説明

固体高分子型燃料電池の触媒層、および固体高分子型燃料電池

【課題】薄い触媒層で高い触媒活性を有する電極触媒層およびその製造方法を提供する。
【解決手段】固体高分子型燃料電池の電極触媒層であって、触媒担体と、前記触媒担体上に配置された膜厚10μm以下のくもの巣状構造の触媒を有する。前記くもの巣状構造の触媒は分岐した糸状組織と空孔から構成されており、前記空孔の孔径が30nmから600nmである。触媒層にこのような特徴的な構造を持たせることによって触媒活性ひいては触媒利用率を向上することができる。さらに、触媒層の膜厚を薄くできるため触媒層中の物質輸送性を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子型燃料電池の触媒層、および固体高分子型燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、騒音、振動が少なく、有害な排出物がほとんどなく、燃料が持つ化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換できる。そのため、効率よく発電することができる等、高い省エネ性と優れた環境特性で、新しい時代のエネルギーシステムとして期待されている。中でも、固体高分子型燃料電池は、低温で作動し、小型化、軽量化さらに扱いやすさなどの特長から、自動車用、家庭用コージェネ用さらに携帯用などの幅広い分野で実用化に向けた開発が進んでいる。
【0003】
固体高分子型燃料電池は、プロトン(H)を透過するイオン交換性固体高分子膜(PEM)を電解質に用い、このPEMの両面に触媒層を形成した燃料極と空気極の各電極を挟み付けた膜電極接合体(MEA)で積層して構成されている。燃料極に供給された水素が、触媒上で水素イオン(プロトン)と電子に分れ、空気極では供給された酸素がPEMを移動してきたプロトンと外部回路を移動してきた電子と反応して水になる。このように、電子が外部回路を移動し、電子とは逆の方向に電流が流れ、電気エネルギーを得ることができる。
【0004】
各電極触媒上で起こる起電反応を下記に示す。
燃料極 H → 2H+2e (1)
空気極 2H+1/2O+2e → HO (2)
酸素含有ガスが供給される空気極では、酸素含有ガスとして空気を供給することが行われているが、上記燃料極での水素の酸化反応に比べ空気極での酸素の還元反応は遅く、空気極での酸素還元反応は、電池反応において律速となっている。そのため、高活性空気極触媒の開発は電池発電効率の向上において重要である。
【0005】
従来、燃料電池用電極触媒としては、カーボンブラックに代表されるカーボン担体に平均粒径が数nm程度の白金微粒子を担持させて3次元的に分散させた触媒が使用されてきた。空気極触媒の高活性化に関しては、カーボン担体に担持した白金触媒の表面積を増大させ、さらに触媒の利用率を高める試みがなされてきた(例えば、特許文献1および2参照)。
【0006】
また、一方では、触媒層を厚さ数μm程度と非常に薄く形成することで、物質輸送を良くし、触媒層が電解質膜近傍に集中することで、触媒有効面積を増大させ、さらに白金担持量を低減する試みもなされてきた(非特許文献1参照)。
【0007】
特に、燃料電池を小型電気機器に搭載する場合においては、電池自体も小型化する必要がある。そのため、ポンプやブロワーなどを用いずに空気が通気孔から自然拡散によって空気極へ供給される方式(air breathing)が多く検討されている(特許文献3参照)。このような場合、空気極での物質輸送が反応の律速となる場合が多く、触媒層を薄くすることは有効な手段となると考えられる。
【0008】
このため、小型電気機器に搭載する燃料電池のさらなる性能向上を実現するためには、触媒層を薄くするとともに、電子伝導チャンネルを確保し、十分なガスチャンネルを確保し、さらに白金の高活性化を実現することが求められている。
【0009】
薄い触媒層を形成する方法として、スパッタ法によって、電解質膜表面に白金などを成膜する方法も試みられたが、膜が緻密であるためガス透過性が悪い欠点があった。即ちガスチャンネルが確保できない上に、膜厚を厚くすると電解質の膨張によって触媒層がひび割れる欠点があった。また、カーボン電極表面にスパッタ法やメッキ法によって触媒層を形成する方法も試みられてきたが、電極表面が粗いため、電解質膜に接することができない触媒が多く、高い性能は得られていない。
【0010】
また白金の触媒機能を高めた材料として、面心立方体もしくは菱面体の結晶構造を有する合金に硼素、酸素、窒素のうちの少なくとも一種の元素を10wt%を限度に添加した材料が提案されている。その材料の白金の含有量は28wt%以下であり、白金以外の触媒構成金属元素の濃度が高い。そして、燃料電池の使用条件下では、白金以外の触媒構成金属元素が選択的に電解質に溶解し、また電解質に溶解した合金化元素イオンは電解質と触媒層表面に析出し、電池性能の劣化を招くという問題がある(特許文献4参照)。
【0011】
また白金を含む合金をNHの分圧が5.065kPa以上であるガス雰囲気中において200℃〜1000℃の範囲の温度で窒素化処理を行うことで触媒機能を高めた材料が提案されている(特許文献5参照)。この方法は、高温処理を行うため、白金合金粒子の粒成長が起こり、ナノ粒子オーダーの白金合金粒子を得ることは難しいという問題があり、さらに窒素を2at%以上含有しないと触媒機能向上に効果がない。
【0012】
また導電性粉体の表面に、白金と白金に対して熱的に非固溶系の添加材料である硼素との合金触媒を付着した導電性触媒粒子が提案されているが、硼素の添加量は2〜70at%であり、酸化硼素につては記載されていない(特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】米国特許第4,044,193号明細書
【特許文献2】米国特許第4,136,059号明細書
【特許文献3】特開2002−110182号公報
【特許文献4】特開2003−187812号公報
【特許文献5】特開2004−79438号公報
【特許文献6】特開2003−80085号公報
