説明

動物用ワクチン

【課題】 本発明は、新規な動物用ワクチンを提供することを課題とする。より具体的には、本発明は、ネコの体内において免疫原タンパク質を供給するための、遺伝子組換えワクチンを提供することを課題とする。
【解決手段】 ヘルペスウイルスは、ゲノムサイズが大きく、複数の病原体の抗原を同時に発現させることができる。また、ヘルペスウイルスの特徴として宿主特異性が高いことが挙げられる。本発明では、ネコ向けの遺伝子治療用またはワクチン用のベクターを作出するため、ネコヘルペスウイルス1型(feline herpesvirus type1(FHV-1))のゲノムDNAをBACにクローニングすることにより、簡便にネコ用の組換えワクチンあるいは遺伝子治療用のウィルスベクターを作製することができることを見いだした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物用ワクチンを提供することに関する。より具体的には、本発明は、動物体内において免疫原タンパク質を発現するための、動物用ワクチン用発現ベクターを提供することに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から使用されているヒト用、動物用ワクチンの多くは、不活化ワクチンや弱毒化ワクチンであるが、人工的にウイルス遺伝子を組み換えて必要な抗原を特異的に発現、免疫を誘導する組換えワクチンの技術が年々進み、実用化、または臨床段階にあるものも多い。
【0003】
従来の組換えウイルスは、ヘルペスウイルスをはじめとする多くのウイルスで相同組換え法によって作製されるのが普通であった。しかし、大型のDNAウイルスの遺伝子治療用やワクチン用のベクター開発及びウイルスの基礎研究に必要な遺伝子組換え法として、近年、大腸菌人工染色体系(Bacterial Artificial Chromosome (BAC) system)が注目されつつある(非特許文献1:Messerle M, et al., Proc Natl Acad Sci USA 94: 14759-63, 1997)。
【0004】
この系はウイルスゲノムをBACにクローニングし、それを保持する大腸菌内において相同組換えを起こさせる系で、簡便な組換えウイルス作製法であり、ヘルペスウイルス属ではヒトヘルペスウイルス、イヌヘルペスウイルスのいくつかがBACにクローニングされている(非特許文献2:Kawaguchi Y, Tanaka M. Uirusu. 2004 Dec;54(2):255-64. Review. Japanese)。
【0005】
現在のところネコではさまざまな病原体に対するワクチンが使用されているが、複数回に及ぶ接種は飼い主に対してもネコに対しても負担を強いる。特にネコの場合、防御すべき感染症が多く、一種類のワクチン接種によって他の病原体に対するワクチン効果も期待できれば、心理・肉体的あるいは経済的な負担を軽減することができる。ヘルペスウイルスはゲノムサイズが大きく、複数の病原体の抗原を同時に発現させることができ、また、ネコ免疫不全ウイルス、ネコ白血病ウイルス、ネコ伝染性腹膜炎ウイルスなど、これまではワクチンが確立していない感染症に対する組換えワクチンを作製することも期待できる。他のヘルペスウイルスでは、大腸菌から回収したゲノムDNAを利用したDNAワクチンも試みられており、これも検討に値する。
【0006】
近年、ネコをはじめとするペットは、獣医医療の進歩によって寿命が延長している。それにともなってペットに対する遺伝子治療の欲求もまた増えつつある。そのため、ペットのための新しいウイルスベクターが求められる。
【非特許文献1】Messerle M, et al., Proc Natl Acad Sci USA 94: 14759-63, 1997
【非特許文献2】Kawaguchi Y, Tanaka M. Uirusu. 2004 Dec;54(2):255-64. Review. Japanese
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規な動物用ワクチンを提供することを課題とする。より具体的には、本発明は、ネコの体内において免疫原タンパク質を供給するための、遺伝子組換えワクチンを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ヘルペスウイルスは、ゲノムサイズが大きく、複数の病原体の抗原を同時に発現させることができる。また、ヘルペスウイルスの特徴として宿主特異性が高いことが挙げられる。本発明では、ネコ向けの遺伝子治療用またはワクチン用のベクターを作出するため、ネコヘルペスウイルス1型(feline herpesvirus type1(FHV-1))のゲノムDNAをBACにクローニングすることにより、簡便にネコ用の組換えワクチンあるいは遺伝子治療用のウィルスベクターを作製することができることを見いだした。
