説明

動物細胞を破壊するための装置

本発明は、動物細胞中で増殖させた組換えウイルスを精製する分野に関する。より具体的には、本発明は、ウイルスを遊離させるために、培養で増殖させたウイルス感染細胞からウイルスを抽出するための方法、および本明細書で記述する方法を用いて、ウイルス感染した培養細胞からウイルスを抽出するための装置に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は動物細胞中で増殖させた組換えウイルスを精製する分野に関する。より具体的には、本発明は、ウイルスを遊離させるために、培養で増殖させたウイルス感染細胞からウイルスを抽出するための方法、および本明細書で記述する方法を用いて、ウイルス感染した培養細胞からウイルスを抽出するための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの生物工学的プロセスおよび発酵プロセスは、大量の細胞を増殖させ、かつ次いで破壊して望ましい生成物を遊離させることを必要とする。細胞破壊は、機械的、化学的、生物学的、または物理的手段によって遂行することができる。界面活性剤など付加的な試薬の必要性を排除すること、および同様に凍結/解凍など困難な物理的方法を回避することが極めて望ましい。
【0003】
いくつかの機械的方法が、微生物を破壊するために開発されている。しかし、好んで選ばれる一般的な宿主となりつつある動物細胞は、脆弱な膜を有し、したがって、望ましい生成物を遊離させるためにはより穏やかな破壊プロセスを必要とする。
【0004】
動物細胞から回収され得る適切なウイルスベクターの例としては、単純ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアもしくはα−ウイルスベクター、ならびに、レンチウイルスを含むレトロウイルス、アデノウイルス、およびアデノ随伴ウイルスが挙げられる。これらのウイルスを用いた遺伝子導入技術は、当業者には公知である。例えばレトロウイルスベクターを使用して、目的のポリヌクレオチドまたは遺伝子構築物を宿主ゲノム中に安定に組み込むことができるが、このような組換えは好ましくない。これに対して、複製欠損型アデノウイルスベクターはエピソームのままであり、したがって、一過性発現を可能にする。
【0005】
ウイルスの1つの具体的なクラスは、アデノウイルスである。組換えアデノウイルスは、目的の治療用遺伝子をヒトに送達するための遺伝子治療ベクターとして現在使用されているウイルスのクラスである。複製欠損型アデノウイルスの増殖は、市販されている細胞系PER.C6(CRUCELL)、HEK293(ATCC)、または他の任意の適合性のあるウイルスのパッケージング/コンプレメンティング細胞系など哺乳動物の細胞系において行われる。一般に、アデノウイルスに感染した細胞は、最終的には溶解して、ウイルス子孫を遊離すると考えられる(アデノウイルスの媒介による細胞溶解と呼ばれる)。しかし、処理の観点から、この段階は、遊離されたタンパク分解酵素に過剰な期間ウイルスを曝露させ、ウイルスを分解および不活性化し得ると考えられるため、好ましくない。したがって、生成物(ウイルス)のより高い完全性を維持することおよび感染後の回収期間を短縮させることの両方の点で、アデノウイルスの媒介による細胞溶解の前に感染細胞からウイルスを回収することがより好ましい。
【0006】
アデノウイルスを精製するために感染細胞からアデノウイルスを遊離させるのに典型的に使用される方法は、以下の工程、すなわち、
a)凍結融解。これは、細胞を含有する培養物を凍結し、次いで融解させて膜を破壊させることを含む。これを少なくとも3回繰り返して行わなければならない。したがって、これは時間のかかるプロセスであり、かつ極めて小容量にしか適用できない。
b)界面活性剤による溶解。Tween80、Tween20、TritonX−100、またはデオキシコール酸などの界面活性剤を細胞培養物に添加して、原形質膜および核膜を可溶化し、ウイルスを遊離させることができる。
