説明

圧電単結晶素子

【課題】分極方向に平行な方向の振動モードを利用する圧電素子において、素子面に対し所定の処理を施すことにより、該振動方向の電気機械結合係数を従来の平板状圧電素子における値(約60%)を超える65%以上の値が得られる単結晶素子を提供する。
【解決手段】分極方向PDを法線方向とする素子面Aのどちらか一方に、該素子面Aに対し実質上垂直方向に延びる深さtを有し、かつ絶縁材料13で充填された複数本の溝11を、所定の配設ピッチLで設けて、櫛状構造の圧電部10Aを形成し、分極方向と平行な電気機械結合係数が65%以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電単結晶素子に関する。さらに詳しくは、圧電単結晶材料からなる素子であって、分極方向に平行な方向の振動モードを利用する圧電素子において、素子面に対し所定の処理を施すことにより、該振動方向の電気機械結合係数を向上させることに着目した圧電単結晶素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
圧電単結晶素子は、例えば、図1に示すようなc >> a, b である直方体について、その長手方向(cに平行な方向)を分極方向3(またはPD)とし、分極方向に電圧をかけた時の分極方向の3の振動(縦方向振動)の大きさに関する電気的エネルギーと機械的エネルギーの変換効率は、縦方向振動モードの電気機械結合係数の平方根に比例する。従って、電気機械結合係数が大きいほど効率が良いことを意味する。なお、圧電単結晶素子は、前述の直方体のほか、板状や円板等の形状でもよく、それぞれの形状についても同様に電気機械結合係数を求めることができる。
【0003】
なお、よく知られている圧電単結晶材料としては、例えば亜鉛ニオブ酸鉛 Pb(Zn1/3Nb2/3)O3 とチタン酸鉛 PbTiO3 との固溶体(PZN‐PTまたはPZNTと略記される)やマグネシウムニオブ酸鉛 Pb(Mg1/3Nb2/3)O3 とチタン酸鉛 PbTiO3 との固溶体(PMN‐PT または PMNT と略記される)からなる圧電単結晶材料が挙げられる。
【0004】
例えば、非特許文献1には、所望の素子面積と厚さを持つ幅数十mmの平板状の圧電単結晶素子(以下「平板状圧電単結晶素子」という。)が開示されている。しかし、該素子は作製が容易であるものの、平板面の法線方向に分極した時の分極方向に平行な方向の電気機械結合係数は、最大でも60%程度であって、従来から用いられている圧電材料であるジルコンチタン酸鉛( PZT )焼結体多結晶圧電素子に比べ、同等または数%勝るに過ぎず、十分な圧電特性が得られているとはいえない。
【非特許文献1】超音波 TECHNO vol.11 No.9(1999) pp.11 発行所:日本工業出版
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、分極方向に平行な方向の振動モードを利用する圧電単結晶素子において、素子面に対し所定の処理を施すことにより、従来の平板状圧電単結晶素子の分極方向に平行な電気機械結合係数よりも良好な電気機械結合係数を簡便に得ることができる圧電単結晶素子の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)上記目的を達成するため、本発明の要旨構成は以下の通りである。
分極方向の振動モードを利用する圧電単結晶素子において、分極方向を法線方向とする素子面のどちらか一方に、該素子面に対し実質上垂直方向に伸びる深さを有し、かつ絶縁材料で充填された複数本の溝を所定のピッチで設け設けた櫛状構造を有することにより、分極方向と平行な方向の電気機械結合係数が65%以上であることを特徴とする圧電単結晶素子。
【0007】
(2)前記溝の配設ピッチは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの1.0倍以下であり、且つ前記溝の深さは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの0.25〜0.5倍であることを特徴とする上記(1)記載の圧電単結晶素子。
【0008】
(3)前記圧電単結晶素子が、xPb( A1, A2,・・・ , B1, B2,・・・) O3+(1‐x)PbTiO3 (ただし、xはモル分率であり、0<x<1とする)からなる固溶体であって、A1, A2,・・・は、Zn, Mg, Ni, Cd, In, Y 及びScからなる群から選ばれた1または複数の元素であり、B1, B2,・・・はNb, Ta, Mo 及びW からなる群から選ばれた1または複数の元素であり、複合ペロブスカイト構造を有することを特徴とする上記(1)または(2)記載の圧電単結晶素子。