【0009】
本発明は、具体的には、その一態様において、大腸菌人工染色体(BAC)配列を、FHV-1ウィルスのチミジンキナーゼ(TK)遺伝子のコード領域中に保持する、FHV-1ウィルスゲノム配列を有する核酸を提供する。このようにして作製した核酸は、大腸菌内において増殖するために必要なタンパク質成分をコードするDNA配列をBAC中に含有することから、大腸菌内でも増殖することができ、そして大腸菌内で外来性の核酸配列により組換え可能であるという特徴を有する。
【0010】
この核酸分子のFHV-1ウィルスゲノム領域のTK遺伝子のコード領域とは別の部位に、例えばgD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAが発現可能に挿入されていてもよい。このようにして作製した核酸は、宿主ネコ細胞において増殖するために必要とされるFHV-1ウィルスのタンパク質をすべて備えていることから、宿主ネコ細胞内で増殖することができ、その増殖にあわせて異種タンパク質を増殖させることができるという特徴を有する。
【0011】
本発明はまた、別の一態様において、BAC配列をFHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持し、FHV-1ウィルスゲノム領域のTK遺伝子のコード領域とは別の部位に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAが発現可能に挿入された、組換えFHV-1ウィルスを提供する。この組換えFHV-1ウィルスは、FHV-1ウィルスゲノム領域中、gD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAが発現可能に挿入されていてもよい。このようにして作製した組換えFHV-1ウィルスは、ネコに対して感染させると、前記1または複数の異種タンパク質をネコの体内において生成させることができる。
【0012】
本発明はまた、別の一態様において、上述した特徴を有する組換えウィルスを、組換えワクチンキャリアとして使用することができることを示す。すなわち、具体的には、本発明は、BAC配列を、FHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持し、FHV-1ウィルスゲノム領域のTK遺伝子のコード領域とは別の部位に、好ましくはFHV-1ウィルスゲノム領域中gD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAを発現可能に挿入された、前記異種タンパク質に対する免疫応答を惹起するための組換えFHV-1ウィルスワクチンを提供する。
【0013】
本発明は、さらに別の一態様において、BAC配列を、FHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持するFHV-1ウィルスゲノム配列を保持する大腸菌もまた、提供する。このような特徴を有する大腸菌を、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAで組換えることにより、その内部に含まれるFHV-1ウィルスゲノム領域のTK遺伝子のコード領域とは別の部位に、例えばgD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAをインフレームで挿入することもまた可能である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の上述した構造の核酸構築物、またはその核酸構築物を有する組換えウィルスは、ネコの体内において免疫原となる1または複数の異種タンパク質を供給するための、遺伝子組換えワクチンまたは遺伝子治療用ベクターとして使用することができる。
【発明の実施の形態】
【0015】
本発明は、大腸菌人工染色体(BAC)配列を、FHV-1ウィルスのチミジンキナーゼ(TK)遺伝子のコード領域中に保持する、FHV-1ウィルスゲノム配列を有する核酸を提供する。すなわち、本発明の核酸分子は、FHV-1ウィルスゲノム配列中にBAC配列を組換えたことを特徴としている。
【0016】
ゲノム中に挿入されたBAC配列によって、大腸菌は1コピーのFHV-1ゲノムを安定に保持することができ、大腸菌中において迅速・簡便に組換えを行うことができるという特徴を有していることが知られている。また、大腸菌からウイルスゲノムを回収し、ネコ由来細胞に導入することにより、再びウイルスを得ることができる。この技術により、任意のウイルス遺伝子を欠損、あるいは外来遺伝子を挿入することが可能になった。特に、ヘルペスウイルスはゲノムサイズが大きいことから、搭載可能な遺伝子を大きく、あるいは複数にすることが可能であるという特徴を有する。
