説明

医薬組成物

【課題】脳腫瘍を治療するための医薬組成物を提供する。
【解決手段】糖蛋白質のN結合型糖鎖A2G2Fに対して結合特異性を有するレクチンを有効成分として含む医薬組成物は、脳腫瘍細胞に対してアポトーシスを誘発するので、脳腫瘍細胞により引き起こされる疾患の予防および治療に有効である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳腫瘍の有効な予防および治療のための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、多くの蛋白質に糖鎖が結合していることが知られるようになり、蛋白質に結合した糖鎖が細胞同士の認識や細胞接着,又はウイルスや微生物の宿主への感染等に重要な役割を果たしている他、蛋白質輸送のためのシグナルや蛋白質立体構造形成の際の補助的因子としても作用していることなどが明らかになりつつある。
【0003】
また、複合糖質(糖蛋白質、糖脂質、プロテオグリカン)の糖鎖は、蛋白質、核酸に次ぐ第三の生命鎖として、その役割が注目されている。特に、糖蛋白質糖鎖がその糖蛋白質の機能発現に不可欠であることが報告されている。例えば、末梢神経系ミエリンにあるP0という糖蛋白質は細胞間接着因子として機能しており、このP0の糖鎖結合部位に改変を加えるとその細胞間接着活性が失われることが知られている。このことは糖鎖に接着活性があったためではなく、蛋白質の構造を細胞膜上に支えるようにして存在していた糖鎖がなくなったことにより、P0が接着に必要なコンフォメーションを維持できなくなったと考えられている。このように糖蛋白質糖鎖を有する分子は、神経系の発生においても、また他の様々な領域においても細胞と細胞間の認識は極めて重要な役割を果たしていることから、糖蛋白質糖鎖の重要性が認識されている。しかしながら、糖蛋白質糖鎖の精製には膨大な時間を要し、また細胞表面や組織中で発現している糖蛋白質糖鎖の系統的解析方法がないなどの理由から、糖蛋白質糖鎖の機能解明はあまり進んでいなかった。
【0004】
そこで、本発明者らの1人である池中らはHPLCシステムを用いた自動化、簡易化による糖蛋白質糖鎖の系統的解析方法を開発した。そして、この方法により糖鎖の一種であるTriantennary trigalactosylated structure with one outer arm fucosylation (A3G3F0)が肺癌患者血清中で増加していることを見出した(非特許文献1および2)。また、特許文献1には、糖蛋白質のN結合型糖鎖A3G3F0に基づいて癌、特に肺癌を検出する癌検出方法及びそれに用いる癌検出物質が開示されている。さらに、非特許文献3には、神経細胞接着分子(N−CAM)上に存在するポリシアル酸の発現が転移性の肺癌で高発現し、ポリシアル酸を制御するST8Sia II(STX)遺伝子の発現と腫瘍の悪性度との間に相関性があることが報告されている。
【特許文献1】特開2001−289860号公報
【非特許文献1】J.Biochem.129:537−542,2001
【非特許文献2】Anal.Biochem.267:336−343,1999
【非特許文献3】Cancer Res.,61:1666−1670,2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記の特許文献および非特許文献には特に肺癌に特異的な糖蛋白質糖鎖しか開示されておらず、他臓器の癌における糖蛋白質糖鎖については一切開示されていなかった。特に脳における腫瘍は肺等の他臓器の癌と異なって、脳という特殊な臓器に存在するため、その発生・占拠部位によっては生きるのに重要な中枢が存在する脳の働きを障害し、様々な症状を引起こしていた。このような背景から、脳での病態による糖鎖の異常を解析し、特に脳腫瘍を確実に、且つ早期に検出する方法が望まれていた。
【0006】
また、脳腫瘍の診断には、CTスキャンや核磁気共鳴装置などの画像診断により行われているが、脳腫瘍に特異的な腫瘍マーカー等の役割を果たす検出物質の発見が期待されていた。
【0007】
