説明

変位制御方法

【課題】実施に伴う無駄を無くして経済性を向上させると共に、既存構造物を対象とした変位制御の精度を向上させる。
【解決手段】地中の掘削工事に伴って、近接している既存構造物3に発生する変位を制御する変位制御方法であって、既存構造物3、又は、その近傍地盤10に、縦方向、及び、横方向の経過的な変位量Hを計測する計測装置4を設置すると共に、地中掘削位置と既存構造物3との間の地盤中に固化性注入液Gを注入する注入装置5を設置し、予め、縦方向、及び、横方向の変位量Hの管理値Lをそれぞれ設定しておき、計測装置4による計測を開始し、計測している変位量Hが管理値Lに達したら、注入装置5による注入を開始することで土圧を上昇させ、変位量Hの減小化を図る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地下工事(例えば、根切り工事や杭工事や地盤改良工事や土留め壁の構築のように地中の掘削を伴う工事)に伴って、近接している既存構造物に発生する変位を制御する変位制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の変位制御方法としては、既存構造物(例えば、家屋や、樹木等の自然物)に近接して砂杭工法等の地盤掘削を行う際に、その地盤掘削による悪影響(砂杭打設時に使用する圧縮空気の圧力によって生じる地盤隆起)を緩和するために、地盤掘削範囲と既存構造物との間に、空気抜き用の砂利や採石等の透気性材料を充填した空気抜き杭を、地盤掘削より先に形成しておき既存構造物に地盤隆起の悪影響が及ばないようにするものや(例えば、特許文献1、2参照)、開削工事の実施に当たり、土留め壁の背面地盤の悪影響(土留め壁の撓み変形による背面地盤の地盤沈下)を緩和するために、その背面地盤を予め地盤改良工法によって固化させておくもの(例えば、特許文献3参照)があった。
尚、開削工事の場合は、一般的には、山留め壁の曲げ剛性を高くしたり、切梁支保工の数を増やして軸剛性を高くして土留め壁の撓み変形を少なくすることが実施されるが、それでも背面地盤に悪影響が生じる虞がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−107353号公報(図5,図6)
【特許文献2】特開平7−197442号公報(図1)
【特許文献3】特開2008−248649(図2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した従来の変位対策は、地盤掘削に伴って生じる地盤隆起を緩和する前者のもの、及び、地盤掘削に伴って生じる地盤沈下を緩和する後者のものの何れもが、地盤掘削に伴っては地盤隆起や沈下等の地盤変位が発生することを前提に実施される対策であるから、現実的な地盤変位の有無に拘わらず地盤掘削の前段階で実施される。即ち、地盤変位の発生状況に応じて変位を制御するものではなく、例えば、地盤掘削の影響が周辺に悪影響を与えないような場合でも対策工法が実施されることになり、経済性に欠ける問題点がある。更には、上述の各変位対策は、地盤掘削に伴って地盤変位が発生し始めた場合に、それを戻す方向に手段を講じるものではないから、結果的には、既存の構造物に対する予測変位の過不足が発生し易い。
しかも、対策工法を実施する際に行う地盤掘削によって、周辺地盤へ悪影響(例えば、地盤沈下等)が発生する危険性もあり、何れの対策工法についても既存構造物に発生する変位の制御精度が低い問題点がある。
【0005】
従って、本発明の目的は、上記問題点を解消し、実施に伴う無駄を無くして経済性を向上させると共に、既存構造物を対象とした変位制御の精度を向上させることができる変位制御方法を提供するところにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の特徴構成は、地中の掘削工事に伴って、近接している既存構造物に発生する変位を制御する変位制御方法であって、
前記既存構造物、又は、その近傍地盤に、縦方向、及び、横方向の経過的な変位量を計測する計測装置を設置すると共に、
地中掘削位置と前記既存構造物との間の地盤中に固化性注入液を注入する注入装置を設置し、
予め、前記縦方向、及び、横方向の変位量の管理値をそれぞれ設定しておき、
前記計測装置による計測を開始し、
計測している前記変位量が前記管理値に達したら、前記注入装置による注入を開始することで土圧を上昇させ、前記変位量の減小化を図るところにある。
【0007】
本発明の第1の特徴構成によれば、計測装置によって既存構造物の変位量(縦方向、横方向)を計測しながら、その変位量が、予め設定しておいた前記管理値に達したら、注入装置による注入を開始するものであり、無条件に注入を実施するのに比べて、最小限の注入施工によって既存構造物の変位を制御することができる。
また、変位量が前記管理値未満の状態では、注入施工を実施しないから、必要になった時のみ注入によって土圧を上昇させて既存構造物の変位量を減少させることができ、精度良く、既存構造物の変位制御を行うことができる。
