説明

塩基配列解析装置及びそのプログラム

【課題】正確なマトリックス値を求めることのできる塩基配列解析装置を提供する。
【解決手段】末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識した核酸断片試料を塩基長に従って分離し、前記蛍光色素の種類に対応させた4つの検出手段Da、Dg、Dc、Dtから得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置20において、前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形を表示装置60に表示させる泳動波形表示手段31と、泳動波形表示手段31によって表示された泳動波形上で、塩基の種類毎に後述の信号強度比率を求めるべき位置の指定をユーザから受け付ける指定入力受付手段32と、指定入力受付手段32で指定された位置における前記4つの検出手段の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段33とを設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩基配列解析装置及びそのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
核酸の塩基配列を決定するための一手法として、DNA合成反応を利用したサンガー法と呼ばれる手法が広く知られている。この手法では、各塩基に対応する4種のジデオキシヌクレオシド三リン酸類似体(ddNTP)の存在下で鋳型DNAに相補的なDNA鎖の合成反応を行う。DNAの伸長は、ddNTPが取り込まれた位置で停止するため、上記の合成反応によって一塩基分ずつ長さの異なるDNA断片群が生成される。また、上記サンガー法の一手法であるダイターミネータ法では、上記4種類のddNTP(ddATP,ddCTP,ddGTP,及びddTTP)が、それぞれ異なる蛍光色素によって標識されているため、各DNA断片には、伸長停止した末端の塩基の種類に応じた蛍光標識が付与される。このDNA断片群を電気泳動によって塩基長に従って分離すると共に、分離された各DNA断片に励起光を照射して蛍光色素を励起し、各蛍光色素に対応した4種類の検出器で各蛍光色素から発生する蛍光を順次検出する。そして、これらの検出器から出力される検出信号を波形処理することにより、鋳型DNAの塩基配列を同定することができる。
【0003】
上記4種類の検出器は4種類の蛍光色素群それぞれを最も感度よく検出するように設定されている。このような蛍光色素群の例として、dR110、dR6G、dTAMRA、dROXの4種の蛍光色素からなるBigDye(登録商標)ターミネータキットにおけるdRhodamine色素が挙げられる。dRhodamine色素に含まれる4種の蛍光色素の正規化された発光スペクトル(“ABIPRISM(登録商標)BigDye Terminator Cycle Sequencing Ready Reaction Kits”から引用)を図6に示す。各蛍光色素の発光スペクトルは決してシャープなものではなく、各色素に対応する検出器以外の検出器にも、そのすそ野部分が当然もれて検出される。例えば、dR6Gで標識されている塩基A(アデニン)の信号波形(図7)は、強度の差はあるが、4種類の検出器(Da, Dt, Dg, Dc)の全てで検出される。ここで、塩基A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)用の光検出器をそれぞれ、光検出器Da、Dg、Dc、Dtと呼ぶものとする。dR6Gで標識されている塩基A(アデニン)についての、光検出器Daによる信号強度をPa、光検出器Dtによる信号強度をPt、光検出器Dgによる信号強度をPg、光検出器Dcによる信号強度をPcとする。この時の信号強度比率(Pa:Pt:Pg:Pc)は一定なので、この値をもとに逆変換すれば、純粋に塩基Aだけのピーク波形が得られることになる。これは他の3種類の蛍光色素についても同じであり、蛍光スペクトルが別の塩基の蛍光スペクトルと重なっている場合にも、検出される波形は単なるスペクトルの加算と考えられる。したがって、4種類の蛍光色素についての信号強度比率が得られれば、それを行列に表し、その逆行列を元の検出されたピーク波形にかければ、各蛍光色素(4種類の塩基)のピーク波形が得られる。この信号強度比率を正確に求めることが、蛍光色素のマトリックス値を求めることである(非特許文献1及び特許文献1を参照)。
【0004】
ここで、各塩基のピーク波形の信号強度比率、及び各塩基による発光強度、各検出器で検出される信号強度を以下の記号で表す。
塩基Aのピーク波形の信号強度比率=APa(=1.0):APg:APc:APt
塩基Gのピーク波形の信号強度比率=GPa:GPg(=1.0):GPc:GPt
塩基Cのピーク波形の信号強度比率=CPa:CPg:CPc(=1.0):CPt
塩基Tのピーク波形の信号強度比率=TPa:TPg:TPc:TPt(=1.0)
塩基Aによる発光強度=Ia、検出器Daで検出される信号強度=Oa
塩基Gによる発光強度=Ig、検出器Dgで検出される信号強度=Og