一方、脳腫瘍の治療は腫瘍全体を完全に摘除することが基本であるが、悪性の脳腫瘍においては境界が明確でないため、完全には摘出できないことが多く、放射線治療、化学療法や免疫療法を併用している。腫瘍細胞の病態細胞の増殖を阻害して、腫瘍細胞に起因する疾病を治療するものとして、例えば、マイトマイシンC、ブレオマイシンなどの抗生物質が知られているが、これらはいずれも所定の細胞に作用して、それを壊死すなわちネクローシスを起こさせて病態細胞を排除するものである。しかしながら、このネクローシスによる細胞死は、正常細胞または生体に対する副作用が強いために充分な効果が上げられておらず、正常細胞にも新たな疾患を惹起するという重大な欠陥がある。他方、生理的な条件下で細胞自らが積極的に惹起するようにプログラムされた細胞死すなわちアポトーシスは、周囲の細胞に影響を与えずに、細胞表面の湾曲、核クロマチンの凝縮、染色体DNAの断片化等の独特の形態異常を起して細胞が死ぬ現象であり、これを誘導しうることが可能であれば、悪性腫瘍等の疾患に対する治療に際して非常に有利である。
【0008】
そこで、本発明は、確実に、且つ早期に脳腫瘍を検出可能な脳腫瘍の検出方法及びそれに用いる脳腫瘍の検出物質を提供することを目的とする。本発明は、また、脳腫瘍細胞に対してアポトーシスを誘導し、脳腫瘍の有効な予防および治療のための医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題に鑑みて鋭意検討した結果、正常な脳組織のN結合型糖鎖の発現パターンは固体差なく保存されていることが報告されている(非特許文献1)ことから、正常組織と神経膠腫細胞とのN結合型糖鎖の発現パターンを比較したところ、糖蛋白質のN結合型糖鎖のうち特定なものが神経膠腫細胞で増加していることに着目し、その特定のN結合型糖鎖を同定した。そして、同定されたN結合型糖鎖A2G2Fが正常組織には発現されず、神経膠腫細胞のみに発現されることを見出した。さらに、レンズマメ(LCA)レクチンが、神経膠腫細胞に対してアポトーシスを誘導することを見出し、本発明に想到した
【0010】
本発明の請求項1記載の医薬組成物は、脳腫瘍細胞に対してアポトーシスを誘発する医薬組成物であって、糖蛋白質のN結合型糖鎖A2G2Fに対して結合特異性を有するレクチンを有効成分として含むことを特徴とする。
【0011】
本発明の請求項2記載の医薬組成物は、請求項1において、前記レクチンが、レンズマメレクチンであることを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項3記載の医薬組成物は、請求項1項において、前記脳腫瘍細胞が、神経膠腫細胞であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の請求項1記載の医薬組成物によれば、アポトーシス誘導に基づく細胞増殖阻害活性を有するため、周囲の正常細胞に影響を与えずに、脳腫瘍細胞の増殖のみを選択的に阻害しうるので、脳腫瘍細胞により引き起こされる疾患の予防および治療に有効である。
【0014】
本発明の請求項2記載の医薬組成物によれば、脳腫瘍細胞に対して選択的にアポトーシスを誘発することができる。
【0015】
本発明の請求項3記載の医薬組成物によれば、アポトーシスの誘導により、神経膠腫細胞を選択的に排除することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】標準糖鎖のマンノースユニット対グルコースユニットの2次元マップである。
【図2】糖鎖の構造式を示す図である。GluNAcはN−アセチルグルコサミン、Manはマンノース、Galはガラクトース、Fucはフコースの略字である。また、構造式中の各記号の意味は次の通りである;An:M3糖鎖構造に結合するGlcNAcのアンテナの数、Gn:非還元末端に付けられたガラクトース残基の数、F:還元末端のGluNAc残基に結合したフコースを有するもの、F0:GlcNAcの外側にフコースがα1−3結合したもの、B:M3糖鎖構造の真ん中のマンノースに結合するGlcNAcを有するもの。
【図3】本発明の実施例1における逆相HPLC溶出パターン図である。Aは正常組織、Bは神経膠芽腫を示す。なお、図中のピークに記載の番号は、図1及び2に記載されている糖鎖番号に対応する。
