説明

化合物系超電導線の拡散防止層用材

【課題】 超電導線の線引加工時に、波打ちや肌荒れを起こさないタンタルからなる拡散防止材をうること。
【解決手段】 化合物系超電導線に含まれる低融点金属が熱処理などにより安定化材に拡散することを防止するために複合組立時に組み込むTaまたはTa基合金からなる拡散防止層用材であって、該防止層用材の厚さをd、厚さ方向における結晶粒の個数をn、結晶粒の平均粒径をRとしたばあいにnR≦d(ただし、n≧10)が成り立ち、またはビッカース硬度が90以上である化合物系超電導線の拡散防止層用材。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、化合物系超電導線において低融点金属の拡散を防止する層となる、TaまたはTa基合金からなる拡散防止層用材に関する。
【0002】
【従来の技術】従来から、化合物系超電導線の製造においては、たとえばCuマトリックス中にNb線およびSn線を挿入してなる超電導複合材と、たとえばCuからなる安定化剤とを複合組立したのち、断面減少加工(いわゆる線引き加工)し、ついで熱処理を施して低融点金属であるSnを拡散させて超電導化合物をえている。
【0003】この熱拡散により、低融点金属が安定化材内にまで達して安定化材を汚染し、安定化材の電気伝導性および熱的伝導性が低下し、超電導コイルの働きが不安定になるという影響を及ぼしてしまうおそれがある。そこで、前記超電導複合材と安定化材とのあいだにTaまたはTa基合金からなる拡散防止層を設けることが行なわれている。
【0004】しかし、多くのばあい、線引き加工後の超電導線の直径は1mm以下であり、内部に組み込まれている拡散防止層であるTaまたはTa基合金層の厚さはその1/100以下となる。そのため、線引き加工の際、該TaまたはTa基合金層が厚さ方向に波打ちなどの肌荒れを起こして形状が変化し、ばあいによってはTaもしくはTa基合金層および/または超電導線そのものが破断してしまうということもある。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】以上の問題点に鑑み、本発明の目的は、超電導線の製造工程における線引き加工の際に、拡散防止層であるTaまたはTa基合金層の波打ちや肌荒れ現象を起こさず、かつ該TaもしくはTa基合金層および/または超電導線そのものの破断を起こさないことを特徴とするTaもしくはTa基合金からなる拡散防止層用材を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明は、化合物系超電導線に含まれる低融点金属が熱処理などにより安定化材に拡散することを防止するために複合組立時に組み込むTaまたはTa基合金からなる拡散防止層用材であって、該防止層用材の厚さをd、厚さ方向における結晶粒の個数をn、結晶粒の平均粒径をRとしたばあいにnR≦d(ただし、n≧10)が成り立ち、またはビッカース硬度が90以上である化合物系超電導線の拡散防止層用材に関する。
【0007】結晶粒の平均粒径Rが30μm以下であるのが好ましい。
【0008】また、化合物系超電導線がNb3Sn超電導線であるのが好ましく、さらに化合物超電導線がSnまたはSn基合金の周囲にNbまたはNb基合金からなるフィラメントを配置してなるNb3Sn超電導線であるのが好ましい。
【0009】
【発明の実施の形態】超電導線を作製する際に線引き加工によってTaまたはTa基合金からなる拡散防止層が波打ちなどの肌荒れを起こす原因としては、各々のTa結晶粒の結晶方位が異なることがあげられる。一般的に、金属材料はその材料に特定の結晶構造を有しており、加工(応力)を加えたときにはその構造に特有の変形をする。金属の変形は転位という線状欠陥を介して行なわれ、その転位が特定の結晶面を「すべる」ことにより変形が進行する。
【0010】Taは体心立方構造を有しており、そのすべり面は{110}であり、すべり方向は<111>である。また、単純に材料を引っ張ったばあいにはその45°方向に最大分解せん断応力が作用し、その方向にすべり面およびすべり方向の一致する結晶粒が一番大きな変形を起こす。その他の方向を有する結晶粒はそれよりも小さな変形を起こす。したがって、その変形度の差が材料表面の波打ちとして観察されることになる。
【0011】そこで本発明者らはTaまたはTa基合金からなる拡散防止層の肌荒れと該TaまたはTa基合金の結晶粒とのあいだの相関関係に着目し、拡散防止層用材の厚さ方向に粒径の小さな結晶粒が多数存在すればよいとの知見をえ、本発明を完成するに至った。
【0012】たとえば、0.3mm厚さを有するTaからなる拡散防止層用材のばあい、厚さ方向におけるTa結晶粒の数を10個以上、Taの結晶粒の平均粒径を30μm以下にし、またはビッカース硬度を90以上にすることにより、線引き加工後のTa層の肌荒れを防ぐことができるのがわかった。他の厚さのばあいも、少なくとも結晶粒が厚さ方向に10個以上存在していればよいことがわかった。
