説明

塗料及び空気調和機

【課題】樹脂表面への埃の付着を抑制する塗料、及び、その塗料が塗布された送風ファンを備える空気調和機を提供することを課題とする。
【解決手段】上記課題を解決するために本発明の塗料は、樹脂の表面に抗菌性を有する親水膜を形成する塗料であって、加水分解性残基を有するケイ素化合物、酸化ケイ素粒子,アルコール,環状エーテル構造の有機溶媒、及び、銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイド、を含有する。また、上記課題を解決するために本発明の空気調和機は、熱交換器と、熱交換器に空気を流すための送風ファンとを備え、送風ファンの樹脂表面に上述の塗料による親水膜が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂表面への埃の付着を抑制するための塗料、及び、その塗料が塗布された送風ファンを備える空気調和機に関する。
【背景技術】
【0002】
空気調和機は、室内空気を熱交換器内に循環させて、加熱,冷却,除湿された空気(調和空気)とし、これを室内に吹き出すことにより室内を空気調和する。
【0003】
室内空気を循環させる送風ファンは、長期の使用により、室内空気に含まれる埃が堆積し、その結果、送風ファンの騒音増大や送風性能低下を生じる。また、埃に含まれる菌,カビ類等の増殖により送風ファンが汚れる。埃の中にはカビ等の細菌も含まれ、これらが増殖し、送風により胞子を室内に拡散させる。しかしながら、送風ファンは、使用者の安全上、手の入りにくい構造で取り付けられており、送風ファンを取り外したり、付着した汚れを掃除することは非常に困難である。
【0004】
これに対して、送風ファンを清潔に保ち、送風性能を維持させるため、送風ファンにシリカ微粒子とフッ素微粒子とを含有する親水性/疎水性コーティング材をコーティングし、送風ファンへの埃の付着を抑制するようにした空気調和機がある(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−292069号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
主に、以下の原因により、送風ファンに埃が付着する。つまり、冬季の暖房運転において、室内循環空気と送風ファンとの摩擦によって発生する静電気により、送風ファンが帯電して埃が付着する。また、夏季の冷房運転において、空気調和機内部が高湿環境となり、送風ファンに水滴が付着しそこに埃が付着する。
【0007】
送風ファンの帯電を防止するためには、樹脂が帯電しないとされる1010Ω程度まで表面抵抗値を下げることが有効である。また、送風ファンに付着した水分をすばやく乾燥,除去することが有効である。しかしながら、特許文献1においては、疎水性で表面抵抗値が1018Ω程度と高いフッ素樹脂微粒子が含まれることから、送風ファン表面が帯電しやすく、従って、埃が送風ファンに付着,堆積しやすくなる。
【0008】
さらに、送風ファンの表面が疎水性になると、表面エネルギーが低下する。従って、冷房運転時に空気調和機内部が高湿環境となった場合、送風ファンに付着した水滴(水玉)が送風ファン表面から容易に離れ、室内空間へ飛び出し、空気調和機周辺の床などを汚すおそれがある。また、特許文献1では、フッ素樹脂微粒子の平均粒径を50〜500nmとしているが、粒子径が大きいため、コーティング膜は白濁するおそれがあり、結果として、送風ファンの外観を損なうおそれがある。
【0009】
本発明は、樹脂表面への埃の付着を抑制する塗料、及び、その塗料が塗布された送風ファンを備える空気調和機を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明の塗料は、樹脂の表面に抗菌性を有する親水膜を形成する塗料であって、加水分解性残基を有するケイ素化合物、酸化ケイ素粒子,アルコール,環状エーテル構造の有機溶媒、及び、銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイド、を含有する。
【0011】
また、上記課題を解決するために本発明の空気調和機は、熱交換器と、熱交換器に空気を流すための送風ファンとを備え、送風ファンの樹脂表面に上述の塗料による親水膜が形成される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、樹脂表面への埃の付着を抑制する塗料、及び、その塗料が塗布された送風ファンを備える空気調和機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】空気調和機の構成図。
