説明

変性ペプチドの製造方法及び変性ペプチド

【課題】硫黄含有量が多い水溶性の変性ペプチドの製造方法、及び所定の変性ペプチドの提供を目的とする。
【解決手段】変性ペプチドの製造方法は、ケラチン、水及び還元剤を混合してケラチン混合液を調製する還元工程と、このケラチン混合液に酸化剤を混合する酸化剤混合工程と、酸化剤混合工程後のケラチン混合液を固体部と液体部とに分離する固液分離工程と、分離した固体部を加水分解する可溶化工程とを備える。変性ペプチドは、下記式(I)で表される単位を有する基を側鎖基として備え、且つ、分子量範囲が40000未満のものである。
−S−S−(CHCOO− (I)
(式(I)中、nは1又は2である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変性ペプチドの製造方法及び当該製造方法等により得られる変性ペプチドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、羊毛、羽毛等は、衣料品、寝具、インテリア製品などの多くの分野で広く使用されている。このような衣料品等の製造工程や使用済み廃棄物として発生する廃棄羊毛等は年間約5万トンを超えると言われている。かかる廃棄羊毛等は、従来埋め立てや焼却等により処分されているが、この処分に伴う環境問題が懸念されている。
【0003】
上記問題の懸念がある羊毛、羽毛等であるが、産業において有用なタンパク質を含んでいることが知られている。例えば羊毛は、約95%のケラチンから構成され、そのケラチンは、低硫黄タンパク質であるミクロフィブリル(分子量;40000から67000の範囲内)を65%程度、高硫黄タンパク質であるマトリックス(分子量;10000から22000の範囲内)を25%程度以下、及び超高硫黄タンパク質であるキューティクルを5%程度以下含んでいるといわれている。また、ケラチンは硫黄含有アミノ酸であるシスチンを多く含有し、このシスチン同士が硫黄原子によるジスルフィド結合(−S−S−)を構成することで、タンパク質同士を架橋して結合させている。
【0004】
このように、タンパク質を含む羊毛等は、廃棄対象にされているか否かに拘わらず、資源性が高いことから、溶解して所定のタンパク質を分離・抽出し、フィルムや繊維等に利用するための研究開発が行われている。
【0005】
このような研究開発の成果として、例えば特開平7−126296号公報には、羊毛等の水に不溶なタンパク質(ケラチン)におけるジスルフィド結合(−S−S−)をメルカプト基(−SH)に還元変換し、そのメルカプト基の全部又は一部をカルボキシメチルジスルフィド基(−SSCHCOOH)に変換することにより得られる可溶化タンパク質(変性ペプチド)及びその製造方法が開示されている。そして、この製造方法により得られた変性ペプチドの分子量は40000から67000の範囲内のものであることから、かかる変性ペプチドは、ミクロフィブリル由来であると考えられる。
【0006】
しかしながら、前記従来の水溶性の変性ペプチドの製造方法により得られる変性ペプチドは、ミクロフィブリル由来であり、マトリックス及びキューティクル由来の変性ペプチドと比較すると硫黄の含有量が少ないことから、カルボキシメチルジスルフィド基数が少ないものと考えられる。従って、ケラチン由来の変性ペプチドを化粧品や生体材料等に利用するためには、硫黄含有量が多い変性ペプチドの提供が望まれている。
【0007】
また、前記従来の変性ペプチドの製造方法において、不溶物を発生させない試みがなされている(例えば、特開平8−165298号公報、特開2008−50279号公報参照)。しかしながら、かかる不溶物の発生を完全に抑制することは困難であり、寧ろ、かかる不溶物には硫黄を多く含むタンパク質由来の成分が多く含まれていると考えられるため、これを利用して変性ペプチドを製造することが望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−126296号公報
【特許文献2】特開平8−165298号公報
【特許文献3】特開2008−50279号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこれらの事情に鑑みてなされたものであり、前記従来の水溶性の変性ペプチドの製造方法において発生する不溶物を利用して、硫黄含有量の多い水溶性変性ペプチドの製造方法の提供を目的とするものである。
【0010】
また、本発明は、硫黄含有量の多い変性ペプチドの提供をも目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は鋭意検討を重ね、従来の水溶性の変性ペプチドの製造方法において除去された不溶物は、硫黄を多量に有するタンパク質が含まれていると考え、かかる不溶物を回収・加水分解することにより、硫黄含有量の多い変性ペプチドを製造できるという知見を得た。
【0012】
その結果、前記課題を解決するためになされた発明は、
ケラチン、水及び還元剤を混合してケラチン混合液を調製する還元工程と、
前記ケラチン混合液に酸化剤を混合する酸化剤混合工程と、
前記酸化剤混合工程後のケラチン混合液を固体部と液体部に分離する固液分離工程と、
分離した固体部を加水分解する可溶化工程と
を備える変性ペプチドの製造方法である。
【0013】
ここで、本発明における「ペプチド」とは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合によって結合したものであり、ケラチンタンパク質やコラーゲンタンパク質などのタンパク質もペプチドに該当する。当該変性ペプチドは、例えば、損傷を受けた毛髪の特性改善に有用である。
【0014】
前記還元剤は、チオグリコール酸、チオグリコール酸塩、メルカプトプロピオン酸、及びメルカプトプロピオン酸塩から選択された一種又は二種以上であると良い。
【0015】
当該変性ペプチドの製造方法は、還元工程、酸化剤混合工程及び固液分離工程に加え、固液分離工程において分離した固体部を加水分解する可溶化工程を備える。そして、このようにして得られた変性ペプチドは、高硫黄タンパク質ファミリー由来のものを多く含んでいると考えられることから、硫黄含有量の多い変性ペプチドを製造することができる。ここで、「高硫黄タンパク質ファミリー」とは、高硫黄タンパク質であるマトリックス及び超高硫黄タンパク質であるキューティクルを意味する。
【0016】
