説明

化学物質の並行微量分析法

【課題】マイクロチップを用いて生体内酵素反応等への環境汚染化学物質等の影響をスクリーニングする。
【解決手段】シリコン基板10の表裏両面にμmオーダーの等価な流路40を形成し、その途中の反応部にITO膜に構成した発熱手段を設ける。また、それぞれの流路40に独立に接続させた独立化学物質供給口50と、それぞれの流路40に分岐して接続させた共通化学物質供給口60を設ける。独立化学物質供給口50からは例えば反応阻害剤を、共通化学物質強供給口60からは酵素とそれに合わせた基質とを供給し、流路40内で反応させることにより、複数の反応阻害剤のスクリーニングを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロチップを用いた化学物質の分析法に関し、特に、種々の環境汚染物質の生体内酵素反応に及ぼす影響等をスクリーニングするのに有効に適用することができる。
【背景技術】
【0002】
以下に説明する技術は、本発明を完成するに際し、本発明者によって検討されたものであり、その概要は次のとおりである。
【0003】
近年、基板上に幅1mm以下のμmオーダーの流路を形成し、かかる流路に化学物質を流すことで、マクロスケールで行う場合とは異なり、微量試料で、多種類の反応を、同時並行で、短時間で効率的に行う技術が提案されている。
【0004】
かかる技術の中には、化学物質を通す流路が形成された基板を複数枚積層し、各層の流路を連絡することで、3次元的に流路の拡大を行う技術も提案されている。非特許文献1には、複数枚の積層構成とすることで、流路内で生成する化学反応物質の収量拡大も容易に行えることが示されている。さらに、非特許文献2には、化学物質を流路に流す際の送液口に関しての記載も見られる。
【0005】
かかるマイクロチップを用いた反応でも当然に温度制御が求められ、従来の一般的な温度制御は、恒温槽内にマイクロチップごと所要時間放置して、マイクロチップ自体の温度が恒温槽内の温度と平衡して設定温度になるのを待つ方法であった。しかし、かかる手法では、反応温度を制御するのに時間と手間がかかり、反応状況に応じて温度を適宜に変更してその状況確認をするという温度制御は実質的に不可能に近かった。
【0006】
温度制御に関しては、特許文献1に、ITO膜をパターニングして加熱手段を形成し、さらに、別途蛇行線状にITO膜をパターニングして温度センサとして構成する技術も提案されている。
【非特許文献1】Y.Kikutani、「Pile-up glass microreactor」Lab Chip、2002、2、p193-196
【非特許文献2】Y.Kikutani、T.Hotiuchi、K.Uchiyama、H.Hisamoto、M.Tokeshi、T.kitamori、「Glass Microchip with Three-Dimensional Micrchannel Network for 2×2 Parallel Synthesis」、Lab on a Chip、2002、2、p188-192
【特許文献1】特開平2002−85961号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
生物工学研究の重要な分野の一つに糖鎖機能の解明がある。糖鎖は、細胞間の認識や相互作用において、情報伝達時の暗号として機能していると言われている。糖鎖や糖鎖関連酵素と関係した病気の発生メカニズムを明らかにすることは、その治療法につながると期待されており、今後の糖鎖研究における大きな課題である。
【0008】
一方、環境化学物質が引き起こす疾病等の人体への影響は未だ十分には解明されていない。どのような化学物質が生体内の酵素反応等にどのように関与し、どのような悪影響を及ぼすかを解明することは極めて重要である。かかる解明にはスクリーニング作業が不可欠となる。
【0009】
しかし、これまでのスクリーニング方法では、多くの試薬を使用し、長時間と多額の費用とを要していた。特に、多くの試薬を使用することについては、環境化学物質による人体への再環境汚染を引き起こすことにもつながる。そのため、可能な限り微量な試薬を用いてスクリーニングする手法が試みられてはいるが、未だ有効な手法が開発されていないのが現状である。
【0010】
そこで、本発明者は、近年その活用が注目を集めているマイクロチップを使用することで、使用する試薬量を必要最小限度に抑制することができるものと考えた。さらに、かかるマイクロチップを用いれば、試験終了後の廃液処理量も格段に少なく抑えることができ、その分、環境負荷の低減にも通じる筈である。
【0011】