【0017】
本発明において使用するBAC配列は、pBelloBAC11(Research genetics)など、市販のBACクローンを使用することができる。挿入したBAC配列により、この組換えFHV-1のゲノムは、大腸菌の中で安定的に保持することが可能である。BACを含む挿入配列は、FHV-1のTK遺伝子の領域に挿入した。このため、TK遺伝子機能は破壊され、この組換えウィルスゲノムを使用して再構築されたFHV-1ウィルスは、TK遺伝子欠損により、弱毒化することがすでに報告されており、組換えワクチンのベクターとして使用することができる。
【0018】
ネコ科動物に特異的に感染するウイルスであるFHV-1ゲノム中に、BAC配列を挿入するため、2ヶ所のloxP配列によって挟まれたBACを挿入した組換え体を作出することが好ましい。BAC配列をloxP配列で挟んでFHV-1ゲノム中に組み込む場合、Creリコンビナーゼを発現する非増殖型アデノウィルス(AxCANCre)などと共感染させることにより、Cre/loxPによる部位特異的な組換え系を利用して、2つのloxP配列により挟まれている配列(BAC配列を含む)を容易に除去することができる。元々ヘルペスウイルスは大腸菌由来であるBACを保持していないため、BAC挿入部位によっては増殖等の親ウイルスの性状が減じたり、失われる可能性がある。このため、ベクターとして使用するときにはBACを除去することが必要となる。
【0019】
FHV-1ゲノム中にBACを組み込む場合、BAC配列の組込みが成功しているかどうかを確認するための選択マーカーを、BAC配列と同時に組み込むことができる。本発明において使用することができる選択マーカーとしては、特に限定されないが、緑色蛍光タンパク質をはじめとした蛍光タンパク質を使用することができる。例えば、BACとともにGFPを挿入した場合、蛍光顕微鏡下の観察によって容易にGFPの存在、ひいてはBACの存在を確認することができる。
【0020】
その様な選択マーカーは、2ヶ所のloxP配列によって挟まれた状態で、BAC配列と並列に組み込むことが好ましい。その様に配置することにより、Cre/loxPによる部位特異的な組換え系を利用して、選択マーカーも容易に除去することができるからである。例えば上述したようにBACとともにGFPを挿入した場合、BACとともに挿入したGFPは蛍光顕微鏡下の観察によって容易に存在を確認できるため、GFPの除去、ひいてはBACの除去もまた容易に確認することができる。
【0021】
本発明の上述した核酸のFHV-1ウィルスゲノム領域中に、ネコの体内において生成させたい目的の異種タンパク質をコードするDNAを発現可能に挿入することができる。異種タンパク質をコードするDNAを挿入するためには、FHV-1ウィルスが宿主細胞に感染した際に機能的な調節配列(例えばプロモータ、エンハンサなど)の下流に異種タンパク質をコードするDNAを発現可能に挿入する方法、FHV-1ウィルスが宿主細胞中で複製する過程で発現されるタンパク質をコードするDNAの下流に発現可能に挿入する方法など、当該技術分野において知られているいずれの方法であっても使用することができる。
【0022】
異種タンパク質をコードするDNAを挿入する部位は、DNAを挿入するために採用された方法によって異種タンパク質をコードするDNAを挿入することができるFHV-1ウィルスゲノム上の発現可能な部位であればいずれの場所であってもよい。例えば、FHV-1ウィルスが宿主細胞に感染した際に機能的な調節配列(例えばプロモータ、エンハンサなど)の下流に、目的とする異種タンパク質をコードするDNAを発現可能に挿入する方法を使用する場合には、機能的な調節配列の下流部位に発現可能に挿入することができる。また、FHV-1ウィルスが宿主細胞中で複製する過程で発現されるタンパク質をコードするDNAの下流に目的とする異種タンパク質をコードするDNAを挿入する方法を使用する場合には、そのタンパク質の下流に発現可能に挿入することができる。本発明においては、FHV-1ウィルスが宿主細胞中で複製する過程で発現されるタンパク質をコードするDNAの下流に目的とする異種タンパク質をコードするDNAをインフレームで挿入する方法を使用することが好ましい。
【0023】
ここで「インフレーム」で挿入されるという場合、目的とするタンパク質をコードするDNAが、FHV-1ウィルスが宿主細胞中で複製する過程で発現されるあるタンパク質の終止コドンの直後に連結されるか、または3n(nは自然数である)個のヌクレオチドを間に挟んで連結され、目的とするタンパク質が機能可能に発現されることをいう。