また、可溶化工程における加水分解が酵素又は酸により行われることにより、硫黄含有量の多い変性ペプチドの収率が向上する。また、還元工程でのケラチン混合液のpHを9.0以上13.0以下に調整することによっても、硫黄含有量の多い変性ペプチドの収率が向上する。さらに、分子量40000未満の硫黄を多量に含む変性ペプチドを得ることができる。そして、還元工程と酸化剤混合工程との間、又は酸化剤混合工程と固液分離工程との間に、酸を混合するpH調製工程を設ければ、効率良く変性ペプチドを製造でき、pH調整工程における酸としてクエン酸を使用すれば、特異臭が抑制された変性ペプチドを製造することができる。
【0017】
また、本発明の変性ペプチドは、本発明の変性ペプチドの製造方法等により製造されるものであり、下記式(I)で表される単位を有する基を側鎖基として備え、且つ、分子量範囲が40000未満のものである。
−S−S−(CHCOO− (I)
(式(I)中、nは1又は2である。)
【0018】
本発明の変性ペプチドにおける前記式(I)で表される単位を有する基は、カルボキシメチルジスルフィド基、カルボキシメチルジスルフィド基の塩、カルボキシエチルジスルフィド基、又はカルボキシエチルジスルフィド基の塩であると良い。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように、本発明の変性ペプチドの製造方法は、固液分離工程において分離した固体部を加水分解する可溶化工程を備えることにより、硫黄含有量の多い変性ペプチドを製造することができる。このように硫黄を多く含有する変性ペプチドは、水溶性であるため、薄膜、繊維、化粧品等のパーソナルケア製品、接着剤及び生体材料などに使用され得る。さらに、従来では廃棄していた不溶物を再利用できることから、環境問題の解決にも貢献する。
【0020】
また、本発明の変性ペプチドは、分子量が40000未満であるから、分子量が40000以上のものに比して水への溶解性に優れる。その溶解性から、各種用途への適用が容易となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係る変性ペプチドの製造方法を示すフロー図
【図2】実施例における変性ペプチド(1a)のMALDI−TOFMS分析チャート
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態を詳説する。
本発明の変性ペプチドの製造方法は、図1に示すように、ケラチンを原料として変性ペプチドを製造するものであり、還元工程(STP1)、酸化剤混合工程(STP2)、pH調整工程(STP3)、固液分離工程(STP4)、可溶化工程(STP5)、及び回収工程A(STP6)を備えている。なお、pH調整工程(STP3)及び回収工程A(STP6)は、任意工程であり、備えない場合も可能である。また、pH調整工程(STP3)は、還元工程(STP1)と酸化剤混合工程(STP2)との間に設けても良い。
【0023】
原料であるケラチンとしては、これを構成タンパク質として含む羊毛(メリノ種羊毛、リンカーン種羊毛等)、人毛、獣毛、羽毛、爪等が挙げられる。中でも、高硫黄タンパク質ファミリー由来の変性ペプチドを安価かつ安定的に入手するために、羊毛を原料とすることが好ましい。この羊毛等の原料については、殺菌、脱脂、洗浄、切断、粉砕及び乾燥を適宜に組み合わせて、予め処理すると良い。
【0024】
ここで、上述の通り羊毛のケラチンは、低硫黄タンパク質であるミクロフィブリル(分子量;40000から67000の範囲内)、高硫黄タンパク質であるマトリックス(分子量;10000から22000の範囲内)及び超高硫黄タンパク質であるキューティクルを含んでいる。前記固液分離工程の液体部に含まれている変性ペプチドの分子量は40000から67000の範囲内であるといわれているため、液体部から回収工程Bを経て得られる本発明に属しない変性ペプチドBは、高分子量のミクロフィブリル由来であると考えられる。一方、残りの固体部は、マトリックス及びキューティクル由来のものを多く含んでいると考えられる。従って、前記固体部から得られる変性ペプチドAは、高硫黄タンパク質ファミリー由来、主にマトリックス由来の成分を多く含むと考えられるため、本発明によれば、硫黄含有量が多い変性ペプチドAを製造することができる。
【0025】
なお、J.M.Gillespie,J.Polym.Sci.,Part C No.20,201(1967)の報告では、マトリックスにおける硫黄含有量は、羊毛(Wool)が5.0質量%、アライグマの毛(Raccoon Hair)が7.1質量%、猿の毛(Monkey Hair)が7.1質量%、テンジクネズミの毛(Guinea pig hair)が7.2質量%、ウサギの毛(Rabbit hair)が7.2質量%、ヤマアラシの棘(Porcupine quill)が2.5質量%と示され、また、ミクロフィブリルにおける硫黄含有量は、羊毛(Wool)が2.1質量%、アライグマの毛(Raccoon Hair)が2.3質量%、猿の毛(Monkey Hair)が2.3質量%、テンジクネズミの毛(Guinea pig hair)が2.1質量%、ウサギの毛(Rabbit hair)が2.3質量%、ヤマアラシの棘(Porcupine quill)が1.7質量%と示されている。このことと、ミクロフィブリルよりもマトリックスの方が硫黄含有量が多いことからすれば、羊毛等のマトリックスにおける硫黄含有量は、概ね2.5質量%以上7.5質量%以下である。
【0026】
(還元工程)
還元工程(STP1)は、ケラチン、水及び還元剤を混合してケラチン混合液を調整する工程である。かかる還元工程において、ケラチンが有するジスルフィド基(−S−S−)をメルカプト基(−SH HS−)に還元する。
【0027】
水の量は、特に限定されないが、例えば、羊毛等の原料1質量部に対して、20容量部以上200容量部以下であるとよく、これにより還元反応が良好に行われる。
【0028】
還元剤は、ケラチンのジスルフィド基をメルカプト基に変換する作用を有する。かかる還元剤としては、例えば、メルカプトアルキルカルボン酸及び/又はその塩、チオ乳酸及び/又はその塩、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール、グルタチオン、チオ尿素等が挙げられる。なお、本発明の変性ペプチドの製造方法においては、一種又は二種以上使用することができる。
【0029】
