説明

多能性幹細胞培養用組成物およびその用途

【課題】異種由来の細胞やタンパク質などを用いなくとも、iPS細胞等の多能性幹細胞の未分化能を十分に維持することができる、フィーダーレスの培養手段を提供する。
【解決手段】本発明のいくつかの形態により、以下のものが提供される:アクチビン(好ましくは、アクチビンA)を含有する多能性幹細胞培養用組成物;当該組成物を含む多能性幹細胞培養用培地;iPS細胞(好ましくは哺乳動物iPS細胞、特に好ましくはヒトiPS細胞)等の多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ、多能性幹細胞を増殖または樹立するための多能性幹細胞の培養方法であって、培養をアクチビンの存在下で行うことを含む培養方法;および、アクチビンの存在下で未分化状態のiPS細胞(好ましくは哺乳動物iPS細胞、特に好ましくはヒトiPS細胞)等の多能性幹細胞を培養することを含む、未分化状態の多能性幹細胞クローン集団の調製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞培養用組成物およびその用途に関する。特に本発明は、支持細胞や血清が存在しない培地における多能性幹細胞の培養を可能にする組成物およびこれを含有する培地、並びにそれらの用途に関する。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞は、少なくともそれぞれ1種類ずつの外胚葉、中胚葉、内胚葉に属する分化細胞に分化する能力を有する自己複製可能な幹細胞であり、人工(誘導)多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell;iPS細胞)、胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)、胚性生殖細胞(embryonic germ cell:EG細胞)、胚性癌細胞(embryonal carcinoma cell:EC細胞)、多能性成体前駆細胞(multipotent adult progenitor cell:MAP細胞)、成体多能性幹細胞(adult pluripotent stem cell:APS細胞)などがある。
【0003】
これらのうち、ES細胞は、動物の発生初期段階の胚から作製される幹細胞株であり、生体外において全ての組織に分化できる多能性を維持しつつ、長期間にわたって増殖させることができることから、再生医療への応用が期待されている。しかしながら、ES細胞の移植には、臓器移植と同様に拒絶反応の問題が伴う。また、ES細胞の樹立には受精卵または胚盤胞までの段階の初期胚を必要とするため、生命の消失という倫理的な問題もある。
【0004】
一方、iPS細胞は、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞であり、拒絶反応や倫理的問題のない理想的な多能性細胞として大きな期待を集めている。
【0005】
このiPS細胞を、未分化維持能を保持した状態で培養するには、フィーダー細胞と称される支持細胞層上で培養を行うことが必要である。iPS細胞等の多能性幹細胞を培養するためのフィーダー細胞としては、例えば、マイトマイシン処理によって増殖能が制限されたマウスの新鮮な胎児線維芽細胞などが用いられている。しかしながら、かようなフィーダー細胞の調製には、ロットごとの未分化維持能が異なるため再現性が悪いという問題がある。また、多能性幹細胞から目的の細胞を製造して移植治療に用いる場合、マウス由来胎児線維芽細胞を用いると異種由来のタンパク質が混在する可能性があることから、臨床応用は不可能であるという問題もある。
【0006】
上述したような問題の解決を図るべく、フィーダー細胞を用いずに多能性幹細胞を培養するための技術が提案されている。例えば、フィーダーレス培地として、株式会社リプロセルより霊長類ES細胞用フィーダーレス培地(ReproFF)が市販されており、同様に、ステムセルテクノロジー社よりヒトES細胞維持用無血清培地(mTeSR(登録商標)1)が市販されている。
【0007】
ところで、アクチビン(Activin)は、哺乳動物の脳下垂体からの卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を促進するタンパク質として、インヒビンを精製する過程で卵胞液中より発見された因子である。そして、アクチビンはトランスフォーミング増殖因子(TGF)−βスーパーファミリーに属しており、インヒビンβ鎖(分子量1.4万)がジスルフィド結合で二量化した構造を有している。アクチビンは主として3種類存在し、それぞれアクチビンA(ββ鎖)、アクチビンB(ββ鎖)、およびアクチビンAB(ββ鎖)の構造からなっている。これらのうち、アクチビンAについては、未分化胚細胞を中胚葉や内胚葉へと分化させるという報告がある(非特許文献1および2を参照)。実際、ヒトES細胞でも内胚葉を経由して膵臓のβ細胞への分化誘導に用いられている(非特許文献3を参照)。一方、アクチビンAがヒトES細胞の未分化能を維持するという報告もある(非特許文献4を参照)。現在のところ、アクチビンAはヒトES細胞を内胚葉へ分化させるのか、逆にその未分化能を維持する方向に作用するのか、結論は出ていない。さらに、ヒトiPS細胞におけるアクチビンAの役割に関しては何ら報告が存在しない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Smith JC, Price BM, Van Nimmen K and Huylebroeck D: Identification of a potent Xenopus mesoderm-inducing factor as a homologue of activin A. Nature 345: 729-731, 1990.
【非特許文献2】Thomsen G, Woolf T, Whitman M, et al.: Activins are expressed early in Xenopus embryogenesis and can induce axial mesoderm and anterior structures. Cell 63: 485-493, 1990.
【非特許文献3】D'Amour KA, Agulnick AD, Eliazer S, Kelly OG, Kroon E and Baetge EE: Efficient differentiation of human embryonic stem cells to definitive endoderm. Nat Biotechnol 23: 1534-1541, 2005.
