説明

収穫後の植物体における曝光下での植物色素合成抑制方法

【課題】曝光下において、収穫後の野菜や果物の色彩的鮮度を入手時に近い状態のまま維持するために植物色素の合成を抑制する方法を開発し、提供する。
【解決手段】580〜595nmの範囲内に波長のピークを有する光を700〜2500Lxの照度で収穫後の植物体に照射することによって、該植物体おける植物色素の合成を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、収穫後の植物体における曝光下での植物色素合成を抑制し、該植物体の色彩的外観を維持する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農作物の流通販売市場において、商品である野菜や果物の外観は、消費者の購買意欲と直接的に関連することから販売促進上、極めて重要な要素である。例えば、一般の消費者は、同一商品であれば、歪な形状のものよりも整った形状のものを、虫害の見られるものよりも見られないものを、また色合いの悪いものよりも良いものを選択する。結果として、商品の外観の良し悪しが、その商品の売り上げに多大な影響を及ぼし得る。
【0003】
商品の形状や虫害に関する外観は、商品の生産段階での問題であるが、色彩的外観は、収穫後、消費者が入手するまでの流通過程における管理上の問題であることが多い。
【0004】
商品の中には、収穫後販売までの間に色彩が変化することを想定したものがある。例えば、バナナに代表されるように未熟色の段階で収穫し、販売時までの期間に完熟色に変化させる商品が該当する。このような商品は、収穫時期及び流通ルートの確保と消費者への販売までの期間を調整することで対応できる。
【0005】
一方、収穫後の色彩変化が望ましくないものもある。例えば、ジャガイモやダイコンのように表皮の色彩が比較的淡い野菜等が挙げられる。このような商品は、収穫時の状態に近い色彩のものが、一般的に鮮度が高いと解され、曝光によって緑色を帯びた状態に変色したものは敬遠される傾向にある。特にジャガイモは、曝光によって色彩のみならず、ソラニン等のグリコアルカロイドも表皮付近で合成されるため、安全性の問題も生じ得る。曝光による色彩変化は、収穫後、消費者に販売するまでの期間、遮光して暗黒下に置くことによってある程度抑制はできるが、販売段階での曝光は、陳列によって消費者に商品を直接視認させなければならないため不可避である。そこで、曝光下で商品の色彩的外観を入手時に近い状態で維持する方法が必要となってくる。
【0006】
植物体は、収穫後であっても細胞が生存している期間は、曝光によって細胞内で植物色素を合成できる。そこで、通常は、商品を低温下に置くことで植物代謝そのものを抑制し、植物細胞内での植物色素の合成を抑える方法が採用されている。この方法は、簡便な方法ではあるが、冷蔵機能の付いた陳列ケースのような特殊な容器を必要とする点や、商品照射用の蛍光灯に要する電力に加えて冷蔵電力を要し、設備投資や電力消費量の観点からコスト的な問題があった。
【0007】
曝光による色彩的外観、特に緑化を抑える他の方法として、使用する光源の選択が考えられる。実際、様々な光源を利用した研究が古くは1937年(非特許文献1)から近年(非特許文献2)に至るまで多数行われている。日本国内においても小机ら(非特許文献3)をはじめとする研究が報告されている。しかし、これらはいずれも、単に緑化と光源の関係についての研究に過ぎず、商用光源として植物体の緑化を抑制することを目的とした研究ではない。また、多くは緑化をより促進させことを目的とした発明であり、それ故、従来の発明で使用されている蛍光灯、メタルハライドランプ、色セロファン等を使用した光源では、十分な緑化抑制効果を得ることができない。バンドパスフィルタを利用して特定波長におけるグリコアルカロイド及びクロロフィル量を調査した報告(非特許文献5)もあるが、当該報告における照射光は0.01〜2.0μmol/m2/sと非常に小さく、商用光源として利用できるレベルのものではなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Conner, H. W., 1937, Plant Physiology, 12:79-98
【非特許文献2】Machado, R. M. D., et al., 2007, Food Control, 18:503-508
【非特許文献4】小机信行, 水野進, 1990, 園芸学会雑誌, 59:673-677
【非特許文献5】Petermann, J. B. and Morris, S. C., 1985, Plant Science, 39:105-110
