地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法
【課題】地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを、地盤上からの施工で短期間かつ低コストで補修し得るひび割れ補修方法を提供する。
【解決手段】地盤上に高圧噴射撹拌混合装置3を配備し、鉄筋コンクリート構造物1のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物1の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体2,2…を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる。
【解決手段】地盤上に高圧噴射撹拌混合装置3を配備し、鉄筋コンクリート構造物1のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物1の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体2,2…を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物のひび割れを、地盤上からの施工で短期間かつ低コストで補修し得るひび割れ補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート床版、コンクリート橋脚及び橋台、コンクリート壁、トンネル、ビル外壁、ボックスカルバートなどのコンクリート構造物は、地震などの外力を受けたり、建造後の経年変化により外面にひび割れ(クラックともいう。)が生じる。ひび割れが生じると、この亀裂から塩化物イオンなど、鉄筋の腐食を発生あるいは促進させる物質が侵入し内部鉄筋を腐食させるため、鉄筋コンクリート構造物の耐力を低下させたり、剥落を生じさせたりする原因となるため、早期にひび割れを補修する必要性が生じる。
【0003】
従来より、コンクリート構造物のひび割れ補修方法が数多く提案されているが、それらの多くは、ひび割れ内部に合成樹脂の接着剤を注入してひび割れを埋める工法である。例えば、下記特許文献1では、クラック上に固定した注入パイプと注入ホースとの間に、ゴムパイプ等の弾性材料からなる逆止弁付圧力緩衝部を設け、注入圧力を緩衝させながら接着剤をクラック内に注入し、注入を連続しながらゴムパイプを膨張させて接着剤を留め、その後ゴムの収縮力を利用して接着剤を徐々に注入する方法が提案されている。また、下記特許文献2では、コンクリート構造物等のクラックや隙間が生じた部分にコアドリルを用いて円筒状の切目を入れ、この切目で囲まれた部分を除去することによって凹部を作り、次に、凹部内に座金付の先端を挿入した注入具を、凹部内に充填した固定剤によって固定化した後、この注入具を介してクラックや隙間内に接着剤を注入する接着剤の注入工法が提案されている。
【0004】
また、近年は接着剤の注入には多くの手間と時間が掛かるとして、クラック部分に塗布するだけで補修を完了するようにした補修工法も提案されている。具体的には、下記特許文献3では、エポキシ樹脂主剤を主成分とするA液と、硬化剤を主成分とするB液とからなる2液型のエポキシ樹脂組成物であり、このエポキシ樹脂組成物が充填剤を含まないクリア系の組成物であり、その粘度がB型粘度計による測定で100〜2000mPa・s/20℃の範囲内であり、2液混合後の組成物の5rpmにおける粘度と50rpmにおける粘度との比率ηs/ηsoが、B型粘度計による測定で1.1〜2.0の範囲内であり、水平面における0.2mmのひび割れに対する浸透深さが15mm以上で、垂直面における0.2mmのひび割れに対する浸透深さが25mm以上である浸透型接着性組成物を、コンクリート構造物の表面に複数回塗布して微細なひび割れ部に浸透させて硬化させることを特徴とするコンクリート構造物の補強・補修方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭57−87866号公報
【特許文献2】特公平8−6466号公報
【特許文献3】特許第3820469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述したひび割れ注入工法やひび割れ塗布工法などの補修工法の場合は、クラック面が露出している必要があるため、地盤中の鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法に適用するには、周囲を矢板等で締め切り、内部を掘削するとともに、地下水を汲み上げてドライな環境にする必要があり、補修工事が大規模となる、工期が長期化する、補修工費が嵩む、周囲の環境によっては補修工事ができないなどの問題があった。
【0007】
そこで本発明の主たる課題は、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを、地盤上からの施工で短期間かつ低コストで補修し得るひび割れ補修方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤中に所定厚の地盤改良体を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0009】
上記請求項1記載の発明では、高圧噴射撹拌混合装置により、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤中に所定厚の地盤改良体を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる。すなわち、ひび割れ部分を、周囲の地盤を改良した硬化材による固化体によってキャッピングすることによりひび割れ部に対する酸素供給を遮断し、腐食速度を低下させることにより構造物の耐力低下速度を遅くし、構造物の延命化を図るものである。この際、前記固化体の造成に当たって、地盤上からの施工で地盤中に固化体を造成し得る地盤改良工法を利用するものである。
【0010】
地盤改良工法としては、高圧噴射撹拌工法が採用される。この工法を採用することで、構造物に沿って改良体を造成する際、付着効果が期待できるとともに、高圧噴射によるブラスト効果で構造物壁面との間に高い密着性を確保することが可能となる。仮に、構造物壁面との間に高い密着性を確保し得ない場合には、改良体と構造物との境界面の間隙を流路としてひび割れ部に酸素が供給されることになる。
