説明

培養細胞移動治具、及びその利用方法

【課題】細胞培養基材上の任意の範囲内の培養細胞を効率良く剥離させ、その剥離させた培養細胞を簡便に再び付着させること。
【解決手段】細胞接着部の凸部先端部から接し始め、最終的に細胞培養基材の任意の表面全体と接触することのできる非荷重下で凸状の形態の細胞接着部を有する培養細胞移動治具を提供すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野における培養細胞の移動方法及びその利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、動物細胞培養技術が著しく進歩し、動物細胞を対象とした研究開発もさまざまな分野に広がって実施されるようになってきた。対象となる動物細胞の使われ方も、開発当初の細胞そのものを製品化したり、その産生物を製品化するだけでなく、今日では細胞やその表層蛋白質を分析することで有用な医薬品を設計したり、患者本人の細胞を生体外で増殖させたり、或いはその機能を高めてから生体内へ戻して治療するということも実施されるようになった。現在、動物細胞を培養する技術、並びに評価、解析、利用する技術は、研究者が注目している一分野である。ところで、ヒト細胞を含め動物細胞の多くは付着依存性のものである。すなわち、動物細胞を生体外で培養しようとするときは、それらを一度、基材表面に付着させる必要性がある。そして、培養した細胞をばらばらに剥離させず、その基材表面上で培養した形態を保持したまま剥離させる必要性も出てきている。
【0003】
特に患者本人の細胞を生体外で再生する技術について言えば、近年、治療困難となった臓器を他人の臓器と置き換えようとする臓器移植が一般化してきた。対象となる臓器も皮膚、角膜、腎臓、肝臓、心臓等と実に多様で、また、術後の経過も格段に良くなり、医療の一技術としてすでに確立されつつある。一例として角膜移植をあげると、約50年前に日本にもアイバンクが設立され移植活動が始められた。しかしながら、未だにドナー数が少なく、国内だけでも角膜移植の必要な患者が年間約2万人いるのに対し、実際に移植治療が行える患者は約1/10の2000人程度でしかないといわれている。角膜移植というほぼ確立された技術があるにもかかわらず、ドナー不足という問題のため、次なる医療技術が求められているのが現状である。このような背景のもと、患者本人の正常な細胞を所望の大きさまで培養し移植しようとする技術が開発された。
【0004】
一方で、例えば、特開平05−192138号公報には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃であるポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下又は下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞が剥離されることを特徴とする皮膚細胞培養法が記載されている。この方法においては、温度応答性ポリマーを被覆した培養基材から温度により細胞を剥離させているが、この方法では剥離性が悪く、得られた細胞シートは構造欠陥の多いものであった。したがって、特開平05−192138号公報に記載の方法をin vitroでの心筋様組織構築に適用することも困難であった。
【0005】
さらに国際出願公開公報WO02/08387号では温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上で心筋組織の細胞を培養し、心筋様細胞シートを得、その後、培養液温度を上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下とし、培養した重層化細胞シートをポリマー膜に密着させ、そのままポリマー膜と共に剥離させること、及びそれを所定の方法で3次元構造化させることにより、構造欠陥の少ない、in vitroでの心筋様組織として幾つかの機能を備えた細胞シート、及び3次元構造が構築されることを見いだした。しかしながら、この方法でも心筋様細胞シートの積層化は簡便な操作で行えるものではなく、より簡便で正確に積層化できる技術が強く望まれていた。
【0006】
以上のような課題を開発するために、特開2005−176812号公報には細胞接着部を有する培養細胞移動治具に関する技術が示されており、この治具を用いることにより細胞培養基材上の培養細胞を剥離させ、その後、その剥離させた培養細胞を再び付着させることができるようになった。しかしながら、ここで示される細胞接着部とは平面状の形態のものだけであって、必ずしも広範囲な細胞培養基材表面上の培養細胞と均一に接することができず、移動させたい細胞を全て移動させることが困難なものであった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想からの新規な培養細胞移動治具を提供することを目的とする。