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、曝光下において、収穫後の野菜や果物の色彩的外観を入手時に近い状態で維持する方法を開発し、提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意研究を重ねた結果、特有の波長光域を有する発光ダイオード(Light Emitting Diode:以下、本明細書では、しばしば「LED」とする)を用いて収穫後の植物体に照射した結果、従来の主たる光源である蛍光灯による照射の場合と比較して、各植物色素の合成が抑制されることを見出した。また、当該波長の光は、従来の学説では、植物色素の合成に影響を及ぼさないとされていた黄色光域の光であることを発見した。本発明は、上記知見に基づくものであって以下を提供する。
(1)580〜595nmの範囲内に波長のピークを有する光を700〜2500Lxの照度で収穫後の植物体に照射して、曝光下での該植物体おける植物色素の合成を抑制する方法。
(2)前記光の波長範囲が波長のピークの前後15nmの範囲内である、(1)に記載の方法。
(3)前記光が黄色LEDに由来する、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記植物色素がクロロフィル及びアントシアンである、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記植物体が野菜又は果物である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記野菜が淡色系野菜、スプラウト又はイモ類である、(5)に記載の方法。
(7)(1)〜(6)のいずれかに記載の方法を用いて、曝光下で陳列された植物体の色彩的外観を維持する方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の植物色素合成抑制方法によれば、収穫後の植物体において曝光下での植物色素の合成を抑制することができる。
【0012】
また、本発明の陳列植物体の色彩的外観維持方法によれば、曝光下で商品として陳列される野菜や果物の色彩的外観を入手時に近い状態で維持することが可能となり、また商品陳列に要するコストの低減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】曝光処理に用いたLEDの波長スペクトルを示す。Aは青色LEDの波長スペクトルを、Bは緑色LEDの波長スペクトルを、Cは黄色LEDの波長スペクトルを、またDは赤色LEDの波長スペクトルを示す。各波長スペクトルにおいて、実線は強光照射時の、また破線は弱光照射時の、波長スペクトルである。
【図2】強光下で12日間光照射後のジャガイモ塊茎の表皮におけるクロロフィル含有量を示す。Y-LEDは黄色LEDを、G-LEDは緑色LEDを、R-LEDは赤色LEDを、またB-LEDは青色LEDを示す(以下、図3〜7についても同様)。
【図3】弱光下で12日間光照射後のジャガイモ塊茎の表皮におけるクロロフィル含有量を示す。
【図4】強光下で12日間光照射後のジャガイモ塊茎の表皮におけるアントシアン含有量を示す。
【図5】弱光下で12日間光照射後のジャガイモ塊茎の表皮におけるアントシアン含有量を示す。
【図6】強光下で12日間光照射後のジャガイモ塊茎の表皮におけるグリコアルカロイド含有量を示す。
【図7】弱光下で12日間光照射後のジャガイモ塊茎の表皮におけるグリコアルカロイド含有量を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.植物色素合成抑制方法
1−1.概要
本発明の第1の実施形態は、収穫後の植物体において曝光下での植物色素合成を抑制する方法である。本発明は、特定の波長範囲の光を特定の照度で収穫後の植物体に照射することを特徴とする。
【0015】
1−2.定義
本明細書において「収穫」とは、栽培した植物体の一部又は全部を適当な時期に収集することをいう。収穫後の植物体は、成長状態又は成長環境から切り離されるため、再植栽等の措置を行わない限り、通常は、その後の継続的成長を停止する。
【0016】
本明細書において「曝光下」とは、対象物が光に照射される状態にあることをいう。それ故、対象物が暗黒下に置かれている状態は、本発明には包含されない。また。本明細書における「曝光下での植物色素合成を抑制する」とは、従来使用されてきた光源である蛍光灯や太陽光による光照射と比較して、植物色素合成が相対的に抑制されることを意味するのであって、合成を完全に抑制することではない。
