説明

堰の低周波音防止構造及び装置

【課題】堰を越流した後の落下水から生じる低周波音が十分に防止され、しかも堰の越流機能に影響を及ぼさない堰の低周波音防止構造とする。
【解決手段】堰1を越流した後の落下水Wから生じる低周波音を防止する構造100であって、堰1の上端部に、下流側へ延出する樋部10が、(A)堰1の幅方向に間隔をおいて複数、(B)堰1の上端縁1Aよりも上方に突出しないように、(C)隣接する樋部10との間隔が15〜35cmとなるように設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農業用水路等に備わる堰の低周波音防止構造及び装置に関するものである。より詳しくは、堰を越流した後の落下水から生じる低周波音を防止するための構造及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
低周波音は、送風機、ジェットエンジン等から生じるほか、農業用水路等に備わる堰を越流した後の落下水からも生じる。低周波音は、例えば、障子や戸、窓枠等の建具がガタつくといった物理的な問題を惹き起こすほか、例えば、頭痛、耳鳴り、不眠等の心理的・身体的な問題を惹き起こすこともある。そして、近年では、都市化、混住化が進み、農業用水路等の周辺が生活空間になってきているため、農業用水路等の近隣住民からの騒音苦情が増える傾向にある。
【0003】
この騒音は、堰を越流した後の落下水から生じる低周波音を原因とするものであり、現在までに、多くの研究や騒音(低周波音)を防止するための構造・装置の開発がなされている。そして、この落下水から生じる低周波音は、一般的に、ケルビン・ヘルムホルツの不安定性(Kelvin‐Helmholtz instability)と、落下水からなる水膜の背面に形成される空洞(閉空間)とが相互に影響し合って生じるものと理解されている。つまり、従来の一般的な見解によると、水膜及び大気の界面で密度及び渦度が不均一になり当該界面の擾乱が成長してしまうことと、水膜背面の閉空間における圧力変動が生じることとが相互に作用して低周波音が生じると理解されている。
【0004】
そこで、この低周波音を防止するための構造・装置として、「堰の天面(上面)上に上方に突出する突起(いわゆるスポイラ)を取り付けた形態」や、この改良形態である「水膜を垂直方向下方に導く平面視コ字型のガイド板をゲート(堰)の天面上に取り付けた形態」等が提案されている(例えば、特許文献1等参照。)。これらの形態によると、越流水が堰の天面上において分断されるため、落下水も分断され、水膜背面に閉空間が形成されず、低周波音が防止されるものと理解されている。つまり、これらの形態は、水膜背面に空気を送り込み、水膜背面の空間を大気圧に保つことにより、低周波音の発生を防止しようとするものである。
【0005】
しかしながら、以上のようにスポイラ等を堰の天面上に取り付けたとしても、低周波音が十分には防止されず、例えば、スポイラの設置間隔を狭くしても65dB程度の低周波音が生じることが、既往の研究により確認されている(非特許文献1参照)。
【0006】
また、スポイラ等を堰の天面上に取り付けると、堰の越流機能に影響が生じてしまい、例えば、堰上流の水位上昇を誘発する可能性がある。特に、農業用水路においては、水が高位から低位に流れる性質を利用して水を周辺の農地に分流するため、取水時の堰上げを避けることはできないが、スポイラの増設による過度の水位上昇は河川管理上大きな問題となってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】実開昭62‐143731号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】農工研技報207、139〜147、2008「後藤眞宏・浪平篤・小林宏康・常住直人・関谷明:ゲートの越流水の低周波音とスポイラによる低減効果について」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする主たる課題は、堰を越流した後の落下水から生じる低周波音が十分に防止され、しかも堰の越流機能に影響を及ぼさない堰の低周波音防止構造及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この課題を解決した本発明は、次のとおりである。
〔請求項1記載の発明〕
堰を越流した後の落下水から生じる低周波音を防止する構造であって、