しかし、かかるマイクロチップは極めて微小であるため、その加工精度をあげるのが難しい。例えば、一個、一個が等価な製造加工がし難く、ややもすれば試験の再現性にも影響を与える場合も想定される。
【0012】
マイクロチップを用いた化学分析では、その試料の調製も何回かに分けて希釈すること等が必要となる。特にその定量分析に至っては、器壁についた滴も極めて重大な影響を及ぼすこととなる。
【0013】
そこで、同一試薬を用いて、複数の分析が行えれば、器具、装置等の個体差が発生せずに好ましい。例えば、マイクロチップに、複数の等価な流路を形成して、使用する試薬を極力同一濃度のものを用いる等して、できるだけ試験対象を同一の条件下で分析することができれば、互いの比較もできてより好ましい。
【0014】
しかし、マイクロチップにおける複数の流路の等価性については、その技術的課題が多く、未だ十分に達成されていないのが現状である。複数の流路を用いて、同一条件下での定量的な分析をするについては、並行分析が十分に行えないのが現状である。
【0015】
また、マイクロチップにおいては、流路の等価性の他に、前記の如く試薬等の送液における精度も問題となる。極めて微量な送液量であり、また複数回にわたって希釈しているため、少しの液漏れでも重大な影響を及ぼし、試験にとっては致命的なものとなる。
【0016】
本発明の目的は、マイクロチップを用いた並行分析において、複数の流路の分析環境の等価性を向上させることにある。
【0017】
本発明の目的は、マイクロチップを用いて生体内酵素反応等への環境汚染化学物質等の影響をスクリーニングする分析等に必要な技術を提供することにある。
【0018】
本発明の前記ならびにその他の目的と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本願において開示される発明のうち、代表的なものの概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0020】
本発明はマイクロチップを用いた化学物質の並行微量分析法であって、前記マイクロチップは、厚さ方向に貫通して表裏両面を連絡するμmオーダーの複数の流路を有し、前記複数の流路は、それぞれ前記複数の流路への少なくとも当初供給量の97%以上の回収率を有する等価流路に形成され、前記複数の流路は、前記複数の流路のそれぞれに独立して接続された独立反応物質供給口を有し、前記複数の流路は、前記複数の流路のそれぞれに分岐して接続された共通反応物質供給口を有し、前記独立反応物質供給口から供給した反応物質と、前記共通反応物質供給口から供給した反応物質とを、前記複数の流路内のそれぞれで反応させ、反応後の反応生成物を回収して前記複数の流路内のそれぞれにおける反応状況を分析手段により分析することを特徴とする。
【0021】
かかる構成において、前記複数の流路のそれぞれの回収率が97%以上である場合の前記当初供給量は、150μl以上、310μl以下であることを特徴とする。以上の構成において、前記複数の流路は、100μmオーダーに対して1%以内の加工精度で形成されていることを特徴とする。以上いずれかの構成において、前記共通反応物質供給口からは、互いに反応する反応物質を供給し、前記独立反応物質供給口からは、前記反応を阻害するかもしれない反応阻害可能性物質を供給することを特徴とする化学物質の並行微量分析法。かかる構成において、前記反応阻害可能性物質は、環境汚染物質であることを特徴とする。
【0022】
上記化学物質の並行微量分析法においては、前記共通反応物質供給口から供給する反応物質は、酵素と、前記酵素に反応する基質であることを特徴とする。前記酵素とは、糖鎖分解酵素であり、前記基質とは、前記糖鎖分解酵素により分離される原子団を有する多糖であることを特徴とする。前記糖鎖分解酵素とは、キチナーゼであり、前記多糖とは、構造多糖であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば以下のとおりである。
【0024】
本発明により、生体内酵素反応等への環境汚染物質の阻害作用等の影響を、極少量の試薬を使用して、短時間に、良好な精度で並行分析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する場合がある。
【0026】
本発明は、複数の流路が形成されたマイクロチップを用いて、複数の化学種のスクリーニングが行えるようにした化学物質の並行微量分析技術である。かかる並行微量分析では、複数の流路の等価性、および各流路への試薬等の送液等価性等に特に配慮した。
【0027】
