説明

変圧器の騒音予測方法

【課題】変圧器において発生する騒音を、高精度に予測できる方法を提供する。
【解決手段】方向性電磁鋼板の複数枚を積層して締め付け固定してなる鉄心を備える、変圧器において発生する騒音を、方向性電磁鋼板試料を用いて予測するに当たり、鉄心を所定の磁束密度まで励磁した際の鉄心内の磁束密度波形を求め、次いで試料に、鉄心内の磁束密度波形が発生する、励磁電圧を試料に与えて試料に発生する磁歪振動を測定し、該測定された磁歪振動に鉄心構造における締め付けの影響を加味して騒音を予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の騒音予測方法に関し、特に変圧器において発生する騒音を高精度に予測する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保全への関心の高まりから、変圧器において発生する騒音を低減するために、その鉄心材料である方向性電磁鋼板に対しても低騒音化への対応が強く求められている。変圧器における騒音の主な要因は、鉄心材料である方向性電磁鋼板の磁歪振動にあることが知られている。そのため、励磁の際に方向性電磁鋼板に発生する磁歪振動を測定して騒音を評価することが肝要となる。
【0003】
磁歪振動の測定は、1枚の方向性電磁鋼板の試料に正弦波波形を有する励磁電圧を与えて所定の磁束密度まで励磁し、試料に発生する磁歪振動の変位波形を、例えばレーザドップラ振動計を用いて測定するのが一般的である。こうして得られた磁歪振動の変位波形から、変圧器において発生する騒音を予測する方法が提案されている。
例えば、特許文献1には、磁歪振動の変位波形を時間微分して変位速度を計算し、次いで該変位速度に対して音圧を表す式を適用して磁歪を音圧として表し、さらに聴感補正を施すことにより、磁歪振動波形を変圧器の騒音レベルに近い値に変換して騒音を評価する方法が提案されている。
【0004】
また、非特許文献1には、鉄心から発生する騒音が磁歪振動の加速度に良く対応するという知見から、磁歪振動の調波成分から磁歪振動加速度レベルを求めることにより、変圧器の騒音を評価する方法が提案されている。
【0005】
しかし、特許文献1および非特許文献1の方法は、騒音の評価としてある程度有用ではあるものの、精度の面で不十分であった。そこで、特許文献2には、励磁により方向性電磁鋼板試料に発生する磁束密度波形が、変圧器鉄心内のものとは異なるという知見から、変圧器鉄心内の磁束密度波形を電磁鋼板試料に発生する励磁電圧を与えることにより、騒音を高精度に予測する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3456742号公報
【特許文献2】特開2009−236904号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】川崎製鉄技報、vol.29 No.3 1997,pp36−40
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2に記載の方法を以てしても、騒音の予測精度が依然として低いことが問題となっていた。
そこで、本発明の目的は、変圧器において発生する騒音を高精度に予測する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記課題を解決するための方途について鋭意検討した。そのために、まず予測精度が低い原因について検討したところ、変圧器鉄心内の磁束密度波形を発生させる励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与えて励磁しても、変圧器鉄心に発生する磁歪振動波形と、方向性電磁鋼板試料に発生する磁歪振動波形とが相違することが判明した。発明者らは、この相違の原因についてさらに詳細に検討した結果、変圧器鉄心を構成する複数枚の方向性電磁鋼板は積層されてボルト等により締め付け固定されているが、その締め付けにより磁歪振動波形が変化することを突き止めた。そこで、予測精度を向上させる方途について検討した結果、励磁により方向性電磁鋼板試料に発生する磁歪振動に対して、鉄心構造における締め付けの影響を加味することが有効であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