前記堰の上端部に、下流側へ延出する樋部が、下記(A)〜(C)の条件を満たすように設けられている、
ことを特徴とする堰の低周波音防止構造。
(A)前記樋部は、前記堰の幅方向に間隔をおいて複数設けられている。
(B)前記樋部は、前記堰の上端縁よりも上方に突出しないように設けられている。
(C)前記樋部は、隣接する樋部との間隔が15〜35cmとなるように設けられている。
【0011】
〔請求項2記載の発明〕
前記樋部は、平板状の底板と、この底板の両側端部から上方に延出する平板状の側板とで構成されている、
請求項1記載の堰の低周波音防止構造。
【0012】
〔請求項3記載の発明〕
前記底板の幅が15〜35cm、前記側板の高さが6〜14cmとされており、
かつ、これら底板及び側板の前記堰からの延出長が25〜35cmとされている、
請求項1又は請求項2記載の堰の低周波音防止構造。
【0013】
〔請求項4記載の発明〕
堰を越流した後の落下水から生じる低周波音を防止する部材であって、
前記堰の上端部に取り付けられることにより、請求項1〜3のいずれか1項に記載の低周波音防止構造の樋部が構築される、
ことを特徴とする堰の低周波音防止部材。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、堰を越流した後の落下水から生じる低周波音が十分に防止され、しかも堰の越流機能に影響を及ぼさない堰の低周波音防止構造及び装置となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本形態の低周波音防止構造の斜視図である。
【図2】本形態の低周波音防止構造の側面図である。
【図3】本形態の低周波音防止部材の斜視図である。
【図4】スポイラが設置されている場合における音圧レベルと周波数との関係を、越流水深ごとに示すグラフである。
【図5】音圧と振動数(周波数)との関係を示すグラフ(a)、及び、落下水からなる水膜の振幅と振動数(周波数)との関係を示すグラフ(b)である。
【図6】スポイラを設置した場合及びスポイラを設置しない場合それぞれにおける騒音レベルと越流水深との関係を示すグラフである。
【図7】音圧レベルと越流水深との関係を、周波数ごとに示すグラフである。
【図8】水膜に沿った鉛直方向の高さ(計測高さ)と音圧レベルとの関係を、周波数ごとに示すグラフである。
【図9】スポイラを設置した場合及びスポイラを設置しない場合それぞれにおける音圧レベルと周波数との関係を示すグラフである。
【図10】スポイラを設置した場合及びスポイラを設置しない場合それぞれにおける音圧レベルと越流水深との関係を、周波数20Hzの場合について示すグラフ(a)、及び、周波数63Hzの場合について示すグラフ(b)である。
【図11】本形態の騒音防止部材を設置しない場合及び間隔を変化させて設置した場合それぞれにおける騒音レベル(A特性(a)、G特性(b))と越流水深との関係を示すグラフである。
【図12】本形態の騒音防止部材を設置しない場合及び間隔を変化させて設置した場合それぞれにおける音圧レベルと周波数との関係を示すグラフである。
【図13】実証試験の対象としたゲート(堰)の正面概要図である。
【図14】本形態の騒音防止部材を設置しない場合及び設置した場合それぞれにおける騒音レベル(A特性(a)、G特性(b))と越流水深との関係を示すグラフである。
【図15】音圧レベルと周波数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態を説明する。なお、以下では、本形態の構造・装置と、従来の形態の構造・装置との違いをより明確にするために、本発明者らが行った低周波音発生原因の分析結果についてまず説明し、その後に、本発明の具体的な形態を説明する。
【0017】
(原因の分析)
一般に、人が感じる(認識する)ことのできる音の周波数範囲(可聴音域)は、20Hz〜20kHzであるとされており、周波数20Hz以下の音が超低周波音と言われ、100Hz以下の可聴音と超低周波音とを含めた周波数範囲の音が低周波音と言われている。
【0018】