マイクロチップに形成された流路は、幅、深さが共にμmのオーダーである。例えば、幅が400μm、深さが100μmである。反応を行わせるマイクロチップ内の複数の流路は、それぞれ等価に形成されている。流路自体の等価性は、例えば、100μmオーダーの流路幅の加工に対して、加工精度1%以内に抑えられている。
【0028】
また、複数の流路への同一物質の当初供給量150μl以上、310μl以下に対して、それぞれの流路での回収率が97%以上で、各流路に対して等量送液されるものである。かかるマイクロチップを用いたスクリーニングでは、使用する試薬等の化学物質の量は、例えば、μlオーダーに抑えることができる。
【0029】
このように、本発明では、試薬使用量をμlに抑えた状態で、送液量150μl以上、310μl以下に対して回収率が97%以上である等価流路を使用して、複数の環境汚染物質の生体内酵素反応に対する阻害状況等のスクリーニングを、短時間で、効率的に、安価な費用で行うことができるものである。
【0030】
図1に示すように、マイクロチップ100は、シリコン基板10の両面に、ガラス板20、30が陽極接合により貼り合わされている。ガラス板20、30としては、例えば、パイレックス(登録商標)等が使用できる。
【0031】
シリコン基板10の両面には、図2(a)、(b)に示すように、化学物質を流すことができる流路40が溝状に形成されている。流路40は、例えば、シリコン基板10の両面にそれぞれ4本形成され、各々が図2(a)、(b)に示すように、蛇行して設けられている。また、流路40の一部は、流路40内に供給された化学物質が互いに反応する反応部を形成している。図では、かかる反応部を、枠状に囲って示した。
【0032】
シリコン基板10の表面10a側には、裏面10bの4本の流路40に独立してつながるように独立化学物質供給口50(50a、50b、50c、50d)が設けられている。独立化学物質供給口50は、シリコン基板10の厚さ方向に貫通して裏面10b側に抜け、裏面10b側に設けた4本の流路40にそれぞれ独立してつながっている。独立化学物質供給口50(50a、50b、50c、50d)は、このように複数に構成されているので、4本の流路40にそれぞれ別の化学物質を並行して供給することができるようになっている。
【0033】
また、シリコン基板10の表面10a側には、裏面10bの4本の流路40に、分岐してそれぞれつながる共通化学物質供給口60(60a、60b)が設けられている。共通化学物質供給口60は、矢印に示すように表面10a側で二手に分かれ、二手に分かれたそれぞれがシリコン基板10の厚さ方向に貫通して裏面10b側に至り、さらに裏面10b側でさらに二手に分かれて4本の流路40にそれぞれつながっている。
【0034】
このように分岐して複数の各流路に接続できるように共通化学物質供給口60を備えることにより、同一濃度の同一の化学物質を、各流路に送ることができるようになり、各流路で行われる並行分析での精度の確保が図れることとなる。
【0035】
かかる構成の共通化学物質供給口60は、図2(a)、(b)に示すように、2個の共通化学物質供給口60a、60bに構成され、共通化学物質供給口60a、60bから、それぞれ異なる互いに反応する化学物質を別々に供給できるようになっている。
【0036】
また、上記独立化学物質供給口50、共通化学物質供給口60に形成された供給口41は、図3に示すように、シリコン基板10の表面側を覆うガラス板20に設けた貫通路42を通して、ガラス板20の表面側に固定したガラス管43に繋げられている。かかるガラス管43の固定は、ガラス板20の表面に接着剤等で固着され、送液口44として使用できるようになっている。
【0037】
これまではマイクロチップを固定する治具に、マイクロチップの供給口に符合する位置にネジ孔を形成し、そのネジ孔にテフロン(登録商標)ネジを螺合させ、このテフロン(登録商標)ネジに設けた口を送液口として使用していた。かかる構成では、往々にして、送液に際してネジ孔等から液漏れが発生することがあった。
【0038】
テフロン(登録商標)ネジを締めつけすぎるとマイクロチップが壊れてしまうため、加減した締めつけが必要となるが、しかし、かかる場合に締めつけが弱いと、ネジ孔の隙間から液漏れが発生するのである。
【0039】
さらには、複数の流路に対応してテフロン(登録商標)ネジが複数ある場合には、個々の締めつけ具合が異なると、締めつけ方の違いにより溶液等の各流路内での流れ易さに差が出て、結果として各流路での送液量が異なることともなった。
【0040】
