説明

培地および間葉系幹細胞の培養方法

【課題】 患者から採取した間葉系幹細胞を短期間で大量に増殖させる。
【解決手段】 ビタミンCを25μg/ml〜4000μg/ml、塩基性繊維芽細胞増殖因子を10ng/ml〜100ng/mlの濃度でそれぞれ添加した培地、およびその培地内において間葉系幹細胞を培養する間葉系幹細胞の培養方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、培地および間葉系幹細胞の培養方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
骨髄液等に含まれている間葉系幹細胞は、骨、軟骨、脂肪等に分化可能な多分化能を有しているため、細胞治療や再生医療の細胞ソースとして注目を集めている。しかしながら、骨髄液等に含まれている間葉系幹細胞はごく微量であるため、臨床治療に用いる場合には、骨髄液内から集めた間葉系幹細胞を短期間で大量に増殖させることが重要である。
【0003】
従来、間葉系幹細胞を効率よく増殖させる方法として、例えば、特許文献1および特許文献2に開示されている方法が知られている。
特許文献1には、任意の培地内に、bFGF(basic Fibloblast Growth Factor;塩基性繊維芽細胞増殖因子)を0.01〜100ng/mlの濃度で添加して培養する間葉系幹細胞の培養方法が開示されている。
また、特許文献2には、任意の培地内に、bFGF(basic Fibloblast Growth Factor;塩基性繊維芽細胞増殖因子)を0.01〜10ng/mlの濃度で添加し、かつ、Lアスコルビン酸を75〜1500μm/mlの濃度で添加して培養する細胞の培養方法が開示されている。
【特許文献1】国際公開第WO02/22788A1号公報
【特許文献2】国際公開第WO01/48147A1号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1には、ビタミンCとの関係でbFGFによる間葉系幹細胞の増殖促進効果について開示されておらず、また、特許文献2には、高濃度のbFGFによる間葉系幹細胞の増殖促進効果について何ら開示していない。
これに対して、本発明者は、試験、研究の結果、間葉系幹細胞をさらに短期間で大量に増殖させる培地および培養方法を見いだした。
本発明は上述した事情に鑑みてなされたものであって、患者から採取した間葉系幹細胞を短期間で大量に増殖させることができ、大量の間葉系幹細胞を必要とする臨床治療に貢献し得る培地および間葉系幹細胞の培養方法提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は、以下の手段を提供する。
本発明は、ビタミンCを25μg/ml〜4000μg/ml、塩基性繊維芽細胞増殖因子を10ng/ml〜100ng/mlの濃度でそれぞれ添加した培地を提供する。
また、本発明は、ビタミンCを25μg/ml〜4000μg/ml、塩基性繊維芽細胞増殖因子を10ng/ml〜100ng/mlの濃度でそれぞれ添加した培地内において間葉系幹細胞を培養する間葉系幹細胞の培養方法を提供する。
【0006】
これらの発明によれば、高濃度の塩基性繊維芽細胞増殖因子とビタミンCの相乗効果によって、ビタミンCを含まない場合および低濃度の塩基性繊維芽細胞増殖因子による場合と比較して大幅に増殖促進効果を向上することができる。
なお、ビタミンCの濃度は、25μg/ml以上75μg/ml未満、1500μg/mlより大きく4000μg/ml以下でもよい。
また、bFGFの濃度は、10ng/mlより大きく100ng/ml以下であることが好ましく、50ng/ml〜100ng/mlであることがより好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、間葉系幹細胞を効率的に増殖して、患者から採取した骨髄液等に含まれる微量の間葉系幹細胞から、短期に、かつ大量に間葉系幹細胞を得ることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明の一実施形態に係る培地および間葉系幹細胞の培養方法について説明する。
本実施形態に係る培地は、DMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)に10%のFBS(Fetal Bovine Serum )、25μg/ml〜4000μg/mlのビタミンC、10ng/ml〜100ng/mlの濃度の塩基性繊維芽細胞増殖因子(basic Fibloblast
Growth Factor:以下、bFGFという。)および抗生物質を混合したものである。また、血清はFBSに限られず、ヒト血清や人工血清でもよい。
【0009】
本実施形態に係る間葉系幹細胞の培養方法は、培地として上記培地を使用して所定の培養条件(例えば、温度37℃、5%CO)で間葉系幹細胞の培養を行う方法である。
本実施形態に係る培地、間葉系幹細胞の培養方法および細胞増殖因子の使用方法によれば、高濃度のbFGFおよびビタミンCの作用により、これらを含まない場合と比較して間葉系幹細胞を大幅に増殖させることができるという効果がある。
【実施例】
【0010】
[第1の実施例]
上記実施形態に係る培地、間葉系幹細胞の培養方法の第1の実施例を以下に説明する。
