説明

固定化金属イオンアフィニティー吸着によって回収された金属結合性物質による重金属汚染土壌の浄化方法

【課題】低コストでかつ回収率および選択性の高い重金属汚染土壌の浄化方法を提供する。
【解決手段】有機性廃棄物に由来する金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを含む重金属溶出剤。前記重金属溶出剤を重金属で汚染された土壌に接触させる工程(接触工程);ならびに重金属溶出剤を接触させた土壌から、重金属を担持した金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを分離する工程(分離工程);を含む、重金属で汚染された土壌の浄化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固定化金属イオンアフィニティー吸着によって有機性廃棄物から回収された金属結合性物質による重金属汚染土壌の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工場・事業所などの跡地において、鉛、カドミウム、銅などの重金属による土壌汚染が問題化している。こうした重金属汚染土壌への対策としては、客土法、微生物や植物を用いたバイオレメディエーション法、および薬剤を用いた土壌洗浄法などが挙げられる。非汚染土壌を投入する客土法は古くから行われてきた方法であるが、客土の入手コストおよび客土投入のための工事に要するコスト上昇の問題に加え、客土下層に残存する汚染土壌からの重金属の拡散および根系を介した吸収による作物汚染被害の問題がある。また、バイオレメディエーション法は、使用する微生物や植物の重金属吸収能力(重金属選択性および吸収速度)によってその適用条件が限定される問題がある。一方、薬剤を用いた土壌洗浄法は、重金属結合性を有する薬剤を汚染土壌と混合する、または現地汚染土壌表面に散布するなどにより、表面土壌に吸着した重金属を洗浄除去する方法である。この方法は、他の方法に比べてコストが低廉であり、また比較的短期間で洗浄効果を得ることができる利点を有する。それ故、薬剤を用いた土壌洗浄法は、それ単独で用いられるだけでなく、客土法やバイオレメディエーション法と組み合わせて使用される。
【0003】
薬剤を用いた土壌洗浄法において、土壌から重金属を効率的に溶出させるための洗浄剤としてEDTAなどのキレート性の薬品が用いられるが(特許文献1)、これらの化学物質が土壌に残存することによる二次汚染が懸念されている。それ故、土壌などにおける残存期間が短い生分解性の重金属結合性物質の開発が模索されている。
【0004】
アミノ酸や有機酸などの生物由来で金属除去能を有する物質は、生分解性であり土壌への残留が低減できるため環境への影響が少ない。このため、例えばペクチン酸の単量体またはオリゴ体の水溶液を用いた重金属汚染土壌の処理方法(特許文献2)、アミノ酸またはその塩を含有することを特徴とする重金属汚染土壌浄化剤(特許文献3)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4-263874号公報
【特許文献2】特開2002-45839号公報
【特許文献3】特開2005-219013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記のように、重金属汚染土壌への対策法が種々提案されているが、安全性(生分解性)、コスト、処理時間ならびに重金属の回収率および選択性などの点で満足できる技術は存在しない。広大な面積の汚染土壌を浄化するためには、重金属の回収率および選択性の点で満足できる技術であっても、高コストであっては実用化が困難となるからである。したがって、安価な有機性廃棄物から選択的に回収した金属結合性物質を重金属汚染土壌の洗浄剤として用いることができれば、低コストでかつ回収率および選択性の高い汚染土壌の浄化方法を開発できると考えられる。
【0007】
それ故本発明は、多成分混合溶液から金属結合性の物質を選択的に回収できる固定化金属イオンアフィニティー吸着法を利用し、有機性廃棄物に由来する生体物質を重金属汚染土壌の浄化に利用することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
最近、本発明者は、第一遷移金属イオンを担持させた水溶性または水不溶性高分子(好ましくは多糖類)を用いる固定化金属イオンアフィニティー吸着法により、塩やタンパク質などの存在下でもヒスチジン含有ペプチドを迅速、高効率かつ選択的に回収する方法を開発した(特開2008-179557号公報および特願2008-204212号明細書を参照されたい)。前記発明は、健康補助食品などの原料として用いるヒスチジン含有ペプチドを回収するために、第一遷移金属イオン(好ましくは銅(II)イオン)とヒスチジン残基側鎖との親和性を利用した分離方法である。
【0009】
固定化金属イオンアフィニティー吸着法は、キレート性吸着剤に固定した金属イオンと目的の金属結合性の生体物質(アミノ酸、ペプチドなど)との親和性を利用して目的物質を選択的に回収する精製技術である。それ故、前記特開2008-179557号公報および特願2008-204212号明細書に開示される金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着法により、塩分、アミノ酸、タンパク質などの複雑な成分を含む有機性廃棄物から、金属結合性を有する物質を選択的に単離または濃縮できる可能性が考えられた。
【0010】
そこで本発明者は、前記課題を解決するための手段として、金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着法によって食品加工廃液などの有機性廃棄物から回収された金属結合性のアミノ酸、ペプチド、有機酸、脂質などの生体物質が、各種重金属で汚染された土壌の洗浄剤として利用できることを見出し、本発明に到達した。
【0011】
すなわち、第一に、本発明は、
(1)有機性廃棄物に由来する金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを含む重金属溶出剤である。
【0012】
(2)前記金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドは、金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着によって有機性廃棄物から単離または濃縮されたアミノ酸および/またはペプチドであることが好ましい。
【0013】
(3)前記金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドは、ヒスチジン、システイン、アンセリン、カルノシン、メチオニンおよびグルタミン酸からなる群より選択される1種以上のアミノ酸および/またはペプチドをそれぞれ独立して0.01〜100 mMの濃度で含むことが好ましい。
【0014】
(4)前記有機性廃棄物は、カツオ煮汁、カツオだし、マグロ煮汁、ちりめん煮汁、チキンスープ、チキンエキス、ビーフスープ、ビーフエキス、および動物もしくは魚の非可食部の煮汁もしくは抽出液からなる群より選択されることが好ましい。
【0015】
第二に、本発明は、
(5)前記(1)〜(4)のいずれか1項の重金属溶出剤を重金属で汚染された土壌に接触させる工程(接触工程);ならびに
重金属溶出剤を接触させた土壌から、重金属を担持した金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを分離する工程(分離工程);
を含む、重金属で汚染された土壌の浄化方法である。
【0016】
(6)前記接触工程は、温度10〜50℃、pH2〜12において重金属で汚染された土壌に1〜48時間接触させることにより実施されることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、多成分混合溶液から金属結合性の物質を選択的に回収できる固定化金属イオンアフィニティー吸着法を利用し、有機性廃棄物に由来する金属結合性の生体物質を重金属汚染土壌の浄化に利用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】各種アミノ酸による、Cu(II)担持バーミキュライトからのCu(II)の溶出に対するpHの影響を示す図である。横軸のpHeqは、平衡pH値を意味する(本明細書の他の箇所および図面中でも同じ意味である)。
【図2】各種アミノ酸による、Co(II)担持バーミキュライトからのCo(II)の溶出に対するpHの影響を示す図である。
【図3】各種アミノ酸による、Ni(II)担持バーミキュライトからのNi(II)の溶出に対するpHの影響を示す図である。
【図4】各種アミノ酸による、Zn(II)担持バーミキュライトからのZn(II)の溶出に対するpHの影響を示す図である。
【図5】各種アミノ酸による、Pb(II)担持バーミキュライトからのPb(II)の溶出に対するpHの影響を示す図である。
【図6】各種アミノ酸による、Cd(II)担持バーミキュライトからのCd(II)の溶出に対するpHの影響を示す図である。
【図7】カツオ煮汁模擬液による、各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出を示す図である。
【図8】ブランク溶液による、各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出を示す図である。
【図9】カツオ煮汁からの固定化金属イオンアフィニティー吸着によるアミノ酸回収模擬液による、各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出を示す図である。