【0011】
請求項2に係る本発明として、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
補修が必要となる基準ひび割れ幅を設定する第1手順と、
基準ひび割れ幅以上のひび割れが発生している構造物の外面部分を特定し、ひび割れ補修対象部位を特定する第2手順と、
ひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体を造成したと仮定した有限要素解析モデルを設定し、地盤改良体中の酸素拡散解析を行い、経年後の鉄筋の腐食量及び残存耐力を予測し、造成する地盤改良体の厚みを決定する第3手順と、
施工現場において、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、前記第3手順で決定した厚みの地盤改良体を地盤中に造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる第4手順と、からなることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0012】
上記請求項2記載の発明は、設計プロセスを含んだ具体的手順に係るひび割れ補修方法である。本発明では、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するものであり、地盤中に埋設しているため目視確認することができないため、精度良くひび割れ補修対象部位を特定し、且つ地盤改良体の厚みを決定するために上記第1手順から第3手順が重要なプロセスとなる。
【0013】
請求項3に係る本発明として、前記鉄筋コンクリート構造物の少なくとも一部は地下水位以下に構築され、地下水位以下で生じた構造物外面のひび割れを補修対象とする請求項1、2いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0014】
上記請求項3記載の発明は、ひび割れ補修対象部位を地下水位以下とするものであり、このようなケースの場合でも本発明ではドライアップすることなく施工が可能である。
【0015】
請求項4に係る本発明として、前記地盤改良体の硬化材には、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む請求項1〜3いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0016】
上記請求項4記載の発明は、地盤改良体の硬化材には、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む材料を使用するものである。これらを含む硬化材は、ポゾラン反応によってセメント硬化体が緻密になり、地盤改良体中の拡散係数が他のセメント系硬化材よりも低くなる傾向にあるため望ましい。
【発明の効果】
【0017】
以上詳説のとおり本発明によれば、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを、地盤上からの施工で短期間かつ低コストで補修を行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修要領を示す横断面図である。
【図2】図1のII−II線矢視図である。
【図3】鉄筋位置における塩化物イオン濃度の経年変化を示す図である。
【図4】(A)〜(C)は有限要素解析における条件を説明するための図である。
【図5】溶存酸素の拡散・対流モデル解析の概念図である。
【図6】有限要素解析モデルを示す図である。
【図7】ひび割れ部における溶存酸素の流束変化の経年変化を示す図である。
【図8】単位長さ当たりのひび割れ幅に入る酸素量の変化の経年変化を示す図である。
【図9】改良体中の溶存酸素の濃度分布(30年後)を示す図である。
【図10】腐食量の経年変化を示す図である。
【図11】高圧噴射撹拌混合装置(S−RJP工法)による地盤改良体の造成要領を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
【0020】
本発明に係るひび割れ補修方法は、図1に示されるように、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物(カルバート)1の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置3を配備し、図2に示されるように、前記鉄筋コンクリート構造物1のひび割れ補修対象部位4を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物1の外面に密着するように、地盤中に所定厚D(最小厚)の地盤改良体2、2…を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させるものである。
【0021】
以下、更に設計プロセスを含んだ具体的手順に従いながら詳述する。
【0022】
(第1手順)
先ず、鉄筋コンクリート構造物1の外面に発生したひび割れの内、補修が必要となる基準ひび割れ幅を設定する。具体的には、前記鉄筋コンクリート構造物1からサンプリングしたコンクリートコアの塩化物イオンに基づき、今後の予定供用期間を設定し、構造物内側からサンプリングしたコンクリートコアの塩化物イオン濃度に基づき、予定供用期間において鉄筋の腐食が生じないひび割れ幅とする。図3に示されるように、解析条件として、コンクリート中の塩化物イオンの拡散係数を設定するとともに、コンクリート表面の塩化物イオン濃度を測定し、ひび割れ幅毎に、鉄筋位置の塩化物イオン濃度の経年変化曲線を描き、供用期間(図示例では30年)内に限界塩化物濃度(一般に発錆限界として1.2kg/m3)を超えないひび割れ幅が基準ひび割れ幅として設定される。図示例では、ひび割れ幅:0.5mmが基準ひび割れ幅として設定される。
【0023】
(第2手順)
地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物1の場合は、内部に生じたひび割れは目視で確認することができるが、外面に生じたひび割れが目視で確認することができない。従って、内部ひび割れから外部ひび割れの位置及びその幅を推定する。推定に当たっては、構造物によっては、ひび割れが生じる原因となった外力(地震力)の載荷方向及び大きさ、断面形状や鉄筋量の影響を考慮することにより推定できる場合もあるが、断面形状が複雑な場合は、構造物を骨組でモデル化し、外力(地震力)を載荷し各箇所での断面力と内部ひび割れ幅との関係を相関付け、構造物の外面のどの部位にどの程度の幅でひび割れが発生しているかを推定する。