前記還元剤の中でも、メルカプトアルキルカルボン酸及び/又はその塩が好ましく、還元工程で生じたメルカプト基をカルボキシラトアルキルジスルフィド基に変換するための変性剤となる。このメルカプトアルキルカルボン酸及び/又はその塩としては、チオグリコール酸、チオグリコール酸塩、メルカプトプロピオン酸、及びメルカプトプロピオン酸塩からなる群より選択される一種又は二種以上が使用される。チオグリコール酸塩としては、例えば、チオグリコール酸ナトリウム、チオグリコール酸カリウム、チオグリコール酸リチウム、チオグリコール酸アンモニウムが挙げられる。中でも、ケラチンの変性を効率良く行える面から、チオグリコール酸ナトリウム及びチオグリコール酸カリウムが好ましく、チオグリコール酸ナトリウムがより好ましい。また、メルカプトプロピオン酸塩としては、例えばメルカプトプロピオン酸ナトリウム、メルカプトプロピオン酸カリウム、メルカプトプロピオン酸リチウム、メルカプトプロピオン酸アンモニウムが挙げられる。中でも、ケラチンの変性を効率良く行える面から、メルカプトプロピオン酸ナトリウム及びメルカプトプロピオン酸カリウムが好ましく、メルカプトプロピオン酸ナトリウムがより好ましい。
【0030】
前記メルカプトアルキルカルボン酸及びその塩の使用量としては、羊毛等の原料1gを基準として、0.005モル以上0.02モル以下が好ましく、0.0075モル以上0.01モル以下が特に好ましい。また、その使用量は、ケラチン混合液の容量を基準として、0.1mol/L以上0.4mol/L以下が好ましく、0.15mol/L以上0.2mol/L以下が特に好ましい。かかるメルカプトアルキルカルボン酸の使用量を上記範囲とすることにより、ケラチンの還元反応を良好に行うことができる。
【0031】
なお、還元工程におけるケラチン混合液には、アルカリ性化合物を混合すると良い。アルカリ性化合物とは、水に添加することで、その水をアルカリ性にすることができる化合物である。このアルカリ性化合物としては、例えば水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化バリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、アンモニア等が挙げられ、その他にモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、アルギニン、リジン等の塩基性アミノ酸や、重炭酸ナトリウム、重炭酸アンモニウム等も挙げられる。中でも、ケラチンの変性を効率良く行う観点から、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムが好ましく、水酸化ナトリウムが特に好ましい。なお、上記アルカリ性化合物を、一種又は二種以上使用することができる。
【0032】
前記アルカリ性化合物の混合量は、特に限定はされないが、還元工程におけるケラチン混合液のpHを下記範囲に調整するよう配合するとよい。還元工程におけるケラチン混合液のpHの下限としては、9.0が好ましく、10.0が特に好ましい。一方、還元工程におけるケラチン混合液のpHの上限としては、13.0が好ましく、12.0が特に好ましい。ケラチン混合液のpHが上記下限以上となるように調整することで、ケラチンの変性を効率良く行うことができる。一方、ケラチン混合液のpHが上記上限以下となるように調整することで、マトリックス及びキューティクルのタンパク質主鎖の切断を抑制し、変性ペプチドAの収率を向上させることができる。
【0033】
還元工程におけるケラチン混合液の温度の下限としては、20℃が好ましく、30℃がより好ましく、40℃がさらに特に好ましい。一方、当該ケラチン混合液の温度の上限としては、60℃が好ましい。このケラチン混合液の温度が上記下限より低いと、ジスルフィド基をメルカプト基に変換するための還元の時間が長くなり、十分な還元を実行できない恐れがある。一方、このケラチン混合液の温度が上記上限を超えると、ケラチン主鎖が切断されることがある。なお、ケラチン混合液の温度を維持する設定時間は、ケラチン混合液の温度が低いほど長時間に設定され、同温度が高いほど短時間に設定される。その時間としては、例えば、20分以上120分以下である。
【0034】
(酸化剤混合工程)
酸化剤混合工程(STP2)は、還元工程(STP1)後のケラチン混合液に酸化剤を混合する工程である。かかる酸化剤の混合は、ケラチンのメルカプト基を変性する酸化反応を促進するために行われる。
【0035】
酸化剤としては、例えば、臭素酸ナトリウム、臭素酸カリウム、過ホウ酸ナトリウム、過ホウ酸カリウム、過酸化水素等が挙げられる。なお、かかる酸化剤は、一種又は二種以上用いられる。
【0036】
酸化剤の使用量は、特に限定されないが、羊毛等の原料1gを基準として、0.001モル以上0.02モル以下が好ましく、ケラチン混合液の容量を基準として、0.02mol/L以上1mol/L以下が好ましい。酸化剤の使用量が上記範囲を超えると、シスチンモノオキシド、シスチンジオキシド、システイン酸等が生成するおそれがあり、ひいては変性ペプチドAの収率が低下するおそれがある。一方、酸化剤の使用量が上記範囲より小さいと、ケラチンの変性が不十分となるおそれがある。なお、酸化剤の混合では、酸化剤がケラチン混合液中で局所的に高濃化することを避けるため、1mol/L以上5mol/L以下程度の酸化剤溶液を例えば30分から6時間かけて徐々に混合すると良い。
【0037】
なお、酸化剤混合工程におけるケラチン混合液の温度は、特に限定されないが、例えば還元工程での温度以下に設定することができる。
【0038】
(pH調整工程)
pH調整工程(STP3)は、ケラチン混合液に酸を混合する工程である。このpH調整工程(STP3)の酸の混合は、図1に示す工程フロー図では酸化剤混合工程(STP2)の後であるが、酸化剤混合工程(STP2)の前、及び同工程(STP2)と同時進行のいずれであっても良い。pH調整工程(STP3)での酸の混合によってケラチン混合液のpHが低下し、混合液中のケラチンのメルカプト基をカルボキシラトアルキルジスルフィド基に十分変換することができる。
【0039】
pH調整工程で混合する酸としては、有機酸及び無機酸から選択された一種又は二種以上を使用すると良い。有機酸としては、例えば、クエン酸、乳酸、コハク酸、酢酸が挙げられ、無機酸としては、例えば、塩酸、リン酸が挙げられる。酢酸を用いれば、変性ペプチドA及び変性ペプチドBからの特異臭が問題になることがあるが、クエン酸等を用いれば、その特異臭を抑制することができる。
【0040】
