説明

固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体の製造方法、および、膜電極接合体

【課題】固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体において、アイオノマの偏析を抑制する。
【解決手段】固体高分子からなり、水に対する接触角が90度以下である電解質膜を用意する工程と、触媒金属を担持した導電性粒子と、プロトン伝導性を有するアイオノマであって、粒度が200(nm)以下であるアイオノマが除去されたアイオノマと、を用いて作製された触媒インクを用意する工程と、電解質膜の表面に、触媒インクを塗工することによって、ガス拡散電極を形成する工程と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体の製造方法、および、膜電極接合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料ガスと酸化剤ガスとの電気化学反応によって発電する燃料電池がエネルギ源として注目されている。この燃料電池には、電解質膜として固体高分子膜を用いた固体高分子型燃料電池がある。そして、固体高分子型燃料電池には、一般に、電解質膜の両面に、ガス拡散電極を接合してなる膜電極接合体が用いられる。
【0003】
膜電極接合体は、種々の方法によって製造される。例えば、膜電極接合体は、電解質膜の両面にいわゆる触媒インクを塗工することによって製造される。触媒インクには、触媒金属を担持したカーボン粒子や、プロトン伝導性を有するアイオノマや、これらの分散媒が含まれる。
【0004】
そして、従来、膜電極接合体について、電解質膜とガス拡散電極との接着性を向上させるための種々の技術が提案されている。例えば、下記特許文献1には、電解質膜の表面にプラズマ処理を施すことによって、電解質膜の表面に親水性を付与し、電解質膜と電極との接着性を向上させる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−229936号公報
【特許文献2】特開2005−285511号公報
【特許文献3】特開2008−031463号公報
【特許文献4】特開2005−108827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、本願発明者は、水に対する接触角が90度以下である、比較的親水性が高い電解質膜の表面に、従来から一般的に使用されている触媒インクを塗工して、ガス拡散電極を形成すると、触媒インクに含まれるアイオノマの一部が、電解質膜側に偏析して、電解質膜からの水の蒸発を阻害し、ガス拡散電極におけるガスの拡散性を低下させて、電池性能(起電力)を低下させることを見出した。そして、このような電池性能(起電力)の低下は、燃料電池内の相対湿度が比較的高い場合ほど顕著だった。
【0007】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体において、ガス拡散電極におけるアイオノマの電解質膜側への偏析を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0009】
[適用例1]
固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体の製造方法であって、
固体高分子からなり、水に対する接触角が90度以下である電解質膜を用意する工程と、
触媒金属を担持した導電性粒子と、プロトン伝導性を有するアイオノマであって、粒度が200(nm)以下である前記アイオノマが除去された前記アイオノマと、を用いて作製された触媒インクを用意する工程と、
前記電解質膜の表面に、前記触媒インクを塗工することによって、ガス拡散電極を形成する工程と、
を備える膜電極接合体の製造方法。
【0010】
触媒インクに含まれるアイオノマは、親水基(例えば、スルホン酸基)を備えている。このため、電解質膜が親水性を有する場合、すなわち、水に対する接触角が90度以下である場合には、電解質膜の表面に触媒インクを塗工したときに、アイオノマが備える親水基に電解質膜に引き寄せられる力が作用して、アイオノマが、電解質膜側に偏析しやすくなる傾向がある。そして、このような傾向は、アイオノマの粒度が小さいほど顕著となる。
【0011】
本願発明者は、上述した傾向に着目し、適用例1の膜電極接合体の製造方法によって、先に説明した触媒インクに含まれるアイオノマが電解質膜側に偏析するのを抑制することができることを見出した。
【0012】
なお、本適用例において、「粒度が200(nm)以下であるアイオノマが除去されたアイオノマを用いて作製された触媒インク」とは、触媒インクの作製時に、粒度が200(nm)以下であるアイオノマが含まれていないことを意味している。そして、「粒度が200(nm)以下であるアイオノマが除去されたアイオノマを用いて作製された触媒インク」とは、作製された触媒インクに、粒度が200(nm)以下のアイオノマが含まれていないこととは異なる。
【0013】