【0024】
このようにして、基準ひび割れ幅以上のひび割れが発生している構造物の外面部分を推定するとともに、ひび割れ幅を推定し、ひび割れ補修対象部位を特定する。
【0025】
(第3手順)
第3手順では、ひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体を造成したと仮定した有限要素解析モデルを設定し、地盤改良体中の酸素拡散解析を行い、経年後の鉄筋の腐食量及び残存耐力を予測し、造成する地盤改良体の厚みを決定する。
【0026】
前記有限要素解析に当たっては、下記(1)〜(5)に示す幾つかの解析条件を設定する。
(1)図4(A)に示されるように、地盤改良体の地盤側と躯体壁面側とで水の移動はない。また、図示されるように、仮にカルバート内に水が流水していても、コンクリートが難透水性(W/C=50%で透水係数が約10-11m/s)のため、躯体外側に通水しない。
(2)地盤改良体の空隙は地下水で飽和している。
(3)図4(B)に示されるように、地盤側地下水中の溶存酸素と地盤改良体中空隙内の溶存酸素濃度は同じで且つ一定(初期条件)とする。
(4)地盤改良体中を通過する酸素量は、地盤改良体中の酸素拡散係数に依存する。 図5の溶存酸素の拡散・対流モデル図に示されるように、地盤改良体中では、間隙水中の溶存酸素がある拡散係数(以下、溶存酸素の拡散係数をDo2とする。)をもってコンクリート表面まで拡散すると仮定する。
【0027】
また、ひび割れ部分では、改良体からひび割れ内の水に酸素が拡散するが、水に拡散した酸素は、対流により鉄筋表面近傍まで移動する。水中での溶存酸素の拡散係数はD'02=10−5cm2/secのオーダーであるため、対流の場合は拡散よりも早く鉄筋表面近傍まで移動する。更に、鉄筋近傍に達した酸素は、ごく薄い水膜(D'02=10−5cm2/sec)を拡散により移動して、鉄筋表面にてカソード反応で全て消費されるとする。従って、改良体中での拡散係数Do2が鉄筋近傍でのごく薄い水膜での拡散係数D'02よりも小さい場合には、ひび割れ部分の鉄筋の腐食速度は、改良体中の拡散係数Do2に支配されることになる。また、改良体中の拡散係数Do2の方が鉄筋近傍の拡散層の拡散係数D'02よりも小さいため、ひび割れ部分並びに鉄筋近傍の拡散層は解析上無視することとした。
(5)図4(C)に示されるように、改良体中を拡散してきた酸素は、躯体コンクリートとの境界部に達した時点で全て腐食に消費されるものと仮定する。
【0028】
<地盤改良体中の溶存酸素の拡散係数Do2>
改良体中にある間隙水中の拡散係数Do2については、実測値は無いが、水中に置かれたコンクリートの拡散係数DCo2から推定した。既往の文献〔(1)(社)日本コンクリート工学協会;コンクリート構造物の補修工法研究委員会報告書(I),(III),1992.10、 (2)小林和夫,宮川豊章,久米生泰;耐久性設計の手法に基づいた鉄筋コンクリート部材の表面処理効の評価,p.p.151-160,土木学会論文集第390号/V−8,1988.2〕によれば、水で飽和したコンクリートにおける拡散係数DCo2は10−7cm2/secのオーダーとされる。また、これら既往の文献によれば、飽和度が80%程度のコンクリートの拡散係数DCo2は10−5〜10−6cm2/secのオーダーとされる。これらの既往文献から、コンクリート中の拡散係数DCo2は、間隙が水で完全に満たされている飽和状態の方が間隙の一部に気相がある不飽和状態よりも10−1〜10−2cm2/secのオーダーで小さいことが分かる。高圧噴射撹拌混合工法で造成される地盤改良体は、水の透水係数が10−5m/sec程度と比較的高い材料と推定され、地下水位を考慮すると常時水中にあるため、飽和状態に置かれると考えられる。
【0029】
一方、水中における拡散係数D'02は10−5cm2/secのオーダーである。これらコンクリート中の溶存酸素の拡散係数、飽和・不飽和における拡散係数の相違及び水中における溶存酸素の拡散係数を考慮すると、改良体中における拡散係数Do2は、10−7〜10−5cm2/secにあると考えられるが、飽和状態であれば水中における拡散係数よりは小さくなると考えられる。従って、改良体中の拡散係数Do2は、10−6cm2/secとした。
【0030】
<有限要素解析モデル>
図6に有限要素解析モデルを示す。このモデルの解析範囲は、ひび割れ幅0.2cmとして、そのひび割れを中心にしてX方向(改良体幅方向)には、要素幅1cm×100要素として100cmとしたケース、要素幅1cm×70要素として70cmとしたケース、要素幅1cm×60要素として60cmとしたケース、要素幅1cm×50要素として50cmとしたケースの計4ケースとした。
【0031】
Y方向には、下から1番目の要素幅を0.1cm、2番目の要素幅を0.9cm、3番目以降の要素幅を1cm×149要素として、150cmとした。
【0032】
改良体と原地盤との境界条件は、改良体表面の溶存酸素濃度が常に水中の溶存酸素濃度と同じ条件とした。但し、改良体中での溶存酸素濃度は、間隙水にある溶存酸素量に対する割合であるため、水中での溶存酸素濃度2.5×10−7(mol/cm3)に、高圧噴射撹拌混合工法による改良体の間隙率0.601を乗じて、改良体単位体積当たりの溶存酸素濃度は1.5×10−7(mol/cm3)とした。一方、Y方向の改良体における境界条件は、溶存酸素の出入りがないとする条件とした。
また、この有限要素解析では、ひび割れ部分の要素(幅0.1cm)のみから供給される溶存酸素が鉄筋の腐食に消費されるとした。
【0033】
<鉄筋の腐食量解析結果>
有限要素法による解析は、汎用解析ソフトABAQUSにより行った。図7(A)にひび割れ部における溶存酸素の流束の経年変化を示し、図7(B)に単位1m当たりのひび割れ部に入る酸素量の経年変化を示した。また、図8に、改良体厚み毎の補修から30年後の改良体中の溶存酸素の濃度分布を示した。更に、図9に鉄筋腐食量の経年変化を示した。
【0034】
解析の結果、改良体を造成してから30年が経過した時点での鉄筋腐食量は、奥行き方向に1m当たり、改良体厚さが100cmで0.951g/m、70cmで0.951g/m、60cmで0.951g/m、50cmで0.952g/mとなり、改良体の厚さ間では、鉄筋腐食量に有意差は見られなかった。表1にこれらの結果から32年後(ひび割れ発生からから2年後に補修を行い30年経過後)の断面減少率を改良体の厚み毎に計算した。その結果、断面減少率は、4.3%〜7.3%程度となった。断面減少率の推定値に範囲を有するのは、改良前の腐食量推定に当たり、断面欠損率に幅を持たせたためである。
