説明

吸湿性アクリル系繊維布帛及びその製造方法

【課題】アクリル繊維の実用的な強度を維持したままで、吸湿性のアクリル繊維を含む布帛を得ること。
【解決手段】アクリロニトリルを80重量%以上含むアクリル系繊維にヒドラジン化合物による架橋処理を行い、得られた架橋アクリル系繊維を単独又は他の繊維と混合して糸条とし、次いでこの糸条を用いて布帛を形成し、その後得られた布帛をアルカリ処理することからなる吸湿性アクリル系繊維を含む布帛の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸湿性のアクリル系繊維を含む布帛及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アクリル系繊維は最も汎用されている合成繊維の一つであるが、通常のアクリル系繊維の吸湿率は1〜2重量%程度と、木綿などの天然繊維に比べ低いものである。このようなアクリル系繊維について吸湿性を改良し、衣料、寝装分野への適用が可能な繊維素材とすることが望まれている。
【0003】
アクリル系繊維へ吸湿・放湿性を付与するために、ヒドラジンによる架橋構造を導入し、次いで、ヒドラジン架橋処理後の繊維中に残存するニトリル基を、カルボキシル基又はカルボキシル基の金属塩に変換することによって、架橋アクリル系吸湿繊維とすることが知られている。そして、得られた架橋アクリル系吸湿繊維は、20℃、65%RHでの飽和吸湿率が25〜50重量%と、非常に高い吸湿能力を示すものも知られている。
【特許文献1】特開平5−132858号公報
【特許文献2】特開平9−59872号公報
【特許文献3】特開平11−81130号公報
【特許文献4】特開2000−265365号公報
【特許文献5】特開2001−40576号公報
【0004】
しかし、かかる方法においては、アクリロニトリルのニトリル基の一部をヒドラジンにより架橋し、その後ニトリル基の一部をアルカリにより加水分解するものであるが、この過程での反応条件が厳しく、その結果、元来の繊維強度を相当に低下させるため、通常衣料用に供給されているアクリル系繊維を出発原料繊維に使用した場合、得られる吸湿繊維の乾強度は2.0g/d未満となり、紡績性、特に紡績工程のカーディング時にスライバー切れが発生し易く、実質的に紡績工程に供することが出来ないという問題がある。
【0005】
架橋アクリル系吸湿繊維の高強度化のためには、出発原料繊維として、超高分子量のアクリル重合体を使用した高強度アクリル繊維を使用する方法があるが、この方法によると、原料繊維自体が高価になるという問題点を含んでいる。即ち超高分子量の重合体の紡糸には、乾湿式などの紡糸法を採用しなければならず、このような紡糸方法は特殊なもので生産効率が悪いため生産量も低く、コスト高になる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者は、アクリル繊維をヒドラジンなどで架橋し、その後、苛性ソーダなどのアルカリ剤で加水分解する方法で、吸湿性のアクリル繊維を得る従来の方法を改良し、アクリル繊維の実用的な強度を維持したままで、吸湿性のアクリル繊維を含む布帛を得ることを課題として鋭意検討し、本発明に至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の課題は、アクリロニトリルを80重量%以上含むアクリル系繊維にヒドラジン化合物による架橋処理を行い、得られた架橋アクリル系繊維を単独又は他の繊維と混合して糸条とし、次いで該糸条を用いて布帛を形成し、その後該布帛をアルカリ処理することを特徴とする吸湿性アクリル系繊維を含む布帛の製造方法で達成される。
【0008】
現状の、アクリル繊維に吸湿性を付与するための方法は、アクリル繊維をヒドラジンなどで架橋しその後、苛性ソーダなどのアルカリ剤で加水分解する方法であり、それらの製造工程は一貫工程で行われている。本発明は、アクリル系繊維を一端、ヒドラジンなどで架橋し、架橋処理された繊維を紡績糸やフィラメント糸の状態で織物、編物等の布帛に加工し、その後、苛性ソーダなどのアルカリ剤で加水分解処理を行い、吸湿性のアクリル繊維を含む布帛を得るものである。
【発明の効果】
【0009】