酸の混合量としては、特に限定されないが、ケラチン混合液のpHを下記範囲に調整するよう配合するとよい。ケラチン混合液の最終的なpHとしては、5.0以上9.0以下が好ましく、6.0以上8.0以下が特に好ましい。このようにケラチン混合液の最終的なpHを前記範囲に調整することで、ケラチンへの変性基の導入を十分にできると同時に、ケラチンのメルカプト基同士によるジスルフィド基生成とが抑制される。なお、ケラチン混合液において局所的にpHが低下すると、ケラチンのメルカプト基同士がジスルフィド基になるおそれがあるため、ケラチン混合液に酸を徐々に混合することが好ましい。
【0041】
pH調整工程におけるケラチン混合液の温度としては、10℃以上60℃以下が好ましく、20℃以上40℃以下が特に好ましい。このようにケラチン混合液の温度を前記範囲に制御することで、副生成物であるシスチンモノオキシド等の生成を抑制することができる。
【0042】
なお、pH調整工程で酸の混合が終了した後に、ケラチン混合液を例えば1〜48時間放置すると良い。このように、pH調整後に所定時間ケラチン混合液を放置することで、ケラチンへの変性基の導入を十分に行うことができる。
【0043】
上記還元工程(STP1)、酸化剤混合工程(STP2)及びpH調整工程(STP3)を経ることで、ケラチンにカルボキシラトアルキルジスルフィド基が導入される。このようにして得られる変性ペプチドは、還元工程における還元剤としてチオグリコール酸及びその塩から選択された一種又は二種以上を使用した場合、ケラチンのメルカプト基がカルボキシメチルジスルフィドのイオン基(−S−SCHCOO)に変換されたものである。その変換の反応式は、次の通りである。
【0044】
【化1】

【0045】
また、還元工程における還元剤としてメルカプトプロピオン酸及びその塩から選択された一種又は二種以上を使用した場合、得られる変性ペプチドは、ケラチンのメルカプト基がカルボキシエチルジスルフィドのイオン基(−S−SCHCHCOO)に変換されたものである。その変換の反応式は、次の通りである。
【0046】
【化2】

【0047】
(固液分離工程)
固液分離工程(STP4)は、pH調整工程(STP3)後のケラチン混合液を固体部と液体部とに分離する工程である。かかる固液分離工程(STP4)では、濾過、遠心分離、圧搾分離、沈降分離、浮上分離等の公知の固液分離手段を採用することができ、必要に応じてイオン交換や電気透析等による脱塩等を行うと良い。
【0048】
(可溶化工程)
可溶化工程(STP5)は、固液分離工程(STP4)において分離した固体部に含まれる不溶性の変性ペプチドを加水分解する工程である。その変性ペプチドにはマトリックス及びキューティクルに由来するものが含まれており、当該変性ペプチドを加水分解する方法としては、ペプチドの加水分解として公知の(a)酵素による加水分解、(b)酸による加水分解及び(c)アルカリによる加水分解が挙げられる。アルカリによる加水分解方法(c)ではペプチドのカルボキシラトアルキルジスルフィド基をメルカプト基に変換する還元反応が進行する恐れがあるので、加水分解方法(a)〜(c)のうち、酵素又は酸による加水分解が好ましく、酵素による方法が特に好ましい。
【0049】
(a)酵素による加水分解
酵素による加水分解により、変性ペプチドAが得られる。この酵素の使用量、反応温度及び反応時間等の条件は適宜調整される。
【0050】
酵素としては、例えば、ペプシン、プロテアーゼA、プロテアーゼBなどの酸性タンパク質分解酵素;パパイン、プロメライン、サーモライシン、プロナーゼ、トリプシン、キモトリプシンなどの中性タンパク質分解酵素等が挙げられる。また、市販されているタンパク質分解酵素としては、大和化学工業社製の「プロテライザーA」が羊毛ケラチンの加水分解に好適に使用される。
【0051】
前記酵素による加水分解時のpHは、酸性タンパク質分解酵素の場合には1以上3以下に調整すると良く、中性タンパク質分解酵素の場合には5以上9以下に調整すると良い。このpHを前記範囲とすることにより、酵素活性が向上する。なお、かかるpHは、酢酸アンモニウム/アンモニア緩衝液、リン酸緩衝液、炭酸水素ナトリウム等の緩衝液により調整することができる。
【0052】
前記酵素による加水分解時の反応温度は30℃以上60℃以下が良く、反応時間は10分以上24時間以内が良い(反応時間を長くするほど、より低分子の変性ペプチドを製造できる)。この酵素による加水分解を停止させるには、温度を70℃以上にして酵素を失活させると良い。
【0053】
(b)酸による加水分解
酸を用いた加水分解により、変性ペプチドAが得られる。使用される酸としては、例えば塩酸、硫酸、リン酸、硝酸、臭化水素酸等の無機酸、及び蟻酸、シュウ酸等の有機酸が挙げられ、これらの中から適宜選択される。この加水分解の条件は、例えばpH4以下、反応温度40℃以上100℃以下、反応時間2時間以上24時間以内である(反応時間を長くするほど、より低分子の変性ペプチドを製造できる)。
【0054】
(c)アルカリによる加水分解
アルカリを用いた加水分解により、変性ペプチドAが得られる。使用されるアルカリとしては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化バリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸リチウム、ケイ酸ナトリウム、ホウ酸ナトリウム等が挙げられる。この加水分解の条件は、例えば、アルカリ1質量%以上20質量%以下、反応温度15℃以上100℃以下、反応時間30分以上24時間以内である(反応時間を長くするほど、より低分子の変性ペプチドを製造できる)。
【0055】
可溶化工程(STP5)における加水分解で、羊毛ケラチンのマトリックスに主に由来する分子量範囲40000未満の変性ペプチドAが溶解した液が得られる。この液に含まれている固形分を分離する必要があるときには、濾過、遠心分離、圧搾分離、沈降分離、浮上分離等公知の固液分離手段で分離すると良い。
【0056】
(回収工程A)
次の回収工程A(STP6)は、可溶化工程(STP5)で得られた変性ペプチドA溶液中から、変性ペプチドAを回収する工程である。この回収工程A(STP6)における固形状変性ペプチドの回収方法としては、(1)変性ペプチドA溶液の凍結乾燥、(2)変性ペプチドA溶液の噴霧乾燥、(3)変性ペプチドA溶液のpHが2.5から4.0程度になるように酸を添加することによる変性ペプチド沈殿物生成などが挙げられる(変性ペプチドの分子量が小さくなる程、前記(3)の方法では変性ペプチド沈殿物が生成し難くなる)。なお、回収した固形状の変性ペプチドAについては、水や酸性水溶液による洗浄、乾燥等を、必要に応じて行うと良い。