【0035】
以上より、改良体中の溶存酸素が腐食に消費される範囲は、30年間で半径30cm程度の範囲に留まっていることから、安全率を2程度と考え、改良体の厚みは60cmとした。また、改良体の高さは、構造体2の下面から上方に3.2mとした。
【0036】
【表1】
【0037】
<残存耐力>
上記<鉄筋の腐食量解析結果>の欄で、地盤改良体によるひび割れ補修を行った場合、30年後の断面減少率は4〜7%程度となることが判明した。この結果から、30年後の残存耐力を推定する。既往の文献〔村上,大下,鈴木,堤:鉄筋腐食したRC梁部材の残存耐力性状に及ぼすせん断補強筋ならびに定着性能の影響に関する研究;土木学会論文集E,Vol.64,631-649,2008.12〕から、図10に単純梁を用いた電食による載荷試験結果から求まった主鉄筋の腐食率と曲げ耐力比との関係を示す。同図によれば、主鉄筋の断面減少率が4〜7%程度に達すると、残存曲げ耐荷力が90%になると予想される。設計に比べてコンクリートや鉄筋の実強度が大きいことを考慮すれば、この程度の耐力低下であれば問題ないと判断できる。
【0038】
なお、残存耐力80%になるには、約38〜53年程度の年数を要すると推測される。
【0039】
(第4手順)
第4手順では、第1手順から第3手順までの手順によって、ひび割れ補修対象部位が特定され、かつ地盤改良体の厚み(及び高さ)が決定されたため、実施工を行う。
【0040】
補修施工は、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤改良体を地盤中に造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる。
【0041】
ここで、高圧噴射撹拌工法は、地盤を高圧噴流で破壊し、強制的に硬化材と地盤とを置換又は混合撹拌することにより地盤内に基本的には円柱形の固結体(地盤改良体)を造成する工法である。分類的には、主としてCCP工法に代表される単管工法(硬化材)、JSG工法に代表される二重管工法(硬化材+圧縮空気)、RJP工法に代表される三重管工法(硬化材+水+圧縮空気)とが存在する。これら各工法によって造成される地盤改良体の有効径は、単管工法がφ300〜1500mm、二重管工法がφ1000〜2000mm、三重管工法がφ2000〜3500mmとなっている。
【0042】
これらの高圧噴射撹拌工法の中で、本発明に最も好適なのは三重管工法に分類されるRJP工法である。このRJP工法は、図11に示されるように、改良深度まで削孔後、上段ノズルから圧縮空気を添わせた超高圧水と、下段ノズルから圧縮空気と超高圧スラリーを噴射させながら回転、引上げし、発生するスライムを出して大口径の円柱状等の改良体を造成するものであり、この工法の特徴は噴射管を回転させる他、所定の角度範囲で揺動回転させることができ、90〜270°の範囲で扇状の改良体を造成できるため、本補修方法のように構造物の壁面に沿わせて改良体を造成する場合に、図2に示されるように、半円形状の改良体を造成することが可能である。また、改良体の強度は硬化材の選定によって、砂質土地盤の場合で2〜3MN/m2、粘性土地盤で0.3〜1.0MN/m2とされる。
【0043】
更に、装置も比較的小型で済む。土砂の混じらない均質な改良体が造成でき、構造物に沿って改良体を造成する際、付着効果が期待できるとともに、高圧噴射によるブラスト効果で構造物壁面との間に高い密着性を確保することが可能である。使用する硬化材としては、一般的にセメント系であるが、拡散係数を小さくするために、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む材料を使用するのが望ましい。ポゾラン反応によってセメント硬化体が緻密になり、地盤改良体中の拡散係数が他のセメント系硬化材よりも低くなる傾向にある。
【0044】
〔他の形態例〕
(1)上記形態例では、地下水位以下のひび割れを補修対象としたが、地盤中で地下水位以上のひび割れを補修対象とすることも可能である。この場合は、改良体中の拡散係数Do2を、水中での拡散係数D'o2(=10−5cm2/sec)よりも小さくなる範囲で適切に設定すればい。
【符号の説明】
【0045】
1…鉄筋コンクリート構造物、2…地盤改良体、3…高圧噴射撹拌混合装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物のひび割れを、地盤上からの施工で短期間かつ低コストで補修し得るひび割れ補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート床版、コンクリート橋脚及び橋台、コンクリート壁、トンネル、ビル外壁、ボックスカルバートなどのコンクリート構造物は、地震などの外力を受けたり、建造後の経年変化により外面にひび割れ(クラックともいう。)が生じる。ひび割れが生じると、この亀裂から塩化物イオンなど、鉄筋の腐食を発生あるいは促進させる物質が侵入し内部鉄筋を腐食させるため、鉄筋コンクリート構造物の耐力を低下させたり、剥落を生じさせたりする原因となるため、早期にひび割れを補修する必要性が生じる。
【0003】
従来より、コンクリート構造物のひび割れ補修方法が数多く提案されているが、それらの多くは、ひび割れ内部に合成樹脂の接着剤を注入してひび割れを埋める工法である。例えば、下記特許文献1では、クラック上に固定した注入パイプと注入ホースとの間に、ゴムパイプ等の弾性材料からなる逆止弁付圧力緩衝部を設け、注入圧力を緩衝させながら接着剤をクラック内に注入し、注入を連続しながらゴムパイプを膨張させて接着剤を留め、その後ゴムの収縮力を利用して接着剤を徐々に注入する方法が提案されている。また、下記特許文献2では、コンクリート構造物等のクラックや隙間が生じた部分にコアドリルを用いて円筒状の切目を入れ、この切目で囲まれた部分を除去することによって凹部を作り、次に、凹部内に座金付の先端を挿入した注入具を、凹部内に充填した固定剤によって固定化した後、この注入具を介してクラックや隙間内に接着剤を注入する接着剤の注入工法が提案されている。
【0004】