【図10】カツオ煮汁からの固定化金属イオンアフィニティー吸着によるアミノ酸回収液による、各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
1.重金属溶出剤
1−1.重金属溶出剤の概要
本発明の重金属溶出剤は、有機性廃棄物に由来する金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを含み、重金属溶出作用を奏するものである限りどのような形態であっても良い。重金属溶出作用を奏するものであれば、例えば、有機性廃棄物自体であっても、有機性廃棄物から単離または濃縮された金属結合性のアミノ酸および/もしくはペプチドであっても、または有機性廃棄物から単離もしくは濃縮された金属結合性のアミノ酸および/もしくはペプチドを含む水溶液の形態であっても良く、あるいは有機性廃棄物から単離もしくは濃縮された金属結合性のアミノ酸および/もしくはペプチドに他の成分がさらに添加された水溶液の形態の組成物であっても良い。
【0020】
本明細書において、「金属結合性」は、陽イオンとして存在している金属元素、好ましくは重金属元素と、化学的結合および/または相互作用を介してキレート錯体のような可溶態の複合体分子を形成する性質を意味する。前記化学的結合および相互作用には、配位結合、イオン結合および疎水的相互作用などを含む。
【0021】
本明細書において、「重金属溶出作用」は、上記の金属結合性に基づき重金属と可溶態の複合体分子を形成することにより、汚染土壌粒子に吸着した不溶態の重金属を該汚染土壌から溶出する作用を意味する。
【0022】
本明細書において、「重金属」は、比重が4〜5以上の遷移金属元素を意味し、限定するものではないが、銅(Cu(II))、亜鉛(Zn(II))、ニッケル(Ni(II))、コバルト(Co(II))、鉛(Pb(II))およびカドミウム(Cd(II))などの土壌汚染の原因となる元素を含む。
【0023】
本明細書において、「重金属汚染土壌」または「汚染土壌」は、前記重金属が土壌粒子に吸着した土壌を意味する。通常、重金属汚染土壌では、重金属は土壌粒子に強く吸着した不溶態で存在する。かかる状態では、土壌を水で洗浄しても重金属は土壌粒子に吸着したまま留まり、効率的に除去することは困難である。それ故、重金属を洗浄除去するためには、土壌粒子に吸着している重金属を、キレート錯体のような可溶態の複合体分子にして溶出することが必要となる。
【0024】
本発明において、「有機性廃棄物」は、生物に由来する廃棄物を意味し、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが含まれているものであれば、由来する生物種、物質組成などに限定されるものではない。魚肉類の煮汁など、様々な食品を加工する際に生じる食品加工廃液、ならびに植物の抽出液および煮熟液などを使用することが可能である。好適な有機性廃棄物は、限定するものではないが、カツオ煮汁、カツオだし、マグロ煮汁、ちりめん煮汁、チキンスープ、チキンエキス、ビーフスープ、ビーフエキス、および動物もしくは魚、好ましくは魚あら等の非可食部の煮汁もしくは抽出液である。
【0025】
本明細書において、「アミノ酸」は、有機性廃棄物に含まれうるあらゆる天然アミノ酸(L-体もしくはD-体を含む)、または修飾アミノ酸および含硫アミノ酸のようなそれらのアミノ酸誘導体もしくは類縁体を意味するものとする。本明細書において、「ペプチド」はペプチド結合によって結合した2個以上のアミノ酸を含む分子を意味し、アミノ酸鎖長は2〜10であることが好ましい。
【0026】
本発明の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドは、ヒスチジン、グルタミン酸、アルギニン、メチオニン、システイン、アンセリン(β−アラニル−1-メチル−L-ヒスチジン)、カルノシン(β−アラニル−L-ヒスチジン)、ホモカルノシン(γ−アミノブチリル−L−ヒスチジン)、オフィジン(β−アラニル−L−3−メチルヒスチジン)、およびトリプトファンなどから選択される、重金属と高い金属結合性を示す1種以上のアミノ酸および/またはペプチドを含むことが好ましい。
【0027】
特定の実施形態において、本発明の重金属溶出剤は、有機性廃棄物に由来する金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドとして、ヒスチジン、システイン、アンセリン、カルノシン、メチオニンおよびグルタミン酸からなる群より選択される1種以上のアミノ酸および/またはペプチドを含む水溶液の形態であることが好ましい。また、別の実施形態において、本発明の重金属溶出剤は、前記アミノ酸および/またはペプチドに加えて、該アミノ酸および/またはペプチドが有する重金属溶出作用に実質的な影響を及ぼさない他の成分がさらに添加された水溶液の形態の組成物であることが好ましい。前記アミノ酸および/またはペプチドは、それぞれ独立して0.01〜100 mMの濃度であることが好ましく、ヒスチジンが0.1〜10 mM、カルノシンが0.1〜10 mM、アンセリンが0.1〜10 mM、システインが0.1〜10 mMであることが特に好ましい。本発明の重金属溶出剤は、金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを、以下に説明する調製方法によって有機性廃棄物から単離もしくは濃縮することにより得ることが可能であり、または必要に応じて水等の溶媒で上記の好適な濃度に希釈し水溶液の形態とすることにより得ることが可能である。
【0028】
本発明の重金属溶出剤は、食品加工廃液のような有機性廃棄物に由来する金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドの重金属溶出作用により、Cu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)および Cd(II)などの重金属で汚染された土壌を効率的に浄化することが可能である。以下にその調製方法を更に詳細に説明する。
【0029】
1−2.調製方法
上記のように、本発明の重金属溶出剤は、有機性廃棄物自体であっても、有機性廃棄物から単離または濃縮された金属結合性のアミノ酸および/もしくはペプチドであっても、または有機性廃棄物から単離もしくは濃縮された金属結合性のアミノ酸および/もしくはペプチドに他の成分がさらに添加された組成物であっても良い。金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドは、以下に示す方法により有機性廃棄物から単離または濃縮されることが可能である。
【0030】
多数の有機化合物および高濃度の塩を含む有機性廃棄物から、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを効率的に単離または濃縮するためには、固相抽出、イオン交換、ゲル濾過、分配、アフィニティークロマトグラフィー、透析、限外濾過などの当業界で慣用されるあらゆる分離方法を使用することが可能である。しかしながら、本発明で使用される有機性廃棄物には、通常極めて多数の有機化合物に加えて、高濃度の塩が含まれている。ここで「塩」は、食品加工工程など有機性廃棄物が排出されるに至る過程で添加される成分であるかまたは該生物の体内に存在していた成分であって、塩化ナトリウムなどの金属元素の塩および酢酸塩などの有機酸の塩を含む、任意のイオンの組み合わせからなる塩を意味する。これらの成分は、上記の分離方法において精製純度および分離時間の面で好ましくない影響を与えることが知られている。かかる材料から、高い精製純度でかつ短時間の間に所望の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを単離または濃縮するために好適な方法としては、固定化金属イオンアフィニティー吸着法が挙げられる。前記方法は、金属イオンを固相に吸着固定化し、タンパク質を構成するアミノ酸残基側鎖と吸着固定化された金属イオンとの親和性を利用してタンパク質を分離する手法である。His-Tag融合タンパク質を、金属イオン(主にNi+)固定化担体を充填したカラムに吸着させることによって組換えタンパク質を分離精製する固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィー(IMAC)法は、広く利用されている。
【0031】
本発明の重金属溶出剤は、固定化金属イオンアフィニティー吸着を用いて有機性廃棄物から金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを単離または濃縮することによって調製されることが好ましく、金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着用いることが特に好ましい。
【0032】
本明細書において、「金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着」は、塩やタンパク質などの夾雑物質共存下でも金属結合性ペプチドの特異的吸着が達成されるという特徴を有する固定化金属イオンアフィニティー吸着を意味する。かかる特徴により、金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着は、高濃度の塩を含む有機性廃棄物から所望の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを単離または濃縮することが必要となる、本発明の重金属溶出剤の調製に好適である。
【0033】
本発明に使用される金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着としては、より具体的には、主に3つの実施形態が考えられる。以下、それぞれの実施形態について説明する。