まず、培地に添加するビタミンCの効果について説明する。
対数増殖中の間葉系幹細胞をトリプシンで回収し、細胞数10個/mlとなるように10%濃度のFBS入り培地で懸濁し、次いで、その細胞を3000個/cmとなるように、6ウェルプレートに播き、種々の濃度のビタミンCを含んだ培地2mlを加えた。
【0011】
このように調製された培地内に配された間葉系幹細胞をCOインキュベータ内に投入し、温度37℃、5%COの培養条件下で1週間培養した。培養期間中、2日ごとに培地の交換を行った。培養2日目、4日目および7日目において細胞をトリプシンで回収して血球計算盤で細胞数を計測した。その結果を図1に示す。コントロールとして、ビタミンCを含まない培地で同様の培養を行った結果を示す。
【0012】
この実施例によれば、培地に50μg/ml〜400μg/mlのビタミンCを添加したいずれの場合においても、添加しないコントロールの場合と比較して、間葉系幹細胞の増殖促進効果が認められた。特に、培養4日目においては、約2.1倍も多く間葉系幹細胞を増殖させることができた。また、これらの場合において、ビタミンCの濃度の相違による増殖促進効果に差異は見られなかった。したがって、ビタミンCについては濃度範囲の制限はないが、現実的には25μm〜4000μg/mlの範囲であることが好ましい。
【0013】
次に、培地に添加するbFGFの効果について説明する。
対数増殖中の間葉系幹細胞をトリプシンで回収し、細胞数10個/mlとなるように10%濃度のFBS入り培地で懸濁し、次いで、その細胞を3000個/cmとなるように、6ウェルプレートに播き、種々の濃度のbFGFを含んだ培地2mlを加えた。
【0014】
このように調製された培地内に配された間葉系幹細胞をCOインキュベータ内に投入し、温度37℃、5%COの培養条件下で1週間培養した。培養期間中、2日ごとに培地の交換を行った。培養2日目、4日目および7日目において細胞をトリプシンで回収して血球計算盤で細胞数を計測した。その結果を図2に示す。コントロールとして、bFGFを含まない培地で同様の培養を行った結果を示す。
【0015】
この実施例によれば、培養4日目において、bFGFを添加しないコントロールの場合と比較して、bFGFを1ng/ml添加した場合は約1.9倍、bFGFを10ng/ml以上添加した場合は約2.9倍も多く間葉系幹細胞を増殖させることができた。一方、培養7日目になると、bFGFを10ng/ml添加した場合よりも、50ng/mlおよび100ng/ml添加した場合の方が高い増殖促進効果が得られた。これは、bFGFの濃度が高くなるにつれて細胞が小さくなり、低濃度bFGFの場合と比べると細胞がまだコンフルエントになっておらず、細胞増殖スペースが空いていたためである。
したがって、間葉系幹細胞の増殖効果を促進するためには、bFGFについては、10ng/ml〜100ng/mlの高濃度であることが好ましく、50ng/ml〜100ng/mlであることがさらに好ましい。
【0016】
次に、bFGFおよびビタミンCの両方を培地に添加した場合について説明する。
対数増殖中の間葉系幹細胞をトリプシンで回収し、細胞数10個/mlとなるように10%濃度のFBS入り培地で懸濁し、次いで、その細胞を3000個/cmとなるように、6ウェルプレートに播き、10,50,100ng/mlのbFGFと50μg/mlのビタミンCを含んだ培地2mlをそれぞれ加えた。
【0017】
このように調製された培地内に配された間葉系幹細胞をCOインキュベータ内に投入し、温度37℃、5%COの培養条件下で10日間培養した。培養期間中、週に2回培地の交換を行った。培養3日目、6日目および10日目において細胞をトリプシンで回収して血球計算盤で細胞数を計測した。その結果を図3に示す。コントロールとしてbFGFおよびビタミンCを含まない培地(OBGM)、10ng/mlのbFGFを含みビタミンCを含まない培地(bFGF)および50μg/mlのビタミンCを含みbFGFを含まない培地(VC)で同様の培養を行った結果を示す。図中符号VCはビタミンCを意味する。
【0018】
この実施例によれば、bFGFを単独で添加した場合よりも、ビタミンCとともに添加した場合の方が細胞増殖を促進することが明らかである。しかもその促進効果はbFGF濃度に依存している。培養6日目においては、ビタミンCとbFGFを同時に添加した場合には、bFGFのみ添加した場合の1.8倍〜2.5倍、何も添加しない場合の4.0倍〜5.5倍も細胞が増殖したことが認められた。また、ビタミンCの添加により、間葉系幹細胞からのコラーゲン産生が促進され、培養液中にコラーゲンが分泌されることにより容器内に蓄積するので、細胞の接着が促進されかつコラーゲン中に細胞が重層化して成長することによって3次元的な増殖が行われ、さらに増殖促進効果が高められることになる。また、ビタミンCと同時に添加するbFGFの濃度は高ければ高いほど増殖促進効果が認められる。したがって、bFGFは、10ng/mlより多く添加する方が好ましい。
【0019】
[第2の実施例]
次に、本実施形態に係る培地、間葉系幹細胞の培養方法の第2の実施例を以下に説明する。この実施例は、上記第1の実施例が対数増殖中の間葉系幹細胞について、bFGFとビタミンCの両方を添加した場合の増殖促進効果を示したのに対し、患者の体内から採取した骨髄液に対してbFGFおよびビタミンCを添加した培地を用いて、骨髄液内の間葉系幹細胞を初代培養したものである。
【0020】
すなわち、骨髄液を1ml採取し、10%の血清、50μg/mlのビタミンCおよび20ng/mlのbFGFを含んだ培地9mlに加え、均一に混合して90mmのディッシュに播いた。そして、温度37℃、5%COの培養条件下で培養した。培養期間中、3〜4日ごとに培地の交換を行った。コントロールとして、ビタミンCおよびbFGFを含まない培地を用いて同様の実験を行った。その結果を図4および図5に示す。図4は、培養1週間後のbFGFおよびビタミンCを含む場合、図5は同時期のコントロールの場合である。
【0021】
これらの図によれば、コントロールに比べて、ビタミンCとbFGFを含む培地の方が、多くの細胞コロニーが形成されていることがわかる。また、このことから、ビタミンCとbFGFの添加により、間葉系幹細胞の接着が促進されていることがわかる。
【0022】
また、図6は、培養11日後にトリプシンで回収した間葉系幹細胞の細胞数を血球計算盤によって計測した結果を示す。4種類の検体について測定した結果、細胞数の絶対値は検体ごとに差があったが、bFGFとビタミンCの両方を添加した場合は、コントロールの場合と比較して、いずれの検体においても約3〜5倍の細胞数が得られていることがわかる。
したがって、これらの結果から、患者から採取した骨髄液の初代培養においても効率的に間葉系幹細胞を増殖させることができることがわかった。
【0023】
[第3の実施例]
次に、本実施形態に係る培地、間葉系幹細胞の培養方法の第3の実施例を以下に説明する。この実施例は、20ng/mlのbFGFと、50μg/mlのビタミンCを含んだDMEM培地10mlを間葉系幹細胞とともにディッシュ内に投入して、COインキュベータ内において、温度37℃、5%COの培養条件下で培養するものである。3〜4日ごとに継代と血球計算盤による細胞数の計測とを行い、その結果を図7に示す。比較例として、特許文献2の結果を併せて示す。
【0024】
図7によれば、比較例では、細胞の増殖速度が16日目前後で停止しているのに対し、補実施例によれば2ヶ月経過後も増殖し続けていることがわかる。
本実施例によれば、間葉系幹細胞を長期にわたって培養し続けることができるので、細胞治療またはティシューエンジニアリングに非常に有効である。すなわち、本実施例によれば、例えば、骨、軟骨、神経等を形成する種々の細胞に分化できる多分化能を維持したまま長期培養できるので、細胞を増やしながら種々の臨床用途に供給することが可能となる。また、将来的に、間葉系幹細胞をセルバンク化して同種移植に応用する際に、本実施例によれば、1本のセルバンクから大量の細胞を増殖して多数の患者に供給することができるという利点がある。
【0025】
なお、特許文献2においては、グルタミンやヘパリン等の種々の成分の添加量が規定されているが、これらについては特別に添加する必要はない。グルタミンは通常の培地には既に含有されているからであり、ヘパリンはbFGFとそのレセプタとの親和性を高める効果があるが、本実施形態のように高濃度bFGFを採用することの効果と比較するとその効果は無視できるほど小さいからである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施形態に係る培地および間葉系幹細胞の培養方法とその効果を説明するためのビタミンCの増殖促進効果を示すグラフである。
【図2】本発明の一実施形態に係る培地および間葉系幹細胞の培養方法とその効果を説明するためのbFGFの増殖促進効果を示すグラフである。
【図3】本発明の一実施形態に係る培地および間葉系幹細胞の培養方法とその効果を説明するための第1の実施例を示すグラフである。
【図4】本発明の一実施形態に係る培地および間葉系幹細胞の培養方法を初代培養に利用した場合の効果を説明するための第2の実施例を示す図である。
【図5】図4の比較例として、bFGFおよびビタミンCを含まないコントロールを示す図である。
【図6】図4の実施例および図5の比較例における細胞数の比較結果を示すグラフである。
【図7】本発明の一実施形態に係る培地および間葉系幹細胞の培養方法による長期間培養継続の効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビタミンCを25μg/ml〜4000μg/ml、塩基性繊維芽細胞増殖因子を10ng/ml〜100ng/mlの濃度でそれぞれ添加した培地。
【請求項2】
ビタミンCを25μg/ml〜4000μg/ml、塩基性繊維芽細胞増殖因子を10ng/ml〜100ng/mlの濃度でそれぞれ添加した培地内において間葉系幹細胞を培養する間葉系幹細胞の培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−136281(P2006−136281A)
【公開日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−330730(P2004−330730)
【出願日】平成16年11月15日(2004.11.15)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】