説明

向精神薬

【課題】副作用の心配の無い、新規な向精神薬を提供する。
【解決手段】パンテチン類を有効成分とする向精神薬。特に、パンテチン、パンテテイン、パントテン酸、パンテノールおよびこれらの塩よりなる群から選ばれる1以上の化合物を有効成分とする向精神薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ビタミンの一種であるパンテチン類を有効成分とする、躁症状の改善、多動症の抑制、不安、不眠、いらいらなどの神経的緊張を緩和するための、向精神薬に関する。
【背景技術】
【0002】
「ストレス」という言葉が、年齢、性差、仕事の種類などの違いを超え、広く現代人に対して日常的に用いられているように、ストレスは、現代人の生活の様々な場面で経験される負荷である。
【0003】
特に、精神的なストレス、あるいは肉体的な不快な刺激を通じて生じる精神的なストレスが動物に蓄積されると、その動物は、塞ぎ込み、不安、脱力感や行動萎縮などの行動抑制型応答(鬱症状)、あるいは、気の昂ぶり、多動、攻撃的行動などの行動発散型応答(躁症状)を示すことがあり、その結果、不眠、過敏、いらいらなどに悩むことが多い。
【0004】
また、神経生理学的な原因により鬱あるいは躁症状を示す神経性疾患、特に一般に躁鬱症と呼ばれる精神性疾患に悩む患者も多い。躁鬱症とは、気分が高揚して自己の行動や思考の制御が困難となる躁状態と、気分的に抑圧され、不安や無気力感によって行動量が減少する鬱状態を繰り返す病気である。
【0005】
さらに、近年、集中力に欠け、衝動的で、落ち着きが無く、学校教育現場で問題になる子のうちで、特に程度の強いものとして、多動性症候群または注意欠陥多動性障害(ADHD = attention deficit hyperactivity disorder)と呼ばれる児童が増加傾向にある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ストレス性あるいは神経性の躁鬱性精神疾患に対しては、ストレスの原因を一時的にあるいは根本的に取り除く、あるいはカウンセリングを受けるなどの他、実に様々な対処法が考案されている。しかし、比較的軽微な症状であれば症状が改善されることもあるが、もとより根本的なストレス原因の除去が現実的ではない場合が多く、また相当の時間と手間を要する等の問題がある。
【0007】
また、精神性疾患に対して向精神薬等の薬物投与による治療も広く行われている。鬱症状については、かかる症状に悩む患者も多いことから、鬱症状改善薬も多数開発されている。しかし、その殆どは、投与量に依存して反対の作用を呈する恐れがあり、また依存性の強い薬物であるなど、簡便に用いることのできる薬物ではない。
【0008】
躁症状に対して利用可能な薬物については、鬱症状に対する薬物と比較すると、選択肢が少ないという問題も残っている。また、抗躁薬としては、炭酸リチウムが第一選択薬として認知されている他、バルブロ酸ナトリウム、カルバマゼピン、クロナゼパム等が挙げられるが、これらは効果発現量と副作用発生量との差が少ない為、服用において厳格なコントロールが要求される他、胃腸障害、運動障害、めまい、発汗、発熱、頭痛、多尿の他、重い心筋障害や腎障害の副作用が報告されている。
【0009】
さらに、ADHDに対する治療薬としては、広く塩酸メチルフェニデートが用いられているが、依存性が強く耐性も獲得され易い薬物である。特に対象患者が子供であることもあり、塩酸メチルフェニデートを始めとする安直な向精神薬処方についての危惧なども指摘されている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、躁症状を呈する実験動物に対して改善作用を示す物質の探索研究を行った結果、意外にも、ビタミンB群の一種として広く知られているパンテチンが、ストレス等によるいらいらや興奮状態、さらには多動行動を沈静化させる作用を有していることを見いだし、本発明を完成した。
【0011】
すなわち本発明は、パンテチン類を有効成分とする向精神薬であり、例えば、パンテチン、パンテテイン、パントテン酸、パンテノールおよびこれらの塩よりなる群から選ばれる1以上のパンテチン類を有効成分とする向精神薬である。特に、抗躁薬、抗ADHD薬、あるいは鎮静剤として利用される向精神薬に関する。
【0012】