【非特許文献1】S.Hirano,J.Kim and S.Srinivasan,“Electrochim Acta”,42,1587(1997年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものである。すなわち、小型電気機器に搭載する燃料電池のさらなる性能向上を実現するために、薄い触媒層で高い触媒活性を有する電極触媒層、および前記電極触媒層を用いた燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は上述した課題を解決するために鋭意検討を行ってなされたものであり、下述する構成のものである。
【0016】
上述の課題を解決する電極触媒層は、固体高分子型燃料電池の電極触媒層であって、触媒担体と、前記触媒担体上に配置された膜厚10μm以下のくもの巣状構造の触媒を有し、前記くもの巣状構造の触媒は分岐した糸状組織と空孔から構成されており、前記空孔の孔径が30nmから600nmであることを特徴とする。
【0017】
くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造であることが好ましい。
【0018】
前記くもの巣状構造の触媒は、白金酸窒化物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物からなる混合物を還元処理して得られる。得られたくもの巣状構造の触媒は、白金、あるいは白金を含んだ多元金属であることが好ましい。あるいは白金と白金酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物であることが好ましい。あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物であることが好ましい。
【0019】
前記くもの巣状構造の触媒は、白金酸化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸化物と酸化硼素からなる混合物を還元処理して得られる。得られたくもの巣状構造の触媒は、白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物であることが好ましい。あるいは白金と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物であることが好ましい。
【0020】
前記くもの巣状構造の触媒は、白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物と酸化硼素からなる混合物を還元処理して得られる。得られたくもの巣状構造の触媒は、白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物であることが好ましい。あるいは白金と白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物であることが好ましい。あるいは白金を含んだ金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物であることが好ましい。
【0021】
前記白金以外の金属元素は、Al,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,In,Sn,Hf,Ta,W,Os,Re,Ir,Au,La,Ce,Ndからなる群の少なくとも1種以上の金属元素からなることが好ましい。
前記くもの巣状構造を形成する糸状組織の幅が3nm以上100nm以下であることが好ましい。
前記くもの巣状構造の触媒の空孔率が30%以上95%以下であることが好ましい。
前記くもの巣状構造の触媒は触媒担体の上に配置されていることが好ましい。
前記触媒担体は、カーボン担体、白金担持カーボン担体、白金合金担持カーボン、白金黒、白金微粒子層、白金合金微粒子層または金微粒子層であることが好ましい。
【0022】
上記の電極触媒層の製造方法の第一の実施態様は、固体高分子型燃料電池の触媒層の製造方法である。触媒層の製造方法には、反応性真空蒸着法によって白金酸窒化物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物からなる混合物よりなる膜を形成する工程を有する。さらに、前記白金酸窒化物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物からなる混合物を還元処理する工程を有する。さらに、くもの巣状構造を有する白金、あるいは白金を含んだ多元金属、あるいは白金を含む混合物の触媒を形成する工程を有することを特徴とする。前記混合物とは、白金と白金酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物である。あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物である。
【0023】
上記の電極触媒層の製造方法の第二の実施態様は、固体高分子型燃料電池の触媒層の製造方法である。触媒層の製造方法には、反応性真空蒸着法によって白金酸化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸化物と酸化硼素からなる混合物よりなる薄膜を形成する工程を有する。さらに、前記白金酸化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸化物と酸化硼素からなる混合物を還元処理する工程を有する。さらに、くもの巣状構造を有する白金を含む混合物の触媒を形成する工程を有することを特徴とする。前記混合物とは、白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物である。あるいは白金と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物である。
【0024】