また、変位量の減小化を図った後に、再度、変位量が管理値に達するようであれば、繰り返して注入を再開することもできる。
その結果、既存構造物を対象にした変位制御を、より経済的に、より精度よく実施することができるようになる。
【0008】
本発明の第2の特徴構成は、前記注入液による注入範囲は、地中の掘削工事範囲に沿った壁状範囲であるところにある。
【0009】
本発明の第2の特徴構成によれば、注入施工に伴って土圧を上昇させて既存構造物の変位量を減少させるについて、注入範囲が壁状範囲であるから、局部的な土圧の上昇ではなく、壁状の広い範囲に分散した状態で土圧を上昇させることができる。
その結果、応力集中の生じ難い状態で、無理なく既存構造物の変位量の減小化を図ることができる。
【0010】
本発明の第3の特徴構成は、前記注入液は、セメントを含んだ懸濁液であるところにある。
【0011】
本発明の第3の特徴構成によれば、一般的に地盤注入に使用される溶液系の注入液に比べて、固化後の強度が高く、且つ、固化後の収縮が少ないことから、安定した注入効果を維持することができ、既存構造物の変位量を減少させた状態を長く保つことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】変位制御方法の実施状況を示す斜視図
【図2】変位制御方法の実施状況を示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0014】
図1、図2は、本発明の変位制御方法の一実施形態を実施している建設現場を示すもので、新築ビルの建設現場である。
建設工事の実施に伴っては、基礎工事の実施に当たって土留め壁1を形成して地下部分2の地盤掘削を行うものである。地下部分の掘削に伴っては、掘削前の土圧の均衡状態が変化することになるから、周辺地盤に地盤変位(特に、地盤沈下や地盤掘削側への移動)が発生しやすい状況にある。但し、当該実施形態においては、土留め壁1の形成やその内側の地盤掘削に伴って発生する地盤変位を主に説明しているが、地盤変位は、他の地下工事(例えば、杭の設置工事や、地中穿孔を伴う補助工事等)によっても生じる危険性がある。
また、当該実施形態においては、建設現場に近接して、例えば、地下鉄等の既存構造物3が地中に設けられており、前記地盤掘削による前記地盤変位の悪影響が、この既存構造物にも作用することが懸念される。
ここでは、地下部分の掘削工事に伴って既存構造物3に発生する変位(沈下や地盤掘削側への移動)を制御する方法について説明する。
【0015】
〔1〕 既存構造物3に、縦方向(横断面での上下方向)、及び、横方向(横断面での左右方向)の経過的な変位量Hを計測する計測装置4を設置する。
〔2〕 地中掘削位置と既存構造物3との間の地盤中に固化性注入液Gを注入する注入装置5を設置する。
〔3〕 予め、既存構造物3における縦方向、及び、横方向の変位量Hの管理値Lをそれぞれ設定しておく。尚、既存構造物3には、管理値Lの他に、極限の変位量となる限界値が設定されており、前記管理値Lは、この限界値よりも小さな値に設定される。
〔4〕 計測装置4による計測を開始すると共に、地中の掘削工事を開始する。
〔5〕 地中の掘削工事に伴って地盤変位が発生。
〔6〕 計測している変位量Hが管理値Lに達したら(又は上回ったら)、前記注入装置5による注入を開始することで土圧を上昇させ、その結果、既存構造物3を元の位置に戻すように前記変位量Hの減小化を図る。
【0016】
以上の工程によって、既存構造物3に沈下等の変位が発生しても、注入液Gの注入によって土圧を増加させ、既存構造物3の変位を戻すことができる。
また、上述の各工程の詳細について、以下に説明する。
【0017】
既存構造物3は、図2に示すように、本実施形態では、シールドトンネルによって構成してあり、その内空部には、軌道が設置してあり、電車が往来できるように形成されている。
【0018】
計測装置4は、既存構造物3の内周壁に設置できるもので、図1に示すように、計測範囲において既存構造物3の長手方向に間隔をあけた複数個所にそれぞれ固着するセンサー部4aと、計測範囲を通過してその両外側に端部が固定され、各センサー部4aを貫通する状態に直線状に張り渡された基準ライン部4bとを備えて構成してある。
センサー部4aは、図2(a)に示すように、基準ライン部4bを挟んで対向配置された透光部6と受光部7とを備えて構成してある。透光部6から受光部7に向けて帯状の測定光を照射し、受光部7でその測定光を受光する。照射された測定光は、基準ライン部4bが位置する部分では遮られるから、受光部7においてはその影を検出できる。影の位置を経時的に測定していることで、センサー部4aと基準ライン部4bとの相対移動を検出することができる。
透光部6と受光部7との対向方向を、既存構造物3の横断面での左右方向に向けて設置する対と、横断面での上下方向に向けて設置する対とを設けることで、既存構造物3の上下左右の変位を検出することができる(図1参照)。
【0019】
尚、検出結果は、リアルタイムで制御コンピュータに送信されており、継続的に管理を行うことができる。