【0009】
(4)前記圧電単結晶素子が、さらに、前記固溶体に Cr, Mn, Fe, Co, Al, Li, Ca, Sr, Ba からなる群から選ばれた1または複数の元素を0.5質量ppm〜5質量%含有することを特徴とする上記(3)記載の圧電単結晶素子。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、分極方向に平行な方向の振動モードを利用する圧電素子において、分極方向を法線方向とする素子面のどちらか一方に、該素子面に対し実質上垂直方向に延びる深さを有し、かつ絶縁材料で充填された複数本の溝を、所定の配設ピッチで設けることにより、従来の平板状圧電単結晶素子の分極方向に平行な電気機械結合係数よりも良好な電気機械結合係数を簡便に得ることができる圧電単結晶素子を提供することが可能となった。電気機械結合係数が65%以上であることは、従来の平板状圧電単結晶素子やジルコンチタン酸鉛(PZT)焼結体多結晶圧電素子のそれが、最大でも60%程度であることに比較して、電気機械結合係数の2乗に比例する変換効率においては、1.2倍以上の効率を有することを意味する。この効果は本発明による圧電単結晶素子の有効性を示すものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
平板状圧電単結晶素子は、作製は容易であるが、平板の面の法線方向に分極した圧電素子の分極方向に平行な、素子の厚み方向の電気機械結合係数は、最大でも60%程度であって、従来から用いられている圧電材料であるジルコンチタン酸鉛(PZT)焼結体多結晶圧電素子に比べ、同等かまたは数%勝るに過ぎない。この原因は、平板状圧電単結晶素子では素子平面として選ばれた単結晶材料固有の結晶面に垂直な結晶方向に分極されているにも関わらず、実現される厚み方向の電気機械結合係数が単結晶圧電材料の該結晶方向固有のものでなく、多くの振動モードの混合した複合振動モードのものとなっており、そのため、単結晶材料の該結晶方向に固有の優れた厚み方向の電気機械結合係数を示さないためであると考えられる。
この状況に関して、本発明者が鋭意検討を行ったところ、該素子面に対し絶縁材料で充填された複数本の溝を所定の配設ピッチで設けることにより、該単結晶圧電材料に固有な優れた電気機械結合係数により近い値の電気機械結合係数を有し、従来の平板状圧電単結晶素子に比べ良好な電気機械結合係数を簡便に得ることのできる圧電単結晶素子の提供が可能であることを見出し、本発明を完成するに至ったのである。
【0012】
以下、本発明の圧電単結晶素子の限定理由について説明する。
本発明は、分極方向の振動モードを利用する圧電単結晶素子において、分極方向を法線方向とする素子面のどちらか一方に、該素子面に対し実質上垂直方向に延びる深さを有し、かつ絶縁材料で充填された複数本の溝を、所定のピッチで設けて、櫛状構造を形成することが必要である。図2に示すように櫛状構造を形成することで、絶縁材料で充填された溝によって分離された素子構造10の有する電気機械結合係数は、それぞれ材料の純粋な厚み振動モードに関する電気機械結合係数に近いものとなるため、素子全体の分極方向に平行な電気機械結合係数は、従来の平板状圧電単結晶素子のものに比べ良好な値を簡便に得ることができる。
なお、上記溝の方向は、加工後の櫛状構造の振動の際、強度を保つため、素子面に対し実質上垂直方向の必要がある。また、上記絶縁材料としては、例えば、ワックス、エポキシ材料等が挙げられる。
【0013】
また、本発明では素子面に設ける溝の配設ピッチは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの1.0倍以下とすることが好ましい。
図2に示すように、本発明が対象とする素子面に設ける配設ピッチLは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みTの1.0倍以下(L/T≦1.0)であることが好ましい。L/T>1.0では、溝によって分けられた部分の素子材料10の幅(L−D)が大きくなるため、いくつかの振動モードの混合したものとなり、それら振動モードが干渉する結果、圧電単結晶素子全体としての分極方向と平行な方向の電気機械結合係数の値が小さくなるためである。
【0014】
さらに、本発明では、素子面に設ける溝の深さは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの0.25〜0.50倍であることが好ましい。