上記の電極触媒層の製造方法の第三の実施態様は、固体高分子型燃料電池の触媒層の製造方法である。触媒層の製造方法には、反応性真空蒸着法によって白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物と酸化硼素からなる混合物よりなる薄膜を形成する工程を有する。さらに、前記白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物と酸化硼素からなる混合物を還元処理する工程を有する。さらに、くもの巣状構造を有する白金を含む混合物の触媒を形成する工程を有することを特徴とする。前記混合物とは、白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物である。あるいは白金と白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物である。あるいは白金を含んだ金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物である。
【0025】
前記白金以外の金属元素は、Al,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,In,Sn,Hf,Ta,W,Os,Re,Ir,Au,La,Ce,Ndからなる群の少なくとも1種以上の金属元素からなることが好ましい。
前記反応性真空蒸着法において、蒸着原子の平均自由行程が1cm以下であることが好ましい。
【0026】
上述の課題を解決する固体高分子型燃料電池は、固体高分子電解質膜と、一対の電極と、前記固体高分子電解質膜と電極間に各々設けられた電極触媒層を有する固体高分子型燃料電池であることを特徴とする。また、前記電極触媒層の少なくとも一つは、上記の電極触媒層からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明の燃料電池用電極触媒においては、前記白金を含む混合物は、混合物形成過程でナノオーダーの微細構造を有している。この混合物を水素を含む雰囲気で還元することにより、窒素あるいは硼素が存在することで還元時の白金粒子の粒成長が抑制される。そのため、ナノオーダー粒子で形成されたくもの巣状構造を有する、白金、あるいは白金を含んだ多元金属、あるいは白金と白金酸窒化物との混合物が作製できる。あるいは、ナノオーダー粒子で形成されたくもの巣状構造を有する白金と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物が作製できる。あるいは、ナノオーダー粒子で形成されたくもの巣状構造を有する白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物が作製できる。あるいは、ナノオーダー粒子で形成されたくもの巣状構造を有する白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物が作製できる。あるいは、ナノオーダー粒子で形成されたくもの巣状構造を有する白金と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物が作製できる。あるいは、ナノオーダー粒子で形成されたくもの巣状構造を有する白金と白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物が作製できる。あるいは、ナノオーダー粒子で形成されたくもの巣状構造を有する白金を含んだ金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物が作製できる。前記還元処理により、還元前の混合物の主構成化合物である白金酸化物あるいは白金酸窒化物が還元されて白金になる。そのため、混合物で形成される膜の膜厚方向に貫通した、孔径が30nmから600nmの細孔を有するくもの巣状構造を有する多孔質膜が作製できる。
【0028】
前記多孔質膜を電解質溶液に浸漬し、多孔質膜の主構成物質である白金ナノ粒子表面に電解質膜を形成することにより、白金ナノ粒子表面に有効に電解質チャンネルが形成される。さらに、触媒反応面積が大きく、電子伝導チャンネルおよび十分なガスチャンネルが確保されたくもの巣状構造を有する触媒層を作製できる。
【0029】
本発明によれば、触媒層に特徴的なくもの巣状構造を持たせることによって触媒活性ひいては触媒利用率を向上することができる。さらに、触媒層の膜厚を薄くできるため触媒層中の物質輸送性を向上させることができる。さらに簡易な製造方法である反応性スパッタ、反応性電子ビーム蒸着、反応性イオンプレーティング等の反応性真空蒸着法を用いることによって製造コスト的に有利な燃料電池を提供することができる。
【0030】
本発明によれば、触媒層にくもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造を形成することにより、触媒活性および触媒利用率を向上させることができる。さらに、触媒層における物質輸送性能を向上させた、小型電気機器に搭載する燃料電池の触媒電極、特に空気極触媒に好適に用いることができる。
【0031】
また、本発明は、上記の触媒層を用いて、安定な特性を有する固体高分子型燃料電池を低コストで提供することができる。
【0032】
さらに、本発明の触媒層の製造方法は、簡易かつ安価で再現性のよい工程により、固体高分子型燃料電池の触媒層を低コストで実現できる。また、くもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造であるので割れにくい。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明の電極触媒層を用いて作製した固体高分子型燃料電池の単セルの断面構成の一例を表す模式図である。
【図2】本発明のくもの巣状構造の触媒の一部分の拡大概略図である。
【図3】本発明のアルゴン−酸素―窒素雰囲気での反応性スパッタ法により作製したくもの巣状構造を有する白金酸窒化物膜をヘリウム−水素ガス雰囲気で還元処理したくもの巣状構造の白金触媒層表面の走査電子顕微鏡(SEM)写真(倍率:5万倍)である。
【図4】本発明のくもの巣状構造のPt98触媒層表面の走査電子顕微鏡(SEM)写真(倍率:5万倍)である。この膜は、アルゴン−酸素雰囲気での反応性スパッタ法により作製したくもの巣状構造を有する白金−硼素合金酸化物膜をヘリウム−水素ガス雰囲気で還元処理して作製したものである。