c)機械的溶解。市販されているホモジナイザーまたはマイクロフルイダー(microfluider)は、高圧力(>1000psi)かつ高せん断力下で作動する。ホモジナイゼーションは、微生物細胞または動物細胞から生成物を遊離させるための主要な機械的方法である。微生物細胞を破壊するための典型的な圧力範囲は、5000psi〜20,000psiである(「protein purification,design and scale−up of downstream processing」、S.M.Wheelwright、64頁、Wiley−Interscienceを参照されたい)。所定の圧力で得ることができる破壊量は、破壊される生物/細胞のタイプに応じて変わる。より堅固な細胞壁を有する生物は、所定のレベルの切断を達成するためにより高い圧力を必要とすると考えられる。このような高い破壊圧は、ウイルス感染細胞の溶解には必要ではないはずである。さらに、ホモジナイザーによって作り出される高せん断力の環境は、ウイルス生成物の不活性化を招く可能性がある。
を含む。
【0007】
接線流式精密ろ過の際に膜内外の圧力を調整することによって生じるせん断力が、哺乳動物細胞を破壊してアデノウイルスを回収するのに使用されてきた(会議録Williamsburg 1998年11月16日〜19日、「viral vector&vaccines」、Nancy Connelly他を参照されたい)。同軸シリンダー粘度計における様々な動物細胞に対するせん断損傷に関する観察結果が詳細に記録されている(Mardikar S H他、Biotech&Bioeng、Vol.68、No.6、2000年6月20日)。この例では、細胞破壊のために最低限のせん断速度が必要とされることが記載されている。衝突噴流装置を用いて培養細胞を破壊することもできる(US5721120を参照されたい)。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
動物細胞を効率的に破壊し、かつ損傷せずに細胞内容物を遊離させる装置を有することが望ましいはずである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、高い圧力を必要とせず、かつ、感染細胞からウイルスを回収するために不活性化作用のある高いせん断力を生じない制御された方式で、ウイルス感染した動物細胞を破壊するための方法および装置を提供する。
【0010】
したがって、本発明は、
a)懸濁流体中に細胞を提供する工程、
b)その細胞懸濁液を5psi〜1000psiの圧力に加圧する工程、および
c)細胞膜が破裂するような流速で、0.5mmの最大径を有する絞り(restriction)に、加圧した懸濁液を流過させる工程
を含む、ウイルスに感染した動物細胞からウイルスを抽出する方法を提供する。
【0011】
一実施形態では、この絞りはバルブである。このバルブは、ニードルバルブでもボールバルブでもよい(いずれも、市販されている。例えばSaundersまたはSwagelock)。バルブは、最大0.5mmのオリフィス径を有してよい。例えば0.05mm〜0.2mm、または0.1mm〜0.2mmである。
【0012】
別の実施形態では、絞りは、キャピラリー装置などの導管である。
【0013】
特に、本発明は、
a)懸濁流体中に細胞を提供する工程、
b)その細胞懸濁液を加圧する工程、および
c)細胞の導管中での滞留時間にて細胞膜が破裂するような流速で、0.5mmの最大径を有する導管に、加圧した懸濁液を流過させる工程
を含む、ウイルスに感染した動物細胞からウイルスを抽出する方法を提供する。流速は、懸濁液の圧力を変更することによって、または導管の口径を変更することによって、または懸濁液の細胞濃度を変更することによって、変更することができる。
【0014】
当業者なら、このシステムのいくつかのパラメータ、すなわち、導管の口径および長さ、細胞懸濁液に加えられる圧力、ならびに懸濁液の細胞濃度を変更して、細胞を溶解するのに最適な条件を作り出せることが分かるであろう。しかし、これらのパラメータを過度に変更すると、その場合は、導管内部で生じるせん断のレベルが高くなり過ぎて、過剰な起泡または高せん断力領域への過剰な曝露に起因する生成物の不活性化を引き起こすことがある。
【0015】
導管は、最大0.5mmの口径を有してよい。例えば0.05mm〜0.2mm、または0.1mm〜0.2mm、特に0.13mmである。口径の寸法は、十分なせん断力および摩擦力が導管内で作り出されるように変更することができる。さらに、導管は、0.5cm〜10cmの長さを有してよい。例えば2cm〜8cm、または4cm〜6cmである。特に、これは、5cmの長さを有してよい。導管の長さは、効率的な破壊を可能にするためにせん断力および導管中での十分な滞留時間を生じさせるように変更することができる。細胞の破壊は、流体速度(流速)の駆動圧の結果として導管中で存在するせん断場への細胞の曝露の結果として生じる。したがって、流速は、例えば細胞懸濁液の圧力を変更することによって、または口径の寸法を変更することによって、変更することができる。管の長さは、せん断場中で細胞が過ごす滞留時間を定める。さらに、導管の直径は、導管の断面領域全体におけるせん断場の分布を定める。これは、高せん断場に入る細胞に加えられるエネルギー散逸(運動エネルギー)によって細胞破壊が引き起こされる領域である。
