説明

動物細胞培養用培地

【課題】血清培地又は無血清培地に添加することで、動物細胞の増殖率を高めることができる因子を提供すること。
【解決手段】β−コングリシニン濃縮物の加水分解物は動物細胞の増殖促進活性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物細胞培養用培地に関する。
【背景技術】
【0002】
動物細胞、特に哺乳動物細胞を培養する際に、細胞を効率的に増殖させることは重要である。例えば、抗体、酵素、ホルモンなどの有用物質を産生する細胞であれば、細胞の増殖率を高めることで、有用物質を効率よく製造することが可能である。あるいは、皮膚細胞、軟骨細胞、ES細胞、iPS細胞といった細胞の増殖率を高めることで、効率のよい再生医療が行われることが期待できる。
【0003】
細胞増殖率を高めることを目的として、培地にウシ血清やウシ血清から分離した蛋白質成分を添加することがよく行われている。しかしながら近年では、血清中に混入する不要物、例えば、ウシ由来の抗体、ウイルス、病原性プリオンなどが混入することは好ましくなく、無血清培地の開発が進められている。そして、特許文献1では、大豆蛋白質加水分解物及び酵母抽出物を無血清培地に添加して、細胞増殖率を高めることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2002−520014号公報
【特許文献2】国際公開第2006/129647号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2002/028198号パンフレット
【特許文献4】国際公開第98/44807号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2009/035852号パンフレット
【特許文献6】国際公開第2006/134752号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】M.Samotoら,Food Chemistry,102巻,317−322頁,2007年
【非特許文献2】S.Kudouら,Agric.Biol.Chem.,55巻,2227?2233頁、1991年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、血清培地又は無血清培地に添加することで、動物細胞の増殖率を高めることができる因子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、大豆β−コングリシニン濃縮物の加水分解物を血清培地又は無血清培地に添加した培地で動物細胞を培養すると、細胞増殖率を高めることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(8)を提供する。
(1)β−コングリシニン濃縮物の加水分解物を含む動物細胞培養用培地。
(2)無血清培地である、上記(1)に記載の培地。
(3)β−コングリシニン濃縮物の加水分解物からなる動物細胞増殖促進剤。
(4)β−コングリシニン濃縮物の加水分解物からなる抗体産生促進剤。
(5)上記(1)又は(2)に記載の培地中で動物細胞を培養する、動物細胞の培養方法。
(6)上記(1)又は(2)に記載の培地中で動物細胞を培養する、動物細胞の増殖を促進する方法。
(7)動物細胞培養用培地にβ−コングリシニン濃縮物の加水分解物を添加する、上記(1)又は(2)に記載の培地の製造方法。
(8)上記(1)又は(2)に記載の培地中で動物細胞を培養し、動物細胞から産生される有用物質を培地から単離する、有用物質の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、動物細胞の増殖率を高めることができ、その結果、有用物質を効率よく製造することができ、また、再生医療の効率を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】ウシ血清含有培地における大豆蛋白質加水分解物が細胞増殖に及ぼす効果を表す図である。
【図2】ウシ血清含有培地における大豆蛋白質加水分解物が抗体産生量に及ぼす効果を表す図である。
【図3】無血清培地における大豆蛋白質加水分解物が細胞増殖に及ぼす効果を表す図である。
【図4】無血清培地における大豆蛋白質加水分解物が抗体産生量に及ぼす効果を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0012】
(大豆蛋白質)