【非特許文献4】Xiao L, Yuan X and Sharkis SJ: Activin A maintains self-renewal and regulates fibroblast growth factor, Wnt, and bone morphogenic protein pathways in human embryonic stem cells. Stem Cells 24: 1476-1486, 2006.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、フィーダー細胞を用いることなくiPS細胞を培養するための培地がいくつか市販されているのが現状である。しかしながら、mTeSR(登録商標)1を用いてiPS細胞等の多能性幹細胞を培養すると、分化した細胞群が出現する場合があり、多能性幹細胞の未分化能の維持には不十分であるという問題がある。また、ReproFFを用いて同様に多能性幹細胞を培養すると、マウス由来胎児線維芽細胞をフィーダー細胞として培養した細胞と比べて細胞の形態が異なるなど、真に未分化能を維持しているかどうかについて十分には検証されていない。このように、従来技術により提供される培地を用いてiPS細胞等の多能性幹細胞を培養すると、未分化能を十分に維持することができないのが現状である。
【0010】
そこで本発明は、異種由来の細胞やタンパク質などを用いなくとも、iPS細胞等の多能性幹細胞の未分化能を十分に維持することができる、フィーダーレスの培養手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、研究を行う過程で、アクチビンAを含む培地中で懸滴培養(hanging drop)法によりiPS細胞から胚様体(Embryoid Body;EB)を形成し、内胚葉を経由して幹細胞へと分化させることを試みた。ところが、驚くべきことに、胚様体は内胚葉へ分化せず、長期間培養しても未分化能を保持したiPS細胞の状態のまま維持されることを見いだした。つまり、ヒトiPS細胞の未分化能を維持する因子は現在のところ不明であったが、本発明者らによって、アクチビンAがヒトiPS細胞を未分化な状態に維持する主要な因子であることが明確に示されたのである。この知見に基づき、本発明者らは、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明の一形態によれば、アクチビン(好ましくは、アクチビンA)を含有する多能性幹細胞培養用組成物が提供される。当該組成物は、培地補充物でありうる。また、当該組成物は、iPS細胞(好ましくは哺乳動物iPS細胞、特に好ましくはヒトiPS細胞)等の多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ、多能性幹細胞を増殖させるために用いられうる。
【0013】
本発明の他の形態によれば、上述した組成物を含む多能性幹細胞培養用培地が提供される。当該培地は、アクチビンを3〜30ng/mLの濃度で含有することが好ましい。また、当該培地は、支持細胞および/または血清を含まないものであることが好ましく、より好ましくは支持細胞および血清を含まないものである。さらに、当該培地は、細胞培養用最小培地でありうる。
【0014】
本発明のさらに他の形態によれば、iPS細胞(好ましくは哺乳動物iPS細胞、特に好ましくはヒトiPS細胞)等の多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ、多能性幹細胞を増殖または樹立するための多能性幹細胞の培養方法であって、培養をアクチビンの存在下で行うことを含む培養方法が提供される。当該培養方法は、例えば、培養を上述した培地中で行うものである。
【0015】
本発明のさらに他の形態によれば、アクチビンの存在下で未分化状態のiPS細胞(好ましくは哺乳動物iPS細胞、特に好ましくはヒトiPS細胞)等の多能性幹細胞を培養することを含む、未分化状態の多能性幹細胞クローン集団の調製方法が提供される。同様に、生体から未分化状態の多能性幹細胞を単離し、アクチビンの存在下で未分化状態の多能性幹細胞を培養することを含む、未分化状態の多能性幹細胞クローン集団の調製方法もまた、提供される。これらの調製方法は、例えば、培養を上述した培地中で行うものである。また、これらの調製方法は、例えば、1個の多能性幹細胞を培養してそのクローン集団を得るものであってもよい。さらに、これらの調製方法は、近接する多能性幹細胞同士の相互作用により当該多能性幹細胞の未分化増殖が誘導されるよりも低密度な播種条件下にある多能性幹細胞を、上述した支持細胞および/または血清(好ましくは、支持細胞および血清)を含まない培地中で培養してそのクローン集団を得るものでありうる。
【0016】
本発明のさらに他の形態によれば、多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ培養し、多能性幹細胞を増殖または樹立させるための、アクチビン(好ましくは、アクチビンA)(またはこれを含有する組成物)の使用が提供される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、異種由来の細胞やタンパク質などを用いなくとも、iPS細胞等の多能性幹細胞の未分化能を十分に維持することができる、フィーダーレスの培養手段が提供されうる。より具体的には、従来技術のようにマウス由来胎児線維芽細胞を扱う必要がないため、ヒトiPS細胞の培養が簡便・容易になる。本発明は、今後のヒトiPS細胞の培養技術の開発に応用されることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例において、アクチビンAの添加がiPS細胞の分化に及ぼす影響を調べる目的で、アクチビンA存在下で培養した201B7細胞から懸滴培養法により形成した胚様体を顕微鏡的に観察した結果を示す写真である。
【図2】実施例において、異なる濃度のアクチビンA存在下で培養した201B7細胞の増殖能を、MTSアッセイにより評価した結果を示すグラフである。
【図3】実施例において、アクチビンA存在下で培養した201B7細胞が未分化能を維持していることを、アルカリホスファターゼ(ALP)染色によって確認した結果を示す写真である。
【図4】実施例において、各種の薬剤をiPSm(−)に添加して継代を行った際の、各種薬剤の添加形態による継代数の変化についての結果を示すグラフである。
【図5】実施例において、各種の薬剤をiPSm(−)に添加して継代を行った後の細胞を、位相差顕微鏡により観察した観察像(12継代時)(図5の左側)、および、当該細胞をアルカリホスファターゼ(ALP)染色したものを観察した観察像(図5の右側)を示す写真である。なお、図5において、「A」はアクチビンA単独を表し、「AC」はアクチビンA+CHIR99021の組み合わせを表し、「ACL」はアクチビンA+CHIR99021+LIFの組み合わせを表す。