【0024】
本発明の一態様において、FHV-1ウィルスが宿主細胞中で複製する過程で発現されるタンパク質をコードするDNAの下流に目的とする異種タンパク質をコードするDNAをインフレームで挿入する方法を使用する場合、当該タンパク質としては、ウイルス増殖に必須でいずれも病原性を下げると考えられている、gDタンパク質、TK遺伝子、gG、gI、gE、リボヌクレオチドリダクターゼ(rebonucleotide reduntase)などのタンパク質が例として挙げられる。これらのタンパク質をコードする遺伝子の下流にインフレームで目的タンパク質をコードするDNAを挿入する。
【0025】
本発明において、ネコの体内において生成させたい目的の異種タンパク質は、1種であっても複数種であってもよい。複数種の異種タンパク質を1種の組換えFHV-1ウィルスを用いて発現させたい場合、複数の異種タンパク質をコードするDNAを別個の部位に別々に挿入して生成させても、複数の異種タンパク質をコードするDNAをタンデムに連結させて1箇所に挿入して生成させても、あるいはこれらの方法を組み合わせても構わない。例えば、本発明の一態様において、FHV-1ウィルスが宿主細胞中で複製する過程で発現されるタンパク質をコードするDNAの下流に目的とする異種タンパク質をコードするDNAをインフレームで挿入する方法を使用する場合、当該タンパク質としては、ウイルス増殖に必須なgDタンパク質、チミジンキナーゼ、gG、gI、gE、リボヌクレオチドリダクターゼなどのタンパク質が例として挙げられる。これらのタンパク質をコードする遺伝子の下流にインフレームで目的タンパク質をコードするDNAを挿入する。
【0026】
このようにして組換えにより作製した核酸は、大腸菌内において増殖するために必要なタンパク質成分をコードするDNA配列をBAC中に含有することから、大腸菌内でも増殖することができ、そして大腸菌内で外来性の核酸配列により組換え可能であるという特徴を有する。また、異種タンパク質をコードするDNAにより組換えした後の核酸は、宿主ネコ細胞において増殖するために必要とされるFHV-1ウィルスのタンパク質をコードするDNAをすべて備えていることから、組換え後の核酸をネコの細胞内で増殖して組換えFHV-1ウィルスを生成することができ、そしてゲノム中に挿入された異種タンパク質をネコ細胞内で生成することができるという特徴を有する。
【0027】
本発明においてはまた、上述したようなBAC配列を、FHV-1ウィルスのチミジンキナーゼ(TK)遺伝子のコード領域中に保持する、FHV-1ウィルスゲノム配列を有する核酸を使用して、ネコの細胞にトランスフェクトさせることにより、BAC配列を、FHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持する、組換えFHV-1ウィルスを作製することができる。この組換えFHV-1ウィルスは、FHV-1ウィルスゲノム領域のTK遺伝子のコード領域とは別の部位に1または複数の異種タンパク質をコードするDNAが発現可能に挿入されていてもよく、例えば、FHV-1ウィルスゲノム領域中gD遺伝子の下流に1または複数の異種タンパク質をコードするDNAがインフレームで挿入されていてもよく、それにより組換えウィルスを感染させたネコの細胞中において、1または複数の異種タンパク質を生成させることができる。
【0028】
本発明においては、上述した特徴を有する組換えウィルスを、組換えワクチンとして使用することができる。すなわち、上述した組換えウィルスは、ネコの細胞に感染させた場合に当該細胞中で増幅することが可能であり、その際に遺伝子組換えにより発現可能に挿入された1または複数の異種タンパク質を、当該細胞内で生成することができる。したがって、その性質を利用して、ネコに対して提示すべき1または複数の抗原タンパク質(すなわち異種タンパク質)を、ネコの体内において生成し、免疫応答を生じさせるためのワクチンとして使用することができる。前述したように、本発明の上述した核酸分子中には、複数の異種タンパク質を発現可能に挿入することも可能であり、複数の異種タンパク質をコードするDNAを挿入したな組換え核酸分子を用いて組換えウィルスを宿主細胞内において生成させることにより、複数の病原体抗原を発現する多価ワクチンを開発することもできる。
【0029】
