説明

多電極溶接装置の制御方法及び装置

【課題】安定的な溶接を実現できる多電極溶接装置の制御方法及び装置を得る。
【解決手段】本発明に係る多電極溶接装置の制御装置は、複数のトーチ電極を有し、これら複数のトーチ電極を選択的に稼動させると共に前記複数のトーチ電極のアース電気経路が共通経路を有している多電極溶接装置であって、稼動しているトーチ電極を検知する稼動電極検出手段13と、稼動電極検出手段13の検出値を入力して該入力値に応じて予め設定された演算式に基づいて電圧補正量を演算する電圧補正量演算手段15と、電圧補正量演算手段15によって演算された電圧補正量に基づいて制御電圧を設定する制御電圧設定手段17とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のトーチ電極を同時に使用できるようにした多電極溶接装置の制御方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
板材にリブ材を突き合わせて開先溶接を行う場合に、一つの板材に対して複数のリブ材を同時に溶接するため、複数のトーチ電極を同時に使用できるようにした多電極溶接装置が知られている。
このような多電極溶接装置においても通常の単電極溶接装置と同様にアーク電圧の管理が重要である。アーク電圧は、ビード形状や、溶け込み深さなどを左右する重要な要因であるからである。それ故に、アーク電圧を一定に保つことが必要であり、従来からアーク電圧を一定に保つための方法が種々提案されている(例えば特許文献1参照)。
特許文献1にも示されるように、従来のアーク電圧の制御方法は、フィードバックによるものが一般的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭52−85040号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
図4は、多電極溶接装置を説明する説明図であり、鋼板5(母材)に3本のリブ21を溶接する場合を示している。
図4に示された多電極溶接装置は、リブ21の両側に一対のトーチ電極を配置し、これらをレール23を走行する門型装置25に搭載してリブ21に沿って移動できるようにしている。この例では、3組の前方配置されたトーチ電極[(F1A)(F1B)]、[(F2A)(F2B)]、[(F3A)(F3B)]、2組の後方に配置されたトーチ電極[(B1A)(B1B)]、[(B2A)(B2B)]の合計10電極を有し、そのうちの前方の6電極を稼動させる場合である。
【0005】
図4に示されるような多電極溶接装置によって溶接を行うと、鋼板5が熱によって湾曲するので、予め熱による湾曲と反対方向に湾曲するような力を鋼板5の下面に作用させている。そして、このような力を作用させる押し当て板に押当てアース27を複数設置し、各押当てアース27からアース集電板7に結線されている。また、電源装置29はアース集電板7と結線されると共に各トーチ電極と電気的に接続されている。
【0006】
上記のように構成された多電極溶接装置においては、門型装置25をレール23上を移動させることによって、リブ21の溶接が行われる。
溶接に際しては、熱影響を少なくするため、リブ21を挟んだ一対のトーチ電極は進行方向に前後でずらして溶接する。
【0007】
このような多電極溶接装置においては、予め設定された電圧によって溶接が行なわれるか、もしくはフィードバック制御によって電圧を所定値に補正しながら溶接が行われる。フィードバック制御を行う場合、制御に必要なアーク電圧はトーチ電極と母材との間で検出されるのが最適であるが、ワークの移動や設置等によって配線が接触して損傷するおそれがある。この解決策として、可動しない部分、すなわちアース集電板もしくは溶接電源と母材との間でアーク電圧を検出するのが一般的である。
このような多電極溶接装置では、ビード形状や、溶け込み深さなどが安定しない状況が見られるが、その原因が不明であった。
【0008】
本発明は係る課題を解決するためになされたものであり、安定的な溶接を実現できる多電極溶接方法及び装置を得ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者は上記課題を解決するため、多電極溶接装置におけるアーク電圧変動の原因を探るべく実験を行った。図2は実験の装置の説明図であり、図4に示したものと同一部分には同一の符号を付してある。この実験装置においては、トーチ電極[F2A、F2B、F3B]を対象として、鋼板5(母材)とアース集電板7との間に電圧測定器31を設置し、溶接の進行状況に応じたアーク電圧を測定した。図3はこの電圧波形と電圧降下を示す図である。
【0010】
図3からわかるように、使用している電極数と生ずる電圧降下には対応関係がある。これは、アース電流の経路が全てのトーチ電極で共通しているため、使用しているトーチ電極数が多い場合には熱の影響等によって抵抗が増して電圧降下が大きくなるものと推察される。
図3を基にして使用電極数に応じた電圧降下を調査したところ、表1に示す結果が得られた。
【0011】
【表1】

【0012】
表1から分かるように、稼動させるトーチ電極数が1つ増すごとに0.1Vの電圧降下が生じている。このようにアース集電板7と押当てアース(母材)との間では使用しているトーチ電極数に応じた電圧降下が生じているが、溶接装置において設定している電圧値は一定値であるため、使用しているトーチ電極数に応じたアース集電板と押当てアース(母材)間で生ずる電圧降下が無視されている。