【0017】
本明細書において「植物体」とは、商品対象となり得る部位を含む植物個体の全部又は一部をいう。本発明において「植物」とは、シダ植物及び種子植物をいう。好ましくは種子植物である。種子植物の場合、裸子植物若しくは被子植物、又は草本類若しくは木本類は問わない。また、本発明において「商品」とは、商取引上の目的となる物であり、野菜や果物が該当する。好ましくは野菜である。「野菜」とは、草本類の植物体において食用対象となる部位であって、主として、葉部、茎部(塊茎、鱗茎を含む)、花部、根部(塊根を含む)、果実(果肉、種子を含む)が該当する。なお、食品分類上、一部の豆類や、ジャガイモ、サツマイモ、ナガイモのような芋類、及びコメ、コムギ、トウモロコシのような穀類は、野菜には包含されないが、本明細書においては、これらも野菜に含めるものとする。また、フキノトウ、ウドのような山菜も一般的には野菜には包含されないが、本明細書においては、野菜に含めるものとする。「果物」とは、木本類の果実(果肉、種子を含む)をいう。本発明の植物体として好ましい野菜又は果物は、市場流通される植物体の表面が一般的に淡い色彩のものであって、収穫後、曝光により表面の色彩が変化し易く、かつその色彩変化が販売上、望ましくないものである。具体的には、淡色系野菜(例えば、ダイコン、カブ、タマネギ、ラッキョウ、エシャロット、ハクサイ、キャベツ、カリフラワー、レンコン、ホワイトアスパラガス、ウド、フキノトウを含む)、スプラウト(モヤシ、カイワレダイコン、アルファルファを含む)、及びイモ類(ジャガイモ、ナガイモ、ツクネイモを含む)が挙げられる。
【0018】
「植物色素」とは、植物細胞内で合成される色素又は色素群をいう。本発明における「植物色素」は、発明の課題上、特に曝光によって植物細胞内での合成量が増加する色素が該当する。例えば、クロロフィル、アントシアン、カロテノイド等が挙げられる。好ましくは、クロロフィル又はアントシアンである。クロロフィルは、置換基等の違いによって、クロロフィル-a、クロロフィル-b、クロロフィル-c1、クロロフィル-c2、クロロフィル-d、クロロフィルf等に分類されるが、本発明においては、いずれのクロロフィルであってもよい。好ましくはクロロフィル-a、クロロフィル-bである。また、本発明において、アントシアンは、その配糖体であるアントシアニンを包含する。さらに、本発明において、カロテノイドは、カロチン及びキサントフィルを包含する。クロロフィル、アントシアン、カロテノイド等の植物色素は、多くの植物が有する植物色素であり、その合成経路はそれぞれの植物種においてほとんど変わらないことが知られている(R.B. Woodward, 1961, Pure and Applied Chemistry, 383-404;中嶋淳一郎他,アントシアニン生合成の生化学, 2002, 蛋白質 核酸 酵素, 47:217-224; Holton, T. A. and Cornish, E. C., 1995, Plant Cell, 7:1071-1083)。
【0019】
1−3.具体的方法
本発明の方法は、収穫後の植物体に特定の波長範囲の光を特定の照度で照射することを特徴とする。
【0020】
前記「特定の波長範囲の光」は、580〜595nmの範囲内に波長のピークを有する単色光である。好ましくは波長のピークの前後15nmの範囲内、すなわち580±15〜595±15nm(565〜610nm)の範囲内の光である。この波長範囲は、主に可視光域における黄色光域に該当する。光源は、前記範囲内に波長のピークを有するものであれば、特に限定はしない。好ましい光源として、例えば、黄色LEDが挙げられる。黄色LED由来の光は、図1Cに示すようにピーク光を有する波形で、かつ特定の波長範囲のスペクトルを示すことから、本願発明の光源に適している。一方、視覚的には黄色であっても波長スペクトルの形状が複合光の特徴を示す光源は、本発明の光源としては好ましくない。例えば、蛍光灯や白色LEDのような通常の光源に黄色フィルム(黄色セロファン等を含む)配置し、そのフィルムを介して照射される光は、波形がシグモイド曲線的な形状を示し、ピーク波長が現れない。したがって、本願発明に使用する光源は、ヒトが視覚的に認識する色で判断するのではなく、波長スペクトルの形状に基づいて判断することが望ましい。
【0021】