【図6】実施例において、各種の薬剤をiPSm(−)に添加して継代を行った後の細胞を、いくつかの抗体を用いて免疫染色した後に観察した観察像を示す写真である。なお、図5において、「A」はアクチビンA単独を表し、「AC」はアクチビンA+CHIR99021の組み合わせを表し、「ACL」はアクチビンA+CHIR99021+LIFの組み合わせを表す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本明細書において、「多能性」とは、外胚葉、中胚葉、内胚葉に属するいずれの分化細胞にも分化しうる能力、および、外胚葉、中胚葉、内胚葉に属する少なくともそれぞれ1種の分化細胞に分化する能力を意味し、生殖細胞への分化能も、この概念に包含される。
【0020】
「多能性幹細胞」とは、外胚葉、中胚葉、内胚葉に属するいずれの分化細胞にも分化し得る能力、または、外胚葉、中胚葉、内胚葉に属する少なくともそれぞれ1種類ずつの分化細胞に分化する能力(多分化能)を有する自己複製可能な幹細胞を意味し、具体的には、iPS細胞、ES細胞、EG細胞、EC細胞、MAP細胞、APS細胞などが挙げられる。その代表例である「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」は、多分化能を有し、他の胚盤胞中に注入されると、生殖細胞をも含む種々の細胞に分化しうる。
【0021】
「支持細胞」とは、フィーダー細胞とも称され、それ自体は増殖できないが、代謝活性を有しており、種々の代謝物質を産生することにより、その上に植えられた他の細胞の増殖を助ける細胞をいう。例えば、iPS細胞の場合、不活性化して増殖を停止させた胎児性初代培養繊維芽細胞やSTO細胞が支持細胞として用いられうる。
【0022】
「支持細胞非依存性多能性幹細胞」とは、血清の存在下、支持細胞を含まない培養条件で増殖しうる多能性幹細胞を意味する。多能性幹細胞は、本来、そのような培養条件では未分化能を維持したまま培養により増殖させることが困難なものであるが、継代培養を続けることにより、支持細胞非依存性を取得するようになる。
【0023】
本発明の一形態により提供される多能性幹細胞培養用組成物は、アクチビンを含有する点に特徴がある。アクチビン(Activin)は、濾胞刺激ホルモン分泌促進タンパク質とも称され、分子量約27,000のペプチド性ホルモンである。アクチビンには、インヒビンAのβ鎖のホモ二量体(ββ)であるアクチビンA、インヒビンBのβ鎖のホモ二量体(ββ)であるアクチビンB、および、これらのヘテロ二量体(ββ)であるアクチビンABの3種類がある。アクチビンの各単量体には9つのシステイン残基が非常によく保存されており、TGF-βのスーパーファミリーに属している。脊椎動物におけるアクチビンのアミノ酸配列は非常に相同性が高く、例えば、アフリカツメガエルとヒトとの間で、アクチビンAの相同性は87%、アクチビンBの相同性は95%である。アクチビンの生体における機能は数多く知られているが、フィーダーレスの培養条件下で多能性幹細胞の未分化能を維持することができるという機能については、未だ知られていない。
【0024】
アクチビンのアミノ酸配列等は公知であり、例えば、ヒト由来のアクチビンは以下のID番号に基づき各公的機関のデータベースを参照することができる:NM_002192(NCBI) Homo Sapiens inhibin, beta A (INHBA), mRNA。
【0025】
さらに、アクチビンとして、
(a)天然のアクチビンのアミノ酸配列において、1個もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、アクチビンの生物学的活性を有するタンパク質;または
(b)天然のアクチビンのアミノ酸配列と90%以上、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、アクチビンの生物学的活性を有するタンパク質、
も同様に、本発明において用いられうる。これらのアクチビンは、当業者に公知の任意の遺伝子工学的手法で作製されうる。
【0026】
なお、「相同性」(または、「同一性」)とは、ポリペプチドのアミノ酸配列における2本の鎖の間で当該鎖を構成している各アミノ酸残基どうしの互いの適合関係において同一であると決定できるようなものの量(数)を意味し、2つのポリペプチド配列または2つのポリヌクレオチド配列の間の配列相関性の程度を意味するものである。この相同性は容易に算出されうる。2つのポリヌクレオチド配列またはポリペプチド配列間の相同性を測定する方法は数多く知られており、「相同性」なる用語は、当業者には周知である (例えば、Lesk, A. M. (Ed.), Computational Molecular Biology, Oxford University Press, New York, (1988); Smith, D. W. (Ed.), Biocomputing: Informatics and Genome Projects, Academic Press, New York, (1993); Grifin, A. M. & Grifin, H. G. (Ed.), Computer Analysis of Sequence Data: Part I, Human Press, New Jersey, (1994);von Heinje, G., Sequence Analysis in Molecular Biology, Academic Press,New York, (1987); Gribskov, M. & Devereux, J. (Ed.), Sequence Analysis Primer, M-Stockton Press, New York, (1991) 等)。2つの配列の相同性を測定するのに用いる一般的な方法には、Martin, J. Bishop (Ed.), Guide to Huge Computers, Academic Press, San Diego, (1994);Carillo, H. & Lipman, D., SIAM J. Applied Math., 48: 1073 (1988) 等に開示されているものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0027】
なお、本発明において、用いられるアクチビンは、後に培養対象となる多能性幹細胞と同じ生物種または異なる生物種由来のもののいずれでもよいが、可能な限り互いに近縁な種であることが好ましく、特に、同じ生物種由来であることが好ましい。