【0057】
上述のように、ミクロフィブリルとこれよりも硫黄含量が多いマトリックスとが羊毛の主構成ケラチンとなっているところ、当該製造方法では、ミクロフィブリル由来の水溶性タンパク質(変性ペプチドB)を主たる対象としておらず、固液分離工程(STP4)で分離された固体部に含まれているマトリックス由来の不溶性タンパク質を主たる対象とする。すなわち、当該製造方法は、硫黄含量が多い変性ペプチドの製造に適する。
【0058】
次に、本発明の変性ペプチドについて説明する。当該変性ペプチドは、本発明の変性ペプチドの製造方法等により製造されるものであり、下記式(I)で表される単位を有する基を側鎖基として備え、且つ、分子量範囲が40000未満のものである。
−S−S−(CHCOO− (I)
(式(I)中、nは1又は2である。)
【0059】
本発明の変性ペプチドは、複数のアミノ酸のペプチド結合によって形成された主鎖と、この主鎖に結合する所定の側鎖基を備える。当該変性ペプチドの製造方法は、特に限定されないが、例えば、上記本発明の製造方法において、還元剤としてメルカプトアルキルカルボン酸及び/又はその塩を用いることで製造することができる。
【0060】
本発明の変性ペプチドの主鎖は、特に限定されない。この主鎖の例としては、システインを構成アミノ酸の一種としているペプチドの主鎖と同じものが挙げられる。また、システインを構成アミノ酸の一種としているペプチドの例としては、ケラチン、カゼインが挙げられる。このケラチンは、天然物由来のペプチドの中でもシステイン比率が高いものとして知られており、本発明の変性ペプチドが効率よく得られる原料となる。かかる観点から、当該変性ペプチドの主鎖はケラチンの主鎖と同じものが好適である。
【0061】
本発明の変性ペプチドの側鎖基は上記式(I)で表される単位を有する基であり、この側鎖基において、ジスルフィド基は変性ペプチドの主鎖側に配置する。この側鎖基は、変性ペプチドに複数存在することが好ましい。なお、上記式(I)で表される基は、解離(イオン化)してカルボキシラートアニオンとなった場合には、カルボキシラトアルキルジスルフィド基と称される。
【0062】
上記側鎖基が有する化学構造単位として好適なものは、下記式(IA)で表されるカルボキシメチルジスルフィド基、下記式(IB)又は(IC)で表されるカルボキシメチルジスルフィド基の塩、下記式(IIA)で表されるカルボキシエチルジスルフィド基、及び、下記式(IIB)又は(IIC)で表されるカルボキシエチルジスルフィド基の塩から選択された一種又は二種以上である。
【0063】
−S−S−CHCOOH (IA)
−S−S−CHCOOR (IB)
(Rは、NHなどのアンモニウムを表す。)
−S−S−CHCOOM (IC)
(Mは、Na、Kなどの金属原子を表す。)
−S−S−CHCHCOOH (IIA)
−S−S−CHCHCOOR (IIB)
(Rは、NHなどのアンモニウムを表す。)
−S−S−CHCHCOOM (IIC)
(Mは、Na、Kなどの金属原子を表す。)
【0064】
上記側鎖基として好ましい基は、下記式(Ia)、(Ib)、(Ic)、(IIa)、(IIb)、及び(IIc)から選択された一種又は二種以上である(下記式におけるR、M、R、Mは、上記と同じである。)。
【0065】
−CH−S−S−CHCOOH (Ia)
−CH−S−S−CHCOOR (Ib)
−CH−S−S−CHCOOM (Ic)
−CH−S−S−CHCHCOOH (IIa)
−CH−S−S−CHCHCOOR (IIb)
−CH−S−S−CHCHCOOM (IIc)
【0066】
本発明の変性ペプチドは、水溶性でかつ硫黄含量が多いものが良い。先に述べた通り羊毛等のマトリックスにおける硫黄含有量が概ね2.5質量%以上7.5質量%以下であること、並びに、上記(I)で表される単位がマトリックスに十分導入された変性ペプチドの硫黄量は、その導入前の倍程度になることからすれば、本発明の変性ペプチドの中でもマトリックス由来のものにおける硫黄含有量は、通常5.0質量%以上15.0質量%以下の範囲内である。その硫黄含有量は、6.0質量%以上15.0質量%以下の範囲内が良く、8.0質量%以上15.0質量%以下の範囲内が好ましい。
【0067】
本発明の変性ペプチドの利用範囲は広く、毛髪処理剤原料、化粧料原料、繊維の表面処理剤、タンパク質フィルム原料等に利用することができる。
【0068】
上記側鎖基を2以上有する変性ペプチドを配合した毛髪処理剤で毛髪を処理すれば、毛髪を構成しているメルカプト基間が変性ペプチドを介して架橋されると考えられる。また、その架橋以外に、変性ペプチドにおける1個の側鎖基のみが毛髪のメルカプト基と反応することや、この1個の側鎖基のみが毛髪のメルカプト基と反応した変性ペプチドと他の変性ペプチドとの重合反応及び毛髪内での変性ペプチド同士の重合反応も考えられる。これらの架橋、反応は、いずれも毛髪の初期弾性率及び破断強度の向上又は悪化抑制を実現するものと推測されるから、変性ペプチドを配合した毛髪処理剤は、損傷を受けることでメルカプト基が増加した毛髪に対して用いられることが好適である。
【0069】
本発明の変性ペプチドの分子量範囲は、40000未満である。この分子量範囲の変性ペプチドを配合した毛髪処理剤であれば、損傷した毛髪の初期弾性率及び破断強度の向上又は悪化抑制を行える。変性ペプチドの分子量が小さいほど、毛髪の初期弾性率及び破断強度の向上又は悪化抑制に有利なので、本実施形態における変性ペプチドの分子量範囲は、22000以下が良く、20000以下が好ましく、10000以下がより好ましく、5000以下が更に好ましい。変性ペプチドの分子量範囲の下限値は、特に限定されないが、例えば500である。
【0070】
変性ペプチドの分子量範囲が40000未満であることは、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI法)を採用した飛行時間型質量分析(TOFMS)によるm/zピークを変性ペプチドの分子量とみなし、この分子量範囲から確認できる。
【0071】
本発明の変性ペプチドは、上記TOFMSの結果において最も高い強度のピークがm/z22000以下で確認されるものが良く、m/z20000以下で確認されるものが好ましく、m/z10000以下で確認されるものがより好ましく、m/z5000以下で確認されるものが特に好ましい。最も高い強度のピークの下限値は、特に限定されないが、例えばm/z500である。