【図4】本発明の実施例2における免疫組織化学染色の結果を示す顕微鏡写真である。Aは神経膠腫細胞株、Bは神経膠芽腫組織を示す。
【図5】本発明の実施例3におけるLCAレクチンを添加した時のU251,T98G,ON−12細胞の平均の生存率の結果を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例3におけるアポトーシス細胞のクロマチンの凝集を蛍光顕微鏡下で観察した結果を示す顕微鏡写真である。AはLCAレクチン添加なし、BはLCAレクチン添加ありを示す。
【図7】本発明の実施例3におけるフローサイトメトリー法によるhypodiploid DNAの検出結果を示すグラフである。AはLCAレクチン添加なし、BはLCAレクチン添加ありを示す。
【図8】本発明の実施例3におけるMEBSTAINアポトーシスキットを用いたフローサイトメトリー法によるアポトーシス細胞の検出結果を示すグラフである。AはLCAレクチン添加なし、BはLCAレクチン添加ありを示す。
【図9】本発明の実施例3におけるフローサイトメトリー法による活性化カスパーゼ−3の検出結果を示すグラフである。AはT98G細胞、BはU251細胞、CはON12細胞を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0018】
本発明でいうA2G2Fとは、糖蛋白糖鎖(Galβ1,4−GlcNAcβ1,2−Manα1,3−)(Galβ1,4−GlcNAcβ1,2−Manα1,6−)Manβ1,4−GlcNAcβ1,4−(Fucα1,6−)GlcNAcであり、A2G2Fという各記号の意味は次の通りである。An:M3糖鎖構造に結合するGlcNAcのアンテナの数、Gn:非還元末端に付けられたガラクトース残基の数、F:還元末端のGluNAc残基に結合したフコースを有するもの。
【0019】
また、本発明の検出方法により検出可能な脳腫瘍とは、脳や脳の周辺組織などの頭蓋骨の内部にある組織に発生する腫瘍のことであり、脳組織自体から発生する「原発性脳腫瘍」と、他の臓器の癌が脳に転移してくる「転移性脳腫瘍」が挙げられる。原発性脳腫瘍として、原発性脳腫瘍の約3割を占める神経膠腫、また神経膠腫のうちで最も悪性度の高い神経膠芽腫などが挙げられる。
【0020】
本発明の脳腫瘍の検出方法は、摘出された脳組織のN結合型糖鎖を、HPLCを用いた糖蛋白質糖鎖システムにより解析し、脳腫瘍に特有の糖蛋白質のN結合型糖鎖A2G2Fの検出に基づいて脳腫瘍を検出する方法である。また、前記N結合型糖鎖A2G2Fに対して結合特異性を有するレクチンを使用して脳腫瘍を検出する方法である。
【0021】
本発明の脳腫瘍の検出方法に用いるレクチンとは、植物・動物・微生物に存在するタンパク質または糖タンパク質のうち、糖に対する特異的結合活性をもった物質である。本発明の脳腫瘍の検出方法に用いるレクチンとしては、例えばレンズマメ(LCA:Lens culinaris Agglutinin)レクチンが好ましい。このレンズマメレクチンは、ポリペプチド鎖のアスパラギンに結合した糖鎖(Asn型(N型)糖鎖)GlcNAc残基のC−6位に結合したα−Fucに特異的に結合することが知られている。なお、神経膠芽腫細胞及び神経膠芽腫組織において、0.1%以上存在する糖鎖構造の中でA2G2Fのみが、LCAレクチンが特異的に結合するフコシル化されたα1−6GlcNAc構造を有する。
【0022】
本発明の脳腫瘍の検出方法により、高精度で神経膠腫を検出でき、さらにA2G2Fに対して結合特異性を有するレクチン(LCAレクチン)を利用することにより神経膠腫や神経膠芽腫などの脳腫瘍をより早期且つ簡易に検出できる。また、A2G2Fを特異的に認識する抗体を利用することにより神経膠腫や神経膠芽腫などの脳腫瘍をより早期且つ簡易に検出してもよい。
【0023】