【図5】固体高分子型燃料電池の評価装置の模式図である。
【図6】本発明の実施例の空気極側にくもの巣状構造の白金触媒層を、燃料極側に白金担持カーボン触媒層を用いて作製した固体高分子型燃料電池の電池特性を示す図である。比較例として、空気極側および燃料極側ともに白金担持カーボン触媒層を用いて作製した固体高分子型燃料電池の電池特性も示されている。
【図7】本発明の実施例の空気極側にくもの巣状構造のPt98触媒層を、燃料極側に白金担持カーボン触媒層を用いて作製した固体高分子型燃料電池の電池特性を示す図である。比較例として、空気極側および燃料極側ともに白金担持カーボン触媒層を用いて作製した固体高分子型燃料電池の電池特性も示されている。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に、本発明の好適な実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。ただし、この実施の形態に記載されている構成部材の材質、寸法、形状、その相対配置等は、特に特定的な記載がない限りは、本発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。同様に以下に記述する製造方法も唯一のものではない。
【0035】
図1は、本発明の触媒層を用いて作製した固体高分子型燃料電池の単セルの断面構成の一例を表す模式図である。図1において、1は固体高分子電解質膜である。これを挟んで一対の触媒層、すなわちアノード側の触媒層(燃料極)2と、カソード側のくもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造の触媒4を有する触媒層(空気極)3が配置されている。本実施態様においては、カソード(空気極)側のみくもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造を有する触媒層が配置された例を示す。しかし、触媒層の配置構成としてはこれに限定するものではない。例えば両極ともくもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造を有する触媒層を配置する場合を含む。あるいはアノード側のみ本発明のくもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造を有する触媒層を配置する場合をも含んでおり、種々の構成を好ましく選択することができる。
【0036】
くもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造の触媒層3は、くもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造の触媒4と、該触媒4を支持する触媒担体5とから構成される。アノード側の触媒層2の外側には、アノード側ガス拡散層6とアノード側電極(燃料極)8が配置される。
【0037】
カソード側のくもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造の触媒層3の外側には、カソード側ガス拡散層7とカソード側電極(空気極)9が配置される。
【0038】
固体高分子電解質膜1としては、弗化炭素骨格にスルホン酸基を末端に有する側鎖が結合した構造のパーフルオロスルホン酸ポリマーを好適に使用することができる。例えば、テフロン(登録商標)にスルホン酸基を結合させたポリマーを好適に使用することができ、具体的には、ナフィオン(登録商標)を好適に使用することができる。
【0039】
パーフルオロスルホン酸ポリマーは弗化炭素骨格が架橋しておらず、骨格部分がファンデルワールス力で結合した結晶を形成しており、さらにスルホン酸基はいくつかが凝集して逆ミセル構造をとっており、ここがプロトンHの伝導チャネルとなっている。
【0040】
なお、プロトンHが電解質膜中をカソード側に向かって移動する場合には水分子を媒体として移動するので、電解質膜は水分子を保有する機能も有する。したがって、固体高分子電解質膜の機能としては、アノード側で生成したプロトンHをカソード側に伝達するとともに未反応の反応ガス(水素および酸素)を通さないこと、所定の保水機能があることが必要である。この条件を満たすものであれば、任意のものを選択して使用することができる。
【0041】
ガス拡散層6,7は、電極反応を効率良く行わせるために、燃料ガスまたは空気を燃料極または空気極の触媒層中の電極反応領域へ、面内で均一に充分に供給するとともに、アノード電極反応によって生じる電荷を単セル外部に放出させる。さらに反応生成水や未反応ガスを単セル外部に効率よく排出する役割を担うものである。ガス拡散層としては、電子伝導性を有する多孔質体、例えばカーボンクロスやカーボンペーパーを好ましく用いることができる。
【0042】
触媒担体5の役割は、助触媒としての触媒活性向上、くもの巣状構造を有する触媒4の形態保持、電子伝導チャネルの確保、比表面積増大等が挙げられる。触媒担体5としては、例えばカーボンブラック、白金担持カーボン、白金合金担持カーボン、白金黒、白金微粒子層あるいは金微粒子膜層を好ましく用いることができる。
【0043】
一般に、高性能な触媒層を得るには、触媒と電解質の界面が十分に広く、かつ電極反応物質(反応ガス、水素イオン、電子)の流通が良いこと、すなわち三相界面が有効に形成されていることが必要である。本発明のくもの巣状構造の触媒4は、電解質チャンネルおよび電子伝導チャンネルを確保しながら、触媒にくもの巣状形態を持たせることにより電子伝導チャンネル方向に沿って空隙を形成し、十分なガスチャンネルを確保できるという特徴を有している。
【0044】
図2に電極触媒層が有するくもの巣状構造の触媒の一部分の拡大概略図を示す。
【0045】
図2において、くもの巣状構造は、分岐した糸状組織10と空孔14で構成されている。さらに、糸状組織は、ループ部11と針状部12で構成されている。くもの巣状構造の触媒の分岐した糸状組織の幅13は、3nm以上100nm以下、好ましくは3nm以上60nm以下であることを特徴とする。