【0016】
本発明の装置に適したポンプは、低せん断を引き起こし、これらには、ぜん動ポンプ、ロータリーローブポンプ(例えば、ドイツのLenze社製のQuattroポンプ)、HPLCポンプ、往復ポンプ、およびダイアフラムポンプが含まれる。あるいは、窒素や圧縮空気などの気体、または適切な容量の空気圧縮機(デンマーク製のJUN−AIRなど)によって、圧力を供給することができる。
【0017】
一実施形態では、ポンプによって供給される圧力は、5psi〜1000psiである。例えば、10〜250psi、25〜250psi、10〜100psi、25psi〜60psi、15〜70psi、または30〜50psiである。特定の一実施形態では、圧力は、40〜60psiである。
【0018】
本発明の動物細胞には、それだけには限らないが、「PER.C6(商標)」、HEK293(および変異体)、HER911、A549、CHO、VERO、HELLA、MDCK、MRC−5、WI−38、Namwala、NSO、ニワトリ胚線維芽細胞、哺乳動物初代細胞系(ヒトを含む)、ハイブリドーマ、および昆虫細胞系が含まれる。
【0019】
動物細胞を感染させるのに使用できる適切なウイルスの例としては、組換えアデノウイルス(すべてのサブグループおよび血清型および種、特にAd−5、Ad−2、Ad−35、Ad−1、Ad−6、ならびにアデノウイルスサブグループA、B、C、D、E、およびF)、野生型アデノウイルス(すべての血清型および種)、アデノウイルスベクターのキメラ構築物(アデノウイルス/レトロウイルス、Ad/AAV、およびすべてのアデノウイルス血清型の組合せ物、例えばAd−5/AD−2)、rAAV(すべての種に由来するすべてのサブグループおよび血清型、特にAAV2、AAV5、AAV1、AAV3、AAV4、AAV6)、AAVベクターのキメラ構築物(AAV血清型のすべての組合せ物など、例えば、AAV2/AAV5、AAV5/AAV1、AAV/アデノウイルス)wt AAV(すべての種に由来するすべての血清型)、レンチウイルス、レトロウイルス(Mu−LV、X MuLv)、HCV、HAV、HBV、WNV、SARS、EBOLA、EBV、センダイ、ワクシニア、PPV、CPV、ポリオ−1、麻疹、黄熱、風疹、HIV、CMV、HPV、HSV、BVDV、SV−40、B−19、α−ウイルス、REO−3、インフルエンザ、JEV(日本脳炎)、およびバキュロウイルスが挙げられる。
【0020】
本発明の一実施形態では、動物細胞は、ワクチンおよび遺伝子治療用のウイルスベクターの製造において使用されるウイルスの作製のために使用される。
【0021】
別の実施形態では、動物細胞を感染させるのに使用されるアデノウイルスは、複製欠損型サルアデノウイルスである。典型的には、これらのウイルスは、E1欠失を含み、E1遺伝子で形質転換された細胞系において増殖することができる。これらは、E1欠失に加えてE3欠失を含んでもよく、この場合、これらは、E1遺伝子およびE3遺伝子で形質転換された細胞系において増殖することができる。別の態様では、これらは、E1、またはE1およびE3の欠失に加えてE4欠失を含んでもよい。適切なサルアデノウイルスの例は、チンパンジーから単離されたウイルスである。特に、C68(Pan9としても公知である)(米国特許第6083716号を参照されたい)ならびにPan5、6、およびPan7(WO03/046124)が、本発明において使用するのに適する。本発明の異種遺伝子を挿入するようにこれらのウイルスベクターを処理して、その遺伝子生成物が発現され得るようにすることができる。このような組換えアデノウイルスベクターの使用、構築および製造は、WO03/046142において詳細に説明されている。このような複製欠損型アデノウイルスは、ウイルスがその中で複製できる任意の適切な細胞系、例えばHEK293または「PER.C6(商標)」細胞において作製することができる。好ましい細胞系は、複製障害の特徴をもたらすウイルスベクターから失われている要素を提供する補完的な細胞系であり、例えば、このような細胞系は、E1遺伝子で、またはE1およびE3遺伝子でトランスフェクトされ得る。別の態様では、これらは、E4遺伝子でもトランスフェクトされ得る。