一般の大豆に含まれる蛋白質は、超遠心分析による沈降係数から、2S、7S、11S及び15Sの各種グロブリンが含まれている。このうち、7Sグロブリンと11Sグロブリンは主要な酸沈殿生の構成蛋白質成分である。本発明におけるβ−コングリシニンは7Sグロブリンに相当するものであり、β−コングリシニン濃縮物は蛋白質中のβ−コングリシニンの割合が高められたものをいう。一方、グリシニンは11Sグロブリンに相当するものである。さらに、大豆蛋白質中には上記グロブリン以外にも酸沈殿性大豆蛋白質群が存在し、これらはレシチンや糖脂質などの極性脂質を多く随伴するために、包括的に、脂質親和性蛋白質(LP)と呼ばれている(特許文献2参照)。
【0013】
(β−コングリシニンの濃縮)
本発明の動物細胞培養用培地に添加される窒素源としては、通常の大豆粉末や分離大豆蛋白質から調製された加水分解物ではなく、動物細胞用培地が優れた細胞増殖促進活性を発揮するために、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物が必須である。該濃縮物中のβ−コングリシニン含量は、粗蛋白質に対して40重量%以上含まれていることが好ましく、50重量%以上含まれていることがより好ましい。大豆からβ−コングリシニン濃縮物を調製する方法は公知であり、大きく類別して一般的な組成の大豆から蛋白質を抽出又は濃縮したものからβ−コングリシニンを分画する方法と、予め育種や遺伝子組換技術によりβ−コングリシニンを濃縮させた大豆から蛋白質を抽出又は濃縮する方法がある。例えば、前者の例としては非特許文献1、特許文献2及び特許文献3などに記載の方法が挙げられる。また後者の例としては特許文献4や特許文献5などに記載の方法が挙げられる。これらの調製方法によれば、β−コングリシニン濃縮物におけるβ−コングリシニンの含量を、粗蛋白質に対して60重量%以上あるいは80重量%以上とすることが可能である。
【0014】
(β−コングリシニン濃縮物の加水分解)
本発明に係るβ−コングリシニン濃縮物の加水分解物は、上記β−コングリシニン濃縮物をプロテアーゼ処理することによって得られるペプチド混合物である。β−コングリシニン濃縮物の加水分解物は分解度がより高いことが好ましく、特に加水分解物中におけるペプチド及び遊離アミノ酸の合計量に占めるジペプチド及びトリペプチドの割合が高いことが好ましい。具体的には、ペプチド及び遊離アミノ酸の合計量に占めるジペプチド及びトリペプチドの割合が60重量%以上であることが好ましく、64重量%以上であることがより好ましい。なお本願では、ジペプチド及びトリペプチドを、分子量500以下の画分から遊離アミノ酸を除いた画分と規定した。したがって、ペプチド及び遊離アミノ酸の合計量に占めるジペプチド及びトリペプチドの割合は、ペプチド用ゲルろ過クロマトグラフィーにより加水分解物中の分子量500以下のペプチド画分の割合を測定した後、アミノ酸分析により測定した加水分解物中の遊離アミノ酸含量を差し引くことにより算出することが可能である。蛋白質中の遊離アミノ酸含量は10重量%以下であることが好ましく、5重量%以下であることがより好ましい。さらに、ペプチド体はより低分子であることが望ましいことから、加水分解物中のペプチド及び遊離アミノ酸の合計量に占める分子量500以上の画分の割合は40重量%以下であることが好ましく、35重量%以下であることがより好ましい。
【0015】
加水分解物を得るために使用するプロテアーゼは、動物起源、植物起源又は微生物起源を問わず、プロテアーゼの分類において「金属プロテアーゼ」、「酸性プロテアーゼ」、「チオールプロテアーゼ」、「セリンプロテアーゼ」に分類されるプロテアーゼ、好ましくは「金属プロテアーゼ」、「チオールプロテアーゼ」、「セリンプロテアーゼ」に分類されるプロテアーゼの中から適宜選択することができる。特に2種類以上、あるいは3種類以上の異なった分類に属する酵素を、順次若しくは同時に作用させる分解方法がジペプチドやトリペプチド等の比較的分子量の低いペプチドの割合を増加させることができ好ましい。
【0016】
このプロテアーゼの分類は、酵素科学の分野において通常行なわれている活性中心のアミノ酸の種類による分類方法である。各々の代表として「金属プロテアーゼ」にはBacillus中性プロテアーゼ、Streptomyces中性プロテアーゼ、Aspergillus中性プロテアーゼ、サモアーゼ等、「酸性プロテアーゼ」にはペプシン、Aspergillus酸性プロテアーゼ、スミチュームAP等、「チオールプロテアーゼ」にはブロメライン、パパイン等、「セリンプロテアーゼ」にはトリプシン、キモトリプシン、ズブチリシン、Streptomycesアルカリプロテアーゼ、アルカラーゼ、ビオプラーゼ等が挙げられる。これら以外の酵素でも作用pHや阻害剤との反応性により、その分類を確認することができる。活性中心が異なる酵素間では、基質への作用部位が大きく異なるため、「切れ残り」を減らし、効率よく酵素分解物を得ることができる。また、異なった起源の(起源生物)の酵素を併用することで、更に効率よく酵素分解物を製造することができる。同分類でも起源が異なれば、基質である蛋白質への作用部位も異なり、結果としてジペプチドやトリペプチドの割合を増やすことができる。これらプロテアーゼはエキソ活性が少ないことが好ましい。