【0034】
1−2−1.キレート樹脂を担体として用いた調製方法
本発明に使用される金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着の1つの実施形態は、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを塩および/またはタンパク質と共に含む有機性廃棄物を、第一遷移金属イオンを担持したイミノ二酢酸型キレート樹脂に接触させ、好ましくは吸着反応が平衡に達するまで反応させまたは混合して、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが該キレート樹脂に吸着された混合物とした後、その混合物から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが吸着されたキレート樹脂を回収し、さらにそのキレート樹脂から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを溶離させることを含む。
【0035】
本明細書において、「吸着」および「担持」は、目的物質が樹脂に結合して保持されることを意味し、配位結合(錯体形成)による樹脂への結合(固定化)に加えて、静電的相互作用による樹脂への緩やかな結合も包含する。
【0036】
本明細書において、「イミノ二酢酸型キレート樹脂」は、イミノ二酢酸基をキレート基として担体に結合させたキレート樹脂を意味する。イミノ二酢酸型キレート樹脂に結合されたイミノ二酢酸基は金属イオンと配位結合し、錯体を形成する。これにより、その金属イオンはキレート基に担持され、キレート樹脂に固定化された形態となる。本方法で使用されるイミノ二酢酸型キレート樹脂の基体、形状、製造方法などは特に限定されず、キレート樹脂の製造に通常利用される任意のものを使用することができる。本方法で使用されるイミノ二酢酸型キレート樹脂は、例えば任意の基本樹脂に基づくものであってよく、例えばフェノール系、スチレン系、アクリル系、エポキシ系などの架橋体を基体(担体)とする樹脂を使用することができる。本方法で使用されるイミノ二酢酸型キレート樹脂は、架橋ポリスチレン基体を基本樹脂として用いたものであることがより好ましい。このようなイミノ二酢酸型キレート樹脂は、公知の方法によって製造することもできるし(例えば、Hutchens,T.W. ら著、J. Chromatogr., 第536巻、p. 1-15 (1991年)、特開平02-187143号公報などに記載の方法を参照されたい)、市販品を使用することもできる。本方法において好適に使用できる市販のイミノ二酢酸型キレート樹脂としては、例えば、三菱化学ダイヤイオン(登録商標)CR-11(三菱化学)、ランクセス(株)レバチット(登録商標)TP207、レバチット(登録商標)モノポラスTP208が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0037】
本方法のイミノ二酢酸型キレート樹脂に担持される第一遷移金属イオンとしては、Cu(II)イオン、Ni(II)イオン、Co(II)イオン、Zn(II)イオンなどが挙げられるが、Cu(II)イオンが特に好ましい。
【0038】
本方法のCu(II)イオンを担持したイミノ二酢酸型キレート樹脂、特に、架橋ポリスチレン基体に基づく当該キレート樹脂は、広いpH範囲において、高塩濃度下でも塩非存在下でも、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドに対して良好な吸着性と溶離剤による脱離性とを有する。それ故、本方法において、前記キレート樹脂は、第一遷移金属イオンを固定化したイミノ二酢酸型キレート樹脂としてより好適に使用することが可能である。
【0039】
第一遷移金属イオンのイミノ二酢酸型キレート樹脂への固定化は、公知の方法に従って行えばよい。例えば、あらかじめイミノ二酢酸型キレート樹脂を充填したカラムに当該金属イオンの水溶液を通液させるか、あるいは当該金属イオンの水溶液に樹脂を添加して所定時間撹拌し、濾過後、乾燥させる方法などを用いることができる。イミノ二酢酸型キレート樹脂に固定化される金属イオンの量は、特に限定されないが、例えば0.1〜2.0 mmol/g、より好ましくは1.0〜2.0 mmol/g程度である。
【0040】
本方法では、上記の第一遷移金属イオンを固定化したイミノ二酢酸型キレート樹脂に、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドならびに塩を含む水溶液を接触させる。これは例えば、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドならびに塩を含む水溶液中に、第一遷移金属イオンを固定化したイミノ二酢酸型キレート樹脂を添加し、一定時間振盪することにより、達成することができる。
【0041】
金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドならびに塩を含む水溶液と、第一遷移金属イオンを固定化したイミノ二酢酸型キレート樹脂との接触は、該アミノ酸および/またはペプチドの吸着により好適な条件下で行うことが好ましい。例えば、当該水溶液とキレート樹脂との接触は、限定するものではないが、好ましくはpH5〜12、さらに好ましくはpH7〜10の条件下で行うことにより、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドの吸着選択性をより高めることが可能である。また温度条件は、特に限定されないが、好ましくは10℃〜40℃、より好ましくは25℃〜35℃、さらに好適には30℃とすればよい。
【0042】
以上のようにして、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドならびに塩を含む水溶液と、第一遷移金属イオンを固定化したイミノ二酢酸型キレート樹脂とを接触させることにより、該金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを、第一遷移金属イオンとの配位結合を介して該樹脂に吸着させることができる。
【0043】
第一遷移金属イオンを固定化したイミノ二酢酸型キレート樹脂に吸着された金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドは、その後、該水溶性キレート高分子から溶離して用いる。当該キレート樹脂からの吸着物質の溶離は、例えば、公知の溶離剤を用いて行うことができる。より具体的には、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが吸着された上記のキレート樹脂に、適切な溶離剤の水溶液を添加し混合することにより、当該樹脂から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを脱離させ、水溶液中に溶出させることができる。この溶離剤として、限定するものではないが、例えばクエン酸をはじめとする酸、イミノ二酢酸、エチレンジアミン四酢酸、イミダゾール、ヒスチジンなどを使用することにより、当該樹脂から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを容易に脱離(溶離)させることができる。
【0044】
このようにして溶離した金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドと樹脂とを含む混合物を、例えばさらに濾過して樹脂を除去することにより、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが単離または濃縮された状態で含まれる水溶液を取得することができる。上記混合物またはそこから採取した金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを含む水溶液は、クロマトグラフィー法などの他の公知のペプチド精製技術に供することにより、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドをさらに分離精製してもよい。
【0045】
上記の方法によれば、有機性廃棄物中に塩類等が共存していても、その有機性廃棄物中から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを迅速な吸着反応により分離(単離または濃縮)することができる。本方法で使用されるキレート樹脂は安価であり、それ故低コストで本発明の重金属溶出剤を調製することが可能となる。
【0046】
1−2−2.水溶性高分子を担体として用いた限外濾過分離に基づく調製方法
本発明に使用される金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着の他の実施形態は、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを塩と共に含む有機性廃棄物に、第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子を加えて、好ましくは吸着反応が平衡に達するまで十分に混合し、該有機性廃棄物中の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが水溶性高分子に保持された混合物とした後、その混合物を限外濾過にかけて、該水溶性高分子に保持された金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを濾過残渣として分離することを含む。
【0047】