また、騒音計では、通常、音の大きさを表す物理量である音圧レベルが計測されるが、人の耳の聴感特性は、周波数や音圧レベルによって変化する。そこで、周波数帯ごとに人の感じ易さによる重み付けを行い、この重み付けを行ったものが騒音レベルとして用いられる。そして、この騒音レベルには、A特性値及びG特性値が存在する。A特性値とは、可聴音域における人の聴覚補正特性である。1000Hzを中心周波数とし、周波数ごとに重み付けを行うことで聴覚的な音の大きさを表現するものである。騒音レベルを評価する際には、通常、このA特性値が用いられる。他方、G特性値とは、人が感じることのできない1〜20Hzの超低周波音をも含めた低周波音域について周波数ごとに重み付けを行うことで音の大きさを表現するものである。なお、このほかに、FLAT特性と言われるものも存在するが、このFLAT特性は音圧レベルそのものである。
【0019】
この点、堰の落下水から生じる音を、(1)快適又は不快、(2)静か又はうるさい、(3)圧迫感有り又は圧迫感無しの3種類の形容詞対で評価すると、越流水深の違いによって、水音の選好性が大きく変わるという研究成果が得られている。また、快適と感じる音は、A特性値及びG特性値ともに約70dBより小さい値であり、やや不快と感じる音は、G特性値が80dB以上であるという結果も得られている。さらに、音圧レベルが大きい場合よりも水膜振動が発生している場合の方が、うるさく圧迫感が有ると感じられ易いという結果が得られている。逆に、水膜振動が抑制された場合は、静かで圧迫感が無いと感じられ易いという結果が得られている。
【0020】
一方、落下水から生じる低周波音は、前述したようにケルビン・ヘルムホルツの不安定性と、水膜背面に形成される閉空間とが相互に影響し合って生じると理解されており、スポイラ設置等の対策がとられている。しかしながら、現実には、近隣住民からの騒音苦情が存在しており、該当地域において調査を行うと、図15(1/3オクターブバンドレベル)に示すように、低周波音が発生している。なお、図15の(a)は、埼玉県・葛西用水路での調査結果であり、堰上方に備わる橋脚上で測定した結果である。また、図15の(b)は、長野県・梓川幹線での調査結果であり、堰横(側方)の路上で測定した結果である。さらに、図15の(c)は、福島県・姥堂川頭首工での調査結果であり、土砂吐ゲート下流1.0m地点で測定した結果である。
【0021】
また、越流水深が低い場合は、スポイラによって越流水を分断しても、落下水によって水膜が形成され、この水膜が振動する。例えば、頭首工の土砂吐ゲートを越流した後の落下水は、スポイラが設置されているにもかかわらず水膜を形成し、この水膜の下部では、はっきりと見て取ることができるほどの振動が生じている。しかも、当該スポイラは、水膜振動の抑制に効果があるとされる2〜5mよりも狭いlm間隔で設置されている。そして、この場合における音圧レベル(dB)と周波数(Hz)との関係を越流水深(cm)ごとに計測すると、図4に示すように、100Hz以下の低周波領域に音圧レベルのピークが存在する。
【0022】
以上から、越流水深が低い場合には、スポイラ等によって水膜を分断し、水膜背面に閉空間が形成されないようにしても、水膜の振動が生じ、低周波音が生じることが分かる。この点、水膜の振動を抑制するためには、スポイラの設置間隔を狭くし、スポイラの設置基数を増やすことが考えられる。しかしながら、既存の堰にこのような対応をとると、堰の越流係数が変化して堰上流の水位が上昇する可能性があり、現実的にはこのような対応をとることができない。そこで、スポイラ等の設置に変わる新たな構造・装置の開発が必要となり、本発明者らは、落下水からなる水膜の振動に着目し、実規模の水理模型を用いた実験を行い、水膜振動発生のメカニズムを解明することにより、堰の低周波音防止構造及び装置を開発することとした。
【0023】
本発明者らは、まず、落下水から生じる音圧(Pa)、及び、落下水からなる水膜の振動幅(mm)と、振動数(Hz)との関係を調べた。振動幅の調査には、高速カメラを用いた。結果は、図5の(a)及び(b)に示すように、音圧及び振動幅の卓越振動数が、いずれも22.3Hz及び44.6Hzとなった。これにより、低周波音の発生要因が水膜の振動であることが分かった。
【0024】
また、スポイラを設置した場合及びスポイラを設置しない場合それぞれにおける騒音レベル(dB)と越流水深(cm)との関係も調べた。結果、スポイラを設置した場合は、騒音レベルが越流水深2〜10cmまでほぼ均等に低下するものの、この低下はわずかであり、しかも越流水深4cmで卓越する騒音レベルは消去できないことが分かった。つまり、騒音レベルは、越流水深(流入エネルギー)に比例せず、低い越流水深時に卓越した騒音レベルとなることが分かった。
【0025】
