説明

培養槽に関する制御因子決定方法及びこれを用いた物質生産方法

【課題】培養槽の性能指標が複数あるときの最適な運転条件や設計変数等の最適な制御因子を決定する。
【解決手段】培養槽における複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットし、これら点のうちパレート最適解を与える点集合の中から、当該制御因子の値を決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物や動物細胞等の生物を培養する培養槽に関する制御因子の決定方法に関し、また当該培養槽を用いた物質生産方法に関する。また、本発明は、微生物や動物細胞等の生物を培養する培養槽に関する制御因子を決定する制御装置を備える制御因子決定装置及び培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物や動物細胞等の生物を培養する培養槽においては、培養槽寸法や攪拌翼寸法などの複数の設計変数がある。また、培養槽における運転条件とは、培養槽内に酸素を供給するための通気量、通気ガス組成、気泡径、攪拌翼の回転数、培地を追加供給する際の培地供給速度、追加培地の成分濃度、pH調整用のアルカリ供給量、温度、圧力などである。これらの設計変数や運転条件を決めると、これに対応して培養槽内の状態変数が一意に決まると考えられる。
【0003】
ここで培養槽内の状態変数としては、培地中のバイオマス濃度、基質濃度、生産物濃度、溶存酸素濃度、溶存二酸化炭素濃度、物質移動容量係数、細胞死滅速度などがある。状態変数のうちの一部、例えば生産物濃度などは培養槽の性能を与える性能指標とみなされる。
【0004】
培養槽の設計および運転は、これらの性能指標が一定の水準に達すること、あるいは一定の許容範囲に収まることを目標としてなされる。従来、培養槽の運転条件や設計変数が与えられたときに、これに対応する状態変数の組を計算により求める手段は、例えば、特開2006-296423号公報(特願2006-082543号、特許文献1)に示されている。
【0005】
培養槽の運転条件及び設計変数からなるベクトルをxとし、状態変数や性能指標からなるベクトルをyとすれば、xを与えてyを求める一連の手続きは、形式的に、以下の関数のように与えられる。
【0006】
【数1】

【0007】
ここで、性能指標はひとつとはかぎらず、複数の状態変数が性能指標とみなされ、かつ、これらの性能指標が互いに相反するトレードオフの関係にある場合がある。このような場合には、最適な運転条件や設計変数を一意的に決めることができない。また、すべての性能指標が一定の許容範囲に納まるような運転条件や設計変数を見出すことは簡単にできない。
【0008】
【特許文献1】特開2006-296423号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、培養槽の性能指標が複数あるときの最適な運転条件や設計変数を求めることができる培養槽の設計方法並びに培養槽の運転方法、及び複数の性能指標が一定の許容範囲に納まるような運転条件や設計変数を求めることができる培養槽の設計方法並びに培養槽の運転方法を提供することを目的とする。また、本発明は、これら培養槽の設計方法或いは運転方法を適用することによって、生産性に優れた物質製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するため、本発明では、培養槽に関する制御因子からなるベクトルxをパラメータとして、培養槽の複数の性能指標からなるベクトルyを数値シミュレーションによって算出することで、書能の条件を満たすyに対応するxを算出する。すなわち、本発明は以下を包含する。
【0011】
(1) 培養槽における複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットし、これら点のうちパレート最適解を与える点集合の中から、当該制御因子の値を決定することを特徴とする、培養槽における制御因子決定方法。
【0012】