【図2】室内機の側断面図。
【図3】送風ファンの全体図。
【図4】抗菌性を有する親水膜の断面写真。
【図5】送風ファンはね断面。
【図6】送風ファンの埃付着試験結果。
【図7】送風ファンの抗菌性試験結果。
【発明を実施するための形態】
【0014】
樹脂の表面に抗菌性を有する親水膜を形成する本発明の塗料について以下に説明する。本発明の塗料は、加水分解性残基を有するケイ素化合物、酸化ケイ素粒子,アルコール,環状エーテル構造の有機溶媒、及び、銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイド、を有する。
【0015】
加水分解性残基を有するケイ素化合物は膜のバインダーとして機能する。酸化ケイ素粒子は、表面に凹凸を形成したり、内部に空隙を形成することで、膜の表面積を増大させる。アルコール、及び環状エーテル構造の有機溶媒は溶剤として機能する。銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイドは抗菌剤として機能する。以下、これら本発明の塗料の各組成について説明する。
【0016】
(1)加水分解性残基を有するケイ素化合物
上述のように加水分解性残基を有するケイ素化合物は、加水分解性残基が加水分解する際、分子間でケイ素−酸素の結合を形成し、バインダーとして機能する。加水分解性残基としては、トリアルコキシシラン残基又はトリクロルシラン残基を用いることができる。
【0017】
アルコキシシラン残基を有するケイ素化合物としてはシリカゾルを用いることができる。シルカゾルは、テトラメトキシシラン,テトラエトキシシランテトラプロポキシシラン,テトライソプロポキシシラン,テトライソブトキシシラン,テトラブトキシシラン等のアルコキシシランが分子量数千程度に重合した化合物であり、アルコール系の溶媒に可溶である。これらの化合物を加熱することにより酸化ケイ素のバインダーを形成することができる。アルコキシシラン残基のアルコキシ基の炭素数は、反応性を考慮すると1〜4が好適である。これより多くなると、反応性が低下して、製膜に数時間〜数日かかるので不適である。
【0018】
これ以外の加水分解性残基を有するケイ素化合物として、アミノ基やクロル基,メルカプト基等を有する化合物を用いることができる。具体的には3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−クロロプロピルトリメトキシシラン、3−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン等が挙げられる。これらアミノ基やクロル基,メルカプト基等を有する化合物を用いると、酸化ケイ素粒子の分散性を向上させることができる。
【0019】
一方、膜の強度を高めるためにはアミノ基やクロル基,メルカプト基等を有する化合物よりも、シリカゾルが好適である。これはケイ素−酸素の結合の割合が大きくなるため、つまり膜の架橋密度が高まるためである。
【0020】
なお、膜の厚さは薄すぎると、酸化ケイ素粒子の保持力が弱くなるため、最低でも30nmは必要である。但し、厚すぎると、具体的には400nm以上になると、形成される膜と樹脂基板との線膨張係数差の影響により、低温又は高温下で膜にクラックが入るおそれがある。よって、膜厚は30〜400nmが好適であり、マージンを取って50〜300nmがより好適である。
【0021】
(2)酸化ケイ素粒子
酸化ケイ素粒子は表面に凹凸を形成したり、内部に空隙を形成することで、膜の表面積を増大させる。酸化ケイ素の平均粒子径を動的光散乱法の測定で100nm以上とすると、形成した親水膜が白濁し、意匠性を損ねる。従って、酸化ケイ素粒子の平均粒子径は動的光散乱法の測定で100nm以下が好適である。一方、粒子が小さくなるとかさ比重が小さくなり、特に動的光散乱法の測定で10nm未満になると、粒子径に対してかさ比重が急激に小さくなる。かさ比重が小さいと、空中に浮遊しやすくなるため、塗料調製で作業する際、局所排気設備が必要になる。しかし局所排気設備を作動させると、平均粒子径が動的光散乱法の測定で10nm未満では空中に浮遊する割合が増大するため、秤量が不正確になる可能性がある。従って、酸化ケイ素の平均粒子径は動的光散乱法の測定で10〜100nmが好適である。
【0022】