【0022】
本発明による細胞は、懸濁流体中で、10個/ml〜10個/mlの細胞濃度で存在し得る。特に、10個/ml〜10個/mlの細胞濃度である。より低い細胞濃度では、細胞培養物の懸濁液から直接溶解が起こり、より高い細胞濃度では、静置培養物から直接溶解が起こる。懸濁液の細胞濃度を変更するために、細胞を遠心沈降させ、かつ液体中に再懸濁させてよい。濃縮された細胞懸濁液は、組織培養フラスコ、ローラーボトル、もしくは「セルファクトリー(商標)」、またはそれらの任意の変形物中のものなど付着した細胞培養物に由来してもよく、その場合、それらの細胞を剥がし、細胞含有懸濁液を遠心沈降させ、得られた細胞沈殿物を流体中に再懸濁させる。
【0023】
本発明による別の方法は、細胞懸濁液のより高い処理量、およびそれによる細胞溶解の効率上昇を実現するために、平行に共に束ねられた2つ以上の導管ユニットを含む。例えば、最大100個の導管ユニットを共に束ねてよい。具体的には、この束は、10〜100個の導管ユニット、または10〜50個の導管ユニットを含んでよい。
【0024】
本発明はまた、特に、細胞懸濁液が3〜5回絞りを通過する場合、例えば、4回通過する場合に、例えば、貯蔵器から出て、かつそれに戻る循環ループによる、細胞の懸濁液を再循環させる方法も提供する。サイクルの最適な回数は、細胞の感染後の日数に応じて変動し得る。
【0025】
一実施形態では、本発明は、
a)培養流体を含む貯蔵器、
b)貯蔵器から出て、かつそれに戻る循環ループ、
c)その循環ループに培養流体を押し通すためのポンプ、および
d)細胞の溶解を引き起こすように使用時に適合させた循環ループ内の絞り
を含む、ウイルスに感染した動物細胞を破壊してウイルス粒子を遊離させるための方法を提供する。
【0026】
本発明の一態様では、細胞懸濁液に加えられる圧力は、システムを通る各通過に伴って変化してよく、例えば、各通過に伴って圧力が増加する。本発明の別の態様では、懸濁液の細胞濃度を変更してよく、例えば、各通過に伴って細胞濃度を増加させてよい。一例として、1回の通過の後に貯蔵器から細胞懸濁液を取り出し、その細胞懸濁液を遠心分離し、減量した懸濁液中にその沈殿物を再懸濁することによって、細胞濃度を変更することができる。次いで、再懸濁させた細胞懸濁液を、システムをさらに通過させるために貯蔵器中に戻し入れることができる。
【0027】
本発明はまた、
a)懸濁液体中に細胞懸濁液を含む貯蔵器、
b)前記懸濁液に加圧するための手段、
c)導管、
d)導管に加圧した懸濁液を流過させるための、前記加圧手段と前記導管の間の連絡手段、および
e)導管の排出口末端から生産品を受け取るための手段
を含む、ウイルスに感染した動物細胞を破壊してウイルス粒子を遊離させるための装置も提供する。
【0028】
本発明の装置は、培養細胞を用いて作製される多くのタイプの細胞内生成物の回収にさらに使用することもできる。このような細胞内生成物の例としては、タンパク質や多糖類など天然に存在する生成物、抗体および酵素を含む組換えタンパク質、ならびにウイルスが挙げられる。
【0029】
本発明はさらに、
a)固定方式または懸濁培養のいずれかで動物細胞を培養する工程、
b)必要とされる細胞濃度の培養細胞をウイルスに感染させる工程、
c)細胞が破壊され、かつウイルスが遊離されるように、適切なインキュベーション期間の後、動物細胞に前述した本発明の装置を通過させる工程、および
d)遊離されたウイルスを回収する工程
を含む、動物細胞中で増殖させたウイルスを回収する方法も含む。
【0030】
特定の一実施形態では、アデノウイルス、特にアデノウイルスのAd5型株に感染した細胞を破壊して、遺伝子治療用の生存ウイルスベクターを調製するのに使用されるウイルスを回収する。
【0031】
本発明の別の態様および特徴は、添付図を参照して以下に説明する本発明の例示的な実施形態において明らかにされる。
【0032】
(図面の簡単な記載)
図1は、本発明によるキャピラリー装置の概略図である。
【0033】
図2は、本発明によるキャピラリーモジュール装置の概略図である。
【0034】
図3は、アデノウイルスウイルスベクターの回収および精製への本発明の適用を示す概略図である。
【0035】