【0017】
プロテアーゼ処理の反応pHや反応温度は、用いるプロテアーゼの特性に合わせて設定すれば良く、通常、反応pHは至適pH付近で行ない、反応温度は至適温度付近で行なえば良い。概ね反応温度は20〜80℃、好ましくは40〜60℃である。反応後は酵素を失活させるのに十分な温度(60〜170℃程度)まで加熱し、残存酵素活性を失活させる。
【0018】
プロテアーゼ処理後の反応液は、そのまま又は濃縮して用いることもできるが、通常、殺菌し、噴霧乾燥、凍結乾燥等して乾燥粉末の状態で利用する。殺菌は、加熱殺菌が好ましく、加熱温度は110〜170℃が好ましく、130〜170℃が更に好ましい。加熱時間は3〜20秒間が好ましい。また、反応液を任意のpHに調整してもよく、またpH調整時に発生する沈殿物や懸濁物を遠心分離や濾過等により除去してもよい。更に活性炭や吸着樹脂により精製してもよい。
【0019】
(動物細胞培養用培地への利用)
このようにして得られたβ−コングリシニン濃縮物の加水分解物を動物細胞培養用培地に添加することで、本発明の動物細胞培養用培地を製造することができる。β−コングリシニン濃縮物の加水分解物を添加する基本培地は、血清含有培地であってもよく無血清培地であってもよく、基本培地の種類は特に限定されず市販されている培地を使用することができる。好ましい基本培地は培養する動物細胞の種類によって異なり、当業者が適宜選択することができる。β−コングリシニン濃縮物の加水分解物の添加量は、培養する動物細胞の種類によって異なるが、望ましくは動物細胞培養用培地当たり、乾燥させた加水分解物として0.001〜5重量%、好ましくは0.01〜2重量%の濃度にて高い効果を得ることができる。
【0020】
(動物細胞の増殖促進効果及び有用物質の産生促進効果)
本発明の動物細胞培養用培地中で動物細胞を培養すると、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物により動物細胞の細胞増殖が促進される。これにより、増殖が促進される動物細胞がヒトの生体に有用な物質を産生する種類のものである場合は、動物細胞による該有用物質の産生も促進されうる。例えば、培養する動物細胞が抗体産生細胞の場合は、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物の作用により抗体産生が促進される。したがって、本発明の動物細胞培養用培地中で動物細胞を培養して有用物質を産生させ、これを培地から常法により単離することにより、有用物質を効率的に製造することができる。動物細胞から産生される各種有用物質としては抗体の他、酵素やホルモン等が挙げられる。
【0021】
本発明の動物細胞培養用培地で培養する動物細胞の種類は特に限定されない。具体的には、抗体、酵素(ウロキナーゼ等)、ホルモン(インシュリン等)、サイトカイン(インターフェロン、インターロイキン、腫瘍壊死因子、コロニー刺激因子、成長因子等)、その他の生理活性蛋白質・ペプチドなどの有用物質を産生する動物細胞が挙げられ、かかる動物細胞としては、皮膚細胞、軟骨細胞、肝細胞、膵臓細胞、腎細胞等の非形質転換細胞や、コードする遺伝子や有用物質の生合成に関与する遺伝子を導入した形質転換細胞が例示される。形質転換細胞の例としては、マウスミエローマ細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞などの抗体産生細胞などが挙げられる。これらの動物細胞を培養して有用物質を効率的に製造することができる。また、皮膚細胞、軟骨細胞、肝細胞、膵臓細胞、ES細胞、iPS細胞などを培養し、効率的に増殖させることにより、これらを再生医療の分野にも利用することができる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明する。
【0023】
実施例で用いた測定方法について以下にまとめる。
【0024】
(蛋白質含量)
105℃、12時間乾燥した大豆蛋白質画分の重量に対して、ケルダール法により測定した蛋白質量の重量を、乾燥物中の蛋白質含量として重量%で表した。なお、窒素換算係数は6.25とした。
【0025】
(β―コングリシニン含量)