粒子の形状は球状,不定形の何れでもよい。表面積を大きくすることで親水性が向上する。表面積を大きくするには膜表面の算術平均粗さが大きい方が望ましい。水との接触角が10°以下まで低減させるには少なくとも膜表面の算術平均粗さは2nm以上が必要である。但し、膜表面の算術平均粗さが大きすぎると埃等の汚れが付着しやすくなる。発明者による実験の結果、膜表面の算術平均粗さが30nmを超えると、埃が付着しやすくなる傾向があった。以上より、膜表面の算術平均粗さは2〜30nmが好適である。
【0023】
(3)アルコール
アルコール及び後述する環状エーテル構造の有機溶媒は塗料の溶剤である。スプレー又はディップにより樹脂表面に塗布することを考慮すると、沸点はおおよそ100〜120℃程度が好適である。この範囲の沸点のアルコールとしては、沸点が118℃のノルマルブタノールを用いることができる。
【0024】
加水分解性残基を有するケイ素化合物がアルコキシシラン残基を有する場合、塗料中でアルコキシシラン残基が加水分解して、炭素数が1〜4のアルコール、即ちメタノール、エタノール、ノルマルプロパノール、2−プロパノール、ノルマルブタノール、2−ブタノール、tert−ブタノールを発生する。そのため、これらのアルコールも塗料中に若干混合することになる。但し、スプレー法やディップ法等で塗布する場合、塗料中ではバインダーに比べて溶媒の割合の方がはるかに大きいので、全体としてブタノールが主成分の混合アルコールとなる。
【0025】
(4)環状エーテル構造の有機溶媒
環状エーテル構造の有機溶媒もアルコールと同様塗料の溶剤である。環状エーテル構造の有機溶媒は、アクリル,ポリカ等、ほとんどの直鎖の熱可塑性樹脂を溶解できる。また、溶解しない樹脂でも、接触により膨潤させる傾向がある。そこで、本発明では、アルコールと環状エーテル構造の有機溶媒とを混合した混合溶媒を用いる。例えばアクリル樹脂やポリカーボネート樹脂等の直鎖の熱可塑性樹脂表面に本発明の塗料が触れた場合、表面が若干溶解し、細かな凹凸を形成する。他の樹脂の多くは溶解しないまでも膨潤し、その際、表面に凹凸を形成する。塗料はこの凹凸に入り込み、硬化する。製膜後は、膜の凹凸に入った部分がアンカー効果を持つことで膜の物理的強度を高める。
【0026】
環状エーテル構造の有機溶媒、いわゆる常温で液体の環状エーテル構造を有する有機化合物としては、エピクロルヒドリン、エピブロモヒドリン、1,2−エポキシペンタン、1,2−エポキシヘキサン、1,2−エポキシオクタン、1,2−エポキシデカン、1,2−エポキシドデカン、1,2−エポキシシクロペンタン、1,2−エポキシシクロヘキサン、1,2−エポキシシクロオクタン、1,2−エポキシシクロデカン、1,2−エポキシシクロドデカン、1,4−エポキシシクロヘキサン、1,4−エポキシシクロオクタン、1,4−エポキシシクロデカン、1,4−エポキシシクロドデカン等のグリシジル基を有する化合物、1,3−ジオキソラン、2,2−ジメチル−1,3−ジオキソラン等のオキソラン系化合物、1,4−ジオキサン、2,4−ジメチル−1,3−ジオキサン等のジオキサン系化合物、テトラヒドロフラン、2,5−ジメチルテトラヒドロフラン等のテトラヒドロフラン系化合物等が挙げられる。
【0027】
これらのうち、グリシジル基を有する化合物は高温でグリシジル基が開環して、アルコキシシラン基が分解して生じる水酸基等と反応する可能性がある。この反応が進むと膜強度が低下するおそれがある。オキソラン系化合物は過酸化物が生成しやすいので、ジブチルヒドロキシトルエン等の酸化防止剤を添加したり、衝撃を与えないようにする等、塗料の保存に注意を要する。これらを考慮すると、ジオキサン系の化合物,テトラヒドロフラン系の化合物が好適である。さらに、塗料の原材料費を低減できる点で、汎用の有機溶媒である1,4−ジオキサン,テトラヒドロフランがより好適である。
【0028】
なお、膜の密着性に関して調べたところ、塗料中の環状エーテル構造の有機溶媒の塗料含有割合が20〜40重量%のときに高い密着性が得られた。40重量%を超えると、樹脂表面が若干溶解又は膨潤し、表面凹凸が大きくなりすぎて平坦性が低下し、表面が白濁する等、意匠性が低下する傾向があった。20重量%未満では、密着性の向上を優位に確認できなかった。従って、塗料中の環状エーテル構造の有機溶媒の塗料含有割合は20〜40重量%が好適である。
【0029】