因みに、変位量Hの管理値Lは、当該実施形態の場合は、例えば、車両運行する上での軌道変位の許容値等を考慮して設定される。常識的には、数mmオーダーの値が設定される。
また、検出した変位量Hが、この管理値Lに達したら、制御コンピュータから、注入開始を知らせる警告信号が出される。
【0020】
注入装置5は、上下に間隔をあけて複数の注入スリットを備えた注入用外管5aを、ボーリングマシーン等で予め地盤内に設置しておき、その内空側にパッカ付きの注入用内管5bを挿入して、地上の注入プラント5cに備えたグラウトポンプを用いて任意の深度の注入スリットから地盤内に注入液Gを注入できるように構成されている。所謂「ダブルパッカー方式」や「シングルパッカー方式」の注入装置である。
注入用外管5aは、土留め壁1の背面(既存構造物3に対向する面)側に沿って設けられ、既存構造物3の長手方向に間隔をあけて複数本設置されている。基本的には、土留め壁1の施工平面範囲の全長にわたって分散配置してある。
注入用外管5aの注入スリットは、予め設定した深度にわたって、上下に間隔をあけて形成されており、注入用内管5bの挿入深度を、各注入スリットの中から任意の注入スリットに合わせることで、その注入スリットを通して地盤内に注入することができる。この注入は、何回でも繰り返して実施できると共に、対象とする注入スリットを移動して任意の場所で実施することができる。
各注入用外管5aからの注入が実施されると、注入範囲は土留め壁1に沿った壁状範囲となる。
尚、注入は、既存構造物3の変位量Hが管理値Lより小さい値に戻れば停止する。
【0021】
前記注入液Gは、各種注入材を任意に選択することができる。一例としては、セメントを含んだ懸濁液があり、配合の一例は、水ガラス水溶液と、セメント懸濁液とを、個別に調合しておき、これらを注入用内管5bの中で合わせることで適度なゲルタイムが得られるようにしたものや、別の例としては、セメントとベントナイトとを含んだセメント縣濁液の一液で構成されたもの等を挙げることができる。
【0022】
本実施形態の変位制御方法によれば、既存構造物3の変位量Hが管理値Lに達したら注入を開始するから、最小限の注入施工によって既存構造物3の変位を精度良く制御することができる。
また、注入範囲が壁状範囲であるから、応力集中の生じ難い状態で、無理なく既存構造物3の変位量の減小化を図ることができる。
【0023】
〔別実施形態〕
以下に他の実施の形態を説明する。
【0024】
〈1〉 計測装置4は、先の実施形態で説明した透光部6と受光部7と基準ライン部4bとからなる形式に限るものではなく、適宜、他の形式のものであってもよい。
また、計測装置4の設置は、既存構造物3の内周面に限るものではなく、外周面であってもよい。更には、既存構造物3の近傍地盤10に埋設してあってもよい。
それらを総称して計測装置4という。
〈2〉 既存構造部3は、先の実施形態で説明したシールドトンネルに限るものではなく、例えば、ボックスカルバートや、地上建物等であってもよい。
〈3〉 注入装置5は、先の実施形態で説明したものに限るものではなく、例えば、二重管で構成された注入管を用いて、2液を注入管の先端まで個別に送り、先端側で混合させることで短いゲルタイムの注入材を注入できる所謂「2ショット方式」の注入装置や、単管で構成された注入管を用いて、2液を注入管の頭部で混合させて注入管の先端まで送って地盤へ注入を行う所謂「1.5ショット方式」の注入装置等、既存の注入装置を採用することができる。
【0025】
尚、上述のように、図面との対照を便利にするために符号を記したが、該記入により本発明は添付図面の構成に限定されるものではない。また、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0026】
3 既存構造物
4 計測装置
5 注入装置
10 近傍地盤
G 注入液
H 変位量
L 管理値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
地中の掘削工事に伴って、近接している既存構造物に発生する変位を制御する変位制御方法であって、
前記既存構造物、又は、その近傍地盤に、縦方向、及び、横方向の経過的な変位量を計測する計測装置を設置すると共に、
地中掘削位置と前記既存構造物との間の地盤中に固化性注入液を注入する注入装置を設置し、
予め、前記縦方向、及び、横方向の変位量の管理値をそれぞれ設定しておき、前記計測装置による計測を開始し、
計測している前記変位量が前記管理値に達したら、前記注入装置による注入を開始することで土圧を上昇させ、前記変位量の減小化を図る変位制御方法。
【請求項2】
前記注入液による注入範囲は、地中の掘削工事範囲に沿った壁状範囲である請求項1に記載の変位制御方法。
【請求項3】
前記注入液は、セメントを含んだ懸濁液である請求項1又は2に記載の変位制御方法。

【図1】
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【図2】
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