説明

培養細胞におけるタンパク質増産方法

【課題】培養細胞を使用した高効率的なタンパク質の製造方法の提供。
【解決手段】ピロロキノリンキノン(PQQ)又は該化合物のアルカリ金属塩を添加した培地を使用して細胞を培養することによって、高効率的なタンパク質増産方法。細胞が外部遺伝子を導入したチャイニーズハムスター卵巣細胞由来の細胞であり、PQQの培地中の濃度が0.01から250μMであることを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は培養細胞を使用したタンパク質増産の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明で取り扱うピロロキノリンキノンは式(1)で表される構造の化合物(フリー体)又は該化合物の塩を取り扱う。
【化1】


このピロロキノリンキノン(以下、PQQと記す)は、有機化学的合成法(非特許文献1)又は発酵法(特許文献1)などの方法により得ることができる。
【0003】
PQQは新しいビタミンの可能性があることが提案されて(例えば、非特許文献2参照)、健康補助食品、化粧品などに有用な物質として注目を集めている。さらには細菌に限らず、真核生物のカビ、酵母に存在し、補酵素として重要な働きを行っている。また、PQQについて近年までに細胞の増殖促進作用、抗白内障作用、肝臓疾患予防治療作用、創傷治癒作用、抗アレルギー作用、逆転写酵素阻害作用およびグリオキサラーゼI阻害作用−制癌作用など多くの生理活性が明らかにされている。
【0004】
これまでにPQQを繊維芽細胞の培養液に添加することでDNAの合成、増殖に効果があることが知られている(非特許文献3,4)。しかし、それ以外の細胞においての効果は知られておらず、また、有用タンパク質の生産に対する効果も知られていない。また、ミトコンドリアを活性化するとされ、ランゲルハンス島の組織での効果は知られている(特許文献2)。しかし、培養細胞における外来からの遺伝子をつかって形質を変化させた細胞に対する効果は知られていない。
【0005】
培養細胞を使った有用タンパク質の製造は生化学、分子生物学、医学、薬学の分野で重要な技術であり、抗体医薬の生産方法としても使用されている。特にチャイニーズハムスター卵巣由来のCHO細胞をはじめとして、遺伝子組換えを行った細胞を使ってのタンパク質の生産が行われている。そのため、この細胞におけるタンパク質生産性の向上は重要である。これまでにPQQのCHO細胞でのタンパク質製造に関する効果については知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平1−218597号公報
【特許文献2】国際公開第2006/025247号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】JACS、第103巻、第5599〜5600頁(1981)
【非特許文献2】nature, vol422, 24April, 2003, p832
【非特許文献3】Life Science, Vol 52, p1902-1915 (1993)
【非特許文献4】Int. J. Molecular Med., vol 19, 765-770 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
培養細胞を使用する高効率的なタンパク質の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
1)式(1)で表される化合物又は該化合物のアルカリ金属塩を添加した培地を使用して細胞を培養することを特徴とするタンパク質増産方法。
【化2】