図2に示すように、本発明が対象とする素子面に設ける溝の深さtは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みTの0.25〜0.50倍(0.25≦t/T≦0.50)であることが好ましい。t/T<0.25では、溝の深さが浅すぎるため、いくつかの振動モードの混合となり、それらの振動モードが干渉する結果、圧電単結晶素子全体としての分極方向と平行な方向の電気機械結合係数の値が小さくなるためである。また、t/T>0.50では、溝加工後の素子の振動に対する強度が劣化し、振動時に破断する恐れがあるからである。
【0015】
また、本発明が対象とする結晶構造は、固溶体単結晶の単位格子を図3に模式的に示すように、Pbイオンが単位格子の角に位置し、酸素イオンが単位格子の面心に位置し、Mイオンが単位格子の体心に位置するようなペロブスカイト構造(RMO3)であり、さらに、図3の体心位置にあるMイオンが、一種類の元素イオンでなく、2つ以上の複数の元素イオン ( A1, A2,・・・ , B1, B2,・・・) のいずれからなる複合ペロブスカイト構造であることが望ましい。
【0016】
さらにまた、本発明の単結晶素子は、以下に示す組成及び構造であることが好ましい。本発明の圧電素子は、xPb( A1, A2,・・・ , B1, B2,・・・) O3+(1‐x)PbTiO3 (ただし、xはモル分率であり、0<x<1とする)からなる固溶体であって、A1, A2,・・・は、Zn, Mg, Ni, Cd, In, Y 及びScからなる群から選ばれた1または複数の元素から、B1, B2,・・・はNb, Ta, Mo 及びW からなる群から選ばれた1または複数の元素からなる組成を持ち、複合ペロブスカイト構造を持つ場合に、縦方向振動モードに適した素子となる。すなわち、固溶体単結晶の単位格子を図3に模式的に示したように、Pbイオンが単位格子の角に位置し、酸素イオンが単位格子の面心に位置し、Mイオンが単位格子の体心に位置するようなペロブスカイト構造(RMO3)であり、さらに、図3の体心位置にあるMイオンが一種類の元素イオンでなく、Zn, Mg, Ni, Cd, In, Y 及びScからなる群から選ばれた1または複数の元素及びNb, Ta, Mo 及びW からなる群から選ばれた1または複数の元素のからなる複合ペロブスカイト構造であることが好ましい。
特に、固溶体単結晶として、亜鉛ニオブ酸鉛 Pb(Zn1/3Nb2/3)O3 とチタン酸鉛 PbTiO3 との固溶体(PZN‐PTまたはPZNTと略記される)を用いる場合には、
前記モル分率xを0.80〜0.98とすることが好ましく、0.89〜0.95の範囲にすることがより好適である。また、固溶体単結晶として、マグネシウムニオブ酸鉛 Pb(Mg1/3Nb2/3)O3 とチタン酸鉛 PbTiO3 との固溶体(PMN‐PT または PMNT と略記される)を用いる場合には、前記モル分率xを0.60〜0.80とすることが好ましく、0.64〜0.78の範囲にすることがより好適である。
【0017】
さらに、比誘電率εrや機械的品質係数Qmを大きくする等の必要がある場合には、上記単結晶の組成に、Cr, Mn, Fe, Co, Al, Li, Ca, Sr, Baからなる群から選ばれた1または複数の元素を0.5質量ppm〜5質量%添加してもよい。
0.5質量ppm未満だと、添加による効果が顕著でなく、5質量%を超える添加は単結晶を得るのが難しく、多結晶になるおそれがあるからである。これらの元素を添加する効果は、例えば、Mn, Cr, Fe, Coを添加することで機械的品質係数Qmの向上や経時劣化の抑制を図ることができる。また、Ca, Sr, Baの添加により比誘電率εrが向上する。また、Al, Liは単結晶成長時の多結晶領域の発生の抑制に寄与する。さらに、Caの添加により単結晶成長時のパイロクロア相発生を抑制することができる。
【0018】
次に、本発明の圧電単結晶素子の好適な製造方法について説明する。
本発明の圧電単結晶素子の製造方法は、単結晶インゴットを製造する工程と、該単結晶インゴットから所定形状の単結晶素子材料(例えばウエーハ)を所定方向に切り出す工程と、該単結晶素材から平板状単結晶素子素材を切り出す工程と、該平板単結晶素子素材の表面に該表面に対し実質上垂直に延びる複数本の溝を所定の配設ピッチで設ける工程と、これらの溝に絶縁材料を充填する工程と、該平板状単結晶素子材料の分極方向に所定の受験で電界を印加して単結晶素子材料を分極する主分極工程を有することを特徴とするものである。
【0019】
以下、各工程における本発明の限定理由を説明する。