しかし、前記の如く、独立化学物質供給口50、共通化学物質供給口60の所謂供給口41の形成位置に、供給口41の口径に合わせたガラス管43を、送液チューブとして固着することにより、液漏れや送液量の違いの原因となるテフロン(登録商標)ネジを設ける必要がなくなり、それにまつわるネジの締めつけ状態等に配慮せずに、送液時の等価性の確保ができるようになった。
【0041】
かかる構成の独立化学物質供給口50、共通化学物質供給口60が接続された4本の流路40は、表面10a側から裏面10bに至り、裏面10b側を蛇行し、その後シリコン基板10の厚さ方向に貫通して表面10a側に上り、さらに蛇行して排出口70(70a、70b、70c、70d)に至るように構成されている。
【0042】
かかる流路40の路端末側に設けられた排出口70(70a、70b、70c、70)は、供給口41の形成の場合と同様に、図示はしないが、ガラス板20に設けた貫通孔を通して、ガラス板20の表面に接着剤等で固定したガラス管に接続され、反応生成物等の定量的な回収が図れるように構成されている。
【0043】
かかる構成の流路40は、次のようにしてシリコン基板10の表裏両面に形成される。すなわち、図4に示すように、シリコン基板10の表面に所定層厚で酸化膜101を熱酸化により形成する。形成した酸化膜101上に、感光性物質のフォトレジスト102を所定層厚で塗布する。フォトレジスト102に、流路パターンが形成されたマスクを用いて、所定波長の光で露光し、露光後現像して、流路形成パターンをフォトレジスト102上に形成する。
【0044】
流路形成パターンが形成されたフォトレジスト102をさらにマスクとして用い、酸化膜101をエッチングすることで、シリコン基板10への流路形成用マスクを形成する。かかる流路形成用マスクを用いて、ICPマルチビーム加工装置で、プラズマガスのSFを照射し、シリコン基板10をドライエッチングすることで、流路40に相当する溝を形成する。その後、流路40の形成に際して使用したマスク、すなわち酸化膜101、フォトレジスト102を除去する。
【0045】
このようにしてICPマルチビーム加工装置を用いることで、プラズマガスとしてSFを照射して形成した流路40は、これまでのものに比べて均一に形成することができた。すなわち、複数の流路40は、それぞれ等価に形成されるのである。
【0046】
流路形成用の基板としてはシリコン基板10を選択し、かかるシリコン基板10にICP加工で流路40を形成するようにしたので、高精度で、アスペクト比の高い各々の等価な流路40を形成することができる。すなわち、ガラス基板にICP加工を適用する場合よりも、あるいはシリコン基板10に薬液でウエットエッチングする場合よりも、より等価な流路40を形成することができる。
【0047】
例えば、流路幅100μmに対して、加工精度1%以内での形成が可能であった。そのため各流路間の加工精度によるバラツキを小さくして、並行分析に求められる複数の等価な流路40を形成することができるようになった。
【0048】
かかる構成の流路40を形成したシリコン基板10の表面10a、裏面10bには、パイレックス(登録商標)等のガラス板20、30が貼り合わされている。貼り合わせに際しては、陽極接合等が適用され、流路40が形成されてシリコン基板10の接着面がわずかでも確実に貼り合わせがなされている。このようにして、表面10a、裏面10bに形成された流路40の上方側をガラス板20で、流路40の下面側をガラス板30で、それぞれ塞ぎ液漏れしない流路40が形成されている。
【0049】
図4に示す場合は、簡単に、表面10aにガラス板20を陽極接合する様子を示した。かかる陽極接合には、例えば、温度を400℃、印加電圧を500Vとした。
【0050】
さらに、裏面10bに形成された流路40の蛇行開始部分から以降は、独立化学物質供給口50、共通化学物質供給口60からそれぞれ供給された化学物質が混合されて反応する反応部に形成されている。但し、反応部は、流路40の一部を構成し、あくまで流路40の延長状態として存在し、特別にその構成が他の流路40部分と異なる訳ではない。単に、その主な役割として分けられているに過ぎない。
【0051】
かかる流路40に合わせて、流路40を覆うガラス板20、30部分には、図示はしないが、加熱制御ができるように発熱手段が設けられている。かかる発熱手段としては、例えば、ガラス板20、30の表面側に、ITO(Indium Tin Oxide)膜が設けられている。ITO膜には、図示はしないが、電極用金属がそれぞれ成膜され、電極用金属の間に白金が成膜されている。
【0052】