2)前記細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来の細胞であることを特徴とする1)に記載の方法。
3)前記細胞が外部遺伝子を導入した細胞であることを特徴とする1)に記載の方法。
4)前記式(1)で表される化合物の培地中の濃度が0.01から250μMであることを特徴とする1)〜3)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により培養細胞、特にチャイニーズハムスター卵巣由来のCHO細胞を使用する高効率的なタンパク質の製造方法を提供可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】蛍光強度結果
【図2】吸光度結果
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明で取り扱う培養細胞は動物細胞由来のもので、タンパク質の生産に使用される細胞としては付着性細胞は勿論、浮遊性細胞のいずれにも用いることができ、動物由来の各種細胞の培養による生理活性物質の生産が可能である。例えば、繊維芽細胞、上皮性細胞、リンパ球系細胞、これらの形質転換細胞、ハイブリドーマなどが挙げられる。好ましくはチャイニーズハムスター卵巣細胞由来のCHO細胞である。該細胞由来の変異株も当然有用で、CHO-DHFR-, CHO-K1, CD-CHOのような細胞も有効である。
【0013】
タンパク質を生産する為の細胞の培養方法は、特に限定されるものではなく、通常の動物細胞の培養方法で行うことが出来る。例えば、マルチウエルプレート、ペトリ皿、組織培養フラスコ、ローラーボトル、スピナーフラスコ、ジャーファーメンターや、マイクロキャリヤー、ホローファイバーなどを用い、使用する細胞に適した増殖用の培地で培養してタンパク質を生産させることができる。生産するタンパク質は特に限定されず、使用する細胞が生産するものであればよい。生産するタンパク質は遺伝子操作により、細胞に生産させるようにしたものが産業として重要であり、より好ましい。タンパク質は細胞内に蓄積、または分泌型どちらでもよく、抗体、酵素、ホルモン、蛍光タンパクのような機能性を有したものが生産される。これらのタンパク質は細胞に一過性の遺伝子として使用されてもよく、また、持続型のプラスミド、またはゲノムへの組み込み、人工染色体としてコードされていればよい。
【0014】
本発明で使用するPQQは式(1)で表される化合物(フリー体)又は該化合物のアルカリ金属塩であればよく特に限定されない。特に入手しやすい、フリー体、ジナトリウム体、ジカリウム体が使用しやすい。これを通常培養する際の培地成分に添加することでタンパク質の生産量を増加させることができる。
【0015】
添加量は生産性を考慮して必要な量を選択すればよいが、通常、培地中のPQQのモル濃度が0.01から250μMであることが好ましい。これよりも添加量が少ない場合、効果は小さくなり、また、高すぎる場合は細胞に対して毒性が生じる危険がある。添加する際のpHは、培地と同じになるように添加するのが好ましく、緩衝作用を有する培地や緩衝液で希釈して添加するのが好ましい。
【0016】
添加する培地は特に制限がないが、例えば、MEM培地、RPMI1640培地の他、BME培地(BASAL MEDIUM EAGLE)、およびDME培地(DULBECCO'S MODIFIED EAGLE'S MEDIUM)やIMDM培地(ISCOVE'S MODIFIED DULBECCO'S MEDIUM)のようなBMEの改変培地、またインビトジェン社の無血清用培地であるCD−CHO培地、CHO−S−SFMII、CD−CHO AGT、CD−DG44培地、CD 293, 293 SFMII等が挙げることができる。これらの培地に血清を添加して使用することも、また、血清なしで行うことも可能である。
【0017】
これらの培地は、CaCl2、MgSO4、KCl、KNO3、NaHCO3、NaCl、NaH2PO4、およびNa23Se等の無機塩類、L−アラニン、L−アルギニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−シスチン、L−グルタミン酸、L−グルタミン、グリシン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、およびL−バリン等のアミノ酸類、D−ビオチン、塩化コリン、葉酸、ミオーイノシトール、ニコチンアミド、D−パントテン酸カルシウム、ピリドキサール、リボフラビン、チアミン、およびビタミンB12等のビタミン類の他、更にD−グルコース等の糖類などの炭水化物を含むものであり、その他必要に応じてHEPES等の緩衝成分、フェノールレッド、ピルビン酸塩等を含んで成るものである。
【0018】
前述した添加物の他に、ヌクレオシド類、2−ケトグルタル酸(2−オキソグルタル酸)、フルクトース、ガラクトース、グリセロリン酸、クエン酸、エタノールアミン、パラアミノ安息香酸、FeSO4やヘミン等の含鉄化合物、ベンズアミジン、プトレッシン、オレイン酸やリノール酸等の不飽和脂肪酸類等の公知の細胞増殖促進剤を組み合せることができる。更に、細菌やマイコプラズマ汚染を防ぐために、ストレプトマイシン、ナイスタチン、ゲンタマイシン、シプロフロキサシン、ノルフロキサシン、レボフロキサシン等の抗菌剤を組み合せることもできる。
【0019】
これらの培地にPQQを添加し、細胞に適した温度、通常は37℃で培養することでPQQを添加しない場合と比較して、細胞が作り出すたんぱく質を増産することができる。本発明の方法で作り出したタンパク質はその用途に合わせて精製を行うことも可能である。当然、用途によっては精製せずに使用することも可能である。PQQの含む培地は熱に安定であるならばオートクレーブ処理されてもよく、血清を含む熱に弱い組成物である場合、フィルター滅菌を行えばよい。PQQはアミノ酸やたんぱく質と反応しやすいため、化学的に異なる物質に変化している可能性が高い。しかし、本発明の目的に合致する機能を培地に添加することでタンパク質増産に関する機能を維持していれば何ら問題がない。本発明ではPQQを添加すればよく、培地成分との反応は生じても問題がない。
【0020】
生産したタンパク質は精製、非精製どちらでも目的に合わせて使用すればよい。タンパク質を精製する場合、よく使用される再結晶、塩析、透析、カラム精製などによればよい。
当然、タンパク質の生産性を上昇する働きがあるのであれば、酵素についてあてはまることも容易類推でき、酵素反応による代謝産物の増産も可能であることは自明である。
本発明はタンパク質の生産性を上げる効果とともにそれに関連する培養細胞での物質生産全般に有効になる可能性を秘めていることから、非常に重要な技術である。
【0021】
本結果より、PQQを添加することにより、細胞増殖に伴うタンパク質生産の増加以上に、タンパク質の生産が増加されることが分かった。PQQがタンパク質の増産に有効である機構は明らかではないが、本発明者はタンパク質生産に有効な遺伝子を活性化させると予想しており、栄養的な機構とは異なっていると考えている。また、ミトコンドリア由来の酵素活性も上がっておらず、ミトコンドリアの活性化による効果も小さいと考えられる。
【実施例】
【0022】
次に、実施例及び比較例をもって本発明をより詳しく説明する。ただし、本発明はこれらの例に限定されるものではない。ピロロキノリンキノンジナトリウム(PQQ−Na2)は三菱ガス化学社製、培地のα−MEMとリン酸バッファー(pH7.2)はインビトロジェン社製、抗生物質は大日本住友製薬社製、明治製菓(株)製、牛胎児血清(FBS)はニチレイ(株)社製のものを使用した。プレートリーダーはパーキンエルマーARUO MXを使用した。
【0023】
実施例1、比較例1
ポリジアリルアミン二酸化硫黄共重合体(以下、PDASと略記する。)塩酸塩の20wt%水溶液(PAS−92、分子量5000日東紡製)を用い、10wt%水酸化ナトリウム水溶液と水を用いて中和希釈し、2mg/mL濃度のPDAS水溶液(pH6.5)を調製した。
チャイニーズハムスター卵巣由来細胞 (CHO−DHFR−)用の培地はα−MEM500mlに50ml牛胎児血清を加え、ペニシリン12.5mg、ストレプトマイシン12.5mgを加えた。これに所定の濃度1.56、3.12、6.25、12.5、25、50μMになるようにPQQ−Na2を添加した。PQQ−Na2を添加しない場合を比較例とする。
【0024】
シャーレに付着した3.2×10cellのCHO細胞から培地を抜き、リン酸バッファーで洗った。ここに緑色蛍光蛋白遺伝子(以下、GFPと記す)組み込みプラスミドDNA(4.7kbp)、200μl (100μg/mL)とPDAS(2mg/mL)を40μlを混合したものを加え、4分置いた。培地を加えて1時間後、細胞をトリプシンではがし、96ウエルに細胞を6.4×104cell/wellになるように撒いた。3日間培養してプレートリーダーで蛍光強度(485nm励起/535nm蛍光)を測定した。細胞を加えていない培地の蛍光も測定した。培地の蛍光強度を差し引いた細胞由来の蛍光を図1に示す。
【0025】
プレートから培地を抜いて2回、培地を使って洗浄し、同仁化学製Cell counting kit−8を混合した培地をくわえて処理し、1時間37℃で反応させ、450nmの吸光度をプレートリーダーで測定した。その結果を図2に示す。尚、この時の吸光度は細胞濃度に比例する。
【0026】
蛍光強度はPQQの濃度が高くなるに従い増加し、緑色蛍光タンパク質の生産量が増加していることが分かる。無添加の場合と比較して、50μM添加すると2.7倍に蛍光強度が上がっており、PQQが培養細胞においてタンパク質の生産に有効であることがわかる。これに対して、細胞濃度は13%の増加にとどまっており、細胞濃度に依存しない蛍光タンパク質の増加がみられた。
【0027】
実施例2〜4、比較例2〜4
実施例1では細胞濃度6.4×104cell/wellで実験を行ったのに対し、該細胞濃度を下記の表1の如く変えて実施例1と同様の実験を行った。各々実施例2〜4についてPQQ−Na2を添加しない場合を比較例2〜4とする。
【表1】