(2) 培養槽に関する複数の制御因子をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、当該複数の制御因子をパラメータとして計算される、培養槽における複数の性能指標について当該多次元グラフ内に等位面又は等高線を描き、これら等位面又は等高線によって当該複数の性能指標のうち少なくとも1以上の性能指標が所定の範囲内となるように当該複数の制御因子の値を決定することを特徴とする、培養槽における制御因子決定方法。
【0013】
(3) 上記制御因子は、上記培養槽の設計変数及び/又は運転条件であることを特徴とする(1)又は(2)記載の培養槽における制御因子決定方法。
【0014】
(4) 上記性能指標は、バイオマス濃度及び/又は生産物濃度であることを特徴とする(1)乃至(3)いずれか1記載の培養槽における制御因子決定方法。
【0015】
(5) 培養槽内における生産物濃度を含む複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットし、これら点のうちパレート最適解を与える点集合の中から、当該制御因子の値を決定し、決定した制御因子の条件下で、当該培養槽を用いてバイオマスを培養して物質を生産することを特徴とする物質生産方法。
【0016】
(6) 培養槽に関する複数の制御因子をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、当該複数の制御因子をパラメータとして計算される、培養槽内における生産物濃度を含む複数の性能指標について当該多次元グラフ内に等位面又は等高線を描き、これら等位面又は等高線によって当該複数の性能指標のうち、上記生産物濃度を含む少なくとも1以上の性能指標が所定の範囲内となるように当該複数の制御因子の値を決定し、決定した制御因子の条件下で、当該培養槽を用いてバイオマスを培養して物質を生産することを特徴とする物質生産方法。
【0017】
また、本発明は上記(1)〜(4)に示した方法を適用して制御因子を決定できる制御装置を備える制御因子決定装置を提供する。さらに、本発明は上記(1)〜(4)に示した方法を適用して制御因子を決定できる制御装置を備え、決定した制御因子の条件下で、当該培養槽を用いてバイオマスを培養して物質を生産することを特徴とする培養装置を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、複数の制御因子を有する培養槽において最適な制御因子を一意的に決定することができ、また、同培養槽において複数の性能指標が所望の範囲となるような制御因子の値を決定することができる。したがって、本発明によれば、培養槽を用いた物質生産やバイオマス培養などの場面において、培養槽の運転条件や設計変数といった制御因子を最適にすることで物質の生産性やバイオマの培養効率を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明を詳細に説明する。
本発明は、細菌を含む微生物、動物細胞及び植物細胞等の生物を培養する培養槽を設計する際に適用することができ、或いは当該培養槽を運転する際に適用することができる。本発明を適用できる培養槽としては、特に限定されないが、例えば図1に示すように、槽高H及び槽径Dで形状が規定された培養槽本体1と、培養槽本体1内部の略中心に回転自在に配設された複数の撹拌翼2と、培養槽本体1の内壁に配設された複数のバッフル板3とを備えている。また、図示しないが、培養槽は、培養槽本体1内部に充填された培養液に気泡を供給する散気手段及び当該散気手段からの気泡供給量を制御するための制御装置を備えている。さらに、図示しないが、培養槽は、撹拌翼2を回転動作させるための駆動装置及び当該駆動装置の制御装置を備えている。さらにまた、培養槽は、培養槽本体1の内部に追加培地(フィード培地)を供給するための培地供給装置及び供給する培地量を制御する制御装置を備えている。
【0020】
