で培養することが好ましい。
【0059】
低酸素条件下で細胞を培養する期間も、iPS細胞の樹立効率が正常酸素濃度(20%)の場合に比して改善されることを妨げない限り特に限定されず、例えば3日以上、5日以上、7日以上または10日以上で、50日以下、40日以下、35日以下または30日以下の期間等が挙げられるが、それらに限定されない。低酸素条件下での好ましい培養期間は、雰囲気中の酸素濃度によっても変動し、当業者は用いる酸素濃度に応じて適宜当該培養期間を調整することができる。また、一実施態様において、iPS細胞の候補コロニーの選択を、薬剤耐性を指標にして行う場合には、薬剤選択を開始する迄に低酸素条件から正常酸素濃度に戻すことが好ましい。
【0060】
さらに、低酸素条件下で細胞培養を開始する好ましい時期および好ましい培養期間は、用いられる核初期化物質の種類、正常酸素濃度条件下でのiPS細胞樹立効率などによっても変動する。
【0061】
Lin28BもしくはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質(およびiPS細胞の樹立効率改善物質)とを接触させた後、細胞を、例えばES細胞の培養に適した条件下で培養することができる。マウス細胞の場合、通常の培地に分化抑制因子としてLeukemia Inhibitory Factor(LIF)を添加して培養を行う。一方、ヒト細胞の場合には、LIFの代わりに塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)および/または幹細胞因子(SCF)を添加することが望ましい。また通常、細胞は、フィーダー細胞として、放射線や抗生物質で処理して細胞分裂を停止させたマウス胎仔由来の線維芽細胞(MEF)の共存下で培養される。MEFとしては、通常STO細胞等がよく使われるが、iPS細胞の誘導には、SNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))等がよく使われている。フィーダー細胞との共培養は、Lin28BもしくはLin28Bをコードする核酸および核初期化物質の接触より前から開始してもよいし、該接触時から、あるいは該接触より後(例えば1-10日後)から開始してもよい。
【0062】
iPS細胞の候補コロニーの選択は、薬剤耐性とレポーター活性を指標とする方法と目視による形態観察による方法とが挙げられる。前者としては、例えば、分化多能性細胞において特異的に高発現する遺伝子(例えば、Fbx15、Nanog、Oct3/4など、好ましくはNanogまたはOct3/4)の遺伝子座に、薬剤耐性遺伝子および/またはレポーター遺伝子をターゲッティングした組換え体細胞を用い、薬剤耐性および/またはレポーター活性陽性のコロニーを選択するというものである。そのような組換え体細胞としては、例えばFbx15遺伝子座にβgeo(β-ガラクトシダーゼとネオマイシンホスホトランスフェラーゼとの融合タンパク質をコードする)遺伝子をノックインしたマウス由来のMEF(Takahashi & Yamanaka, Cell, 126, 663-676 (2006))、あるいはNanog遺伝子座に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子とピューロマイシン耐性遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウス由来のMEF(Okita et al., Nature, 448, 313-317 (2007))等が挙げられる。一方、目視による形態観察で候補コロニーを選択する方法としては、例えばTakahashi et al., Cell, 131, 861-872 (2007)に記載の方法が挙げられる。レポーター細胞を用いる方法は簡便で効率的ではあるが、iPS細胞がヒトの治療用途を目的として作製される場合、安全性の観点から目視によるコロニー選択が望ましい。
【0063】
選択されたコロニーの細胞がiPS細胞であることの確認は、上記したNanog(もしくはOct3/4)レポーター陽性(ピューロマイシン耐性、GFP陽性など)および目視によるES細胞様コロニーの形成によっても行い得るが、より正確を期すために、アルカリフォスファターゼ染色や、各種ES細胞特異的遺伝子の発現を解析したり、選択された細胞をマウスに移植してテラトーマ形成を確認する等の試験を実施することもできる。
【0064】
Lin28Bをコードする核酸を体細胞に導入した場合、得られるiPS細胞は、当該外来性核酸を含む点で、従来公知のiPS細胞とは異なる新規細胞である。特に、当該外来性核酸がレトロウイルスやレンチウイルス等を用いて体細胞に導入された場合、当該外来性核酸は通常、得られるiPS細胞のゲノム中に組み込まれているので、外来性核酸を含むという形質は安定に保持される。
【0065】
このようにして樹立されたiPS細胞は、種々の目的で使用することができる。例えば、ES細胞で報告されている分化誘導法を利用して、iPS細胞から種々の細胞(例、心筋細胞、血液細胞、神経細胞、血管内皮細胞、インスリン分泌細胞等)への分化を誘導することができる。したがって、患者本人やHLAの型が同一もしくは実質的に同一である他人から採取した体細胞を用いてiPS細胞を誘導すれば、そこから所望の細胞(即ち、該患者が罹病している臓器の細胞や疾患に対する治療効果を発揮する細胞など)に分化させて該患者に移植するという、自家移植による幹細胞療法が可能となる。さらに、iPS細胞から分化させた機能細胞(例、肝細胞)は、対応する既存の細胞株よりも実際の生体内での該機能細胞の状態をより反映していると考えられるので、医薬候補化合物の薬効や毒性のin vitroスクリーニング等にも好適に用いることができる。