一方、発明者は本発明の塗料における溶剤(アルコール及び環状エーテル構造の有機溶媒)の割合についても検討した。本発明の塗料では、スプレー又はディップで塗布することで、膜厚50〜300nm程度の均一の薄膜を形成することができた。但し、塗料中の溶剤が少なすぎると、スプレーではノズルが詰まりやすく、ディップでは膜の平坦性が低下した。これはバインダーとして用いている加水分解性基を有するケイ素化合物が高濃度では常温でも硬化しやすくなり、また、酸化ケイ素粒子が高濃度では凝集しやすくなり、その結果、粒子径が数μm〜数十μmの固体が塗料中に生成されたためである。この固体がノズル詰まりを引き起こす。また、粒子径が数μm〜数十μmの固体が塗料中に含まれると、膜表面に数μmの凹凸が形成され、外観の光沢感が失われ、意匠性を低下させる。他の塗布法、例えばフローコートや、スピンコート等でも同様に、数μm〜数十μmの固体が引き起こす表面凹凸が意匠性を低下させる。
【0030】
従って、溶剤の割合は最低でも90重量%は必要である。また塗料の長期安定性を考えると95重量%以上が好ましい。但し、希釈しすぎると製膜時の膜厚確保が困難になるので、溶剤の割合は99重量%以下にすることが好ましい。
【0031】
(5)銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイド
本発明の塗料は、抗菌性を付与するため銀を無機酸化物粒子に付着させた状態のコロイドを含有する。例えば、以下の方法で、銀を無機酸化物粒子に付着させる。まず、粒子径が数nm〜数十nmの酸化ケイ素,酸化アルミニウム,酸化チタン,酸化ジルコニウム等の無機酸化物粒子からなるコロイドに陰イオン交換樹脂を加え、この状態で硝酸銀水溶液を僅かずつ添加する。この操作で陰イオン交換樹脂に硝酸イオンをトラップさせ、銀を無機酸化物粒子に付着させ、銀が付着した無機酸化物粒子からなるコロイドを製する。銀は酸化銀の構造で無機酸化物に付着する。なお、用いた陰イオン交換樹脂はろ過等で除くことができる。
【0032】
銀との密着性を考慮すると、無機酸化物粒子としては、酸化ケイ素,酸化アルミニウム,酸化チタン,酸化ジルコニウム,酸化鉄,酸化アンチモン,酸化セリウムが好適である。
【0033】
粒子径は小さいほど単位重量当たりの表面積が大きくなるので、粒子径を小さくするほど単位重量当たりの銀の付着量が大きくなり、抗菌性が向上する。一方、無機酸化物粒子の粒子径が大きくなると、溶剤との比重差の影響が大きくなるので沈殿しやすくなる。沈殿を生じにくくすること、つまりコロイドの安定性を向上させるには、粒子径は小さい方が好適である。
【0034】
抗菌性を発揮させるためには、銀を無機酸化物粒子に付着させた状態のコロイドの塗料中への添加量は、銀換算で1〜1000ppm程度が目安となる。これより少ないと、例えば0.5ppmでは、空気調和機の送風ファンへの抗菌付与としては不十分である。発明者による実験では、通常運転で1年程度経つとかなりの割合で送風ファンにカビが発生した。しかし、1ppmでは1年経ってもカビの発生は認められなかった。但し、1年間、温度30℃,湿度90%に保った場合、銀換算で10ppmでもカビが発生した。一方、1000ppm以上になると、銀を無機酸化物粒子に付着させた状態のコロイドの価格が、塗料の材料コストに占める価格のおおよそ半分以上までになるので、現実的ではない。よって、銀を無機酸化物粒子に付着させた状態のコロイドの添加割合は、銀換算で1〜1000ppmであり、より好ましくは10〜1000ppmである。
【0035】
他の抗菌剤に関しても検討した。有機系の抗菌剤としては、セチルピリジニウムクロライド等のピリジニウム塩系材料、ピリジン−N−オキシド,ジピリジル−N−オキシド,ベンズイミダゾール構造を有する化合物,チアゾール構造を有する化合物,イソチアゾール構造を有する化合物等が挙げられる。しかしながら、これらの有機化合物は、特に高湿条件では、表面に付着した水に徐々に溶解する。その水が膜中から膜表面に染み出して乾燥すると、抗菌剤が析出する。送風ファンの回転によりその析出物が飛散するため、長期使用により膜の抗菌作用が失われてしまう。
【0036】
銀系を含む無機系の化合物はこの傾向が軽微なので、抗菌作用は長期間持続する。一方、無機化合物でも銀系でない銅系,亜鉛系,ニッケル系,コバルト系等の化合物は、抗菌作用が銀系に比べて弱いので塗料に大量添加する必要がある。このような無機化合物を大量に添加すると、膜のバインダーとして添加している加水分解性残基を有するケイ素化合物の塗料中での割合が低下し、膜の物理的強度が低下するので、好ましくない。従って、本発明の塗料では銀系の抗菌剤を用いる。
【実施例1】
【0037】
以下、本発明の一実施例を図面に基づき説明する。本実施例は、本発明の塗料を空気調和機の室内機に備える送風ファンに塗布した場合の実施例である。
【0038】
まず、本実施例の空気調和機1の全体構成を、図1,図2を用いて説明する。図1は本実施例の空気調和機1の構成図、図2は図1の室内機2の側断面図である。