前記「特定の照度」は、700〜2500ルックス(Lx)の範囲内である。700Lx未満では、ヒトの目には暗く感じるため、商品陳列用のための光照射の目的を達することができず、好ましくない。また、2500Lxを超える照度は、必要以上の明るさであるのに加えて、電力コスト面を考慮すると好ましくない。好ましい照度範囲は、750〜2200Lx、より好ましい照度範囲は、800〜2000Lxである。照射は、連続照射である必要はなく、数分〜十数時間の暗期を1回以上含む間欠的照射であってもよい。照射時間は、特に制限はしない。ただし、本発明の方法は、曝光下において、通常の光源による照射と比較して植物色素の合成を遅延させるものであって、植物色素合成を完全に抑制する方法ではない。長期に亘る照射になれば発明の効果が薄れ得ることや、収穫後の野菜や果物が消費者の手に渡るまでの期間が通常1週間以内、遅くとも10日以内であることを鑑みれば、過度の長時間照射は、発明の実施上無意味である。したがって、通常の照射時間は、総照射時間で360時間(24時間照射で15日間に相当)以内、好ましくは300時間(24時間照射で12日半に相当)、より好ましくは240時間(24時間照射で10日間に相当)、さらに好ましくは170時間(24時間照射でおおよそ7日間に相当)以内であればよい。
【0022】
(効果)
本発明によれば、曝光下における収穫後の植物体の植物色素の合成を抑制することができる。
【0023】
2.陳列植物体の色彩的外観維持方法
2−1.概要
本発明の第2の実施形態は、曝光下で陳列された植物体の色彩的外観を維持する方法である。本発明の方法は、陳列商品である植物体に光照射する際に、前記第1実施形態の方法を用いることで、植物体の色彩的外観を維持することを特徴とする。
【0024】
2−2.定義
「陳列された植物体」とは、主として消費者に対する譲渡等を目的とした展示のために並べられる植物体をいう。具体的には、商品植物を販売するため、消費者が視認し、選択しやすいように陳列棚、陳列ケース、又は陳列台等に並べられた植物をいう。
【0025】
本明細書において「色彩的外観」とは、外部から直接視認できる植物体の色彩、つまり、陳列された植物体の見かけ上の色を示す。少量の土等の汚れが付着した状態であってもよいが、原則として、その植物体の外部表皮の色彩、又は植物体が切断されている場合には、外部表皮と共に外部に露出したその切断内部の色彩を含む。
【0026】
「色彩的外観を維持する」とは、植物体の色彩的外観が変化しないように、その植物体の収穫時又は仕入れ時等を含む入手時の色彩的外観を保持し続けることをいう。
【0027】
2−3.具体的方法
本発明の方法は、陳列された植物体に第1実施形態に記載した方法に基づいて光照射を行うことを特徴とする。植物体への光照射方法は、上記第1実施形態に記載の波長範囲の光を上記照度範囲で照射できる方法であれば、特に限定はしない。本発明の目的の一つが、商品陳列であることを鑑みれば、光源を、例えば、上方向、斜上方向及び/又は側方向に設置して商品に直接照射する方法が挙げられる。または、光源からの光を一以上の適当な反射板(鏡を含む)を介して間接的に照射する方法であってもよい。
【0028】
なお、565〜610nmの範囲以外の波長の光には、植物色素の合成抑制効果がみられないのみならず、逆に合成を促進する作用を有する可能性がある。それ故、本実施形態においては、そのような波長を有する光が植物体に照射されることは、原則として望ましくない。しかし、商品を陳列する実際の実施現場においては、565〜610nmの波長範囲以外の光を包含する日光由来の光や室内照明用光源(例えば、天井に設置された蛍光灯等)由来の光が周囲から必然的に差し込むことが一般的である。また、それらの光を完全に遮断することは、通常困難である。したがって、植物体に照射する光に565〜610nmの範囲以外の波長の光が混入しても構わない。ただし、主たる照射光の波長範囲は、565〜610nmの範囲であって、それ以外の波長の光照射は可能な限り低減させることが好ましい。例えば、植物体に最も近い位置に565〜610nmの波長範囲の光を発する光源を設置し、その範囲以外の波長を有する光を発する光源を植物体からより遠い位置に設置する方法や、室内照明用の光源を全て565〜610nmの波長範囲の光を発する光源にする方法が挙げられる。
【0029】
本発明の陳列植物体の色彩的外観維持方法を、他の一以上の植物色素合成抑制方法と組み合わせてもよい。他の植物色素合成抑制方法として、例えば、収穫後の植物体を15℃以下、好ましくは10℃以下の温度下に置く従来の方法が挙げられる。
【0030】
(効果)
本発明の陳列植物体の色彩的外観維持方法によれば、曝光下における収穫後の野菜や果物の色彩的外観を入手時に近い状態で維持することが可能となる。
【0031】