また、本発明は、その利用方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、培養細胞移動治具の細胞接着部を凸状にすることによって細胞培養基材上の任意の表面全体と均一に接触することができるようになることを見出した。また、その培養細胞移動治具の細胞接着部と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は、細胞培養基材表面上に培養させた細胞を剥離させ、その後、その剥離させた培養細胞を再び他の場所へ付着させるための非荷重下で凸状の形態の細胞接着部を有する培養細胞移動治具であって、細胞培養基材表面と接する際、当該細胞接着部の凸部先端部から接し始め、荷重により凸状の形態の当該細胞接着部が変形し、最終的に細胞培養基材の任意の表面全体と接触することのできる、培養細胞移動治具を提供する。
また、本発明は、その培養細胞移動治具に設けた細胞接着部に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞を細胞培養基材上から剥離させ、その後、その培養細胞移動治具の細胞接着部と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させることを特徴とする培養細胞移動方法を提供する。
さらに、本発明は、組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部に対し、シート状の培養細胞を生体組織内に移植することを特徴とする治療法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に記載される凸状の細胞接着部を有する培養細胞移動治具を用いれば、細胞培養基材上の任意の範囲内の培養細胞を効率良く剥離させられ、その剥離させた培養細胞を再び簡便に付着させるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移動させられ、しかも正確に移動できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、細胞培養基材上の培養細胞を剥離させ、その後、その細胞を再び付着させるための凸状の細胞接着部を有する培養細胞移動治具を提供する。細胞接着部が凸状であれば、細胞培養基材表面の培養細胞に移動治具の細胞接着部を近づけていくと、まず、細胞接着部の最も凸になった部分が接することができる。そしてさらに細胞接着部を近づけていくと、最も凸になった部分を中心に細胞接着部が剥離したい細胞培養面全体に広がって接触することとなる。このような状態で細胞接着部と培養細胞とを接触させることで、細胞接着部と培養細胞との間に気泡が入ることがなく細胞接着部と培養細胞間を密着させられ、結果として効率よく培養細胞を剥離させられるようになる。その際、細胞接着部の凸部の形状、曲率は特に限定されるものではなく、細胞接着部のいずれかの場所がその他のところに比べ凸になっていれば良いが、細胞培養基材上の培養細胞を広範囲に剥離させるには、細胞接着部の最も凸な部分は細胞接着部の中心にあった方が良い。ここでの細胞接着部の中心とは、最も凸な部分が点状もしくはそれを中心とした面状のものであれば細胞接着部の中心部を意味し、最も凸な部分が線状もしくはそれを中心とした面状のものであれば細胞接着部の中心を含む中心線部を意味する。
【0012】
本発明は、凸になった細胞接着部を培養細胞面に凸部の方から接触させるものである。その際、その凸部の全部を利用しても、その一部だけを利用しても良い。いずれにせよ、まず凸部の細胞接着部が培養細胞面に接し、さらに細胞接着部が培養細胞面に近づくことで、細胞接着部が平面状に変わり接していくことになる。その際、凸部の寸法は、細胞接着に利用する範囲において最も凸な部分の高さとして、0.5mm〜5mmの範囲が良く、好ましくは0.8mm〜3mmの範囲が良く、さらに好ましくは1.0mm〜2.5mmの範囲が良く、最も好ましくは1.2mm〜2.0mmの範囲が良い。凸部の高さが0.5mm以下の場合、細胞接着部が平面のときと変わらず、移動させたい細胞を必ずしも全てを剥離できず好ましくなく、また、凸部の高さが5mm以上のとき、その凸状の細胞接着部が最終的に平面に変わるときの歪や、場合によっては凸状の細胞接着部を平面状にするための圧力が培養細胞への負荷となり好ましくない。
【0013】
また、本発明においては、細胞接着部全体に対する凸になっている面積の割合は特に限定されるものではないが、凸な部分の面積の割合として、40%〜100%の範囲が良く、好ましくは50%〜100%の範囲が良く、さらに好ましくは70%〜100%の範囲が良く、最も好ましくは80%〜100%の範囲が良い。種々検討した結果、凸部の面積の割合が40%以下の場合、細胞接着部と培養細胞との間に気泡が入る場合が多く本発明として好ましくない。
【0014】
さらに、本発明における凸部の形状は、細胞接着部側から観察したときの形状、並びに細胞接着部に対し垂直に観察したときの形状の何れも特に限定されるものではなく、垂直にしたときの形状を例にとると、利用する細胞接着部全体が連続的、もしくは段階的に徐々に凸状になっていても良い。