もっとも、このような傾向(越流水深4cmで騒音レベルが卓越する傾向)は、全ての周波数で生じるものではなく、周波数ごとに別の傾向を示し、その合計として上記結果(傾向)が生じているとも考えられる。そこで、周波数ごとに、音圧レベル(dB)と越流水深(cm)との関係を調べた。結果、図7の(c)に示すように、越流水深3cmでピークを示す周波数帯と、図7の(d)に示すように、越流水深4cmでピークを示す周波数帯と、図7の(a)及び(b)に示すように、ピークを示さず流入エネルギー(越流水深)に比例する周波数帯と、に分類できることが分かった。この結果から、水膜の振動は、周波数10〜80Hzの場合に卓越が生じる現象であり、周波数10〜25Hzの振動と周波数40〜80Hzの振動とでは、発生要因が異なるのではないかと予測した。
【0026】
このように周波数帯に応じて発生要因が異なるのであれば、音の発生位置も周波数帯に応じて異なると考えることができる。そこで、水膜の振動が最も顕著であると予測される越流水深4cmの場合について、水膜の鉛直方向の高さ(m)と音圧レベル(dB)との関係を、周波数ごとに調べた。結果を、図8に示した。この結果から、周波数ごとに次の傾向を示すことが分かった。
【0027】
周波数4Hz以下の場合は、鉛直方向における音圧レベルの差が小さく、水膜全体から音が発生すると考えられる。周波数5〜8Hzの場合は、床板近傍において音圧レベルが明らかに高くなっており、音源点が床板近傍にあると考えられる。周波数10〜25Hzの場合も、床板近傍において音圧レベルが高くなるが、周波数5〜8Hzの場合ほど顕著ではない。周波数40〜80Hzの場合は、床板上0.5〜1.0mの音圧レベルが高くなる。このように周波数帯によってピークを示す位置が異なることから、水膜の振動には、複数の発生要因が存在するものと予測した。
【0028】
本発明者らは、水膜背面が閉空間になる場合(スポイラを設置しない場合)、及び、水膜背面を開放した場合(スポイラを設置した場合)について、水膜の形状を側方から観察した。そして、水膜振動の発生要因が1つであれば、スポイラを設置した場合に水膜の振動がなくなるが、水膜振動の発生要因が複数であれば、消滅する振動と残留する振動とが存在すると予測した。結果、水膜の振動は、全体に生じる長周期の振動(A)と、下側部に生じる振動(B)と、床板近傍部に生じる短周期の振動(C)とに大きく分類されることが分かった。また、スポイラを設置しない場合に比べ、スポイラを設置した場合は、長周期の振動(A)が抑制され、水膜が堰から離れた方向に広がった。しかしながら、スポイラを設置しても、下側部の振動(B)及び床板近傍部の振動(C)は、抑制されなかった。
【0029】
越流水深4cmの場合における音圧レベル(dB)と周波数(Hz)との関係を図9に示し、周波数20Hz及び63Hzの場合における音圧レベル(dB)と越流水深(cm)との関係を図10に示した。これらの結果から、スポイラの設置によって音圧レベルが低減するのは、周波数が約40Hz以下の場合であり、周波数が63Hz以上の場合は、スポイラの設置による音圧レベル低減効果が少ないことが分かった。したがって、スポイラの設置によって抑制することができる振動は、周波数40Hz以下の振動であり、水膜全体の振動数は周波数40Hz以下、水膜下端部の振動は、周波数40Hz以上と予測した。
【0030】
以上の調査結果から、水膜振動は2つ以上の発生要因を有し、発生位置及び周波数は、次のとおりであると予測した。
水膜全体の振動は、周波数10〜40Hzで、水膜背面が閉空間となることにより生じる。音源点は、床板近傍である。水膜下側部の振動は、周波数40〜80Hz程度で、音源点は、床板から50〜100cm程度である。水膜の床板近傍部でも振動があり、この振動の周波数は他の振動に比べて高い。
【0031】
また、水膜の振動によって生じる低周波音の発生要因は、(1)従来から想定される水膜背面の圧力差を原因として発生する水膜全体の振動と、(2)水膜下側部の振動と、(3)水膜の床板近傍部の振動との3つと考えられ、各振動の発生要因はそれぞれ別であるため、スポイラ等の設置による対策では、解決されないものと予測した。
【0032】