本発明は、上述した構造を有する核酸分子を利用することにより、世界ではじめてFHV-1ウィルスのゲノムを、大腸菌に保持させることに成功した。すなわち、本発明においてはさらに、BAC配列をFHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持するFHV-1ウィルスゲノム配列を保持する大腸菌もまた、提供する。BACシステムの一つの特徴として、大腸菌中で、大腸菌に対して使用することができる既知の変異生成系あるいは既知の組換え系(例えば、RecA法、RecE/RecT法、トランスポゾンを用いた変異導入法、など)を利用することができる。したがって、このような特徴を有する大腸菌を、当該技術分野において既知の手法を用いて、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAで組換えることができる。そして、その様な組換えの結果、BACクローンの核酸分子内部に含まれるFHV-1ウィルスゲノム配列(すなわち、BAC配列を、FHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持するFHV-1ウィルスゲノム配列)中、TK遺伝子とは別の部位に1または複数の異種タンパク質をコードするDNAを発現可能に挿入して、例えばgD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAをインフレームで挿入して、組換えをすることもまた可能である。
【実施例】
【0030】
実施例1:組換えウィルスとBACプラスミドの作製
本実施例において、まず、FHV-1ゲノムをBAC中にクローニングした。
1973年に日本で肺疾患を有するネコから単離されたネコヘルペスウイルス1型(FHV-1)C7301系統を、組換えFHV-1ウィルスの構築のための親系統として使用した。親ウィルスおよび組換えウィルスは、5%加熱非働化ウシ胎児血清(FCS)を添加したDulbeco改変イーグル培地(DMEM)(Nissui, Tokyo)中で培養したCrandellネコ腎臓(CRFK)細胞中で増殖させた。感染後、細胞を、1%FCSを添加した維持培地中で維持した。
【0031】
Yokoyamaらは以前に、FHV-1のC7301系統のチミジンキナーゼ(TK)遺伝子およびその隣接領域をクローニングした(pfTK-SBと命名)[Yokoyama N, et al., Arch Virol (1996) 141: 481-94]。そして、FHV-1ゲノムをBAC中にクローニングするための前段階として、組換えBACベクター配列および選択マーカーGFP発現カセットをloxP部位間に含有し、UL23(チミジンキナーゼ:TK)遺伝子を含むウィルス配列と隣接させることによりTK遺伝子の一部を欠失させたプラスミドpfTK-SBΔSEを構築した[Yokoyama N, et al., Arch Virol (1996) 141: 481-94]。
【0032】
GFPベクター、pEGFP-C1(Clontech)を、BglIIおよびBamHIにより消化し、Klenowと反応させ、そしてセルフライゲーションさせて、そのマルチクローニング部位(MCS)を削除した。GFP発現カセットをそのAseI-AflIIフラグメントから得て、Klenowと反応させ、pBS246(Gibco)のSmaI部位にクローニングし、そしてpBS246GFPとして命名した。pBelloBAC11(Research genetics)のSalIフラグメントをKlenowと反応させ、EcoRV部位中にクローニングし、そしてpBS246GFPBACと命名した。pBS246GFPBACのNotIフラグメントをKlenowにより平滑末端化し、そして上述したpfTK-SBΔSEのTK欠失領域の末端にある唯一のSmaI部位中にクローニングした。このプラスミドをpfTK-GFPBACと命名し、そしてトランスファーベクターとして使用した。
【0033】
トランスファーベクター、pfTK-GFPBACを、製造者の指示に従ってLipofectamine 2000(Invitrogen, Carlsbad, CA)により、CRFK細胞中にトランスフェクトした。トランスフェクション後24時間後に、細胞を、感染多重度(M.O.I.)0.1のFHV-1ウィルスC7301系統により感染させ、細胞内において、トランスファーベクターpfTK-GFPBACとFHV-1ウィルスC7301系統ゲノムのTK遺伝子隣接配列との間での相同組換えを生じさせた。増殖したウィルスを感染細胞を凍結融解することにより回収した後、相同組換えを生じた結果、GFPを発現する組換えウィルスを蛍光顕微鏡下で選択することにより取得し、FHV-1ウィルスAR112系統と命名した(図1)。
【0034】
このような相同組換えにより組換えFHV-1ウィルスAR112系統のゲノム中にBACの挿入が引きおこされている。BACベクター配列は、クロラムフェニコール耐性遺伝子(Cmr)、およびE. coli中において巨大プラスミドを安定的に維持するために必要なE. coli F因子由来のエレメントを含む[Shizuya H, et al., Proc Natl Acad Sci U S A (1992) 89: 8794-7]。