【0013】結晶粒の平均粒径が小さく、かつ拡散防止層の厚さ方向に結晶粒が多数存在すると、線引き加工時に結晶粒子間のズレが起こり、かつ個々の結晶粒の伸びが緩和される。したがって、拡散防止層の肌荒れが軽微になるものと考えられる。
【0014】すなわち、本発明の拡散防止層用材は、TaまたはTa基合金からなる拡散防止層用材の厚さをd、厚さ方向における結晶粒の個数をn、結晶粒の平均粒径をRとしたばあいにはnR≦d(ただし、n≧10)が成り立つものであればよく、線引き加工によるTa表面の波打ちおよび破断を防止するために、またTa拡散防止層内に多数のNb線を集積させる目的から、R≦30μm、d=0.1〜0.5mmであるのが好ましく、さらに、結晶粒が小さくなることによる伸びの低減を抑えるためにR=10〜20μm、d=0.2〜0.3mmであるのがとくに好ましい。また、結晶粒の個数については線引き時のTaの波打ちを防止するために、結晶粒の平均粒径(R)および拡散防止層用材の厚さ(d)との関係からn≧10であるが、波打ちにともなう破断現象を防止するためにn≧15であるのがとくに好ましい。
【0015】また、本発明の拡散防止層用材は、同様の理由から90以上のビッカース硬度を有し、伸びの低減を防止するために90〜130のビッカース硬度を有するのが好ましい。とくに好ましくは、nR≦d(n≧15)を満たし、かつビッカース硬度が90以上であるのがよい。
【0016】なお、ビッカース硬度とはダイアモンド圧痕を材料にあてて、材料の変形程度を圧痕のくぼみの大きさから評価するものであり、一般に、材料の結晶粒径が小さいほど、硬度は大きくなる。
【0017】前記関係式を満たす拡散防止層用材は、その作製工程におけるTaまたはTa基合金のインゴットの加工条件、とくに冷間圧延時の圧下率、中間および最終焼鈍温度を操作することによってうることができる。
【0018】本発明の拡散防止層用材の製造方法としては、TaまたはTa基合金から電子ビーム溶解法により径が150mmのインゴットを作製したのちに、冷間鍛造により厚さ30mmのスラブとし、ついで冷間圧延および焼鈍工程で厚さ4〜6mmの板材にし、1100〜1200℃の温度範囲で1時間の焼鈍を行なう。つぎに、中間焼鈍をいれずに圧下率90%以上の冷間圧延を行ない、900〜1100℃の温度範囲で2時間の最終焼鈍を行なう。この材料をブレーキプレスにより管状に加工して、本発明の拡散防止層用材をうる。
【0019】本発明の拡散防止層用材の寸法としては工業的観点で超電導線の引抜加工を容易にするという点から外径65mm以下、内径57mm以下であればよく、さらにTaの加工伸び特性を安定維持するという点から外径40mm以下、内径35mm以下であればよい。
【0020】本発明の拡散防止層用材は、たとえばNb3Sn、Nb3AlまたはV3Siなどの化合物系超電導線において、図1に示すように、従来と同じ方法で用いることができる。すなわち、図1に示す化合物系超電導線において本発明の拡散防止層用材を用いる際に、超電導複合材1はNb、SnおよびCuから、少なくともNbおよびAlから、または少なくともVおよびSiからなってよいが、とくにSnが漏洩しやすいという点からNb、SnおよびCuからなるのが好ましい。すなわち本発明の拡散防止層用材はNb3Sn超電導線に用いるのが好ましい。
【0021】さらに、本発明の拡散防止層用材をNb3Sn超電導線に用いるばあい、たとえば図4に示すように、超電導複合材は、Cuマトリックス中でSnまたはSn基合金の周囲にNbまたはNb基合金からなるフィラメントを配置してなるばあいと、図5に示すようにCuおよびSnからなるブロンズマトリックス中にNbまたはNb基合金からなるフィラメントを配置してなるばあいなどが考えられるが、超電導複合材中に含まれるSnの割合が多く、漏洩Sn量が多くなるという点から、図4に示すCuマトリックス中にSnまたはSn基合金の周囲にNbまたはNb基合金からなるフィラメントを配置してなるのが好ましい。
【0022】
【実施例】以下に、本発明を、実施例を用いて説明するがこれらのみに限定されない。
【0023】実施例1電子ビーム溶解炉により製造した径が150mmのTaインゴットを冷間鍛造により厚さ30mmのスラブとし、1050℃で1時間の中間焼鈍をし、さらに冷間圧延および焼鈍工程で厚さ4mmの板材とし、1100℃で1時間の焼鈍を行なった。つぎに、中間焼鈍をいれずに圧下率92.5%の冷間圧延を行ない厚さ0.3mmの板材をえ、1000℃で2時間、真空中で焼鈍を行なった。さらにこの材料をブレーキプレスにより管状に加工し、外径25mm、内径22mmの拡散防止層用材1〜10をえた。
【0024】拡散防止層用材1〜10の結晶粒の平均粒径はTa板材の厚さ方向の断面を研磨後、20%HNO3−20%HF−50%H2SO4−10%H2O溶液をエッチング液として組織を現出させ、光学顕微鏡により450倍に拡大して平均粒径および厚さ方向の結晶粒の個数を測定した。結果を表1に示す。