【0028】
本発明の一形態により提供される多能性幹細胞培養用組成物におけるアクチビンの含有量については、本発明の作用効果を奏する限り特に制限はなく、当業者によって適宜決定されうる。上記組成物におけるアクチビンの含有量を決定する際には、後述するように当該組成物が培地として用いられる場合における培地中の好ましいアクチビン濃度が参考になる。
【0029】
多能性幹細胞培養用組成物は、アクチビンを1種のみ含んでもよいし、2種以上のアクチビンをいかなる組み合わせで含んでもよい。ただし、多能性幹細胞培養用組成物は、好ましくはアクチビンAを少なくとも含むものである。
【0030】
本発明の他の形態によれば、上述した多能性幹細胞培養用組成物を含む、多能性幹細胞培養用培地が提供される。当該培地中には、支持細胞や血清が存在しても多能性幹細胞の培養に支障をきたすものではない。ただし、好ましくは、当該培地は支持細胞および/または血清を含まないものであり、より好ましくは、当該培地は支持細胞および血清を含まないものである。
【0031】
すなわち、本発明の一形態により提供される多能性幹細胞培養用培地は、好ましくは細胞培養用最小培地(cell culture minimum medium:CCMM)を基礎培地とし、これに分化抑制因子、血清代替添加物、抗酸化剤(例えば、2−メルカプトエタノール(2−ME)、ジチオスレイトール、アスコルビン酸)および上述した多能性幹細胞培養用組成物(すなわち、アクチビンを含む組成物)を含有させたものであって、支持細胞および血清を含有しないものである。上記のCCMM、分化抑制因子、血清代替添加物、抗酸化剤および本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物は、以下に説明するように、いずれも人為的に調製することの可能な既知物質である。このため、これらの成分から構成される上記培地は、生体成分の使用に起因する未知病原体による汚染を回避することができるという点でも好ましい。
【0032】
基礎培地として使用する「細胞培養用最小培地(CCMM)」は、これに分化抑制因子、血清代替添加物、抗酸化剤および本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物を含有させた場合に、多能性幹細胞の未分化増殖を可能にするものであれば、その他の具体的な形態について特に制限はない。
【0033】
CCMMには、通常、標準無機塩(亜鉛、鉄、マグネシウム、カルシウム、カリウムなど)、ビタミン、グルコース、緩衝系、必須アミノ酸などを添加する。その具体例としては、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)、Minimal essential Medium(MEM)、Basal Medium Eagle(BME)、RPMI1640、F−10、F−12、αMinimal essential Medium(αMEM)、Glasgow’s Minimal essential Medium(GMEM)、Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium(IMDM)などが挙げられ、市販のものが使用されてもよい。
【0034】
CCMMには、0.1mM非必須アミノ酸及び1mMピルビン酸ナトリウムを加えてもよい。非必須アミノ酸は、L−アラニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、グリシン、L−プロリン、およびL−セリンの混合物で、例えばMEM non−essential amino acids solution 10mM liquid(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)として市販されているものが用いられうる。ピルビン酸ナトリウムとしては、例えばMEM Sodium pyruvate solution 100mM liquid(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)として市販されているものが用いられうる。
【0035】
分化抑制因子は、支持細胞および多能性幹細胞自身が放出する液性因子であり、未分化細胞の分化を抑制する。代表的な分化抑制因子としては、白血病阻害因子(LIF)が挙げられる。分化抑制因子は、元来、生体に存在する物質であるため、生体からの採取も不可能ではないが、病原体の汚染を避けるためにも、また、経済的にも、人為的に合成されたものを用いることが好ましい。例えば、LIFのようなタンパク質性の分化抑制因子の場合、遺伝子操作によって製造された組換え分化抑制因子タンパク質を使用することが好ましい。また、他の分化抑制因子として、選択的なGSK−3β阻害剤であるCHIR99021も挙げられる。後述する実施例に示すように、本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物の好ましい実施形態においては、アクチビン(例えば、アクチビンA)が、CHIR99021と組み合わせて用いられる。また、アクチビン(例えば、アクチビンA)が、CHIR99021およびLIFと組み合わせて用いられることもまた、他の好ましい実施形態である。
【0036】
抗酸化剤としては、2−メルカプトエタノール、ジチオスレイトール、アスコルビン酸などが用いられうるが、通常は2−メルカプトエタノールを用いる。これらの物質は市販されており、容易に入手可能である。
【0037】
血清代替添加物は、これを無血清培地に添加することにより、多能性幹細胞の増殖を支持しうる物質を意味する。血清代替添加物は、単一物質であってもよいし、混合物であってもよい。