説明

増粘安定剤

【課題】 食品の製造や開発において多様なニーズに対応するため、新しい増粘安定剤を提供すること、及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】 グルクロン酸とガラクツロン酸とを含む多糖類を含有するものであって、前記多糖類は、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、およびプロピレングリコールエステルからなる群から選択される少なくとも一つの物質を含むことを特徴とする増粘安定剤によって達成される。この増粘安定剤は、例えば飲食品に用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分として含む多糖類のナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩およびプロピレングリコールエステルにマグネシウムイオンまたはカルシウムイオンを作用させて得られるゲル、さらには前記多糖類塩およびエステルを使用して得られる飲食品等に関する。
【背景技術】
【0002】
食品工業において種々のゲル化剤が使用されているが、その多くは多糖類である。例えば、果実からは、低pHと加糖によってゲル化する高メトキシルペクチンと、カルシウムなどの作用によってゲル化する低メトキシルペクチンが製造される(例えば非特許文献1)。また、海藻から製造されるカラギーナンや寒天は、加熱溶解した後、冷却することによってゲル化する(例えば非特許文献1)。さらに微生物の代謝物から製造されるカードランは、加熱することによってゲル化する(例えば非特許文献1)。それぞれの多糖類から得られたゲルは、そのゲル化する条件や物性が異なり、その特性を利用した多様なゲル食品の提供を可能としている。
本発明者は、長年に渡って、新規多糖類の開発研究に携わっている者であり、その内容の一部を特許出願している(特許文献1)。この文献には、モロヘイヤ、ツルムラサキ、オクラ、伊勢いも等のように、多糖類が全体に分布している原料から、多糖類を抽出する方法が開示されている。
【0003】
近年では、求められる機能が多様化・高度化し、従来使用されている多糖類の応用だけでは対応が困難な状況になりつつあり、新しい有用な多糖類の探索が重要な課題となっている。
また、上記特許文献1の技術によれば、増粘剤は得られるものの、これをゲル化剤とすることは困難であった。すなわち一般に、増粘多糖類は、ゲル化するものと、ゲル化が困難なものとに分類されるが、ほとんどの増粘多糖類は後者に分類される。食品等の分野においては、ゲル化する増粘多糖類を新規に提供することにより、その応用範囲が大きく拡がる可能性がある。このため、ゲル化する新規な増粘多糖類が望まれていた。
【0004】
【非特許文献1】國崎直道、佐野征男、「食品多糖類」、幸書房、2001年11月25日、p.43-204
【特許文献1】特開2007−231266号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、特に食品の製造や開発において多様なニーズに対応するため、新しい増粘安定剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者は、鋭意検討を重ねた結果、グルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分として含む多糖類のナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩およびプロピレングリコールエステルに、マグネシウムイオンやカルシウムイオンを作用させるとゲル化する現象を見出し、基本的には本発明を完成するに至った。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明でいうグルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩およびプロピレングリコールエステルを得るための原材料としては、特に限定されるものではないが、古くから食されている点で、モロヘイヤ葉から得られる多糖類を使用することが望ましい。
【0007】
本発明でいうモロヘイヤは、シナノキ科コルコルス属の植物であり、学名は Corchorus olitorius である。モロヘイヤ葉としては、何らの加工を施さないものの他に、磨りつぶしたもの、焙煎等により加熱処理したものなど種々のモロヘイヤ加工品も使用できる。さらに、ヘキサン、酢酸エチル、アセトン、メタノールなどの有機溶剤で脱脂したものも原料として使用できる。モロヘイヤ葉から多糖類を得るための方法は、特に限定されるものではないが、硫酸アンモニウム水溶液による分画方法が使用できる(特許文献1)。
【0008】
本発明でいうグルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のナトリウム塩を製造する方法は、特に限定されるものではないが、製造効率の点から、炭酸ナトリウムを用いるのが好ましい。反応条件については、特に限定されるものではないが、加熱、加熱還流または浸漬等があげられる。また、乾燥方法は、特に限定されるものではないが、室温、加熱、熱風および凍結乾燥、またはドラムドライ法、スプレードライ法等があげられる。
【0009】
本発明でいうグルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のカリウム塩を製造する方法は、特に限定されるものではないが、製造効率の点から、炭酸カリウムを用いるのが好ましい。反応条件については、特に限定されるものではないが、加熱、加熱還流または浸漬等があげられる。また、乾燥方法は、特に限定されるものではないが、室温、加熱、熱風および凍結乾燥、またはドラムドライ法、スプレードライ法等があげられる。
【0010】
本発明でいうグルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のアンモニウム塩を製造する方法は、特に限定されるものではないが、製造効率の点から、希アンモニア水を用いるのが好ましい。反応条件については、特に限定されるものではないが、加熱、加熱還流または浸漬等があげられる。また、乾燥方法は、特に限定されるものではないが、室温、加熱、熱風および凍結乾燥、またはドラムドライ法、スプレードライ法等があげられる。