塩基Cによる発光強度=Ic、検出器Dcで検出される信号強度=Oc
塩基Tによる発光強度=It、検出器Dtで検出される信号強度=Ot
このとき、各塩基による発光強度(Ia, Ig, Ic, It)と検出器で検出される信号強度(Oa, Og, Oc, Ot)は、次の行列の計算で表される。
【0005】
【数1】

【0006】
したがって、各検出器により得られた信号波形(Oa, Og, Oc, Ot)から元信号、すなわち純粋に各塩基だけの信号波形(Ia, Ig, Ic, It)を得るには、両辺に行列Mの逆行列をかければよい。この逆行列がマトリックス値である。
【0007】
ダイターミネータ法で蛍光色素のマトリックス値を得る方法としては、塩基ごとに異なる蛍光色索で修飾された塩基を一種類ずつ泳動し、4種類の蛍光波長を選択的に検出する4種類の検出器で得られた信号ピークの強度(高さ)を計測して行うのが一般的である。
【0008】
但し、実際のサンプルの塩基配列決定には、4種類の蛍光色素が混合された試薬キットが用いられるため、上記のようにしてマトリックス値をキャリブレーションするためには、塩基配列決定用の試薬キットとは別に、蛍光色素が別々になった特別な試薬キットが必要となる。このように塩基を一種類ずつ泳動するのは、まず、得られるピーク波形がどの塩基のものか明示的に区別がつかないためである。次に、ピーク波形について最も信号強度がある検出器をその塩基と仮定する(例えば、図7の場合には塩基A)手法を用いても、蛍光色素ごとの移動度の差から、そのピーク波形が一塩基からだけなっており、決して一部分たりとも他の塩基と重なってはいない、という保証はないためである。部分的に重なっていれば、信号強度比率が変化し、正確なマトリックス値が得られなくなる。
【0009】
以上のように、上記従来の方法では、塩基を一種類ずつ泳動する必要があるため、マトリックス値の算定に多くの時間と手間を要するという問題があった。また、上記のように塩基配列決定用の試薬キットとは別に特別な試薬キットが必要となるため、コストが嵩むという問題があった。
【0010】
これを解決するため、近年では、専用の試薬キットを用いることなく、実際のサンプル泳動によって得られた泳動波形から純粋に一塩基だけから成るピークを自動的に検出することにより、マトリックス値の算定に適した位置(即ち上記の信号強度比率を求める位置)を決定する機能を備えた塩基配列解析装置が開発されている。この塩基配列解析装置では、例えば、泳動波形上で同一塩基が連続する部分を塩基の種類毎に自動計算によって割り出し、当該位置における各検出器の信号強度比率を求めることにより、マトリックス値を算定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第3690271号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】中村、狭間、原田、山本、西根、「RISA384システムにおける開発技術」、島津評論、島津評論編集部、2002年3月、第58巻、第3・4号、pp.111−124
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上記のように自動計算によってマトリックス値の算定に適した泳動波形上の位置を決定する方法では、サンプルの種類や反応状態により、必ずしも正確にマトリックス値の算定に適した位置を割り出すことができない場合があった。
【0014】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、塩基を一種類ずつ泳動することなく、実際のサンプル泳動等によって得られた泳動波形を用いてマトリックス値を算定するに際し、当該泳動波形上でマトリックス値の算定に用いる位置(即ち各検出器による信号強度の比率を求めるべき位置)を適切に設定することのできる塩基配列解析装置及びそのためのプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために成された本発明に係る塩基配列解析装置は、末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、
a)前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、
b)前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段と、
c)前記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出するマトリックス値導出手段と、
を備え、
前記マトリックス値導出手段が、
d)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形を表示装置に表示させる泳動波形表示手段と、
e)前記泳動波形表示手段によって表示された泳動波形上で、塩基の種類毎に後述の信号強度比率を求めるべき位置の指定をユーザから受け付ける指定入力受付手段と、