(1) 単結晶インゴットの製造
xPb(A1,A2,・・・,B1,B2,・・・)O3+(1−x)PbTiO3(ただし、xはモル分率であり、0<x<1とする)からなる固溶体であって、A1,A2,・・・は、Zn,Mg,Ni,Cd,In,Y 及びScからなる群から選ばれた1または複数の元素から、B1,B2,・・・は、Nb, Ta, Mo 及びW からなる群から選ばれた1または複数の元素からなる単結晶、あるいは、上記組成に、さらにCr, Mn, Fe, Co, Al, Li, Ca, Sr, Ba からなる群から選ばれた1または複数の元素を0.5質量ppm〜5質量%添加した単結晶インゴットの製造方法は、上記の組成に適合するように調整された原料をフラックス中に溶解させた後、降温させて凝固させる方法や、融点以上に加熱して融解させた後、一方向に凝固させる方法がある。
前者の方法としては、フラックス法、キロプロス法、または、TSSG法などがあり、後者としては、融液ブリッジマン法、CZ法(チョクラルスキー法)などがあるが、本発明では特に限定しない。
【0020】
(2) 単結晶インゴットの結晶学的方位の決定
得られた単結晶インゴットの必要な結晶学的方位を決定する。例えば、上記単結晶インゴット[001]方向を分極方向PDとする場合、単結晶インゴットの[001]軸方位をラウエ法によって概ね決定し、必要に応じて[001]軸方位とほぼ直交する[010]軸方位及び[100]軸方位等の結晶学的方位を概ね決定する。
さらに、ウエーハ面(最も広い面)(001)面を研磨し、X線方位測定機等を用いて正確な方位を決定し、上記の研磨面のズレを修正する。
【0021】
(3) 粗切断(適当な厚さのウエーハ作製)
切断機を用いて単結晶の祖切断を行う。例えば、[001]方向を分極方向PDとする場合、研磨面(001)面に平行して単結晶インゴットをワイヤーソーまたは内周刃切断機などの切断機を用いて切断し、適切な厚さの板材(ウエーハ)を得る。なお、切断後に、必要に応じてエッチング液を用いて化学エッチングする工程を含むこともできる。
【0022】
(4) 研磨(所定の厚さのウエーハ作製)
粗切断により得られたウエーハを、ラッピング機、ポリッシング機などの研削機または研磨機によって研削または研磨し、所望の厚さのウエーハを得る。尚、研削・研磨後に、必要に応じてエッチング液を用いて化学エッチングする工程を含むこともできる。
【0023】
(5) 単結晶板(平板状圧電単結晶素子材料)の製作
精密切断機を用いて、ウエーハから図4に示すような平板状圧電単結晶素子材料を切り出す。例えば[001]方向を分極方向PDとする場合、(001)面をウエーハ面に持つため、この(001)面にほぼ直交する(010)面及び(100)面が端面になるように、ダイシングソーやカッティングソーなどの精密切断機を用いて製作する。
【0024】
(6) 溝の形成
得られた平板状圧電単結晶素子材料の分極方向を法線方向とする素子面のどちらか一方に、該素子面に対して実質上垂直方向に延びる深さを有する溝を複数本形成する。例えば、[001]方向を分極方向PDとする場合、図2(a)に示すように、溝は[100]方向(A方向)または[010]方向と平行に、素子面と垂直となるように、ダイシングソーなどの精密切断機により、所定の配設ピッチ及び深さで切り込みを入れることで形成する。
【0025】
また、前述したように、素子面に設ける溝の配設ピッチは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの1.0倍以下であることが好ましく、素子面に設ける溝の深さは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの0.25〜0.5倍であることが好ましい。
【0026】
(7) 絶縁材料の充填
圧電単結晶材料に形成した溝に絶縁材料を充填する。絶縁材料としては、例えば、ワックス、エポキシ材料などが挙げられる。絶縁材料の充填方法は、例えば、ワックス融解温度以上に設定したホットプレート上に圧電単結晶材料を静置し、融解したワックスを塗布・浸透させることによって行えばよい。
【0027】
(8) 電極の製作
分極処理前に、作製した圧電単結晶素子材料の上下面に対し、例えば、スパッタ法でCr-Au被膜(一層目にCr層:厚み約50 nm、二層目にAu層:厚み約200〜400 nm)を形成するか、プラズマ蒸着で200 nm〜400 nm厚みの金被膜を形成するか、または、スクリーン印刷で3μm〜20μmの銀被膜を形成した後、焼成して電極を作製する。
【0028】
(9) 分極処理