即ち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)方向性電磁鋼板の複数枚を積層して締め付け固定してなる鉄心を備える、変圧器において発生する騒音を、方向性電磁鋼板試料を用いて予測するに当たり、前記鉄心を所定の磁束密度まで励磁した際の鉄心内の磁束密度波形を求め、次いで前記試料に、前記磁束密度波形が発生する、励磁電圧を前記試料に与えて試料に発生する磁歪振動を測定し、該測定された磁歪振動に鉄心構造における締め付けの影響を加味して前記騒音を予測することを特徴とする変圧器の騒音予測方法。
【0011】
(2)前記鉄心は3相変圧器鉄心である、前記(1)に記載の変圧器の騒音予測方法。
【0012】
(3)前記測定された磁歪振動に対して高調波解析を行い、得られた高調波の成分毎に、前記鉄心構造における締め付けの影響を加味する、前記(2)に記載の変圧器の騒音予測方法。
【0013】
(4)前記電圧の波形は、t:時間、f:周波数、A:基本波の成分に対する第3次高調波の成分の重畳割合、θ:位相角として以下の式(1)で与えられ、前記位相角θを−180°以上+180°以下の範囲において45°以下の間隔でサンプルし、該サンプルされた各位相角にて前記磁歪振動を測定し、該測定された各位相角での磁歪振動の平均値を前記試料に発生した磁歪振動とする、前記(2)または(3)のいずれかに記載の変圧器の騒音予測方法。ただし、Aは0.05〜0.2である。

【数1】

【0014】
(5)前記電圧の波形は、t:時間、f:周波数、A:基本波の成分に対する第3次高調波の成分の重畳割合、θ:位相角として以下の式(2)で与えられ、50°以上70°以下の範囲における1つの位相角θにて前記磁歪振動を測定する、前記(2)または(3)のいずれかに記載の変圧器の騒音予測方法。ただし、Aは0.05〜0.2である。

【数2】

【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、励磁により方向性電磁鋼板試料に発生する磁歪振動に、鉄心構造の締め付けの影響が加味されるため、変圧器における騒音を高精度に予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】方向性電磁鋼板を締め付け固定しなかった場合の磁歪振動の周波数成分に対する、方向性電磁鋼板を締め付け固定した場合の磁歪振動の周波数成分の変化割合を示す図である。
【図2】鉄心構造における締め付けの影響を(a)加味した場合、および(b)加味しない場合に対する、変圧器鉄心から発生する騒音の予測値と実測値との関係を示す図である。
【図3】鉄心構造における締め付けの影響を(a)加味した場合、および(b)加味しない場合に対する、変圧器鉄心から発生する騒音の予測値と実測値との関係を示す図である。
【図4】鉄心構造における締め付けの影響を(a)加味した場合、および(b)加味しない場合に対する、変圧器鉄心から発生する騒音の予測値と実測値との関係を示す図である。
【図5】鉄心構造における締め付けの影響を(a)加味した場合、および(b)加味しない場合に対する、変圧器鉄心から発生する騒音の予測値と実測値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
まず、本発明を想到するに至った実験結果について説明する。
実機変圧器における騒音の評価は、実機変圧器としての小型モデル変圧器を作製し、この小型モデル変圧器を励磁した際に鉄心から発生する騒音と、方向性電磁鋼板試料を励磁した際に発生する騒音とを比較することにより行った。実機変圧器の鉄心内の磁束密度波形を測定することは現実的には困難であるため、実機変圧器を模した小型モデル変圧器を作製し、この小型モデル変圧器を励磁して発生する磁束密度波形および騒音を測定することにより評価した。
【0018】
そこでまず、小型モデル変圧器を作製した。即ち、鉄心素材として、板厚0.23mmの方向性電磁鋼板を用意し、これらを70枚積層して76本のボルトにより締め付け固定して3相3脚のステップラップ型の鉄心を作製した。得られた変圧器の重量は約21kg、外径寸法は500mm×500mm×15mmである。また、ヨーク部は2分割Vノッチとし、また、2枚重ねの5段ステップラップとした。