具体的には、アルブミン(例えば、ウシ血清アルブミン)またはアルブミン代替添加物(例えば、ウシ下垂体抽出物、コメ加水分解物、ウシ胎児アルブミン、卵アルブミン、ヒト血清アルブミン、ウシ胚抽出物、AlbuMAX I(登録商標))、アミノ酸(例えば、グリシン、L−アラニン、L−アスパラギン、L−システイン、L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、L−フェニルアラニン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−リジン、L−ロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン、L−メチオニン、L−プロリン、L−ヒドロキシプロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリン)、ビタミン、トランスフェリンまたはトランスフェリン代替添加物(例えば、エチレンジアミンテトラ酢酸、エチレングリコール−ビス(β−アミノエチルエーテル)−N,N,N’,N’−テトラ酢酸、デフェロキサミンメシレート、ジメルカプトプロパノール、ジエチレントリアミンペンタ酢酸、トランス−1,2−ジアミノシクロヘキサン−N,N,N’,N’−テトラ酢酸のような鉄キレート物、クエン酸第2鉄キレート物、硫酸第1鉄キレート物などの鉄キレート化合物)、抗酸化剤(例えば、還元型グルタチオン、アスコルビン酸−2−一リン酸塩)、インスリンまたはインスリン代替添加物(例えば、塩化亜鉛、硝酸亜鉛、臭化亜鉛、硫酸亜鉛などの亜鉛含有化合物)、コラーゲン前駆体(例えば、L−プロリン、L−ヒドロキシプロリン、アスコルビン酸)及び微量元素(例えば、Ag、Al3+、Ba2+、Cd2+、Co2+、Cr3+、Ge4+、Se4+、Br、I、Mn2+、F、Si4+、V5+、Mo6+、Ni2+、Rb、Sn2+、Zr4+)から選択される1種またはそれ以上の成分を含有するものである。
【0038】
なお、血清代替添加物の一例は、特表2001−508302号公報に「無血清真核生物細胞培養培地補充物」として詳記されており、当該公報の記載を参酌して血清代替添加物の組成を適宜決定すればよい。代表的な血清代替添加物は、ノックアウト血清代替添加物(KSR)としてライフテクノロジーズジャパン株式会社から販売されており、容易に入手可能である。
【0039】
上述したLIF、2−MEおよびKSRは、培地中において、それぞれ通常、1〜10000unit/mL、1〜1000μM、および0.5〜90%(v/v)の最終濃度、好ましくは100〜1000unit/mL、10〜100μM、および5〜20%の最終濃度となるような量で使用する。培地中のアクチビンの濃度(複数のアクチビンが用いられる場合には、その合計濃度)について特に制限はなく、本発明の作用効果を発揮しうる範囲で適宜決定されうるが、好ましくは3〜30ng/mLであり、より好ましくは10〜30ng/mLである。培地中のアクチビンの濃度が3ng/mL以上であれば、当該培地を用いて多能性幹細胞を培養した際に、当該多能性幹細胞の未分化能が十分に維持されうる。一方、培地中のアクチビンの濃度が30ng/mL以下であれば、当該培地を用いて多能性幹細胞を培養した際に、アクチビンの添加が当該多能性幹細胞の増殖能に及ぼす悪影響が最小限に抑制されうる。
【0040】
本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物および上述の各添加成分は、培地に対して最初から目的の最終濃度となるような量で添加されてもよく、2回またはそれ以上の回数に分けて添加し、最終的に目的の濃度となるような量で使用されてもよい。培地のpHは、通常、重炭酸塩により7.0〜8.2、好ましくは7.3〜7.9に調節されうる。
【0041】
本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物および多能性幹細胞培養用培地は、それぞれ溶液形態または乾燥形態で調製されうる。溶液形態の場合、濃縮組成物(例えば1×〜1000×)として提供されてもよく、使用に際して、適宜に希釈されてもよい。溶液形態または乾燥形態の組成物または培地を希釈または溶解するのに用いられる液体の種類は、水、緩衝水溶液、生理食塩水溶液などがあり、必要に応じて容易に選択されうる。
【0042】
好ましくは、本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物または多能性幹細胞培養用培地は滅菌され、コンタミネーションを防止されたものである。滅菌方法としては、紫外線照射、加熱滅菌、放射線照射および濾過などがある。
【0043】
本発明に係る技術を利用して多能性幹細胞を培養し、その分化能を保持したまま、未分化増殖培養を行うには、上述した本発明に係る培地、好ましくは細胞培養用最小培地に白血病阻害因子、抗酸化剤、血清代替添加物および本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物を含有させてなる培地を使用して、多能性幹細胞を、この分野で採用されている通常の培養条件下で培養すればよい。
【0044】
多能性幹細胞は、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、モルモット、ウシ、ブタ、イヌ、ウマ、ネコ、ヤギ、ヒツジを含む哺乳動物、鳥類、爬虫類などの多様な動物に由来するものが用いられうる。ただし、通常は、哺乳動物に由来するものが用いられる。多能性幹細胞の具体例としては、iPS細胞、ES細胞、EG細胞、EC細胞、APS細胞、MAP細胞などが挙げられる。培養する多能性幹細胞の数に特に限定はないが、本発明の培養方法は、特に1個の多能性幹細胞を培養して増殖させ、クローン細胞集団を形成させることを可能にする点でも有利である。
【0045】
培養すべき多能性幹細胞は、それ自体、支持細胞依存性のものでもよいが、支持細胞非依存性であるものが好ましい。支持細胞依存性多能性幹細胞を支持細胞非依存性にするための手法としては、例えば、次のような処理が例示される。すなわち、支持細胞を使用しない培養条件で、数次にわたる継代操作を行い、このような条件に適合した細胞を選択すればよい。
【0046】
本発明に係る多能性幹細胞の培養方法における具体的な操作は、培養条件を含め、当該技術分野で常套の操作および条件に従って、これを行うことができる。例えば、中辻憲夫編:実験医学別冊・ポストゲノム時代の実験講座4「幹細胞・クローン研究プロトコール」、羊土社(2001年)、Hogan,G.ら編:マウス胚の操作:A Laboratory Manual,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Plainview,NY(1994)、Robertson,E.J.編:奇形ガン及び胚性幹細胞、A Practical Approach,IRL Press Oxford,UK(1987)などの記載を参酌して適宜決定されうる。
【0047】
代表的な継代操作および培養条件を挙げれば、以下のとおりである。すなわち、iPS細胞を継代するには、まず成育したiPS細胞のコロニーをリン酸緩衝化生理食塩水(phosphate buffered saline:PBS)で1〜2回リンスし、その後十分量のトリプシン−EDTA溶液(0.25%トリプシン−1mMEDTA、PBS中)を細胞層を覆うように添加して5分間放置する。その後、トリプシン阻害剤を含むPBSまたは血清を含むiPS細胞培養用基礎培養液(CCMM+LIF+2−ME)を添加し、ピペッティングにより細胞塊を分離する。この細胞懸濁液から、通常遠心分離により細胞を沈殿させる。上清を除去後、沈殿した細胞を血清または血清代替添加物を含むiPS細胞培養用基礎培養液に再懸濁し、この一部を支持細胞層またはゼラチン化したプラスチックプレート内に播種し、37℃、5%CO下で培養する。