上記の実施形態においては、第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子を、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを吸着する水溶性の担体として用いる。前記第一遷移金属イオンとしては、Cu(II)イオン、Ni(II)イオン、Co(II)イオン、Zn(II)イオンなどが挙げられるが、Cu(II)イオンが特に好ましい。水溶性高分子としては、限外濾過膜(一般的には、分画分子量5,000〜50,000の限外濾過膜)を透過しないサイズを有し、かつ水溶性である任意の化合物を用いることができ、例えば、より好ましい例として水溶性多糖類が挙げられる。具体的には、本方法では、分子量10,000以上、好ましくは分子量60,000〜90,000の水溶性高分子を好適に使用することができる。より具体的には、本発明で使用可能な水溶性高分子として、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリイソプロピルアクリルアミド、ポリエチレングリコール等の水溶性合成高分子や、カルボキシメチルセルロース、水溶性セルロース、水溶性キチンおよび/またはキトサン、ペクチン、デキストラン(Dex)、アガロース、アルギン酸、カラギーナン等の水溶性天然多糖類等が挙げられるが、デキストランが特に好ましい。
【0048】
本明細書において、「第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子」は、担体である水溶性高分子に第一遷移金属イオンを固定化したものを意味する。
【0049】
第一遷移金属イオンを担持した水溶性高分子としてより一般的な例は、上記の水溶性高分子に、第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基を官能基として導入し(以下水溶性キレート高分子と略称する)、そのキレート基に第一遷移金属イオンをキレート結合により固定化して得られるものである。第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基としては、イミノ二酢酸基、アミドキシム基、アミノリン酸基等を用いることができるが、イミノ二酢酸基を用いることがより好ましい。水溶性高分子へのキレート基の導入は、通常の有機化学反応を利用する公知の方法に従って行えばよい。水溶性高分子へのキレート基の導入は、エポキシ基(例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル)などの架橋基を介してキレート基を水溶性高分子に結合することにより行ってもよい。具体的には、例えばイミノ二酢酸基をキレート基として用い、水溶性高分子としてデキストランを用いる場合には、下記の合成スキームに従って、イミノ二酢酸基を導入したキレート高分子(デキストラン誘導体)を生成することができる。
【0050】
【化1】

【0051】
得られた水溶性キレート高分子への第一遷移金属イオンの固定化は、公知の方法に従って行えばよい。第一遷移金属イオンは、水溶性キレート高分子に導入されたキレート基とキレート錯体を形成することによって、その水溶性高分子に固定化される。例えば、あらかじめ固定化する第一遷移金属の塩を含む水溶液でコンディショニングした水溶性キレート高分子に、当該金属塩の水溶液を添加して所定時間撹拌し、透析して得た残渣を乾燥させる方法等によって、第一遷移金属イオンを水溶性キレート高分子へ固定化することができる。水溶性キレート高分子に固定化される第一遷移金属イオンの量(担持量)は、限定するものではないが、該水溶性キレート高分子1 g当たりの値で、例えば0.05〜10.0 mmol/g、より好ましくは0.1〜2.0 mmol/gであり、特に好ましくは0.2〜0.5 mmol/gである。
【0052】
本明細書において、第一遷移金属イオンを固定化した水溶性キレート高分子を「第一遷移金属担持水溶性キレート高分子」と総称し、具体的には例えば「銅(II)担持水溶性キレート高分子」や、「銅(II)担持キレートデキストラン」などと称する。
【0053】
本方法では、上記の第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを含む有機性廃棄物を加えて十分に混合する(好ましくは、吸着反応が平衡に達するまでよく混合する)ことにより、該有機性廃棄物中の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが、第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に保持された混合物とする。前記混合物は、例えば一定時間振盪することにより、良好に混合することができる。一般的には、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを塩と共に含む有機性廃棄物と、第一遷移金属担持水溶性キレート高分子との混合は、限定するものではないが、好ましくはpH4〜12、より好ましくはpH5〜12、さらに好ましくはpH5〜9の条件下で行うことにより、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドの吸着率をより向上させることができる。混合時の温度条件は、特に限定されないが、好ましくは10℃〜40℃、より好ましくは25℃〜35℃、さらに好適には30℃とすればよい。振盪速度は100〜300 rpm、好ましくは120 rpmで振盪すればよい。振盪等による混合時間(第一遷移金属担持水溶性キレート高分子と金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドとの接触時間)は、適宜設定すればよいが、吸着反応が平衡に達するまでに要する時間を上回る時間が好ましい。その混合時間は、振盪条件等にもよるが、通常は30分〜48時間程度でよい。短時間のうちに高効率に金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを回収するためには、吸着反応が平衡に達するまでの時間だけ混合すればよく、例えば30分〜24時間、好ましくは1時間〜7時間、より好ましくは1時間〜4時間にわたり混合すればよい。
【0054】
以上のようにして、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを塩と共に含む有機性廃棄物と、第一遷移金属担持水溶性キレート高分子とを混合することにより、該有機性廃棄物中の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを、第一遷移金属イオンとの金属配位結合に基づき水溶性キレート高分子に吸着(捕捉)して保持させることができる。
【0055】
上記工程で得られた金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを保持した第一遷移金属担持水溶性キレート高分子が含まれる混合物を、次いで限外濾過にかける。この限外濾過により、該水溶性キレート高分子に保持された金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドは、濾過残渣として限外濾過膜上に保持され、一方、低分子量の目的外の物質(他のペプチド、アミノ酸、タンパク質等)は、限外濾過膜を通過して透過液へと流出する。それ故、水溶性キレート高分子に保持された金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを、他の成分と分離して回収することができる。
【0056】
前記限外濾過は、当業界で慣用される任意の方法によって行うことができるが、好ましくは、分画分子量5,000〜50,000、より好ましくは分画分子量10,000〜30,000の限外濾過膜を用いて行うのがよい。限定するものではないが、一般的には限外濾過の際に加圧することが好ましく、例えば0.03〜1 MPa、例えば0.3 MPaの加圧下で限外濾過することができる。
【0057】
第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に保持された金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドは、その後、該水溶性キレート高分子から溶離して用いる。当該金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドの溶離は、例えば、公知の溶離剤を用いて行うことができる。より具体的には、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを保持させた上記第一遷移金属担持水溶性キレート高分子に、適切な溶離剤の水溶液を添加し、混合することにより、当該水溶性キレート高分子から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを脱離させて水溶液中に溶出させることができる。この溶離剤として、限定するものではないが、例えばクエン酸をはじめとする酸、酢酸、イミノ二酢酸、エチレンジアミン四酢酸、イミダゾール、ヒスチジンなどを使用することにより、当該水溶性キレート高分子から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを容易に脱離(溶離)させることができる。
【0058】