【0035】
組換えFHV-1ウィルスAR112系統のウィルスゲノムの環状の中間体を、Hirt抽出方法を使用して、感染細胞から単離した。簡単に説明すると、60-mm組織培養ディッシュ(Corning)中でコンフルエントのCRKF細胞を、細胞あたり3 PFUのFHV-1ウィルスAR112系統で感染させ、7時間インキュベートし、PBSで1回洗浄し、そして0.4 mlのバッファーA(0.6%SDS、10 mM EDTA)中で室温にて30分間溶解した。次いで、0.1 mlの5 M NaClを添加し、そして細胞溶解物を4℃にて24時間インキュベートした後、細胞の残渣を遠心分離によりきれいにした。上清をフェノール/クロロホルムにより2回抽出し、そしてDNAをエタノールで沈殿させることにより、環状DNAを得た。
【0036】
そして得られた環状DNAを、Gene Pulser IIを0.1-cmキュベットを用いて1.8 kVでパルスをかけて使用したエレクトロポレーションにより、E. coli EL250中にトランスフォームした[Yu D, et al., Proc Natl Acad Sci U S A (2000) 97: 5978-83](図1)。トランスフォームしたE. coli細胞を、12.5μg/mlのクロラムフェニコール(Cm)を含有するLBプレート上で増殖させた。FHV-1ゲノムを保持するBAC DNAサンプル、pAR118を、アルカリ溶解および超遠心により、E. coli培養物から単離した。
【0037】
感染性ウィルスを再構築するため、この精製BACプラスミドpAR118を、CRFK細胞中にトランスフェクトし、感染性ウィルスを再構築した(図1)。ウィルスプラークは、トランスフェクション後4〜5日で典型的に出現した。再構築されたFHV-1を、AR118系統と命名した。
【0038】
2つのloxP部位により挟まれたBAC DNAバックボーンをウィルスゲノムから切り出すため、CRFK細胞を、M.O.I. 50の、Creリコンビナーゼを発現する組換えアデノウィルスAxCANCreにより感染させた。2時間後、細胞を洗浄し、そして維持培地を添加した。感染後24時間後に、細胞を、M.O.I. 0.03のAR112系統により重複感染させた。さらに24時間後、上清を回収し、希釈し、そしてCRFK細胞と共に3日間インキュベートした。GFPの発現が失われているウィルスを蛍光顕微鏡下にてプラーク精製し、AR119系統と命名した(図1)。
【0039】
FHV-1ゲノム中へのBAC配列の挿入およびそれに引き続いて行われる除去は、サザンブロット解析により確認された(図2AおよびB)。サザンブロット解析は、ゲノムウィルスDNAを、制限酵素により、37℃にて一晩処理し、消化されたDNAを、0.7%アガロースゲル上で、4℃にて14時間、25 mAで電気泳動に供し、電気泳動の後、ゲルをエチジウムブロマイド(1μg/ml)により染色し、そしてUV-光トランスイルミネーター上で写真撮影すると共に、DNAフラグメントをHybond-N+メンブレン(Amersham Biosciences)に毛細管作用によりトランスファーし、ブロットを、AlkPhos DIRECTラベリングキット(Amersham Biosciences)を製造者の指示に従って使用して標識した適切なDNAプローブとハイブリダイズさせることにより行った。
【0040】
TK遺伝子から増幅されたPCR生成物を標識し、そしてSalIまたはHindIIIにより消化したC7301系統、AR118系統およびAR119系統のゲノムDNAとハイブリダイズさせた(図2A)。予想されたように、19-kbのSalIフラグメントが、BAC配列の挿入により27-kbにシフトし、そして欠失配列のために、AR119株ゲノム中で19-kbよりも短いものにシフトした。14.2-kbおよび16.5-kbのHindIIIフラグメントはAR119系統ゲノム中の30-kb中に融合され、そのことから、Yokoyamaにより以前に記載されたように[Yokoyama N, et al., Arch Virol (1996) 141: 481-94]、TK中の欠失配列が確認された。これらのブロットを、BAC配列から構築した別のプローブとハイブリダイズさせ、そしてAR118系統のDNAのみを検出した(図2B)。
【0041】
実施例2:FHV-1感染性クローンの部位特異的組換え
最近、λ組換えシステムを使用して、E. coli中のBACにより保持された遺伝子が、効率的にそして特異的に組換えをおこせることが報告された[Lee EC, et al., Genomics (2001) 73: 56-65]。FHV-1ゲノムの必須遺伝子を容易に変異するため、本発明者らは、真核細胞中での複製を必要としないこの組換えシステムを使用する。