【0015】
本発明における細胞接着部は培養細胞に細胞接着部の凸部より接し始め、最終的に剥離させたい培養細胞の範囲全体に細胞接着部が平坦になる。本発明においては、培養細胞剥離時に細胞接着部の形態を前述のように変えられれば特にその変化の作用機構、細胞接着部の材質等は特に限定されるものではないが、例えば、非荷重下で凸状の形態となる柔軟性のある材質からなる細胞接着部が挙げられる。このような材質の細胞接着部であれば大きな負荷を必要とせずに変形し、最終的に細胞培養基材の任意の表面全体と接触することができる。このような器材の材質は特に限定されるものではないが、例えばシリコーンゴム、アクリルゴム、アクリロニトリルブタジエンゴム、イソプレンゴム、ウレタンゴム、エチレンプロピレンゴム、エピクロルヒドリンゴム、クロロプレンゴム、スチレンブタジエンゴム、ブタジエンゴム、フッ素ゴム、ポリイソブチレン、アラビアゴム、グアーガム、等のゴム類、ポリウレタン類、ウレタンフォーム類、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロース、フィブリンゲル、コラーゲン、ゼラチン等の含水ゲル等のいずれか、或いは2種類以上の混合物等が挙げられる。また、このような材質の膜が袋状になっており、その中に気体や液体が満たされたようなものでも良い。
【0016】
本発明における細胞接着部の表面には、さらに、例えば、細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド、或いは温度応答性ポリマーの1種、もしくは2種以上からなるものが被覆されていても良い。その中の細胞接着性タンパク質としては、フィブリンゲル、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン、ゼラチンなどの1種、もしくは2種以上からなるものが挙げられる。また、細胞接着性ペプチドとしては、RGDペプチド、RGDSペプチド、GRGDペプチド、GRGDSペプチドなどの1種、もしくは2種以上からなるものが挙げられる。細胞接着部における細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドの固定化方法は特に限定されないが、常法として知られる細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド水溶液の塗布による物理的吸着などを行えば良い。細胞接着部における細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドの固定化量は移動させたい細胞を付着させられるに十分な量が固定化されていれば良く特に限定されるものではないが、その固定化量は0.005μg/cm以上、好ましくは0.01μg/cm以上、さらに好ましくは0.02μg/cm以上である。細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドの固定化量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞接着部を直接測る方法、あらかじめラベル化した細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドを同様な方法で固定化し細胞接着部に固定化されたラベル化細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0017】
本発明における細胞接着部の表面には温度応答性ポリマーが被覆されているものであっても良い。その温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであっても良く、このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。各種ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。細胞接着部における親水性ポリマーの固定化量は移動させたい細胞を付着させられるに十分な量が固定化されていれば良く特に限定されるものではないが、その固定化量は0.5μg/cm以上、好ましくは1.0μg/cm以上、さらに好ましくは1.5μg/cm以上である。温度応答性ポリマーの固定化量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞接着部を直接測る方法、あらかじめラベル化した温度応答性ポリマーを同様な方法で固定化し細胞接着部に固定化されたラベル化温度応答性ポリマー量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0018】
本発明に用いられる培養細胞移動治具内の細胞接着部は移動させたい培養細胞、培養細胞塊、培養細胞シートの大きさに合わせて随時決めれば良く何ら限定されるものではない。また、細胞接着部を有する培養細胞移動治具においても細胞接着部の大きさに合わせて随時決めていけば良い。さらに培養細胞移動治具の形状も特に限定されるものではなく、治具を移動させるために必要なグリップや他の装置を接合できるような仕組みを設けても良い。