また、フィードバック制御を行った場合であっても、フィードバック制御で用いられる電圧はアース集電板で検出されるため、使用しているトーチ電極数に応じたアース集電板と押当てアース(母材)間で生ずる電圧降下が無視されることになる。
発明者はこの発見により、この電圧降下を予め想定して、使用している電極数と関連づけて補正すれば簡易な構成で使用電極数の影響によるアーク電圧の変動の影響を回避できるとの知見を得た。
【0013】
本発明はかかる知見に基づくものであり、具体的には以下の構成を備えている。
【0014】
(1)本発明に係る多電極溶接装置の制御方法は、複数のトーチ電極を有し、これら複数のトーチ電極を選択的に稼動させると共に前記複数のトーチ電極のアース電気経路が共通経路を有している多電極溶接装置の制御方法であって、
稼動しているトーチ電極数に応じて予め定めた補正電圧を加味した電圧によって溶接するようにしたことを特徴とするものである。
【0015】
(2)本発明に係る多電極溶接装置の制御装置は、複数のトーチ電極を有し、これら複数のトーチ電極を選択的に稼動させると共に前記複数のトーチ電極のアース電気経路が共通経路を有している多電極溶接装置の制御装置であって、
稼動しているトーチ電極を検知する稼動電極検出手段と、該稼動電極検出手段の検出値を入力して該入力値に応じて予め設定された演算式に基づいて電圧補正量を演算する電圧補正量演算手段と、該電圧補正量演算手段によって演算された電圧補正量に基づいて制御電圧を設定する制御電圧設定手段とを備えたことを特徴とするものである。
【0016】
(3)また、上記(2)に記載のものにおいて、電圧補正量Vhを演算する演算式が下式であることを特徴とするものである。
Vh=V1×Tn
但し、V1は予め設定された1電極あたりの電圧補正量
Tnは、稼動している電極数
【発明の効果】
【0017】
本発明においては、稼動しているトーチ電極数に応じて予め定めた補正電圧を加味した電圧によって溶接するようにしたので、複雑な制御にすることなく、安定的な溶接を実現できる多電極溶接方法及び装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施の形態に係る多電極溶接装置の説明図である。
【図2】課題を解決するための手段を説明する説明図であり、実験に用いた装置の説明図である。
【図3】実験結果の説明図であり、電圧波形を示す図である。
【図4】多電極溶接装置の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は本発明の一実施の形態に係る多電極溶接装置の説明図である。本実施の形態に係る多電極溶接装置は、Aロボ溶接機1AとBロボ溶接機1Bからなる一対の溶接機を有し、各溶接機がそれぞれトーチ電極3A、3Bを有し、これら各トーチ電極3A、3Bを選択的に稼動させるものであり、複数のトーチ電極のアース電気経路について、母材5(鋼板)とアース集電板7との間の第1経路9及びアース集電板7と各溶接機1A、1Bの電源との間の第2経路11が共通経路となっている。
【0020】
また、本実施の形態に係る多電極溶接装置は、稼動しているトーチ電極を検知する稼動電極検出手段13と、稼動電極検出手段13の検出値を入力して該入力値に応じて予め設定された演算式に基づいて電圧補正量を演算する電圧補正量演算手段15と、該電圧補正量演算手段15によって演算された電圧補正量を入力して制御電圧を設定する制御電圧設定手段17とを備えている。なお、アース側の電圧検出部19がアース電気経路を集合させるアース集電板7に設けられている。
各構成要素をさらに詳細に説明する。
【0021】
<稼動電極検出手段>
稼動電極検出手段13は、稼動している電極数を検出するものであり、溶接電流値または溶接電圧値を検出することによって稼動電極数を検出する。
【0022】
<電圧補正量演算手段>
電圧補正量演算手段15は、稼動電極検出手段13の検出値を入力して該入力値に応じて予め設定された演算式に基づいて電圧補正量Vhを演算する。予め設定された演算式としては、例えば下式(1)が挙げられる。
電圧補正量:Vh=Va+Vp ・・・・ (1)
ここで、Vaは、第1経路9が共通経路になっていることに基づく電圧降下を補正するものであり、Vaは下式によって定められる。
Va=V1×Tn
V1:1電極あたりの電圧補正量(例えば稼動電極数1個あたり+0.1V)
Tn:稼動電極数
また、Vpは、第2経路11が共通経路になっていることに基づく電圧降下を補正するものであり、Aロボ溶接機1AとBロボ溶接機1Bの両方が稼動しているか、それとも片方が稼動しているかによって補正電圧量を変化させる。例えば、Aロボ溶接機1AとBロボ溶接機1Bの両方が稼動して入る場合には補正値を0とし、Aロボ溶接機1AとBロボ溶接機1Bのいずれかが稼動していない場合には、-1Vとする。
【0023】
<制御電圧設定手段>
制御電圧設定手段17は電圧補正量演算手段15によって演算された電圧補正量を入力して制御電圧を設定する。例えば、6電極稼動時の設定電圧値が36Vであった場合に、電圧補正量演算手段15によって演算された電圧補正量が+0.6Vであれば、制御電圧設定手段17は制御電圧として36.6Vを設定する。