【0042】
mRFP-1遺伝子のORFは、プライマーセット、5'-gaattcatgg cctcctccga ggacgt-3'(SEQ ID NO: 1;AF506027)および5'-ctcgagttag gcgccggtgg agtggc-3'(SEQ ID NO: 2;AF506027)を用いたPCRにより得て、そしてpME18SのEcoRIおよびXhoI部位中にクローニングし、pME18SmRFPexと命名した。次いで、2つのFlp認識ターゲット(FRT)部位が隣接する最小のカナマイシン耐性カセット(KanR)を、プライマーセット、5'-cccgggaagt tcctattctc tagaa-3'(SEQ ID NO: 3)および5'-cccgggaagt tcctatactt tctag-3'(SEQ ID NO: 4)により、CHV/BAC-ΔgCkanのゲノム[Arii J, et al., Microbes Infect (2006) 8: 1054-63]を鋳型として使用して、pBluescript KS(+)中にクローニングした。2つのFRT部位が隣接するKanRを、このベクターのXhoIおよびNotIフラグメントから得て、そしてpME18SmRFPex中にクローニングし、そしてpME18SmRFPkanと命名した。
【0043】
mRFP ORFをgDのものと融合するため、mRFPコーディング配列を、E.coli中での選択マーカーとしてKanRを有するUs5-gD遺伝子のC-末端に、E. coli中での組換えを、λファージRED組換えシステム[Lee EC, et al., Genomics (2001) 73: 56-65]を使用して、インフレームで挿入した。FHV-1ゲノムを維持したエレクトロコンピテントEL250細胞の調製を、以下に記載するようにして行った。まず、pAR118を含有するバクテリアの単一コロニーを一晩培養して増殖させ、LB培地中で50倍に希釈し、そして培養物のOD600が32℃で0.5となるまで増殖させた。次に、培養物を、Betaタンパク質、Exoタンパク質、およびGamタンパク質を発現するように42℃にて15分間誘導し、氷上で15分間冷却した。次に、細胞を5分間遠心分離し、そして氷冷滅菌水を用いて3回洗浄した。洗浄後、細胞を氷冷滅菌水中に再懸濁し、300 ngのPCR生成物を添加し、そして上述した条件下でエレクトロポレーションした。組換えコロニーを、12.5μg/ml Cmおよび50μg/mlカナマイシン(Kan)を含有するLBプレート上にプレーティングすることにより、同定した。このバクミドを、pAR200と命名した(図3)。
【0044】
flp組換えを次に行うことにより、pAR200中のKanRを除去し、gDと融合させたmRFP配列を残した。具体的にはまず、ゲノムからKanRを除去するため、正しいBACを保持するコロニーを、CmおよびKanを含有するLB培地中に接種し、そして一晩培養した。培養物をLB培地中で50倍に希釈し、そしてOD600が0.5となるまでインキュベートした。培養物を、0.1%L-アラビノース(Sigma Aldrich, St. Louis, MO)を添加することにより誘導し、1時間インキュベートし、希釈し、そしてCmを含有するLBプレート上にプレーティングした。一晩インキュベートした後、コロニーを選択し、そしてCmまたはKanのいずれかを含有するプレートに移した。Cmを含むプレート上での増殖について選択した組換えクローンを選択した。これをpAR201と命名した。組換えウィルスAR201系統を、pAR201をCRFK細胞中にトランスフェクションすることにより得て、そして恒常的なサイトメガロウィルス前初期プロモータから駆動されるGFPの発現および内在性gDプロモータから駆動されるgD-mRFP融合タンパク質の発現が示された(図4)。
【0045】
組換えバクミドpAR118、pAR200およびpAR201を、エンドヌクレアーゼSacIにより消化し、そしてUs5遺伝子またはmRFP遺伝子に由来するプローブによりハイブリダイズさせた。組換えと共に、4.8-kbのSacIフラグメントが、6.5-kbおよび5.5-kbにシフトした。シフトしたフラグメントのみが、mRFPプローブにハイブリダイズすることができ、4.8-kbの野生型サイズのフラグメントはハイブリダイズできなかった。これらの結果から、mRFP遺伝子(700 bp)の挿入およびKanR(1 kb)のFHV-1ゲノムからの切り出しが生じたことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の上述した構造の核酸構築物、またはその核酸構築物を有する組換えウィルスは、ネコの体内において免疫原となる1または複数の異種タンパク質を供給するための、遺伝子組換えワクチンまたは遺伝子治療用ベクターとして使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1は、FHV-1ウィルスC7301株から、BACをゲノム内部に有する組換えFHV-1ウィルス株AR112株およびAR118株、ならびにCre/loxP組換えによりBACを除去したAR119株の作製についてのスキーム図である。