具体的には、越流水深が低い場合にピークを示す周波数帯の音の発生要因は、(2)水膜下側部の振動と、(3)水膜の床板近傍部の振動とが支配的であり、越流水深に比例する周波数帯の音の発生要因は、落下点での破裂音と、(1)水膜全体の振動が支配的である。また、(1)水膜全体の振動は、従来から想定される水膜背面の圧力差を発生要因とし、(2)水膜下側部の振動、及び、(3)水膜の床板近傍部の振動は、水膜の形成自体を発生要因にするものと予測される。それ故に、スポイラを設置したとしても、また、特許文献1に開示されるように、水膜を垂直方向下方に導く平面視コ字型のガイド板をゲート(堰)の天面上に取り付けたとしても、水膜が形成されるため、(2)水膜下側部の振動、及び、(3)水膜の床板近傍部の振動が抑制されず、低周波騒音が生じているものと推定される。また、これらの振動は、越流水深、つまり流入エネルギーに比例しないため、特許文献1に開示される方法によって、たとえ流入エネルギーが抑制されたとしても、あるいは流入エネルギーの方向が変えられたとしても低周波騒音を抑制することはできないものと考えられる。
【0033】
そこで、越流水深が低い場合にピークを示す周波数帯の音の解消を目指し、さまざまな研究を行った。結果、低周波騒音を解消するためには、水膜を分断して水膜背面を開放するのではなく、落下水が水膜とならないようするのが重要であり、落下水を、いわば水の束にする堰の低周波音防止構造及び装置を発明するに至った。
【0034】
(具体的な形態例)
図1に、本形態の低周波音防止構造100の斜視図を示した。本形態の低周波音防止構造100は、堰1を越流した後の落下水Wから生じる低周波音を防止するためのもので、堰1の上端部に下流側へ延出する樋部10が設けられている。この樋部10は、堰1の幅方向に所定の間隔をおいて複数、図示例では5つ設けられている。また、各樋部10は、堰1の上端縁1Aよりも上方に突出しないように設けられている。さらに、各樋部10は、隣接する樋部10との間隔Xが15〜35cmとなるように、好ましくは20〜30cmとなるように、より好ましくは20〜25cmとなるように、設けられている。
【0035】
このように本形態の低周波音防止構造100においては、各樋部10が、堰1から下流側へ延出するように、かつ、堰1の上端縁1Aよりも上方に突出しないように設けられているため、従来のスポイラ等が設置された構造の場合と異なり、堰1を越流した後の越流水(水流)が制御されることになる。したがって、堰1の越流機能に影響が生じず、例えば、既存の用水路等に適用しても問題が生じない。また、スポイラ等を設置した場合は、流水とともに流れてきた草木やゴミ等の異物が当該スポイラ等に引っ掛かり、越流機能に対する影響が増すことがあった。しかしながら、本形態の低周波音防止構造100においては、樋部10が、堰1の上端縁1Aよりも上方に突出しないように設けられているため、かかる問題も生じない。
【0036】
さらに、本形態の低周波音防止構造100によると、樋部10が設けられた位置において堰1を越流した越流水は、図2に示すように、樋部10上を流れた後、下方に落下する。したがって、越流水は、樋部10上において、いわば束ねられた状態になり、樋部10から落下する落下水W1が水膜を形成するおそれがない。結果、水膜の振動を原因とする低周波音が、落下水W1から生じるおそれもない。
【0037】
一方、樋部10は、堰1の幅方向に間隔をおいて複数設けられており、しかも、各樋部10は、隣接する樋部10との間隔Xが35cm以下となるように設けられている。したがって、相互に隣接する樋部10間において堰1を越流した越流水も束ねられた状態になり、堰1を越流した後、すぐに落下する落下水W2が水膜を形成するおそれもない。結果、落下水W2からも水膜の振動を原因とする低周波音が生じるおそれがない。
【0038】
このように本形態の低周波音防止構造100は、越流水を複数の水流の束とすることで、水膜が形成されるのを防止し、低周波音が生じるのを防止するものである。つまり、スポイラ等を設置する場合のように、水膜背面に形成される閉空間の開放を目的とするものではない。なお、従来のスポイラ等は、越流機能に影響を及ぼし、特に越流水深が10cm以下と浅い場合においては、越流機能に対する影響が大きくなるため、本形態のように狭い間隔で設置することができない。
【0039】
本形態の低周波音防止構造100を構築する方法は特に限定されない。例えば、用水路等にゲートを設け、このゲートを堰1とする際に、同時に低周波音防止構造100を構築するようであれば、当該ゲートとして樋部10が一体的に設けられた形状のものを用い、この特殊形状のゲートを単に設けることで構築することや、先に設けた通常のゲートに樋部10を後付けすることで構築することができる。他方、既存の堰1を低周波音防止構造とするのであれば、通常、当該堰1に樋部10を後付けすることになる。