また、本発明の脳腫瘍の検出物質としては、糖蛋白質のN結合型糖鎖A2G2Fに特異的に結合するレクチンを含有するものであれば特に制限されるものではない。また、N結合型糖鎖A2G2Fに特異的に結合するレクチンとしては、LCAレクチン等を挙げることができる。さらに、本発明の脳腫瘍の検出物質が、N結合型糖鎖A2G2Fを特異的に認識する抗体からなるものであってもよい。A2G2Fを認識する抗体としては、モノクローナル抗体やポリクローナル抗体等を例示することができる。これら抗体は、慣用のプロトコールを用いて、実験動物にA2G2Fの糖鎖を投与することにより産生することが可能である。
【0024】
また、A2G2Fを特異的に結合するレクチンやA2G2Fを特異的に認識する抗体を化学蛍光試薬や放射性同位体等で標識することができる。化学蛍光試薬として例えばフルオロセイン,ロダミン,ルミノールなど、放射性同位体として例えば3H,14C,35S,33P,32P,125Iなどが挙げられる。この標識により、A2G2Fが例えば脳腫瘍マーカーとして、従来のCTスキャン,核磁気共鳴装置などの画像診断による診断方法を併用することにより、高い精度で、早期且つ確実に脳腫瘍を検出または診断することが可能である。
【0025】
本発明の医薬組成物は、脳腫瘍細胞に対してアポトーシスを誘発する医薬組成物であって、糖蛋白質のN結合型糖鎖A2G2Fに対して結合特異性を有するレクチンを有効成分として含む。本発明の有効成分として用いるレクチンとは、植物・動物・微生物に存在するタンパク質または糖タンパク質のうち、糖に対する特異的結合活性をもった物質である。また、本発明の有効成分として用いるレクチンとしては、レンズマメ(LCA:Lens culinaris Agglutinin)レクチンが好ましい。
【0026】
本発明の医薬組成物は、その使用目的に応じ、医薬剤や製剤成分と複合してアポトーシスを誘導するための医薬組成物として用いてもよい。併用される医薬剤としては、抗癌剤、抗ウイルス剤、抗自己免疫疾患剤を挙げることができる。このように、本発明の医薬組成物に、抗癌剤などの医薬剤を包合させることにより薬剤を病巣局所に集約させ、脳腫瘍細胞により引き起こされる疾患の予防および治療に有効である。
【0027】
また、本発明の医薬組成物は、医薬製剤としてこの分野で慣用されている各種の投与形態で使用される。例えば、粉末、錠剤、丸剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、注射剤(液剤、懸濁剤等)等の形で製剤化することができ、所望に応じ溶解補助剤、緩衝剤、等張化剤、安定剤、保存剤、無痛化剤など注射液に慣用されている添加剤や、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、表面活性剤、あるいは賦形剤等を併用してもよい。さらに、本発明の医薬組成物は、経口的又は非経口的に投与される。その投与量は、治療すべき脳腫瘍の程度により増減され、特に限定されるものではない。
【0028】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例1】
【0029】
(神経膠芽腫組織、及び神経膠腫細胞株におけるN結合型糖蛋白質糖鎖の発現解析)
3例の正常脳組織、15例の神経膠芽腫組織、及び3種の神経膠腫細胞株を用いて糖蛋白質糖鎖分析を行った。コントロールとしての3例の正常脳組織(男性:女性=2:1、平均年齢55.2)は、てんかん性の手術を受けた患者からインフォームドコンセントを得て組織を収集した。また、15例の神経膠芽腫組織は、新潟大学病院で神経膠芽腫を有する患者(表1参照)からインフォームドコンセントを得て組織を収集した。
【0030】
【表1】

【0031】
まず、検体の前処理として、脳組織を冷PBSで灌流し、その重量を測定した後、9倍量の−20℃のアセトンを加えた。なお、PBSは、NaCl 8g、KCl 0.2g、NaHPO1.44g、KHPO 0.24gを1リットルの脱イオン水に溶かして、pH7.4として調製したものを使用した。脳組織を、9倍量の冷アセトン中でポリトロン型ホモジナイザーを用いてホモジナイズし、−20℃で60分間放置した後、4℃、8000Gで20分間遠心した。この上清を除去後、再度同様の操作を行った後、沈殿物を凍結乾燥し、検体を得た。