このようにして溶離した金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドと水溶性キレート高分子とを含む混合物を、例えばさらに濾過して水溶性キレート高分子を除去することにより、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが単離または濃縮された状態で含まれる水溶液を取得することができる。上記混合物またはそこから得られた金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを含む水溶液は、クロマトグラフィー法などの他の公知のペプチド精製技術に供することにより、さらに分離精製してもよい。
【0059】
上記の方法によれば、有機性廃棄物中に塩類等が共存していても、その有機性廃棄物中から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを迅速な吸着反応により分離(単離または濃縮)することができ、かつ該吸着反応は早期に平衡に達することから、煩雑な脱塩操作をすることなく金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを短時間のうちに高効率に調製することが可能となる。
【0060】
1−2−3.水不溶性多糖類を担体として用いた調製方法
本発明に使用される金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着のさらに他の実施形態は、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを塩および/またはタンパク質と共に含む有機性廃棄物と、第一遷移金属イオンを担持した水不溶性高分子とを接触させ、好ましくは吸着反応が平衡に達するまで反応させまたは混合して、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが水不溶性高分子に吸着された混合物とした後、その混合物から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが吸着された水不溶性高分子を回収し、さらにその水不溶性高分子から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを溶離させることを含む。
【0061】
この方法においては、第一遷移金属イオンを担持した水不溶性高分子(特に、水不溶性多糖類)を、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを吸着する水不溶性の担体として用いる。第一遷移金属イオンとしては、Cu(II)イオン、Ni(II)イオン、Co(II)イオン、Zn(II)イオンなどが挙げられるが、Cu(II)イオンが特に好ましい。本方法で使用可能な水不溶性高分子としては、セルロース、ヘミセルロース、リグニン、キチン等の水不溶性多糖類が好ましく、特にセルロースが好ましい。本方法で使用可能な水不溶性多糖類としては、分子量1,000以上、好ましくは分子量3,000〜5,000の多糖類がより好ましい。
【0062】
本明細書において、「第一遷移金属イオンを担持した水不溶性多糖類」は、担体である水不溶性多糖類に第一遷移金属イオンを固定化したものを意味する。
【0063】
第一遷移金属イオンを担持した水不溶性多糖類としてより一般的な例は、上記水不溶性多糖類に、第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基を官能基として導入し、そのキレート基に第一遷移金属イオンをキレート結合により固定化して得られるものである。第一遷移金属イオンを固定化できるキレート基としては、イミノ二酢酸基、アミドキシム基、アミノリン酸基等を用いることができるが、イミノ二酢酸基を用いることがより好ましい。水不溶性多糖類へのキレート基の導入は、通常の有機化学反応を利用する公知の方法に従って行えばよい。水不溶性多糖類へのキレート基の導入は、エポキシ基(例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテルやグリセロールポリグリシジルエーテル)などの架橋基を介してキレート基を水不溶性多糖類に結合するものでもよい。あるいは、第一遷移金属イオンをキレート結合により固定化して担持した水不溶性多糖類としては、重金属吸着除去用のキレート吸着材として各種市販されているものを用いることもできる。例えばイミノ二酢酸基をキレート基として用いたセルロース系キレート吸着材であるCellufine(登録商標) Chelate(チッソ社製)を、本発明に使用される金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着に好適に用いることができる。
【0064】
上記水不溶性キレート多糖類への第一遷移金属イオンの固定化は、公知の方法に従って行えばよい。第一遷移金属イオンは、水不溶性キレート多糖類に導入されたキレート基とキレート形成することによって、その水不溶性多糖類に固定化される。例えば、あらかじめ、固定化するその第一遷移金属の塩を含む水溶液でコンディショニングした水不溶性キレート多糖類に、当該金属塩の水溶液を添加して所定時間撹拌し、透析して得た残渣を乾燥させる方法等によって、第一遷移金属イオンを水不溶性キレート多糖類へ固定化することができる。水不溶性キレート多糖類に固定化される第一遷移金属イオンの量(担持量)は、限定するものではないが、該水不溶性キレート高分子1 g当たりの値で、例えば0.05〜10.0 mmol/g、より好ましくは0.1〜2.0 mmol/g、例えば0.2〜0.5 mmol/g程度である。
【0065】
本明細書において、第一遷移金属イオンを固定化したキレート基を有する水不溶性多糖類を「第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類」と総称し、具体的には例えば「銅(II)担持水不溶性キレート多糖類」や、「銅(II)担持セルロース系キレート吸着材」などと称する。
【0066】
本方法では、上記の第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類に、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを含む有機性廃棄物を加えることにより、好ましくは吸着反応が平衡に達するまでその第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類と金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドとを接触させることにより、その溶液中の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類に吸着させる。例えば、当該第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類に有機性廃棄物を加え、一定時間振盪して反応させまたは混合することで、両者を十分に接触させることができる。一般的には、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを塩および/またはタンパク質(好ましくは水溶性タンパク質)と共に含む有機性廃棄物と、第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類との接触は、限定するものではないが、好ましくはpH4〜12、より好ましくはpH5〜12、さらに好ましくはpH5〜9の条件下で行うことにより、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチド吸着率をより向上させることができる。接触時の温度条件は、特に限定されないが、好ましくは10℃〜40℃、より好ましくは25℃〜35℃、さらに好適には30℃とすればよい。振盪速度は100〜300 rpm、好ましくは120 rpmで振盪すればよい。振盪等による接触時間(第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類と金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドとの接触時間)は、適宜設定すればよいが、吸着反応が平衡に達するまでに要する時間を上回る時間が好ましい。その接触時間は、振盪条件等にもよるが、通常は30分〜48時間程度でよい。短時間のうちに高効率に金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを回収するためには、吸着反応が平衡に達するまでの時間だけ混合すればよく、例えば30分〜24時間、好ましくは1時間〜7時間、より好ましくは1時間〜4時間にわたり混合すればよい。
【0067】
以上のようにして、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを塩および/またはタンパク質と共に含む水溶液と、第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類とを接触させることにより、該水溶液中の金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを、そのヒスチジンのイミダゾール基と第一遷移金属イオンとの金属配位結合に基づきその水不溶性キレート多糖類に吸着させることができる。
【0068】
