説明

化合物

【課題】バイアキシャルネマチック液晶性を発現する新規な液晶性化合物を提供する。
【解決手段】下式(1)で表されるキレート性銅化合物。


[式中、R1〜R4は、それぞれ独立に、炭素数1〜20のアルキル基を表す。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイアキシャルネマチック液晶性を有する化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、一般に高画質のテレビが広く普及している。高画質のテレビとしてはいくつか種類があるが、主なものの一つに液晶ディスプレイを用いた液晶テレビが挙げられる。液晶ディスプレイは、低消費電力、長寿命という利点がある。このような液晶ディスプレイに用いられる液晶性化合物が種々提案されており、例えば非特許文献1には、式(X)で表される化合物が開示されている。
【0003】
【化1】

【0004】
また、一方で、液晶ディスプレイは、応答速度が遅いことが欠点の一つとして挙げられている。応答速度とは、印加される電圧に応じて液晶素子が、所定の方向を向くまでに要する時間である。この応答速度が遅いと、初めに表示されていた色から目的の色に変わるまでの時間が長くなるため、動画を表示する際に残像が現れやすくなる。前記非特許文献1には、液晶ディスプレイにおける応答速度が遅いという欠点の克服に、バイアキシャルネマチック相が有効であると記載されている(第41頁右欄第22行)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】ジー.アール.ラックハースト(G.R.Luckhurst)著、「バイアキシャルネマチック液晶:嘘か真か?(Biaxial nematic liquid crystals: fact or fiction?)」、固体薄膜(Thin Solid Films)(オランダ王国)、エルゼビア(Elsevier)、2001年、393巻、p.40-52
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、液晶ディスプレイの応答速度の改善には、バイアキシャルネマチック相が有効であることが提案されているが、バイアキシャルネマチック液晶性を発現する化合物はあまり知られておらず、前記化合物(X)もバイアキシャルネマチック液晶性を発現しない。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、バイアキシャルネマチック液晶性を発現する新規な液晶性化合物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決することができた本発明の化合物は、式(1)で表されることを特徴とする。
【0009】
【化2】


[式中、R1〜R4は、それぞれ独立に、炭素数1〜20のアルキル基を表す。]
【0010】
前記R1、R3は、それぞれ独立に炭素数1〜6のアルキル基であり、前記R2、R4は、それぞれ独立に炭素数6〜20のアルキル基であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、バイアキシャルネマチック液晶性を発現する新規な液晶性化合物が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】化合物(1−1)の133.7℃における偏光顕微鏡写真である。
【図2】化合物(1−1)の136℃における小角X線散乱パターンである。
【図3】化合物(1−1)の155℃における小角X線散乱パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の化合物は、式(1)で表されることを特徴とする。本発明の化合物は、バイアキシャルネマチック液晶性を有する。
【0014】
【化3】


[式中、R1〜R4は、それぞれ独立に、炭素数1〜20のアルキル基を表す。]
【0015】
式(1)中、円弧は、電子が非局在化している状態を表し、例えば、式で表される互変異性を表す。
【0016】
【化4】


[各構造式中、点線はイオン結合を表し、矢印は配位結合を表す。]
【0017】
上記式(1)で表される化合物が、バイアキシャルネマチック液晶性を発現する理由は、以下のように考えられる。通常のネマチック液晶性を示す化合物は、その分子形状が棒状であり、分子の長軸を中心に自由回転をする。そのため、分子の短軸方向の屈折率は相殺されてゼロとなり、長軸方向だけの屈折率が残り、一軸性のユニアキシャルネマチック性を示す。これに対して、式(1)で表される化合物は、その分子形状が、ビフェニル基を貫く軸(長軸)と、アルコキシフェニル基を貫く軸(短軸)とからなる十字架型となっている。そのため、式(1)で表される化合物では、長軸に垂直な短軸方向に存在するアルコキシフェニル基が立体障害となって、分子の長軸を中心に自由回転できない。従って、単軸方向の屈折率は相殺されずに残る。このように、単軸方向の屈折率と長軸方向の屈折率の二つが存在するため、本発明の化合物は、バイアキシャル(2軸性)ネマチック液晶性が発現する。
【0018】
前記炭素数1〜20のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、2−エチルヘキシル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基などが挙げられる。
【0019】
前記R1〜R4の組合せとしては、前記R1、R3が、それぞれ独立に炭素数1〜6のアルキル基であり、前記R2、R4が、それぞれ独立に炭素数6〜20のアルキル基であることが好ましい。前記R1、R3は、それぞれ独立に炭素数1〜4のアルキル基がより好ましく、さらに好ましくは炭素数1〜3のアルキル基である。前記R2、R4は、それぞれ独立に炭素数8〜16のアルキル基がより好ましく、さらに好ましくは炭素数11〜13のアルキル基である。また、特に前記R1とR3が同一であり、前記R2、R4が同一である組合せが好適である。このような組合せとすることにより、バイアキシャルネマチック液晶性が発現しやすくなる。
【0020】
前記式(1)で表される化合物としては、例えば、式(1−1)〜(1−8)で表される化合物が挙げられる。なお、各式中の円弧は、式(1)と同義である。
【0021】
【化5】