【0019】
本発明に使用される細胞は、例えば角膜上皮細胞、角膜内皮細胞、網膜色素細胞、表皮角化細胞、口腔粘膜細胞、結膜上皮細胞、心筋細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、骨格筋筋芽細胞、間葉系幹細胞、肺胞上皮細胞、中皮細胞、軟骨細胞、滑膜細胞、骨細胞、歯根膜細胞、その他の幹細胞等のいずれかもしくは2者以上の混合物が挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。また、その細胞の由来は特に制約されるものではないが、たとえばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジなどが挙げられるが、本発明の培養細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト由来の細胞を用いる方が望ましい。
【0020】
本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではないが、得られた培養細胞をヒトの治療に用いる場合は用いる培地の成分は由来が明確なもの、もしくは医薬品として認められているものが望ましい。
【0021】
本発明における培養基材の形状は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートのような形態のもの、或いは平膜状のものなどが挙げられる。
【0022】
本発明は、培養細胞移動治具に設けた細胞接着部に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞を細胞培養基材上から剥離させ、その後、その培養細胞移動治具の細胞接着部と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させることを特徴とする培養細胞移動方法を提供する。この方法に従えば、細胞培養基材上の培養細胞を簡便に剥離させられ、その剥離させた培養細胞を再び簡便に付着させるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移動させられ、しかも正確に移動できるようになることを見出した。さらに、培養細胞の細胞培養基材上からの剥離工程、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させる工程のいずれか、もしくは双方の工程を自動化することで、なお一層培養細胞の移動が簡便に正確に行われるようになることを見出した。
【0023】
本発明において培養細胞を移動させるには、まず培養細胞移動治具に設けた細胞接着部に細胞培養基材上の培養細胞を付着させる必要がある。その付着させる方法は何ら限定されるものではないが、本発明における培養細胞移動治具には細胞接着部が設けてあるため、その部分を移動させたい培養細胞上に乗せ、静置させるだけで良い。本発明の細胞接着部に上述した含水ゲルを用いた場合、物理的な吸着の他にそれ自身の吸水性を利用して培養細胞を吸い上げて補足することができる。後者の場合、あらかじめ含水ゲルに吸水させる量を変えることでその補足力を変えられ好都合である。本発明の細胞接着部の表面に細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドを被覆した場合、培養細胞は培養細胞移動治具に対しその細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドを介して付着する。また、細胞接着部の表面に温度応答性ポリマーを被覆した場合、細胞接着部ポリマー層表面の親疎水性の性質に培養細胞が物理的に付着する。その際、付着を促進させる目的で培養細胞に負担がかからない程度に荷重を負荷させたり、或いは付着するまで十分に時間をかけることなどを行っても良い。さらに、培地量を増減、培養温度を変化させるなど培養細胞の付着を促進する操作を併用しても良い。また、その付着操作を上下方向に稼動できるZ−ステージを利用して自動で行っても良い。
【0024】
上述した方法により培養細胞移動治具に付着した培養細胞は、その培養細胞移動治具とともに移動することで自由に希望する場所へ移動させることができる。その際、培養細胞が汚染されることを防ぐ意味で、培養細胞の移動は無菌的に行われる方が良い。また、付着した細胞が乾燥しないように移動操作を加湿下で行っても良い。さらに、その付着操作を上下、左右方向に稼動できるステージを利用して自動で行っても良い。
【0025】