第一遷移金属担持水不溶性キレート多糖類に吸着させた金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドは、次に、該水不溶性キレート高分子から溶離させることが好ましい。吸着した金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドの溶離は、例えば、公知の溶離剤を用いて行うことができる。より具体的には、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを吸着させた上記水不溶性キレート多糖類に、適切な溶離剤の水溶液を添加し、混合することにより、当該水不溶性キレート多糖類から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを脱離させ、水溶液中に溶出させることができる。この溶離剤として、限定するものではないが、例えばクエン酸をはじめとする酸、イミノ二酢酸、エチレンジアミン四酢酸、イミダゾール、ヒスチジンなどを使用することにより、当該水不溶性キレート多糖類から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを容易に脱離(溶離)させることができる。この溶離剤として、限定するものではないが、例えばクエン酸をはじめとする酸、酢酸、イミノ二酢酸、エチレンジアミン四酢酸、イミダゾール、ヒスチジンなどを使用することにより、当該水不溶性キレート多糖類から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを容易に脱離(溶離)させることができる。
【0069】
このようにして溶離した金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドと水不溶性キレート多糖類とを含む混合物を、例えばさらに濾過して水不溶性キレート多糖類を除去することにより、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドが単離または濃縮された状態で含まれる水溶液を取得することができる。上記混合物またはそこから得られた金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを含む水溶液は、クロマトグラフィー法などの他の公知のペプチド精製技術に供することにより、さらに分離精製してもよい。
【0070】
上記の方法によれば、有機性廃棄物中に塩類等が共存していても、その有機性廃棄物中から金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを迅速な吸着反応により分離(単離または濃縮)することができ、かつ該吸着反応は早期に平衡に達することから、煩雑な脱塩操作をすることなく金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを短時間のうちに高効率に回収することが可能となる。また有機性廃棄物中にタンパク質(特に水溶性タンパク質)が共存している場合でも、本方法によればタンパク質による吸着阻害をより低く抑えられるため、あらかじめ除タンパク質処理をしなくても金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドの吸着率を改善することが可能となる。
【0071】
以上説明したように、本発明の重金属溶出剤は、食品廃棄物などの有機性廃棄物から重金属溶出剤を調製するため、比較的低コストでかつ二次汚染の少ない汚染土壌の浄化を行うことが可能となる。また、本発明の重金属溶出剤は、有機性廃棄物に由来する金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドが有する重金属溶出作用により、Cu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)およびCd(II)などの重金属で汚染された土壌を効率的に浄化することが可能である。
【0072】
2.重金属で汚染された土壌の浄化方法
本発明の土壌の浄化方法は、前記「1.重金属溶出剤」に開示される重金属溶出剤を重金属で汚染された土壌に接触させる工程(接触工程);ならびに重金属溶出剤を接触させた土壌から、重金属を担持した金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを分離する工程(分離工程);を含む。本発明の浄化方法により、低コストでかつ二次汚染の少ない土壌浄化が可能となる。
【0073】
2−1.接触工程
接触工程は、金属結合性を有するアミノ酸および/またはペプチドを、土壌中に含まれる重金属と選択的に結合させることを目的とする。
【0074】
本工程において、重金属溶出剤を金属で汚染された土壌に接触させることにより、土壌粒子に吸着した重金属とキレート錯体のような可溶態の複合体分子を形成させる。土壌粒子からの重金属の脱離効率および/または複合体分子の形成効率は、土壌pHを調整することにより向上させることが可能である。一般にpH2〜3の強酸性条件において、高い脱離効率でCu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)およびCd(II)などの重金属を土壌粒子から溶出することが可能であるが、このような強酸性条件は様々な土壌養分の流出をも引き起こすために、農地などの汚染土壌浄化に用いる場合には適切な条件ではない。かかる実施形態においては、本工程は中性〜弱アルカリ性において実施されるのが好ましい。それ故、本工程においてpHはpH2〜12が好ましい。また、特定の実施形態において、pHはpH7〜10が好ましく、pH7〜8がより好ましい。
【0075】
本工程は、限定するものではないが、例えば(1)カラムに汚染土壌を充填し、重金属溶出剤をカラム上部もしくは下部から通液する(カラム法);(2)閉鎖容器内で汚染土壌と重金属溶出剤を混合する(バッチ混合法);(3)閉鎖容器内で汚染土壌を重金属溶出剤に浸漬する(バッチ浸漬法);または(4)現地汚染土壌に重金属溶出剤を直接散布する(直接散布法);などのような方法のいずれか1つまたはそれらを組み合わせて実施することが可能である。少量の汚染土壌を浄化する場合には、高い脱離効率を達成できることからカラム法を用いることが好ましい。しかしながら、処理すべき土壌体積が増加すれば、それに比例してカラム作製に要するコストおよび労力が上昇する。それ故、大量の汚染土壌を浄化する場合には、バッチ混合法またはバッチ浸漬法(以下あわせてバッチ法と省略する)を用いることがより好ましい。さらに大規模に本発明の浄化方法を実施する場合には、汚染が発生している現地土壌に重金属溶出剤を直接散布することが好ましい。
【0076】
特定の実施形態において、本工程はバッチ混合法で実施することが好ましい。かかる実施形態において、混合は閉鎖容器内に設置した撹拌装置により実施してもよく、外部に設置した振盪装置によって閉鎖容器全体を振盪することにより実施してもよい。振盪装置によって振盪する場合、振盪速度は10〜150 rpmであることが好ましい。
【0077】
本工程においては、使用される方法に依存して様々な処理温度を選択することが可能である。特定の実施形態において、本工程は10〜50℃で実施されることが好ましい。
【0078】
本工程においては、使用される方法に依存して様々な処理時間を選択することが可能である。特定の実施形態において、本工程は1〜48時間で実施されることが好ましい。
【0079】
本工程により、土壌粒子と結合した重金属を遊離し可溶態の複合体分子とすることで、重金属を土壌から分離することが可能となる。
【0080】
2−2.分離工程
分離工程は、接触工程を行った土壌から、可溶態の複合体分子を分離して重金属を除去することを目的とする。
【0081】
本工程は、限定するものではないが、前記接触工程で使用された方法に依存して例えば(1)カラム上部もしくは下部の溶出口から、自然落下もしくはポンプ吸引によって重金属−金属結合性アミノ酸および/もしくはペプチド複合体を含む溶出液を分離する(カラム溶出法);(2)汚染土壌および重金属溶出剤の混合物を濾過して重金属−金属結合性アミノ酸および/もしくはペプチド複合体を含む濾液を分離する(濾過法);(3)汚染土壌および重金属溶出剤の混合物を静置して土壌を沈殿させ、重金属−金属結合性アミノ酸および/もしくはペプチド複合体を含む上清を分離する(沈殿法);または(4)現地汚染土壌に掘削した井戸、排水管もしくは排水渠から重金属−金属結合性アミノ酸および/もしくはペプチド複合体を含む排出液を分離する(現地排水法);などのような方法のいずれか1つまたはそれらを組み合わせて実施することが可能である。例えばカラム法で接触工程を実施した場合には、カラム溶出法で本工程を実施することが好ましい。また、バッチ法で接触工程を実施した場合には、濾過法および/または沈殿法で本工程を実施することが好ましい。しかしながら、例えばバッチ法で接触工程を実施した場合であっても、好適なカラム装置を準備して、接触工程を実施した混合物を該カラムに充填することにより、カラム溶出法で本工程を実施することが可能である。
【0082】
特定の実施形態において、本工程は濾過法によって実施されることが好ましい。
【0083】
本工程により、可溶態の複合体分子を形成している重金属を土壌から除去することが可能となる。
【0084】
2−3.回収工程
本発明の汚染土壌の浄化方法は、所望により回収工程を含むことが可能である。回収工程は、分離工程により得られた重金属−金属結合性アミノ酸および/またはペプチド複合体を含む水溶液から、再び土壌拡散させることなく重金属を安全に回収することを目的とする。
【0085】
本工程は、限定するものではないが、例えばイオン交換、溶媒抽出、電気分解、不溶化凝集沈殿などの当業界で慣用されるあらゆる方法を用いることが可能である。好ましくは、イオン交換である。
【0086】
本工程により、浄化した土壌を再汚染することなく重金属を安全に回収することが可能となる。
【0087】