【0066】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0067】
実施例1 Lin28およびLin28BのiPS細胞樹立に及ぼす効果の比較(1)
成人(白人女性、36歳、細胞名1388)の皮膚由来線維芽細胞(HDF)に対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007)に記載の方法に従い、レンチウイルス(pLenti6/UbC-Slc7a1)を用いて、マウスエコトロピックウイルスレセプターSlc7a1遺伝子を発現させた。この細胞(1×105個/well、6 well plate)に対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007) に記載の方法に従い、以下の遺伝子をレトロウイルスで導入した。
1) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc
2) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4, Lin28
3) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4, Lin28B
4) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4, およびマウス由来のLin28
5) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4
また、コントロールとしてEGFP遺伝子のみの導入も行った。
ウイルス感染から7日後に細胞を回収し、フィーダー細胞上への蒔き直しを行った(5×105個/100 mmディッシュ)。フィーダー細胞にはマイトマイシンCで処理して、細胞分裂を止めたSNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))を用いた。感染10日後から霊長類ES細胞培養用培地 (ReproCELL) に4 ng/mlの組換えヒトbFGF(WAKO)を加えた培地で培養を行った。感染40日後にiPS細胞コロニー数をカウントした結果を図1に示す。3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)にLin28またはLin28Bを加えることにより、iPSコロニー数が上昇した。このコロニー数上昇効果はLin28よりもLin28Bのほうが高く、c-Mycを超えるほどの効果があった。
【0068】
実施例2 Lin28およびLin28BのiPS細胞樹立に及ぼす効果の比較(2)
表1に示す種々の皮膚由来線維芽細胞(HDF)を用いて、Lin28およびLin28BのiPS細胞樹立に及ぼす効果の比較を行った。
【0069】
【表1】

【0070】
これらのHDFに対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007)に記載の方法に従い、レンチウイルス(pLenti6/UbC-Slc7a1)を用いて、マウスエコトロピックウイルスレセプターSlc7a1遺伝子を発現させた。この細胞(1×105個/well、6 well plate)に対して、Takahashi, K.ら, Cell, 131:861-872 (2007) に記載の方法に従い、以下の遺伝子をレトロウイルスで導入した。
1) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4, Lin28B
2) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4, Lin28
3) ヒト由来のOct3/4, Sox2, Klf4
また、コントロールとしてDsRed遺伝子のみの導入も行った。
ウイルス感染から7日後に細胞を回収し、フィーダー細胞上への蒔き直しを行った(1.25×105個/100 mmディッシュ、または2.5×105個/100 mmディッシュ)。フィーダー細胞にはマイトマイシンCで処理して、細胞分裂を止めたSNL細胞(McMahon, A. P. & Bradley, A. Cell 62, 1073-1085 (1990))を用いた。感染10日後から霊長類ES細胞培養用培地 (ReproCELL) に4 ng/mlの組換えヒトbFGF(WAKO)を加えた培地で培養を行った。感染32日後にiPS細胞コロニーをカウントした結果を図2に示す。1503株とTIG 113株においては、iPS細胞のコロニー数上昇に及ぼすLin28とLin28Bの効果は同等であった。一方、1616株、TIG 120株、TIG 121株においては、3因子(Oct3/4, Sox2, Klf4)にLin28を加えても効果はほとんど認められなかったが、Lin28Bはどの細胞に対しても、iPS細胞コロニー数を上昇させる効果があった。以上のように、Lin28BのiPS細胞コロニー数上昇効果はLin28と同等かそれ以上であり、Lin28の効果のない(あるいは少ない)細胞に対しても、Lin28Bは効果を有することが明らかになった。
【0071】
本発明を好ましい態様を強調して説明してきたが、好ましい態様が変更され得ることは当業者にとって自明であろう。本発明は、本発明が本明細書に詳細に記載された以外の方法で実施され得ることを意図する。したがって、本発明は添付の「請求の範囲」の精神および範囲に包含されるすべての変更を含むものである。
ここで述べられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0072】