f)前記指定入力受付手段で指定された各位置における前記4つの検出手段の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有することを特徴としている。
【0016】
このような構成によれば、泳動波形表示手段に表示された波形をユーザが参照し、前記信号強度比率を求めるべき位置として適当であるとユーザが判断した位置を前記指定入力受付手段によって受け付けることができる。一般に、上述した従来の自動計算による手法では信号強度比率を求めるべき位置を正確に割り出せないような場合であっても、ユーザが泳動波形を参照すれば、適切な位置が分かる場合がある。そのため、本発明の塩基配列解析装置によれば、マトリックス値の算定に適した位置をより正確に決定することが可能となる。
【0017】
なお、本発明に係る塩基配列解析装置は、前記の信号強度比率を求めるべき位置を、4種類の塩基の全てについてユーザが指定するものとしてもよく、一部の塩基についてのみユーザが指定するものであってもよい。後者の場合、まず、全ての塩基について信号強度比率を求めるべき波形上の位置を装置側が自動計算によって割り出した上で、当該位置を前記波形と共に表示装置に表示し、その後、ユーザがこれらの波形と位置を参照して、必要に応じて前記各位置を変更できるようにすることなどが考えられる。
【0018】
すなわち、本発明に係る塩基配列解析装置は、末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、
a)前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、
b)前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段と、
c)前記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出するマトリックス値導出手段と、
を備え、
前記マトリックス値導出手段が、
d)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づいて後述の信号強度比率を求めるべき指定位置を塩基の種類毎に決定する指定位置自動決定手段と、
e)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形と上記指定位置自動決定手段で決定された指定位置とを表示装置に表示させる指定位置表示手段と、
f)前記表示装置に表示された指定位置の変更をユーザから受け付ける指定位置変更手段と、
g)前記指定位置における前記4つの検出手段の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有することを特徴とするものであってもよい。
【0019】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るプログラムは、末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形を表示装置に表示させる泳動波形表示手段と、前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段とを備える塩基配列解析装置を制御するプログラムであって、前記塩基配列解析装置を、
上記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出する手段であって、
a)前記泳動波形表示手段によって表示装置に表示された泳動波形上で塩基の種類毎にユーザが指定した位置を、後述の信号強度比率を求めるべき位置として受け付ける指定入力受付手段と、
b)前記指定入力受付手段によって受け付けられた各位置における前記4つの検出器の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有するマトリックス値導出手段として機能させることを特徴としている。
【0020】
また、本発明に係るプログラムは、末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形を表示装置に表示させる泳動波形表示手段と、前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段とを備える塩基配列解析装置を制御するプログラムであって、前記塩基配列解析装置を、
上記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出する手段であって、
a)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づいて後述の信号強度比率を求めるべき指定位置を塩基の種類毎に決定する指定位置自動決定手段と、
b)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形と上記指定位置自動決定手段で決定された指定位置とを表示装置に表示させる指定位置表示手段と、
c)ユーザの操作に従って前記表示装置に表示された指定位置を変更する指定位置変更手段と、