【0046】
また、くもの巣状構造あるいは前記くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造の触媒4は、くもの巣状構造の空孔率が30%以上95%以下、さらに好ましくは55%以上75%以下であることを特徴とする。
【0047】
なお、空孔率とは、くもの巣状構造の触媒層のみかけの体積中で空孔部分が占める体積の割合を意味し、[1−(くもの巣状構造の触媒の実体積)/(電解質膜と触媒担体間の空間体積)]によって定義される。
【0048】
また、触媒担体の厚さは、200nm以下、好ましくは5nm以上50nm以下である。
【0049】
図3および図4は、本発明のくもの巣状構造の触媒4の平面の薄膜を示す走査電子顕微鏡(SEM)写真(倍率:5万倍)である。
【0050】
図3のくもの巣状構造の触媒は白金、触媒担体は金、固体高分子電解質膜はNafion112からなり、くもの巣状構造の触媒は反応性スパッタの方法により作製したものである。図3のSEM写真に示されるように、くもの巣状構造の触媒4は、分岐した糸状組織の幅が3nm以上50nm以下である。
【0051】
また、図4のくもの巣状構造の触媒は白金と酸化硼素の混合物、触媒担体はカーボンブラック層、固体高分子電解質膜はNafion112からなり、くもの巣状構造の触媒は反応性スパッタの方法により作製したものである。
【0052】
前記くもの巣状構造の触媒4は、白金、あるいは白金を含んだ多元金属からなる。あるいは白金と白金酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物からなる。あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物からなる。さらに、前記くもの巣状構造の触媒4は、白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物からなる。あるいは白金と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物からなる。さらに、前記くもの巣状構造の触媒4は、白金と白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物からなる。あるいは白金を含んだ金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物からなる。
【0053】
白金以外の金属元素としてはAl,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,In,Sn,Hf,Ta,W,Os,Re,Ir,Au,La,Ce,Ndから選ばれる少なくとも一種類の金属を選択することができる。
【0054】
前記白金酸窒化物は、非化学量論組成の化合物であり、
PtO1−a1−b(0<a<2.0、0<b<0.8)で表される組成を選択することができる。
【0055】
前記酸化硼素は、非化学量論組成の化合物であり、
BO1−c(0<c≦1.5)
で表される組成を選択することができる。
【0056】
白金と白金以外の金属元素の組成比は一意に上限・下限を規定できるものではない。本発明の白金を含んだ多元金属、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物において、白金(Y)と白金以外の金属元素(X)の原子濃度比は、
30≦100Y/(X+Y)
であることが好ましい。100Y/(X+Y)の値が30以下であると、白金の割合が小さくなり、触媒の高活性を引き出すことができない。
【0057】
また、前記混合物がくもの巣状構造を形成する理由は、酸素分圧、投入パワー、基体温度等の成膜条件と、基体の表面粗さの両方に関わっていることが分かっている。これらの条件が満たされない場合は、板状構造、微粒子の凝集形態、あるいはほとんど空隙が無い緻密なカラム状構造になってしまう。そのため、白金(Y)と白金以外の金属元素(X)の原子濃度比が、
30≦100Y/(X+Y)
を満たしても、酸素分圧、投入パワー、基体温度等の成膜条件と、基体の表面粗さの両方の条件が満たされないと、板状構造、微粒子の凝集形態、あるいはほとんど空隙が無い緻密なカラム状構造になり、くもの巣状構造の膜は得られない。
【0058】
本発明において、基体の表面粗さは、具体的には0.1〜10ミクロンオーダーの粗さが好ましい。さらに、形成する前記白金を含む混合物の厚さに対して、基体の表面粗さの程度は0.1〜10倍のオーダーであることがより好ましい。
【0059】
本発明の還元処理前の白金酸窒化物、あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物からなる混合物は、くもの巣状構造を有する。前記くもの巣状構造を有する膜は、白金ターゲットを使用して、不活性ガスに酸素と窒素を含む雰囲気での反応性スパッタ法よって容易に作製することができる。作製方法は反応性スパッタ法に限るものではなく、反応性電子ビーム蒸着法、反応性イオンプレーティング法等の広義の真空蒸着法によっても容易に作製することができる。
【0060】
前記白金酸窒化物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物からなるくもの巣状構造の膜を還元処理することにより作製できる、くもの巣状構造を有する膜の中の窒素含有量は、白金に対して0.5at%以下である。前記くもの巣状構造を有する膜とは、白金膜、あるいは白金を含んだ多元金属膜である。あるいは白金と白金酸窒化物を含む膜、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物を含む膜である。あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物を含む膜、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物を含む膜である。あるいは白金と白金酸窒化物と酸化硼素を含む膜、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素を含む膜である。あるいは白金を含んだ金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素を含む膜、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素を含む膜である。