【0048】
本発明に係る培養方法の一つの実施形態では、0.1%(w/v)ゼラチン溶液で処理してゼラチン化したプラスチックプレート内に37℃に温めた本発明に係る培地を入れ、そこにプレート面積1cmあたり10〜1000個の多能性幹細胞を播く。プレートをCOインキュベーター内に置き、37℃、5%CO下で培養する。コロニーが成育したら、新しい培地に播き直し、継代する。継代に際しては、トリプシン阻害剤を含むPBSを使用することが好ましい。
【0049】
近接する多能性幹細胞どうしの相互作用により当該多能性幹細胞の未分化増殖が誘導されるよりも低密度な播種条件とは、具体的には、細胞1個/mm以下の播種条件などが好適なものとして例示される。均一な多能性幹細胞系統の樹立や、遺伝子操作を行った多能性幹細胞の増殖に際し、1つの多能性幹細胞からそのクローン細胞集団を得る工程などは、もちろんこの条件に該当する。
【0050】
本発明の好ましい実施形態においては支持細胞や血清が使用されないため、通常の培養方法で行われる血清のロットのスクリーニング、支持細胞の選択および培養を省くことができる。また、本発明に係る培地を使用した場合、ゼラチンコートプレート上で低密度播種条件下に単一の支持細胞非依存性多能性幹細胞を未分化状態で増殖させることが可能である。
【0051】
本発明に係る培養方法によれば、1個の多能性幹細胞を培養して増殖させ、クローン細胞集団を形成させることができる。このことは、ゲノムを改変した多能性幹細胞の集団が必要な場合、例えばトランスジェニック動物を作成する場合に、有利である。
【0052】
本発明のさらに他の形態では、アクチビンを含有する、多能性幹細胞培養用組成物が、培地補充物として提供される。また、本発明のさらに他の形態では、当該培地補充物を含む、多能性幹細胞培養用培地が提供される。好ましくは、当該培地は、支持細胞および/または血清を含まず、より好ましくは、当該培地は、支持細胞および血清を含まない。当該培地は、細胞培養用最小培地を基礎培地とすることができる。そして、当該培地は、分化抑制因子、血清代替添加物および抗酸化剤をさらに含んでもよい。
【0053】
本発明のさらに他の形態では、多能性幹細胞を培養して未分化多能性幹細胞を増殖させるにあたり、当該培養をアクチビンの存在下で行うことを特徴とする、多能性幹細胞の培養方法が提供される。当該培養方法では、当該培養を上記の培地で行うことができる。また、当該培養方法では、1個の多能性幹細胞を培養してそのクローン細胞集団を得ることができ、また、支持細胞および/または血清が存在せず、かつ、上述した培地補充物が存在しない条件下では未分化増殖を起こさない多能性幹細胞を、上述した培地で培養してそのクローン集団を得ることができる。好ましくは、上記培養方法では1個の多能性幹細胞を上記培地で培養してそのクローン集団を得る。そして、当該培養方法では、多能性幹細胞はiPS細胞であることが好ましく、また、多能性幹細胞は哺乳動物由来のものであることが好ましく、さらに、多能性幹細胞はヒト由来のものであることが好ましい。なお、本発明のさらに他の形態によれば、上記の培養方法で増殖させた、多能性を保持する未分化多能性幹細胞が提供される。
【0054】
本発明のさらに他の形態によれば、多能性幹細胞を培養して未分化多能性幹細胞を樹立させるにあたり、当該培養をアクチビンの存在下で行うことを特徴とする、多能性幹細胞の培養方法が提供される。当該培養方法では、当該培養を上記の培地で行うことができる。そして、当該培養方法では、多能性幹細胞はiPS細胞であることが好ましく、また、多能性幹細胞は哺乳動物由来のものであることが好ましく、さらに、多能性幹細胞はヒト由来のものであることが好ましい。本発明のさらに他の形態によれば、上記の培養方法で樹立させた、多能性を保持する未分化多能性幹細胞が提供される。
【実施例】
【0055】
以下、実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
≪細胞培養≫
独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター細胞バンク(Cell Bank)より入手した、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)であるHPS0001 201B7株を用いて細胞培養を行った。細胞培養は、培地としてノックアウト血清代替添加物(KSR;Knockout Serum Replacement;ライフテクノロジーズジャパン株式会社(最終濃度20%)、100倍濃縮最小必須アミノ酸(Minimum Essential Amino Acids;ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を100分の1希釈、L−グルタミン(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)2mM、2−メルカプトエタノール(シグマアルドリッチジャパン株式会社)0.1mM、および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF;和光純薬工業株式会社)5ng/mLが添加されたダルベッコ最小必須培地(DMEM)−F12培地(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を用い、5%CO条件下、37℃にて加湿チャンバ内で行った。この際、マイトマイシンC(シグマアルドリッチジャパン株式会社)で処理されゼラチン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)コートされた培養皿(AGCテクノグラス株式会社)で増殖させたマウス由来胎児線維芽細胞であるSNL76/7株上で201B7細胞株を共培養することで、201B7細胞株を増殖させ、維持した。また、継代時にはCTK溶液を用いて細胞を回収した。
【0057】
後述の実験用に、マトリゲル(ベクトン・ディッキンソン社)コートされた培養皿で、培地として霊長類ES細胞用フィーダーレス培地(ReproFF;株式会社リプロセル)を用いて201B7細胞を培養した。そして、後述の実験の直前に、アキュターゼ(Accutase;イノベーティブ セル テクノロジーズ社)を用いて細胞を回収した。
【0058】
≪懸滴培養法による胚様体の形成≫