【図2】図2は、本発明の方法により組換えを行うことにより作製したAR118株およびAR119株が、目的とする遺伝子組み換えを生じたことを示す図であり、図2AはTK遺伝子の有無について、図2BはBACの有無について、それぞれ示す。
【図3】図3は、pAR118ベクターから、異種タンパク質をコードする核酸を含む組換えベクターpAR201の作製、ならびに当該組み換えベクターを含む組み換えウィルス株AR201株の作製についてのスキーム図である。
【図4】図4は、本発明の方法により組換えを行うことにより作製した組換えウィルス株が、目的とする異種タンパク質(mRFP)をコードするDNAを含む様に遺伝子組み換えを生じたことを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸菌人工染色体(BAC)配列を、FHV-1ウィルスのチミジンキナーゼ(TK)遺伝子のコード領域中に保持する、FHV-1ウィルスゲノム配列を有する核酸。
【請求項2】
FHV-1ウィルスゲノム領域のTK遺伝子のコード領域とは別の部位に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAが発現可能に挿入された、請求項1に記載の核酸。
【請求項3】
FHV-1ウィルスゲノム領域中、gD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAがインフレームで挿入された、請求項1または2に記載の核酸。
【請求項4】
大腸菌内で組換え可能な、請求項1〜3のいずれか1項に記載の核酸。
【請求項5】
BAC配列をFHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持し、FHV-1ウィルスゲノム領域の別の部位に1または複数の異種タンパク質をコードするDNAが発現可能に挿入された、組換えFHV-1ウィルス。
【請求項6】
FHV-1ウィルスゲノム領域中、gD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAがインフレームで挿入された、請求項5に記載の組換えFHV-1ウィルス。
【請求項7】
ネコに対して感染させ、前記1または複数の異種タンパク質をネコの体内において生成させるための、請求項5または6に記載の組換えFHV-1ウィルス。
【請求項8】
BAC配列を、FHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持し、FHV-1ウィルスゲノム領域の別の部位に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAが発現可能に挿入された、前記異種タンパク質に対する免疫応答を惹起するための組換えFHV-1ウィルスワクチン。
【請求項9】
FHV-1ウィルスゲノム領域中、gD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAがインフレームで挿入された、請求項8に記載の組換えFHV-1ウィルスワクチン。
【請求項10】
BAC配列を、FHV-1ウィルスのTK遺伝子のコード領域中に保持するFHV-1ウィルスゲノム配列を保持する、大腸菌。
【請求項11】
FHV-1ウィルスゲノム領域のTK遺伝子のコード領域とは別の部位に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAを発現可能に挿入するための、請求項9に記載の大腸菌。
【請求項12】
FHV-1ウィルスゲノム領域中、gD遺伝子の下流に、1または複数の異種タンパク質をコードするDNAをインフレームで挿入するための、請求項11に記載の大腸菌。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−283921(P2008−283921A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−133407(P2007−133407)
【出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】