【0061】
前記還元処理により作製できるくもの巣状構造を有する膜の中に含まれる窒素含有量を、白金に対して0.5at%以上含む膜は作製可能である。しかし、このような膜は還元前の不活性ガスに酸素と窒素を含む雰囲気で作製された状態で緻密な膜であり、還元処理の過程で膜全体に水素が侵入することが不可能で、膜内部の白金酸窒化物は白金に還元されず酸窒化物の状態で存在する。
【0062】
また、本発明の還元処理前の白金酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物と酸化硼素からなる混合物は、くもの巣状構造を有する。前記くもの巣状構造を有する膜は、反応性スパッタ法よって容易に作製することができる。使用するターゲットは、白金ターゲットと硼素ターゲット、あるいは白金―硼素合金ターゲットである。また、スパッタ雰囲気は、不活性ガスに酸素を含む雰囲気、あるいは不活性ガスに酸素と窒素を含む雰囲気である。作製方法は反応性スパッタ法に限るものではなく、反応性電子ビーム蒸着法、反応性イオンプレーティング法等の広義の真空蒸着法によっても容易に作製することができる。
【0063】
前記白金酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物と酸化硼素からなる混合物は、くもの巣状構造を有する。このくもの巣状構造の膜を還元処理することにより作製できる、くもの巣状構造を有する膜の中の硼素含有量は、白金に対して3at%以下である。前記くもの巣状構造を有する膜とは、白金と酸化硼素を含む膜、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素を含む膜である。あるいは白金と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素を含む膜、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素を含む膜である。
【0064】
前記還元処理により作製できるくもの巣状構造を有する膜の中に含まれる硼素含有量を、白金に対して3at%より多く含む膜は作製可能である。しかし、このような膜は、還元前の不活性ガスに酸素を含む雰囲気、あるいは不活性ガスに酸素と窒素を含む雰囲気で作製された状態で緻密な膜であり、還元処理の過程で膜全体に水素が侵入することが不可能である。そのため、膜内部の白金酸化物あるいは白金酸窒化物は、白金に還元されず酸化物あるいは酸窒化物の状態で存在する。
【0065】
還元処理の方法は、1%〜5%HのH/He雰囲気で、圧力が0.02MPa〜0.1MPaにて、室温〜100℃にて0.5時間〜数時間の還元処理により行うことができる。
【0066】
本発明のくもの巣状構造の触媒の膜厚は、10μm以下、好ましくは5μm以下である。前記くもの巣状構造の触媒の空孔率は、35%以上75%未満、さらに好ましくは50%〜75%であることを特徴とする。
【0067】
燃料極および空気極の触媒層の厚みは、空気極については50μm以下であることが好ましい。触媒層の厚みが50μmより大きくなると、燃料極での燃料ガスまたは空気極での空気の触媒層中の電極反応領域への拡散性が著しく低下するとともに、反応生成水や未反応ガスを単セル外部への排出効率が著しく低下する。さらに、空気極の触媒層中のプロトン伝導抵抗が大きくなり、酸素還元反応過電圧が大きくなり、電池性能が低下する。
【0068】
このようなガス拡散層と触媒層からなる燃料極および空気極の形成方法は特に限定されるものではなく、例えば、図1に示した構成の場合を例として、以下のような形成方法に従って製造される。
【0069】
(1)空気極の触媒層を準備する。
固体高分子電解質膜への転写層としてのPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)シート上に、電子ビーム蒸着法により触媒担体としてのAuを成膜した。その後、不活性ガスと酸素および窒素を含んだ雰囲気での反応性スパッタ法によりくもの巣状構造の白金酸窒化物膜を形成する。続いて、この膜を水素還元処理することにより、金担体上に形成されたくもの巣状構造の白金触媒層を得る。
さらに、PTFEとナフィオン(商品名、Nafion、Dupont社製)の混合懸濁液を含浸させることによって触媒表面に有効に電解質チャンネルを形成するとともに適切な撥水処理を行う。
【0070】
(2)燃料極の触媒層を準備する。
(1)と同様にPTFEシート上に、ドクターブレード法を用いて白金担持カーボン触媒を形成する。ここで使用する触媒スラリーは、白金担持カーボン(Jhonson Matthey製、HiSPEC4000)、Nafion、PTFE、IPA(イソプロピルアルコール)、水の混錬物である。
【0071】
(3)上記により作製した一対の触媒層によって固体高分子電解質膜(Dupont社製、Nafion112)を、PTFEシートが外側になるように挟みこんでホットプレスを行う。さらに、PTFEシートを剥離することにより、一対の触媒層を固体高分子電解質膜に転写して、電解質膜と一対の触媒層を接合し接合体を得る。
【0072】
(4)この接合体をガス拡散層としてのカーボンクロス(E−TEK製、LT1400−W)、さらに燃料極電極および空気極電極によって挟んで単セルを作製する。
【0073】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。
【0074】
すなわち、上記の実施形態においては、単セルのみの構成を有する固体高分子型燃料電池について説明したが、本発明の固体高分子型燃料電池はこれに限定されるものではなく、単セルを複数積層したいわゆるスタック構造を有するものであってもよい。
【実施例】
【0075】
以下に、具体的な実施例を示し、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0076】