【実施例】
【0072】
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。
【0073】
実施例の変性ペプチド(1a)、(1b)、(2a)及び(2b)、並びに参考例の変性ペプチド(当該変性ペプチドを「参考ペプチド」と称することがある。)は以下の通りである。なお、変性ペプチド(1a)、(1b)、(2a)及び(2b)は、毛髪浸透性を有するが、参考ペプチドは、毛髪浸透性を有さないものと考えられる。
【0074】
[実施例1]
以下の還元工程、酸化剤混合工程、pH調整工程、固液分離工程及び可溶化工程に従って、変性ペプチド(1a)の水溶液を得た。
【0075】
(還元工程)
中性洗剤で洗浄、乾燥させたメリノ種羊毛を、約5mmに切断した。この羊毛5.0質量部、30質量%チオグリコール酸ナトリウム水溶液15.4質量部及び6mol/L水酸化ナトリウム水溶液8.5質量部を混合し、さらに水を混合して全量150質量部、pH11のケラチン混合液を調製した。このケラチン混合液を、45℃、1時間の条件で攪拌した。次いで、さらに水を混合して全量を200質量部とし、45℃、2時間の条件で放置し、その後、液温が常温になるまで自然冷却した。
【0076】
(酸化剤混合工程)
還元工程後のケラチン混合液を攪拌しながら、当該ケラチン混合液に、臭素酸ナトリウム2.05質量部を配合した水溶液25質量部を約60分かけて混合した。
【0077】
(pH調整工程及び固液分離工程)
その後、ケラチン混合液の攪拌を終始継続し、このケラチン混合液に、クエン酸7.08質量部を配合した水溶液100質量部を約85分かけて混合した。クエン酸混合後の液のpHは7であった。次いで、固液分離工程としてのろ過分離により、固体部と液体部とを分離した。
【0078】
(可溶化工程)
固液分離工程で分離した固体部100質量部、3質量%タンパク質分解酵素水溶液(大和化学社製「プロテライザーA」)1質量部、pHを8.0〜8.5に設定する量の炭酸水素ナトリウム及び水を混合し、50℃の水中で加水分解反応を20分間進行させた。その後、80℃、5分の条件でタンパク質分解酵素を失活させた。次いで、ろ過により実施例1の変性ペプチド(1a)の水溶液を得た。
【0079】
変性ペプチド(1a)の分子量を分析した結果、概ね1000から3600(1kDaから3.6kDa)の範囲内であった。なお、変性ペプチド(1a)の分子量分析においては、レーザーイオン化飛行時間型質量分析装置(MALDI−TOFMS)として島津製作所社製「AXIMA Performance」を使用し、分析条件の引き出し電圧を20kV、飛行モードをLinear、検出イオンをPositive、とした。また、マトリックスは、テトラフルオロ酢酸0.1質量%及びアセトニトリル50質量%の水溶液1mLに、α−シアノ−4−ヒドロキシけい皮酸(CHCA)を5mg添加したものとした。図2は、変性ペプチド(1a)のMALDI−TOFMS分析結果を表すチャートであり、上段がマトリックスのみのチャートで有り、下段がマトリックスに変性ペプチド(1a)を含ませたときのチャートである。変性ペプチド(1a)の分子量は、図2に示す通り、概ね1000から3600(1kDaから3.6kDa)の範囲内であったことを確認できる。
【0080】
[実施例2]
可溶化工程を変更した以外は変性ペプチド(1a)の製造と同様にして、変性ペプチド(1a)よりも分子量が小さい変性ペプチド(1b)を製造した。変性ペプチド(1b)の製造における可溶化工程は、次の通りとした。
【0081】
(可溶化工程)
固液分離工程で分離した固体部100質量部、3質量%タンパク質分解酵素水溶液(大和化学社製「プロテライザーA」)1質量部、pHを8.0〜8.5に設定する量の炭酸水素ナトリウム及び水を混合し、50℃の水中で加水分解反応を20分間進行させた。その後、80℃、5分の条件でタンパク質分解酵素を失活させた。次に、3質量%タンパク質分解酵素水溶液(大和化学社製「プロテライザーA」)1質量部を混合し、50℃、20分の条件で加水分解反応をさせた後、80℃、5分の条件でタンパク質分解酵素を失活させた。その後、ろ過により変性ペプチド(1b)の水溶液を得た。
【0082】
[実施例3]
酸化剤混合工程及びpH調整工程を変更した以外は変性ペプチド(1a)の製造と同様にして、分子量が変性ペプチド(1a)と同等の変性ペプチド(2a)を製造した。変性ペプチド(2a)の製造における酸化剤混合工程及びpH調整工程は、次の通りとした。
【0083】
(酸化剤混合工程及びpH調整工程)
還元工程後のケラチン混合液を攪拌しながら、酢酸水溶液(酢酸を7質量部配合した165質量部の水溶液)を混合することでケラチン混合液のpHが漸次11から10になるように調整した。過酸化水素の混合については、35質量%過酸化水素水を3質量部配合した水溶液36質量部を攪拌しながら約30分かけて行った。過酸化水素の混合開始後、ケラチン混合液を常時攪拌すると共に、pHが10以上11以下に保持されるように、酢酸水溶液を混合した。また、過酸化水素の混合終了後、酢酸水溶液約10質量部を約5分にわたって徐々に混合して、ケラチン混合液のpHが漸次10から7になるように調整した。
【0084】
[実施例4]
酸化剤混合工程及びpH調整工程として変性ペプチド(2a)の製造における酸化剤混合工程及びpH調整工程を採用した以外は変性ペプチド(1b)と同様にして、変性ペプチド水溶液を得た。そして、この水溶液から半透膜を使用して分子量範囲1000以下の変性ペプチド(2b)の水溶液を得た。なお、変性ペプチド(2b)を得るために使用した半透膜は、分画分子量1000、平面幅10mm、直径6.4mmのspectrum社製「spectra/por」である。
【0085】
[参考例]
変性ペプチド(1a)製造における酸化剤混合工程及びpH調整工程処理後のケラチン混合液からろ過分離した液体部を、参考ペプチドの水溶液として得た。この参考ペプチドの分子量を、タカラバイオ社製「Protein Molecular Weight Marker(Low)」を分子量マーカーとし、Sodium Dodecyl Sulfate−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)法により確認した結果、参考ペプチドの分子量範囲は、40000から67000(40kDaから67kDa)であると確認された。
【0086】
[アミノ酸分析]