また、曝光用光源に黄色LEDを使用することで、従来の陳列用光源であった蛍光灯に比べて消費電力を抑制でき、かつ交換頻度を低減することが可能となるため、コストダウンにつながり得る。
【実施例】
【0032】
<実施例1:各色波長光域の光によるクロロフィル合成の抑制能>
クロロフィルの合成を抑制する波長光域を見出すため、特有の波長スペクトルを有する各種LEDを用いて、その光(単色光)を収穫後の植物体に照射し、クロロフィル合成量を検証した。
【0033】
1.材料
植物体には、ジャガイモ塊茎を用いた。これは、ジャガイモ塊茎が収穫後の曝光によって色彩が変化しやすい代表的な野菜であり、また曝光により色彩変化のみならず、グリコアルカロイドが合成される等、食品の安全面からも本発明の例示として適当だからである。ジャガイモ塊茎には、収穫後、遮光下約で1ヶ月間、5℃にて貯蔵した3品種(メークイン、さやか、らんらんチップ)を使用した。
【0034】
光源には、青色LED、緑色LED、黄色LED、赤色LED、及び対照用として蛍光灯を使用した。各LEDの有する波長スペクトルを図1A〜Dに示す。
【0035】
2.方法
(1)曝光処理
曝光処理は、天板に各光源を設置した暗箱(50cm×40cm×40cm)内で行った。各暗箱にはLEDを20個×20列の計400個設置した。蛍光灯の曝光処理は天井に蛍光灯を10本設置した1.7m×1.7m×2.2mの恒温室内にて行った。
【0036】
箱内底部にジャガイモ塊茎を3品種、5個ずつ配置し、20±1℃で24時間連続照射する明条件下で12時間曝光を行った。LEDによる曝光は、強光及び弱光の2パターンで検証した。各LEDの強光及び弱光における照度を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
また、対照用として、ジャガイモ塊茎5個を光源のない暗箱で、曝光以外、同一の条件で処理した。
【0039】
(2)クロロフィル分析
(1)の処理を行ったジャガイモ塊茎の表皮を厚さ約1mmで剥皮し、直径3mmのコルクボーラを用いて試料ディスク520±50mg作製した。続いて、その試料ディスクを凍結乾燥機(FREEZE DRYER FD-550, 東京理化学器械)内で24時間凍結乾燥させ、水分を約70%除去した。なお、曝光処理から凍結乾燥処理までは、20℃、照度800Lxの蛍光灯下で手早く行った。次に、凍結乾燥させた試料ディスクを磨砕し、50mgを供試試料として2mLチューブに入れ、N,N-ジメチルホルムアミドを1.5mL添加して、24時間暗所に静置してクロロフィルを抽出した。その後、4℃下、2500Gで15分間遠心分離を行い、上澄液1mLを回収した。上澄液の647nm及び664.5nmにおける吸光度を分光光度計(Spectrophotometer U-1800、日立製作所)を用いて測定した。クロロフィル(Chl)含有量は、Inskeep及びBloomによる式:Chl=1790A647+8.08A664.5(Inskeep & Bloom, 1985, Plant Physiol., 77:483-485)を用いて算出した。
【0040】
3.結果
図2及び3に結果を示す。図2は強光照射の、また図3は弱光照射の結果である。いずれも曝光処理を行ったサンプルでは、全ての品種で対照の非曝光サンプルと比較して有意にクロロフィル含有量が増加していた。この結果から、ジャガイモ塊茎では、収穫後も曝光によって表皮付近でクロロフィルが合成されることが確認された。収穫後のクロロフィル合成量は、曝光サンプルのクロロフィル含有量と非曝光サンプルのクロロフィル含有量の差に相当する。
【0041】
曝光処理を行ったサンプルでは、黄色LEDと緑色LEDで照射したときが、品種又は強光若しくは弱光照射を問わず、従来光源である蛍光灯と比較して有意にクロロフィル量が低かった。すなわち、黄色LEDと緑色LEDによる照射は、蛍光灯照射と比較して収穫後のクロロフィル合成量の抑制効果を有することが明らかとなった。一方、青色LEDにはそのような抑制効果は見られず、また赤色LEDは、品種によって効果に差が生じた。
【0042】
以上の結果から、収穫後の野菜や果物において曝光により新たに合成されるクロロフィル量を抑制させるには、蛍光灯よりも黄色LED又は緑色LEDの使用が有効であることが判明した。また、前述のように、クロロフィルの合成経路は、植物において共通していることから、この結果は、ジャガイモのみならずクロロフィルを合成する他の全ての植物種についても該当し得ることが推測される。
【0043】
<実施例2:各色波長光域の光によるアントシアン合成の抑制能>
アントシアンの合成を抑制する波長光域を見出すため、特有の波長スペクトルを有する各種LEDを用いて、その光(単色光)を収穫後のジャガイモ塊茎に照射し、アントシアン合成量について検証した。