[適用例2]
固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体であって、
固体高分子からなり、水に対する接触角が90度以下である電解質膜と、
触媒金属を担持した導電性粒子と、プロトン伝導性を有するアイオノマであって、粒度が200(nm)以下である前記アイオノマが除去された前記アイオノマと、を用いて作製された触媒インクを、前記電解質膜の表面に塗工することによって形成されたガス拡散電極と、
を備える膜電極接合体。
【0014】
適用例2の膜電極接合体によって、先に説明した触媒インクに含まれるアイオノマが電解質膜側に偏析するのを抑制することができる。この結果、ガス拡散電極におけるガスの拡散性の低下を抑制して、燃料電池の電池性能(起電力)の低下を抑制することができる。
【0015】
本発明は、上述した膜電極接合体の製造方法、膜電極接合体としての構成の他、上述した膜電極接合体を用いた燃料電池の発明、上述した膜電極接合体の製造に用いられる触媒インクの発明として構成することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施例としての膜電極接合体100の構成を示す説明図である。
【図2】膜電極接合体100の製造工程を示す説明図である。
【図3】比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池と、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池との電池性能(起電力)の測定結果を示す説明図である。
【図4】比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池と、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池との交流インピーダンス測定の結果を示す説明図である。
【図5】電解質膜10とガス拡散電極との界面の様子を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、実施例に基づき説明する。
A.膜電極接合体の構成:
図1は、本発明の一実施例としての膜電極接合体100の構成を示す説明図である。この膜電極接合体100は、固体高分子型燃料電池に用いられる。膜電極接合体100は、固体高分子からなる電解質膜10と、電解質膜10の一方の表面に接合されたガス拡散電極20a(アノード)と、電解質膜10の他方の表面に接合されたガス拡散電極20c(カソード)とを備えている。膜電極接合体100において、ガス拡散電極20a,20cの表面に、さらに、導電性およびガス拡散性を有するガス拡散層を接合するようにしてもよい。ガス拡散層としては、例えば、カーボンペーパや、カーボンクロス等を用いることができる。
【0018】
B.膜電極接合体の製造工程:
図2は、膜電極接合体100の製造工程を示す説明図である。まず、電解質膜10を用意する(ステップS100)。本実施例では、ガス拡散電極20a,20cとの接着性を向上させるために、水に対する接触角θが90度以下(例えば、87度)である電解質膜10を用意するものとした。
【0019】
次に、電解質膜10の表面にガス拡散電極20a,20bを形成するための触媒インクを用意する(ステップS100)。この触媒インクは、触媒担持カーボンと、プロトン伝導性を有するアイオノマと、これらの分散媒とを混合・攪拌することによって作製される。本実施例では、触媒担持カーボンとして、粒径が20〜30(nm)のカーボンブラックに、白金系触媒粒子を担持したものを用いるものとした。また、アイオノマとして、パーフルオロスルホン酸樹脂を用いるものとした。そして、このアイオノマは、動的光散乱法によって求められる粒度(以下、単に粒度とも言う)が、触媒インクを作製する前の時点で、200(nm)よりも大きいものとした。つまり、触媒インクを作製する前に、粒度が200(nm)以下であるアイオノマは除去されている(含まれていない)。このようなアイオノマの粒度の調整は、例えば、ろ過、分子量調整、溶媒種変更、加熱処理条件の変更等によって可能である。なお、本実施例では、0.5(wt%)エタノール中に分散したアイオノマの粒度分布を、動的光散乱測定器(大塚電子(株)社製、FDLS−3000)によって測定した。分散媒としては、水やエタノールなどが用いられる。
【0020】
次に、電解質膜10の両面に、触媒インクをスプレー塗工することによって、ガス拡散電極20a,20cを形成する(ステップS120)。ガス拡散電極20a,20cの形成の際に、スプレー塗工の代わりに、例えば、スクリーン印刷等、他の塗工方法を適用するようにしてもよい。
【0021】
以上の製造工程によって、膜電極接合体100は完成する。
【0022】
C.実施例の膜電極接合体による効果:
上述した製造工程によって製造された本実施例の膜電極接合体100による効果は、比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池と、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池とについて、電池性能(起電力)の測定、および、交流インピーダンス測定を行うことによって確認された。なお、比較例の膜電極接合体と、実施例の膜電極接合体100とでは、触媒インクの作製に用いられるアイオノマの粒度が異なっている。具体的には、実施例の膜電極接合体100では、触媒インクの作製に用いられるアイオノマの粒度を、200〜300(nm)としたのに対し、比較例の膜電極接合体では、触媒インクの作製に用いられるアイオノマの粒度を、100〜300(nm)とした。これ以外の製造条件は、同じである。
【0023】
図3は、比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池と、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池との電池性能(起電力)の測定結果を示す説明図である。なお、この測定は、それぞれの燃料電池に対して、セル温度が80(℃)、加湿温度が80(℃)、電流密度が1.75(A/cm)の条件下で行った。
【0024】
図示するように、比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池では、起電力が0.489(V)であった。これに対し、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池では、起電力が0.511(V)であった。つまり、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池の方が、比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池よりも、電池性能(起電力)が高かった。
【0025】
図4は、比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池と、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池との交流インピーダンス測定の結果を示す説明図である。横軸は実軸であり、縦軸は虚軸である。そして、比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池についての測定結果を破線カーブで示した。また、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池についての測定結果を実線カーブで示した。
【0026】
この交流インピーダンス測定では、膜電極接合体において、ガス拡散電極の厚さ方向についてのアイオノマの分布が均一である場合には、高周波領域におけるカーブの立ち上がり(傾き)が、実軸に対して45度になることが知られている。また、膜電極接合体において、ガス拡散電極の厚さ方向についてのアイオノマの分布が不均一である場合、例えば、ガス拡散電極において、アイオノマが電解質膜側に偏析している場合には、その偏析の度合いが大きいほど、高周波領域におけるカーブの立ち上がり(傾き)が、実軸に対して90度に近づくことが知られている。これは、アイオノマの偏析の度合いが大きいほど、高周波領域において、プロトンが移動しやすくなることによる。
【0027】
図示するように、実施例の膜電極接合体100を用いた燃料電池では、比較例の膜電極接合体を用いた燃料電池よりも、カーブの立ち上がり(傾き)が、実軸に対して45度に近づいている。つまり、比較例の膜電極接合体の方が、実施例の膜電極接合体100よりも、ガス拡散電極におけるアイオノマの偏析の度合いが大きいことが分かる。換言すれば、実施例の膜電極接合体100では、比較例の膜電極接合体に対して、ガス拡散電極におけるアイオノマの偏析が抑制されていることが分かる。
【0028】
以上の2種類の測定結果から、膜電極接合体における電解質膜とガス拡散電極との界面の様子と、電池性能との関係を推測することができる。
【0029】
図5は、電解質膜10とガス拡散電極との界面の様子を模式的に示す説明図である。図5(a)に、比較例の膜電極接合体における電解質膜10とガス拡散電極との界面の様子を模式的に示した。また、図5(b)に、実施例の膜電極接合体100における電解質膜10とガス拡散電極との界面の様子を模式的に示した。なお、図5において、ハッチングが付された複数の円は、ガス拡散電極における触媒担持カーボン22を表している。また、複数の波線は、ガス拡散電極におけるアイオノマ24を表している。
【0030】
触媒インクに含まれるアイオノマ24は、親水基(本実施例では、スルホン酸基)を備えている。このため、電解質膜10が親水性を有する場合、すなわち、水に対する接触角が90度以下である場合には、電解質膜10の表面に触媒インクを塗工したときに、アイオノマ24が備える親水基に電解質膜10に引き寄せられる力が作用して、アイオノマ24が、電解質膜10側に偏析しやすくなる傾向がある。そして、このような傾向は、アイオノマ24の粒度が小さいほど顕著となる。
【0031】