電極用金属にはそれぞれリード線が接続され、リード線、電極を介してITO膜に電流を流すと、ITO膜が発熱するようになっている。このように流路40に対応して、ガラス板20、30に成膜されたITO膜が発熱することにより、流路40の反応部は所定温度に温められることとなる。
【0053】
ITO膜の発熱状態は、電極、白金とから構成される温度センサでリアルタイムに把握され、例えば、発熱状態が所定温度より高くなると電流の流れを制御して発熱状態を抑える等して、発熱状態の制御が行えるようになっている。
【0054】
かかる構成のマイクロチップ100について、形成された複数の流路40の等価性を評価した。先ず、図5(a)に示すように、独立化学物質供給口50、共通化学物質供給口60にそれぞれ送液口44を介して水のみを供給し、図5(b)に示すようにその回収率を比較して、各流路40の等価性を評価した。
【0055】
すなわち、4個の独立化学物質供給口50a、50b、50c、50dからは水を0.25μl/min供給し、共通化学物質供給口60aからは水を1μl/min供給し、共通化学物質供給口60bからは水を2μl/min供給した。各流路40での回収量は、図5(b)に示すようになった。理論上は、各流路40には1μl/minの水が流されて100%の回収がなされる筈であるが、実際には図5(b)に示すように、97%以上、105%以下の回収率であった。しかし、かかる回収率は、測定誤差の精度の範囲内であり、十分に各流路40は等価に形成されていることが確認された。
【0056】
さらに、図6(a)に示すように、独立化学物質供給口50a、50b、50c、50dから、シリンジポンプでそれぞれ流量0.5μl/minで、0.15mg/ml濃度の酵素(キチナーゼ)を供給した。併せて、流量2μl/minで上記と同様の濃度の酵素を共通化学物質供給口60aから供給し、共通化学物質供給口60bからは基質のパラ−ニトロフェニル トリ−N−アセチル−β−キトトリオサイド(p-nitrophenyl tri-N-acetyl-β-chitotrioside)の0.5mM濃度のものを流量4μl/minで供給して、各流路40の等価性を検証した。反応停止液としてNaCO水溶液を300μl予め入れたエッペンに、反応液を流量2μl/minで回収した。各流路への送液量は、300μlとした。
【0057】
このように、回収した反応生成物であるパラ−ニトロフェノール(p−nitrophenol)の吸光度を、波長405nmで調べた。その結果は、図6(b)に示すように、4本の流路に対応する排出口70(70a、70b、70c、70d)でエッペンに回収されたp−nitrophenolの吸光度は、ほぼ同じであった。
【0058】
また、本構成の流路40にそれぞれ150μl〜310μlの範囲で、流量2μl/minで上記と同様に反応物質を供給したときに、それぞれの流路40を経て排出口70(70a、70b、70c、70d)でエッペンに回収された回収量は、図7に示すように、97%以上の回収率であり、それぞれの反応流路がかかる範囲内で等価であることが確認された。
【0059】
以上のように構成された4本の流路40は等価に形成され、且つ、共通化学物質供給口60から供給された化学物質は、等量ずつ4本の流路40に供給されることが分かった。各流路に対応したエッペンでの回収量も97%以上の回収率となり、各流路40内では反応物質がほぼ等量流れていることが確認できた。
【0060】
また、図8(a)に示すように、各独立化学物質供給口50a、50b、50c、50dからは水を0.25μl/min供給し、共通化学物質供給口60aからは上記酵素を1μl/min(濃度0.6mg/ml)供給し、共通化学物質供給口60bからは上記基質を2μl/min(濃度0.4mM)供給した。各流路40での吸光度は、図8(b)に示すように、ほぼ同じになった。かかる結果からも、各流路の等価性が確認された。
【0061】
さらに、図9(a)に示すように、独立化学物質供給口50aから酵素反応阻害剤としてアロサミジンを0.25μl/min(濃度0.1mM)、独立化学物質供給口50b、50c、50dからは水を0.25μl/min供給し、共通化学物質供給口60aからは前記酵素を1μl/min(濃度0.6mg/ml)供給し、共通化学物質供給口60bからは前記基質を2μl/min(濃度0.4mM)供給した。
【0062】
各流路40での吸光度は、図9(b)に示すようになった。すなわち、アロサミジンが反応に関与した流路では、吸光度が他の場合より大きく低下している。しかし、他の3流路では、ほぼ同程度の高い吸光度を示している。それぞれが独立した流路構成であることが検証された。
【0063】