以上説明したように、本発明の土壌の浄化方法は、土壌浄化に好適な中性〜弱アルカリ性条件において、Cu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)および Cd(II)などの重金属で汚染された土壌の浄化を行うことが可能となる。本発明の重金属溶出剤に含まれる金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドは生物由来であり、短期間で分解されて土壌中に残留する可能性は低いと考えられる。それ故、本発明の土壌の浄化方法を用いることにより、低コストでかつ低環境負荷の重金属除去を達成することが可能となる。さらに、本発明によって食品廃棄物などの有機性廃棄物を高付加価値な資源として利用することも可能となる。
【実施例】
【0088】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0089】
[実施例1]
模擬重金属汚染土壌の調製
金属結合性物質による汚染土壌中の重金属の洗浄試験を実施するために、層状ケイ酸塩でイオン交換性を示すことが知られるバーミキュライトに、下記の操作によって各種重金属を吸着させることで、模擬重金属汚染土壌である重金属担持バーミキュライトを調製した。
【0090】
100 mM NaOH水溶液、300 mM HCl水溶液、300 mM NaCl水溶液を順次通液し、最後に蒸留水を用いて中性に戻してコンディショニングした。乾燥後にふるいで500-600 μmに分級したバーミキュライトを原料に用いた。10.0 mM のCu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)、Pb(II)、またはCd(II)を含みpH4.30に調整した重金属水溶液300 mLに、コンディショニングしたバーミキュライト5.0 gを加え、室温にて200 rpmで24時間攪拌した。濾過後、蒸留水で洗浄を行い、50℃の乾燥機で一晩乾燥させることにより、重金属担持バーミキュライトを得た。
【0091】
得られた重金属担持バーミキュライト30 mgを、15 mLの2.0M HCl水溶液に加え、30℃恒温槽中で24時間振盪させた。濾過後、重金属濃度を測定することで、バーミキュライトへの重金属の担持量を算出した。なお、以降の実施例を含め、重金属濃度の測定は、原子吸光光度計により行った。
【0092】
バーミキュライトに担持された重金属の量を表1に示す。上記の手順で調製された、各種重金属が担持された模擬重金属汚染土壌を、以降の溶出試験に使用した。
【0093】
【表1】

【0094】
[実施例2]
各種アミノ酸およびカルノシンによる模擬重金属汚染土壌からの重金属溶出に及ぼすpH影響
10 mmol/dm3 HCl水溶液、10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液、および10 mmol/dm3 NaOH水溶液を適宜混合して、pH 2〜12にpH調整した濃度2.0 mmol/dm3のカルノシン(Car)水溶液を調製した。この水溶液15 mLに、Cu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)、Pb(II)、またはCd(II)を担持したバーミキュライト30 mgを加えて混合物とし、温度30℃、振盪速度120 rpmで24時間振盪した。濾紙を用いて前記混合物を濾過し、取得した濾液中に溶出された重金属濃度を測定した。
【0095】
前記の手順において、カルノシンのかわりにヒスチジン(His)、グルタミン酸(Glu)、アルギニン(Arg)、メチオニン(Met)、またはシステイン(Cys)を用いて、重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出試験を同様に行った。対照実験として、アミノ酸を含まない水溶液による溶出実験を行いブランク(blank)とした。
【0096】
各種アミノ酸による、Cu(II)担持バーミキュライトからのCu(II)の溶出結果を図1に示す。アミノ酸を含まないブランクでは、pH2付近の酸性条件においてのみCu(II)が溶出された(図1中、*で示す)。これに対して、カルノシン、ヒスチジン、グルタミン酸、メチオニン、またはシステインを含む水溶液で振盪した場合では、中性条件においてCu(II)が溶出された。Cu(II)の溶出率は、ヒスチジン(図1中、黒丸で示す);グルタミン酸(図1中、黒四角で示す)>カルノシン(図1中、黒三角で示す)>メチオニン(図1中、白三角で示す);システイン(図1中、白四角で示す)の順であった。
【0097】
各種アミノ酸による、Co(II)担持バーミキュライトからのCo(II)の溶出結果を図2に示す。アミノ酸を含まないブランクでは、pH2付近の酸性条件においてのみCo(II)が溶出した(図2中、*で示す)。これに対して、システインを含む水溶液で振盪した場合では、中性条件においてCo(II)が定量的に溶出された(図2中、白四角で示す)。一方、ヒスチジンを用いた場合では、中性付近において60%程度のCo(II)が溶出された(図2中、黒丸で示す)。グルタミン酸(図2中、黒四角で示す)、カルノシン(図2中、黒三角で示す)、メチオニン(図2中、白三角で示す)を用いた場合では、中性付近において10〜20%程度のCo(II)が溶出された。
【0098】
各種アミノ酸による、Ni(II)担持バーミキュライトからのNi(II)の溶出結果を図3に示す。アミノ酸を含まないブランクでは、pH2付近の酸性条件においてのみNi(II)が溶出された(図3中、*で示す)。これに対して、ヒスチジン、グルタミン酸、メチオニン、またはシステインを含む水溶液で振盪した場合では、中性条件においてNi(II)が溶出された。Ni(II)の溶出率は、ヒスチジン(図3中、黒丸で示す)>システイン(図3中、白四角で示す)>メチオニン(図3中、白三角で示す);グルタミン酸(図3中、黒四角で示す)の順であった。カルノシンを用いた場合では、中性付近におけるNi(II)の溶出率は非常に低かったが、pH9.2付近の弱アルカリ性条件においては50%近いNi(II)の溶出率が得られた。
【0099】
各種アミノ酸による、Zn(II)担持バーミキュライトからのZn(II)の溶出結果を図4に示す。アミノ酸を含まないブランクでは、pH2付近の酸性条件においてのみCu(II)が溶出された(図4中、*で示す)。同様に、カルノシン(図4中、黒三角で示す)、グルタミン酸(図4中、黒四角で示す)、アルギニン(図4中、白丸で示す)、およびメチオニン(図4中、白三角で示す)を含む水溶液でも、中性条件においてZn(II)は溶出されなかった。これに対して、ヒスチジン(図3中、黒丸で示す)およびシステイン(図3中、白四角で示す)を含む水溶液で振盪した場合では、中性条件においてZn(II)が溶出された。
【0100】
各種アミノ酸による、Pb(II)担持バーミキュライトからのPb(II)の溶出結果を図5に示す。アミノ酸を含まないブランクでは、pH2付近の酸性条件においてのみPb(II)が溶出された(図5中、*で示す)。同様に、ヒスチジン(図3中、黒丸で示す)、カルノシン(図4中、黒三角で示す)、グルタミン酸(図4中、黒四角で示す)、アルギニン(図4中、白丸で示す)、およびメチオニン(図4中、白三角で示す)のいずれを含む水溶液でも、中性条件においてPb(II)は溶出されなかった。これに対して、システイン(図3中、白四角で示す)を含む水溶液で振盪した場合のみ、中性条件においてPb(II)が溶出された。
【0101】
各種アミノ酸による、Cd(II)担持バーミキュライトからのCd(II)の溶出結果を図6に示す。アミノ酸を含まないブランクでは、pH2付近の酸性条件においてのみCd(II)が溶出された(図6中、*で示す)。これに対して、システインを含む水溶液で振盪した場合では、中性条件においてCd(II)が定量的に溶出された(図6中、白四角で示す)。ヒスチジンを用いた場合では、中性付近におけるCd(II)の溶出率は低かったが、pH8.8付近の弱アルカリ性条件においては60%程度が溶出された(図6中、黒丸で示す)。メチオニンを用いた場合では、弱アルカリ性条件において約15%のCd(II)が溶出された(図6中、白三角で示す)。しかしながら、グルタミン酸(図6中、黒四角で示す)、カルノシン(図6中、黒三角で示す)、およびアルギニン(図6中、白丸で示す)を用いた場合では、溶出率の増加は認められなかった。
【0102】
[実施例3]
カツオ煮汁模擬液による重金属溶出
宮崎県内の水産加工業で得られたカツオ煮汁廃液の成分を定量分析した。得られたアミノ酸、ペプチドおよびナトリウムイオンの濃度を表2に示す。
【0103】
【表2】

【0104】
本実施例で用いたカツオ煮汁には、44.6 mMと比較的高濃度のナトリウムイオンが含まれていた。また、アミノ酸およびペプチドの中ではヒスチジンが24.0 mMと特に多く、次いでタウリン、プロリン、アンセリン、カルノシンが多く含まれていた。それ故、ナトリウムイオンならびに上記アミノ酸およびペプチドを含む水溶液をカツオ煮汁模擬液として調製して、バーミキュライトからの重金属の溶出試験を行った。
【0105】
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液および10 mmol/dm3 NaOH水溶液を適宜混合してpH8.0にpH調整した水溶液に、カツオ煮汁に比較的多く含まれるアミノ酸またはペプチドであるヒスチジンを12 mM、タウリンを1.65 mM、プロリンを1.6 mM、アンセリンを1.45 mM、カルノシンを0.85 mM、さらにカツオ煮汁に含まれる塩化ナトリウムを22.3 mMとなるように加えて、カツオ煮汁模擬液を調製した。この水溶液15 mLに、Cu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)、Pb(II)、またはCd(II)を担持したバーミキュライト30 mgを加えて混合物とし、温度30℃、振盪速度120 rpmで24時間振盪した。濾紙を用いて前記混合物を濾過し、取得した濾液中に溶出された重金属濃度を測定した。