【0022】
【化6】

【0023】
【化7】

【0024】
【化8】

【0025】
【化9】

【0026】
【化10】

【0027】
【化11】

【0028】
【化12】

【0029】
本発明の式(1)で表される化合物の合成法の一例を説明する。式(1)で表される化合物の合成は、式(2)で表される化合物を出発原料として用いる。なお、式(2)で表される化合物は、参考文献(K.Ohta、O.Takenaka、H.Hasebe、Y.Morizumi、T.Fujimoto、I.Yamamoto、「Mesomorphism and Unusual Multiple Melting Behavior via Smectic E Phase in p-n-Alkoxybiphenylbutane-1,2-dione」、Molecular Crystals and Liquid Crystals 1991年、195巻、p104、II-1.Synthesis)などを参考にして合成すればよい。
【0030】
【化13】


[式中、R5は、前記R2、R4を表す。]
【0031】
この式(2)で表される化合物に、4−アルコキシ安息香酸メチル(式(3))を反応させ式(4)で表される化合物を得る。
【0032】
【化14】


[式中、R6は、前記R1、R3を表す。]
【0033】
【化15】


[式中、R5は前記R2、R4を表し、R6は前記R1、R3を表す。]
【0034】
最後に、上記で得られた式(4)で表される化合物と、CuCl2・2H2Oとを反応させることにより、上記式(1)で表される化合物が得られる。なお、上記の合成法は一例に過ぎず、他の方法により合成してもよい。また、合成時には溶媒、触媒などを用いてもよく、得られた化合物を精製してもよい。
【0035】
本発明の液晶性化合物は、液晶ディスプレイなどに用いることができる。特に、液晶ディスプレイの液晶素子として用いることにより、液晶ディスプレイの応答時間を改善することができる。
【実施例】
【0036】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、実施例によって限定されるものではなく、前・後記の趣旨に適合しうる範囲で適宜変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。なお、以下において、「%」及び「部」は、特記しない限り、質量%及び質量部である。
【0037】
1.評価方法
1−1.融点
化合物の融点は、示差走査熱量測定装置(PerkinElmer社製、Diamond DSC)を用いて測定した。
【0038】
1−2.1H−NMR
重クロロホルム(CDCl3)を用いて、核磁気共鳴装置(Bruker社製、DRX−400)により測定した。化学シフトは、テトラメチルシラン(TMS)から低磁場側での100万分の1(ppm;δスケール)として記録し、テトラメチルシラン(δ=0)を参照とした。
【0039】
1−3.透明点
化合物(1−1)の透明点は、ホットステージ(Mettler TOLEDO社製、FP−82HT Hot Stage)を取り付けた偏光顕微鏡(NIKON社製、E−600 POL)を用いて測定した。
【0040】
1−4.加熱小角X線散乱
加熱小角X線散乱は、新規に構成した加熱小角X線散乱装置を用いて測定した。該加熱小角X線散乱装置の構成は、X線源としてX線発生装置(Bruker社製、「MO6X」)、光学系には小角X線散乱装置(MAC Science社製、「SAXS」)、検出器として2次元検出器(Bruker社製、「Hi−STAR」)を用いた。なお、小角X線散乱測定に必要なX線ビーム強度を得るため、湾曲させたゲルマニウム結晶を用いて、X線源から鉛直方向ないし水平方向に発散するX線ビームを集光させ、ポイントビームとして検出器上に収束させた。また、試料台には、サンプル加熱装置(METTLER TOLEDO社製、「FP82HT Hot Stage」)を用いた。
そして、スライドガラス(METTLER TOLEDO社製)に直径1.5mm程度の穴を開け、この中に測定試料を約1mg詰めて、前記サンプル加熱装置に設置したものをX線測定用試料とした。サンプル加熱装置の温度を136℃、155℃に設定し、それぞれの温度における小角X線散乱測定を行った。
【0041】
2.合成例
式(1−1)で表される化合物(以下、「化合物(1−1)」)を以下のスキームで合成した。
【0042】
【化16】