以上のように構成された培養槽は、培養槽本体1内部に充填した液体培地に上述したような細菌を含む微生物、動物細胞及び植物細胞等の生物を培養することができる。このとき、培養槽では、複数の撹拌翼2によって培地を撹拌したり、散気手段によって気泡を供給したり、培地供給装置によって追加培地を供給したりすることができる。このような培養槽においては、培養槽の形状に関する変数を設計変数とする。すなわち、設計変数は、培養槽本体1については槽高H及び槽径D、撹拌翼2については撹拌翼寸法及び撹拌翼数並びにバッフル板3についてはバッフル板寸法及びバッフル板数を含む意味であり、培養槽を製造する際に制御できる因子である。また、このような培養槽を用いた培養においては、培養槽の運転について調節可能な条件を運転条件とする。すなわち、運転条件は、培養槽本体1への通気量、通気ガス組成、気泡径、攪拌翼の回転数、初期培地の成分濃度、培地を追加供給する際の培地供給速度、追加培地の成分濃度、pH調整用のアルカリ供給量、培養温度、培養液上部の圧力、培養液上部への通気量、培養液上部の気体成分濃度等を含む意味であり、培養槽を用いた培養に際して制御できる因子である。これら設計変数及び運転条件(両者を併せて制御因子と称する場合もある)を規定すると、これに対応して培養槽内の状態変数が一意に決まると考えられる。換言すると、本発明においては、撹拌翼寸法や槽高H等の設計変数や、通気量、通気ガス組成、気泡径及び攪拌翼の回転数等の運転条件を制御因子としている。
【0021】
ここで、状態変数とは、培養と共に変化する如何なる変数をも含む意味である。具体的に状態変数としては、培地中のバイオマス濃度、基質濃度、生産物濃度、溶存酸素濃度、溶存二酸化炭素濃度、物質移動容量係数及び細胞死滅速度等を挙げることができる。また、種々の状態変数のうち、例えば生産物濃度などは培養槽の性能を与える性能指標とみなされる。
【0022】
性能指標の具体的な例について説明する。例えば、動物細胞の培養槽においては、糖類及びアミノ酸を栄養源とし、代謝産物として乳酸及びアンモニアを生成ながら動物細胞培養が進行する。また、動物細胞培養においては、酸素を吸収して二酸化炭素を吐き出す。乳酸、アンモニア、二酸化炭素などの代謝産物は、動物細胞の増殖を阻害することが知られている。通常、酸素は、図2に示すように散気管からの気泡通気、および培養槽液面を通して供給される。散気管から供給された気泡により培地中へ酸素が溶解するのである。二酸化炭素は、再び気泡中に移行し液面から排出される。自由液面にも空気が流通しており、酸素と二酸化炭素がガス交換する。このような動物細胞培養を行うための培養槽の設計においては、例えば以下の(a)及び(b)の条件を満たすように戦略が練られる。
(a) 細胞が要求する培地中の栄養源や溶存酸素濃度を一定且つ均一に供給、混合すると共に増殖を阻害する二酸化炭素を速やかに除去する
(b)流体のせん断応力や気泡により細胞が死滅しないように、通気、攪拌回転数を最適に保つ
【0023】
すなわち、胴部鬱細胞培養においては、最適な培養条件を達成することを目的として、溶存二酸化炭素濃度と細胞死滅速度とが培養槽の性能指標とみなされる。しかしながら、上記項目(a)と(b)は、相反する関係にある。
【0024】
例えば大型の培養槽を用いた場合や細胞数密度が増加した段階では、培養槽内のガス移動速度は、培養槽の大型化や細胞数密度の増加に伴って速いことが要求される。さもなければ、槽内の溶存酸素が欠乏し、あるいは二酸化炭素が蓄積することとなり、細胞の増殖が阻害される。一方、攪拌翼の回転数を上げることで通気量を増加することができ、培養槽内のガス移動速度を上昇させることができるが、同時に流体力学的なシアストレスや気泡によって細胞が死滅し始めることとなる(細胞死滅速度の上昇)。特に、動物細胞は細胞膜が硬質の外皮に覆われておらず、流体力学的なシアストレスや気泡による影響は少なくない。このため、攪拌回転数や通気量を無制限に上げていくことはできず、穏やかな攪拌に止めざるを得ないという制約がある。
【0025】
一般に、動物細胞の生細胞数密度をXaとすると、Xaの時間変化は
【数2】

と記述される。ここで、μは比増殖率、kdは細胞死滅速度である。溶存二酸化炭素濃度が100mmHgを越えると比増殖率μの低下が現れ始める。細胞死滅速度kdは気泡の表面積と攪拌回転数の両方に依存しており、細胞死滅速度が攪拌回転数と通気量に比例して増えるというデータがある。このことは、攪拌回転数と通気量を増やしてガス交換性能を強化し、溶存二酸化炭素濃度を下げようとすると、細胞死滅速度が増加するという関係にある。すなわち、培養槽の性能指標である細胞死滅速度と溶存二酸化炭素濃度とは、トレードオフの関係にあることを示している。
【0026】