従来、パンテチンは細胞内での糖質や脂肪の燃焼に関与する成分であり、医薬としては、補酵素Aの前駆物質として、消耗性疾患、甲状腺機能亢進症、パントテン酸の欠乏または代謝障害が関与すると推定される高脂血症ならびに弛緩性便秘、ストレプトマイシンならびにカナマイシンによる副作用の予防および治療、急慢性湿疹、血液疾患の血小板数ならびに出血傾向の改善等に利用されている。しかしながら、パンテチンの、精神性疾患、特に躁症状やADHDに対しての改善効果を示唆した報告はみあたらない。
【0013】
また、パンテチンは、2分子のパンテテイン(N−D−パントテノイル−β−アミノエタンチオール)がジスルフィド結合することで生成される化合物であるが、このパンテテインはパントテン酸が酵素的活性化を受けることにより生成され、さらにパントテン酸はパンテノールから生成される。これらの反応は何れも生体内で進行するものであり、従って、本発明においては、パンテチンのみならず、パンテテイン、パントテン酸、パンテノールおよびこれらの塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩をも利用することができる。
【0014】
本発明のパンテチンの効果は、断眠負荷ストレスを受けたマウスを用いて実証される。
【0015】
この断眠負荷は、適当な深さの水で周囲を囲んだ円柱上に摂食自由の状態に20時間おいた後に、ケージに戻して4時間休息させるという方法(プラットフォーム法)により、マウスに与えられる負荷である。ここで、マウスを置く円柱の面積を狭くすることで、マウスに躁症状を発症させることができる。
【0016】
例えば、水深4cmの中に置いた直径2cmの円柱上で、マウスに対して断眠負荷を与える(narrow platform法、NP法とする)と、このマウスは顕著な自発運動量の増加、強制水泳試験における無働時間の短縮、Animex装置を用いた自発運動量の増加、回転棒法(Dunhanら、J. Am. Pharm. Ass., 第46巻、208〜209頁、1957年)における落下までの時間の延長、一定時間内の自発的ジャンプ回数の増加、等が観察される。この様な症状は、躁状態の患者に認められる行動パターンである。以下、この躁症状を呈するに至ったマウスを躁モデルマウスと称する。
【0017】
また、この躁モデルマウスは、警戒心が強く、攻撃的で、些細な刺激に対して過敏な反応を示し、終始落ち着きが無い、などの症状も明確に示すようになる。これらの症状は、注意欠陥他動性症候群(ADHD)の症状と極めて類似するものであり、ADHDのモデル動物としての意義も併せ持つ。
【0018】
さらに、この躁モデルマウスは、断眠負荷による睡眠不足状態にあるにも拘わらず、興奮状態の為に眠りにつくことができず、ストレス誘発性不眠症状も呈することから、いわゆる被ストレスモデル動物としても捉えることができる。
【0019】
従って、かかる躁モデルマウスに対して、あるいは断眠負荷を受けているマウスに対して投与されることにより、上記に掲げた症状を改善することのできる物質は、抗躁薬、抗ADHD薬あるいは各種ストレスに対する鎮静剤として利用可能な薬物であると評価することが可能である。
【0020】
パンテチンは、NP法による断眠負荷を受けているマウスに対して、27〜133mg/kg体重/日のレベルで投与されると、同負荷により生じる自発運動量(ジャンプ回数)の増加を有意に抑制することができる。この自発運動量(ジャンプ回数)の増加抑制の効果は、抗躁薬としての第一選択薬である炭酸リチウムを2〜4mEq/kg体重/日投与したときの効果と、ほぼ同等である。
【0021】
また、抗ADHD薬として広く利用されているメチルフェニデートと比較した場合にも、上記のパンテチンの投与効果は、メチルフェニデートを0.01〜0.1mg/kg体重/日投与したときの効果と、ほぼ同等である。
【0022】
一方、かかるパンテチンの投与レベルでは、パンテチンが何らかの不都合な副作用を与えるとの報告はなされていない。
【0023】
従って、パンテチンは、炭酸リチウムやメチルフェニデート等の向精神薬に匹敵する薬効を示すと同時に、かかる向精神薬に比較して副作用の恐れの無い、躁症、ADHDに対して極めて安全な向精神薬として利用可能な薬物であるということができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の向精神薬は、副作用の恐れの無い、躁症、ADHDに対して極めて安全な向精神薬として利用可能な薬物である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