【0025】拡散防止層用材1〜10のビッカース硬度はTa板材の厚さ方向の断面を研磨後、松沢精機(株)製の装置を使用し、研磨断面にビッカース圧痕を荷重500g、保持時間15秒で付加して測定した。結果を表1に示す。
【0026】また、拡散防止層用材1〜10の降伏強さ、引張強さおよび伸びはTa板材の圧延方向に標点間距離25mm、幅6.25mmの引張試験片を採取し、インストロン型引張試験機を使用して、引張速度5mm/minで測定した。降伏強さおよび引張強さは試験片の断面および引張荷重チャートから、また、伸びは標点間距離の変化から計算して求めた。
【0027】比較例1中間焼鈍を1100℃で2時間行なった以外実施例1と同様にして拡散防止層用材11〜19をえた。また、前記拡散防止層用材1〜10と同様にして、結晶粒の平均粒径、厚さ方向における結晶粒の個数、ビッカース硬度、降伏強さ、引張強さおよび伸びを測定した。結果を表1に示す。
【0028】実施例2本発明のTa拡散防止層用材を含む超電導線を線引き加工した際のTa層の肌荒れを評価するために、図4に示すようにCuマトリックス9中にSn線10およびNb線8を挿入してなる超電導複合材であって直径7.3mmのものを7本、前記拡散防止層用材1〜19、および外径40mm、内径25mmのCuからなる安定化材を図2のように複合組立てした。
【0029】ついで、組立てた超電導線を線引き加工し、直径0.7mmの図1に示すような超電導線の母材をえた。通常、この母材に600℃〜750℃の温度で50時間以上の熱処理を施すことにより、超電導線をうることができる。
【0030】ここで、肉眼によって母材中のTa層の形状を評価した。Ta層の破断が著しいばあいを1、Ta層が一部破断したばあいを2、破断はしていないが波打ちが大きいばあいを3、波打ちの程度が軽いばあいを4、波打ちがないばあいを5として評価した。結果を表1に示す。
【0031】
【表1】


【0032】さらに、前記結晶粒の平均粒径とビッカース硬度には比例関係があり、結晶粒の平均粒径を小さくし、かつビッカース硬度を高めることによって拡散防止層であるTa層の肌荒れを少なくすることができる。
【0033】なお、本実施例では、Taを用いて本発明の拡散防止層用材を作製したばあいについてのみ説明したが、Ta基合金または、TaもしくはTa基合金を含むクラッド材からなる拡散防止材を用いたばあいにも同様の効果をえられる。
【0034】また、本実施例ではNb3Sn化合物系超電導線について述べたが、Nb3AlまたはV3Si化合物系超電導線のばあいにも同様の効果をえられる。
【0035】
【発明の効果】本発明によれば、化合物系超電導線の線引き加工において、その表面が肌荒れを起こして形状の欠陥を起こしにくい拡散防止層用材をうることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の拡散防止層用材を用いた超電導線の母材の横断面図である。
【図2】 本発明の拡散防止層用材を用いて組立てた、線引き加工前の超電導線の横断面図である。
【図3】 従来の拡散防止層用材を用いた超電導線の母材の横断面図である。
【図4】 超電導複合材の一例の横断面図である。
【図5】 超電導複合材の一例の横断面図である。
【符号の説明】
1 線引加工後の超電導複合材、2 線引加工後の拡散防止層用材、3 線引加工後の安定化材、4 超電導複合材、5 拡散防止層用材、6 安定化材、7 肌荒れを起こした拡散防止層用材、8 NbまたはNb基合金、9 CuまたはCu基合金、10 SnまたはSn基合金、11 CuおよびSnからなるブロンズ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 化合物系超電導線に含まれる低融点金属が熱処理などにより安定化材に拡散することを防止するために複合組立時に組み込むTaまたはTa基合金からなる拡散防止層用材であって、該拡散防止層用材の厚さをd、厚さ方向における結晶粒の個数をn、結晶粒の平均粒径をRとしたばあいにnR≦d(ただし、n≧10)が成り立ち、またはビッカース硬度が90以上である化合物系超電導線の拡散防止層用材。
【請求項2】 結晶粒の平均粒径Rが30μm以下である請求項1記載の拡散防止層用材。
【請求項3】 化合物系超電導線がNb3Sn化合物系超電導線である請求項1または2記載の拡散防止層用材。
【請求項4】 化合物系超電導線が、SnまたはSn基合金の周囲にNbまたはNb基合金からなるフィラメントを配置してなる複合材から作製されるNb3Sn化合物系超電導線である請求項3記載の拡散防止層用材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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