乾燥重量2mgの検体をGlycoPrepTM1000(Oxford Glycosystems,Oxford,UK)を用いて検体をヒドラジン分解して蛋白質から糖鎖を切り離した。次に、切り離された糖鎖をGlycoTagTM(Takara,Tokyo,Japan)を用いてピリジルアミノ化による蛍光標識を行った後、ノイラミニダーゼ(neuraminidase)(Arthrobacter ureafaciens由来,Nacalai Tesque,Kyoto,Japan)で糖鎖を処理して、その側鎖にあるシアル酸を切断した。電荷を有するシアル酸が切断された結果、検体の脳組織内に存在する中性の糖鎖を得ることができた。
【0032】
検体中の様々な大きさの糖鎖を、その大きさ別に分けるために、蛍光標識された上記中性の糖鎖群を含む検体を順相HPLC(Asahipak NH2P-50 size-fractionation column (4.6×50 mm; Shodex, Tokyo, Japan))にかけ、糖鎖の量を蛍光検出器で検出して測定した。順相HPLCの測定条件を詳しく述べると、流速は 0.6 ml/min、カラムの温度は30℃、溶媒Aを20%アセトニトリル、0.3%酢酸を含み、トリエチルアミンでpH7.0に調整した水として、溶媒Bは93%アセトニトリル、0.3%酢酸を含み、トリエチルアミンでpH7.0に調整した水として、最初溶媒A:溶媒Bの比を97:3でスタートさせ、溶媒Bを、検体を投入して1分後に19%、35分後に57%まで直線的に増加させた。ここから溶出してくる蛍光標識糖鎖を励起波長310nm、検出波長380nmで検出し、標準糖鎖(PA-sugar chain M2A,M3B,M4B,M5A,M6B,M7A,M8A,M9A(Takara,Tokyo,Japan))の溶出時間にしたがってM2〜M10の画分を分取した。M10溶出時間はM9A溶出時間+1.5分として設定した。
【0033】
順相HPLCで大きさ別に分離された糖類を、今度はその糖鎖分子の構造上の特性によって分類するために逆相HPLC(Cosmosil 5C18-P reversed-phase column (4.6×150 mm; Nacali Tesque))にかけた。なお、HPLCシステムとしてPU-2089 plus HPLC pump(Nihon Bunkou, Tokyo, Japan)、 FP-2055 plus fluorescence detector (Nihon Bunkou)、AS-2055 plus autosampler (Nihon Bunkou)を用いた。コントロールシステム及びピークの溶出時間、相対含有量の解析にはJasco Bowin(Nihon Bunkou)を使用した。逆相HPLCの測定条件を詳しく述べると、流速は1.5ml/min 、カラムの温度は30℃、溶媒Cを0.1Mの酢酸アンモニウム緩衝液(pH4.0)、溶媒Dは溶媒Cに0.5%の1ブタノールを加えたものとして、最初溶媒C:溶媒Dの比を94:6でスタートさせ、溶媒Dを、検体を投入して45分後に80%まで、直線的に増加させた。ここから溶出してくる蛍光標識糖鎖を励起波長320nm、検出波長400nmで検出し、その溶出パターンを次の手順で比較検討し、検体中の糖鎖の構造と含有量を決定した。
【0034】
逆相HPLCに検体を投入する前に、予め、グルコースオリゴマー(3〜22個のブドウ糖が結合した標準糖鎖)を投入し、その溶出時間を測定しておき、検体の溶出時間の内的標準とする。検体のピークが内部標準のどれくらいの位置に匹敵するかを計算し、グルコースユニット(GU)として表現する。逆相HPLCで認められるピーク毎にそのピークに含有する糖鎖を採取し、もう一度これを順相HPLCに投入する。GUと同様な方法で、今度はマンノースユニット(MU)を計算し、逆相HPLCで認められる各々のピークについて、GU及びMUの2つの指標を用いて、横軸にGU、縦軸にMUをとって2次元のグラフ上にプロットする。2次元でその糖鎖の特性を判別するこの方法を、予め構造が分かっている糖鎖(Takara,Seikagaku Corporation (Tokyo, Japan), Oxford GlycoSystemsから購入)について行った後、脳組織由来の糖鎖について行い、その2次元マップ上で点が重複するか否かで、構造を同定した。図1は標準糖鎖の2次元マップであり、横軸はグルコースユニット値を示し、縦軸はマンノースユニット値を示す。また、図1のグラフ上にプロットされた番号の糖鎖構造式を図2に示す。すなわち、番号1はA0G0F、2はA2G1F0(3)FB、3はA2G1F0(6)FB、4はA2G2,5はA2G2F、6はA3G3、7はBA2、8はM2B、9はM3B、10はM4B、11はM5A、12はM6B、13はM7A、14はM7B、15はM8A、16はM9Aを示している。