【0019】
これとは別に、上記鉄心素材の予備として残しておいた方向性電磁鋼板から、変圧器の騒音予測に用いる300×100mmの鋼片を切り出して方向性電磁鋼板試料とした。
【0020】
上記作製した小型モデル変圧器を周波数50Hzで1.7Tまで励磁し、変圧器鉄心内の磁束密度波形および鉄心から発生した騒音を測定した。
同様に、磁歪測定装置を用いて方向性電磁鋼板試料を周波数50Hzで1.7Tまで励磁し、発生した磁歪振動の板厚方向成分をレーザドップラ振動計により測定した。その際、小型モデル変圧器における複数の位置にて磁束密度波形を求め、その典型的な磁束密度波形が発生する電圧を方向性電磁鋼板試料に与えた。得られた磁歪振動の波形に対して高調波解析を施し、後述する非特許文献2の方法により変圧器の騒音の予測値を得た。
【0021】
その結果、方向性電磁鋼板試料の磁歪振動から得られた騒音の予測値は、小型モデル鉄心から発生する騒音よりも小さい傾向にあり、予測値と実測値との誤差が大きかった。
【0022】
このように、鉄心を構成する方向性電磁鋼板の磁歪特性により、騒音の予測精度が依然として低いことが分かった。そこで、この原因について検討した結果、小型モデル変圧器を励磁した際に鉄心に発生する磁歪振動の波形が、方向性電磁鋼板試料のものとは異なることが判明したのである。
【0023】
発明者らはさらに、磁歪振動波形が小型モデル変圧器と方向性電磁鋼板試料とで異なる原因について詳細に検討した結果、鉄心構造における方向性電磁鋼板の締め付けによるものであることを突き止めた。即ち、変圧器鉄心を構成する方向性電磁鋼板の複数枚はボルト等により締め付け固定されているが、この締め付けの影響により、励磁により鉄心に発生する磁歪振動波形が変化することが明らかになったのである。
【0024】
図1は、励磁により小型モデル変圧器に発生する磁歪振動を測定して高調波解析し、ボルトにより方向性電磁鋼板を締め付け固定しなかった場合の磁歪振動の周波数成分に対する、方向性電磁鋼板を締め付け固定した場合の磁歪振動の周波数成分の変化割合(以下、「振動変化割合」と称する)を示す図である。この図から、第3次高調波(300Hz)については成分が倍増しているのに対して第4次高調波(400Hz)については変化していない。また、それ以外の基本波(100Hz)、第2次高調波(200Hz)、第5次高調波(500Hz)以上の成分については半減している。つまり、鉄心を構成する方向性電磁鋼板を締め付け固定するか否かにより、小型モデル変圧器の鉄心に発生する磁歪振動の周波数成分が変化しているのである。
このように、鉄心を構成する方向性電磁鋼板に対するボルトの締め付け固定により、励磁により鉄心に発生する磁歪振動波形が影響されることが判明したのである。これは、磁歪特性の異なる方向性電磁鋼板を用いて作製された様々な小型モデル変圧器についても同様の傾向を示していた。
【0025】
一方、励磁により鉄心に発生する磁束密度波形は、方向性電磁鋼板の締め付け固定によりほとんど変化しなかった。つまり、変圧器の騒音の評価をする際に、小型モデル変圧器の鉄心内の磁束密度波形を発生する電圧を方向性電磁鋼板試料に与えただけでは方向性電磁鋼板の締め付けの影響が加味されておらず不十分であり、その結果、予測精度が低かったのである。
【0026】
そこで、発明者らは、励磁により方向性電磁鋼板試料に発生した磁歪振動に、鉄心構造における締め付けの影響を加味することにより、変圧器において発生する騒音を高精度に予測できることを見出したのである。以下、本発明の変圧器の騒音予測方法について説明する。
【0027】
本発明の変圧器の騒音予測方法は、方向性電磁鋼板の複数枚を積層して締め付け固定してなる鉄心を備える、変圧器において発生する騒音を、方向性電磁鋼板試料を用いて行う。その際、鉄心を所定の磁束密度まで励磁した際の鉄心内の磁束密度波形を求め、次いで試料に、変圧器の鉄心の磁束密度波形が発生する、励磁電圧を試料に与えて試料に発生する磁歪振動を測定し、該測定された磁歪振動に鉄心構造における締め付けの影響を加味して騒音を予測することが肝要である。以下、各工程について説明する。
【0028】