d)前記指定位置における前記4つの検出手段の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有するマトリックス値導出手段として機能させることを特徴とするものであってもよい。
【発明の効果】
【0021】
上記構成を有する本発明に係る塩基配列解析装置及びプログラムによれば、塩基を一種類ずつ泳動することなく、より簡便に実際のサンプル泳動等によって得られた泳動波形を用いてマトリックス値を算定するに際し、該泳動波形上で信号強度比率を求めるべき位置をより適切且つ確実に設定することができるようになる。これにより、正確なマトリックス値を得ることができるようになり、結果的により精度の高い塩基配列決定を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施例に係る塩基配列解析装置を含む塩基配列解析システムの要部構成を示すブロック図。
【図2】同実施例の塩基配列解析システムにおいてマトリックス値を算定する際の手順を説明するフローチャート。
【図3】同実施例の塩基配列解析システムにおける画面表示の一例を示す図。
【図4】同実施例の塩基配列解析システムにおける画面表示の別の例を示す図。
【図5】本発明の他の実施例に係る塩基配列解析システムにおいてマトリックス値を算定する際の手順を説明するフローチャート。
【図6】dRhodamin色素の発光スペクトルを示す図。
【図7】各検出器で検出される塩基Aの信号ピーク波形を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照して説明する。図1は、本発明の一実施例に係る塩基配列解析装置を適用した塩基配列解析システムの構成を示すブロック図である。この塩基配列解析システムは、主に泳動装置10と解析装置20で構成されている。
【0024】
泳動装置10は、キャピラリー電気泳動によってサンプルの分離を行う電気泳動部11と、分離されたサンプルを検出するための蛍光検出部12を備えている。更に、蛍光検出部12は、キャピラリー内を流れるサンプルに励起光を照射する励起光学系13と各塩基に対応した光検出器とが設けられており、ここでは塩基A(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)用の光検出器をそれぞれ、光検出器Da、Dg、Dc、Dtと呼ぶものとする。
【0025】
電気泳動部11には図示しない電圧印加手段が設けられており、電気泳動用のゲルやポリマーなどの分離媒体を充填したキャピラリー(ガラス細管)を電気泳動部11にセットし、前記電圧印加手段によって該キャピラリーの両端に電圧を印加することでキャピラリーの一端からサンプル(DNA断片群)が導入され、キャピラリーの他端に向かって泳動される。サンプル中の各DNA断片は、キャピラリー内を移動する過程で塩基長に従って分離され、キャピラリーの終端付近で励起光学系13によって励起光を照射される。この励起光によって該DNA断片に付与された蛍光色素が励起されてそれぞれ特有の波長を有する蛍光を発生し、該蛍光が各光検出器Da、Dg、Dc、Dtによって検出される。
【0026】
この光検出器Da、Dg、Dc、Dtの各々による検出信号は、解析装置20に入力される。この解析装置20が本発明の塩基配列解析装置に相当する。解析装置20には各種データ解析のためのプログラムが格納されており、取得したデータに対してそれらのプログラムに従った解析処理を実行することにより、塩基配列の決定やマトリックス値の算定などを実行する。その結果は、解析装置20に付設されたモニタ60に表示されたり、あるいはプリンタ(図示略)に印字出力されたりする。なお、解析装置20はデータ処理のみならず、泳動装置10の各部の動作を制御する機能も有している。
【0027】
上記光検出器Da、Dg、Dc、Dtはキャピラリーの所定の位置を順次通過するDNA断片からの蛍光信号を時々刻々と採取する。従って、解析装置20では、図3に示すように、信号強度を縦軸とし、横軸に泳動時間を取ると蛍光強度波形となる蛍光強度波形信号が光検出器毎に取得されることとなる。図3に示す蛍光強度波形は、本明細書において「泳動波形」ともいう。なお、図3では各光検出器で得られた泳動波形を重畳して表示しているが、これらは画面上に並べて表示するようにしてもよい。
【0028】
解析装置20の実体は汎用のパーソナルコンピュータであり、CPUを中心に構成された中央制御部30は、機能的に、泳動波形生成部31、指定点決定部32、マトリックス値算定部33、マトリックス変換部34、及び塩基配列決定部35を含んでいる。また、中央制御部30にはキーボードやマウス等のポインティングデバイスから成る入力部70、モニタ60の画面上に表示する表示信号を出力する表示制御部50、ハードディスク装置などで構成される記憶部40等が接続されている。記憶部40は、中央制御部30による各種の解析結果などを記憶するものであり、マトリックス値算定部33で算定されたマトリックス値を記憶するためのマトリックス値記憶部41を含んでいる。
【0029】