【0040】
樋部10を後付けする場合、当該樋部10となる低周波音防止部材(以下、符号10で示す。)としては、図3にも示すように、平板状の底板11と、この底板11の両側端部11a,11aから上方に延出する平板状の側板12,12とで構成された樋状の部材を用いると好適である。本形態は、底板11及び側板12のみで構成されるため、安価かつ簡易に製造することができる。また、底板11の両側端部11a,11aから上方に延出する平板状の側板12,12が設けられていることにより、樋部10上を流れる越流水が側方へ落下するおそれがなく、相互に隣接する樋部10間を落下する落下水W2とつながる(一帯化する)おそれがない。したがって、水膜が形成されるおそれがない。
【0041】
底板11及び側板12の素材は特に限定されず、例えば、鉄製とすることができる。また、底板11及び側板12は、鉄等を折り曲げ加工する等して一体的に形成してもよい。
【0042】
本形態の低周波音防止部材10においては、底板11の幅Yが15〜35cm、好ましくは20〜30cm、より好ましくは20〜25cmとされ、側板12の高さHが6〜14cm、好ましくは8〜12cm、より好ましくは10cmとされ、かつ、これら底板11及び側板12の堰1からの延出長Dが25〜35cm、好ましくは28〜32cm、より好ましくは30cmとされていると好適である。
【0043】
低周波音が問題となる越流水深E(図2参照)は、通常10cm以下であるところ、側板12の高さHが6cmを下回ると、底板11(樋部10)上を流れる越流水が側板12を乗り越えて側方へ落下するおそれがある。なお、越流水の側方への落下は、前述したように水膜の形成につながるおそれがある。他方、側板12の高さHが14cmを上回っても当該側方への落下防止効果に対する影響は小さく、材料コストの増加につながるおそれがある。
【0044】
また、底板11の幅Yが35cmを上回ると、越流水が樋部10上において束ねられず、樋部10から落下する落下水W1が水膜を形成するおそれがある。結果、水膜の振動を原因とする低周波音が、落下水W1から生じるおそれがある。他方、底板11の幅Yが15cmを下回っても底板11上において越流水を束ねる効果は大きく向上せず、低周波音防止部材10の設置数を増やす必要から生じる材料コスト、設置コストの増加につながるおそれがある。
【0045】
さらに、底板11及び側板12の延出長Dが25cmを下回ると、底板11上における越流水の水深が越流水深Eと同等にならず、落下水が水流を形成しなくなるおそれがある。他方、底板11及び側板12の延出長Dが35cmを上回っても落下水の水流形成に対する寄与が少なく、材料コストの増加、設置強度の低下等につながるおそれがある。
【0046】
図示例では、低周波音防止部材10の幅Y及び設置間隔Xを同じ長さとしたが、異なる長さとすることもできる。また、各低周波音防止部材10の幅Yを、それぞれ異なる長さとすることや、各設置間隔Xを、それぞれ異なる長さとすることもできる。さらに、図示例では、底板11及び側板12を平板状としたが、例えば、曲線状とすることもできる。
【0047】
なお、低周波音防止部材10の設置高さは特に限定されないが、通常、堰1の上端縁1Aと側板12の上端縁とが面一となる位置に設置される。また、低周波音防止部材10の設置数は特に限定されず、堰1が広い場合は設置数を増やし、堰1が狭い場合は設置数を減らすことになる。
【実施例1】
【0048】
次に、本発明による作用効果を明らかにするための模擬試験結果を示す。
前述実施の形態において説明した図3に示す形状の低周波音防止部材10を、図1に示すように、堰の1の幅方向に間隔をおいて複数設置(固定)し、低周波音防止部材10(底板11)の幅Y及び設置間隔Xが落下水から生じる低周波音に与える影響を調べた。
【0049】
この試験においては、側板12の高さHを10cm、底板11及び側板12の延出長Dを30cmとした。また、底板11の幅Y(設置間隔X)が20cmの場合、25cmの場合及び30cmの場合について試験を行うと伴に、低周波音防止部材10を設置しない場合についても試験を行った。なお、本試験は、落下水W1,W2の幅が低周波音に与える影響を調べるものであるため、底板11の幅Y及び設置間隔Xは同一とした。また、底板11及び側板12は鉄製とし、堰1に対して溶接により固定した。
【0050】