本発明では、上述した方法で移動させた培養細胞を再び付着させたい場所に乗せ、再付着させる技術である。その再付着させる方法は特に限定されるものではないが、通常、移動してきた培養細胞を再付着させたい場所へ付着させた後、培養細胞移動治具の細胞接着部と培養細胞との付着を弱め、培養細胞移動治具を培養細胞から離すことで操作を完了する。その際、培養細胞移動治具の細胞接着部が残存しても特に問題にならなければ、培養細胞移動治具の細胞接着部で細胞接着部と培養細胞を一緒に剥がす方法でも良い。この細胞接着部と培養細胞を一緒に剥がす方法の場合、細胞接着部が時間と共に溶解しその溶解物が細胞に影響を与えないものが良く、このようなものとしてコラーゲンやゼラチン等が好都合だが、本発明ではこれらに何ら限定されるものではない。或いは、上述したように細胞接着部に含水ゲルを用いた場合、含水ゲルが十分に吸水した状態であれば細胞接着部に付着している細胞の接着力が弱く、細胞接着部から細胞を容易に剥離させることができる。同様に、含水ゲルの吸水力で培養細胞を吸着させた場合においても、含水ゲルに十分吸水させることで細胞接着部に付着している細胞の接着力が弱められる。培養細胞移動治具の細胞接着部の表面と培養細胞との付着を弱めるために、例えば細胞接着部の表面に細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチドが被覆されている場合、それらと細胞との付着性より強く付着するアミノ酸、ペプチド、タンパク質などを添加する方法、十分に培地を投入する方法などの方法が挙げられる。また、培養細胞移動治具の細胞接着部の表面に温度応答性ポリマーが被覆されている場合、細胞接着部ポリマー層表面の十分に親水性に変えることによって培養細胞を剥離させられる。一方で、再付着させたい場所へ付着させることを促進させる目的で培養細胞に負担がかからない程度に荷重をかけたり、付着するまで十分な時間をかけること、さらには培養温度を変えることなどを併用しても良い。また、その付着操作を上下方向に稼動できるZ−ステージを利用して自動で行っても良い。
【0026】
本発明で言うところの再び付着させる場所とは特に制約されるものではなく、例えば培養基材表面、生体内組織表面、生体外組織表面、別の培養細胞、或いは後で述べる別の培養細胞シート上でも良い。ここでいう生体内組織表面、生体外組織表面とはたとえばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジなどが挙げられるが由来に限定されるものではない。また、別の培養細胞とは角膜上皮細胞、表皮角化細胞、口腔粘膜細胞、結膜上皮細胞、心筋細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞のいずれかもしくは2者以上の混合物が挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではないが、本発明の培養細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト由来の細胞を用いる方が望ましい。
【0027】
細胞培養基材表面に温度応答性ポリマーが被覆されていれば、国際出願公開公報WO02/08387号に示す通り培養温度を変化させるだけで培養細胞をシート状に細胞培養基材表面から剥離させられ、本発明の技術を用いることでその剥離操作、移動操作、さらに再付着操作が簡便に正確に行えるようになる。その場合、基材表面に被覆される温度応答性ポリマーは、水溶液中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。
【0028】
本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
【0029】
温度応答性ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。温度応答性ポリマーの被覆量は、0.4〜4.5μg/cmの範囲が良く、好ましくは0.7〜3.5μg/cmであり、さらに好ましくは0.9〜3.0μg/cmである。0.2μg/cmより少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に4.5μg/cm以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。
【0030】
本発明において、培養細胞をシート状で剥離させ、培養細胞移動治具を用いて培養細胞シート同士を積層化させたり、培養細胞シートを生体内組織や生体外組織に移植させたりするためには、温度応答性ポリマーが被覆された細胞培養基材上で細胞を培養し、培養細胞をシート状に剥離させなければならない。その際、培地の温度は、培養基材表面に被覆された前記ポリマーが上限臨界溶解温度を有する場合はその温度以下、また前記ポリマーが下限臨界溶解温度を有する場合はその温度以上であれば特に制限されない。しかし、培養細胞が増殖しないような低温域、あるいは培養細胞が死滅するような高温域における培養が不適切であることは言うまでもない。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
【0031】