実施例1の変性ペプチド(1a)、参考例の参考ペプチド及びメリノ種羊毛のアミノ酸分析を行った。この分析では、日本分光アミノ酸分析システム(JASCO GULLIVER SERIES)を使用しての高速液体クロマトグラフ法を採用した。この分析結果を、下記表1に示す。
【0087】
【表1】

【0088】
表1を確認すると、実施例1及び参考例において、システイン(Cys)が全く検出されなかった。即ち、実施例1及び参考例の固液分離工程の後には、ケラチンのメルカプト基(−SH)がカルボキシラトメチルジスルフィド基(−SSCHCOO)に変性されていたことが推認される。
【0089】
上記変性ペプチド(1a)、変性ペプチド(1b)、変性ペプチド(2a)、変性ペプチド(2b)又は参考ペプチドを使用し、下記の通り、各毛髪処理剤を調製した。
【0090】
[毛髪処理剤1]
毛髪処理剤1として、変性ペプチド(1a)の3質量%水溶液を調製した。
【0091】
[参考毛髪処理剤1]
参考毛髪処理剤1として、参考ペプチドの3質量%水溶液を調製した。
【0092】
毛髪処理剤1又は参考毛髪処理剤1を使用し、後記毛髪処理1に従って毛髪を処理した。また、未処理毛髪と処理後の毛髪について、初期弾性率と破断強度を測定した。
【0093】
[毛髪処理1]
後記の損傷を大きく受けた毛髪を毛髪試料1とし、毛髪処理剤1又は参考毛髪処理剤1に毛髪試料1を10分間浸漬し、水洗後、温風乾燥させた。
【0094】
本毛髪処理1での毛髪試料1は、直毛黒髪を次の通り処理したものである。直毛黒髪を、ブリーチ処理、パーマ処理、カラー処理、洗髪処理、カラー処理、洗髪処理、パーマ処理、カラー処理、洗髪処理、カラー処理、洗髪処理、乾燥処理の手順で処理した。
【0095】
上記ブリーチ処理では、ミルボン社製「プロマティス フレーブ−アド」の第1剤と第2剤を1質量部:2質量部程度の割合で混合し、これを毛髪に塗布した。塗布量は、毛髪質量の2倍とした。塗布後の毛髪をフィルムで覆い、15分経過後にシャンプーで洗い、温風で乾燥させた。
【0096】
上記パーマ処理では、直径12mmのパーマ用ロッドに巻き付けた毛髪を、ミルボン社製「プレジュームC/T」の第1剤に10分間浸漬し、水洗後、「プレジュームC/T」の第2剤に10分間浸漬し、水洗した。その後、毛髪を温風で乾燥させた。
【0097】
上記カラー処理では、ミルボン社製「オルディーブ」の第1剤と第2剤を1質量部:1質量部程度の割合で混合し、これを毛髪に塗布した。塗布量は、毛髪質量の10倍とし、塗布後、10分間放置した。
【0098】
上記洗髪処理では、毛髪に対するシャンプー、トリートメント及び温風乾燥を1サイクルとし、この60サイクルを行った。シャンプーでは、毛髪試料1の5倍質量のシャンプー(ユニリーバ社製「ラックス・スーパーリッチシャイン」)を毛髪に塗布し、3分間放置した後に水洗した。トリートメントでは、毛髪試料1の5倍質量のトリートメント(ユニリーバ社製「ラックス・スーパーリッチシャイン」)を毛髪に塗布し、3分間放置した後に水洗した。
【0099】
(初期弾性率、破断強度)
オリエンテック社製「TENSILON UTM−II−20」を使用し、単位断面積当たりの初期弾性率と破断強度を測定した。測定条件は、測定前に毛髪試料1を水に24時間浸漬、測定時に毛髪試料1を水中浸漬、温度25℃、引張り速度2mm/分、毛髪試料1の引張り間隔20mmとした。
【0100】
次表2に、毛髪処理1に従って処理した毛髪及び未処理毛髪についての初期弾性率と破断強度結果を示す。表2において、「測定平均値」は測定回数5回の平均値であり、「変化率」は未処理毛髪を基準としたものである。
【0101】
【表2】

【0102】
上記表2に示す通り、分子量範囲が1000から3600の実施例1の変性ペプチド(1a)を配合した毛髪処理剤1は、初期弾性率及び破断強度の変化率が正の値を示しており、分子量範囲が40000から67000の参考ペプチドを配合した参考毛髪処理剤1は、初期弾性率の変化率が正の値を示しているものの、破断強度の変化率が負の値を示している。これらのことから、変性ペプチドにおいては、分子量範囲が40000未満のものが、大きく損傷を受けた毛髪の破断強度改善に適当であることを確認できる。
【0103】
[毛髪処理剤2a]
毛髪処理剤2aとして、変性ペプチド(2a)の5質量%水溶液を調製した。
【0104】
[毛髪処理剤2b]
毛髪処理剤2bとして、変性ペプチド(2b)の5質量%水溶液を調製した。
【0105】
毛髪処理剤2a又は毛髪処理剤2bを使用し、後記毛髪処理2aに従って毛髪を処理した。また、未処理毛髪と処理後の毛髪について、初期弾性率、破断強度及び伸度を測定し、ミクロフィブリル(IF:intermediate filament)間距離についても算出した。
【0106】
[毛髪処理2a]
20代女性から黒髪を採取し、3質量%ラウリル硫酸ナトリウム水溶液に3分間浸漬後、水洗し、水分を拭き取り、乾燥させたものを、毛髪試料2とした。毛髪試料2の1質量部を、以下の還元処理、カチオン処理、毛髪処理剤2a又は毛髪処理剤2bによる処理、及び酸化処理を続けて行った。還元処理では、1質量部の毛髪試料2を、30質量部の3質量%チオグリコール酸水溶液(モノエタノールアミンでpH9.3に調整したもの)に45℃、10分間の条件で浸漬した後、温水で1分間洗浄し、水分を拭き取った。カチオン処理では、1質量部の毛髪試料2を、30質量部の塩化ジメチルジアリルアンモニウム・アクリル酸共重合体(ナルコジャパン社製「MERQUAT 550」)0.1質量%水溶液に10分間浸漬した後、毛髪試料2の表面水分を拭き取った。毛髪処理剤2a又は毛髪処理剤2bによる処理では、1質量部の毛髪試料2を、30質量部の実施例2aの毛髪処理剤又は実施例2bの毛髪処理剤に10分間浸漬した後、毛髪試料2の表面水分を拭き取った。また、酸化処理では、1質量部の毛髪試料2を、30質量部の臭素酸ナトリウム7質量%水溶液(リン酸系緩衝液でpH7.2に調整したもの)に10分間浸漬した後、毛髪試料2を水洗し、水分を拭き取り、乾燥させた。
【0107】
(初期弾性率、破断強度、伸度)
初期弾性率及び破断強度の測定は、上記と同様にして行った。また、伸度については、破断強度の測定と同時に測定した。
【0108】
(IF間距離)
大型放射光施設SPring−8のビームラインBL40XUを使用し、毛髪試料2の軸に垂直にX線マイクロビームを照射し、毛髪試料2外周部から半径方向にステップさせ、約9nm付近の赤道反射強度を相対湿度60%雰囲気で測定し、直接IF間距離を求めた。測定条件の詳細は、次の通りである。