育成後の単結晶のままでは、電気双極子の向きがドメイン毎に種々の方向を向いているため、圧電性を示さず未分極の状態にある。圧電性を付与するためには、ドメイン毎の電気双極子の向きを整列させる分極処理が必要である。本発明の分極工程は、切り出した圧電単結晶素子の分極方向3に、20〜200℃の温度範囲で350〜1500V/mmの直流電界を印加するのが好適である。すなわち、上記の好適な温度範囲の下限値、20℃未満の場合や、印加電界範囲の下限値、350V/mm未満の場合には、分極が不十分である。上記の好適な温度範囲の上限値、200℃を超える場合や印加電界範囲の上限値1500V/mmを超えた場合には、過分極(オーバーポール)が起こり、圧電単結晶素子の圧電特性を劣化させる。又、過度の電界により、結晶中の歪みが増大し、圧電単結晶素子にクラックが発生したり、破断が生ずるおそれがある。
【0029】
なお、分極時間は上記の好適範囲内で選ばれた分極処理温度と印加電界に応じて調整し、その上限を180分とすることが望ましい。
【0030】
あるいは、分極工程は、切り出した圧電単結晶素子材料の分極方向3に、該圧電単結晶素子材料のキュリー温度Tcより高い温度、好適には190〜220℃の温度範囲で250〜500V/mmの直流電界を印加したまま室温まで冷却(電界冷却)してもよい。キュリー温度Tcより高い温度にすることで、電気双極子の方向を一旦無秩序に戻し、その後、直流電界を印加した状態でキュリー温度以下に冷却することで、電気双極子の向きを揃えるためである。また、上記の好適な印加電界範囲の下限値250V/mm未満の場合には、分極が不十分である。上記の好適な印加電界範囲の上限値500V/mmを超えた場合には、過分極(オーバーポール)が起こり、圧電単結晶素子の特性を劣化させる。また、過度の電界により、結晶中の歪みが増大し、圧電単結晶素子にクラックが発生したり、破断が生ずるおそれがある。なお、冷却速度は、冷却中に素子にクラックが生じない冷却速度が望ましい。
【0031】
キュリー温度Tcは、それ以上の温度になると電気双極子がそれぞれ無秩序な方向を向いて整列しなくなり、該圧電単結晶素子が圧電性または、誘電性を示さなくなる転移温度であり、物質の構造や組成により決まった値となる(図5参照)。
【0032】
なお、上述したところはこの発明の実施形態の一例を示したにすぎず、請求の範囲において種々の変更を加えることができる。
【実施例】
【0033】
次に、本発明に従う圧電単結晶素子を試作し、特性を評価したので以下に説明する。
(実施例1および比較例1)
実施例1は、73 mol%マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)+27 mol%チタン酸鉛(PT)(組成式:Pb[(Mg, Nb)0.73Ti0.27]O3, PMN−PTまたはPMNT)の固溶体単結晶を圧電単結晶素子の材料として用いた。作製された圧電単結晶素子10Aの形状等を図2(a)に示す。
【0034】
本発明の圧電単結晶素子の製造は、前述の製造方法に従い実施した。即ち、Pb[(Mg,Nb)Ti1−x]O3(ただし、x=0.73)の組成になるように調整した後、融液ブリッジマン法により単結晶インゴットを得た。次に、この単結晶インゴットの正確な結晶方位を前述のX線ラウエ法及びX線方位測定機により決定した後、ワイヤーソーで切断し、(001)面をウエーハ面とする厚さ1.20mm及び0.550mmの2種類の厚みの円盤状ウエーハを得た。次に、それぞれの円盤状ウエーハからダイシングソーを用いて(001)面にほぼ直交する(010)面及び(100)面を端面とする平板状ウエーハを切り出した後、ラッピング装置及びポリッシング装置を用いて、それぞれの平板状ウエーハの厚さが1.000mm及び0.470mmになるまで研削・研磨した。そして該平板状ウエーハの(001)面に、厚さ50μmのブレードを装着したダイシングソーを用いて(010)面と平行(図2(a)中の矢印A方向)の溝を形成し、形成された溝にワックス(日華精工(株) ALKCOWAX819)を充填することで、図2(a)に示すような圧電単結晶素子材料10Aを作製した。その後、作製した圧電単結晶素子材料10Aの上下面にスパッタ法でCr‐Au被膜(一層目にCr層:厚み約50 nm、二層目にAu層:厚み約200nm)を形成し、40℃の恒温槽中に設置した分極装置にて[001]方向に700V/mmの電界を30分間印加することにより分極し、圧電単結晶素子を作製した。なお、本実施例にて、圧電単結晶素子は、厚さT、溝の深さt、溝の幅Lを種々に変更した態様で作製し、本発明の好適範囲内(L/T≦1.0及び0.25≦t/T≦0.5)である1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚、並びに比較例1として本発明の範囲外である1.000mm厚みのサンプル2枚、0.470mm厚みのサンプル2枚の計10枚作製した。
【0035】
また、作製した圧電単結晶素子の特性を評価する指標として、分極方向と平行方向の電気機械結合係数について測定した。実施例1についての各測定値(溝の配設ピッチL、溝の幅D、櫛部の幅L−D、溝の深さt、溝の配設ピッチと厚みの比T/L、溝の深さと厚みの比t/T、共振周波数fr、反共振周波数fa及び分極方向に平行な電気機械結合係数)を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
(比較例2)
比較例2として、図4に示すように平板状圧電単結晶素子を作製し、特性について調査した。
上記方法により作製された図4に示す平板状圧電単結晶素子材料10Bについて、素子面に溝を形成する工程及び溝に絶縁材料を充填する工程を行わないこと以外は、実施例1と同様の方法により作製した。なお、平板状圧電単結晶素子は、1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚の計6枚作製し、実施例1と同様の方法により、特性の測定を行った。比較例2についての各測定値(共振周波数fr、反共振周波数fa、電気機械結合係数)を表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
表1及び表2から以下のことがわかる。
表1に示す実施例1(No.1〜6)の圧電素子はいずれも、電気機械結合係数が67.1〜73.0%と65%以上である。一方、表1の比較例1(No.7〜10)の圧電単結晶素子及び表2の比較例2の平板状圧電単結晶素子は、分極方向に平行な電気機械結合係数が、55.2%〜58.6%と60%以下であり、該方向の振動モードを利用する圧電素子の特性としては不十分であることがわかる。
【0040】
(実施例2および比較例3)
実施例2は、60 mol%マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)+40 mol%チタン酸鉛(PT)(組成式:Pb[(Mg, Nb)0.60Ti0.40]O3, PMN−PTまたはPMNT)の固溶体単結晶を圧電単結晶素子の材料として用いたこと以外は実施例1と同様の方法により作製した。なお、本実施例にて、圧電単結晶素子は、厚さT、溝の深さt、溝の幅Lを種々に変更した態様で作製し、本発明の好適範囲内(L/T≦1.0及び0.25≦t/T≦0.5)である1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚、並びに比較例3として本発明の範囲外である1.000mm厚みのサンプル2枚、0.470mm厚みのサンプル2枚の計10枚作製した。実施例2についての各測定値(溝の配設ピッチL、溝の幅D、櫛部の幅L−D、溝の深さt、溝の配設ピッチと厚みの比T/L、溝の深さと厚みの比t/T、共振周波数fr、反共振周波数fa及び分極方向に平行な電気機械結合係数)を表3に示す。
【0041】
【表3】

【0042】
(比較例4)
比較例4は、60 mol%マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)+40 mol%チタン酸鉛(PT)(組成式:Pb[(Mg, Nb)0.60Ti0.40]O3, PMN−PTまたはPMNT)の固溶体単結晶を圧電単結晶素子の材料として用い、作製された平板状圧電単結晶素子材料について、素子面に溝を形成する工程及び溝に絶縁材料を充填する工程を行わないこと以外は、実施例1と同様の方法により作製した。なお、平板状圧電単結晶素子は、1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚の計6枚作製し、実施例1と同様の方法により、特性の測定を行った。比較例4についての各測定値(共振周波数fr、反共振周波数fa、電気機械結合係数)を表4に示す。
【0043】
【表4】

【0044】
表3及び表4から以下のことがわかる。
表3に示す実施例3(No.1〜6)の圧電素子はいずれも、電気機械結合係数が65.7〜73.2%と65%以上である。一方、表3の比較例3(No.7〜10)の圧電単結晶素子及び表4の比較例4の平板状圧電単結晶素子は、分極方向に平行な電気機械結合係数が、55.1%〜57.8%と60%以下であり、該方向の振動モードを利用する圧電素子の特性としては不十分であることがわかる。
【0045】
(実施例3および比較例5)
実施例3は、76 mol%マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)+24 mol%チタン酸鉛(PT)にCaを0.5質量%となる様に添加した(組成式:Pb(Ca)[(Mg, Nb)0.76Ti0.24]O3,)の固溶体単結晶を圧電単結晶素子の材料として用いたこと以外は実施例1と同様の方法により作製した。なお、本実施例にて、圧電単結晶素子は、厚さT、溝の深さt、溝の幅Lを種々に変更した態様で作製し、本発明の好適範囲内(L/T≦1.0及び0.25≦t/T≦0.5)である1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚、並びに比較例5として本発明の範囲外である1.000mm厚みのサンプル2枚、0.470mm厚みのサンプル2枚の計10枚作製した。実施例3についての各測定値(溝の配設ピッチL、溝の幅D、櫛部の幅L−D、溝の深さt、溝の配設ピッチと厚みの比T/L、溝の深さと厚みの比t/T、共振周波数fr、反共振周波数fa及び分極方向に平行な電気機械結合係数)を表5に示す。なお、該圧電単結晶インゴットには異相であるパイロクロア相の発生は見られなかった。
【0046】
【表5】

【0047】
(比較例6)
比較例6は、76 mol%マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)+24 mol%チタン酸鉛(PT)にCaを0.5質量%となる様に添加した(組成式:Pb(Ca)[(Mg, Nb)0.76Ti0.24]O3,)の固溶体単結晶を圧電単結晶素子の材料として用い、作製された平板状圧電単結晶素子材料について、素子面に溝を形成する工程及び溝に絶縁材料を充填する工程を行わないこと以外は、実施例3と同様の方法により作製した。なお、平板状圧電単結晶素子は、1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚の計6枚作製し、実施例3と同様の方法により、特性の測定を行った。比較例6についての各測定値(共振周波数fr、反共振周波数fa、電気機械結合係数)を表6に示す。なお、該圧電単結晶インゴットには異相であるパイロクロア相の発生は見られなかった。
【0048】
【表6】

【0049】
表5及び表6から以下のことがわかる。
表5に示す実施例3(No.1〜6)の圧電素子はいずれも、電気機械結合係数が68.3〜73.8%と65%以上である。一方、表5の比較例5(No.7〜10)の圧電単結晶素子及び表6の比較例6の平板状圧電単結晶素子は、分極方向に平行な電気機械結合係数が、56.1%〜59.3%と60%以下であり、該方向の振動モードを利用する圧電素子の特性としては不十分であることがわかる。
【0050】
(実施例4および比較例7)
実施例4は、66 mol部マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)+66mol部インジウムニオブ酸鉛(PIN)+34 mol部チタン酸鉛(PT)にCaを0.5質量%となる様に添加した(組成式:Pb(Ca)[(Mg, Nb, In)0.66Ti0.34]O3,)の固溶体単結晶を圧電単結晶素子の材料として用いたこと以外は実施例1と同様の方法により作製した。なお、本実施例にて、圧電単結晶素子は、厚さT、溝の深さt、溝の幅Lを種々に変更した態様で作製し、本発明の好適範囲内(L/T≦1.0及び0.25≦t/T≦0.5)である1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚、並びに比較例7として本発明の範囲外である1.000mm厚みのサンプル2枚、0.470mm厚みのサンプル2枚の計10枚作製した。実施例4についての各測定値(溝の配設ピッチL、溝の幅D、櫛部の幅L−D、溝の深さt、溝の配設ピッチと厚みの比T/L、溝の深さと厚みの比t/T、共振周波数fr、反共振周波数fa及び分極方向に平行な電気機械結合係数)を表7に示す。なお、該圧電単結晶インゴットには異相であるパイロクロア相の発生は見られなかった。
【0051】
【表7】

【0052】
(比較例8)
比較例8は、66 mol部マグネシウムニオブ酸鉛(PMN)+66 mol部インジウムニオブ酸鉛(PIN)+34 mol部チタン酸鉛(PT)にCaを0.5質量%となる様に添加した(組成式:Pb(Ca)[(Mg, Nb)0.66Ti0.34]O3,)の固溶体単結晶を圧電単結晶素子の材料として用い、作製された平板状圧電単結晶素子材料について、素子面に溝を形成する工程及び溝に絶縁材料を充填する工程を行わないこと以外は、実施例4と同様の方法により作製した。なお、平板状圧電単結晶素子は、1.000mm厚みのサンプル3枚、0.470mm厚みのサンプル3枚の計6枚作製し、実施例3と同様の方法により、特性の測定を行った。比較例8についての各測定値(共振周波数fr、反共振周波数fa、電気機械結合係数)を表8に示す。なお、該圧電単結晶インゴットには異相であるパイロクロア相の発生は見られなかった。
【0053】
【表8】

【0054】
表7及び表8から以下のことがわかる。
表57に示す実施例5(No.1〜6)の圧電素子はいずれも、電気機械結合係数が66.3〜73.5%と65%以上である。一方、表7の比較例7(No.7〜10)の圧電単結晶素子及び表8の比較例8の平板状圧電単結晶素子は、分極方向に平行な電気機械結合係数が、55.7%〜58.6%と60%以下であり、該方向の振動モードを利用する圧電素子の特性としては不十分であることがわかる
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、分極方向に平行な方向の振動モードを利用する圧電単結晶において、分極方向を法線方向とする素子面のどちらか一方に、該素子面に対し実質上垂直方向に延びる深さを有し、かつ絶縁材料で充填された複数本の溝を、所定の配設ピッチで設けることにより、従来の平板状圧電単結晶素子の分極方向に平行な電気機械結合係数に比べ良好な電気機械結合係数を簡便に得ることのできる圧電単結晶素子の提供が可能であることを見出した。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】分極方向と平行な方向の電気機械結合係数を利用する一般的な圧電素子の方位と形状を示す図である。
【図2】(a)は、本発明に従う圧電単結晶素子材料の方位と形状を示す斜視図であり、(b)は(a)のI‐I線上の断面図であって、圧電単結晶素子材料の両素子面に電極を配置した状態で示す。
【図3】ペロブスカイト構造(RMO3)の模式的斜視図である。
【図4】従来の方法により得られた平板状圧電単結晶素子の方位と形状を示す斜視図である。
【図5】PMN‐PT(PMNT)の相図である。
【符号の説明】
【0057】
10 圧電(単結晶)素子材料
10A 本発明の圧電単結晶素子
10B 平板状圧電(単結晶)素子
11 溝
12 電極
13 絶縁材料
L 溝の配設ピッチ
D 溝の幅
t 溝の深さ
T 素子の分極方向の厚さ
PD 分極方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分極方向の振動モードを利用する圧電単結晶素子において、分極方向を法線方向とする素子面のどちらか一方に、該素子面に対し実質上垂直方向に伸びる深さを有し、かつ絶縁材料で充填された複数本の溝を所定のピッチで設けた櫛状構造を有することにより、分極方向と平行な方向の電気機械結合係数が65%以上であることを特徴とする圧電単結晶素子。
【請求項2】
前記溝の配設ピッチは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの1.0倍以下であり、且つ前記溝の深さは、圧電単結晶素子の分極方向の厚みの0.25〜0.5倍であることを特徴とする請求項1記載の圧電単結晶素子。
【請求項3】
前記圧電単結晶素子が、xPb( A1, A2,・・・ , B1, B2,・・・) O3+(1‐x)PbTiO3 (ただし、xはモル分率であり、0<x<1とする)からなる固溶体であって、A1, A2,・・・は、Zn, Mg, Ni, Cd, In, Y 及びScからなる群から選ばれた1または複数の元素であり、B1, B2,・・・はNb, Ta, Mo 及びW からなる群から選ばれた1または複数の元素であり、複合ペロブスカイト構造を有することを特徴とする請求項1または2記載の圧電単結晶素子。
【請求項4】
前記圧電単結晶素子が、さらに、前記固溶体にCr, Mn, Fe, Co, Al, Li, Ca, Sr, Ba からなる群から選ばれた1または複数の元素を0.5質量ppm〜5質量%含有することを特徴とする請求項3記載の圧電単結晶素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−288453(P2008−288453A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−133251(P2007−133251)
【出願日】平成19年5月18日(2007.5.18)
【出願人】(000200301)JFEミネラル株式会社 (79)