まず、鉄心を所定の磁束密度まで励磁した際の鉄心内の磁束密度波形を求める。そのために、実機変圧器を模した小型モデル変圧器を用意する。上述のように、実機変圧器の鉄心に発生する磁束密度波形を測定することは現実的に困難であるため、実機変圧器を模した小型モデル変圧器を作製し、励磁により小型モデル変圧器に発生する磁束密度波形を、実機変圧器に発生する磁束密度波形と見なす。
【0029】
用意した小型モデル変圧器を励磁した際に発生する鉄心内の各点における局所的な磁束密度波形は、探りコイル法や探針法等により測定して求めることができる。このうち、非破壊に測定できる点から、探針法を用いることが好ましい。
【0030】
また、磁束密度波形を実測する代わりに、有限要素法による磁界シミュレーションにより、変圧器鉄心内の各所における磁束密度波形を計算して求めることもできるが、方向性電磁鋼板は材料異方性が強く、シミュレーション計算の結果は、未だ十分に満足できるものではないため、要求される精度により適宜利用する。
【0031】
次いで、方向性電磁鋼板試料に、上記変圧器の鉄心内の磁束密度波形が発生する、励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与えて、該方向性電磁鋼板試料に発生する磁歪振動を測定する。ここで、試料への励磁電圧の付与は、磁歪測定装置により行う。この磁歪測定装置は、電力計と、電力増幅器と、励磁コイルとを備え、任意波形発生器により励磁電圧の波形を制御することにより、方向性電磁鋼板試料に所望の波形の励磁電圧を与えることができる。
【0032】
一般に、励磁により変圧器鉄心内に発生する磁束密度波形は歪んでおり、この歪みにより磁歪特性は変化する。そこで、変圧器の騒音予測を高精度で行うためには、励磁により方向性電磁鋼板試料に発生する磁束密度波形が、励磁した際に変圧器に発生する磁束密度波形となるように、磁歪測定装置の励磁電圧波形を制御することが重要となる。理想的には、小型モデル変圧器内のできるだけ多くの箇所にて磁束密度波形を測定し、得られた磁束密度波形を再現するように励磁電圧波形を制御しながら方向性電磁鋼板試料を所望の磁束密度まで励磁して磁歪振動を測定し、その平均値(平均波形)を用いて騒音を評価することが好ましい。
【0033】
励磁により変圧器鉄心に発生した磁歪振動は、歪みゲージ法やレーザ変位計、レーザドップラ振動計により測定することができる。このうち、簡便である点から、レーザドップラ振動計を用いることが好ましい。また、励磁振動の測定は、鉄心を構成する方向性電磁鋼板の板厚方向の成分について行う。
【0034】
続いて、測定された磁歪振動に鉄心構造における締め付けの影響を加味して騒音を予測する。上述のように、発明者らは、方向性電磁鋼板試料を用いた騒音予測において精度が低かった原因は、励磁により発生する磁歪振動が小型モデル変圧器に発生するものとは異なることを明らかにし、さらに磁歪振動が相違する原因が、鉄心構造における締め付けの影響にあることを突き止めた。そこで、本発明においては、励磁により方向性電磁鋼板試料に発生する磁歪振動に、鉄心構造における締め付けの影響を加味することにより、変圧器における騒音を予測する。
【0035】
ここで、「締め付けの影響を加味する」とは、励磁により小型モデル変圧器に発生した磁歪振動を測定し、該磁歪振動に対して高調波解析を行って振動変化割合を求め、得られた高調波の各成分(次数)に対して振動変化割合を掛け合わせて磁歪振動を補正することを意味している。
【0036】
この振動変化割合は、図1に示した場合のように、小型モデル変圧器に発生する磁歪振動に対して高調波解析を行い、振動数と振動変化割合との関係を測定して求めることができる。
また、有限要素法によるシミュレーションから、振動変化割合を計算して求めることもできる。
【0037】
ここで、鉄心構造が3相鉄心構造の場合について、様々な磁歪特性を有する方向性電磁鋼板を用いて小型モデル変圧器を用いて振動変化割合を求めた結果、基本波、第2次高調波および第5次以上の高調波については0.2〜0.7、第3次高調波については1.4〜2.2、および第4次高調波については0.8〜1.2と、周波数によって変化していることが判明した。従って、鉄心構造が3相鉄心構造の変圧器については、励磁により方向性電磁鋼板試料に発生する磁歪振動の所定の次数までの高調波の各周波数成分に、上記の振動変化割合を掛け合わせることにより、変圧器における騒音を高精度に予測することができる。なお、振動変化割合を掛け合わせる周波数成分は、第4次高調波まで行うことが好ましく、第10次高調波まで行うことがより好ましい。