本発明の方法において、培養細胞シートを温度応答性ポリマーが被覆された細胞培養基材上から剥離回収するには、培養細胞シートを培養細胞移動治具に付着させ、培養基材表面の温度を上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって剥離させることができる。なお、培養細胞シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。
【0032】
本発明における温度応答性ポリマーが被覆された細胞培養基材上から剥離され、培養細胞移動治具を用いることで得られた培養細胞シートは、培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けておらず、培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様蛋白質も酵素による破壊を受けておらず、また、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく強度の高いものである。さらに、培養細胞移動治具を用いることで正確に培養細胞シート同士を積層化させたり、患部組織へ正確に移動させることが可能となる。これらのことにより、例えば培養細胞シートの移植時においては患部組織と良好に正確に接着させることができ、効率良い治療を実施することができるようになる。
【0033】
本発明で示すところの培養細胞シートと生体組織との固定方法は特に限定されるものではなく、培養細胞シートと生体組織を縫合しても良く、或いは本発明で示すところの培養細胞シートは生体組織と速やかに生着するため、患部に付着させた培養細胞シートは生体側と縫合しなくても良い。
【0034】
本発明の凸状の細胞接着部を有する培養細胞移動治具を用いれば、細胞培養基材上の任意の範囲内の培養細胞を効率良く剥離させられ、その剥離させた培養細胞を再び簡便に付着できるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移動させられ、しかも正確に移動できるようになる。
【実施例】
【0035】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0036】
図1に示すようなシリコーンシートを重ね合わせた型を用い、本発明であるT字形状の柄付き土台(部品A)と下向きに凸状に成型された吸水性を有する柔軟な素材(部品B)からなる培養細胞移動治具(図2)を作製した。各部品の材質としては土台部分にポリカーボネートを、柔軟性素材にゼラチンゲルを選択した。そのときの細胞接着部のようすを図3に示す。これらの各部品を組み合わせることで、培養細胞移動治具を得た。温度により細胞の接着、非接着が制御できるポリ−N−イソプロピルアクリルアミドが被覆された温度応答性培養皿の培養面一杯となるコンフルエントになるまでヒト骨格筋筋芽細胞を増殖させた。培養方法は常法に従った(細胞播種数1×10個/cm、37℃、5%CO、培養期間4日間)。また、そのポリ−N−イソプロピルアクリルアミドの被覆量は1.9μg/cmとした。次に、培養細胞移動治具を静かに培養細胞面に接触させ、培養細胞移動治具を培養細胞面上に置いた。さらに培養温度を下げ、培養皿表面を非接着状態にして培養細胞移動治具に細胞を補足させたところ、細胞は培養細胞移動治具の細胞接着部であるゼラチンゲルに付着した。骨格筋筋芽細胞は細胞接着部であるゼラチンゲルの密着した部分のみ剥離された培養皿の写真を図4に示す。図4における培養皿に残された細胞は染色により可視化して確認される。培養皿を3枚準備し、連続して培養細胞移動治具を付着させていくことにより3層に積層化したシート状骨格筋筋芽細胞がゼラチンゲル上に得られた。シート状骨格筋筋芽細胞が付着した培養細胞移動治具は別の培養皿上に一旦密着させシート状の積層化細胞の周辺部をピンセットで押さえながら培養細胞移動治具を離すことでシート状骨格筋筋芽細胞だけを剥離させることができた(図5)。
【実施例2】
【0037】
実施例1と同様に、本発明であるT字形状の柄付き土台(部品A)と下向きに凸状に成型された吸水性を有する柔軟な素材(部品B)からなる培養細胞移動治具(図2)を作製した。各部品の材質としては土台部分にポリカーボネートを、柔軟性素材にコラーゲンゲルを選択し、コラーゲンゲル表面にポリグリコール酸製不織布を被覆した。実施例1と同様に、温度により細胞の接着、非接着が制御できるポリ−N−イソプロピルアクリルアミドが被覆された温度応答性培養皿の培養面一杯となるコンフルエントになるまでイヌ歯根膜細胞を増殖させた。培養方法は常法に従った(細胞播種数1×10個/cm、37℃、5%CO、培養期間4日間)。また、そのポリ−N−イソプロピルアクリルアミドの被覆量は2.0μg/cmとした。次に、培養細胞移動治具を静かに培養細胞面に接触させ、培養細胞移動治具を培養細胞面上に置いた。さらに、培養温度を下げ、培養皿表面を非接着状態にして培養細胞移動治具に細胞を補足させたところ、細胞は培養細胞移動治具の細胞接着部の表面であるポリグリコール酸製不織布に付着した。培養皿を3枚準備し、連続して培養細胞移動治具を付着させていくことにより3層に積層化したシート状歯根膜細胞がポリグリコール酸製不織布上に得られた。シート状歯根膜細胞が付着した培養細胞移動治具は別の培養皿上に一旦密着させポリグリコール酸製不織布の周辺部をピンセットで押さえながら培養細胞移動治具を離すことでシート状歯根膜細胞をポリグリコール酸製不織布と共に剥離させることができた。