この出願は、米国仮特許出願第61/245,478号を基礎としており、ここで参照することにより、その内容はすべて本明細書中に組み込まれる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
体細胞にLin28BまたはLin28Bをコードする核酸を導入する工程を含む、iPS細胞の樹立効率改善方法。
【請求項2】
体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸を含有してなる、iPS細胞の樹立効率改善剤。
【請求項4】
Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞に対して導入するための、請求項3記載の剤。
【請求項5】
体細胞にLin28BまたはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質とを導入する工程を含む、iPS細胞の製造方法。
【請求項6】
核初期化物質がLin28およびLin28をコードする核酸以外の物質である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
核初期化物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Klfファミリーのメンバー、MycファミリーのメンバーおよびNanog、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、請求項5記載の方法。
【請求項8】
核初期化物質が、Oct3/4、Sox2およびKlf4、またはそれらをコードする核酸を含む、請求項5記載の方法。
【請求項9】
体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、請求項5〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸と核初期化物質とを含有してなる、体細胞からのiPS細胞の誘導剤。
【請求項11】
核初期化物質がLin28およびLin28をコードする核酸以外の物質である、請求項10記載の剤。
【請求項12】
核初期化物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Klfファミリーのメンバー、MycファミリーのメンバーおよびNanog、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、請求項10記載の剤。
【請求項13】
核初期化物質が、Oct3/4、Sox2およびKlf4、またはそれらをコードする核酸を含む、請求項10記載の剤。
【請求項14】
体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、請求項10〜13のいずれか1項に記載の剤。
【請求項15】
Lin28Bをコードする外来性核酸を含む、iPS細胞。
【請求項16】
Lin28Bをコードする外来性核酸がゲノムに組み込まれている、請求項15記載のiPS細胞。
【請求項17】
請求項15または16記載のiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させることを含む、体細胞の製造方法。
【請求項18】
下記の工程:
(1) 請求項5〜9のいずれか1項に記載の方法によりiPS細胞を製造する工程、および
(2) 上記工程(1)で得られたiPS細胞に分化誘導処理を行い、体細胞に分化させる工程、
を含む、体細胞の製造方法。
【請求項19】
iPS細胞の樹立効率改善のための、Lin28BまたはLin28Bをコードする核酸の使用。
【請求項20】
Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞に対して導入するための、請求項19記載の使用。
【請求項21】
iPS細胞の製造のためのLin28BまたはLin28Bをコードする核酸の使用であって、核初期化物質とともに体細胞に導入されることを特徴とする、使用。
【請求項22】
核初期化物質が、Lin28またはLin28をコードする核酸以外の物質である、請求項21記載の使用。
【請求項23】
核初期化物質が、Octファミリーのメンバー、Soxファミリーのメンバー、Klfファミリーのメンバー、MycファミリーのメンバーおよびNanog、並びにそれらをコードする核酸からなる群より選択される、請求項21記載の使用。
【請求項24】
核初期化物質が、Oct3/4、Sox2およびKlf4、またはそれらをコードする核酸を含む、請求項21記載の使用。
【請求項25】
体細胞が、Lin28によるiPS細胞の樹立効率改善効果が無いか、もしくは該効果がLin28Bより低い体細胞である、請求項21〜24のいずれかに記載の使用。
【請求項26】
体細胞の製造における、請求項15または16記載のiPS細胞の使用。
【請求項27】
体細胞の製造における細胞ソースとしての、請求項15または16記載のiPS細胞。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公表番号】特表2013−505701(P2013−505701A)
【公表日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−510468(P2012−510468)
【出願日】平成22年9月22日(2010.9.22)
【国際出願番号】PCT/JP2010/067016
【国際公開番号】WO2011/037270
【国際公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】