図5(a)に示したように、比較例の膜電極接合体では、触媒インクの作製時に、比較的粒度の小さいアイオノマ24、すなわち、粒度が200(nm)以下であるアイオノマ24が含まれる(除去されていない)ため、ガス拡散電極の形成時に、電解質膜10側へのアイオノマ24の偏析が大きくなっているものと推測できる。そして、このアイオノマ24の電解質膜10側への偏析が、電解質膜10からの水の蒸発を阻害し、ガス拡散電極におけるガスの拡散性を低下させて、燃料電池の電池性能(起電力)の低下を招いたものと考えられる。
【0032】
一方、図5(b)に示したように、実施例の膜電極接合体100では、触媒インクの作製時に、比較的粒度の小さいアイオノマ24、すなわち、粒度が200(nm)以下であるアイオノマが含まれない(除去されている)ため、ガス拡散電極の形成時に、電解質膜10側へのアイオノマ24の偏析が小さくなっているものと推測できる。つまり、触媒インクの作製時に、粒度が200(nm)以下であるアイオノマ24を除去することによって、ガス拡散電極の形成時のアイオノマ24の電解質膜10側への偏析を抑制することができることが推測できる。そして、このアイオノマ24の電解質膜10側への偏析を抑制することが、比較例の膜電極接合体よりも、電解質膜10からの水の蒸発を促し、ガス拡散電極におけるガスの拡散性の低下を抑制して、燃料電池の電池性能(起電力)の低下を抑制することができると考えられる。
【0033】
以上説明した本実施例の膜電極接合体100によれば、ガス拡散電極20a,20cにいて、アイオノマが電解質膜10側に偏析するのを抑制することができる。この結果、ガス拡散電極20a,20cにおけるガスの拡散性の低下を抑制して、燃料電池の電池性能(起電力)の低下を抑制することができる。
【0034】
D.変形例:
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明はこのような実施の形態になんら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において種々なる態様での実施が可能である。例えば、以下のような変形が可能である。
【0035】
D1.変形例1:
上記実施例では、膜電極接合体100において、アノード側のガス拡散電極20a、および、カソード側のガス拡散電極20cの双方に、本発明を適用するものとしたが、本発明は、これに限られない。アノード側のガス拡散電極20a、および、カソード側のガス拡散電極20cの一方に、本発明を適用するようにしてもよい。
【0036】
D2.変形例2:
上記実施例の膜電極接合体100の製造工程において、触媒インクの作製に用いられるアイオノマの粒度は、電解質膜10の水に対する接触角が小さいほど、大きい値に設定するようにすることが好ましい。触媒インクに含まれるアイオノマは、電解質膜10の水に対する接触角が小さいほど、電解質膜10側に偏析しやすくなる傾向があり、また、触媒インクに含まれるアイオノマは、その粒度が小さいほど、電解質膜10側に偏析しやすくなる傾向があるからである。本変形例の膜電極接合体の製造方法では、電解質膜10の水に対する接触角に応じて、触媒インクに含まれるアイオノマの粒度を、適宜、変更することによって、アイオノマが電解質膜10側に偏析することを効果的に抑制することができる。
【符号の説明】
【0037】
100…膜電極接合体
10…電解質膜
20a…ガス拡散電極(アノード)
20c…ガス拡散電極(カソード)
22…触媒担持カーボン
24…アイオノマ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体の製造方法であって、
固体高分子からなり、水に対する接触角が90度以下である電解質膜を用意する工程と、
触媒金属を担持した導電性粒子と、プロトン伝導性を有するアイオノマであって、粒度が200(nm)以下である前記アイオノマが除去された前記アイオノマと、を用いて作製された触媒インクを用意する工程と、
前記電解質膜の表面に、前記触媒インクを塗工することによって、ガス拡散電極を形成する工程と、
を備える膜電極接合体の製造方法。
【請求項2】
固体高分子型燃料電池に用いられる膜電極接合体であって、
固体高分子からなり、水に対する接触角が90度以下である電解質膜と、
触媒金属を担持した導電性粒子と、プロトン伝導性を有するアイオノマであって、粒度が200(nm)以下である前記アイオノマが除去された前記アイオノマと、を用いて作製された触媒インクを、前記電解質膜の表面に塗工することによって形成されたガス拡散電極と、
を備える膜電極接合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−69265(P2012−69265A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−210740(P2010−210740)
【出願日】平成22年9月21日(2010.9.21)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】