従来の方法で得られた吸湿性のアクリル繊維は、その繊維性能が、他の一般的な繊維に比較し、著しく弱く、その後の工程、例えば、紡績、製編、製織などの工程で、トラブルの原因となっている。特に、紡績糸を得る場合、現在の技術では、吸湿性アクリル繊維100%の紡績糸を得ることは困難であり、他の繊維との混紡が、必須条件となっている。また、従来の吸湿性アクリル繊維は、現在の技術では染色出来ない。この様な繊維と一般的な繊維を混紡、交編、交職した後染色すると、吸湿性アクリル繊維の不染部分が目立ち、例えば、フォーマルブラックの様なソリッドカラーが得られない。本発明の方法で吸湿性アクリル系繊維を含む布帛を製造する方法は、そしてまた、得られた吸湿性アクリル系繊維を含む布帛は、上記問題点を全て解決したものであり、これが本発明の優れた効果である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、アクリロニトリルを80重量%以上含むアクリル系繊維にヒドラジン化合物による架橋処理を行い、得られた架橋アクリル系繊維を単独又は他の繊維と混合して糸条とし、次いで該糸条を用いて布帛を形成し、その後該布帛をアルカリ処理するものである。アクリロニトリルを80重量%以上含むアクリル系繊維としては、汎用のアクリル系繊維を使用できるが、もちろん、高強度アクリル繊維、超高分子量のアクリル繊維等であっても良い。本発明においてアクリル系繊維とは、アクリロニトリル単独又は他のモノマーとの共重合体であり、アクリロニトリルを80重量%以上、好ましくは90重量%以上含むものであり、窒素含有率としては、18〜26重量%のものである。
【0011】
共重合成分のモノマーとしては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、アリルスルフォン酸、メタリルスルフォン酸又はこれらの塩類、エステル類、アクリルアミド、酢酸ビニル、ハロゲン化ビニル及びハロゲン化ビニリデン等、及びこれらの組み合わせが挙げられ、通常使用されているコモノマー類であり特に制限されない。
【0012】
アクリル系繊維の特性は、乾強度
2.5〜15g/d のものが使用出来る。特に好ましくは、3〜8 g/d である。繊維の太さは、特に制限されないが1〜5デニール程度が好ましい。
【0013】
本発明においてヒドラジン化合物とは、一般的なヒドラゾ化合物を含むが、好ましいのはヒドラジンまたはその水和物である。ヒドラジン化合物による処理は、出発アクリル系繊維への架橋構造の導入が、繊維中の窒素含有率の増加量として0.1〜8重量%、好ましくは0.1〜3重量%となる条件であれば、如何なる条件・方法でも採用することが出来る。ここで窒素含有率の増加量とは、重合体に含まれる窒素の含有量自体を示し、元素分析によって求められる窒素の比の増加量である。この窒素含有率の増加は、ニトリル基の架橋の度合いを示す指標として認識される。
【0014】
ヒドラジン化合物、例えばヒドラジンは、水溶液で使用され、水溶液濃度を0.5〜10重量%に調整したものを使用するのが良く、特に好ましくは、2〜5重量%である。水溶液濃度が0.5重量%未満だと窒素含有率の増加が0.1重量%に達し難くなる。一方、10重量%以上の場合は窒素含有率の増加が8重量%を越え易くなる。処理温度85〜100℃で3〜6時間の範囲で処理する方法が、安全性、取扱い性の面から望ましい。処理は加圧下で行う必要はないが、特に禁止するものではない。処理の温度及び時間は、繊維の窒素増加量が所定の範囲になるように調製して行われる。
【0015】
なお、窒素含有率の増加が0.1重量%に満たない場合は、後の加水分解処理後に得られた繊維の膨潤性が大きくなり、実用上問題となる。一方、8重量%を越えた場合、水膨潤度は200重量%以下となるが、最終的に満足する繊維強度が得られない。
【0016】
本発明においては、ヒドラジン化合物により架橋処理された架橋アクリル系繊維は、次いで、単独又は他の繊維と混合して、混紡糸、交撚糸等の糸条とされる。そして、この糸条を用いて布帛が形成される。布帛としては、この糸条を用いて得られる織物、編物、不織布、あるいは他の種類の糸との交織、交編等の手段で得られた織物、編物、不織布等を意味する。ヒドラジン化合物により架橋処理された架橋アクリル系繊維は、未処理のアクリル系繊維と同様に取り扱うことができるので、かかる繊維を用いた糸条や布帛の形成は、何ら限定されるものではなく、従来公知の方法・手段で、公知の形状・形態のものを製造することができる。
【0017】
本発明においては、形成された布帛は、次いで、アルカリ処理に付される。アルカリ処理は、布帛をバッチ方式あるいは連続方式で、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物又は炭酸塩等の水溶液を用いて行うことができる。本発明において好ましく用いられるのは、炭酸ナトリウムである。加水分解処理は、好ましくは、炭酸ナトリウム濃度を5〜30重量%、より好ましくは、10〜20重量%に調整した水溶液で行う。水溶液濃度が5重量%以下の場合は、加水分解が十分に行われ難いので好ましくない。一方、30重量%以上の場合は、特に製造上の問題はないが、安全性の面から好ましくない。