泳動装置10の光検出器Da、Dg、Dc、Dtは、DNA断片の標識に用いられる4種類の蛍光色素のそれぞれを最も感度よく検出するように設定されている。しかしながら、各蛍光色素の発光スペクトルは或る程度の幅を有しているため、例えば、末端塩基がAのDNA断片に付与された蛍光色素は、該蛍光色素に対応付けられた光検出器Da以外の光検出器Dg、Dc、Dtにも一定の割合で検出されることとなる。従って、予め各蛍光色素の発光による4種類の光検出器Da、Dg、Dc、Dtの信号強度比率が得られれば、それを行列で表し、その逆行列、すなわちマトリックス値を各光検出器で検出されたピーク波形に掛けることで、純粋に一種類の塩基だけに由来するピーク波形を得ることができる。
【0030】
以下、このようなマトリックス値の算定時における本実施例の解析装置の動作について図2のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0031】
まず、泳動装置10において所定のサンプルを電気泳動する。ここで、サンプルは末端塩基の種類に応じた4種類の蛍光色素で標識されたDNA断片の混合物であり、所定の鋳型DNAと一般的な塩基配列解析用の反応試薬を用いたサンガー反応によって生成される。ここで、前記鋳型DNAの配列は4種類の塩基を含むものであれば特に限定されるものではない。また、電気泳動に供するサンプルとしては、マトリックス値の算定用に用意したサンプルを用いてもよく、あるいは塩基配列を決定しようとする実際のサンプルを用いてもよい。
【0032】
解析装置20は、泳動装置10の各光検出器Da、Dg、Dc、Dtから順次出力される蛍光強度波形信号を取得し(ステップS11)、泳動波形生成部31において、これらの波形信号からモニタ60の画面に表示するための描画データを生成する。該描画データは、表示制御部50を介してモニタ60に出力される。これにより、モニタ60の画面上には、図3に示すような各光検出器Da、Dg、Dc、Dtの出力に基づく4つの泳動波形を重畳した画像が表示される(ステップS12)。
【0033】
ユーザは、モニタ60に表示された泳動波形を参照して、塩基Aに関する信号強度比率を求めるべき位置として適当な位置を探し、入力部70で所定の操作(例えば、マウスのクリック操作と同時に所定のキーを押下)を行って当該位置を信号強度比率を求めるべき位置(以下、これを指定点と呼ぶ)として指定する(ステップS13)。これにより、入力部70からの指示信号が中央制御部30に入力され、指定点決定部32が当該指示信号に基づいた所定の画像表示を行うよう表示制御部50に指示を送る。これにより、画面上のユーザが指定した位置に塩基Aについての指定点を表す指定点マーク81が表示される。
【0034】
マトリックス値を正確に算定するためには、一種類の塩基だけが検出されている時点において上記信号強度比率を求めることが望ましい。そこで、上記のようにしてユーザが指定点を指定する際には、例えば、泳動波形上で同種の塩基が連続して出現する箇所などを当該塩基に関する指定点として指定する。特に、同一塩基が三個以上連続する箇所における最初と最後以外のピークは他種の塩基と重なっている可能性が低いため、このような位置を指定点として指定することが望ましい。また、各蛍光色素の分子量の違いに起因して各塩基の移動度も異なっており、移動度の大きい塩基と移動度の小さい塩基が連続する箇所ではピーク間隔が広くなる。従って、このような箇所では、ピークが他のピークと重ならずに独立している場合があるため、このようなピークの出現位置を指定点として指定してもよい。
【0035】
同様の操作を他の塩基G、C、Tについても行い(ステップS13)、全ての塩基に関する指定点の指定が完了したら、ユーザが入力部70を操作して画面上のOKボタン82を押下する。これにより、指定点マーク81が付与された位置が各塩基についての指定点として確定され、指定点決定部32によって、各指定点マーク81の水平方向の位置座標から各指定点に相当する蛍光強度波形信号上の位置(即ち泳動時間)が求められる。
【0036】
指定点決定部32にて求められた各指定点の位置情報は、マトリックス値算定部33に入力される。マトリックス値算定部33は、当該位置情報に基づいて、各指定点に相当する時間における各光検出器Da、Dg、Dc、Dtの蛍光強度波形信号の強度比率をそれぞれ算出する(ステップS14)と共に、これらの信号強度比率から行列をつくり、その逆行列を求めてマトリックス値とする(ステップS15)。以上により、得られたマトリックス値はマトリックス値記憶部41に保存される(ステップS16及び終了)。
【0037】
以上により得られたマトリックス値は、以降の塩基配列解析の際に自動的にマトリックス値記憶部41から読み出されて使用される。その際には、塩基配列を求めようとするサンプルを泳動装置10で電気泳動することにより得られた各光検出器Da、Dg、Dc、Dtからの蛍光強度波形信号がマトリックス変換部34に入力され、これらの蛍光強度波形信号にマトリックス値記憶部41から読み出したマトリックス値を掛けることにより、塩基の種類毎の波形信号が求められる。そして、マトリックス変換部34によって得られた塩基の種類毎の波形信号を塩基配列決定部35において所定のアルゴリズムに従って処理することにより塩基配列が決定され、その結果がモニタ60に出力される。このときの画面表示の一例を図4に示す。これは、図3中の各指定点マーク81で指定された位置における信号強度比率から求められたマトリックス値を用いて、図3中に示す蛍光強度波形信号をマトリックス変換して塩基配列決定を行った結果を示している。