【0038】
こうして、鉄心構造における締め付けの影響が加味された磁歪振動から、変圧器における騒音を予測することができる。具体的には、特許文献1や非特許文献1に記載された方法を用いることができる。
例えば、非特許文献2の方法を用いる場合には、まず、得られた磁歪振動の波形に対して高調波解析を行って磁歪調波成分を求め、得られた磁歪調波成分から以下の式(3)に示す振動加速度調波成分pを求める。
=λγ (3)
ここで、λは磁歪調波成分、fは周波数、γはAスケール聴感補正係数である。
【0039】
次いで、得られた振動加速度調波成分pから、以下の式(4)に示す磁歪振動加速度レベルPを求め、この磁歪振動加速度レベルPを変圧器における騒音の予測値とし、得られた予測値と小型モデル変圧器から発生する騒音の実測値とを比較することにより、変圧器の騒音を評価することができる。
【0040】
【数3】

【0041】
なお、鉄心構造が3相鉄心構造の場合には、方向性電磁鋼板試料に励磁電圧を与える際に、上述のように小型モデル変圧器内の磁束密度波形が発生する、励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与える代わりに、所定の波形を有する励磁電圧を与えることができる。
【0042】
即ち、変圧器鉄心を100分割し、周波数50Hz、1.9Tまで励磁して各領域の磁束励磁波形を探針法で測定したところ、全ての領域において第3次高調波成分が大きく重畳されていることが分かった。ここで、各領域における基本波に対する第3次高調波の重畳割合は0.05〜0.2倍であった。そこで、下記の式(5)の波形を有する励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与えることにより、小型モデル変圧器の鉄心における磁束密度波形を、精度良く方向性電磁鋼板試験片に再現できることが判明した。ここで、t:時間、f:周波数、A:基本波の成分に対する第3次高調波の成分の重畳割合、θ:位相角であり、Aは0.05〜0.2である。
【0043】
【数4】

【0044】
ここで、測定された各領域の励磁磁束波形の位相角は、−180〜+180°の全範囲に及んでいたため、上記の式(5)を用いて方向性電磁鋼板試料を励磁する際、位相角θを−180°以上+180°以下の範囲において所定の位相角の間隔でサンプルし、該サンプルされた各位相角にて磁歪振動を測定し、該測定された各位相角での磁歪振動の平均値を方向性電磁鋼板試料に発生した磁歪振動とする。これにより、鉄心が3相変圧鉄心の場合の騒音を高精度に予測することができる。また、サンプルする位相角の間隔は、45°以下とする。これは、45°を超える場合にはサンプル数が少なく、サンプルする位相角の値によっては予測精度が落ちる場合があるためである。
【0045】
さらに、上記の式(5)を用いる方法において、−180°以上+180°以下の範囲の所定の位相角の間隔でサンプルする代わりに、測定された頻度が高い50〜70°の範囲の値の1つを設定し、測定された磁歪振動に基づいて騒音を予測してもよい。これにより、非常に簡便に騒音を予測することができる。
【0046】
このように、方向性電磁鋼板試料に発生する磁歪振動に、変圧器の鉄心構造における締め付けの影響が加味されるため、変圧器における騒音を高精度に予測することができる。
【実施例1】
【0047】
(発明例1)
以下、本発明の実施例について説明する。
まず、板厚0.23mmの方向性電磁鋼板350枚70層からなる、3相3脚のステップラップ型の鉄心を作製し、重量約21kg、外径寸法:500mm×500mm×15mmの小型モデル変圧器を用意した。
次いで、この小型モデル変圧器を50Hzの周波数にて1.5Tまで励磁し、鉄心内の磁束密度波形を測定した。ここで、磁束密度波形の測定は、小型モデル変圧器の鉄心を100分割し、探針法により各領域にて磁束密度波形を測定した。また、励磁により鉄心に発生した騒音を測定して実測値を得た。