X線波長:0.083nm(E=15keV)
カメラ長:約2000mm
検出器ピクセルサイズ:140.8μm/ピクセル×140.8μm/ピクセル
画像サイズ:1344ピクセル×1024ピクセル
ベヘン酸銀周期:5.838nm(1次)でキャリブレーションを行なった。
ビームサイズ:約5μm
1stピンホール:5μm
2ndピンホール:200μm
ビームストップ:φ8mm
検出器:イメージインテンシファイア
【0109】
毛髪処理2aの処理後の毛髪の初期弾性率等を表3aに示す。表3aにおいて、「測定平均値」は測定回数10回の平均値であり、「変化率」は未処理毛髪を基準としたものである。また、表3aにおける「未処理」とは、カチオン処理と、毛髪処理剤2a又は毛髪処理剤2bによる処理を省略したことを意味する。そして、「IF間距離」は、800サンプルの平均値である。
【0110】
【表3a】

【0111】
表3aにおいて、毛髪処理剤2a及び毛髪処理剤2b共に、初期弾性率及び破断強度が未処理に比して優れたものであったことを確認できる。また、毛髪処理剤2aのIF間距離は、未処理のIF間距離よりも長くなっており、毛髪処理後2a後の毛髪内部には変性ペプチド(2a)が沈着していたことが予想される。
【0112】
毛髪処理剤2a又は毛髪処理剤2bの毛髪処理剤を使用し、後記毛髪処理2bに従って毛髪を処理した。また、未処理毛髪と処理後の毛髪について、初期弾性率、破断強度及び伸度を測定した。
【0113】
[毛髪処理2b]
毛髪処理2aの還元処理のみが以下の点で異なる以外は毛髪処理2aと同じ処理を、毛髪処理2bとした。毛髪処理2bの還元処理では、3質量%チオグリコール酸水溶液に換えて、チオグリコール酸9質量%及びジチオグリコール酸2質量%を含む水溶液(モノエタノールアミンでpH9.3に調整したもの)を使用した。
【0114】
毛髪処理2bの処理後の毛髪の初期弾性率等を表3bに示す。表3bにおける「測定平均値」、「変化率」、「未処理」は、表3aにおける記載と同じ意味である。
【0115】
【表3b】

【0116】
以下の通り、シャンプーである毛髪処理剤3及び参考毛髪処理剤3を準備し、毛髪処理3に従って毛髪を処理した。
【0117】
[毛髪処理剤3]
毛髪処理剤3として、ミルボン社製「ディーセスシャンプーS」に変性ペプチド(1a)を2質量%となるように配合したもの調製した。
【0118】
[参考毛髪処理剤3]
参考毛髪処理剤3として、ミルボン社製「ディーセスシャンプーS」を用意した。
【0119】
[毛髪処理3]
毛髪処理剤3又は参考毛髪処理剤3により、毛束をシャンプー処理した。続けて、ミルボン社製「ディーセストリートメントSF」により毛束をトリートメント処理し、毛束を温風乾燥させた。
【0120】
毛髪処理3に従って処理された毛束の感触を、専門の評価者が評価した。評価結果は、参考毛髪処理剤3で処理した毛束より、毛髪処理剤3で処理した毛束の方が滑らかで柔らかいものであった。
【0121】
以下の通り、毛髪処理剤4a、毛髪処理剤4b及び参考毛髪処理剤4を準備し、毛髪処理4に従って毛髪を処理した。
【0122】
[毛髪処理剤4a]
毛髪処理剤4aとして、変性ペプチド(1a)の0.2質量%水溶液を調製した。
【0123】
[毛髪処理剤4b]
毛髪処理剤4bとして、変性ペプチド(1b)の0.2質量%水溶液を調製した。
【0124】
[参考毛髪処理剤4]
参考毛髪処理剤4として、参考ペプチドの0.2質量%水溶液を調製した。
【0125】
[毛髪処理4]
毛髪処理剤4a、毛髪処理剤4b、又は参考毛髪処理剤4を毛束に噴霧し、毛束を温風乾燥させた。
【0126】
毛髪処理4に従って処理された毛束の感触を、専門の評価者が評価した。評価結果は、参考毛髪処理剤4で処理した毛束より、毛髪処理剤4a及び毛髪処理剤4bで処理した毛束の方が滑らかで柔らかいものであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケラチン、水及び還元剤を混合してケラチン混合液を調製する還元工程と、
前記ケラチン混合液に酸化剤を混合する酸化剤混合工程と、
前記酸化剤混合工程後のケラチン混合液を固体部と液体部に分離する固液分離工程と、
分離した固体部を加水分解する可溶化工程と
を備える変性ペプチドの製造方法。
【請求項2】
前記還元剤が、チオグリコール酸、チオグリコール酸塩、メルカプトプロピオン酸、及びメルカプトプロピオン酸塩から選択された一種又は二種以上である請求項1に記載の変性ペプチドの製造方法。
【請求項3】
前記変性ペプチドが高硫黄タンパク質ファミリー由来のものである請求項1又は請求項2に記載の変性ペプチドの製造方法。
【請求項4】
前記可溶化工程の加水分解が、酵素又は酸により行われる請求項1、請求項2又は請求項3に記載の変性ペプチドの製造方法。
【請求項5】
前記還元工程において、ケラチン混合液のpHを9.0以上13.0以下に調整する請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の変性ペプチドの製造方法。
【請求項6】
前記変性ペプチドの分子量が40000未満である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の変性ペプチドの製造方法。
【請求項7】
前記還元工程と酸化剤混合工程との間、又は前記酸化剤混合工程と固液分離工程との間に、酸を混合するpH調製工程をさらに備える請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の変性ペプチドの製造方法。
【請求項8】
前記pH調整工程における酸がクエン酸である請求項7に記載の変性ペプチドの製造方法。
【請求項9】
下記式(I)で表される単位を有する基を側鎖基として備え、且つ、分子量範囲が40000未満である変性ペプチド。
−S−S−(CHCOO− (I)
(式(I)中、nは1又は2である。)
【請求項10】
前記式(I)で表される単位を有する基が、カルボキシメチルジスルフィド基、カルボキシメチルジスルフィド基の塩、カルボキシエチルジスルフィド基、又はカルボキシエチルジスルフィド基の塩である請求項9に記載の変性ペプチド。

【図1】
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【図2】
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