実施例1
本実施例は、実施形態の中の図1に示した構成からなる固体高分子型燃料電池を作製した例である。
【0077】
以下に、本実施例に係わる固体高分子型燃料電池の製造工程を詳細に説明する。
【0078】
先ず、空気極の触媒層を作製する。
固体高分子電解質膜への転写層としてのPTFEシート(日東電工製、ニトフロン)上に、電子ビーム蒸着法により触媒担体としてのAuを50nmの厚さに形成した。さらに、不活性ガスに酸素および窒素を含んだ雰囲気での反応性スパッタ法により、くもの巣状構造の白金酸窒化物膜を1000nmの厚さに形成した。白金酸窒化物薄膜の空孔率は60%であった。この時の白金担持量は、0.38mg/cmであった。
反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2+QN2))80%、窒素流量比(QN2/(QAr+QO2+QN2))3%、基板温度25℃、投入パワー5.0W/cmの条件で行った。引き続き、このくもの巣状構造の白金酸窒化物薄膜を2%H/He雰囲気0.1MPaにて室温にて30分間の還元処理を行い、PTFEシート上に金担体上に形成されたくもの巣状構造のPt/Au触媒層を得た。
さらに、PTFEとnafionの混合懸濁溶液を含浸させることによって、触媒表面に有効に電解質チャンネルを形成するとともに、適切な撥水処理を行った。
【0079】
図3に前記で作製したくもの巣状構造の白金触媒層表面の高分解能SEM写真を示す。
【0080】
次に、燃料極の触媒層を作製する。
固体高分子電解質膜への転写層としてのPTFEシート上に、ドクターブレード法を用いて白金担持カーボン触媒を形成する。ここで使用する触媒スラリーは、白金担持カーボン(Jhonson Matthey製、HiSPEC4000)、Nafion、PTFE、IPA(イソプロピルアルコール)、水の混錬物である。この時の白金担持量は、0.35mg/cmであった。
【0081】
次に前記によって作製した空気極の触媒層と燃料極の触媒層を一対にして、固体高分子電解質膜(Dupont社製、Nafion112)を挟み、8MPa、150℃、1minのプレス条件でホットプレスを行った。
【0082】
次いで、PTFEシートを剥離することにより、一対の触媒層を高分子電解質膜に転写して、電解質膜と一対の触媒層を接合した。
【0083】
次いで、この接合体をガス拡散層としてのカーボンクロス(E−TEK製、LT1400−W)、さらに燃料極電極および空気極電極によって挟んで単セルを形成した。
【0084】
以上の工程によって作製した単セルに関して、図5に示した構成の評価装置を用いて特性評価を行った。燃料極電極側に水素ガスを、空気極電極側に空気を流し、電池温度80℃にて放電試験を行ったところ、図6に示すような電流−電圧特性が得られた。
【0085】
比較例1として、燃料極側および空気極側ともに白金担持カーボン触媒層を用い、単セルを形成した。この時の白金担持量は、燃料極側および空気極側ともに0.35mg/cmであった。
【0086】
まず反応律速領域である900mVでの電流密度を比較すると、本実施例が6.6mA/cmであったのに対し、比較例では2.0mA/cmであった。また、限界電流領域を比較すると、本実施例の単セルが650mA/cm以上の電流密度が取れるのに対し、比較例では530mA/cmであった。すなわち、本実施例の触媒層は比較例の触媒層に対し、抵抗分極および拡散分極による電池特性の劣化が大幅に抑えられていた。
【0087】
実施例2
本実施例は、実施形態の中の図1に示した構成からなる固体高分子型燃料電池を作製した例である。
【0088】
以下に、本実施例に係わる固体高分子型燃料電池の製造工程を詳細に説明する。
【0089】
先ず、空気極の触媒層を作製する。
予めカーボンブラックを塗布したガス拡散層としてのカーボンクロス(E−TEK製、LT1400−W)を、基板として使用した。そのカーボンブラック上に、不活性ガスに酸素を含んだ雰囲気で、白金ターゲットと硼素ターゲットの2元同時反応性スパッタ法により、くもの巣状構造の白金酸化物と酸化硼素を含む膜を1000nmの厚さに形成した。白金酸化物と酸化硼素を含む膜の空孔率は63%であった。この時の白金担持量は、0.40mg/cmであった。
反応性スパッタは、全圧4Pa、酸素流量比(QO2/(QAr+QO2+QN2))80%、基板温度25℃、投入パワー5.0W/cmの条件で行った。引き続き、このくもの巣状構造の白金酸化物と酸化硼素を含む膜を2%H/He雰囲気0.1MPaにて室温にて30分間の還元処理を行い、カーボンブラックを塗布したカーボンクロス上にくもの巣状構造のPt98触媒層を得た。
さらに、触媒層中にPTFEとNafionの混合懸濁溶液を含浸させることによって、触媒表面に有効に電解質チャンネルを形成するとともに、適切な撥水処理を行った。
【0090】
図4に前記で作製したくもの巣状構造のPt98触媒層表面の高分解能SEM写真を示す。
【0091】
次に、燃料極の触媒層を作製する。
カーボンブラックを塗布したガス拡散層としてのカーボンクロス(E−TEK製、LT1400−W)上に、スプレー法を用いて白金担持カーボン触媒を形成する。ここで使用する触媒スラリーは、白金担持カーボ(Jhonson Matthey製、HiSPEC4000)、Nafion、PTFE、IPA(イソプロピルアルコール)、水の混錬物である。この時の白金担持量は、0.37mg/cmであった。
【0092】
次に前記によって作製した空気極の触媒層/ガス拡散層と、燃料極の触媒層/ガス拡散層を一対にして、固体高分子電解質膜(Dupont社製、Nafion112)を挟み、8MPa、150℃、1minなるプレス条件でホットプレスを行った。
【0093】
次いで、この接合体を燃料極電極および空気極電極によって挟んで単セルを形成した。以上の工程によって作製した単セルに関して、図5に示した構成の評価装置を用いて特性評価を行った。燃料極電極側に水素ガスを、空気極電極側に空気を流し、電池温度80℃にて放電試験を行ったところ、図7に示すような電流−電圧特性が得られた。
【0094】