【比較例1】
【0038】
培養細胞を回収するために、図6に示すようなアクリル製の培養細胞移動治具を作製した。図6で右の部品の下の円盤部分が細胞接着部である。このものを図6左の部品の筒状のところに図7の右部品の軸を挿入して使った。細胞培養方法、使用した温度応答性ポリマーが被覆した細胞培養基材は実施例1と同様な方法、基材を使用した。培養4日後、培養基材上の骨格筋筋芽細胞がコンフルエントになったことを確認した後、培養細胞上に静かに培養細胞移動治具を載せた。細胞培養基材を20℃下で15分間処理した後、静かに培養細胞移動治具を培養基材から離していった。その結果、培養細胞は20%程度しか剥離しなかった。培養細胞移動治具の細胞接着部が平面なため培養細胞の付着している部分全体と均一に接することができなかったためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明に記載される凸状の細胞接着部を有する培養細胞移動治具を用いれば、細胞培養基材上の任意の範囲内の培養細胞を効率良く剥離させられ、その剥離させた培養細胞を再び簡便に付着させるようになる。そのため培養細胞を移動させたい場所へ簡便に移動させられ、しかも正確に移動できるようになる。さらに、細胞培養基材表面に温度応答性ポリマーを被覆したものを用いれば、生体組織への生着性が極めて高い培養細胞シートが得られるようになる。この方法で得られる培養細胞シートは、たとえば角膜移植、皮膚移植、角膜疾患治療、虚血性心疾患治療等の臨床応用が強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】 実施例1に示す培養細胞移動治具の製造法を示すものである。
【図2】 実施例1に示す培養細胞移動治具を示すものである。
【図3】 実施例1に示す培養細胞移動治具の細胞接着部を示す写真である。
【図4】 実施例1に示す剥離された培養細胞のようすを示す図である。剥離されなかった細胞を染色してある。
【図5】 実施例1に示す移植された細胞シートのようすを示す図である。移植された細胞シートを染色してある。
【図6】 比較例1に示すアクリル板を成型した培養細胞移動治具の部品を示すものである。
【図7】 比較例1に示すアクリル板を成型した培養細胞移動治具の部品を細胞培養基材上で組み立て利用しているところを示すものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養基材表面上に培養させた細胞を剥離させ、その後、その剥離させた培養細胞を再び他の場所へ付着させるための非荷重下で凸状の形態の細胞接着部を有する培養細胞移動治具であって、細胞培養基材表面と接する際、当該細胞接着部の凸部先端部から接し始め、荷重により凸状の形態の当該細胞接着部が変形し、最終的に細胞培養基材の任意の表面全体と接触することのできる、培養細胞移動治具。
【請求項2】
細胞接着部が含水ゲルである、請求項1記載の培養細胞移動治具。
【請求項3】
細胞接着部表面に細胞接着性タンパク質、細胞接着性ペプチド、或いは温度応答性ポリマーのいずれか、もしくは2種以上が付着したものである、請求項1、2のいずれか1項記載の培養細胞移動治具。
【請求項4】
細胞接着性タンパク質がフィブリンゲル、フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲンの1種、もしくは2種以上からなるものである、請求項3記載の培養細胞移動治具。
【請求項5】
請求項1〜4記載の培養細胞移動治具に設けた細胞接着部に細胞培養基材上の培養細胞を付着させることで培養細胞を細胞培養基材上から剥離させ、その後、その培養細胞移動治具の細胞接着部と培養細胞との付着力を弱めることで、剥離させた培養細胞を特定の場所へ再び付着させることを特徴とする培養細胞移動方法。
【請求項6】
細胞培養基材表面に温度応答性ポリマーが被覆されているものである、請求項5記載の培養細胞移動方法。
【請求項7】
シート状の培養細胞を生体組織内に移植することを特徴とする請求項5、6のいずれか1項記載の培養細胞移動方法。
【請求項8】
組織の一部或いは全部を損傷もしくは欠損した患部に対し、シート状の培養細胞を移植することを特徴とする請求項5〜7のいずれか1項記載の培養細胞移動方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−94114(P2010−94114A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288219(P2008−288219)
【出願日】平成20年10月14日(2008.10.14)
【出願人】(501345220)株式会社セルシード (39)
【Fターム(参考)】