【0038】
マトリックス値の算定は装置の立ち上げ時に一度行い、得られたマトリックス値をマトリックス値記憶部41に保存しておけば、以降の塩基配列決定時には保存しておいたマトリックス値を使用することができる。但し、泳動装置10の光学系の経時的変化や、反応試薬の経時変化による蛍光発光の微妙な違いなどにより、必ずしも過去に求めたマトリックス値が適合せず、正しい解析結果が得られない場合もある。そのような場合には、配列を決定しようとする実際のサンプルを用いてマトリックス値の算定を行うことも可能である。
【0039】
なお、上記では各塩基に関する指定点をユーザが全て手動指定する例を示したが、装置側が自動計算によって割り出した指定点を、ユーザが適宜変更できる構成としてもよい。この場合、指定点決定部32は、上述の機能に加えて、自動計算による指定点の割り出しを行う機能を備えたものとする。
【0040】
このような例における、マトリックス値算定時の解析装置20の動作を図5のフローチャートに従って説明する。まず、上記と同様のサンプルを用いた電気泳動による各光検出器Da、Dg、Dc、Dtからの蛍光強度波形信号が、泳動波形生成部31及び指定点決定部32に入力される(ステップS21)。指定点決定部32では当該波形信号から所定のアルゴリズムに従った自動計算により指定点として適した位置を割り出す(ステップS22)。即ち、上述したような、同一塩基が連続して出現する箇所や他のピークと重なっていないピークなどを塩基の種類毎に検出して、このような位置を仮の指定点とする。
【0041】
一方、泳動波形生成部31では入力された蛍光強度波形信号からモニタ60の画面に表示するための泳動波形の描画データが生成される。指定点決定部32で決定された仮の指定点の情報と泳動波形生成部31で生成された泳動波形の描画データは表示制御部50に出力され、表示制御部50は前記描画データ上に前記仮の指定点を表す指定点マーク81を重畳させた合成画像をモニタ60に出力する。これにより、モニタ60の画面上には、図3に示すような、各光検出器Da、Dg、Dc、Dtの出力に基づく4つの泳動波形と各塩基についての指定点マーク81とが表示される(ステップS23)。
【0042】
ここで、各指定点マーク81は、ユーザの操作によって水平方向に自由に移動できるものとなっている。ユーザは、これらの泳動波形及び指定点マークを参照して、各塩基に関する指定点マーク81の位置が適当であるか否かを検討し、必要に応じて入力部70で所定の操作(例えば、マウスのドラッグ操作)を行って、指定点マーク81を適当な位置に移動させる(ステップS24)。ユーザは全ての指定点マーク81が適切な位置に配置されたと判断したら、入力部70を操作して画面上のOKボタン82を押下する。これにより、指定点マーク81が付与された位置が指定点として確定され、指定点決定部32によって、各指定点マークの水平方向の位置座標から各指定点に相当する蛍光強度波形信号上の位置(即ち泳動時間)が求められる。その後、マトリックス値算定部33において前記蛍光強度波形信号上の各位置における各光検出器Da、Dg、Dc、Dtの信号強度比率からマトリックス値が求められ(ステップS25、S26)、得られたマトリックス値がマトリックス値記憶部41に記憶される(ステップS27)。
【0043】
以上、本発明を実施するための最良の形態について説明を行ったが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、上記の例では、泳動装置10と解析装置20が別体に構成された塩基配列解析システムを示したが、本発明の塩基配列解析装置は、泳動装置と一体に構成されたものであってもよい。また、上記では泳動装置として毛細管を用いたキャピラリー電気泳動装置を示したが、微細流路が内部に形成された平板を用いるいわゆるマイクロチップ式のキャピラリー電気泳動装置を用いてもよい。キャピラリー電気泳動装置のほか、スラブゲルを用いた電気泳動装置にも本発明を同様に適用可能である。
【符号の説明】
【0044】
10…泳動装置
11…電気泳動部
12…蛍光検出部
13…励起光学系
Da、Dg、Dc、Dt…光検出器
20…解析装置
30…中央制御部
31…泳動波形生成部
32…指定点決定部
33…マトリックス値算定部
34…マトリックス変換部
35…塩基配列決定部
40…記憶部
41…マトリックス値記憶部
50…表示制御部
60…モニタ
70…入力部
81…指定点マーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、
a)前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、
b)前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段と、
c)前記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出するマトリックス値導出手段と、
を備え、