【0035】
図3は、ヒト正常脳組織(A)および神経膠芽腫組織(B)のN結合型糖鎖の逆相HPLC分析における全フラクション(M2〜M11)の溶出パターンを示す。ピーク5は、神経膠芽腫組織(B)のM6及びM7画分のみに確認され、ヒト正常脳組織(A)では確認されなかった。このピーク5は、図1に示す2次元マップにより糖鎖A2G2Fであると同定された。このことより、糖鎖A2G2Fは正常脳組織に発現されず、神経膠腫細胞にのみ発現される、神経膠腫に特異的な糖鎖であることがわかった。
【0036】
また、正常脳組織(Normal Brain)、神経膠芽腫組織(GBM)、及び神経膠腫細胞株(Cell Line)の分離、同定された糖蛋白質のN結合型糖鎖の含有率(%)を表2示す。
【0037】
【表2】

【0038】
正常脳組織においては、N結合型糖鎖全体のうち平均46.4%が同定された。また、分岐の数を考慮した場合、2分岐構造を持つ糖鎖が6.27%と最も多く認められたものの、3分岐構造及び4分岐構造を持つ高分岐型糖鎖は殆ど認められなかった。オリゴマンノース系列ではM5Aが最も多く認められ、次いでM6B,M9Aが多く認められた。さらに、A2G2においては2.78%認められた。
【0039】
A2G2Fは正常脳組織には認められなかったが、神経膠芽腫細胞株及び神経膠芽腫組織で認められた(p<0.01)。また、標準検体(A2G2F)とのco-injectionにより単一のピークとなることを確認した。A2G2Fは神経膠芽腫組織において2.9±1.93%含まれており、神経膠腫細胞株において5.60±1.14%含まれていた。2例の神経膠芽腫組織についてイオン交換HPLCを行い、A2G2Fのシアル酸化率を調べたところ、62.20%と56.19%であった。A2G2は神経膠芽腫組織で12.66±8.33%認められ、正常脳組織での2.78±0.60%に比べ有意に高かった。A3G3は神経膠芽腫組織で1.00±0.79%、神経膠腫細胞株で3.51±2.13%認められた。神経膠芽腫組織には肺癌や肝細胞癌で認められている高分岐型糖鎖は認められなかった。
【実施例2】
【0040】
(レクチン染色)
HPLCの結果神経膠芽腫に含有され、正常脳では検出されなかったA2G2Fに対して、レクチン染色を行った。細胞においてLCAレクチンが特異的に結合するfucosylated α1−6GlcNAc構造は、0.1%以上存在する糖鎖構造の中でA2G2Fのみであったことから、コア(core)のα1,6-fucosylation構造に特異的に結合するLCA(レンズマメレクチン;Seikagaku Corporation,Tokyo,Japan)を使用した。
【0041】
以下の手順により、神経膠芽腫組織(n=10)及び3種類の神経膠腫細胞株、コントロールとして正常脳組織 (n=3)において、LCA(レンズマメレクチン)を用いた染色を行い顕微鏡観察した。まず、それぞれの試料の凍結切片を用い、蛍光試薬FITCで標識されたLCA−FITC(Seikagaku Corporation,Tokyo,Japan; 500 μg/ml: diluted 1:50)を加え20分間反応後、蛍光顕微鏡にて観察した。なお、糖鎖A2G2Fに対し、非免疫マウスイムノグロブリンをネガティブコントロールとして用いた。
【0042】