【0024】
<電圧検出部>
電圧検出部19は、アース集電板7における電圧を検出して制御電圧設定手段17に出力している。本実施の形態においては、電圧検出部19で検出された電圧値に基づいてフィードバック制御を行っていないが、行うようにしてもよい。その場合であっても、電圧検出部19がアース集電板7に設けられていた場合には、第1経路9での電圧降下を考慮できないので、制御電圧設定手段17による電圧補正量に基づく制御電圧の設定が必要である。
【0025】
次に上記のように構成された本実施の形態の動作を説明する。例えば、図2に示した母材5(鋼板)に3本のリブ21を溶接する場合で、図2に示す状態から溶接が進行する場合を例に挙げて説明する。図2に示す状態では、6電極全てが稼動中で、かつ一対の電極の両方とも稼動状態であるため、この状態での電圧補正量:Vhは以下のようになる。
Vh=0.1V×6+0=0.6V
したがって、基本設定電圧が36Vであったとすると、この状態では制御電圧設定手段17によって設定される各電極の電圧は36.6Vとなる。
【0026】
溶接が進行すると、まず電極[F2A]と電極[F3A]による溶接が終了してこれらの稼動が停止され、稼動電極は電極[F2B]、電極[F3B]、電極[B2A]、電極[B2B]の4個となる。稼動電極数が稼動電極検出手段13で検出され、その旨が電圧補正量演算手段15に出力される。電圧補正量演算手段15では、稼動電極数が4個であること、電極[F2B]及び電極[F3B]については、一対の電極のうちの一方の稼動が停止されていることから各電極に対する電圧補正量:Vhは以下のようになる。
電極[F2B]及び電極[F3B]:Vh=0.1V×4-1V=-0.6V
電極[B2A]、電極[B2B] :Vh=0.1V×4=0.4V
したがって、この状態では制御電圧設定手段17によって設定される電圧は、電極[F2B]及び電極[F3B]では36V-0.6V=35.4V、電極[B2A]、電極[B2B]では36V+0.4V=36.4Vに設定される。
【0027】
さらに溶接が進行して、電極[F2B]と電極[F3B]の稼動が停止されると、この状態では稼動電極数は電極[B2A]と電極[B2B]の2個となる。
この場合の電圧補正量:Vhは以下のようになる。
Vh=0.1V×2=0.2V
したがって、この状態では電極[B2A]及び電極[B2B]に対する設定電圧は、制御電圧設定手段17によって36V+0.2V=36.2Vに設定される。
【0028】
また、さらに溶接が進行して電極[B2A]の稼動が停止されると、この状態では稼動電極数は電極[B2B]のみの1個となる。また、一対の電極の片側のみの稼動であることから、この場合の電圧補正量:Vhは以下のようになる。
Vh=0.1V×1-1V=-0.9V
したがって、この状態では制御電圧設定手段17によって電圧は36V-0.9V=35.1Vに設定される。
【0029】
以上のように、本実施の形態によれば、稼動している電極数に応じて制御電圧を予め定めた演算式に基づいて設定するようにしたので、簡単な制御によって稼動電極数の変化に起因する電圧変動の悪影響を防止して安定した溶接を実現できる。
【0030】
なお、上記の実施の形態においては、稼動電極に応じた電圧補正量を0.1Vまたは-1Vにした例を示したが、本発明はこれに限られるものではなく、これらの補正量は使用するトーチ電極、母材等によって予め調査のうえで設定するようにすればよい。
【符号の説明】
【0031】
1A Aロボ溶接機
1B Bロボ溶接機
3A、3B トーチ電極
5 母材
7 アース集電板
9 第1経路
11 第2経路
13 稼動電極検出手段
15 電圧補正量演算手段
17 制御電圧設定手段
19 電圧検出部
21 リブ
23 レール
25 門型装置
27 押当てアース
29 電源装置
31 電圧測定器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のトーチ電極を有し、これら複数のトーチ電極を選択的に稼動させると共に前記複数のトーチ電極のアース電気経路が共通経路を有している多電極溶接装置の制御方法であって、
稼動しているトーチ電極数に応じて予め定めた補正電圧を加味した電圧によって溶接するようにしたことを特徴とする多電極溶接装置の制御方法。
【請求項2】
複数のトーチ電極を有し、これら複数のトーチ電極を選択的に稼動させると共に前記複数のトーチ電極のアース電気経路が共通経路を有している多電極溶接装置の制御装置であって、
稼動しているトーチ電極を検知する稼動電極検出手段と、該稼動電極検出手段の検出値を入力して該入力値に応じて予め設定された演算式に基づいて電圧補正量を演算する電圧補正量演算手段と、該電圧補正量演算手段によって演算された電圧補正量に基づいて制御電圧を設定する制御電圧設定手段とを備えたことを特徴とする多電極溶接装置の制御装置。
【請求項3】
前記電圧補正量Vhを演算する演算式が下式であることを特徴とする請求項2記載の多電極溶接装置の制御装置。
Vh=V1×Tn
但し、V1は予め設定された1電極あたりの電圧補正量
Tnは、稼動している電極数

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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