【0039】
図1において、空気調和機1は、室内機2と室外機3とを接続配管5で繋いで構成され、室内を空気調和する。室内機2の筐体9には、送風ファン14,フィルタ15,15′,熱交換器16,露受皿17,上下風向板18,左右風向板19等の基本的な内部構造体が取り付けられる。熱交換器16は送風ファン14の吸込側に配置され、略逆V字状に形成される。
【0040】
筐体9内に取り付けられた送風ファン14等の基本的な内部構造体は、化粧枠8を取り付けることにより室内機2内に内包される。化粧枠8の前面には前面パネル7が取り付けられる。前面パネル7の下方には運転状況を表示する表示部11と、別体のリモコン12からの赤外線の操作信号を受ける受光部10とが配置される。
【0041】
図2において、送風ファン14(全体の形状を図3に示す)を作動することにより、空気は白抜き矢印のように流れ、通過する空気中の埃はフィルタ15,15′に捕集される。フィルタ15,15′は、吸い込まれた室内空気中に含まれる埃を取り除くためのものであり、熱交換器16の吸込側を覆うように配置される。送風ファン14は、室内空気を空気吸込口6から吸い込んで、空気吹出口13から吹き出すように室内機2内の中央に配置される。
【0042】
空気調和機1は、室内空気を熱交換器16に循環させて、加熱,冷却又は除湿した調和空気にし、これを室内に吹き出すことにより室内環境を快適なものとする。このとき、循環空気中の埃を除去するフィルタ15,15′を熱交換器16の吸込み側に配置したので、循環空気中の埃はフィルタ15,15′で大半が捕集される。一方、埃の一部は、フィルタ15,15′の網目を潜って空気調和機1の内部に入り込む。空気調和機1の内部に入り込んだ埃は、空気調和機1内の風路に面した内壁に衝突し、跳ね返されて再び気流中に戻る。気流中に戻った埃は空気調和機1の吹出口から室内に吹き出される。
【0043】
しかしながら、空気調和機1の内部に入り込んだ埃の一部は、静電気的な力,重力の作用,化学的な親和力等の影響により、跳ね返されずに空気調和機1の内壁や送風ファン等の内部構造物に付着する。低湿度環境では静電気的な力が大きく作用するので、特に低湿度の冬に埃が付着しやすくなる。
【0044】
内壁等に付着した埃は、あるものは比較的短時間のうちに気流その他の影響で壁から剥離し、気流に乗って空気調和機1の外に運び出されるが、あるものは、比較的長時間壁に付着する。付着してから長時間が経過すると、埃の種類によっては物理化学的に変化し、含まれるカビ等の菌類が成長し、その分泌物や菌糸等で壁に強固に付着する。このようになると、付着した埃で送風ファンが目詰まりし、送風性能に悪影響を与える。また、分泌物の粘性で空気中の埃が更に壁に付着し易くなる。そうすると、菌類から悪臭が生じたり、カビ等の胞子が飛散する等して、室内の環境を悪化させる。
【0045】
従って、空気調和機1の内部に入り込んだ埃を内壁等に付着させないようにする、又は、仮に付着しても抗菌作用を奏するようにする必要がある。なお、「抗菌」という文言は純理論的,学術的に定義されていないので、おおよそ次の事例に当てはまるものとする。つまり、生活環境に生息する殺菌を対象として、一時的ではなくその効果は数週間から数年、ときには数十年持続し、殺菌レベルとしては、制菌,殺菌以下であり、長期にわたり生活環境の微生物学的衛生さを保つこと、を抗菌という(経済産業省が発行する白書より)。
【0046】
本実施例の抗菌性を有する親水膜を送風ファン14に形成すると、表面に水分子を保持するので表面抵抗が下がり、埃が付着しにくくなる。但し、完全に埃の付着を防ぐことはできないので、付着した埃中のカビ等の菌類が成長しないよう、本実施例の抗菌性を有する親水膜は銀系の抗菌剤を含有する。これにより、菌類から悪臭が生じたり、カビ等の胞子が飛散する等による環境悪化を抑制することができる。
【0047】
送風ファンの色は、空気調和機の外観の色,構造等を考慮して決められるが、形成される膜は酸化ケイ素粒子を含んでいるため、その一部が凝集すると白っぽく見えることがある。送風ファンの色が黒や比較的濃い色の場合は凝集に伴う白っぽさが気になる場合があるので、送風ファンの色はこれらが目立ちにくいグレー又は白が好適である。
【0048】
図4に樹脂層29表面に抗菌性を有する親水膜30を形成したサンプルの透過型電子顕微鏡(TEM)による断面写真を示す。黒っぽい部分が酸化ケイ素の存在割合が高い部分である。抗菌性を有する親水膜30の平均膜厚はおおよそ100nmであり、内部に酸化ケイ素粒子が分散している。なお、抗菌性を有する親水膜30の上の白い層は、TEMサンプルを作製する際に保護層として形成した炭素の層であり、本実施例の抗菌性を有する親水膜30の構成部分ではない。