結果を図4に示す。図4−Aは神経膠腫細胞株の免疫組織化学染色を示し、図4−Bは神経膠芽腫組織の免疫組織化学染色を示す。神経膠腫細胞株ではLCAにより非常に強く染色され(図4−A)、神経膠芽腫組織においてもLCAにより強く染色された(図4−B)。正常脳組織においては実質には明らかな染色を認めなかった(図示せず)。この結果より、A2G2Fと特異的に結合するLCAレクチンが神経膠芽腫組織及び神経膠腫細胞株と特異的に結合するのが明らかとなった。したがって、脳腫瘍のみに発現するA2G2Fに対して結合特異性を有する蛍光試薬で標識されたレクチンを用いて脳腫瘍を検出することが可能である。
【実施例3】
【0043】
(細胞増殖及びアポトーシス測定)
U251,T98G (Riken Cell Bank,Tsukuba,Japan)、及び神経膠芽腫患者組織から培養されたON−12神経膠腫細胞株を10%のFCS,50mMの2−メルカプトエタノール,10mMのヘペス(Hepes)(pH 7.4),2mMのグルタミン,100U/mlのペニシリン, 100μg/mlのストレプトマイシンを含むMEM培地 (Invitrogen, Tokyo,Japan)中で培養したものを試料として使用した。
【0044】
(1)U251,T98G,ON−12の各細胞を、96wellプレートに5×10ずつ細胞を播種し、24時間後に各濃度のLCAレクチンを加え、さらに24時間培養を継続した。その後、テトラカラーワン(TetraColor ONE)試薬 (Seikagaku Corporation,Tokyo, Japan)を10μl加え、4時間後に420nmの吸光度を測定後、各細胞の細胞増殖能を検討した。
【0045】
(2)U251,T98G,ON−12の各細胞1×104を培養スライド(BD Falcon,Bedford,MA)で培養し、25μg/mlのLCAレクチンを加え24時間培養後、Hoechst 33342 (bisbenzimide H33342 Fluorochrome : Calbiochem-Novabiochem. Co., CA) を10μl/ml加え、核クロマチンを蛍光顕微鏡にて観察した。
【0046】
(3)U251,T98G,ON−12の各細胞1×106を25μg/mlのLCAレクチンを加え24時間培養後、50μg/mlのヨウ化プロピジウム(Sigma, Tokyo, Japan)を用いて核染色を行い、フローサイトメトリー法にてhypodiploid DNAを測定した。
【0047】
(4)MEBSTAINアポトーシスキット(Medical & Biological Laboratories CO., Nagoya, Japan)を用いて、ビオチン化dUTPでDNA末端をニックエンドラベルし、さらにFITC標識アビジンで染色することにより、DNAの断片化を指標に、アポトーシスによる細胞死を細胞個々に検出した。具体的には、各細胞に25μg/mlのLCAレクチンを加え24時間培養後、細胞をトリプシン処理により回収し、PBS/0.2%BSA(Bovine serum albumin)で数回洗浄行い、4%PFA(paraformaldehyde)にて30分間固定を行った後、PBS/0.2%BSAで洗浄後、70%エタノール1mlを加えて、−20℃で30分間さらに固定を行った。次いで、PBS/0.2%BSAにて洗浄後、細胞沈渣に対してTdT(ターミナル・デオキシヌクレオチジル・トランスフェラーゼ)反応液を30μl加え撹拌し、37℃で1時間反応させた。次いで、PBS/0.2%BSAにて洗浄後、細胞沈渣を500μlのPBS/0.2%BSAに懸濁させフローサイトメトリー法にて測定した。
【0048】
(5)細胞内のカスパーゼ−3をFITC結合ラビット抗活性カスパーゼ−3モノクローナル抗体(BD PharMingen, Tokyo, Japan)を用いて検討した。具体的には、25μg/mlのLCAレクチンを、U251,T98G,ON−12の各細胞に加え24時間以上培養して細胞沈渣を回収した後、FITC結合ラビット抗活性化カスパーゼ−3モノクローナル抗体(BD PharMingen, Tokyo, Japan)を20μl加え撹拌し、4℃で1時間反応させた。次いで、PBS/0.2%BSAにて洗浄後、細胞沈渣を500μlのPBS/0.2%BSAに懸濁させフローサイトメトリー法にて測定した。
【0049】