【0011】
本発明でいうグルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のプロピレングリコールエステルを製造する方法は、特に限定されるものではないが、製造効率の点から、プロピレンオキシドを用いるのが好ましい。反応条件については、特に限定されるものではないが、加熱、加熱還流または浸漬等があげられる。また、乾燥方法は、特に限定されるものではないが、室温、加熱、熱風および凍結乾燥、またはドラムドライ法、スプレードライ法等があげられる。
【0012】
本発明でいう多糖類塩およびエステルを次のように処理し、低分子物質を除去してもよい。本発明の多糖類塩およびエステルを少量の水に溶解し、エタノール、ブタノール、プロパノール等の有機溶媒、または含水エタノール、含水ブタノール、含水プロパノール等の含水有機溶媒の1種または2種以上を添加し、懸濁させた後、遠心分離またはろ過により得た残渣を乾燥することで精製してもよい。
【0013】
この他の方法として、本発明の多糖類塩およびエステルを透析、イオンクロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー等により精製してもよい。
さらには、本発明の多糖類を精製する際に、タンパク質分解酵素処理により含有されるタンパク質を分解してもよい。タンパク質分解酵素として特に限定するものではないが、例えばパパイン、ペプシン、サブチリシン、トリプシン等があげられる。
【0014】
本発明でいう増粘安定剤とは、特に限定されるものではないが、水に溶解または分散して機能を発現するもので、食品の粘度を増加させたり、油脂の乳化を安定化させたり、ゲルを形成してゼリーを作ったり、食品にボディー感を賦与したりするものをいう。増粘安定剤としては、ゲル化剤、増粘剤、安定剤等があげられる。
【0015】
本発明でいう増粘安定剤を含有する飲食品とは、特に限定されるものではないが、ゼリー、プリン、ムース、ヨーグルト、羊羹などのデザート類、アイスクリームや氷菓等の冷菓類、ドレッシングやたれ等のソース類、果汁飲料、ココア飲料、ドリンクゼリー等の飲料、嚥下困難者用食品等があげられる。
【発明の効果】
【0016】
上記の製造方法によって得られた本発明の多糖類塩およびエステルは、マグネシウムイオンまたはカルシウムイオンの作用によってゲル化する性質を有し、物性の改良に利用できるので、例えば、増粘安定剤、飲食品、化粧品、医薬品に含有させることができる。これにより、本発明は、特に食品産業において、極めて重要な貢献ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施することができる。また、本発明の技術的範囲は、均等の範囲にまで及ぶものである。
<試験例1> グルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のナトリウム塩の製造方法
モロヘイヤ葉から、特許文献1に記載された方法で得られた高粘度多糖類1グラムを1%w/v炭酸ナトリウム水溶液100mLに溶解し、多糖類塩を形成させた。この多糖類溶液にエタノールを最終80%v/vになるように加えた。不溶化した多糖類塩を遠心分離によって回収し、段階的にエタノール濃度を上昇(最終99%v/v)させながら多糖類をエタノール水溶液で洗浄し、40℃で24時間乾燥し、多糖類のナトリウム塩を得た。
【0018】
<試験例2> グルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のカリウム塩の製造方法
モロヘイヤ葉から、特許文献1に記載された方法で得られた高粘度多糖類1グラムを1%w/v炭酸カリウム水溶液100mLに溶解し、多糖類塩を形成させた。この多糖類溶液にエタノールを最終80%v/vになるように加えた。不溶化した多糖類塩を遠心分離によって回収し、段階的にエタノール濃度を上昇(最終99%v/v)させながら多糖類をエタノール水溶液で洗浄し、40℃で24時間乾燥し、多糖類のカリウム塩を得た。
【0019】
<試験例3> グルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のアンモニウム塩の製造方法
モロヘイヤ葉から、特許文献1に記載された方法で得られた高粘度多糖類1グラムを1%v/vアンモニア水溶液100mLに溶解し、多糖類塩を形成させた。この多糖類溶液にエタノールを最終80%v/vになるように加えた。不溶化した多糖類塩を遠心分離によって回収し、段階的にエタノール濃度を上昇(最終99%v/v)させながら多糖類をエタノール水溶液で洗浄し、40℃で24時間乾燥し、多糖類のアンモニウム塩を得た。
【0020】
<試験例4> グルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分とする多糖類のプロピレングリコールエステルの製造方法
モロヘイヤ葉から、特許文献1に記載された方法で得られた高粘度多糖類1グラムを100 mLの水に溶解し、メタノールを最終80%v/vになるように加えた。不溶化した多糖類塩を遠心分離によって回収し、段階的にメタノール濃度を上昇(最終99%v/v)させた。
遠心分離で多糖類を回収し、水分約20%程度に調製した。等量のプロピレンオキシドと、触媒として若干量のアルカリを加え、混合し、70℃で時々かき混ぜながら6時間程度エステル化反応させた。エステル化反終了生成物をエタノールで洗浄し、遠心分離で回収し、40度で24時間乾燥し、多糖類のプロピレングリコールエステルを得た。
【0021】
<多糖類塩およびエステルのカルシウム溶液への滴下におけるゲル化の確認>
上記の方法にしたがって調製した本発明の多糖類塩およびエステルを水に溶解させた1%w/w溶液を、3%w/v塩化カルシウム水溶液に滴下し、ゲル化を確認した。
次に、試料の調製について説明する。
<実施例1>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のナトリウム塩0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類ナトリウム塩の水溶液を3%w/v塩化カルシウム水溶液に滴下した。