また、近年は接着剤の注入には多くの手間と時間が掛かるとして、クラック部分に塗布するだけで補修を完了するようにした補修工法も提案されている。具体的には、下記特許文献3では、エポキシ樹脂主剤を主成分とするA液と、硬化剤を主成分とするB液とからなる2液型のエポキシ樹脂組成物であり、このエポキシ樹脂組成物が充填剤を含まないクリア系の組成物であり、その粘度がB型粘度計による測定で100〜2000mPa・s/20℃の範囲内であり、2液混合後の組成物の5rpmにおける粘度と50rpmにおける粘度との比率ηs/ηsoが、B型粘度計による測定で1.1〜2.0の範囲内であり、水平面における0.2mmのひび割れに対する浸透深さが15mm以上で、垂直面における0.2mmのひび割れに対する浸透深さが25mm以上である浸透型接着性組成物を、コンクリート構造物の表面に複数回塗布して微細なひび割れ部に浸透させて硬化させることを特徴とするコンクリート構造物の補強・補修方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭57−87866号公報
【特許文献2】特公平8−6466号公報
【特許文献3】特許第3820469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述したひび割れ注入工法やひび割れ塗布工法などの補修工法の場合は、クラック面が露出している必要があるため、地盤中の鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法に適用するには、周囲を矢板等で締め切り、内部を掘削するとともに、地下水を汲み上げてドライな環境にする必要があり、補修工事が大規模となる、工期が長期化する、補修工費が嵩む、周囲の環境によっては補修工事ができないなどの問題があった。
【0007】
そこで本発明の主たる課題は、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを、地盤上からの施工で短期間かつ低コストで補修し得るひび割れ補修方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するために請求項1に係る本発明として、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤中に所定厚の地盤改良体を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0009】
上記請求項1記載の発明では、高圧噴射撹拌混合装置により、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤中に所定厚の地盤改良体を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる。すなわち、ひび割れ部分を、周囲の地盤を改良した硬化材による固化体によってキャッピングすることによりひび割れ部に対する酸素供給を遮断し、腐食速度を低下させることにより構造物の耐力低下速度を遅くし、構造物の延命化を図るものである。この際、前記固化体の造成に当たって、地盤上からの施工で地盤中に固化体を造成し得る地盤改良工法を利用するものである。
【0010】
地盤改良工法としては、高圧噴射撹拌工法が採用される。この工法を採用することで、構造物に沿って改良体を造成する際、付着効果が期待できるとともに、高圧噴射によるブラスト効果で構造物壁面との間に高い密着性を確保することが可能となる。仮に、構造物壁面との間に高い密着性を確保し得ない場合には、改良体と構造物との境界面の間隙を流路としてひび割れ部に酸素が供給されることになる。
【0011】
請求項2に係る本発明として、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
補修が必要となる基準ひび割れ幅を設定する第1手順と、
基準ひび割れ幅以上のひび割れが発生している構造物の外面部分を特定し、ひび割れ補修対象部位を特定する第2手順と、
ひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体を造成したと仮定した有限要素解析モデルを設定し、地盤改良体中の酸素拡散解析を行い、経年後の鉄筋の腐食量及び残存耐力を予測し、造成する地盤改良体の厚みを決定する第3手順と、
施工現場において、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、前記第3手順で決定した厚みの地盤改良体を地盤中に造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる第4手順と、からなることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0012】
上記請求項2記載の発明は、設計プロセスを含んだ具体的手順に係るひび割れ補修方法である。本発明では、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するものであり、地盤中に埋設しているため目視確認することができないため、精度良くひび割れ補修対象部位を特定し、且つ地盤改良体の厚みを決定するために上記第1手順から第3手順が重要なプロセスとなる。
【0013】
請求項3に係る本発明として、前記鉄筋コンクリート構造物の少なくとも一部は地下水位以下に構築され、地下水位以下で生じた構造物外面のひび割れを補修対象とする請求項1、2いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0014】
上記請求項3記載の発明は、ひび割れ補修対象部位を地下水位以下とするものであり、このようなケースの場合でも本発明ではドライアップすることなく施工が可能である。
【0015】
請求項4に係る本発明として、前記地盤改良体の硬化材には、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む請求項1〜3いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法が提供される。
【0016】
上記請求項4記載の発明は、地盤改良体の硬化材には、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む材料を使用するものである。これらを含む硬化材は、ポゾラン反応によってセメント硬化体が緻密になり、地盤改良体中の拡散係数が他のセメント系硬化材よりも低くなる傾向にあるため望ましい。
【発明の効果】
【0017】
以上詳説のとおり本発明によれば、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを、地盤上からの施工で短期間かつ低コストで補修を行えるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修要領を示す横断面図である。
【図2】図1のII−II線矢視図である。
【図3】鉄筋位置における塩化物イオン濃度の経年変化を示す図である。
【図4】(A)〜(C)は有限要素解析における条件を説明するための図である。
【図5】溶存酸素の拡散・対流モデル解析の概念図である。
【図6】有限要素解析モデルを示す図である。
【図7】ひび割れ部における溶存酸素の流束変化の経年変化を示す図である。
【図8】単位長さ当たりのひび割れ幅に入る酸素量の変化の経年変化を示す図である。
【図9】改良体中の溶存酸素の濃度分布(30年後)を示す図である。
【図10】腐食量の経年変化を示す図である。
【図11】高圧噴射撹拌混合装置(S−RJP工法)による地盤改良体の造成要領を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳述する。
【0020】
本発明に係るひび割れ補修方法は、図1に示されるように、地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物(カルバート)1の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置3を配備し、図2に示されるように、前記鉄筋コンクリート構造物1のひび割れ補修対象部位4を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物1の外面に密着するように、地盤中に所定厚D(最小厚)の地盤改良体2、2…を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させるものである。
【0021】
以下、更に設計プロセスを含んだ具体的手順に従いながら詳述する。
【0022】
(第1手順)
先ず、鉄筋コンクリート構造物1の外面に発生したひび割れの内、補修が必要となる基準ひび割れ幅を設定する。具体的には、前記鉄筋コンクリート構造物1からサンプリングしたコンクリートコアの塩化物イオンに基づき、今後の予定供用期間を設定し、構造物内側からサンプリングしたコンクリートコアの塩化物イオン濃度に基づき、予定供用期間において鉄筋の腐食が生じないひび割れ幅とする。図3に示されるように、解析条件として、コンクリート中の塩化物イオンの拡散係数を設定するとともに、コンクリート表面の塩化物イオン濃度を測定し、ひび割れ幅毎に、鉄筋位置の塩化物イオン濃度の経年変化曲線を描き、供用期間(図示例では30年)内に限界塩化物濃度(一般に発錆限界として1.2kg/m3)を超えないひび割れ幅が基準ひび割れ幅として設定される。図示例では、ひび割れ幅:0.5mmが基準ひび割れ幅として設定される。
【0023】
(第2手順)
地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物1の場合は、内部に生じたひび割れは目視で確認することができるが、外面に生じたひび割れが目視で確認することができない。従って、内部ひび割れから外部ひび割れの位置及びその幅を推定する。推定に当たっては、構造物によっては、ひび割れが生じる原因となった外力(地震力)の載荷方向及び大きさ、断面形状や鉄筋量の影響を考慮することにより推定できる場合もあるが、断面形状が複雑な場合は、構造物を骨組でモデル化し、外力(地震力)を載荷し各箇所での断面力と内部ひび割れ幅との関係を相関付け、構造物の外面のどの部位にどの程度の幅でひび割れが発生しているかを推定する。
【0024】
このようにして、基準ひび割れ幅以上のひび割れが発生している構造物の外面部分を推定するとともに、ひび割れ幅を推定し、ひび割れ補修対象部位を特定する。
【0025】
(第3手順)
第3手順では、ひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体を造成したと仮定した有限要素解析モデルを設定し、地盤改良体中の酸素拡散解析を行い、経年後の鉄筋の腐食量及び残存耐力を予測し、造成する地盤改良体の厚みを決定する。
【0026】
前記有限要素解析に当たっては、下記(1)〜(5)に示す幾つかの解析条件を設定する。
(1)図4(A)に示されるように、地盤改良体の地盤側と躯体壁面側とで水の移動はない。また、図示されるように、仮にカルバート内に水が流水していても、コンクリートが難透水性(W/C=50%で透水係数が約10-11m/s)のため、躯体外側に通水しない。
(2)地盤改良体の空隙は地下水で飽和している。
(3)図4(B)に示されるように、地盤側地下水中の溶存酸素と地盤改良体中空隙内の溶存酸素濃度は同じで且つ一定(初期条件)とする。
(4)地盤改良体中を通過する酸素量は、地盤改良体中の酸素拡散係数に依存する。 図5の溶存酸素の拡散・対流モデル図に示されるように、地盤改良体中では、間隙水中の溶存酸素がある拡散係数(以下、溶存酸素の拡散係数をDo2とする。)をもってコンクリート表面まで拡散すると仮定する。
【0027】
また、ひび割れ部分では、改良体からひび割れ内の水に酸素が拡散するが、水に拡散した酸素は、対流により鉄筋表面近傍まで移動する。水中での溶存酸素の拡散係数はD'02=10−5cm2/secのオーダーであるため、対流の場合は拡散よりも早く鉄筋表面近傍まで移動する。更に、鉄筋近傍に達した酸素は、ごく薄い水膜(D'02=10−5cm2/sec)を拡散により移動して、鉄筋表面にてカソード反応で全て消費されるとする。従って、改良体中での拡散係数Do2が鉄筋近傍でのごく薄い水膜での拡散係数D'02よりも小さい場合には、ひび割れ部分の鉄筋の腐食速度は、改良体中の拡散係数Do2に支配されることになる。また、改良体中の拡散係数Do2の方が鉄筋近傍の拡散層の拡散係数D'02よりも小さいため、ひび割れ部分並びに鉄筋近傍の拡散層は解析上無視することとした。
(5)図4(C)に示されるように、改良体中を拡散してきた酸素は、躯体コンクリートとの境界部に達した時点で全て腐食に消費されるものと仮定する。
【0028】
<地盤改良体中の溶存酸素の拡散係数Do2>
改良体中にある間隙水中の拡散係数Do2については、実測値は無いが、水中に置かれたコンクリートの拡散係数DCo2から推定した。既往の文献〔(1)(社)日本コンクリート工学協会;コンクリート構造物の補修工法研究委員会報告書(I),(III),1992.10、 (2)小林和夫,宮川豊章,久米生泰;耐久性設計の手法に基づいた鉄筋コンクリート部材の表面処理効の評価,p.p.151-160,土木学会論文集第390号/V−8,1988.2〕によれば、水で飽和したコンクリートにおける拡散係数DCo2は10−7cm2/secのオーダーとされる。また、これら既往の文献によれば、飽和度が80%程度のコンクリートの拡散係数DCo2は10−5〜10−6cm2/secのオーダーとされる。これらの既往文献から、コンクリート中の拡散係数DCo2は、間隙が水で完全に満たされている飽和状態の方が間隙の一部に気相がある不飽和状態よりも10−1〜10−2cm2/secのオーダーで小さいことが分かる。高圧噴射撹拌混合工法で造成される地盤改良体は、水の透水係数が10−5m/sec程度と比較的高い材料と推定され、地下水位を考慮すると常時水中にあるため、飽和状態に置かれると考えられる。
【0029】
一方、水中における拡散係数D'02は10−5cm2/secのオーダーである。これらコンクリート中の溶存酸素の拡散係数、飽和・不飽和における拡散係数の相違及び水中における溶存酸素の拡散係数を考慮すると、改良体中における拡散係数Do2は、10−7〜10−5cm2/secにあると考えられるが、飽和状態であれば水中における拡散係数よりは小さくなると考えられる。従って、改良体中の拡散係数Do2は、10−6cm2/secとした。
【0030】
<有限要素解析モデル>
図6に有限要素解析モデルを示す。このモデルの解析範囲は、ひび割れ幅0.2cmとして、そのひび割れを中心にしてX方向(改良体幅方向)には、要素幅1cm×100要素として100cmとしたケース、要素幅1cm×70要素として70cmとしたケース、要素幅1cm×60要素として60cmとしたケース、要素幅1cm×50要素として50cmとしたケースの計4ケースとした。
【0031】
Y方向には、下から1番目の要素幅を0.1cm、2番目の要素幅を0.9cm、3番目以降の要素幅を1cm×149要素として、150cmとした。
【0032】
改良体と原地盤との境界条件は、改良体表面の溶存酸素濃度が常に水中の溶存酸素濃度と同じ条件とした。但し、改良体中での溶存酸素濃度は、間隙水にある溶存酸素量に対する割合であるため、水中での溶存酸素濃度2.5×10−7(mol/cm3)に、高圧噴射撹拌混合工法による改良体の間隙率0.601を乗じて、改良体単位体積当たりの溶存酸素濃度は1.5×10−7(mol/cm3)とした。一方、Y方向の改良体における境界条件は、溶存酸素の出入りがないとする条件とした。
また、この有限要素解析では、ひび割れ部分の要素(幅0.1cm)のみから供給される溶存酸素が鉄筋の腐食に消費されるとした。
【0033】
<鉄筋の腐食量解析結果>
有限要素法による解析は、汎用解析ソフトABAQUSにより行った。図7(A)にひび割れ部における溶存酸素の流束の経年変化を示し、図7(B)に単位1m当たりのひび割れ部に入る酸素量の経年変化を示した。また、図8に、改良体厚み毎の補修から30年後の改良体中の溶存酸素の濃度分布を示した。更に、図9に鉄筋腐食量の経年変化を示した。
【0034】
解析の結果、改良体を造成してから30年が経過した時点での鉄筋腐食量は、奥行き方向に1m当たり、改良体厚さが100cmで0.951g/m、70cmで0.951g/m、60cmで0.951g/m、50cmで0.952g/mとなり、改良体の厚さ間では、鉄筋腐食量に有意差は見られなかった。表1にこれらの結果から32年後(ひび割れ発生からから2年後に補修を行い30年経過後)の断面減少率を改良体の厚み毎に計算した。その結果、断面減少率は、4.3%〜7.3%程度となった。断面減少率の推定値に範囲を有するのは、改良前の腐食量推定に当たり、断面欠損率に幅を持たせたためである。
【0035】
以上より、改良体中の溶存酸素が腐食に消費される範囲は、30年間で半径30cm程度の範囲に留まっていることから、安全率を2程度と考え、改良体の厚みは60cmとした。また、改良体の高さは、構造体2の下面から上方に3.2mとした。
【0036】
【表1】
【0037】
<残存耐力>
上記<鉄筋の腐食量解析結果>の欄で、地盤改良体によるひび割れ補修を行った場合、30年後の断面減少率は4〜7%程度となることが判明した。この結果から、30年後の残存耐力を推定する。既往の文献〔村上,大下,鈴木,堤:鉄筋腐食したRC梁部材の残存耐力性状に及ぼすせん断補強筋ならびに定着性能の影響に関する研究;土木学会論文集E,Vol.64,631-649,2008.12〕から、図10に単純梁を用いた電食による載荷試験結果から求まった主鉄筋の腐食率と曲げ耐力比との関係を示す。同図によれば、主鉄筋の断面減少率が4〜7%程度に達すると、残存曲げ耐荷力が90%になると予想される。設計に比べてコンクリートや鉄筋の実強度が大きいことを考慮すれば、この程度の耐力低下であれば問題ないと判断できる。
【0038】
なお、残存耐力80%になるには、約38〜53年程度の年数を要すると推測される。
【0039】
(第4手順)
第4手順では、第1手順から第3手順までの手順によって、ひび割れ補修対象部位が特定され、かつ地盤改良体の厚み(及び高さ)が決定されたため、実施工を行う。
【0040】
補修施工は、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤改良体を地盤中に造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる。
【0041】
ここで、高圧噴射撹拌工法は、地盤を高圧噴流で破壊し、強制的に硬化材と地盤とを置換又は混合撹拌することにより地盤内に基本的には円柱形の固結体(地盤改良体)を造成する工法である。分類的には、主としてCCP工法に代表される単管工法(硬化材)、JSG工法に代表される二重管工法(硬化材+圧縮空気)、RJP工法に代表される三重管工法(硬化材+水+圧縮空気)とが存在する。これら各工法によって造成される地盤改良体の有効径は、単管工法がφ300〜1500mm、二重管工法がφ1000〜2000mm、三重管工法がφ2000〜3500mmとなっている。
【0042】