パンテチン、パンテテイン、パントテン酸、パンテノールおよびこれらの塩は、医薬または試薬として精製品が広く製造販売されており、容易に入手可能な化合物である。
【0026】
また、本発明の向精神薬としてパンテチン、パンテテイン、パントテン酸、パンテノールおよびこれらの塩のいずれか1以上を用いる際には、化合物自体を直接投与しても、あるいは錠剤、顆粒剤、徐放剤、液剤等の任意の剤形に加工して投与しても、あるいは経口投与でも静脈注射等でも、いずれでもよい。すなわち、本発明においては、患者に投与する際の剤形、投与方法その他に格別の制限は無く、必要に応じて適当な賦形剤や希釈剤、その他の配合物、さらには他の生理活性成分を適宜加え、所望の各剤形に加工し、利用すればよい。
【0027】
投与量は、概ね1〜2000mg/日、好ましくは5〜1000mg/日の範囲内で、患者の性別、年齢、症状の度合い等に応じて調整すればよい。
【0028】
以下、本発明の向精神薬の有効性について、実施例を挙げて説明する。
【実施例】
【0029】
(1)実験動物ならびに断眠負荷
実験開始時の体重が19〜21gのddY系雄性マウスを使用し、実験に供するまで室温22±2℃、湿度55±10%、明暗12時間サイクル(8:00〜20:00)の一定条件下で、固形飼料及び水道水を自由に摂取させた。
【0030】
NP法は、透明なプラスチックケージ(縦17.3cm×横24.3cm×高さ12.7cm)に円柱(直径2cm、高さ4.8cm)を固定し、4cmの高さまで水を満たし、個別にマウスを20時間その円柱上に乗せた後、個々の飼育時のケージに4時間戻すという断眠負荷を与えた。この20時間の断眠及び4時間の休憩で1日負荷(1セット)とした。また、ケージのまま飼育したマウスをコントロールとして用意した。なお、NP法、コントロールの何れも、マウスには摂食及び摂飲を自由に行わせた。
【0031】
(2)評価方法
1)強制水泳試験(Forced swimming Test:FST)
FSTはPorsoltら(Arch Int Pharmacolodyn Ther. 第229巻、327-336頁、1977年)の方法に準じて行った。
【0032】
マウスを、9cmの高さまで25℃の水を入れたガラス製の1000mlビーカー(直径11.5cm、高さ14.5cm)の中で、個別に15分間強制的に泳がせた。その後マウスを乾燥させて、所定の断眠負荷を与えた後、再び5分間の強制水泳を上記と同条件で行い、無動状態(immobility)、もがき(struggle)、及び水泳(swimming)の各累計時間(秒)を5分間に渡って測定した。
【0033】
2)回転棒法(Rota-rod Test)
Dunhanら(J. Am. Pharm. Ass., 第46巻、208〜209頁、1957年)の方法に準じて行った。毎分15回転の速度で回転する直径3cmの木製水平棒上にマウスを回転方向と逆方向に乗せ、5分間の訓練の後、3分以上棒上に留まるものをあらかじめ選び、以下の実験に供した。
【0034】
断眠負荷直後にマウスに蒸留水を投与し、30分間放置した後、上記条件の回転棒に乗せ、動物が回転棒上から落下するまでの時間(秒)を測定した。最大延長時間を300秒として、1匹のマウスにつき3回の測定を行い、測定間には4分間の休憩を与えた。3回の測定値の平均を算出した。
【0035】
3)自発運動量の測定
自発運動量の測定は、Animex装置を用いて行った。断眠負荷解除後、及び解除後24時間経過後のマウスを1匹ずつ透明なプラスチックケージ(縦17.3cm×横24.3cm×高さ12.7cm)に入れ、15分間環境に適応させた後、蒸留水または薬物投与を行い、120分間の運動量を測定した。
【0036】
4)ジャンプ回数(jumping behavior)の測定
断眠負荷解除直後のマウスに蒸留水または薬物を投与し、15分間放置した後、2000mLプラスチック製メスシリンダー(直径10cm、高さ46cm)にマウスを入れて、ジャンプの回数を5分毎に60分間測定した。4cm以上のジャンプを1回として測定した。
【0037】
5)統計処理
実験結果は平均値(mean)と、標準誤差(S.E.M.)で示した。有意差検定は、2群間の比較にはMann-Whitney U-testを用いて、多重比較の際には、分散分析post hoc test 処理後、Fisher’s PLSDの検定に従った。危険率5%以下を有意差ありと判定した。なお、この検定にはStat view-J 5.0 for Macintoshを用いた。
【0038】
(3)結果
1)断眠負荷の効果
NP法、コントロールそれぞれ3セットの断眠負荷を与え、断眠負荷解除直後、マウスに蒸留水を投与して30分間放置した後、5分間の強制水泳試験を行ったところ、NP法によるマウスで有意な無動状態の短縮及び水泳時間の延長が認められ、もがきでは有意な差は認められなかった(図1)。
【0039】
また、NP法により調製したマウスは、コントロールマウスに比較して、3セットの断眠負荷後において、NP法によるマウスにおいて有意な自発運動量の増加が、それぞれ認められた(図2)。さらに、5セットの断眠負荷解除直後において、NP法によるマウスにおいて有意な自発運動量の増加が認められた(図3)。
【0040】
さらに、3セットの断眠負荷解除直後のマウスを回転棒法で評価すると、NP法により3日間の断眠負荷を与えたマウスで、コントロールマウスに比較して、回転棒上に留まっている時間が有意に減少した(図4)。
【0041】
以上から、NP法による断眠負荷を与えたマウスでは、自発運動、ジャンプ回数いずれも顕著に増加し、また回転棒上に長く留まれないなど、躁症状を呈していることが分かる。
【0042】
2)パンテンチンの効果
パンテチンの投与による抗躁効果を自発運動量(ジャンプ回数)の変化で調べた。毎回の断眠負荷の開始直前と解除直後に、パンテチン133、200あるいは300mg/kg体重/日を投与しながら、NP法により3セットの断眠負荷を与え、さらにジャンプ回数の測定15分前に最終投与を行って、ジャンプ回数の変化を調べた。
【0043】
比較対象として、炭酸リチウムを2モル当量/kg、2.83モル当量/kg及び4モル当量/kg、またメチルフェニデートを0.01mg/kg体重、0.1mg/kg体重を、それぞれパンテチンと同様にして投与しつつNP法により断眠負荷を与えたマウスを用意し、それぞれのジャンプ回数を調べた。
【0044】
比較対象である炭酸リチウム、メチルフェニデートを投与したマウス群では、用量依存的かつ有意にジャンプ回数が減少しており、これらの薬物の抗躁効果が確認された(図5−a、c)。
【0045】
この比較対象に対して、パンテチンを投与したマウス群でも、用量依存的かつ有意にジャンプ回数が減少した(図5−b)。この結果は、パンテチンは、炭酸リチウムやメチルフェニデートと同様に、抗躁効果、抗ADHD効果、鎮静作用を有していることを示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】断眠負荷を与えたマウスについての強制水泳試験の結果を示す。
【図2】3セットの断眠負荷を与えたマウスの自発運動量の変化を示す。
【図3】5セットの断眠負荷を与えたマウスの自発運動量の変化を示す。
【図4】断眠負荷を与えたマウスについての回転棒法試験の結果を示す。
【図5】NP法による断眠負荷を与えたマウスに対する、パンテチンのジャンプ回数増加抑制効果を示す。図5−aはメチルフェニデート投与の、図5−bはパンテチン投与の、図5−cは炭酸リチウム投与の効果をそれぞれ示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パンテチン類を有効成分とする向精神薬。
【請求項2】
パンテチン、パンテテイン、パントテン酸、パンテノールおよびこれらの塩よりなる群から選ばれる1以上の化合物を有効成分とする、請求項1に記載の向精神薬。
【請求項3】
抗躁薬である、請求項1または2に記載の向精神薬。
【請求項4】
抗ADHD薬である、請求項1または2に記載の向精神薬。
【請求項5】
鎮静剤である、請求項1または2に記載の向精神薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−104157(P2006−104157A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−295228(P2004−295228)
【出願日】平成16年10月7日(2004.10.7)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Macintosh
【出願人】(000002831)第一製薬株式会社 (129)
【Fターム(参考)】