図4は、足場依存性細胞系(HER911)におけるアデノウイルスの培養を詳述する概略図である。
【0036】
図5は、様々なチャンバー圧力下で、かつ凍結/融解試料(FT)を基準とした、市販されているホモジナイザー(一定のシステム)によるβGal−アデノウイルス5に感染したPER.C6細胞の破壊を詳述する。
【0037】
図6は、キャピラリー装置を用いた、様々な段階の培養齢におけるHER911細胞の破壊を示す。
【0038】
図7は、感染期間後1日後(3回溶解/1日)および2日後(3回溶解/2日)の、アデノウイルスに感染したHER911細胞の破壊を示す。
【0039】
図8は、キャピラリー溶解装置を用いた、アデノウイルスに感染したPER.C6細胞の破壊を示す。
【0040】
図9は、キャピラリー装置を用いた、遊離される感染力価に対する破壊圧の影響を示す。
【0041】
図10は、アデノウイルスの感染力価に与える破壊圧の影響を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
動物細胞の破壊は、本発明に従って低圧を使用するバルブ形状を用いて実現することができる。必要とされる典型的な圧力の範囲は、例えば10〜100psiと考えられる。この圧力は、原形質膜および核膜の両方を溶解するのに十分である。したがって、これは、ウイルスなど細胞内由来タンパク質および核由来物質が抽出されるのを可能にすると考えられる。低い使用圧力は、穏やかな破壊をもたらし、かつ、生成物を損傷することを回避する。
【0043】
図1において示す単一チャネルのキャピラリー装置を使用する、本発明による代替の低圧法が開発された。
【0044】
図1を参照すると、本発明のぜん動ポンプ(1)が示されている。ぜん動ポンプ(1)は、貯蔵器(2)からの細胞培養流体(3)を、0.13mmのキャピラリー口径を有する長さ5cmのキャピラリー溶解装置(5)に押し通すために使用される。出てくる流体は、元の貯蔵器(2)中に回収される。次いで、処理された物質をさらに、同じまたはより高い圧力で、キャピラリー装置に通す複数回のサイクルに供してよい。
【0045】
別法として、出てくる流体を第2の貯蔵器(7)に回収し、次いで、最初の貯蔵器が空になったときに第1の貯蔵器(2)に移し戻す。非連続的な再循環からなるこの方法には、連続的循環から起こり得る生成物不活性化のリスクを低減する効果がある。
【0046】
キャピラリーの絞りによって、培養液がキャピラリーに入るときに背圧が生じる。この圧力は、ポンプの速度によって調節することができ、「破壊圧」と呼ばれる。
【0047】
図1で示す本発明の装置では、単一のキャピラリー装置を使用した。本発明の別の実施形態では、キャピラリー装置中のキャピラリー要素の数を増加させることができ、これは、容量処理量を増加させると考えられる。このような設計の図を図2に示す。
【0048】
キャピラリー装置は、動物細胞の溶解および細胞内物質の回収に必要とされる所定の圧力範囲で作動することができる。さらに、キャピラリー装置は、より高い圧力(>1000psi)で作動する現在市販されている機械的細胞破壊装置より低い圧力で作動する(例えば、図5を参照されたい)。現在市販されている機械的装置は、せん断に敏感な生成物に損傷を引き起こすこともあり、また、使用されるより高い圧力が、泡の生成をもたらし、かつ生成物の不活性化をもたらす可能性がある。本発明で説明する装置を精製プロセスにおいて使用すると、非可溶性の不純物を溶解し得る界面活性剤による溶解工程とは対照的に、不純物を潜在的に減少させると考えられる。
【0049】
したがって、本発明において説明する装置は、任意の動物細胞由来ウイルス生成物の後処理および精製に利用することができる。特に、ウイルスワクチンまたは遺伝子治療用のウイルスデリバリーベクターを含む用途である。より具体的には、アデノウイルスベクターおよびアデノ随伴ウイルスベクターに関する。本発明のキャピラリー装置を用いた典型的なアデノウイルス精製のスキームを図3に示す。アデノウイルスは、固定方式の細胞培養または懸濁細胞培養のいずれかで培養してよい。血清を添加したまたは添加しない適切な培地(DMEM、MEM、HamF−12など)を用いて、懸濁液中の所定の細胞濃度まで、または足場依存性細胞を使用する場合には所定の細胞密度比率まで哺乳動物細胞を増殖させる。次いで、これらの細胞をウイルスに感染させる。