【0018】
炭酸ナトリウムを用いての加水分解処理の場合、処理後のアクリル系繊維中の窒素含有率が、15〜20重量%となるよう加水分解処理を行うのが好ましい。加水分解処理後の繊維の窒素含有率を、15〜20重量%にコントロールするには、10〜20重量%の炭酸ナトリウム水溶液で、温度80〜100℃で1〜3時間の範囲で処理する方法が望ましい。加水分解処理によって、アクリル系繊維中の残存ニトリル基の一部は、カルボキシル基又はアミド基に変性される。
【0019】
以下、実施例により本発明を詳述する。実施例中の「%」とあるのは、断りのない限り「重量%」である。織物の強度の単位Nは、Newtonである。また、窒素含有率(%)と吸湿率(%)は、以下の方法により求めたものである。
(1)窒素含有率(%)
元素分析にて求めた。なお、窒素含有率の増加とは、ヒドラジン架橋後の繊維の窒素含有率(%)と原料繊維の窒素含有率(%)の差である。
(2)吸湿率(%)
試料繊維を105℃、2時間乾燥させ、重量(W1)を測定する。次に、該試料を20℃65%RHの恒温槽に恒量になるまで入れておき、重量(W2)を測定し、次式により吸湿率を求めた。吸湿率(%)={(W2−W1)/W1}×100
【実施例1】
【0020】
アクリロニトリル89.6%、アクリル酸メチル9.5%、メタアリルスルホン酸ソーダ0.9%の共重合体よりなる、単繊維デニール5.0d、単繊維強度3.5g/dの市販アクリル系繊維を原料繊維として用いた。この繊維の窒素含有率は23.7%であった。
【0021】
この繊維を用いて、ヒドラジンの5%水溶液で、98℃で5時間架橋処理を行った(窒素の増加量は0.9%であった)。その後、架橋処理したアクリル系繊維を40/1番手の紡績糸とし、この紡績糸を用いて平織物を作成した。この織物を、炭酸ナトリウムの10%水溶液を用いて、96℃で2時間加水分解(アルカリ処理)した。水洗、乾燥の後、得られたアクリル系繊維織物の強度と吸湿率は、それぞれ25.7N/17.1N(経/緯)と28%(20℃×65%RH)であった。
【実施例2】
【0022】
アクリロニトリル95.0%、アクリル酸メチル5.0%の共重合体よりなる単繊維デニール1.0d、単繊維強度6.6g/dのアクリル系繊維を原料繊維2とした。 この繊維の窒素含有率は25.1%であった。
【0023】
この原料繊維2を実施例1と同様にヒドラジン処理して得られたアクリル系繊維を、30/1番手の紡績糸とした。この紡績糸を経糸とし、30/1番手の綿糸を緯糸として平織物を作成した(打ち込み本数は経/緯が100本/70本)。その後、実施例1と同様にアルカリ処理し、得られたアクリル系繊維織物の強度を測定したところ、14N/19N(経/緯)であった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明により得られた吸湿性アクリル系繊維を含む布帛は、強度等の機械的性能も実用的に十分なものを有しており、かつ吸湿性にも優れているので、衣料、寝具、内装用途等に広く用いられる。











【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリルを80重量%以上含むアクリル系繊維にヒドラジン化合物による架橋処理を行い、得られた架橋アクリル系繊維を単独又は他の繊維と混合して糸条とし、次いで該糸条を用いて布帛を形成し、その後該布帛をアルカリ処理することを特徴とする吸湿性アクリル系繊維を含む布帛の製造方法。
【請求項2】
ヒドラジン化合物が、ヒドラジンである請求項1記載の吸湿性アクリル系繊維を含む布帛の製造方法。
【請求項3】
アルカリが、炭酸ナトリウムである請求項1又は2記載の吸湿性アクリル系繊維を含む布帛の製造方法。
【請求項4】
ヒドラジン化合物により架橋処理された架橋アクリル系繊維を用いて形成された布帛を、アルカリ処理して得られる吸湿性アクリル系繊維を含む布帛。
【請求項5】
ヒドラジン化合物が、ヒドラジンである請求項4記載の吸湿性アクリル系繊維を含む布帛。
【請求項6】
アルカリが、炭酸ナトリウムである請求項4又は5記載の吸湿性アクリル系繊維を含む布帛。

















【公開番号】特開2006−52489(P2006−52489A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−233991(P2004−233991)
【出願日】平成16年8月11日(2004.8.11)
【出願人】(000003090)東邦テナックス株式会社 (246)
【Fターム(参考)】