解離した201B7細胞を、懸滴培養(hanging drop)法により、培地30μLあたり1000個の細胞密度で培養して、201B7細胞株の継代および維持を行った(文献:Tomozawa M, Toyama Y, Ito C, et al.: Hepatoblast-like cells enriched from mouse embryonic stem cells in medium without glucose, pyruvate, arginine, and tyrosine. Cell Tissue Res 333: 17-27, 2008を参照)。この際、コントロールとしては上述したのと同様のDMEM−F12培地(bFGFを含有)を用いて培養を行ったのに対し、実施例ではbFGFに代えてアクチビンAを100ng/mLの濃度となるように添加して培養を行った。
【0059】
≪アクチビンAの添加がiPS細胞の分化に及ぼす影響≫
上述した懸滴培養を4日間行った後、得られた胚様体を、マトリゲルコートされたプラスチック製培養皿に移した。その後、培養開始1日後、4日後、および14日後にそれぞれ倒立型培養顕微鏡(IMT−2)を用いて細胞を観察した。結果を図1に示す。
【0060】
図1に示すように、アクチビンAを添加しなかった系(0ng/mL)では分化した細胞が出現した。これに対し、アクチビンAを培地に添加した系(100ng/mL)では、胚様体は培養開始から少なくとも14日後まで形態学的に未分化な状態が維持された。
【0061】
≪MTSアッセイによる細胞増殖能の評価≫
アクチビンA存在下で培養した201B7細胞の増殖能を、MTSアッセイにより評価した。結果を図2に示す。
【0062】
図2に示すように、3〜30ng/mLのアクチビン添加濃度で、201B7細胞は増殖能を有することがわかる。
【0063】
≪201B7細胞が未分化能を維持していることの確認≫
アクチビンA存在下で培養した201B7細胞が未分化能を維持していることを、アルカリホスファターゼ(ALP)染色によって確認した。結果を図3に示す。なお、図3の左側は位相差顕微鏡による観察像であり、右側がALP染色後の観察像である。
【0064】
まず、アクチビンAを培地に添加しなかった系(0ng/mL)では、分化した細胞が出現したことにより、ALP染色にて陰性を示した。すなわち、もはや未分化能を有していないことが確認された。一方、アクチビンAを1ng/mLの濃度で添加した系では、201B7の形態がやや線維芽細胞様であり、ALP染色陽性ではあるものの、完全には未分化能を維持していない可能性が示唆された。そして、アクチビンAを10ng/mL、30ng/mL、100ng/mLの濃度で添加した系では、細胞の形態は未分化な状態を維持しており、ALP染色も陽性である。したがって、アクチビンAの添加濃度10〜100ng/mLでは、iPS細胞が未分化能を維持できるものと考えられる。
【0065】
以上のことから、iPS細胞等の多能性幹細胞を、その未分化能を維持したまま培養する手法として、増殖能の維持の観点からも、3〜30ng/mLの濃度でアクチビンAを添加することが特に好ましいことが結論づけられる。
【0066】
≪継代≫
以下の各種の薬剤をiPSm(−)に添加して継代を行った。
【0067】
SU5402(FGFR1阻害剤;和光純薬工業株式会社):2μM
SC−1(RasGAP、ERK1阻害剤;和光純薬工業株式会社):1μM
アクチビンA(R&Dsystem):10ng/mL
CHIR99021(GSK−3β阻害剤;和光純薬工業株式会社):2μM
ヒト白血病阻害因子(LIF;Sigma):1000U/mL
塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF;和光純薬工業株式会社):5ng/mL。
【0068】
201B7細胞をマトリゲルコーティングした6孔プレートに播き、iPSm(−)に上記薬剤を単独、または同時に添加し、70%コンフルエントに達した時点でAccutaseにて回収し、新しくマトリゲルコーティングした6孔プレートに播いた。培地は48時間ごとに交換した。位相差顕微鏡にて形態を観察し、分化した細胞が認められる、または細胞が増殖しなくなった時点で継代を終了した。また12継代にて終了した。
【0069】
上記薬剤の添加形態による継代数の変化について、結果を図4に示す。なお、図4において、「A」はアクチビンA(10ng/mL)を表し、「C」はCHIR99021(2μM)を表し、「L」はLIF(1000U/mL)を表し、「F」は塩基性線維芽細胞増殖因子(5ng/mL)を表す。また、位相差顕微鏡による観察像(12継代時)を図5の左側に示す。なお、図5において、「A」はアクチビンA単独を表し、「AC」はアクチビンA+CHIR99021の組み合わせを表し、「ACL」はアクチビンA+CHIR99021+LIFの組み合わせを表す。
【0070】
図4に示すように、アクチビンAが添加されている系では、添加されていない系に比べて継代数が多かった。特にアクチビンA単独、アクチビンA+CHIR99021の組み合わせ、およびアクチビンA+CHIR99021+LIFの組み合わせは12継代を超えた。
【0071】
以上のことから、本発明に係る多能性幹細胞培養用組成物を含む培地を用いて培養を行うことで、継代培養を繰り返すことが可能であることが示される。
【0072】
≪アルカリホスファターゼ染色≫
上記で継代した細胞のうち、アクチビンA単独(A)、アクチビンA+CHIR99021の組み合わせ(AC)、およびアクチビンA+CHIR99021+LIFの組み合わせ(ACL)について、12継代時に上述したのと同様にしてアルカリホスファターゼ(ALP)染色を行った。結果を図5の左側に示す。
【0073】
図に示すように、アクチビンA単独(A)、アクチビンA+CHIR99021の組み合わせ(AC)、およびアクチビンA+CHIR99021+LIFの組み合わせ(ACL)のいずれも、ALP染色に対して陽性を示した。ただし、ACLについては、やや染色が弱かった。多能性を有する細胞はALP染色に対して陽性を示すことが知られており(Goldstein DJ et al. Expression of alkaline phosphatase loci in mammalian tissues. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 77(5): 2857- 2860, 1980.)、したがって、上記でALP染色に対して陽性を示した細胞は、多能性を維持したまま継代培養を繰り返すことができたものであると考えられる。
【0074】
≪免疫染色≫