これに先立って、ウイルス粒子(seed)の力価を定量し、かつ、1つの細胞を感染させるのに必要なウイルス粒子の数(感染多重度またはMOIと呼ばれる)に基づいて、使用するウイルスの容量を算出する。ウイルスが細胞に感染して、その結果、子孫(500〜10K)を発生するように、インキュベーション期間を与える。このインキュベーション期間は、使用する細胞系、ウイルスのタイプ、および導入遺伝子の性質に依存する。このプロセスに関する事前の知識に基づき、感染後の所定の時間帯(これは、感染後24時間〜180時間でよい)にウイルスを回収する。次いで、回収した細胞懸濁液をキャピラリー装置に通して処理し、それによってウイルス感染細胞を機械的に破壊して、アデノウイルスを培地中に遊離させる。不溶性の破片を除去するためにデプスフィルター(1.0μmのSartofine)を使用することによって、破壊物のプールをさらに清澄にする。バッチ汚染のリスクを最小限にするために、0.45μm+0.22μmの滅菌ろ過を行う。
【0050】
核酸含有量を減少させ、かつさらに下流のクロマトグラフィーによる分析を助けるために、ベンゾナーゼ(Benzonase)をアデノウイルス懸濁液に添加する。バルク溶液を室温で1時間インキュベートし、次いで、さらに精製するために陰イオン交換クロマトグラフィーカラムにロードする。次いで、精製したアデノウイルスを所定の塩勾配でカラムから溶出させ、また、純度を高めかつ汚染物質を減少させるためにさらに処理することができる。
【0051】
以下の内容は、本発明の非限定的な実施例として意図される。実施例内で説明する特定の実施形態は、特許請求の範囲において明らかにするように改変してよい。
【実施例1】
【0052】
キャピラリー装置の実験的評価
以下のパラメータを、本発明の装置に関して分析した。
破壊圧およびウイルス力価
最適な破壊圧範囲
破壊圧範囲に対する回収時間の影響
【0053】
処理された物質について細胞計数(全細胞および生細胞)を行い、また、TCID50アッセイ法によってアデノウイルスの感染力価を測定した。
【0054】
感染細胞および非感染細胞の双方を用いて、単一チャネルのキャピラリー装置の初期評価を行った。細胞系HER911およびPER.C6を、懸濁培養および接着培養の双方で使用した。細胞培養の簡単な説明を以下に示す。
【0055】
接着性のHER911細胞における組換えアデノウイルスの培養
10%ウシ胎児血清を添加した増殖培地を用いて、静置Tフラスコ中でHER911を継代培養した。コンフルエントに達したら(約4日)、ローラーボトル(表面積1250cm)中で細胞をさらに継代培養した。要約したフローチャートを図4に示す。
【0056】
PER.C6細胞の懸濁培養物におけるアデノウイルスの培養
PER.C6の懸濁培養物を用いて、1リットルの培地を含む3リットルのバイオリアクターに播種した。細胞濃度3×10細胞/mlで容器に播種した。細胞を37℃で培養し、かつ、新鮮な培地で培養物を希釈することによって細胞濃度を維持した。所望の細胞濃度に達した後、指定したMOIでアデノウイルスに細胞を感染させ、かつ、培養の温度設定値を34℃に下げた。感染後4日目に培養物を回収した。
【0057】
表1は、細胞破壊を実現するように適合された体系的手法を示す。
【0058】
【表1】

【0059】
処理前および処理後に、総細胞数および生細胞数を測定した。アデノウイルスの感染力価をTCID50によって測定した。
【0060】
結果
細胞に対する破壊圧の影響
溶解実験の比較実施はすべて、共通の破壊機序が使用されていることを示唆する。ローラーボトル培養物から(感染後n日目に)回収された細胞(非トリプシン処理法)は、非常に凝集しているように見える。大型の凝集した(細胞シート)物質は、視覚的に観察できるが、より小型の凝集塊は、光学顕微鏡のもとで認められる。処理サイクル1の効果は、細胞塊を脱凝集化(de−clumping)または脱凝集(disaggregation)させてより小型の構成単位または単細胞物質にすることである。
【0061】
これは、主に25〜30psiのより低い圧力範囲で実行される。この結果、おそらくは培養物の真の総細胞数を反映することにより、細胞数の相対的増加が観察される(図5、6および7、ならびに表2(a)、2(b)を参照されたい)。同じ培養液試料をより高い破壊圧範囲(45〜50psi)に供すると、総細胞数がより大幅に減少し、したがって、キャピラリー装置中で生じる細胞摩擦を原因とする細胞破壊片が増加する。これもまた、生細胞数の漸進的な減少に反映され、このより高い所定の圧力範囲(45〜50psi)では、キャピラリー装置の存在下で細胞溶解が生じていることを示唆する。破壊圧を60psiに上昇させると、総細胞数がさらに減少する(図6を参照されたい)。