【0043】
2−1.式(a)で表される化合物(以下、「化合物(a)」)の合成
原料として用いる化合物(a)は、参考文献(K.Ohta、O.Takenaka、H.Hasebe、Y.Morizumi、T.Fujimoto、I.Yamamoto、「Mesomorphism and Unusual Multiple Melting Behavior via Smectic E Phase in p-n-Alkoxybiphenylbutane-1,2-dione」、Molecular Crystals and Liquid Crystals 1991年、195巻、p104、II-1.Synthesis)に従って合成した。
【0044】
2−2.式(b)で表される化合物(以下、「化合物(b)」)の合成
100ml三口フラスコに、NaHのミネラルオイルディスパージョン(NaH濃度60質量%)(0.24g(NaH含有量:6.0mmol))を乾燥蒸留したn−ヘキサンで洗ったものと、乾燥蒸留したテトラヒドロフラン(10ml)とを加えて撹拌し、その中に上記で得た化合物(a)(0.61g,1.6mmol)を入れた。続いて、テトラヒドロフラン(10ml)で溶かした4‐メトキシ安息香酸メチル(和光純薬社製)(1.3g,8.0mmol)を滴下し、13時間加熱還流した。
【0045】
還流後、氷冷を行い、10%HCl水溶液(5.0ml)でクエンチした。クロロホルムを用いて抽出し、芒硝で乾燥し、溶媒を減圧留去し、残渣を真空乾燥した。ジクロロメタンを用いて残渣を再結晶し、溶媒を減圧留去し、析出物を真空乾燥して、少し赤みがかったクリーム色の結晶(0.67g)を得た。なお、化合物(a)からの化合物(b)の収率は80mol%であった。また、得られた結晶は、融点:140.8℃、146.7℃(ケト型及びエノール型)であった。
【0046】
得られた結晶の1H−NMRデータを以下に示す。
1H−NMR(TMS/CDCl3,ppm);δ=0.88(t,J=6.6,3H,CH3)、δ=1.21〜1.56(m,18H,CH3918)、δ=1.76〜1.86(m,2H,C1021CH2)、δ=3.89(s,3H,OCH3)、δ=4.01(t,2H,J=6.6,C1123CH2,)、δ=6.96〜7.02(m,4H,arom)、δ=7.55〜7.62(m,2H,arom)、δ=7.64〜7.70(m,2H,arom)、δ=7.97〜8.07(m,4H,arom)
【0047】
2−3.化合物(1−1)の合成
100ml三口フラスコに化合物(b)(0.20g,0.39mmol)とトルエン(20ml)とエチレングリコール(15ml)とを加え、110℃に加熱し攪拌した。原料が溶けたのを確認してから濃度0.10mol/LKOH水溶液(1.0ml)を加えて攪拌し、次にCuCl2・2H2O(0.066g,0.39mmol)をエタノール(5.0ml)に溶かして滴下した。すると滴下直後に、淡黄色の固体が析出してきた。三口フラスコの加熱を止め、放冷しながら30分間攪拌した。室温になった反応溶液をエタノール(200ml)中に注ぎ、水(50ml)を加えた。析出した淡黄色の結晶をろ別し、ろ物のトルエン臭がなくなるまでエタノールで2〜3回洗った。さらに、熱水と熱エタノールで洗浄した。残渣をクロロホルムに溶かしてろ過した後、芒硝で乾燥し、溶媒を減圧留去して残渣を真空乾燥した。これをアセトンで2回再結晶を行い、薄い鶯色の結晶(0.10g)を得た。
【0048】
得られた薄い鶯色の結晶(化合物(1−1))の収率は、化合物(b)から計算して25mol%であった。また、得られた化合物(1−1)の融点は125.7℃、透明点は141.4℃であった。得られた化合物(1−1)について、炭素・水素・窒素同時定量装置(ヤナコ分析工業社製、「CHN CORDER MT−3」)を用いて元素分析を行った。元素分析結果は、C;74.60%、H;8.26%(計算値C;74.45%、H;8.09%)であった。
【0049】
化合物(1−1)の133.7℃における偏光顕微鏡写真を図1に示す。図1に示すように、化合物(1−1)は、133.7℃において、ネマチック液晶に特徴的な特異点を起点とした2本または4本のひも状のシュリーレンテクスチャーが確認された。
化合物(1−1)の136℃における小角X線散乱パターンを図2に示す。図2に示すように、偏光顕微鏡観察でネマチック相を示すことが確認された133.7℃付近(136℃)において、3つのピーク(図2中のa、b及びc)が観察された。ここで、ユニアキシャルネマチック相であれば、小角X線散乱パターンにおいて分子の長軸方向を示すピークと、アルキル鎖の融解を示すブロードなピークとの2つのピークが観察されるはずである。しかし、化合物(1−1)は136℃において、3つのピークが観察されたことから、偏光顕微鏡観察で確認されたネマチック相がバイアキシャルネマチック相であることがわかる。
【0050】
さらに、化合物(1−1)がアイソトロピック相を示す155℃における小角X線散乱パターンを図3に示す。図3に示すように、アイソトロピック相であれば小角X線散乱パターンは2つのピーク(図3中のaおよびc)のみが観察され、3つ目のピーク(図2中のb)は消失した。このようにアイソトロピック相においては、2つのピークしか観察されないことは、図1のネマチック相がバイアキシャルネマチック相であることを裏付けるものである。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の化合物は、バイアキシャルネマチック液晶性を発現するものである。そのため、液晶ディスプレイの液晶素子として用いることにより、液晶ディスプレイの応答時間を改善することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表されることを特徴とする化合物。
【化1】


[式中、R1〜R4は、それぞれ独立に、炭素数1〜20のアルキル基を表す。]
【請求項2】
前記R1、R3は、それぞれ独立に炭素数1〜6のアルキル基であり、前記R2、R4は、それぞれ独立に炭素数6〜20のアルキル基である請求項1に記載の化合物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−132197(P2011−132197A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−294789(P2009−294789)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「2009年日本液晶学会討論会講演予稿集」 発行日:2009年 9月 7日 発行所:日本液晶学会
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】