β−コングリシニンはELISA法により定量を行った。サンプル0.1gを精秤し、50ml栓付三角フラスコ中に入れ、0.05M Tris−HCl緩衝液(pH8.2)2.5ml及び8M Urea−DTT緩衝液7.5mlを添加した。100℃で1時間抽出した。抽出後シスチンを含む0.4M NaCl溶液(pH9.0)で再会合させた後、100mlに定容し、ろ過液をELISA用サンプルとした。ELISA用96ウェルEIAマイクロプレート(IWAKI(株)製)にサンプル及び検量線用β−コングリシニン(不二製油(株)製)をそれぞれ4℃で1日間保存することで固定化し、ブロッキング液(大日本住友製薬(株)製)を200μl加え37℃で2時間インキュベートしブロッキングした。ブロッキング後、50mMリン酸緩衝液(pH7.2)で3回洗浄した。次に、1次抗体として0.5μg/mlの抗β−コングリシニンウサギポリクロナール抗体(タカラバイオ(株)製)を100μl添加し、37℃で1時間インキュベートした。50mMリン酸緩衝液(pH7.2;0.1%Tween20含有)で3回洗浄した。その後、2次抗体として0.1μg/mlのペルオキダーゼ結合抗ウサギIgG抗体(Promega(株)製)を100μl添加し37℃で1時間インキュベートした。50mMリン酸緩衝液(pH7.2;0.1%Tween20含有)で3回洗浄した。洗浄後、TMB Micowell Peroxidase Substrate(KPL(株)製)を100μl加え5分間発色させた。1N硫酸を100μl加え発色反応を停止後、波長450nmで吸光度を測定した。測定後、検量線用β−コングリシニンの吸光度を用いて検量線を作成し、サンプルのβ−コングリシニン含量を算出し、ケルダール法で算出した全蛋白質に対する比率を求めた。
【0026】
(ジペプチド・トリペプチド含量)
大豆蛋白質画分の加水分解物の分子量分布を、以下のゲルろ過カラムを用いたHPLC法により測定した。ペプチド用ゲルろ過カラムを用いたHPLCシステムを組み、分子量マーカーとなる既知のペプチドをチャージし、分子量と保持時間の関係において検量線を求めた。なお、分子量マーカーは、オクタペプチドとして[β−Asp]−Angiotensin IIのβ−Asp−Arg−Val−Tyr−Ile−His−Pro−Phe(分子量1046)、ヘキサペプチドとしてAngiotensin IVのVal−Tyr−Ile−His−Pro−Phe(分子量775)、ペンタペプチドとしてLeu−EnkephalinのTyr−Gly−Gly−Phe−Leu(分子量555)、トリペプチドとしてGlu−Glu−Glu(分子量405)、遊離アミノ酸としてPro(分子量115)を用いた。加水分解物(1%)を10,000rpm、10分で遠心分離した上清を、ゲル濾過用溶媒で2倍に希釈し、その5μlをHPLCにアプライした。加水分解物中のペプチド及び遊離アミノ酸の合計量に占める分子量500以下のペプチド画分の割合(%)を、全体の吸光度のチャート面積に対する、分子量500以下の範囲(時間範囲)の面積の割合によって求めた(使用カラム:Superdex Peptide 7.5/300GL(GEヘルスケア・ジャパン株式会社製)、溶媒:1%SDS/10mMリン酸緩衝液、pH8.0、カラム温度25℃、流速0.25ml/min、検出波長:220nm)。
次に、アミノ酸分析により大豆蛋白質画分の加水分解物中の遊離アミノ酸含量の測定を行った。加水分解物(4mg/ml)を等量の3%スルホサリチル酸に加え、室温で15分間振とうした。10,000rpmで10分間遠心分離し、得られた上澄みを0.45μmフィルターでろ過し、アミノ酸分析器(日本電子製 JLC500V)にて、遊離アミノ酸を測定した。蛋白質中の遊離アミノ酸含量はケルダール法にて得られた蛋白質含量に対する割合として算出した。
以上より得られた、「分子量500以下のペプチド画分の割合」から「遊離アミノ酸含量」を差し引いた値を、加水分解物中の「ジペプチド・トリペプチド含量」とした。
【0027】
(イソフラボン含量)
大豆イソフラボンとして1〜10mgに相当する量の試料を定量し、70%エタノールにて100mlに定容した。そして0.45μmPVDFフィルターにて濾過したものを試験溶液とした。標準品は12種類、すなわちダイジン、ゲニスチン、グリシチン、ダイゼイン、ゲニステイン、グリシテイン、マロニルダイジン、マロニルゲニスチン、マロニルグリシチン、アセチルダイジン、アセチルゲネスチン、アセチルグリシチン(和光純薬工業株式会社)を用いた。HPLCの条件については非特許文献3に記載の条件に準拠した。定量にはダイゼイン標準品を用い、各換算値を用いて算出した。
【0028】
(製造例1)各種大豆蛋白質画分の調製
非特許文献1に記載の方法に準じて以下の通り、β―コングリシニン濃縮物、グリシニン濃縮物及びLP濃縮物の各大豆蛋白質画分を調製した。