前記マトリックス値導出手段が、
d)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形を表示装置に表示させる泳動波形表示手段と、
e)前記泳動波形表示手段によって表示された泳動波形上で、塩基の種類毎に後述の信号強度比率を求めるべき位置の指定をユーザから受け付ける指定入力受付手段と、
f)前記指定入力受付手段で指定された各位置における前記4つの検出手段の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有することを特徴とする塩基配列解析装置。
【請求項2】
末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、
a)前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、
b)前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段と、
c)前記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出するマトリックス値導出手段と、
を備え、
前記マトリックス値導出手段が、
d)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づいて後述の信号強度比率を求めるべき指定位置を塩基の種類毎に決定する指定位置自動決定手段と、
e)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形と上記指定位置自動決定手段で決定された指定位置とを表示装置に表示させる指定位置表示手段と、
f)前記表示装置に表示された指定位置の変更をユーザから受け付ける指定位置変更手段と、
g)前記指定位置における前記4つの検出手段の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有することを特徴とする塩基配列解析装置。
【請求項3】
末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形を表示装置に表示させる泳動波形表示手段と、前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段とを備える塩基配列解析装置を制御するプログラムであって、前記塩基配列解析装置を、
上記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出する手段であって、
a)前記泳動波形表示手段によって表示装置に表示された泳動波形上で塩基の種類毎にユーザが指定した位置を、後述の信号強度比率を求めるべき位置として受け付ける指定入力受付手段と、
b)前記指定入力受付手段によって受け付けられた各位置における前記4つの検出器の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有するマトリックス値導出手段として機能させることを特徴とするプログラム。
【請求項4】
末端塩基の種類毎に異なる蛍光色素で標識されたDNA断片群を塩基長に従って分離し、前記各蛍光色素に対応させた4つの検出手段から得られた蛍光強度波形信号に基づいて核酸の塩基配列を決定する際に用いられる塩基配列解析装置であって、前記4つの検出手段からの蛍光強度波形信号を取得する信号取得手段と、前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形を表示装置に表示させる泳動波形表示手段と、前記信号取得手段によって取得された蛍光強度波形信号にマトリックス変換を行って塩基の種類毎の信号波形を求め、該塩基の種類毎の信号波形に基づいて核酸の塩基配列を決定する塩基配列決定手段とを備える塩基配列解析装置を制御するプログラムであって、前記塩基配列解析装置を、
上記マトリックス変換のためのマトリックス値を導出する手段であって、
a)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づいて後述の信号強度比率を求めるべき指定位置を塩基の種類毎に決定する指定位置自動決定手段と、
b)前記4つの検出手段の蛍光強度波形信号に基づく泳動波形と上記指定位置自動決定手段で決定された指定位置とを表示装置に表示させる指定位置表示手段と、
c)ユーザの操作に従って前記表示装置に表示された指定位置を変更する指定位置変更手段と、
d)前記指定位置における前記4つの検出手段の信号強度比率を求め、該信号強度比率から前記マトリックス値を決定するマトリックス値決定手段と、
を有するマトリックス値導出手段として機能させることを特徴とするプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−30502(P2011−30502A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−180063(P2009−180063)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】