【0044】
1.材料
実施例1と同様の材料を用いた。
【0045】
2.方法
【0046】
(1)曝光処理
各サンプルについて、実施例1と同様に曝光処理を行った。
【0047】
(2)アントシアン分析
(1)の処理を行ったジャガイモ塊茎の表皮を厚さ約1mmで剥皮し、直径5mmのコルクボーラを用いて試料ディスクを100±50mg作製した。続いて、その試料ディスクを2mLチューブに入れて、3%ギ酸を1.5mL添加した。次に、チューブミキサを用いて、チューブ内の試料ディスクを破砕し、24時間暗所にて静置し、アントシアンを抽出した。その後、4℃下、2500Gで15分間遠心分離を行い、上澄液1mLを回収した。上澄液の505〜520nm及び520〜535nmにおける吸光度を分光光度計(SPECTROPHOTOMETER DU-7400、Beckman Coulter, Inc.)を用いて測定した。アントシアン含有量は、505〜520nmにおける最大値を換算式:赤系色素=(λmax505-520 nm×希釈率/1.5586)×0.16に、また520〜535nmにおける最大値を換算式:紫系色素=(λmax520-535 nm×希釈率/0.5458)×0.17に、それぞれ代入して算出した。
【0048】
3.結果
図4及び5に結果を示す。図4は強光照射の、また図5は弱光照射の結果である。いずれも曝光処理を行ったサンプルは、対照である非曝光サンプルと比較すると、その多くにおいてアントシアン含有量が有意に増加していた。この結果から、ジャガイモ塊茎では、収穫後も曝光によって表皮付近でアントシアンが合成されることが確認された。収穫後のアントシアン合成量は、曝光サンプルのアントシアン含有量と非曝光サンプルのアントシアン含有量の差に相当する。
【0049】
曝光処理を行ったサンプルでは、黄色LED、緑色LED及び赤色LEDで照射したときが、品種又は強光弱光を問わず、蛍光灯照射と比較して有意にアントシアン合成量が低かった。すなわち、黄色LED、緑色LED及び赤色LEDによる照射は、蛍光灯による照射と比較して、収穫後の曝光処理によるアントシアン合成量の抑制効果を有することが明らかとなった。一方、青色LEDは、品種によって効果に差が生じていた。
【0050】
以上の結果から、収穫後の植物体において曝光により新たに合成されるアントシアン量を抑制させるには、蛍光灯よりも黄色LED、緑色LED又は赤色LEDの使用が有効であることが判明した。また、前述のように、アントシアンの合成経路は、植物において共通していることから、この結果は、ジャガイモのみならずアントシアンを合成する他の全ての植物種についても該当し得ることが推測される。
【0051】
<実施例3:各色波長光域の光によるグリコアルカロイド合成能の検証>
実施例1及び2の結果から黄色LED又は緑色LEDによる照射が収穫後の植物体における植物色素(クロロフィル及びアントシアン)の合成を抑制させる上で有効であることが判明した。
【0052】
ところで、ジャガイモ塊茎は、曝光によってソラニンのようなグリコアルカロイドを表皮付近で合成することが知られている。黄色LED又は緑色LED照射した場合に、たとえ植物色素の合成を抑制できても、蛍光灯照射と比較して、グリコアルカロイドがより多く合成されるようでは、食品安全上、発明の実施が困難となる。
【0053】
そこで、実施例1及び2と同様の曝光処理を行ったジャガイモ塊茎のグリコアルカロイドの合成量について検証した。
【0054】
1.方法
(1)曝光処理
各サンプルについて、実施例1と同様の曝光処理を行った。ただし、曝光処理は、植物色素合成の抑制効果が見られた黄色LED及び緑色LED、並びに対照の蛍光灯及び非曝光のみで行った。
【0055】
(2)グリコアルカロイド分析
(1)の処理を行ったジャガイモ塊茎の表皮を厚さ約1mmで剥皮し、直径5mmのコルクボーラを用いて試料ディスクを100±10mg作製した。続いて、その試料ディスクを2mLチューブに入れて、0.1%ギ酸,80%MeOH水溶液を1mL添加した。次に、φ5mmのジルコニアビーズを加え、ミキサーミルを用いて、1/25秒で5分間、向きを入れ替え2回破砕した。この操作によって、溶液中にグリコアルカロイドを含む成分を抽出した。その後、4℃下、2500Gで15分間遠心分離を行い、上澄液25μLを回収した。上澄液に0.1ギ酸を475μL加えて、測定試料を調整した。測定試料をバキュームポンプで吸引濾過し、LC-MS(LCMS-2010EV、島津製作所)により成分分析を行った。なお,分析条件は、以下の通りである。