比較例1として、燃料極側および空気極側ともに白金担持カーボン触媒層を用い、単セルを形成した。この時の白金担持量は、燃料極側および空気極側ともに0.35mg/cmであった。
【0095】
まず反応律速領域である900mVでの電流密度を比較すると、本実施例が6.4mA/cmであったのに対し、比較例では2.0mA/cmであった。また、限界電流領域を比較すると、本実施例の単セルが650mA/cm以上の電流密度が取れるのに対し、比較例では530mA/cmであった。すなわち、本実施例の触媒層は比較例の触媒層に対し、抵抗分極および拡散分極による電池特性の劣化が大幅に抑えられていた。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明の電極触媒層は、薄い触媒層で高い触媒活性を有するので、小型電気機器に搭載する燃料電池に利用することができる。
【符号の説明】
【0097】
1 固体高分子電解質膜
2 燃料極触媒層
3 空気極触媒層
4 くもの巣状構造の触媒
5 触媒担体
6 燃料極ガス拡散層
7 空気極ガス拡散層
8 燃料極側電極(アノード)
9 空気極側電極(カソード)
10 くもの巣状構造を構成する糸状組織
11 糸状組織内のループ部
12 糸状組織内に針状部
13 糸状組織の幅
14 くもの巣状構造内の空孔
15 膜−電極接合体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子型燃料電池の電極触媒層であって、触媒担体と、前記触媒担体上に配置された膜厚10μm以下のくもの巣状構造の触媒を有し、前記くもの巣状構造の触媒は分岐した糸状組織と空孔から構成されており、前記空孔の孔径が30nmから600nmであることを特徴とする固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項2】
くもの巣状構造を有する層を少なくとも1層有する多層構造であることを特徴とする請求項1に記載の固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項3】
前記くもの巣状構造の触媒は、白金酸窒化物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物からなる混合物を還元処理してなる、白金、あるいは白金を含んだ多元金属、あるいは白金と白金酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物との混合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項4】
前記くもの巣状構造の触媒は、白金酸化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸化物と酸化硼素からなる混合物を還元処理してなる、白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属元素と白金以外の金属元素の酸化物と酸化硼素からなる混合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項5】
前記くもの巣状構造の触媒は、白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物あるいは白金と白金以外の金属元素との複合酸窒化物と酸化硼素からなる混合物を還元処理してなる、白金と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ多元金属と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金を含んだ金属元素と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物、あるいは白金と白金酸窒化物と白金以外の金属元素の酸窒化物と酸化硼素からなる混合物であることを特徴とする請求項1または2に記載の固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項6】
前記白金以外の金属元素は、Al,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn,Zr,Nb,Mo,Ru,Rh,Pd,Ag,In,Sn,Hf,Ta,W,Os,Re,Ir,Au,La,Ce,Ndからなる群の少なくとも1種以上の金属元素からなることを特徴とする請求項3乃至5のいずれかの項に記載の固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項7】
前記くもの巣状構造を形成する糸状組織の幅が3nm以上100nm以下であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかの項に記載の固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項8】
前記くもの巣状構造の触媒の空孔率が30%以上95%以下であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかの項に記載の固体高分子型燃料電池の電極触媒層。
【請求項9】
固体高分子電解質膜と、一対の電極と、前記固体高分子電解質膜と電極間に各々設けられた電極触媒層を有する固体高分子型燃料電池であって、前記電極触媒層の少なくとも一つは請求項1乃至8のいずれかに記載の電極触媒層からなることを特徴とする固体高分子型燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−178360(P2012−178360A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−109899(P2012−109899)
【出願日】平成24年5月11日(2012.5.11)
【分割の表示】特願2005−313400(P2005−313400)の分割
【原出願日】平成17年10月27日(2005.10.27)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】