結果を、図11及び図12に示した。図11は騒音レベル(dB)と越流水深(cm)との関係を、底板11の幅Y(設置間隔X)ごとに示すグラフであり、図11の(a)はA特性値を、図11の(b)はG特性値を示す。また、図12は、越流水深4cmの場合における音圧レベル(dB)と周波数(Hz)との関係を、底板11の幅Y(設置間隔X)ごとに示すグラフである。
【0051】
この試験から、可聴音(A特性値)は、図11の(a)に示すように、低周波音防止部材10の設置による効果が少ないものの、低周波音(G特性値)は、図11の(b)に示すように、低周波音防止部材10の設置により、越流水深2cm以上の場合、10dB以上の低周波音防止効果があることが分かった。特に、低周波音防止部材10を設置しない場合には低周波音が卓越する越流水深2〜4cmにおいて、低周波音防止部材10の設置により20〜30dBの低周波音防止効果があることが分かった。
【0052】
また、底板11の幅Y(設置間隔X)について、越流水深2〜4cmの場合を考察すると、底板11の幅Y(設置間隔X)が30cmの場合と25cmの場合とでは、約4dBの差があったが、25cmの場合と20cmの場合とではほとんど差がなかった。したがって、底板11の幅Y(設置間隔X)は、30cmであるよりも20〜25cmであると、より好ましくなることが分かった。
【実施例2】
【0053】
次に、本発明による作用効果を明らかにするための現地実証試験結果を示す。
福島県喜多方市の諏訪頭首工土砂吐ゲート(堰)を対象とし、越流水深2〜7cmの場合について、実証試験を行った。なお、図13に示すように、当該ゲート1Xの幅(水路2の幅)は2.0m、高さは1.5mであり、ゲート1Xの中央部には、幅15cmのスポイラが備えられていた。
【0054】
結果を、図14に示した。図14は騒音レベル(dB)と越流水深(cm)との関係を、低周波音防止部材を設置した場合(スポイラも存在)と設置しない場合(スポイラは存在)とで比較して示すグラフであり、図14の(a)はA特性値を、図14の(b)はG特性値を示す。
【0055】
現況(設置しない場合)では、越流水深4cmのときに低周波音がピーク値を示し、約95dBとなる。これに対し、低周波音防止部材を設置した場合は、騒音レベルが約20dB低減した。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、農業用水路等に備わる堰を越流した後の落下水から生じる低周波音を防止するための構造及び装置として適用可能である。
【符号の説明】
【0057】
1…堰、1A…上端縁、10…樋部(低周波音防止部材)、11…底板、12…側板、100…低周波音防止構造。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
堰を越流した後の落下水から生じる低周波音を防止する構造であって、
前記堰の上端部に、下流側へ延出する樋部が、下記(A)〜(C)の条件を満たすように設けられている、
ことを特徴とする堰の低周波音防止構造。
(A)前記樋部は、前記堰の幅方向に間隔をおいて複数設けられている。
(B)前記樋部は、前記堰の上端縁よりも上方に突出しないように設けられている。
(C)前記樋部は、隣接する樋部との間隔が15〜35cmとなるように設けられている。
【請求項2】
前記樋部は、平板状の底板と、この底板の両側端部から上方に延出する平板状の側板とで構成されている、
請求項1記載の堰の低周波音防止構造。
【請求項3】
前記底板の幅が15〜35cm、前記側板の高さが6〜14cmとされており、
かつ、これら底板及び側板の前記堰からの延出長が25〜35cmとされている、
請求項1又は請求項2記載の堰の低周波音防止構造。
【請求項4】
堰を越流した後の落下水から生じる低周波音を防止する部材であって、
前記堰の上端部に取り付けられることにより、請求項1〜3のいずれか1項に記載の低周波音防止構造の樋部が構築される、
ことを特徴とする堰の低周波音防止部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−202467(P2011−202467A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−72764(P2010−72764)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【出願人】(000115463)ライト工業株式会社 (137)
【出願人】(591091087)株式会社建設技術研究所 (18)