・カラム:XBridge C18 2.1×150nm,粒径5μm
・流速:0.2 mL/分
・カラムオーブン:40℃
・プローブ:ESl,SIMモード
・溶媒A:10mM炭酸水素アンモニウム(pH10)、溶媒B:アセトニトリルを2:3
・注入量10μL
・分析時間:14分(ソラニン:9.5分、チャコニン:11.5分)
【0056】
2.結果
図6及び7に結果を示す。図6は強光照射の、また図7は弱光照射の結果である。いずれも曝光処理を行ったサンプルでは、非曝光サンプルと比較してグリコアルカロイド量が有意に増加していた。したがって、ジャガイモ塊茎は、収穫後も曝光によって表皮付近でグリコアルカロイドを合成すること、及びその合成は、黄色LED及び緑色LEDによる照射では抑制できないことが判明した。なお、これらの曝光サンプルのグリコアルカロイド含有量と非曝光サンプルのグリコアルカロイド含有量の差がジャガイモ収穫後のグリコアルカロイド合成量に相当する。
【0057】
一方、黄色LED照射サンプル又は緑色LED照射サンプルは、蛍光灯照射サンプルと比較して、グリコアルカロイド含有量に有意な差は見られなかった。この結果は、黄色LEDや緑色LEDによる照射はグリコアルカロイド合成を抑制することはできないものの、収穫後の曝光による合成量は一般的な光源である蛍光灯照射による合成量と同程度であることを示している。つまり、黄色LEDや緑色LEDを用いても、蛍光灯と比較して食品の安全性が損なわれることはないことが立証された。
【0058】
実施例1〜3の結果をまとめると、収穫後の植物体における植物色素の合成を抑制させるには蛍光灯よりも黄色LED又は緑色LEDの使用が有効であることが判明した。また、これらのLEDの使用によるグリコアルカロイドの合成量は、蛍光灯使用と同程度であることも判明した。
【0059】
ところで、本発明は、収穫後の植物体における植物色素を抑制するという物質的な効果と共に、ヒトがその植物体を見た際に、収穫時に近い色彩を有していると認識できる視覚的効果を有することが必要である。たとえ中身がよくても見かけが悪ければ消費者の購買意欲は惹起されず、本発明の目的を十分に達し得ないからである。ここで、緑色LEDの照射光に照射された物質は、緑色に照らし出される。それ故、緑色LEDの照射光は、植物色素を抑制する物質的効果を有するが、視覚的効果を有さないこととなり、本発明の方法に用いる光源としては不適である。一方、黄色LEDの照射光は、明るい黄色であり、単色LEDの中では太陽光や昼白色の蛍光灯の光に近い。それ故、物質的効果と共に視覚的効果も有する。
【0060】
したがって、黄色LED由来の光が有する波長範囲の光を植物体に照射することが、収穫後の植物体における植物色素の合成を抑制し、グリコアルカロイドの合成量を蛍光灯と同程度に留め、かつ植物体の色彩的外観を収穫時の色彩に近い色彩で認識されるようにする上で、最も適当であることが立証された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
580〜595nmの範囲内に波長のピークを有する光を700〜2500Lxの照度で収穫後の植物体に照射して、曝光下での該植物体おける植物色素の合成を抑制する方法。
【請求項2】
前記光の波長範囲が波長のピークの前後15nmの範囲内である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記光が黄色発光ダイオードに由来する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記植物色素がクロロフィル及びアントシアンである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記植物体が野菜又は果物である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記野菜が淡色系野菜、スプラウト又はイモ類である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法を用いて、曝光下で陳列された植物体の色彩的外観を維持する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−34399(P2013−34399A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−170925(P2011−170925)
【出願日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】