【0106】
カツオ煮汁模擬液による、各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出結果を図7に示す。Cu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)および Cd(II)は、カツオ煮汁模擬液によって80%以上が溶出された。これらの重金属は、カツオ煮汁模擬液に多く含まれるヒスチジンによって溶出したと考えられる。これに対して、Pb(II)の溶出率は16.1%であった。Pb(II)はヒスチジンによる溶出率が低いため、効果的に溶出されなかったと考えられる(図5を参照されたい)。
【0107】
[実施例4]
固定化金属イオンアフィニティー吸着によるカツオ煮汁からのアミノ酸回収模擬液による重金属溶出
固定化金属イオンアフィニティー吸着によって、カツオ煮汁からはヒスチジン、カルノシン、アンセリンなどの金属結合性のアミノ酸およびペプチドが回収される。また、前記の工程で得られる回収液には、溶離剤となる酢酸が含まれる。かかる工程を考慮して、pH8に調整した固定化金属イオンアフィニティー吸着によるカツオ煮汁からの回収模擬液と、同じpHで酢酸を含みアミノ酸およびペプチドは含まないブランク溶液を調製した。
【0108】
10 mmol/dm3 HEPESバッファー水溶液および10 mmol/dm3 NaOH水溶液を適宜混合してpH8.0にpH調整した水溶液に、カツオ煮汁を固定化金属イオンアフィニティー吸着した際の回収液に多く含まれることが予想されるヒスチジンを12 mM、カルノシンを0.85 mM、アンセリンを1.45 mM、さらに前記回収液に含まれる酢酸を10 mMとなるように加えて、固定化金属イオンアフィニティー吸着によるカツオ煮汁からの回収模擬液を調製した。また、アミノ酸を含まず酢酸のみを10 mM含んだpH8.0の水溶液をブランク溶液として調製した。これらの水溶液15 mLに、Cu(II)、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)、Pb(II)、またはCd(II)を担持したバーミキュライト30 mgを加えて混合物とし、温度30℃、振盪速度120 rpmで24時間振盪した。濾紙を用いて前記混合物を濾過し、取得した濾液中に溶出された重金属濃度を測定した。
【0109】
ブランク溶液による、各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出結果を図8に示す。酢酸のみを含むブランク溶液では各重金属の溶出率は低く、最も溶出率の大きいCd(II)でも溶出率は16.9%であった。
【0110】
回収液模擬液による、各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出結果を図9に示す。ヒスチジン、カルノシン、アンセリンを多く含む回収液模擬液では、第一遷移金属イオンであるCu(II)、Zn(II)、Ni(II)およびCo(II)は効率的に溶出された。これに対して、ヒスチジンなどによる溶出率が低いPb(II)の溶出率は7.3%と低い値であった。
【0111】
[実施例5]
固定化金属イオンアフィニティー吸着によるカツオ煮汁からのアミノ酸回収液による重金属溶出
実施例4において、固定化金属イオンアフィニティー吸着によるカツオ煮汁からの回収模擬液の効果を確認することができたので、実際に固定化金属イオンアフィニティー吸着によってカツオ煮汁からアミノ酸を回収し、その回収液による重金属溶出効果を検討することにした。
【0112】
宮崎県内の水産加工業で得られたカツオ煮汁廃液の成分を定量分析した。得られたアミノ酸およびペプチドの濃度を表3に示す。
【0113】
【表3】

【0114】
本実施例で用いたカツオ煮汁には様々なアミノ酸が含まれ、特に多量のヒスチジンが含まれており、次いでタウリン、アラニン、アンセリン、リジンの順で多く含まれていることが確認された。
【0115】
次に、以下に示す手順で、固定化金属イオンアフィニティー吸着によるカツオ煮汁からのカルノシン類の回収を行った。濾過による不溶成分の除去、溶媒分画による脱脂処理、過塩素酸による除タンパク処理を行ったカツオ煮汁100 cm3に、5 N NaOHを少量加えてpH7.7に調整し、蒸留水を加えて体積を125 cm3にした。そこに、pH10に調整した80 mMのHEPES溶液125 cm3を加え、初期pH8.91のカツオ煮汁液250 cm3を得た。前記カツオ煮汁液に、銅担持イミノ二酢酸型キレート樹脂(Cu-IDA樹脂)である3.0 gのCu(II)-DIAION CR11(三菱化学) [Cu(II)担持量;1.47 mmol g-1]を加え、30℃の恒温槽を用いて120 rpmで24時間振盪した。濾過後、濾液のpHを測定し、次いで残存するアミノ酸およびペプチドの濃度をアミノ酸濃度自動分析計で測定し、吸着されたアミノ酸およびペプチド量を算出した。アミノ酸およびペプチドが吸着されたCu-IDA樹脂を蒸留水で洗浄し、脱離操作として300 mMの酢酸 50 cm3を加え、30℃の恒温槽を用いて120 rpmで24時間振盪した。濾過後、液中に溶出されたヒスチジン、カルノシン、およびアンセリンの濃度を測定した。分析の結果、脱離操作によって、0.66 mMのヒスチジン、0.037 mMのカルノシン、0.042 mMのアンセリンを含む水溶液が得られた。
【0116】
上記の操作で得られたカルノシン類と酢酸とを含む水溶液40 cm3に蒸留水を加え、5 N NaOHを用いてpH8.50に調整した。得られた水溶液を2.5倍に希釈し100 cm3にすることで、重金属溶出剤であるアミノ酸回収液を調製した。したがって、このアミノ酸回収液には、120 mMの酢酸、0.26 mMのヒスチジン、0.015 mMのカルノシン、0.017 mMのアンセリンが含まれる。
【0117】
このアミノ酸回収液15 cm3に、Zn(II)、Ni(II)、Co(II)、Pb(II)、または Cd(II)を担持したバーミキュライト 30 mgを加えて混合物とし、温度30℃、振盪速度120 rpmで24時間振盪した。濾過後、pHを測定し、溶出した重金属濃度を測定した。
【0118】
アミノ酸回収液による各種重金属担持バーミキュライトからの重金属の溶出結果を図10に示す。カツオ煮汁を原料として得たヒスチジン、カルノシン、アンセリンを多く含むアミノ酸回収液によって、第一遷移金属イオンであるNi(II)は88%、Co(II)は98%、Zn(II)は75%と高い割合で溶出された。また、Cd(II)は100%定量的に溶出された。一方ヒスチジン類との親和性が比較的低いPb(II)の溶出率は38%であった。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明は、重金属で汚染された土壌の浄化技術として利用できる。金属結合性でかつ生分解性の生体物質を含む重金属溶出剤を用いることで、二次汚染の少ない土壌浄化が可能となる。重金属溶出剤の原料としては、魚肉類の煮汁などの食品加工廃液の他、植物抽出液・煮熟液など金属結合性の天然物質が含まれる比較的安価でかつ多様な有機性廃棄物が考えられ、これら有機性廃棄物の利活用にも繋がる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機性廃棄物に由来する金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを含む重金属溶出剤。
【請求項2】
前記金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドが、金属担持高分子を用いた固定化金属イオンアフィニティー吸着によって有機性廃棄物から単離または濃縮されたアミノ酸および/またはペプチドである、請求項1の重金属溶出剤。
【請求項3】
前記金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドが、ヒスチジン、システイン、アンセリン、カルノシン、メチオニンおよびグルタミン酸からなる群より選択される1種以上のアミノ酸および/またはペプチドをそれぞれ独立して0.01〜100 mMの濃度で含む、請求項1または2の重金属溶出剤。
【請求項4】
前記有機性廃棄物が、カツオ煮汁、カツオだし、マグロ煮汁、ちりめん煮汁、チキンスープ、チキンエキス、ビーフスープ、ビーフエキス、および動物もしくは魚の非可食部の煮汁もしくは抽出液からなる群より選択される、請求項1〜3のいずれか1項の重金属溶出剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項の重金属溶出剤を重金属で汚染された土壌に接触させる工程(接触工程);ならびに
重金属溶出剤を接触させた土壌から、重金属を担持した金属結合性のアミノ酸および/またはペプチドを分離する工程(分離工程);
を含む、重金属で汚染された土壌の浄化方法。
【請求項6】
前記接触工程が、温度10〜50℃、pH2〜12において重金属で汚染された土壌に1〜48時間接触させることにより実施される、請求項5の浄化方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2010−172880(P2010−172880A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−21815(P2009−21815)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度〜平成22年度、文部科学省、都市エリア産学官連携促進事業「健康・安全な長寿社会を支援する水産資源活用技術の創出」、産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】