上記実験では、流路40に設けた分岐点で、試薬が逆流する場合がないかを検証したものであるが、アロサミジンの酵素阻害剤がもし分岐点で逆流していたら、複数の流路で酵素反応が阻害され、図9(b)に示すものとは異なる結果が得られた筈である。かかる結果から、前記の如く4本の流路40はそれぞれ独立しており、分岐点での逆流が起きないものであることが確認された。
【0064】
かかる等価の流路40は、例えば、シリコン基板10に、幅400μm以内、深さ100μm以内で、ICP加工により形成する場合に可能であった。その他の例えばエッチング等では、等価な流路は形成されず、4本のそれぞれの等価性は、本発明の場合よりも劣っていた。
【0065】
このように等価な複数の流路を用いて化学物質のスクリーニングを行うことができる。図10、11に、その一例を示した。例えば、図10に示すように、独立化学物質供給口50a、50b、50c、50dからは、それぞれ目的とする化学反応の阻害となるかもしれない阻害可能性化学物質を、阻害剤A、B、C、Dとして供給する。共通化学物質供給口60aからは酵素を、共通化学物質供給口60bからは酵素と反応する基質を、それぞれ供給する。
【0066】
このようにして、4本の独立した等価な流路40を用いることで、独立化学物質供給口50から供給した4種の化学物質の酵素反応阻害性に応じて、反応生成物ができる筈である。その反応生成物を分析することで、4種の阻害剤の影響を知ることができる。尚、反応部では、前記ITO膜を用いて、37℃に温度制御した。
【0067】
図10に示すように、排出口70a、70b、70c、70dからは、それぞれ阻害剤A、B、C、Dが関与した酵素と基質との反応生成物が回収されることとなる。例えば、酵素としてキチナーゼを供給し、基質として多糖にp-nitrophenyl基が結合したものを供給することで、阻害剤A、B、C、Dが関与した場合のキチナーゼによるp−nitrophenolの遊離状況が異なる。
【0068】
かかるp−nitrophenolを、NaCoアルカリ溶液で発色させ、発色度合いでその遊離量を分光光度計等で分析すれば、簡単に、且つ精度高く、速やかに、試薬量を例えばμl単位に抑えて、複数の試料の分析が行える。
【0069】
図11には、上記のように、酵素として生体内の構造多糖に働くキチナーゼを使用し、基質として多糖にp-nitrophenyl基を接合したものを使用して、独立化学物質供給口からは例えば環境汚染物質を供給して、キチナーゼの酵素活性の度合いを分析し、環境汚染物質のキチナーゼ活性に及ぼす影響、すなわち阻害性を調べることができる。分析では、阻害性について、化学物質の種類、濃度等を調べることができる。
【0070】
また、独立化学物質供給口からは、同一の化学物質を、それぞれ濃度を4種変えて供給し、共通化学物質供給口からは同様に酵素、基質を入れて、阻害剤(阻害材)の働く濃度範囲を決定するのに使用することもできる。
【0071】
あるいは、2種の阻害可能性のある物質を2種の濃度で入れて、その影響を調べることもできる。
【0072】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【0073】
また、上記説明では、本発明に係る分析を、キチナーゼの生体内での環境物質の影響に関する場合を例に挙げて説明したが、本発明の適用はかかるキチナーゼ以外の酵素の反応、あるいは生体内の酵素反応に限定されるものではなく精緻な温度制御が必要とされる反応にも使用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明は、生体内の酵素反応等に関係する化学物質の並行微量分析等の化学分析の分野で有効に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明に係るマイクロチップの斜視図である。
【図2】(a)は積層チップを構成するシリコン基板の表面側の流路形成パターンを示す平面図であり、(b)はその裏面側の状況を示す平面図である。
【図3】送液口の形成部を部分的に示した断面図である。
【図4】シリコン基板への流路形成の手順を模式的に示す説明図である。
【図5】(a)は流路の等価性の評価における独立化学物質供給口、共通化学物質供給口への供給状況を模式的に示した説明図であり、(b)は各流路での回収状況を示した説明図である。
【図6】(a)は流路の等価性の評価における独立化学物質供給口、共通化学物質供給口への供給状況を模式的に示した説明図であり、(b)は各流路での吸光度の状況を示した説明図である。
【図7】図6(a)に示す構成の実験における各流路での回収量を示した説明図である。