続いて、上記の鉄心を構成する方向性電磁鋼板から切り出してなる方向性電磁鋼板試料を用意し、小型モデル変圧器における磁束密度波形が発生する、励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与え、該試料に発生した磁歪振動の板厚方向成分をレーザドップラ振動計により測定した。
その後、得られた磁歪振動波形に対して高調波解析を行い、各成分に対して振動変化割合を掛け合わせることにより磁歪振動を補正し、鉄心構造における締め付けの影響を加味した。ここで、各成分に掛け合わせた振動変化割合の値は、基本波、第2次高調波、および第5〜10次高調波については0.4、第3次高調波については1.8、第4次高調波については1.0である。この補正後の磁歪振動データを用いて、非特許文献1の方法により騒音の予測値を得た。即ち、磁歪振動から式(4)で与えられる磁歪振動加速度レベルPを求めて騒音を予測した。また、Aスケール聴感補正を行った。こうして小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。
上記の処理を、磁束密度 B8の異なる磁気特性を有する方向性電磁鋼板を用いて作製した小型モデル変圧器および方向性電磁鋼板試料に対して同様に行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図2(a)に示す。
【0048】
(比較例1)
発明例1と同様の処理を行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。ただし、励磁した方向性電磁鋼板試料の磁歪振動の測定結果に対して、鉄心構造における締め付けの影響を加味せずに、騒音の予測を行った。それ以外の条件は全て発明例1と同様である。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図2(b)に示す。
【0049】
図2(b)から、予測値と実測値との誤差が大きく、鉄心内の磁束密度波形を方向性電磁鋼板試料に再現しただけでは高精度の騒音予測を行う上で不十分であることが分かる。これに対して、図2(a)から明らかなように、本発明の騒音予測方法により、小型モデル変圧器の騒音の実測値を高精度に予測できていることが分かる。
【実施例2】
【0050】
(発明例2)
まず、板厚0.30mmの方向性電磁鋼板350枚50層からなる、3相5脚のステップラップ型の鉄心を作製し、重量約31kg、外径寸法:800mm×500mm×15mmの小型モデル変圧器を用意した。
次いで、この小型モデル変圧器を50Hzの周波数にて1.7Tまで励磁し、鉄心に発生した騒音を測定して実測値を得た。
続いて、上記の鉄心を構成する方向性電磁鋼板から切り出してなる方向性電磁鋼板試料を用意し、式(1)で与えられる励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与えて50Hzの周波数にて1.7Tまで励磁し、該試料に発生した磁歪振動の板厚方向成分をレーザドップラ振動計により測定した。ここで、係数Aは0.15とし、位相角θは−180°から+180°の範囲を20°間隔でサンプルし、該サンプルされた各位相角にて磁歪振動を測定し、得られた磁歪振動の平均値を方向性電磁鋼板試料に発生した磁歪振動とした。
その後、得られた磁歪振動波形に対して高調波解析を行い、各成分に対して振動変化割合を掛け合わせることにより磁歪振動を補正し、鉄心構造における締め付けの影響を加味した。ここで、発明例1と同様に、基本波以下第10次高調波まで、3層5脚鉄心の磁歪振動の測定結果に基づき、振動変化割合を用いた補正を行った。この補正後の磁歪振動データを用いて、非特許文献1の方法により騒音の予測値を得た。即ち、磁歪振動から式(4)で与えられる磁歪振動加速度レベルPを求めて騒音を予測した。また、Aスケール聴感補正を行った。こうして小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。
上記の処理を、磁束密度 B8の異なる磁気特性を有する方向性電磁鋼板を用いて作製した小型モデル変圧器および方向性電磁鋼板試料に対して同様に行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図3(a)に示す。
【0051】
(比較例2)