(1)低変性脱脂大豆に加熱処理を施してNSI(水溶性窒素指数、AOCS公式分析法BA−11−65 NSIによる)を低下させた脱脂大豆(NSI70%)の温水抽出スラリーを遠心分離機にてオカラ画分を除き脱脂豆乳とした。
(2)次に脱脂豆乳のpHを5.8に調整して遠心分離機にて沈殿カード画分を回収した。この画分が11Sグロブリンである「グリシニン」の濃縮物である。
(3)次に、残りの上清のpHを5.0に調整し、55℃で10分間放置後、次いでpH5.5に調整後、遠心分離機にて沈殿カード画分を回収した。この画分が、脂質親和性蛋白質である「LP」の濃縮物」である。
(4)次に、残りの上清のpHを4.5に調整し、遠心分離機にて沈殿カードを回収した。この画分が7Sグロブリンである「β−コングリシニン」の濃縮物である。
(5)得られた各画分を中和して、加熱殺菌した。
【0029】
(製造例2)分離大豆蛋白の調製
別途、低変性脱脂大豆から以下のように分離大豆蛋白質を調製した。
(1)低変性脱脂大豆の温水抽出スラリーを遠心分離機にてオカラ画分を除き脱脂豆乳とした。
(2)得られた脱脂豆乳のpHを4.5に調整して等電点沈殿し、遠心分離機にて酸沈殿カードを得て中和した。
(3)得られた各画分を中和して、加熱殺菌した。
【0030】
(製造例3) 加水分解物の調製
製造例1及び2で得られたβ−コングリシニン濃縮物、グリシニン濃縮物、LP濃縮物及び分離大豆蛋白質から特許文献6を参考にして、以下のようにプロテアーゼによる加水分解物を調製した。3%大豆蛋白質溶液に対して、サモアーゼ(起源;Bacillus thermoproteolyticus、金属プロテアーゼ、大和化成)を蛋白質当たり2%加え、pH9.0、58℃で60分間作用させた。次にビオプラーゼ(起源;Bacillus sp.,セリンプロテアーゼ、ナガセケムテック)を蛋白質当たり1%加え、pH7.5、58℃で60分間作用させた。次にスミチュームFP(起源;Asprgillus sp.,金属プロテアーゼ、新日本化学工業)を蛋白質当たり1%加え、pH7.5、58℃で60分間作用させた。以上の処理の後、90℃、20分間で反応を停止した後、以下の実施例1及び2に用いる試料とした。
【0031】
製造例1、2で得られた各種大豆蛋白質画分及び分離大豆蛋白質の蛋白質含量と、製造例3で得られたそれらの加水分解物中の各種物質の含有量を測定し、以下の表1にまとめた。
【0032】
【表1】

【0033】
(実施例1)ウシ血清含有培地における各蛋白質加水分解物の効果
製造例3で得られた各蛋白質加水分解物の動物細胞、特に抗体産生細胞への増殖促進効果及び抗体産生促進効果を確認するために、以下の方法に従いマウス抗体産生ハイブリドーマの培養実験を行なった。
【0034】
細胞は抗体産生ハイブリドーマ細胞(株式会社フロンティア研究所製)を使用し、基本培地としてRPMI−1690(和光純薬社製)を用い、これに終濃度10%となるようにウシ血清(FBS)を添加し、コントロール用培地とした。一方、大豆蛋白質加水分解物を評価する際には、基本培地RPMI−1690にFBSを5%添加し、大豆蛋白質加水分解物を0.25%添加しサンプル評価用培地とした。
【0035】
培養は、抗体産生細胞を37℃にて解凍後、15mLの遠心管に移し、10mL洗浄培地(RPMI−1690:FBS非含有)を加え攪拌した。攪拌後、遠心分離(4℃,800g,10分間)を行い、洗浄した。洗浄後、5mLの培地を細胞に加え細胞浮遊液を調製した。調製後の細胞浮遊液を3−7日間前培養(37±0.5℃,CO濃度5%)した。前培養後、細胞浮遊液を回収し、遠心洗浄(800g、10分間)の後、得られた細胞ペレットに、大豆蛋白質加水分解物を含有する培地を添加し懸濁後、1×10cells/mLに調製した細胞浮遊液を0.5mL/well、各3wellに添加し、3日間培養(37±0.5℃,CO濃度5%)した。
【0036】
3日間培養後、培養上清を回収し、Mouse IgG ELISA Quantitation Kit(Bethyl Laboratories社製)の操作手順に従って、抗体産生量の測定、細胞数の計測を行ない、3well間の平均値及び標準偏差を求めた。
【0037】
結果を図1及び図2にまとめた。図1は、ウシ血清含有培地における大豆蛋白質加水分解物が細胞増殖に及ぼす効果を表す図であり、図2は、ウシ血清含有培地における大豆蛋白質加水分解物が抗体産生量に及ぼす効果を表す図である。
【0038】