【0062】
【表2】

【表3】

【0063】
ウイルスの感染力価に対する破壊圧の影響
アデノウイルスは、通常、細胞核中で増殖する。培養培地中へのビリオン粒子の効果的な遊離のためには、核膜および原形質膜の破壊が必要とされる。
【0064】
最初のサイクル(サイクル1、30psi)の間に、上清の値(破壊されていない物質)に比べてウイルスの感染力価の上昇(図8、9、および表3を参照されたい)が認められることを観察することができる。同じ試料を第2のサイクル(サイクル2、45〜50psi)に通して処理した場合、感染力価のより大きな上昇が認められ、かつ、一部の場合では、この第2のサイクル中で力価のピークが得られる
【0065】
【表4】

【0066】
上記のデータは、25〜60psiの圧力範囲が有効な細胞溶解およびアデノウイルスの回収に十分であることを示唆する。キャピラリーを通して破壊物をさらに過剰に循環させると、感染力価の減少が観察された図10において示されるようなウイルスの不活性化が起こり得る。これを防止するには、過剰な起泡または高せん断力領域への過剰な曝露に起因し得る生成物の不活性化を回避する所定の時間および循環速度が必要とされる。
【0067】
考察
キャピラリー装置によって得られたデータは、HER911細胞の効果的な溶解が、40〜60psiの間で実現され得ることを示す。これは、総細胞数(生細胞および生育不能な細胞の数、図9、10を参照されたい)の急速な減少、ならびにこの圧力範囲において細胞が継続的に溶解されていることを示唆する細胞生存率の対応する減少において実証される。HER911細胞からアデノウイルスを効果的に回収するためには、25〜60psiの圧力範囲が、感染後のサイクルのすべての段階でウイルス感染細胞を破壊するのに十分である。したがって、アデノウイルスを高収率で回収するために、事前に定めた圧力範囲でキャピラリー装置を効果的に使用することができる。さらに、動物細胞から他の細胞内生成物を回収するのに、このキャピラリー装置を使用することもできる。
【0068】
キャピラリー装置における細胞溶解の機序は、2つの面を有すると考えられる。低圧(すなわち、低速のポンプ流速)では、キャピラリー装置は、塊状の細胞回収物を脱凝集するのに極めて効果的である。第1のサイクルの後に、常に総細胞数の増加が認められる。この脱凝集は、おそらくは、凝集塊のサイズが大きすぎてキャピラリーのオリフィスに入ることができないことによる。その結果、緩く結合した物質がせん断力によって切り離されて、より小型の凝集塊または単細胞物質を生じる。結果として、弱められた細胞膜を有する「成熟した(ripened)細胞」(すなわち、ウイルスに感染したもの)が、より容易に破壊され、これは、ウイルス力価の上昇に反映される。より高い破壊圧(40〜60psi)では、キャピラリーは、破壊装置として作用し始める。これは、総細胞数の急速な減少、および(光学顕微鏡によって解析されるように)細胞破壊片の生成に反映される。この作用の考え得る機序は、結果として生じるポンプ流量の増加が、背圧の上昇を引き起こし、その結果、比較的低圧の領域(ポンプの上流)から高圧の領域に細胞懸濁液を進ませることである可能性がある。これは、キャピラリー中に高速を生じ、かつ、キャピラリーの壁面に逆らって細胞を進ませて、流動特性の変化を引き起こす(層流から乱流)。キャピラリー中で生じる摩擦および乱流と共に、キャピラリー壁面に対する細胞衝突の累積的影響が、原形質膜および核膜の破裂を引き起こすと考えられる。これは、総細胞数および生細胞数の減少ならびに摩擦を原因とする細胞破壊片の存在において認めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明によるキャピラリー装置の概略図である。
【図2】本発明によるキャピラリーモジュール装置の概略図である。
【図3】アデノウイルスウイルスベクターの回収および精製への本発明の適用を示す概略図である。
【図4】足場依存性細胞系(HER911)におけるアデノウイルスの培養を詳述する概略図である。
【図5】様々なチャンバー圧力下で、かつ凍結/融解試料(FT)を基準とした、市販されているホモジナイザー(一定のシステム)によるβGal−アデノウイルス5に感染したPER.C6細胞の破壊を詳述する図である。