【0049】
次に、抗菌性を有する親水膜を形成するための塗料の調製について説明する。酸化ケイ素粒子として、日本エアロジル製エアロジル130(平均粒子径は16nm)(15g)をn−ブタノール溶液(85g)に添加し、その後ホモジナイザーで分散する。添加当初は増粘するが、ホモジナイザーで分散させることにより粘度は徐々に低下する。粘度がほぼ一定になるまでホモジナイザーで分散させる。これに加水分解性残基を有するケイ素化合物として、シリカゾルを2重量%含有するn−ブタノール溶液(290g)、更にn−ブタノール(300g)、次にテトラヒドロフラン(300g)を加える。
【0050】
抗菌性を有する銀を有するコロイドの調製方法について説明する。まず、3重量%硝酸銀水溶液(5g)を撹拌中の20重量%酸化ケイ素コロイド分散液(5g)に約10分間かけてゆっくり加える。なお、酸化ケイ素コロイド分散液には加える硝酸銀水溶液中の硝酸イオンをトラップするのに必要な量の陰イオン交換樹脂を前もって加えておく。硝酸銀水溶液を加えた後、ろ過で陰イオン交換樹脂を除く。この液を先に酸化ケイ素粒子,シリカゾル,n−ブタノール,テトラヒドロフランを混合した液に加えることで、抗菌性を有する親水膜を形成するための塗料が調製される。この塗料では、銀を付着した酸化ケイ素コロイドが、銀換算で約100ppm添加される。
【0051】
次に、本実施例の抗菌性を有する親水膜の製膜について説明する。本実施例の塗料をスプレーガンの塗料タンクに充填し、アクリル基板に向かってスプレーする。塗料中の固形分量は約2重量%であり、比重がおおよそ1.7程度であるから、これを参考に単位面積当たりの塗布量を見積もる。
【0052】
塗布後、70℃で20分間乾燥し、アクリル基板上に抗菌性を有する親水膜を形成する。ここで、平均膜厚をそれぞれ約50,約100,約300,約350nmとした膜厚の異なるサンプルを作製し、JIS K5400の碁盤目法でアクリル基板に対する密着性を調べた。平均膜厚が約50,約100,約300nmの膜においては剥離部分が観測されなかった。しかし平均膜厚が約350nmの膜では数カ所膜剥がれが観測された。
【0053】
アクリル基板の代わりに、ポリカーボネート基板、及び、ガラス繊維を含有させたアクリロニトリル−スチレン重合体の基板でも同様の試験を行った。その結果、膜厚が約300nmまでは膜の剥離は観測されなかったが、平均膜厚が約350nmの膜では数カ所膜剥がれが観測された。従って、抗菌性を有する親水膜の膜厚は50〜300nmが好ましい。
【0054】
平均膜厚350nmのサンプルの膜の剥がれた部分を観察すると、膜の一部が基板上に若干残っていた。つまり、350nmの膜が全て剥離したのではなく、そのうちの数十〜300nm程度がテープに付着し、残りは基板上に残っていた。このことは膜が基板との界面ではなく膜内部で亀裂を生じて剥離したことを示している。このような剥離が生じた原因は、膜厚が厚くなりすぎたためであると考えられる。従って、膜厚は300nm以下が望ましい。
【0055】
次に、親水材料:コルコート株式会社製、コルコートN103X13.6重量%、バインダー:日産化学工業株式会社製、IPA−ST−UP39.4重量%、溶剤:ブタノール46.9重量%として、親水性塗料を調製する。この親水成分に対し、溶剤:テトラヒドロフラン30重量%、抗菌剤:日揮触媒化成株式会社製、UA−X1.0重量%を調合して、親水性塗料を作製する。ここで用いるUA−Xは銀が含有されている無機酸化物粒子の分散液である。
【0056】
この親水性塗料を送風ファン14にスプレー塗装し、図5に示す送風ファン14の羽根断面図のように送風ファン羽根31に親水塗装膜32を製膜する。製膜では、前述したとおり、薄膜化が送風ファン14の基材樹脂との密着性確保に重要となる。薄膜形成には、塗料の成分濃度管理工数や製膜時間等の量産性を考慮すると、ディッピングよりもスプレー塗装が好ましい。キシレン等の溶剤との揮発性を近くし、また、羽根の表面を若干膨潤させるために、塗料にテトラヒドロフランを混合して、溶剤の蒸発を促進することで、薄膜化を図り密着性も向上させることができる。
【0057】