発明例2と同様の処理を行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。ただし、励磁した方向性電磁鋼板試料の磁歪振動の測定結果に対して、鉄心構造における締め付けの影響を加味せずに、騒音の予測を行った。それ以外の条件は全て発明例2と同様である。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図3(b)に示す。
【0052】
図3(b)から、予測値と実測値との誤差が大きく、鉄心内の磁束密度波形を方向性電磁鋼板試料に再現しただけでは高精度の騒音予測を行う上で不十分であることが分かる。これに対して、図3(a)から明らかなように、本発明の騒音予測方法により、小型モデル変圧器の騒音の実測値を高精度に予測できていることが分かる。
【実施例3】
【0053】
(発明例3)
まず、板厚0.27mmの方向性電磁鋼板420枚60層からなる、3相5脚のステップラップ型の鉄心を作製し、重量約31kg、外径寸法:800mm×500mm×15mmの小型モデル変圧器を用意した。
次いで、この小型モデル変圧器を50Hzの周波数にて1.7Tまで励磁し、鉄心に発生した騒音を測定して実測値を得た。
続いて、上記の鉄心を構成する方向性電磁鋼板から切り出してなる方向性電磁鋼板試料を用意し、式(1)で与えられる励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与えて50Hzの周波数にて1.7Tまで励磁し、該試料に発生した磁歪振動の板厚方向成分をレーザドップラ振動計により測定した。ここで、係数Aを0.10、位相角θを60°とした。
その後、得られた磁歪振動波形に対して高調波解析を行い、各成分に対して振動変化割合を掛け合わせることにより磁歪振動を補正し、鉄心構造における締め付けの影響を加味した。ここで、発明例1と同様に、基本波以下第10次高調波まで、3層5脚鉄心の磁歪振動の測定結果に基づき、振動変化割合を用いた補正を行った。この補正後の磁歪振動データを用いて、非特許文献1の方法により騒音の予測値を得た。即ち、磁歪振動から式(4)で与えられる磁歪振動加速度レベルPを求めて騒音を予測した。また、Aスケール聴感補正を行った。こうして小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。
上記の処理を、磁束密度 B8の異なる磁気特性を有する方向性電磁鋼板を用いて作製した小型モデル変圧器および方向性電磁鋼板試料に対して同様に行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図4(a)に示す。
【0054】
(比較例3)
発明例3と同様の処理を行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。ただし、励磁した方向性電磁鋼板試料の磁歪振動の測定結果に対して、鉄心構造における締め付けの影響を加味せずに、騒音の予測を行った。それ以外の条件は全て発明例3と同様である。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図4(b)に示す。
【0055】
図4(b)から、予測値と実測値との誤差が大きく、鉄心内の磁束密度波形を方向性電磁鋼板試料に再現しただけでは高精度の騒音予測を行う上で不十分であることが分かる。これに対して、図4(a)から明らかなように、本発明の騒音予測方法により、小型モデル変圧器の騒音の実測値を高精度に予測できていることが分かる。
【実施例4】
【0056】
(発明例4)
以下、本発明の実施例について説明する。
まず、板厚0.35mmの方向性電磁鋼板200枚40層からなる、3相3脚のステップラップ型の鉄心を作製し、重量約20kg、外径寸法:500mm×500mm×14mmの小型モデル変圧器を用意した。
次いで、この小型モデル変圧器を50Hzの周波数にて1.8Tまで励磁し、鉄心内の磁束密度波形を測定した。ここで、磁束密度波形の測定は、小型モデル変圧器の鉄心を100分割し、探針法により各領域にて磁束密度波形を測定した。また、励磁により鉄心に発生した騒音を測定して実測値を得た。
続いて、上記の鉄心を構成する方向性電磁鋼板から切り出してなる方向性電磁鋼板試料を用意し、小型モデル変圧器における磁束密度波形が発生する、励磁電圧を方向性電磁鋼板試料に与えて50Hzの周波数にて1.8Tまで励磁し、該試料に発生した磁歪振動の板厚方向成分をレーザドップラ振動計により測定した。