【図6】キャピラリー装置を用いた、様々な段階の培養齢におけるHER911細胞の破壊を示す図である。
【図7】感染期間後1日後(3回溶解/1日後)および2日後(3回溶解/2日後)の、アデノウイルスに感染したHER911細胞の破壊を示す図である。
【図8】キャピラリー溶解装置を用いた、アデノウイルスに感染したPER.C6細胞の破壊を示す図である。
【図9】キャピラリー装置を用いた、遊離される感染力価に対する破壊圧の影響を示す図である。
【図10】アデノウイルスの感染力価に与える破壊圧の影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスに感染した動物細胞からウイルスを抽出する方法であって、
a)懸濁流体中に細胞を提供し、
b)該細胞懸濁液を5psi〜1000psiの圧力に加圧し、および
c)細胞膜が破裂するような流速で、0.5mmの最大径を有する絞りに、その加圧した懸濁液を流過させる
工程を含む、方法。
【請求項2】
ウイルスに感染した動物細胞からウイルスを抽出する方法であって、
a)懸濁流体中に細胞を提供し、
b)前記細胞懸濁液を加圧し、および
c)細胞膜が破裂するような流速で、0.5mmの最大径を有する導管に、前記加圧した懸濁液を流過させる
工程を含む、方法。
【請求項3】
導管の口径が0.05mm〜0.2mmである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
導管の長さが0.5cm〜10cmである、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記導管の長さが4cm〜6cmである、請求項4記載の方法。
【請求項6】
2つ以上の導管が平行に共に束ねられている、請求項2ないし5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
絞りがバルブである、請求項1記載の方法。
【請求項8】
細胞懸濁液がぜん動ポンプによって加圧される、請求項1ないし7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
懸濁液中の細胞濃度が10個/ml〜10個/mlである、請求項1ないし8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
圧力が10〜250psiである、請求項1ないし9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
細胞懸濁液の再循環を含む、請求項1ないし10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
細胞懸濁液が3〜5回絞りを通過する、請求項11記載の方法。
【請求項13】
ウイルスに感染した動物細胞を破壊してウイルス粒子を遊離させるための装置であって、
a)細胞の懸濁液体中の懸濁液を含む貯蔵器、
b)該懸濁液に加圧するための手段、
c)導管、
d)該導管に加圧した懸濁液を流過させるための、該加圧手段と該導管の間の連絡手段、および
e)該導管の排出口末端から生産物を受け取るための手段
を含む、装置。
【請求項14】
請求項1ないし6および請求項8ないし12に記載の特徴のうちの1つまたは複数を含む、請求項13記載の装置。
【請求項15】
動物細胞がアデノウイルスに感染している、前記請求項のいずれかに記載の方法または装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公表番号】特表2007−537744(P2007−537744A)
【公表日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−517404(P2007−517404)
【出願日】平成17年5月16日(2005.5.16)
【国際出願番号】PCT/GB2005/001867
【国際公開番号】WO2005/113757
【国際公開日】平成17年12月1日(2005.12.1)
【出願人】(397009934)グラクソ グループ リミテッド (832)
【氏名又は名称原語表記】GLAXO GROUP LIMITED
【住所又は居所原語表記】Glaxo Wellcome House,Berkeley Avenue Greenford,Middlesex UB6 0NN,Great Britain
【Fターム(参考)】