【図8】(a)は流路の等価性の評価における独立化学物質供給口、共通化学物質供給口への供給状況を模式的に示した説明図であり、(b)は各流路での吸光度の状況を示した説明図である。
【図9】(a)は流路の等価性の評価における独立化学物質供給口、共通化学物質供給口への供給状況を模式的に示した説明図であり、(b)は各流路での吸光度の状況を示した説明図である。
【図10】阻害剤と、酵素と、基質とを使用した並行微量分析の概要を示す説明図である。
【図11】キチナーゼの酵素機能を模式的に示す説明図である。
【符号の説明】
【0076】
10 シリコン基板
10a 表面
10b 裏面
20 ガラス板
30 ガラス板
40 流路
41 供給口
42 貫通路
43 ガラス管
44 送液口
50 独立化学物質供給口
50a 独立化学物質供給口
50b 独立化学物質供給口
50c 独立化学物質供給口
50d 独立化学物質供給口
60 共通化学物質供給口
60a 共通化学物質供給口
60b 共通化学物質供給口
70 排出口
70a 排出口
70b 排出口
70c 排出口
70d 排出口
100 マイクロチップ
101 酸化膜
102 フォトレジスト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロチップを用いた化学物質の並行微量分析法であって、
前記マイクロチップは、厚さ方向に貫通して表裏両面を連絡するμmオーダーの複数の流路を有し、
前記複数の流路は、それぞれ前記複数の流路への少なくとも当初供給量の97%以上の回収率を有する等価流路に形成され、
前記複数の流路は、前記複数の流路のそれぞれに独立して接続された独立反応物質供給口を有し、
前記複数の流路は、前記複数の流路のそれぞれに分岐して接続された共通反応物質供給口を有し、
前記独立反応物質供給口から供給した反応物質と、前記共通反応物質供給口から供給した反応物質とを、前記複数の流路内のそれぞれで反応させ、反応後の反応生成物を回収して前記複数の流路内のそれぞれにおける反応状況を分析手段により分析することを特徴とする化学物質の並行微量分析法。
【請求項2】
請求項1に記載の化学物質の並行微量分析法において、
前記複数の流路のそれぞれの回収率が97%以上である場合の前記当初供給量は、150μl以上、310μl以下であることを特徴とする化学物質の並行微量分析法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の化学物質の並行微量分析法において、
前記複数の流路は、100μmオーダーに対して1%以内の加工精度で形成されていることを特徴とする化学物質の並行微量分析法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の化学物質の並行微量分析法において、
前記共通反応物質供給口からは、互いに反応する反応物質を供給し、
前記独立反応物質供給口からは、前記反応を阻害するかもしれない反応阻害可能性物質を供給することを特徴とする化学物質の並行微量分析法。
【請求項5】
請求項4に記載の化学物質の並行微量分析法において、
前記反応阻害可能性物質は、環境汚染物質であることを特徴とする化学物質の並行微量分析法。
【請求項6】
請求項4または5に記載の化学物質の並行微量分析法において、
前記共通反応物質供給口から供給する反応物質は、酵素と、前記酵素に反応する基質であることを特徴とする化学物質の並行微量分析法。
【請求項7】
請求項6に記載の化学物質の並行微量分析法において、
前記酵素とは、糖鎖分解酵素であり、
前記基質とは、前記糖鎖分解酵素により分離される原子団を有する多糖であることを特徴とする化学物質の並行微量分析法。
【請求項8】
請求項7に記載の化学物質の並行微量分析法において、
前記糖鎖分解酵素とは、キチナーゼであり、
前記多糖とは、構造多糖であることを特徴とする化学物質の並行微量分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2007−222072(P2007−222072A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−46753(P2006−46753)
【出願日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年9月14日 社団法人日本分析化学会主催の「日本分析化学会第54年会」において文書をもって発表
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】