通常の細胞培養プロセスにおいて、(2)式で与えられる比増殖速度μは0.03-0.06(1/hr)程度である。このため、一般的に細胞死滅速度kdが0.03(1/hr)以上になるようでは培養が維持できない。また、溶存二酸化炭素濃度が100mmHg以上では増殖に阻害が見られるので、100mmHg以下で維持できることが望ましい。したがって、性能指標である細胞死滅速度と溶存二酸化炭素濃度について、細胞死滅速度kdが0.02(1/hr)以下、溶存二酸化炭素濃度が100mmHg以下であることが、性能指標の許容範囲となる。
【0027】
以上のような複数の性能指標がトレードオフの関係にあるとき、最適な運転条件や設計変数を一意的に決めることができないという問題が生じる。例えば、撹拌回転数という運転条件については、撹拌回転数が高すぎる場合には細胞死滅速度kdが上記許容範囲を逸脱するが、撹拌回転数が低すぎると溶存二酸化炭素濃度が上記許容範囲を逸脱してしまう。本発明においては、先ず、複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットする。そして、多次元グラフ内にプロットされた点のうちパレート最適解を与える点集合を特定する。
【0028】
具体的には、性能指標として溶存二酸化炭素濃度及び細胞死滅速度を考慮すると、これら性能指標をyとし、運転条件及び/又は設計変数からなる制御因子のベクトルxを振って(1)式によりyを求める。
【0029】
【数3】

【0030】
本例では性能指標が溶存二酸化炭素濃度及び細胞死滅速度の2次元であるため、例えば図3のように、縦軸に細胞死滅速度、横軸に溶存二酸化炭素濃度を取ってグラフにプロットすることができる。ここで、溶存二酸化炭素も細胞死滅速度も小さいほうが好ましい性能指標であるから、グラフ上の左下にある点がより最適な解となる。とくに黒丸で示す解は、それよりも左下に、より最適な解がないということから白丸で示す解よりも優れていて、パレート最適解と呼ぶが、パレート最適解同士では優劣をつけることができない。
【0031】
以上のようにパレート最適解を求めた後、パレート最適解の中から溶存二酸化炭素及び細胞死滅速度が共に所望の範囲内に収まるようなプロットを選択する。例えば、溶存二酸化炭素濃度の許容値を100mmHg以下、細胞死滅速度の許容範囲を0.02(1/hr)以下と規定した場合、図3において破線で囲まれた領域内部に属するパレート最適解が選択される。このようにパレート最適解を選択することによって、所望の性能指標を満足する制御因子を同定することができる。このとき、制御因子として培養槽の設計変数を用いた場合には、所望の性能指標を満足する培養槽を設計することができる。また、制御因子として細胞槽の運転条件を用いた場合には、所望の性能指標を満足する運転条件を設定することができる。
【0032】
より一般には、n個の性能指標に対して、n次元空間でのパレート最適解集合が得られることとなる。なお、n個の性能指標が一定の許容範囲内にあるパレート最適解を選択すること、そして選択されたパレート最適解を与える制御因子をリスト上に出力すること、およびn次元空間の部分断面を切りとってグラフ表示することは容易に実施できる。
【0033】
本発明は、上述したようにして設計変数及び運転条件等の制御因子を決定する方法に限定されず、例えば以下のようにして制御因子を決定することもできる。すなわち、本発明では、先ず、決定対象の複数の制御因子をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、当該複数の制御因子をパラメータとして複数の性能指標を計算し、当該性能指標を示す等位面又は等高線を当該多次元グラフ内に描く。そして、これら等位面又は等高線によって当該複数の性能指標のうち少なくとも1以上の性能指標、好ましくは全ての性能指標が所定の範囲内となるように当該複数の制御因子の値を決定することができる。
【0034】
具体的に、性能指標として溶存二酸化炭素濃度及び細胞死滅速度を考慮すると、運転条件及び/又は設計変数からなる制御因子のベクトルxを振って(1)式によりこれら性能指標yを求める。本例では、制御因子として培養槽の運転条件である攪拌回転数と通気量と設定すると、図4に示すように、縦軸として攪拌回転数、横軸として通気量をとった2次元グラフを描くことができる。そして、(1)式によって求めれらた性能指標である溶存二酸化炭素濃度の値及び細胞死滅速度の値を等高線として当該2次元グラフ上に描くことができる。
【0035】