11継代時の各細胞を、マトリゲルコーティングした4孔スライドグラスに播き、継代培養を続けた。70%コンフルエントに到達後、培地を除去してPBSにて一回洗浄した。4%パラホルムアルデヒドで固定した後、PBSにて3回洗浄した。なお、Oct3/4、Nanogにて染色する場合はPermeabilization溶液(0.2%TritonX−100(PBS溶液))を添加して室温にて15分静置した。続いて、Washing buffer(2%FBS(PBS溶液))にて5分間3回洗浄した。
【0075】
その後、Washing bufferで希釈した一次抗体を添加し、4℃にて一晩静置した。なお、各一次抗体の種類および希釈率は以下の通りである。
【0076】
マウス抗−Oct3/4抗体(BD Trasduction Laboratories):200倍
(一次抗体)
ウサギ抗−Nanog抗体(ReproCell):1000倍
マウス抗−SSEA4抗体(Chemicon):200倍
マウス抗−TRA−1−60抗体(Chemicon):200倍
続いて、Washing bufferにて5分間3回希釈した後、Washing bufferで希釈した二次抗体を添加し、4℃にて一時間静置した。なお、各二次抗体の種類および希釈率は以下の通りである。
【0077】
(二次抗体)
HRP抗−マウス(GE Healthcare):500倍
HRP抗−ウサギ(GE Healthcare):500倍
その後、Washing bufferにて5分間3回洗浄し、Liquid DAB+Substrate Chromogen System(DAKO)を用いて発色させた。そして、マイヤー・ヘマトキシリン(武藤化学)にて10秒間染色した後、30分間水洗後封入した。結果を図6に示す。
【0078】
図6に示すように、抗−Oct3/4抗体ではA、AC、およびACLのいずれにおいても、核が陽性であった。また、抗−Nanog抗体ではACが最も強く核が陽性であった。さらに、抗−SSEA4抗体および抗−TRA−1−60抗体では、ともにACが最も強く細胞質が陽性であった。これらの抗体は、一般的に多能性の指標として用いられることが知られており(Takahashi et al. Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors. Cell (2007) 131, 861-872)、したがって、上記各種の抗体による免疫染色において陽性を示した細胞は、多能性を維持したまま継代培養を繰り返すことができたものであると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクチビンを含有する、多能性幹細胞培養用組成物。
【請求項2】
培地補充物である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ、多能性幹細胞を増殖させるための、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
アクチビンがアクチビンAである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成物を含む、多能性幹細胞培養用培地。
【請求項6】
アクチビンを3〜30ng/mLの濃度で含有する、請求項5に記載の培地。
【請求項7】
支持細胞および/または血清を含まない、請求項5または6に記載の培地。
【請求項8】
支持細胞および血清を含まない、請求項7に記載の培地。
【請求項9】
細胞培養用最小培地である、請求項5〜8のいずれか1項に記載の培地。
【請求項10】
多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ、多能性幹細胞を増殖または樹立するための多能性幹細胞の培養方法であって、培養をアクチビンの存在下で行うことを含む、培養方法。
【請求項11】
培養を請求項5〜9のいずれか1項に記載の培地中で行う、請求項10に記載の培養方法。
【請求項12】
前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項10または11に記載の培養方法。
【請求項13】
前記多能性幹細胞が哺乳動物由来のものである、請求項10〜12のいずれか1項に記載の培養方法。
【請求項14】
前記多能性幹細胞がヒト由来のものである、請求項13に記載の培養方法。
【請求項15】
アクチビンの存在下で未分化状態の多能性幹細胞を培養することを含む、未分化状態の多能性幹細胞クローン集団の調製方法。
【請求項16】
生体から未分化状態の多能性幹細胞を単離し、アクチビンの存在下で未分化状態の多能性幹細胞を培養することを含む、未分化状態の多能性幹細胞クローン集団の調製方法。
【請求項17】
培養を請求項5〜9のいずれか1項に記載の培地中で行う、請求項15または16に記載の調製方法。
【請求項18】
1個の多能性幹細胞を培養してそのクローン集団を得る、請求項15〜17のいずれか1項に記載の調製方法。
【請求項19】
近接する多能性幹細胞同士の相互作用により当該多能性幹細胞の未分化増殖が誘導されるよりも低密度な播種条件下にある多能性幹細胞を、請求項7または8に記載の培地中で培養してそのクローン集団を得る、請求項15〜18のいずれか1項に記載の調製方法。
【請求項20】
1個の多能性幹細胞を請求項7または8に記載の培地中で培養してそのクローン集団を得る、請求項15〜19のいずれか1項に記載の調製方法。
【請求項21】
前記多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項15〜20のいずれか1項に記載の調製方法。
【請求項22】
前記多能性幹細胞が哺乳動物由来のものである、請求項15〜21のいずれか1項に記載の調製方法。
【請求項23】
前記多能性幹細胞がヒト由来のものである、請求項22に記載の調製方法。
【請求項24】
多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ培養し、多能性幹細胞を増殖または樹立させるための、アクチビンの使用。
【請求項25】
多能性幹細胞の未分化状態を維持させつつ培養し、多能性幹細胞を増殖または樹立させるための、アクチビンを含有する組成物の使用。
【請求項26】
アクチビンがアクチビンAである、請求項24または25に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−143229(P2012−143229A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−276111(P2011−276111)
【出願日】平成23年12月16日(2011.12.16)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】