この親水性塗料を製膜した送風ファン14の埃付着抑制効果,塗膜の密着性,耐久性について図6を用いて説明する。埃付着抑制効果の試験は、1m3の密閉されたボックス内に室内機2を設置し、ボックス内でサラダ油を熱しながら水分を滴下して油煙を発生させた状態で10分間、室内機2を弱風運転しながら、関東ローム層JIS粉体11種と糸埃コットンリンタを混合した20gの擬似埃を噴霧して強制的に送風ファン14に埃を付着させる。試験前後の送風ファン14の重量差を埃付着量とし、親水性塗装あり/なしでの埃付着量を測定して比較した(n=5)。試験の結果、親水性塗装なしの送風ファン14の埃付着量を100とした場合、親水性塗装ありの送風ファン14は17であり、約80%埃付着を抑制できることを確認した。その後、この試験を行った送風ファンを、−20℃,60℃、各2時間、20サイクルの繰り返し暴露と、20℃±5℃の水に浸漬して240時間放置する耐久性試験を行った後、再度埃付着試験を行った。試験の結果、親水性塗装なしの送風ファン14の埃付着量を100とした場合、親水性塗装ありの送風ファン14は16であった。冷熱繰返しなどの耐久性試験後も、テトラヒドロフランによる溶剤の塗料密着性向上により親水性膜は保持され、親水性による埃付着防止機能は低下しないことを確認した。
【0058】
次に、この親水性塗料の抗菌性について図7を用いて説明する。抗菌性の試験は、JISZ2801プラスチックの抗菌性試験に準じて実施した。試験検体として、対照区として抗菌作用のないJIS規格指定のポリエチレンフィルム、上述の親水成分に抗菌剤:日揮触媒化成株式会社製UA−Xを1重量%,3重量%,5重量%添加した親水性塗料を送風ファン樹脂片に塗装した4種類を用いた。各試験検体に、大腸菌,黄色ブドウ球菌それぞれを接種した後、24時間経過後の菌数(CFU:Colony forming unit)を測定して抗菌性を評価した。尚、試験は(財)日本紡績検査協会にて行った。試験の結果、抗菌剤を1重量%,3重量%,5重量%添加した試験体は、対照区試験片に対し、5桁(99.999%)〜6桁(99.9999%)の菌数減少効果を確認した。従って、抗菌剤は1重量%でも充分に抗菌効果があり、コスト抑制のためにも抗菌剤は1重量%とすることが望ましい。
【0059】
以上説明したように、本実施例の塗料は、樹脂の表面に抗菌性を有する親水膜を形成するための塗料であって、加水分解性残基を有するケイ素化合物,酸化ケイ素粒子,アルコール,環状エーテル構造の有機溶媒、及び、銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイド、を含有する。このような塗料を送風ファン14に塗装することにより、埃付着を防止し、抗菌性を付与できるので、送風ファン14を清潔に保つことができる。
【0060】
つまり、送風ファン14の樹脂母材の表面に本実施例の塗料をコーティングすることにより、送風ファンの表面抵抗値が低下し、埃付着を防止することができる。また、カビや菌の増殖を抑制し、送風ファンを清潔に保つことができる。さらに、埃による送風ファンの目詰まりも抑制するので、冷暖房性能の低下や騒音増大を抑制することができる。
【0061】
本実施例の塗料により形成される膜は、親水性が高く、樹脂表面と水との接触角は10°以下となる。また、表面に水分子を保持するため、表面抵抗が低く、相対湿度が70%の場合、表面抵抗は108Ω以下となり、相対湿度が50%の場合、表面抵抗は109Ω以下となり、相対湿度が30%の場合でも、表面抵抗は1010Ω以下となる。
【0062】
さらに、表面が吸湿性であり、表面が湿潤しているにもかかわらず、カビ等の細菌繁殖を抑制できる。これは銀を有する無機酸化物粒子が膜中に混合しているからである。
【実施例2】
【0063】
実施例1の塗料において、テトラヒドロフラン(300g)の代わりに1,4−ジオキサン(300g)を添加して塗料を調製し、碁盤目法で膜の密着性を調査した。その結果、テトラヒドロフラン(300g)の代わりに1,4−ジオキサン(300g)を添加しても、テトラヒドロフランを添加した塗料と同じ結果であった。
【0064】
実施例1の塗料において、テトラヒドロフランの添加量は30重量%である。そこで、テトラヒドロフランの添加量を0重量%,15重量%,20重量%,40重量%,45重量%とした5種類の塗料を作製した。これらの塗料を実施例1と同様の方法でアクリル基板に塗布,乾燥することで製膜した。
【0065】
その結果、テトラヒドロフラン添加量が20,40重量%の場合、碁盤目法で膜の密着性を調べたところ、膜厚50〜300nmの間で膜の剥離は観測されなかった。テトラヒドロフラン添加量が45重量%の場合は、アクリル基板が若干溶解し、白く変色していた。
【0066】
テトラヒドロフラン添加量が15重量%の場合、碁盤目法で膜の密着性を調べたところ、膜厚50〜100nmの間で膜の剥離は観測されなかった。しかしながら、300,350nmの膜では数カ所剥離が観測された。