その後、得られた磁歪振動波形に対して高調波解析を行い、各成分に対して振動変化割合を掛け合わせることにより磁歪振動を補正し、鉄心構造における締め付けの影響を加味した。ここで、各成分に掛け合わせた振動変化割合の値は、基本波、第2次高調波、および第5〜10次高調波については0.4、第3次高調波については1.9、第4次高調波については1.0である。この補正後の磁歪振動データを用いて、非特許文献1の方法により騒音の予測値を得た。即ち、磁歪振動から式(4)で与えられる磁歪振動加速度レベルPを求めて騒音を予測した。また、Aスケール聴感補正を行った。こうして小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。
上記の処理を、磁束密度 B8の異なる磁気特性を有する方向性電磁鋼板を用いて作製した小型モデル変圧器および方向性電磁鋼板試料に対して同様に行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図5(a)に示す。
【0057】
(比較例4)
発明例4と同様の処理を行い、小型モデル変圧器を励磁した際に発生する騒音の実測値と、方向性電磁鋼板試料を励磁して発生した磁歪振動から求めた騒音の予測値との対応関係を得た。ただし、励磁した方向性電磁鋼板試料の磁歪振動の測定結果に対して、鉄心構造における締め付けの影響を加味せずに、騒音の予測を行った。それ以外の条件は全て発明例4と同様である。得られた騒音の予測値および実測値との対応関係を図5(b)に示す。
【0058】
図5(b)から、予測値と実測値との誤差が大きく、鉄心内の磁束密度波形を方向性電磁鋼板試料に再現しただけでは高精度の騒音予測を行う上で不十分であることが分かる。これに対して、図5(a)から明らかなように、本発明の騒音予測方法により、小型モデル変圧器の騒音の実測値を高精度に予測できていることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板の複数枚を積層して締め付け固定してなる鉄心を備える、変圧器において発生する騒音を、方向性電磁鋼板試料を用いて予測するに当たり、
前記鉄心を所定の磁束密度まで励磁した際の鉄心内の磁束密度波形を求め、次いで前記試料に、前記磁束密度波形が発生する、励磁電圧を前記試料に与えて試料に発生する磁歪振動を測定し、該測定された磁歪振動に鉄心構造における締め付けの影響を加味して前記騒音を予測することを特徴とする変圧器の騒音予測方法。
【請求項2】
前記鉄心は3相変圧器鉄心である、請求項1に記載の変圧器の騒音予測方法。
【請求項3】
前記測定された磁歪振動に対して高調波解析を行い、得られた高調波の成分毎に、前記鉄心構造における締め付けの影響を加味する、請求項2に記載の変圧器の騒音予測方法。
【請求項4】
前記電圧の波形は、t:時間、f:周波数、A:基本波の成分に対する第3次高調波の成分の重畳割合、θ:位相角として以下の式(1)で与えられ、前記位相角θを−180°以上+180°以下の範囲において45°以下の間隔でサンプルし、該サンプルされた各位相角にて前記磁歪振動を測定し、該測定された各位相角での磁歪振動の平均値を前記試料に発生した磁歪振動とする、請求項2または3のいずれかに記載の変圧器の騒音予測方法。ただし、Aは0.05〜0.2である。

【数1】

【請求項5】
前記電圧の波形は、t:時間、f:周波数、A:基本波の成分に対する第3次高調波の成分の重畳割合、θ:位相角として以下の式(2)で与えられ、50°以上70°以下の範囲における1つの位相角θにて前記磁歪振動を測定する、請求項2または3のいずれかに記載の変圧器の騒音予測方法。ただし、Aは0.05〜0.2である。

【数2】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−68517(P2013−68517A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−207303(P2011−207303)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】