そして、溶存二酸化炭素濃度を100mmHg以下とし、細胞死滅速度を0.02(1/hr)以下とする許容範囲を設定すると、図4からは攪拌回転数が15rpm以上で、通気量が20-30NL/min以上のときであることを読み取ることができる。以上のようにして、培養槽の運転条件及び/又は設計変数を規定することができる。なお、より一般的なn個の性能指標及びm個の制御条件を用いた場合でも、m次元空間においてn個の等高線あるいは等位面を出力し、1以上性能指標を、好ましくはn個全ての性能指標を所望の範囲とするm個の制御因子を特定することができる。
【0036】
また、品質管理の立場から、生産物の品質に影響を及ぼさないような範囲で性能指標に一定の許容幅を与えることにより、対応する運転条件にも一定の許容範囲を与えるほうが、より安定な運転ができると考える場合がある。この運転条件の許容範囲をデザインスペースと呼ぶが、このような場合においても図4のグラフから性能指標の許容範囲に対応する運転条件範囲を読み取ることができる。
【0037】
なお、図4に示したような制御因子を多元軸にとった多次元グラフは、以下のように解釈することができる。すなわち、一つの制御因子を一定値にしたとき、すなわち多次元グラフの一軸を固定したときに、他の制御因子をどのように変動させれば性能指標が変化するのかを多次元グラフから読み取ることができる。具体的に図4に示す2次元グラフからは、回転数を一定にしたときに一定の溶存二酸化炭素濃度に維持するためには通気量をいくらにすればよいかを読み取ることができる。通気量を増やすことによって二酸化炭素の脱気量が増えるのでグラフの上へ行くほど溶存二酸化炭素濃度が下がる。
【0038】
一方、図4に示した2次元グラフにおいて溶存二酸化炭素濃度一定の等高線上では、通気ガス組成は変動している。すなわち、一定の回転数で一定量の二酸化炭素を脱気するために必要な通気量は一意に決まるが、このとき、この通気量をもって細胞が必要とするだけの酸素量が供給されなければならないという制約条件があり、この条件は通気ガス中の酸素濃度を調整することによって満たされる。このため、本グラフ上では、グラフの左側から右側へ移るにつれて(回転数が高くなるにつれて)通気ガス中の酸素濃度が高くなる。ところで通気ガス中の酸素濃度は100%を越えることはできない。図4では、溶存二酸化炭素濃度の等高線が交わり1本に融合してしまう領域(グラフ上の破線で示す)がある。この破線は通気ガス組成が100%O2で一定となるラインであり、この破線上では逆に溶存二酸化炭素濃度一定の条件を満足していないこととなる。
【0039】
以上説明したように、図3に示した多次元グラフ或いは図4に示した多次元グラフのいずれを用いたとしても、複数の性能指標を全て満足するような制御因子(設計変数及び/又は運転条件)を決定することができる。したがって、本発明に係る方法に性能指標として生産物濃度やバイオマス濃度を適用すると、優れた生産性で物質を製造することができ、また高い細胞数密度のバイオマスを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明を適用できる培養槽の一例を模式的に示す概略構成図である。
【図2】培養槽におけるガス交換様式を模式的に示す概略構成図である。
【図3】本発明を適用した複数の性能指標に対するパレート最適解を示す特性図である。
【図4】本発明を適用した複数の性能指標に対する制御因子を示す特性図である。
【符号の説明】
【0041】
1…培養槽本体、2…撹拌翼、3…バッフル板、H…槽高、D…槽径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養槽における複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットし、これら点のうちパレート最適解を与える点集合の中から、当該制御因子の値を決定することを特徴とする、培養槽における制御因子決定方法。
【請求項2】
培養槽に関する複数の制御因子をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、当該複数の制御因子をパラメータとして計算される、培養槽における複数の性能指標について当該多次元グラフ内に等位面又は等高線を描き、これら等位面又は等高線によって当該複数の性能指標のうち少なくとも1以上の性能指標が所定の範囲内となるように当該複数の制御因子の値を決定することを特徴とする、培養槽における制御因子決定方法。