図1及び図2から明らかなように、他の大豆蛋白質加水分解物を添加した場合と比較して、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物のみが抗体産生ハイブリドーマの細胞数及び抗体産生能を増加させていることが認められた。グリシニン濃縮物の加水分解物及びLP濃縮物の加水分解物では細胞数及び抗体産生能の増加が認められなかったことは、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物中に細胞増殖及び抗体産生能を促す因子が含まれている可能性を示唆している。さらに、FBSを10%添加しているコントロールと比較しても高くなっていることから、ウシ血清中に含まれている細胞増殖因子及び抗体産生能向上因子よりも強い効果を持っていると考えられた。
【0039】
なお、イソフラボンは抗酸化作用を有するため、細胞保護作用が期待される。しかしながら、表1から分かるように、β−コングリシニン濃縮物のイソフラボン含量が一番低く、したがって、細胞数の増加及び抗体産生能の増加はイソフラボンの作用とは無関係であり、このような効果はβ−コングリシニン濃縮物の加水分解物に由来すると考えられる。
【0040】
(実施例2) 無血清培地における各蛋白質加水分解物の効果
実施例1の結果より、ウシ血清含有培地において、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物に抗体産生ハイブリドーマの増殖促進効果及び抗体産生促進効果が認められたことから、市販の無血清培地2種類にβ−コングリシニン濃縮物の加水分解物又は分離大豆蛋白質加水分解物を加え、同様の効果が得られるか検証した。
【0041】
実施例1と同じ細胞を使用し、無血清培地としてCosmediumu005(コスモバイオ社製)、HybridomaSFM(Invitrogen社製)をそれぞれ基本培地として使用した。一方、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物及び分離大豆蛋白質加水分解物を評価する際には、各無血清培地に、各加水分解物を0.5%添加しサンプル評価用培地とした。また、RPMI−1690に終濃度10%となるようにウシ血清(FBS)を添加したものをコントロール用培地とした。
【0042】
培養及び評価は実施例1に記載の方法と同じ方法で行なった。
【0043】
結果を図3及び4にまとめた。図3は、無血清培地における大豆蛋白質加水分解物が細胞増殖に及ぼす効果を表す図である。図4は、無血清培地における大豆蛋白質加水分解物が抗体産生量に及ぼす効果を表す図である。
【0044】
図3及び4から明らかなように、分離大豆蛋白質加水分解物と比較して、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物は抗体産生ハイブリドーマの細胞数及び抗体産生能を向上させていることが確認された。効果の強度は、使用する無血清培地の種類に依存するが、少なくとも細胞数に関しては、β−コングリシニン濃縮物の加水分解物を添加した無血清培地では該加水分解物を添加しない場合と比較して増加する傾向が見られた。更に、無血清培地Cosmedium005にβ−コングリシニン濃縮物の加水分解物を添加した場合にはウシ血清含有培地と比較しても高い細胞増殖能と抗体産生能を示すことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−コングリシニン濃縮物の加水分解物を含む動物細胞培養用培地。
【請求項2】
無血清培地である、請求項1に記載の培地。
【請求項3】
β−コングリシニン濃縮物の加水分解物からなる動物細胞増殖促進剤。
【請求項4】
β−コングリシニン濃縮物の加水分解物からなる抗体産生促進剤。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の培地中で動物細胞を培養する、動物細胞の培養方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の培地中で動物細胞を培養する、動物細胞の増殖を促進する方法。
【請求項7】
動物細胞培養用培地にβ−コングリシニン濃縮物の加水分解物を添加する、請求項1又は2に記載の培地の製造方法。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の培地中で動物細胞を培養し、動物細胞から産生される有用物質を培地から単離する、有用物質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−182736(P2011−182736A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−53089(P2010−53089)
【出願日】平成22年3月10日(2010.3.10)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【Fターム(参考)】