これらの高圧噴射撹拌工法の中で、本発明に最も好適なのは三重管工法に分類されるRJP工法である。このRJP工法は、図11に示されるように、改良深度まで削孔後、上段ノズルから圧縮空気を添わせた超高圧水と、下段ノズルから圧縮空気と超高圧スラリーを噴射させながら回転、引上げし、発生するスライムを出して大口径の円柱状等の改良体を造成するものであり、この工法の特徴は噴射管を回転させる他、所定の角度範囲で揺動回転させることができ、90〜270°の範囲で扇状の改良体を造成できるため、本補修方法のように構造物の壁面に沿わせて改良体を造成する場合に、図2に示されるように、半円形状の改良体を造成することが可能である。また、改良体の強度は硬化材の選定によって、砂質土地盤の場合で2〜3MN/m2、粘性土地盤で0.3〜1.0MN/m2とされる。
【0043】
更に、装置も比較的小型で済む。土砂の混じらない均質な改良体が造成でき、構造物に沿って改良体を造成する際、付着効果が期待できるとともに、高圧噴射によるブラスト効果で構造物壁面との間に高い密着性を確保することが可能である。使用する硬化材としては、一般的にセメント系であるが、拡散係数を小さくするために、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む材料を使用するのが望ましい。ポゾラン反応によってセメント硬化体が緻密になり、地盤改良体中の拡散係数が他のセメント系硬化材よりも低くなる傾向にある。
【0044】
〔他の形態例〕
(1)上記形態例では、地下水位以下のひび割れを補修対象としたが、地盤中で地下水位以上のひび割れを補修対象とすることも可能である。この場合は、改良体中の拡散係数Do2を、水中での拡散係数D'o2(=10−5cm2/sec)よりも小さくなる範囲で適切に設定すればい。
【符号の説明】
【0045】
1…鉄筋コンクリート構造物、2…地盤改良体、3…高圧噴射撹拌混合装置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤中に所定厚の地盤改良体を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【請求項2】
地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
補修が必要となる基準ひび割れ幅を設定する第1手順と、
限界ひび割れ幅以上のひび割れが発生している構造物の外面部分を特定し、ひび割れ補修対象部位を特定する第2手順と、
ひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体を造成したと仮定した有限要素解析モデルを設定し、地盤改良体中の酸素拡散解析を行い、経年後の鉄筋の腐食量及び残存耐力を予測し、造成する地盤改良体の厚みを決定する第3手順と、
施工現場において、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、前記第3手順で決定した厚みの地盤改良体を地盤中に造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる第4手順と、からなることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【請求項3】
前記鉄筋コンクリート構造物の少なくとも一部は地下水位以下に構築され、地下水位以下で生じた構造物外面のひび割れを補修対象とする請求項1、2いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【請求項4】
前記地盤改良体の硬化材には、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む請求項1〜3いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【請求項1】
地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように地盤中に所定厚の地盤改良体を造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【請求項2】
地盤中に構築された鉄筋コンクリート構造物の外面に発生したひび割れを補修するための補修工法であって、
補修が必要となる基準ひび割れ幅を設定する第1手順と、
限界ひび割れ幅以上のひび割れが発生している構造物の外面部分を特定し、ひび割れ補修対象部位を特定する第2手順と、
ひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、地盤中に所定厚の地盤改良体を造成したと仮定した有限要素解析モデルを設定し、地盤改良体中の酸素拡散解析を行い、経年後の鉄筋の腐食量及び残存耐力を予測し、造成する地盤改良体の厚みを決定する第3手順と、
施工現場において、地盤上に高圧噴射撹拌混合装置を配備し、前記鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修対象部位を覆うとともに、鉄筋コンクリート構造物の外面に密着するように、前記第3手順で決定した厚みの地盤改良体を地盤中に造成し、ひび割れ部位に対する酸素供給を抑制することで鉄筋の腐食速度を低減させる第4手順と、からなることを特徴とする地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【請求項3】
前記鉄筋コンクリート構造物の少なくとも一部は地下水位以下に構築され、地下水位以下で生じた構造物外面のひび割れを補修対象とする請求項1、2いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【請求項4】
前記地盤改良体の硬化材には、高炉スラグ微粉末、シリカフューム、フライアッシュを含む請求項1〜3いずれかに記載の地中鉄筋コンクリート構造物のひび割れ補修方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−196160(P2011−196160A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−67220(P2010−67220)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(000206211)大成建設株式会社 (1,602)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(000206211)大成建設株式会社 (1,602)
【Fターム(参考)】
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