【請求項3】
上記制御因子は、上記培養槽の設計変数及び/又は運転条件であることを特徴とする請求項1又は2記載の培養槽における制御因子決定方法。
【請求項4】
上記性能指標は、バイオマス濃度及び/又は生産物濃度であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか一項記載の培養槽における制御因子決定方法。
【請求項5】
培養槽内における生産物濃度を含む複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットし、これら点のうちパレート最適解を与える点集合の中から、当該制御因子の値を決定し、
決定した制御因子の条件下で、当該培養槽を用いてバイオマスを培養して物質を生産することを特徴とする物質生産方法。
【請求項6】
培養槽に関する複数の制御因子をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、当該複数の制御因子をパラメータとして計算される、培養槽内における生産物濃度を含む複数の性能指標について当該多次元グラフ内に等位面又は等高線を描き、これら等位面又は等高線によって当該複数の性能指標のうち、上記生産物濃度を含む少なくとも1以上の性能指標が所定の範囲内となるように当該複数の制御因子の値を決定し、
決定した制御因子の条件下で、当該培養槽を用いてバイオマスを培養して物質を生産することを特徴とする物質生産方法。
【請求項7】
培養槽における複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットし、これら点のうちパレート最適解を与える点集合の中から、当該制御因子の値を決定する制御装置を備える、培養槽における制御因子決定装置。
【請求項8】
培養槽に関する複数の制御因子をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、当該複数の制御因子をパラメータとして計算される、培養槽における複数の性能指標について当該多次元グラフ内に等位面又は等高線を描き、これら等位面又は等高線によって当該複数の性能指標のうち少なくとも1以上の性能指標が所定の範囲内となるように当該複数の制御因子の値を決定する制御装置を備える、培養槽における制御因子決定装置。
【請求項9】
上記制御因子は、上記培養槽の設計変数及び/又は運転条件であることを特徴とする請求項7又は8記載の培養槽における制御因子決定装置。
【請求項10】
上記性能指標は、バイオマス濃度及び/又は生産物濃度であることを特徴とする請求項7乃至9いずれか一項記載の培養槽における制御因子決定装置。
【請求項11】
培養槽内における生産物濃度を含む複数の性能指標をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、培養槽に関する制御因子をパラメータとして計算される当該複数の性能指標の値を当該多次元グラフ内の点としてプロットし、これら点のうちパレート最適解を与える点集合の中から、当該制御因子の値を決定する制御装置を備え、
決定した制御因子の条件下で、当該培養槽を用いてバイオマスを培養して物質を生産することを特徴とする培養装置。
【請求項12】
培養槽に関する複数の制御因子をそれぞれ軸とする多次元グラフを設定し、当該複数の制御因子をパラメータとして計算される、培養槽内における生産物濃度を含む複数の性能指標について当該多次元グラフ内に等位面又は等高線を描き、これら等位面又は等高線によって当該複数の性能指標のうち、上記生産物濃度を含む少なくとも1以上の性能指標が所定の範囲内となるように当該複数の制御因子の値を決定する制御装置を備え、
決定した制御因子の条件下で、当該培養槽を用いてバイオマスを培養して物質を生産することを特徴とする培養装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−271825(P2008−271825A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−118015(P2007−118015)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】