上述した(1)〜(5)の細胞増殖又はアポトーシス測定の結果を図5〜9に示す。図5は、U251,T98G,ON−12細胞にそれぞれLCAレクチンを添加した時のU251,T98G,ON−12細胞の平均の生存率の結果を示すグラフである。図5からわかるように、U251,T98G,ON−12細胞はLCAレクチン添加により濃度依存性に細胞増殖能の抑制が認められた。
【0050】
図6は、T98G細胞にLCAレクチンを添加してないもの(A)と、LCAレクチンを添加したもの(B)を培養後、Hoechst 33342の蛍光色素を使用してアポトーシス細胞のクロマチンの凝集を蛍光顕微鏡下で観察した結果を示す顕微鏡写真である。図6−BのLCAレクチンを添加した細胞では、クロマチンの凝集部分に色素が集まり(矢印で示した箇所)、強い青色蛍光染色が認められた。この結果は、クロマチン凝集がアポトーシスに伴うもっとも特徴的な形態変化の一つであることから、LCAレクチンによってアポトーシスが誘導されることを示した。
【0051】
図7は、フローサイトメトリー法によるhypodiploid DNAの検出結果を示すグラフである。図7−Aは、T98G細胞にLCAレクチンを添加してないコントロール核の典型的なDNAヒストグラムであり、図7−Bは、T98G細胞にLCAレクチンを添加して培養した細胞のDNAヒストグラムである。図7に示したように核染色によりhypodiploid DNAの検討を行ったところT98G細胞では、無処置では0.29%であったが、LCAレクチンを加えると31.99%であり、LCAレクチン添加によるhypodiploid DNAの増加が認められた。
【0052】
図8は、MEBSTAINアポトーシスキットを用いたフローサイトメトリー法によるアポトーシス細胞の検出結果を示すグラフである。MEBSTAINアポトーシスキットを用いた染色によりヌクレオソームにおけるDNAの断片化の観察では、T98G細胞のLCAレクチンを添加してないもの(図8−A)では2.08%であったが、LCAレクチンを添加したもの(図8−B)では16.45%であり、LCAレクチンを添加することによりDNAの断片化の増加が認められた。この結果より、神経膠腫細胞はLCAレクチンでアポトーシスが誘導されることがわかった。
【0053】
図9は、フローサイトメトリー法による活性化カスパーゼ−3の検出結果を示すグラフである。図9−A,B,Cは、それぞれT98G,U251,ON12の各細胞におけるカスパーゼ−3陽性細胞の検出結果を示す。また、図中の実線は、LCAレクチンを添加したものを示し、破線はLCAレクチンを添加していないものを示す。T98G,U251,ON12の各細胞は、それぞれLCAレクチンを添加した場合、36.78%,23.03%,20.86%であり、LCAレクチンを添加していないものと比較し、活性化カスパーゼ−3の増加が認められた。これらの結果からわかるように、神経膠腫細胞にLCAレクチンはアポト-シスを誘導し、それはカスパーゼ経路依存性であることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脳腫瘍細胞に対してアポトーシスを誘発する医薬組成物であって、糖蛋白質のN結合型糖鎖A2G2Fに対して結合特異性を有するレクチンを有効成分として含むことを特徴とする医薬組成物。
【請求項2】
前記レクチンが、レンズマメレクチンであることを特徴とする請求項1記載の医薬組成物。
【請求項3】
前記脳腫瘍細胞が、神経膠腫細胞であることを特徴とする請求項1記載の医薬組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−126907(P2011−126907A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−55200(P2011−55200)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【分割の表示】特願2006−531442(P2006−531442)の分割
【原出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】