【0028】
得られた蛍光強度及び吸光度結果を図1、図2に示す。また、PQQ−Na2を添加しない比較例とPQQ−Na2濃度が50μMの時の各実施例におけるGFP発現量に相当する蛍光強度と、細胞濃度に相当する吸光度の値を表2に示す。
【表2】

【0029】
PQQ−Na2を添加しない比較例に対し、PQQ−Na2を添加した各実施例において、細胞濃度に相当する吸光度が変化していなくても、実施例1と同様に蛍光強度がPQQの濃度に依存して高くなり、タンパク質の生産量が増加していることが分かる。実施例2では無添加に比較して50μMで5.3倍、同様にして実施例3では6倍にタンパク質の生産は増加していた。実施例4では無添加状態では培地の蛍光に隠れて検出しにくいが、PQQ濃度の増加により蛍光が強くなりタンパク質は増産されていた。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によるタンパク質増産技術は、細胞生物学、分子生物学、生化学のような研究分野の技術としても有用であるだけでなく、医薬品の生産にも有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表される化合物又は該化合物のアルカリ金属塩を添加した培地を使用して細胞を培養することを特徴とするタンパク質増産方法。
【化1】

【請求項2】
前記細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来の細胞であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞が外部遺伝子を導入した細胞であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記式(1)で表される化合物の培地中の濃度が0.01から250μMであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−29580(P2012−29580A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−169623(P2010−169623)
【出願日】平成22年7月28日(2010.7.28)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】