【0067】
テトラヒドロフラン添加量が0%、つまり無添加の場合、碁盤目法で膜の密着性を調べたところ、いずれの膜厚でも数カ所剥離が観測された。
【0068】
テトラヒドロフラン添加量が100%の場合、アクリル基板を溶解する。塗料の場合、テトラヒドロフランは他の部材で希釈されているが、添加量が40重量%を超えるとアクリル基板を若干溶解する。従って、テトラヒドロフランの添加の上限は40重量%が好適である。
【0069】
一方、テトラヒドロフラン添加量が0%、15重量%では膜の密着性が低下した。テトラヒドロフランを添加することにより、基板が若干溶解又は膨潤し、これが膜と基板のアンカー効果を生じさせ、密着性を向上させていると考えられる。テトラヒドロフラン添加量が0%、15重量%ではこのアンカー効果が十分ではないので、密着性が低下したと考えられる。従って、テトラヒドロフランの添加量の下限は、20重量%が好適である。
【符号の説明】
【0070】
1 空気調和機
2 室内機
3 室外機
5 接続配管
6 空気吸込口
7 前面パネル
8 化粧枠
9 筐体
10 受光部
11 表示部
12 リモコン
13 空気吹出口
14 送風ファン
15,15′ フィルタ
16 熱交換器
17 露受皿
18 上下風向板
19 左右風向板
20 送風モータ
29 樹脂層
30 抗菌性を有する親水膜
31 送風ファン羽根
32 親水塗装膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂の表面に抗菌性を有する親水膜を形成するための塗料であって、
加水分解性残基を有するケイ素化合物、酸化ケイ素粒子,アルコール,環状エーテル構造の有機溶媒、及び、銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイド、を有する塗料。
【請求項2】
請求項1において、前記加水分解性残基を有するケイ素化合物はシリカゾルである塗料。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記酸化ケイ素粒子の平均粒子径は動的光散乱法による測定で10〜100nmである塗料。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れかにおいて、前記アルコールは、炭素数1〜4のアルコールの混合物であり、且つ、50%以上がn−ブタノールである塗料。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れかにおいて、前記環状エーテル構造の有機溶媒は、ジオキサン及びテトラヒドロフランの少なくとも何れかである塗料。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れかにおいて、前記環状エーテル構造の有機溶媒の塗料含有割合は20〜40重量%である塗料。
【請求項7】
請求項1乃至6の何れかにおいて、前記アルコール及び前記環状エーテル構造の有機溶媒の合計の塗料含有割合は95〜99重量%である塗料。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れかにおいて、前記銀を含有する無機酸化物粒子からなるコロイドの無機酸化物粒子は、酸化ケイ素,酸化アルミニウム,酸化チタン,酸化ジルコニウム,酸化鉄,酸化アンチモン、及び、酸化セリウムの少なくとも何れかである塗料。
【請求項9】
熱交換器と、前記熱交換器に空気を流すための送風ファンと、を備え、
前記送風ファンの樹脂表面に、請求項1乃至8の何れかに記載の塗料により親水膜が形成された空気調和機。
【請求項10】
請求項9において、前記親水膜の平均厚さが50〜300nmである空気調和機。
【請求項11】
請求項9又は10において、前記親水膜の算術平均粗さが2〜30nmである空気調和機。
【請求項12】
請求項9乃至11の何れかにおいて、前記送風ファンはガラス繊維を含有するアクリロニトリル−スチレン共重合体からなる空気調和機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−236941(P2012−236941A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−107772(P2011−107772)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(399048917)日立アプライアンス株式会社 (3,043)
【Fターム(参考)】