<実施例2>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のカリウム塩0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類カリウム塩の水溶液を3%w/v塩化カルシウム水溶液に滴下した。
【0022】
<実施例3>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のアンモニウム塩0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類アンモニウム塩の水溶液を3%w/v塩化カルシウム水溶液に滴下した。
<実施例4>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のプロピレングリコールエステル0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類プロピレングリコールエステルの水溶液を3%w/v塩化カルシウム水溶液に滴下した。
【0023】
図1は、それぞれ実施例1,2,3,および4を3%w/v塩化カルシウム水溶液に滴下し、約1分後の状態を撮影したものである。図1から明らかなように、実施例1,2,3,および4は、カルシウムの作用により、ゲル化することが認められた。
【0024】
<多糖類塩およびエステルの水溶液に対し、カルシウム溶液の噴霧におけるゲル化の確認>
上記の方法にしたがって調製した本発明の多糖類塩およびエステルを水に溶解させた1%w/w溶液に、3%w/v塩化カルシウム水溶液を噴霧し、ゲル化を確認した。
次に、試料の調製について説明する。
<実施例5>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のナトリウム塩0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類ナトリウム塩の水溶液を容器に注ぎ、3%w/v塩化カルシウム水溶液を約5秒間噴霧した。容器は10℃で12時間静置した。
<実施例6>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のカリウム塩0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類カリウム塩の水溶液を容器に注ぎ、3%w/v塩化カルシウム水溶液を約5秒間噴霧した。容器は10℃で12時間静置した。
【0025】
<実施例7>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のアンモニウム塩0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類アンモニウム塩の水溶液を容器に注ぎ、3%w/v塩化カルシウム水溶液を約5秒間噴霧した。容器は10℃で12時間静置した。
<実施例8>
上記の方法に従って調製した本発明の多糖類のプロピレングリコールエステル0.1グラムを水9.9グラムに撹拌しながら溶解させ、試料溶液を調製した。ゲル化の判定を容易にするため、若干量の食用赤色105号で着色させた。この多糖類プロピレングリコールエステルの水溶液を容器に注ぎ、3%w/v塩化カルシウム水溶液を約5秒間噴霧した。容器は10℃で12時間静置した。
【0026】
図2は、それぞれ実施例5,6,7,および8を室温に戻し、容器から取り出した状態を撮影したものである。図2から明らかなように、実施例5,6,7,および8は、カルシウムの作用によりゲル化することが認められた。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明で、グルクロン酸およびガラクツロン酸を主成分として含む多糖類の、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、およびプロピレングリコールエステルは、マグネシウムやカルシウムなどの2価金属イオンの作用でゲル化することを見出した。このような性質を有する多糖類は、加熱や冷却などの工程を経ることなく、他の食品の物性を著しく改良することが可能であり、増粘安定剤として有用である。このため、増粘安定剤として飲食品、化粧品、医薬品等に添加し、新しい物性を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の多糖類塩およびエステルの水溶液を、カルシウム水溶液に滴下し、ゲル形成を確認したものである。
【図2】本発明の多糖類およびエステルの水溶液に、カルシウム水溶液を噴霧し、ゲルの形成を確認したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルクロン酸とガラクツロン酸とを含む多糖類を含有するものであって、前記多糖類は、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、およびプロピレングリコールエステルからなる群から選択される少なくとも一つの物質を含むことを特徴とする増粘安定剤。
【請求項2】
請求項1に記載の増粘安定剤を含有する飲食品。
【請求項3】
グルクロン酸とガラクツロン酸とを含む多糖類に対して、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、およびプロピレンオキシドからなる群から選択される少なくとも一つの物質を反応させることにより、前記多糖類の塩または多糖類のプロピレングリコールエステルを製造することを特徴とする増粘安定剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の増粘安定剤または請求項3の製造方法によって製造された増粘安定剤について、マグネシウムイオンまたはカルシウムイオンを作用させることによりゲル化を促進することを特徴とする増粘安定剤の製造方法。
【請求項5】
請求項1に記載の増粘安定剤が、請求項3に記載の製造方法によって製造されたものであることを特徴とする増粘安定剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate